明日告白する予定でしたが、何故か彼女(×3)が出来ました

上月司
上月司

1-3

公開日時: 2020年11月26日(木) 02:47
更新日時: 2020年12月2日(水) 02:58
文字数:3,595

場面は再び和己の部屋に――

 

◇                        ◆

 

「――で、気が付けば部屋で寝ていたと?」

「……お、おう…………じゃなくて、そうっす……なんかベッドで寝てて、しかも一緒にこちらの自称妹さんもいて……」

 抑えた声なのにやたらと威圧感のあるクール系ギャル子さんの問いに、俺はベッドの端に座っていた女の子を指差す。シーツを体に巻き付けただけで動くとボディラインがハッキリ出てしまうエロエロしい格好だけど、この状況で興奮出来る程俺はたくましくなかった。

 ちなみに身の潔白を証明しようと勇ましく立ち上がったものの、今は再び正座モードだ。俺のイスに座って美人特有のスタンダードで相手を萎縮させるオーラを纏い、しかも冷ややかな目つきは攻撃的で……なんか気付いたら正座に逆戻りしていた。こんなにナチュラルに上下関係が確立してしまうだなんて悲しい。

「ええっとぉ……その話が本当なら…………嘘であって欲しいけど、そうしたら他の女連れ込みの事実のみが残っちゃうし……」

 何やらぶつぶつと言い出したのは部屋の隅で丸まっていたジャージ姿の外国人っぽいお姉さんだ。説明にそれなりの時間を割いたせいか、もう泣き止んでいる。

 でも泣きまくった後だから、目の周りがしょぼしょぼになっていた。それでも尚綺麗なんだから、コンディション最高潮ならどれだけの美人なんだろう。背も高くて胸も大きいし。髪型とジャージはダサいけども。

「そこにいるカズくんは…………あたしの知ってるカズくんじゃないってこと……?」

「そういうことになるね。私の知ってる和己でもない」

「外見も声もみぃの知っている兄さんなんですけど、ねぇ」

 三人が口々に言いながら俺のことをじっと見つめてくる。その目は半信半疑……というよりも、『信じたくないけど』って感じだ。

 俺もこの状況は信じたくないけど、たぶん三人とは意味合いが全然違う。

 俺にとって板倉いたくら和己かずみは俺以外にいないけど――三人にとって、ここにいる俺は自分の知る板倉和己じゃない

 世界変蝕の前に『もし告白が成功したとして、世界が変わった後の先輩にとってはなかったことになっていたら』と懸念していたが、これはそれ以上だ。だって俺はここにいる三人を全く知らない。

 向こうの気持ちを考えると胸が苦しくなる……けど、いきなり知らない三人から『付き合ってましたけど?』と言われている俺も相当に厳しい状況だ。

「……とりあえず、自己紹介が必要ね。今更和己を相手にそんなことをするなんて滑稽だけれど、別の世界の和己だって言い張るなら仕方ないか」

 また重くなりそうだった空気を変えたのは、イスに座っていたギャル子さんだった。

 立ち上がった彼女は長い茶髪を揺らし、俺だけでなく他の二人の女の子も見回した後で、

「――阿賀野あがの瑠菜るな、高校二年生。和己との関係性は、つい昨日に告白されて彼女になったばかりよ」

 自己紹介……と言っていたけど、雰囲気は宣戦布告とか最後通牒とかそっちに近い。自称妹も笑ってない笑顔で、二人にジャージお姉さんは露骨にびびってるし。

 ギャル子さんこと阿賀野瑠菜さんは違う世界の俺と付き合っていたらしい……けど、正直全然信じられない。興太郎と話していた時に『お堅い担任がオネエになっていた』という話があったものの、それは結構なレアケースだ。

 基本的に並列世界というだけあってそこにいる人はほぼ同一人物で、その担任は『潜在的にオネエの素養が強かったけど、こっちの世界では眠っていて、もう一つの世界では開花していた』ってことになるらしい。

 だから心身に大きな影響がなければ、並列世界の俺と今の俺は大差ない。三人が『似てるけど別人だ』と言わないのは、少なくとも外見はほぼ一緒だって証拠だろう。

 もし並列世界の俺が趣味趣向も同じなら……どこをどうすればこのギャル子さんに告白して付き合うことになったのか、全然分からない。そりゃもう抜群に綺麗なのは間違いないけど、こういう気が強いギャル系って俺のタイプとはまるで違うし。

「えーっと……阿賀野さん、質問いい?」

「いいけど、瑠菜って呼んで」

「……んじゃ、瑠菜さ――」

「呼び捨てでいいよ。同い年だし。なんか気持ち悪い」

 気持ち悪いときた。仮にも付き合ってる相手と同じ人間に対して。清々しいまでのストレートな悪口だよ。

「……瑠菜とそっちの世界の俺と付き合うことになった経緯って、聞いても? 俺が俺なら、全然接点がなさそうなんだけど」

「同じ店でバイトをしていたのよ。古船こふね駅前にある『セブンカラーズ』ってファミレスね。私の方が四ヶ月先輩で、和己は後から入って来たの」

「…………あー……あそこかぁ……」

 その店名には覚えがある。去年の秋、バイト先を探していた時に候補が二つあって、その一つがその『セブンカラーズ』だった。

 結局そこには行かず、もう一つの候補だった高校の最寄り駅になる藤河橋ふじかわばし駅から少し歩いた所にある『散歩道』という喫茶店でバイトすることにした。どちらに応募するか迷ったけど、その理由は、

「……『セブンカラーズ』は学生に人気ある店だから、放課後と休日が混むんだよなー。それ知ってたから、時給と素晴らしい制服を泣く泣く諦めて違う店でバイトしたんだよ」

「私の知っている和己は『間近であの制服着たウエイトレスさんが見られる役得あるなら朝から晩まで働けるぜ!』って言ってたわよ?」

「だから泣く泣くだよ! 募集がホールだったら絶対行ってたけど、キッチンだったから諦めたの! 料理も皿洗いも超苦手なんだよ!」

「……そういえば、『受かってからキッチンだと知って絶望した』って和己も言っていたわ。その辺りの不器用さは同じなのね……」

 しんみりと呟く瑠菜は、視線を外して俯く。

 つまり彼女のいた世界は俺からしてみると――違うバイト先を選んでいた世界、だ。

 たったそれだけのことで瑠菜と付き合うところまで発展するんだから、人生何が起こるかマジで分からない。ギャル系は苦手なのに、どこで趣向が変わったんだか。

 ちなみに件のファミレスの制服は胸が強調される上にロングスカートだけどスリットが深くて、男共から大人気だ。カップルは殆ど入らないことでも有名。

「瑠菜との接点は分かった。それで、そっちのお姉さんは……」

 視線を向けると、蹲っていたジャージのお姉さんはもぞもぞと体を起こす。そしてペタンと座ったまま、未だに濡れた目で俺を見つめてくる。

「……本当にあたしのこと、知らない? 全く? 全然? これっぽっちも?」

「そ、そのはず、だけど……あの、元々はどういう知り合いで……?」

「そんっ……ひっ、悲惨だわぁ……!…………あたしのいた世界だと、ちっ、小さい頃から何度もっ……何度も会ってるのにぃ……!」

「んなこと言われても…………って、小さい頃…………あれ、そういえば……」

 泣きじゃくるお姉さんにとんでもない濡れ衣を被せられた気分になったけど、記憶に引っ掛かる部分があって否定の言葉を飲み込む。

 小中高とどこを探しても、同じ学校にこの人っぽい先輩はいなかった。それは言い切れる。というか、こんな色気満点の隙だらけ幼馴染みがいたら思春期が大変なことになってるし。

 だから引っかかったのは、もっと昔。小学校に入るかどうかって頃の、幼い日の思い出だ。

「……そうだ、確か近所に母さんの学生時代の友達がいて……その娘で、あんまり似てない姉妹がいた、ような……?」

「ようなではなく一緒に遊びもしたでしょぉっ!? お家でもお外でも何回も遊びました! 入学や卒業みたいな節目の時は両家族で一緒にパーティーもしたしぃ!」

「え、あの、それは完全に記憶にないっす……てか、そもそも結構前に引っ越したって聞いたような……」

「ぅそでしょ!? フラグ折れるの早すぎ案件じゃないのもー! じゃあ『大きくなったらお姉ちゃんと結婚してあげる!』って言ったのも覚えてないって拒否られちゃうの?!」

「覚えてないっていうか、たぶん事実として言ってない……」

「ぅぅう…………あ、あたしの数少ないリア充エピソードがなかったことにぃ……!」

 まためそめそと泣き出したジャージのお姉さんだけど、瑠菜の若干苛立ちの含まれた視線に気付いたのか、ビクッと体を震わせ慌てて嗚咽を呑み込んだ。

「ふぐっ…………あたひ、は、アイリーン。アイリーン=スノーブラウ、なんだけどぉ……聞き覚えは……?」

「…………正直、あんまり……母さんは友達のことカリーナさんって名前で呼んでたから名字も覚えてない、し……!?」

 記憶を辿りながら話していたら、何故かジャージさんことアイリーンさんの目からボロボロと大粒の涙が。

「どうしてママの名前は覚えてるのっ?! あたしの名前は覚えてないのにママの名前はさらっと出る! この理不尽をどう嘆けばいいのよぉ……!?」

 そう言って、激しく頭を振って悶絶しだした。物凄いショックを受けているけど、だって母親の口から数十回と聞いている名前なんだから、そりゃあ薄らと覚えてもいるよ。

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