片思いの相手、襲来。
「せ、先輩っ、どうしてここに……!?」
放課後にこっちから出向く予定だったのに、まさか先輩の方から来てくれるなんて思いもしなかった。
……もしかしてもしかすると、先輩に告白して既に付き合っている世界も混ざっているんじゃないかと淡い期待にドキドキする俺に、桃水先輩はえくぼを見せて笑い、
「ちょっと気になっちゃってねー。だって和己くん、昨日の夜から全然メッセージに返信くれないんだもん。しかも未読のままだから、何かあったのかな、って」
「あ……それが俺、スマホ壊しちゃって……何か急用でもありましたっ!?」
「ううん、そんな大した用じゃないよ。ほら、すっごい世界変蝕だったから、安否確認みたいな感じでね? 『キミはどこの誰ですかー!?』って送ったのに反応ないから滑り倒しちゃったのかなって心配になって」
あはは、と照れ笑いを浮かべ、先輩はふにふにと自分の二の腕を摘まむ。恥ずかしがっている時の癖もそのままだ。超可愛い。
……けど、先輩の可愛さに感動している場合じゃない。
この感じ、もしかすると……
「あの、先輩。スマホが壊れているんで、学校が終わったらショップに行こうと思ってるんですけど……」
「あー、そうなんだ? そうだよねぇ、スマホないと不便だもんね。お店に修理出しに行くの? それともこれを機に新しいの買っちゃう?」
「あんまし金もないんで、有償交換にするつもりで……だから隣町まで行こうかと」
「そっかぁ。たぶん世界変蝕直後はお店混んでるから、何か暇潰しアイテム持って行った方が良いよ」
善意百パーの先輩からのアドバイスに、確信する。
――これは間違いなく、今日の午後に会う約束を覚えていない。というより、恐らくはそもそも約束をしていない世界の先輩だ。
告白は延期予定だったから、そういう意味では都合が良い……けど、違う世界の先輩となると、まずは関係性の再確認をしないと。
わざわざ教室まで来てくれたんだから、そんなに悪くは無いはず。とはいえ、俺の知っている先輩よりラブラブ対応かといえばそうでもないから、良くて現状維持ってところかもだ。
暫定彼女が三人もいて告白出来ない状況だからそこまで急ぐ必要はないのかもだけど、記念告白じゃなくてオッケーを貰えるように頑張りたいし、やっぱり土台は早めに築きたい。
「……あの、先輩。実は俺、ちょっと先輩に相談があるんですけど……」
「えっ、なになに? 和己くんがマジな顔するなんて珍しい……いいよいいよ、頼りになる桃水先輩がどんな相談でも……っと」
得意気な顔で張り切って前のめりになった先輩だけど、チャイムが鳴り響いて勢いにストップをかける。
「んー、これからってタイミングで時間切れかぁ。お昼ご飯後回しで来れば良かったかな?」
「や、どうせここでは話したくなかったんで、また今度でいいっす。スマホが復活したら連絡しますから」
「そお? じゃ、楽しみに待ってるね!」
明るく言って、先輩は俺の右肩近くをポンポン叩いてから去っていった。
自分の教室に戻る先輩の後ろ姿は、他の女生徒と特別変わりはないはずなのに、妙に可愛らしく見える。一人だけスポットライトを浴びているみたいだ。完全に気のせいだとは分かっていても、そう見えてしまうんだから仕方がない。
「……はー…………やっぱ、少しでも早く解決したいなぁ……!」
昨日は九十日後に決めるって話になりそうだったけど、先輩への告白をそんな先延ばしにしたくない。
とはいえ、どうしたもんだか。三人の暫定彼女はどれも一筋縄ではいかないというか、俺の手に余りそうな相手だ。いやマジで、どうして俺と付き合う流れになったんだろう? 並列世界の俺の身に何が起きていたのか、不思議でしょうがない。
廊下の向こうに先輩の姿が完全に消えたところで、のろのろと自分の席に戻る。クラスメイトからの好奇の視線がうっとうしいので、全部無視で気付かない振りをして興太郎の向かいに座った。
「……はー……彼女を作る為に彼女と別れるにはどうすりゃいいんだろうな?」
「なんか頭の悪いなぞなぞみたいだな。でもまあ、正解なんてなさそうだからそれっぽいアドバイスが関の山か」
「お? マジか、なんかいいアイデアあんの?」
正直、何となく口にしただけで全然期待してなかったのに。
好奇心旺盛な友人がどんな助言をくれるのかわくわくして机に身を乗り出すと、興太郎は俺の鼻先に指を突き付けてきて、
「好きの反対は何か、知ってるか?」
「はぃ? それは……嫌い、だろ?」
「いいや、これが違うんだな。好きの反対は無関心で、嫌いとさえ思わないことだってさ」
「……え、どゆこと? 興味持たれるなって言うん? どうやって?」
「極論過ぎ。そうじゃなくて、和己が興味持つなって意味だよ。打てば響く相手はやっぱ楽しいからさ。逆に素っ気ない相手だと、一人で空回ってるのを感じて『こっちの世界の和己はなんか違う』って思うんじゃないか?」
「…………なるほど。いや、なるほどなー……確かにそれは言えてるわ……」
興太郎のアドバイスはとても含蓄のあるものとして身に染みる。
思えば俺が先輩を好きになったのも、容姿が好みってことより、会話していて楽しいからだ。面倒臭がらず受け答えしてくれる人だから、積極的に話しかけに行けたし。好きだって気付いたのも、先輩がいなくなって寂しさを感じてからだ。
つまりあの三人に塩対応をすれば、自然と向こうから別れてくれる可能性が高いと……!
「……なんだよ、興太郎くん頼りになるなぁ! 今度一回お前の掃除番代わってやるよ!」
「地味な返礼だなー……いいけど。それに結構な難題だろうし」
「は? 何でだよ、すっげぇいいアイデアじゃんか。適当に素気なくしてればいいんだろ?」
イメージとしてはつまらない授業でノートを取る振りをしながら落書きをする時の、何となく聞いている風で関係ないことを考える感じだ。敢えて嫌われようとするよりは余程楽だし、変な演技もしないで済む。
これのどこが難題だっていうのか全然ピンと来ない俺に、興太郎は意味深な笑みを浮かべて、
「だってさ、違う世界の自分と付き合うことになった相手だぞ? 何がどうなってそんな流れになったのか、気にならん?」
「……………………………………………………ならんよ」
「和己は正直だなー。馬鹿が付く系の正直さだけど。そんなんで興味ない振りなんて出来るのかね?」
辛辣な興太郎の言葉に上手く返すことが出来ないうちに、五時間目の授業開始を告げるチャイムが鳴り響き。
担任でもある世界史の田山女史が来るまでの間、俺はこの先好奇心と戦って勝てるのかどうか真剣に悩み……先生が授業を開始しても教科書を出さずに考え込むという大ポカをして、みっちり怒られる羽目になった。
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