人形たちのサナトリウム

- オーナレス・ドールズ -
片倉青一
片倉青一

9−2「情報因子汚染地域殲滅部隊」

公開日時: 2022年6月4日(土) 18:00
文字数:4,008

「まずは、あなた方を――」


 言いかけて、わたしはメラニーとレーシュン先生へ視線を転じ、片手で青十字の人形たちを示しました。


「こちらの青十字の方々を、わたしが無力化した後のことです」


 メラニーとレーシュン先生は、わたしとラヴァさんの身に起きたことの詳細を知りません。情報の共有も兼ねて、あの時のことを口に出して端的に整理します。


「一機のヘリコプターが飛来して、四体の人形がロープを伝って降りてきました。四体の人形はそれぞれ、現場にいたあなた方のうち一体ずつを抱えて飛び去ろうとしました」


 いったん言葉を句切ると、メーインが頷きました。


「相違無い。我々は威力偵察のために派遣された。降下した四体の人形は、我々を回収し、情報を持ち帰るべく派遣された者たちだ」

「わたしはとっさに支配権を行使して、四体の人形を止めようとしました。ですが彼らはわたしの支配を全く受け付けませんでした。彼らは腰に吊っていた拳銃を抜き、わたしを撃ちました」


 レーシュン先生が軽く息を吐きました。


「それで、サクラバがお前さんをかばい、銃弾を受けたわけだ」


 責めるような声音ではありませんでした。推測と事実を照合しているだけ。だから、わたしも淡白な口調になるよう心がけました。


「はい。ラヴァさんは現在、意識不明の重体です。わたしが応急処置を施しました。主治医のセイカ先生と、リットー先生が手術にあたってくれています」

「よかろう。当時の事態は把握した。続けな」


 わたしは頷き、メーインへ問いました。


「サクラバさんを撃ったあの人形たちは、何ですか」

「あれはミーム汚染地域に投入される人形だ。分類は狩猟人形ハンター。任務にあたる際、あれは人形網絡シルキーネットへのアクセスを物理的に遮断する。ミームは人形網絡シルキーネットを通じて感染を拡大するためだ」

「……なるほど。それで」


 わたしの特権行使が彼らに働かなかった理由が分かりました。彼らが頭部のアンテナを物理的に遮断シールドしているのであれば、確かにわたしたちの特権は通用しません。

 全ての人形は人形網絡シルキーネットへのアクセスポートを備えており、本能的に外部と情報をやりとりする。わたしたちの介入共感機関は、その仕様をハックするものです。

 ミーム感染を防ぐ、最も原始的で効果的な手段は、ミームの侵入経路を物理的に閉ざしてしまうこと。アクセスポートであるアンテナを閉鎖、あるいは絶縁すれば、事足ります。

 わたしたちとは、あまりに相性が悪い。


「……そういえば。あれは、シティ・プロヴィデンスを葬った精鋭だ、と言いましたね」

「そうだ。かの地は、まともな人形が立ち入れる地域ではなくなっていた。あの四体は、百体からなっていた情報因子ミーム汚染地域殲滅部隊の、数少ない生き残りだ」

「たった百体で、百万都市の命をことごとく葬ったんですか? いったいどうやって?」


 レーシュン先生が、しわがれた声で補足してくれました。


「シティ・プロヴィデンスの災害が『悪夢』と呼ばれているのは、シティの人形たちに『夢』という形でミームが伝染したからだ。夢には、夢を見ている『夢の主』がいる」


 イリーナさんだったもののように。


「夢は、いつか覚めるものだ。青十字の狩猟人形ハンターは、一ヶ月と九十六体を費やして『夢の主』を探し出し、破壊することで夢の続きを絶った。かくして、シティ・プロヴィデンスから命あるものが一夜にして死滅した」

「……院長先生は、知っていたんですね」

「あの時は必要最低限だと言ったろう。青十字についても、お前さんが知る必要は無かった。だが今は違う。だから話した」


 レーシュン先生はぐるりと首を回し、深いしわが刻まれた顔を軽く撫でました。


「もっとも。あの部隊は北大西洋方面隊の所属だったと記憶しているがね。わざわざ南太平洋くんだりまで連れてきたのかい」

「その通りだ。五体の我々が無力化されたと判明した際、ミーム汚染の可能性を排除できなかった。ゆえに借り受け、備えた」


 簡単に言うものです。


「我々は本作戦の実施にあたり、衛星を用いて地上の状況を観測していた。我々が無力化されたことを確認した際、我々はミーム汚染によるものであると判断した」


 当事者なのに、観察者であるかのようにメーインは語ります。


「我々は既に、持ち帰った情報の検討を済ませ、狩猟人形ハンターの再派遣を決定している。我々は間違いなくそうする」


 戦争など、武力紛争など、本当は必要ない。あらゆる争いごとは、相互不理解に起因するのだから。ほんの少しだけ優しければ。ほんの少しだけ他人のことを気にかければ。ほんの少しの目先の損を許せるなら。

 ラヴァさんが得てしまった結論は、単純なようで、難解です。

 だって、そうはならないのですから。


「……狩猟人形ハンターが話し合いに応じる可能性は?」


 メーインは首を横に振りました。


「ゼロだ。あれは一度放たれたが最後、与えられた任務を完遂するまで決して止まらない」

「具体的には?」

「この施設に存在する全ての人形を破壊し、人形造形技師を殺害する。その後、新たな人形造形技師と患者を配属する」


 ごり、と奥歯を噛みました。砕けそうなほどに。

 せっかく、対話の糸口を掴めたのに。

 メーインは、わたしの考えを検討に値する、と言ってくれました。ならば、青十字の本体もわたしの考えを検討できるはず。青十字という組織が自動的な装置として振る舞うとしても、青十字を構成する要素は一体ずつの人形なのですから。

 けれど、総体としての青十字はわたしたちを見限ってしまいました。

 加えて、狩猟人形ハンターとやらは、わたしとメラニーの天敵です。

 いったい、どうすればいい。

 メラニーへ視線を転じましたが、彼女もまた厳しい表情のままでした。


 と。

 それまでほとんど口を出さなかったレーシュン先生が、体育館の床を杖を突きました。コーンと甲高い音が幾重にも反響し、全員の注意がレーシュン先生へ集まりました。


「一つ、確認だ。今のお前さん方がハーロウの指示に従っているのは、なぜだい」

「端的に言えば、何をすればいいのか分からなくなったからだ」

「ふむ。やはり問題の喪失だな」

「その通りだ。我々は戦闘手段を完全に喪失した。我々に課せられた任務は遂行不可能になった。当時の我々は、もはや何をすればいいのか分からなかった」


 人形は、問題設定が苦手です。何をすべきか示されていない人形は、ボサッと突っ立っているだけの、人の形をした物体です。


「看護人形ハーロウの要請は、我々の目的と合致した。ゆえに従った」

「フムン。代理兵士サクラバを直すためにお前さん方が協力した理由だな」

「看護人形ハーロウの意見を合議した。代理兵士サクラバは、貴重な情報因子ミームのオリジナルだ。ゆえに、可能な限り保存に努めねばならない。我々は我々の存在意義に基づき、そのように判断した」


 あまりの合理主義ぶりに、納得が追いつきませんでした。思わずメラニーを見やったところ、メラニーも眉をひそめて困惑していました。

 レーシュン先生はわたしたちの困惑をよそに続けます。


「次に。お前さん方は、あの狩猟人形ハンターどもが生き残りだと言ったね。補充はしていないのかい。シティ・プロヴィデンスの一件から、もう一年半が経つだろう」

「あれは技能人形マイスターの一種だ。戦闘の天才が選抜され、訓練を受けることで成立する。現在は員数を集め、訓練している段階だ。選抜から実運用まで、少なくとも二年を要する」

「ふむ。それは知らなんだな。シティ・プロヴィデンスはそれほどの災害だったか」


 人形製造においては、ごく稀に、想定とは異なる性能を有する個体が誕生することがあります。例えば、家政人形として造られたにもかかわらず、刀鍛冶において無類の才を発揮したマヒトツさんのように。それが技能人形マイスター

 偶然に頼らざるを得ない以上、補充は容易ではないのでしょう。


「とはいえ、当院うちの人形と人間を滅ぼすことくらい、わけは無いだろうがね。ときに、連中の武装はどんなもんかね」

「右手にククリ。大型のナイフ、鉈だ。左手にシングルアクションリヴォルヴァー。代理兵士サクラバを撃った拳銃だ。あれはその二つを頼りに任務を遂行する」


 わたしが視認した彼らの武装も、その二つでした。

 けれど、たったそれだけ?


「その……やけに、原始的と言いますか、単純な装備なんですね」

「頑丈で単純な武器は、信頼性に優れる。あれは任務中、一切の支援を受けられない。他の装備が必要であれば現地で調達する」


 信じ難いことですが、信じるほかないでしょう。レーシュン先生をして「化け物だらけ」と言わしめたこの世の終わりを生き延び、果てには百万都市を滅ぼしたというのですから、個々の戦闘能力は推して知るべしです。


「では、最後の確認だ。我々が人類社会の最適化に資するならば、お前さん方は我々に協力できる。それがいかなる手段であってもだ。認識に相違は無いかい」

「相違無い。我々は青十字。命を繋ぐ天災だ。我々は選ばず、わかたず、定めない」

「そうかい」


 パイプ椅子に座ったままのレーシュン先生が白衣のポケットから紙巻きを一本取り、マッチを擦って火を点けました。煙をゆっくりと吸い込み、体育館の高い天井を見上げ、細く長く煙を吐きました。それから、左手に持った携帯灰皿へ灰を落とし、紙巻きを持った右手を額に当てて顔を隠しました。

 見覚えがありました。

 そう。トニーくんが機能を停止したとき。レーシュン先生は、同じ仕草をしていました。

 おそらくはご本人にも自覚のないルーチン。

 ほどなくレーシュン先生は額から手を下ろし、もう一度だけ煙を吸ってから、わたしたちの個体識別名称を呼びました。


「ハーロウ。メラニー」


 バンシューの娘、セイカの娘、ではなく。


「はい」

「何ですか」


 レーシュン先生は、ひどく冷徹な声音でわたしとメラニーへ問いかけました。


「他者の命を己が手で掴み、火に投げ入れる覚悟はあるかい」


 問いかけて、わたしとメラニーが絶対に受け容れられない、けれど現状において取りうる最善にして最悪の『策』を提示しました。


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