「にしても驚いたな」
「笑うなよ、こっちは本気で驚いたんだからな」
いや、そうじゃなくて……と未だ笑いを止めない彼女。
あの後、死ぬまでの経緯や死後の感想、どのようにここに来て、何を思い出したのかを彼女の気が許すまで散々聞かれた。
どうやら、彼女のマイブームは『我々が転生したメカニズム』を解明することらしい。
「君は愛妻家の皮を被った、とんでもなく酷い人間だったんだな、と」
「違っ……」
否定をしようとするも、どこか心当たりがある気がして否定ができなかった。
「……てか、酷い人間と言ったら、ホーム……本郷さん」
「ホームズでいい」と本郷さん改め、ホームズに遮られる。
「ホームズだって一緒だろ。君が死んだ後、何人もの人が哀しんでいたんだからな」
そう。全世界……とは言わずとも、少なくともロンドン中の人々や僕は、涙を流していた。
それだけじゃない。
「何人もは言い過ぎだ。僕が涙を流して欲しかった人は、結局涙を流さない」
「アイリーン・アドラーも泣いていたぞ」
ホームズの肩が揺れる。動揺しているんだろう。だって、彼が泣いて欲しかった人といえば、彼女か兄。兄は先立ったらしいので、彼女だろう。それくらいの推理は僕だって出来る。
「役者として、だろう」
「違う。プライベートだ」
「『あの女性』はそういう人だ。僕だって欺かれた」
「……違う」
「大体、『あの女性』の姓名はアドラーじゃない。変わっただろう」
ノートンに。
自嘲気味に言うホームズ。彼の心に残る(というと怒るので言わない)唯一の女性。そんな人がよりにもよって結婚間近だったとは、何とも皮肉なことだ。当時はそう思った。「別に他意はないさ」そう言ってアイリーンの写真を空っぽの机の引き出しにそっとしまうホームズを微笑ましく思っていた。
「別れたらしいよ。君が死ぬ、数ヶ月前に」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「だって、新聞にそんなこと書いてなかった」
「……事件欄しか見てないだろ」
ホームズが、その綺麗な顔立ちを少し歪ませた。流石に反論は出来ないらしい。
「……そうか……離婚……」
口を少し綻ばせ、それを慌てて結び直すホームズをあの日と同じように微笑ましく思った。
離婚理由までは、流石に言わないでおこう。ホームズが喜んでしまうだろうから。
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