世界は変わり、○○○も変わり……
「……よもやこういう形で再会することになるとはなー……」
「全然よもやじゃないし。同じバイト先なら有り得ることよ」
独り言のつもりだった俺のぼやきに返したのは、豆乳ラテを飲んでいた瑠菜だった。
キッチン担当の俺がややヨレたコックコートに前掛けという格好なのに対して、ホールスタッフの制服はピシッと気合いが入っている。白いシャツは胸を強調するようなデザインで、シックなロングスカートは清楚系かと思いきや深いスリットが入っていて、チラチラと太腿まで見え隠れしていた。これが制服っていうんだから驚きだ。そりゃもう男は通いたくなる。
この休憩室で瑠菜とバッタリ顔を合わせた時は、不覚にも相手が誰かと気付く前に『やべぇ可愛い……!』と感動してしまった。正直、今もちょっと目を合わせづらい。
休憩時間はあと五分ちょいあるけど、全然気が休まらなかった。苦手なタイプの美人で、しかも暫定彼女だ。どこにリラックス出来る要素があるというのか。
一つだけ救いがあるとすれば瑠菜が態度の割に慎ましやかな胸なので、制服のデザインが持つポテンシャルが発揮しきれず破壊力が薄れているという意味では助かる――
「……見たの?」
「ふぁいっ!? い、いやっ見てない全然見てないぞ?! 俺は瑠菜の胸なんてチラッとも見ようとしていないからな!?」
「……そのことじゃないし。スマホ、交換に行ったんじゃないの? ログは見れた?」
口では何でもない風を装っていながらも、瑠菜はさりげなく腕組みしつつほんのり背筋を丸めてスッキリしている胸のラインが出ないようにする。
元々そんなに膨らみはなかったから意味は無い……と思いきや、そうすることで向かいにいる俺からはあいた襟口からブラチラが見えてしまって、そっちの方がエロい問題が発生していた。かといって急に『シャツのボタン閉じた方がいいぞ』と言えばそこを見ていたと丸分かりで、これ以上墓穴は掘れない……いや見ていたいからでなくて……!
休憩の時のスタイルなのか、細いリボンタイを外しシャツのボタンを上から二つ開けていた。非常に目のやり場に困る。
「メールとかアプリの会話ログとか、物によっては端末変わっても保存されてるでしょ。それを見たの、って訊いてるの」
「あー……うん、それな。殆どダメだった。アドレスは大丈夫だったけど、アプリ系は全滅。引き継ぎも出来てないから、アプリでしか連絡先知らない人は直接会うしかないわ」
面倒だからってキチンとデータ保存していなかったツケが出た形だ。電話番号とかのアドレスだけは壊れたスマホに突っ込んであったメモリーカードから拾えたけど、あとはほぼアウト。最近メールは使ってなかったから、クラウドデータに残っていたのは迷惑メールばっかだ。
「メッセージ系のアプリは、前と同じ『ヒソバナ』?」
「そうそう。IDは違うけど、電話番号で検索かけてくれたら出て来るはず」
「……同じ電話番号で別IDの登録が出来るだなんて、随分いい加減ね」
「や、ヘルプから運営に引き継ぎ設定してないって連絡入れたら、前のIDは消して新規登録することになるって言われたんだよ。二重登録は無理だと。でも、世界変蝕の後で新規登録し直すユーザーは多いらしいぞ」
後で見てみたら、Q&Aの良くある質問項目にしっかり書いてあった。違う世界の自分が使っていたデータだとやりにくいって人も多いみたいだ。
それにしても……やっぱり五つの世界がごちゃ混ぜになると、色々と齟齬がある。このバイトにしてもそうだ。
「はー……まさか『セブンカラーズ』の方でバイトしているなんてなぁ。予想外だわ」
「……『散歩道』でバイトしてたって話だけど?」
「そうだよ。世界変蝕前に、今週は金曜と日曜だけシフト入れてたんだけど……なんか不思議と今日もバイトがある気がして連絡入れたら、そもそもバイトの籍はあるけどシフトは全然入って無くてさ。マジかと思って念の為に何故かアドレス登録してあったこっちにも連絡入れてみたら、今日と日曜にシフト入ってて……」
そんな流れで早めに『セブンカラーズ』にやって来た俺は、裏口から入ってマネージャーに事情説明をして、慣れない現場で働く事になったわけだ。
「……にしても、意外だったわ。キッチン仕事なんて絶対無理だと思ったのに、何とかなるもんだな」
「最初の内は酷かったわよ。慣れてきても下手だったけど、それでも今日のあなたよりはマシだった」
「つーことは、やっぱ知らないだけで経験値はあるってことなんかな。初めての割にそんな混乱しなかったし」
キッチンの仕事が思っていたより簡単だっていうのもあるけど、一度マネージャーに説明して貰っただけですんなりと物の場所やフード提供の仕方を理解出来た。手際は悪かっただろうけど、初仕事にしては出来すぎだ。
ここがバイト先だったってことも含めて、やっぱりこの世界は色々と混ざり合っていると再認識する。
ただし体は覚えていても、やっぱり俺自身に記憶はない。なので一つ気になることが。
「それにしても、キッチンが食器洗いと軽食作りだけってどういうスタンスなんだ? スイーツは専門のパティシエがいるしさ」
「あの髭もじゃのパティシエがこの店のオーナーよ。元々、スイーツメインのカフェを作りたかったみたい。でもスイーツだけだと利率が悪いからファミレスにして、軽食も出すようにしたんだって」
「あー……だから軽食は適当なんか。パスタは冷凍麺を茹でて出来合いのソースかけるだけだし、サンドイッチはトーストしたパンに作り置きの具材挟むだけだし」
おかげで俺にも出来たけど。包丁やフライパンを使わずに済むのは超有り難い。
一方でスイーツ系は注文が入ったらパティシエが気合いの籠もった調理をしていた。殆どは作り置きしてあるからデコレーション作業になるけど、刀鍛冶が名刀作りに挑戦しているんかなって思うくらいの劇画調の顔で、近寄りがたい雰囲気だったし。
……と、気が付けばそろそろ休憩も終わりだ。
休憩時間を乗り切れば、ホールの瑠菜とキッチンの俺に注文以外の接点はなくなる。なるべく接触を減らして自然消滅の形に持って行きたい身としては、やっぱり顔を合わせる時間を最小限にしたい。興太郎の懸念通り、どうして違う世界の俺と付き合うことになったのか興味は尽きなくて、つい見てしまうし話も訊きたくなるから。
まあ、今度の土曜はともかくとして、バイト中は凌げそうだから特に問題はない――
「上がるの、いつも通り十時だよね?」
「へっ? ん、おう、そのはずだけど」
「終わったら裏口で待ってて。勝手に帰ったら怒るよ」
……いきなり計画を頓挫させる命令がきた。しかも半強制っぽいし。
だがしかし、瑠菜に惚れていたのかもしれない並列世界の俺と違って、先輩一筋の俺がその命令を聞く理由なんてどこにも、
「知らないだろうから言っておくけど、これ言い出したの和己の方だから。駅まで十分ちょっとだけど、夜道は危ないし怖いから一緒に帰ってくれって」
「…………俺から言い出したの? 俺、夜道が怖いとかぬかしたの?」
「そうよ。冬頃に『この辺で男を対象にした痴漢が出る』って話をしたら、最初は笑い飛ばしてたけど、次のバイトの時に一緒に帰って欲しいって懇願されたの」
……果たして別世界の俺は何に出くわしたのか。気になるけど、深く考えたらアウトな気もする。知らぬが花という言葉もあるし。
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