「……え、今、なんて……?」
目の前の少女は何事も無かったかのようにくるりと身を翻した。
「……それで?事件は?」
ありません。と友人は呆れながら言い、本郷さんはつまんないの、と作業に戻った。
「暇潰しになるか分かんないけど、僕のこと……推理してみる?」
ピクリと彼女の肩が揺れた。
「それは、愉しそうだ。令官、君は出ていいよ」
友人は戸惑っている。僕の方を不安そうに見た。僕は彼に微笑んで言った。
「心配要らないよ。こんな素敵な子と同室なんて、僕はツイてる」
ツイてなんかない気がしたけれど。
「そ、そうか…………じゃあ……」
達者でな……とこちらをチラチラと見ながら部屋を出て行った。
「ふぅ……では、始めるとしようか」
彼女はその鋭い目を不敵に光らせて、こちらを見る。
久々の感覚に胸が踊った。
ホームズの推理が、始まる。
「君は前の学校で恐らく運動部……いや、クラブチームか。ラグビーの」
「よく分かったな」
「部活ではないとわかったのは、君の出身校。君の出身校の私立明観学園にラグビー部はない」
「なぜ、ラグビーだと?」
「君はやたらとガタイがいい。その上、肌は黒い。その黒さが日焼けだと分かるのは、手首に……リストバンドかな。そこだけやたらと白い肌が見えている」
「なるほど。それから?」
「それから、君には兄弟がいる。名前は周。『周る』と書いて『しゅう』だ。恐らく兄だろう。ジャージに彼の名が記されている。しかし、仲はあまり良くない。というのも、家族からの土産か何かの袋が1つ足りない。君の家庭は父が医者、母は恐らく専業主婦、そして兄の四人家族。わりと裕福らしい。でなければ、そんな高級な、しかも新しい靴を履いたりしない。その桃色の袋は母からの、そして高級そうな箱……それは、万年筆かな。を持っているが、兄の物と思しきものはそのジャージだけ。ジャージは母が『勿体ないから』とでも言ってお下がりにしたのかな?君のお母さんは、お金の使い所がちゃんとしている。そう、それに嫌気が差したのだ、君は。兄が通っていたこの学び舎で学ぶということは、『あの周の弟』というレッテルが貼られてしまう。それで、兄の土産だけは貰ってこなかった。違うか?」
圧巻、だった。呆気に取られてしまった。
「君、君は…………本当に……」
彼女はそのアーモンド型の瞳を細めて言った。
「最後に。君がワトソンだと言ったのは、賭けだった。その反応は…………賭けに勝った、ということで間違いないな?」
異論を認めなさそうな不敵な笑み。昔も、こんな風に彼に推理された。
まさか、まさか……とは思った。
「じゃあ、君は…………」
「挨拶が遅れてしまったね。私……いや、僕は、ホームズ。シャーロック・ホームズだよ。
……よろしく。ワトソンくん」
血の気が引いた気がした。
また、僕はあの傍若無人な男(今は女)と平穏とは程遠い生活を送らなければならないらしい。
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