はーじまーるよー
・プロローグ
「――これ、どういうことか説明して」
決して大声でもなければ感情を露わにした訳でもないその問いに、俺の体は背筋が震え血の気が引くという、とても分かりやすい萎縮をした。
自然と正座になっていた俺の目の前に立つのはギャル系の女子高生で、この辺では有名な進学校の制服を着ている。派手なパリピ系じゃなくて、キツめの印象のあるメイクにストレートロングの明るい茶髪と、もう完全に俺の苦手なタイプだ。しかも美人ときている。どう考えても友達になれる気がしない。
そんな彼女の隣……というか、足下にもう一人――
「ぅ、ぅ、うくっ、ふぐぅぅ………………!」
幼稚園児バリに体裁なんて関係無しにうずくまって身悶えているのは、深緑色のジャージを着た金髪の女性だ。ジャージに『白鷺谷』と銀の刺繍がしてあるから、たぶん県内にある小学校から大学までエスカレーター式の、あのお嬢様校の生徒……だと思う。まだ二十歳くらいに見えるし。
けど、えずいて泣いている姿はお嬢様感ゼロで、おまけに俺の部屋に乗り込んできた直後に『おぶふぅっ!?』と吹き出していた印象が強すぎる。クール系ギャルの子と違ってすっぴんだし、肩まで伸びた暗めの金色の天パもあんまり手入れしてなさそうだった。
それだけマイナスポイントが多いのに、垣間見える横顔は綺麗としか言いようがない。まともな状態なら十人中九人は目を奪われそうな、どことなく北欧系の雰囲気を感じさせる美人なお姉さんだ。涙と嗚咽で悲惨なまでに台無しになっているけど。
タイプの違う美人が二人も押し掛けてきてただならない空気を生み出しているこの状況に、どう対応するのが正解か全然分からない。
というか、二人だけでも持て余すってのに――
「全く。許可も得ずに入ってきて図々しいにも程があります。ねぇ、兄さん?」
そう、もう一人。さっき飛び退いた俺のベッドに、たぶん年下の女の子が座っていた。
アイドル顔負けの可愛らしい顔立ちなのに、どことなく計算高さを感じさせる笑顔。艶やかな黒髪を肩口でパッツリ一直線に切り揃えていて、こけしっぽい髪型なのにむしろハイセンスに見えるから不思議だ。
けど、そんなことより重要なのは、彼女が俺のベッドにいるということ。
それも裸にシーツを巻き付けただけというとんでもない状態で。
すっごく見たいけど直視出来ない上に、今そっちに注目していたら静かなる怒りのオーラを身に纏うギャルが爆発しそうで、見るに見れない。こんな機会もう二度とないかもしれないのに。
そもそも機会というなら俺の部屋に女の子が――しかも三人もいるだなんて、最初で最後かもしれない。けど、こんな恐怖体験になるなら一度もなくて良かった。
「……もう一度言うよ。これ、どういうことなの? 説明して」
高圧的なギャル子さんの問いに、冷や汗か脂汗か分からないものが吹き出る。
完全に上からの命令口調で、それが妙にマッチしていた。同学年か一つ違いかは分からないけど、少なくとも俺との上下関係はハッキリしてそうだ。
……そう。一番の問題は、彼女達との関係性だ。
どう言えば的確かつ最もダメージが少なくて済みそうか必死で考えていると、うずくまっていたジャージのお姉さんがもそもそと顔を上げるのが見えた。
涙だか鼻水だかでぐしゃぐしゃな顔をジャージの腕部分で拭う。やっぱり化粧はしていないみたいで、色々と酷い顔の割に綺麗だ。
「ひ、ぐっ……こ、こんなの、裏切り行為だよ……信頼していたギルメンがライバルギルドのスパイだった時並の残忍非道な裏切りだよぉ……!」
……魂の籠もった慟哭だった。実体験なのかもしれないけど、お嬢様校のジャージを着た人がネトゲって、全然イメージが結び付かない。
けど裏切りとか言われても、
「い、や、その……正直、俺には何がなにやら、なんだ、けど……」
言い澱んでどんどん語尾が小さくなったのは、クーギャルさんの威圧感のある氷点下の眼力とジャージさんがゾンビみたいに死んだ目で見上げてくるのと、それに加えて裸シーツの女の子が笑顔なんだけど目だけはちっとも笑ってないのが怖かったからだ。
というか、気圧されながらも本当のことを言ったのに、我ながら酷い発言だった。普通に聞いたら『言い訳にすらなってなくないかな、これ』と思うような回答だし。
当然三人は納得してくれなかったみたいで、むしろ雰囲気は重苦しさを増して爆発寸前のピリついた空気になる。
このままだとまずい、今日が命日になってもおかしくない……!
三人の激昂カウントダウンが終わってしまう前に、俺は慌てて両手を横に振り、
「待ってくれって! 信じて貰えないかもしれないけど、本当に分からないんだって! そもそも、あれだ、その……」
こっちの状況を嘘偽りなく説明しようとしたものの、思わず口ごもってしまった。
これを言ったら本当に激怒メーターを振り切って、半殺しか全殺しの二択になるような気がする。少なくとも俺が第三者の立場で聞いたら『いやそれはないわー……』とドン引きしてしまうし。
だから決定的なその一言を躊躇っている、その隙に。
「……最悪。本当に最っっ悪だわ」
彼女達の方が先に、決定的な言葉を口にした。
「告白してきて付き合いだした次の日に、これ? 有り得ないんだけど」
クール系ギャルの女の子が強気な目に薄らと涙を浮かべてそう言うと、
「ふ、ぐっ……昨日、あ、あたひのこと好きだって言ってくれたの、嘘だったのぉ……!?」
顔中水分まみれのジャージお姉さんが捨てられた犬みたいな目で言ってきて、
「何かの誤解だとは思いますけど――兄さん? ついさっき、みぃと兄妹を越えた関係になると約束しましたもんね?」
裸シーツの少女が、笑顔なのに猛禽類の鋭い目で釘を差してきた。
三人は言い終わってから、それぞれの顔を何度も見る。その後で、憤怒八割増しの殺気を俺の方へと向けてきた。
胃に穴が開きそうなプレッシャーの中、俺は泣きそうになりながらも決死の覚悟で立ち上がる。もうこうなったら後先のことなんて考えていられない。どれだけ嘘っぽくて最低の発言だと思われても、本当のことを言わずに終わるよりはマシだ。
「あのさっ! こんなこと言うのはぶっちゃけどうかと思うし、信じて貰える気は全然しないけども、」
前置きが既に胡散臭いと思われたのか、三人の視線に負のオーラを感じる。特にギャル子さんは内容次第ではぶち殺すと言わんばかりの目だ。
それでも俺は事実を言うしかない。取り繕うのでも誤魔化すのでもなく、保身の為じゃなく誠意のつもりで。
三人の口振りからするとそれぞれ昨日から今日にかけて告白からの交際に至りましたってことだけど、そもそもの話――
「俺は告白した記憶がないし! というか、それ以前に君達のこと知らないんですけど!?」
……そう、身に覚えがないどころじゃない。
ギャルな女子高生さんも、ジャージ姿のお姉さんも、何故か俺を兄さんと呼ぶ裸の子も、全員見覚えがなかった。当然名前も知らないし、告白なんて有り得ない。
だって俺はこの人達じゃなくて、ずっと好きだった憧れの人に告白するつもりだったんだから。それも明日に。
何がどうしてこんなことになったのか――実を言うと、一つだけ心当たりがある。
というか、ここまで意味不明な事態が起こる原因なんて他に思い当たらない。
これはほぼ間違い無く――他の世界とごちゃ混ぜになったせいだ。
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