瑠菜「私に良い考えがある」(イメージです)
すぐに言い直したものの不満げな瑠菜は、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で「まあいいわ」と呟いて、
「告白された翌日に『別れてくれ』と言われて頷く方がどうかしてるでしょ。でも、その気が無い相手を縛り付けていても不毛なだけだし。付き合ってる意味もないし」
「だから期間を設けて、それでお互い判断しようってことか……でも、俺は先輩に告白するつもりなんだけど……」
「勝手にしたら? 私も勝手にするけど。その先輩とやらに『三股清算していない男から告られた気持ちはどう?』って訊いてみようかな」
「何でそんな鬼畜の所行をすぐに思いつくのかなぁ?! 分かったよ告らねぇよ全部片付いてからにするよ!」
やっぱりこのギャルは危険な存在だ。顔だけは凄く綺麗なのに、タイプじゃないっていうのを差し引いても好きになれる気が全然しない。
どちらかというと好みに近いのはアイリーンさんの方だけど……今のところ泣いて喚いて躁鬱の激しさばかり目立っているから、彼女にしたいかと訊かれたらちょっと厳しい。
今もこっちを捨てられた子犬みたいな目で見上げているアイリーンさんは、俺の視線と話の流れで質問する前に察してくれたらしく、
「あ、あたしは…………うぅ……やっぱり別れるの、ヤダなぁ……あんなに勇気振り絞って死ぬ想いで告白してオッケー貰えたのにぃ…………付き合って、なのに恋人らしいこと何もしないまま別れるとか……+8の武器を錬金成功して喜んでたら、全然関係無いバグのせいでクソ運営が巻き戻しして全部なかったことにされた時と同じ気分だよ……」
前半はこっちとしても心苦しくなる訴えだったけど、後半のせいでなんか薄れた。一々ネトゲのエピソードを入れられても、そんなに詳しくないから共感出来ないし。
俺が反応に困っていると、ベッドの上で寝転がった自称妹がアイリーンさんを指先で軽く突いて、
「たぶん理解していないと思いますけど、これって受け入れるか受け入れないかって話じゃないですよ? 『この場で別れる気がないなら、九十日でどうにかするしかない』ってだけの話です。だって別れたくないってごね続けても、法令で決められたことなので下手をしたら裁判沙汰までいって接触禁止指示が出ちゃいますし」
「ひっ……ふ、フられた上に前科者でお日様の下を歩けない体に……?!」
「いえ過剰なことをしなければ前科には繋がりませんけど。それで、お姉さんはどうするんですか?」
「わっ、別れません! どうにかさせていただきます!」
むしろどうにかなってしまいそうなテンションで、聞いているこっちが不安になる。
そして不安の種はもう一つ、この新たな世界で妹になった未依那だが……俺と目が合うとアイドル顔負けの笑顔で、
「勿論、みぃは機会を窺わせて貰います。別に九十日以内には拘りませんし」
「……えぇ……足並み揃えて九十日で決着つけようって話じゃないの……?」
「それはこの問題に関してですよね? 一度別れたカップルがよりを戻したり、告白して断られた相手に再アタックしたら今度はオッケーを貰えたりするんです。結果が出たからって諦めるという選択には繋がらないですし」
「なにこの妹、超厄介なんですけど……!」
何がって、言っていることはどこまでも正しいのが厄介だ。アイリーンさんも感銘を受けたような顔してるし。瑠菜の方は鋭い目つきで見ているけど、あれは手強い敵と認定したのかもしれない。
……にしても、たった数時間で状況が変わりすぎだ。
明日には先輩に告白するつもりだったのに、よもや一足先に世界変蝕が来て、しかもそれが複数の世界が一緒くたになって、終いには知らないうちに彼女が三人いるとか。お腹一杯で正直吐きそうです。
どうしてこんな面倒極まりないことになっているのか、全然分からない。
「……マジで何なんだ、今回の世界変蝕は……下手すりゃ世界中大混乱してるんじゃないのか、これ……?」
「そうでしょうね。私も親からの着信が凄いし」
言いながら瑠菜の手にするスマホは、現在進行形で着信があるみたいで光り輝いている。マナーモードだから気付かなかったけど、たぶん何度も掛かって来ているんだと思う。
「……とりあえず、今日のところは解散でいいか? 全っ然心の整理がつかないから、まだ何かあるなら後日にして欲しいんだけど」
「仕方ないわね。こっちも状況の整理が必要だから、今度の土曜まで時間をあげる。……バイトのシフトも確認しないと駄目ね……」
「俺のバイト先、変わってないといいんだけどなー……アイリーンさんもそれで平気か?」
「う、うん。あたし、ゲーム関連以外はそんなに確認事項もないし……」
それはそれでどうなんだ。見た目は凄い華やかなのに、さっきから語られる内容が暗黒面に浸りすぎている。
「では、関係の継続を希望する人はまた次の土曜日に、ということで。兄さんのスマホもそれまでには使えるようになっているでしょうし、細かい取り決めは後ほどにしましょう」
ポン、と手を叩いて纏めた未依那に、反論は出なかった。俺も特に異論はない。ただしスマホがぶっ壊れた事実を思い出して悲しくなったけど。
とりあえず明日ショップに行くとして、交換にいくらかかるのか。データはどれくらいクラウド保存してあったか。先輩から連絡来てたらどうしようとか。考えれば考えるほど鬱になれる要素しかない。
改めてヘコんでいる俺を尻目に瑠菜が「それじゃ」と呟いて、
「今日のところは帰るけど。そっちの妹、土曜までに抜け駆けしたら潰すから」
鋭い眼光とただの脅しとは思えない捨て台詞を残し、部屋から出て行った。最後の最後まで彼女っぽいところは見られなくて、なんで付き合っていて別れる気もないのかが世界変蝕以上に謎だ。
一際存在感が強かった瑠菜がいなくなり、少し間が空いてからジャージ姿のお姉さんものろのろと立ち上がる。
「……あたしも帰るね。カズくん、妹さんと実用系エロゲみたいなことしたらダメだよ?」
「どんな注意してくれてるんだよ。つーかまだそういうの買えないからどんなことか想像つかんし……」
「その辺のことは今後責任を持って教えてあげるから! 素敵で身近なお姉さん、アイリーン=スノーブラウをよろしくね!」
よく分からないキャッチコピーと共に目の横でピースサインを決めて、そそくさとアイリーンさんは部屋から去って行った。たぶんあれ、内心すっごい恥ずかしかったんだと思う。部屋から出た瞬間に呻き声みたいなのが聞こえて来たし。
……ともあれ、部屋の人数が半分になって、ようやく少しだけ落ち着けた。
ちょっと気になって窓から外を見ると、門の手前に停めていたらしい原付を瑠菜が押していて、道路に出たところでエンジンを掛けて跨がり、颯爽と走り去って行く。走り出す直前にこっちを見た気がしたけど、特に手を振るような合図はなかった。どこまでもクールだ。
一方、遅れて出て来たジャージ姿の金髪お姉さんは、自転車に乗って去って行った。心なしか遅く見えるのは、失敗した自覚があるのかもだ。漕ぎながら猫背で俯いちゃってるし。
二人の姿が見えなくなって、俺は大きく息を吐き出す……が、まだ未依那が残っているから終わりじゃない。この子は妹みたいだから、他の二人と違って帰る場所がここだ。つまり、向き合うしかない。
しかし降って湧いた妹にどう向き合えばいいのやら、肝心なところが全然分からん。ただでさえ年下の女の子とどう接すればいいのかも不明なのに。
とりあえず、親共が帰ってくる前にもう少し話しておかないと。そして半裸状態を止めて貰わないとまずい。母親がこれを見たら、まず間違いなく俺がボコられる。
顔面血塗れの未来を回避する為には、ひとまず部屋から出て行って貰おう。兄妹のコミュニケーションはその後だ。
「なあ、妹よ。お互いをよく知る為にも、一旦リビングでお茶でも飲みながらだな、」
直球で出て行けと言うのは流石にアレなので、俺は言葉を選びつつ振り返った。
――そこには纏っていたシーツを取っ払い、半裸から全裸にバージョンアップした妹が。
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