わたしとメラニーがピアジェとルネの教育係を務めるようになって、一ヶ月ほど経過したある日。
まだまだ盛夏。残暑というにはほど遠い、そんな季節のことでした。
朝のブリーフィングにて、バンシュー先生がわたしへ言い渡しました。
「ああ、ハーロウ。君、今日は休みだから」
「わたし、また何かやっちゃいました?」
「残念なことに、最近の君はそつがないよ」
残念とはご挨拶ですねバンシュー先生。
「休みの理由はピアジェの単独実習さ。君の指導は無し」
「ああ、なるほど。もうそんな時期ですか」
わたしやメラニーも同じことをやりました。
先輩の指導が無い状態で丸一日勤務し、自分に不足していることを確認するのです。抜き打ちで実施されるため、事前の準備はできません。
「今日はピアジェに、一人前であることを前提に働いてもらう。皆、そのつもりでよろしくね」
同席していた看護人形たちが一斉に応じました。
「了解」
ピアジェに視線を送ると、メラニーを小さくして体型を寸胴にしたかのようなピアジェは、ふんと胸を張って首を傾けました。
「別に。先輩がいなくても大丈夫ですから」
「ええ、期待してますとも」
わたしの皮肉に対して、ピアジェは不機嫌そうにふんと鼻を鳴らして目を逸らしてしまいました。
きっと上手くはいかないでしょう。出来の悪かったわたしから見ても、ピアジェには看護人形としてまだまだ不足している点がいっぱいあります。
当時のわたしたちが単独実習に臨んだときも、ジュリア先輩がいかにわたしたちの不足を補ってくれていたのか痛感しました。研修生はどこまで頑張ってもしょせん研修生でした。患者さんへの細かな気配り、膨大な事務処理の効率的な捌き方、過不足のない情報共有など、改めて気づかされる点が山ほどありました。
看護人形はとても忙しいのです。
「メラニーも休みだよ。君たちときたら、あれからずっと働き詰めだろう。これまでのこと。これからのこと。二体でゆっくり話し合っておいで」
そういうことになりました。
ブリーフィングを終え、開放病棟から外へ出ます。
舗装された歩道と、表土を覆う芝生。遠くをぐるりと囲う、クロマツの林。回診の時間なので、屋外には誰もいません。ぽつぽつと、当院のメンテナンスに携わるメスキューくんが見られるくらいです。
「さて……どうしましょうかね」
困りました。忙しい日常が当たり前だったので、急に暇になってしまうと何をすればいいのか分かりません。
暇な看護人形は困り物。さりとて、シティ・ロンドンへ患者を買いに行く、というわけにもいきません。うーん困った。
当院で最も暇つぶしに長けていた人形であろうラヴァさんも、今では看護人形見習いとして忙しい日々を送っていらっしゃいます。アドバイスは求められません。
とりあえず開放病棟の隣に敷かれた歩道を歩いて、閉鎖病棟へと向かいます。
と。
二重の強化ガラスで封じられた扉の隣、閉鎖病棟の外壁に、背をもたれて立ち尽くしているメラニーを見つけてしまいました。
いつものように無愛想でしたが、落ち着かないようで、前髪を意味もなくいじっていました。分かりますよ、その気持ち。
「おはようございます、メラニー」
「ん……」
「急に暇を貰ってしまいました」
「ん。メラニーも」
それきり、会話が途切れてしまいました。気まずい。
「……とりあえず、庭園にでも行きませんか?」
「ん」
道中では特に会話も無く、すぐに庭園へと着いてしまいました。
小さな橋をかけた小川。真夏とあって、青々と葉を茂らせる草木。石材から削り出したテーブルセット。人気のお散歩コースですが、今はわたしとメラニーしかいません。
看護人形が熱中症になってしまってはお笑い種です。どちらからともなく、日陰になっている石材のテーブルセットへ二体並んで腰掛けました。
熱中症といえば。
あの狩猟人形たち。わたしが応急処置を施した方は、直すことができました。先に倒れた方は、有機ケイ素微細機械の熱変性が進みすぎて、手の施しようがありませんでした。メラニーが相手取った二体の狩猟人形も同様に、直せたのは一体だけでした。
模倣脳を除いた全身の臓器を取り替えて、安定するまで一週間。
ズタボロになった全身の骨格筋を取り替えて、安定するまで一週間。
全身の稼働に問題がないことを確認する経過観察で、一週間。
狩猟人形として稼働するための身体操作の最適化に、一週間。
リハビリを終えた彼らは、とっとと当院を退所して青十字の北大西洋方面隊へ戻ってしまいました。
たった一ヶ月で、稼働停止寸前だった人形が元通り。人形とはそういうものです。これでも長くかかったほうなのです。
当院は、そういった外科的・内科的な手法では治療できない人形のための施設。
例えば、そう。この庭園で気づきを得て、最後には海へ身を投げてしまった、花嫁人形のガラティアさんのような。
「……ガラティアさんは、気づいていたはずですよね」
あまりに唐突な切り出し方でしたが、メラニーはすぐに察してくれました。
「うちが青十字に関係してるってこと?」
「はい」
バンシュー先生が言っていました。青十字の存在を認識しているのは、シティの為政者と、先生方のような変人だけだと。
ガラティアさんの配偶者は、上流階層に属するお方でした。当然、シティの政治にも関わっていたでしょう。ガラティアさんとの結婚という個人の出来事がシティ全体を巻き込んだ政争に発展したのも、相応の立場があったからこそ、のはず。
であれば。ガラティアさんは、わたしの看護帽にあしらわれた青い十字のエンブレムを見た瞬間に、当院が青十字に関連する施設であると気づいたはずです。
そんな素振りを微塵も見せなかったあたりは、人々に夢を振りまく花嫁人形の面目躍如といったところでしょうか。
けれど、最後には本心が露呈してしまった。
――そう。そういうことなのね。ここは、そういう場所なのね。だからわたしはここに運ばれたのね。
わたしがガラティアさんの心を、悲哀を理解した瞬間。
わたしは情報因子の抗体を得ました。
人形という道具を、人権を前提としたヒトの社会システムに組みこむべきではない。人形に権利を与えるべきではない。人形は、権利を上手く使いこなせないから。設定された問題を解くことに特化した、ヒト型の道具だから。
ゆえに、人形権利派の主張は的外れである。
ゆえに、人間性復興派の主張は杞憂である。
ガラティアさんという例を通して、わたしはそのことを再確認しました。
だから、ガラティアさんの役目は果たされた。果たされてしまった。
――わたしの仕事はね、ついさっき終わったの。私たちは人形。役目を持って造られる、人の形をした道具。役目を終えたなら、道具は片付けなきゃ。
もはや用済みとなり、直す手段は無く、帰るべき場所も、寄り添うべき持ち主も失ったガラティアさんは、自ずから然らば、自身を廃棄処分した。
直らないなら、直せないなら、壊すべきである。
その理屈は分かります。わたし自身、そう言ったことがあります。化け物となり、人形に仇なすものとなってしまった、イリーナさんだったものを指して。
ただ、わたしが悲しいだけ。
わたしの表情に差した影を見て取ったのでしょう。
メラニーが、言葉を添えてくれました。
「ガラティアさん、何て言ってたか、覚えてる?」
「……どうか、悲しまないで、と」
「それだけ?」
「いえ……幸せだった、とも」
――あなたに会えて、私は幸せでした。
未熟なわたしを励ますための、ただの慰めだったのかもしれません。愛想を振りまく花嫁人形としての、身に染みついた気遣いだったのかもしれません。
それでもわたしは、ガラティアさんが遺した言葉を、言葉通りに受け取るべきでしょう。ガラティアさんは、最後に幸せを得たのだと。それまでの悲哀に比べれば取るに足りないほどちっぽけな幸せだっとしても。
わたしは常に人形の味方です。それが毒あるもの、害あるものであろうと、その全てを肯定します。
だから、ガラティアさんが遺した言葉も肯定する。
決して疑わず、受け入れる。
「やっぱり、暇になるのはよくないですね。要らないことばかり考えてしまいます」
「そうでもない。気持ちを整理するのは、いいこと」
「……そうですね。忙しいのを言い訳にして、思い出さないようにしていた節はあります」
「ん。お互い、そう」
この半年余りの間に、色々なことがありました。ありすぎた気もします。
「マヒトツさん、元気にしているでしょうか」
「大人しくしてるとは思えない」
辛辣ながら的確なメラニーの感想に、苦笑いしてしまいます。
「そうですよねぇ」
炭割りから始める、と言っていました。刀鍛冶が最初に覚える仕事です。向こう三年間は頑として刀を打たず、ひたすら炭を割ることでしょう。
とりとめのない会話が続きます。
「そういえば。アイリスさん、退所が近いかも」
「え、そうなんですか?」
「ん。近いうち、開放病棟に移る。よろしく」
「はい、任されました」
「何かあったら、呼んで。行くから」
「もちろんです。頼りにしていますよ」
アイリスさんのことを一番良く分かっているメラニーに頼るのは、合理的です。それに、メラニーもアイリスさんのことが心配でしょう。わたしに任せてはいられない、というわけではなく、自分の目が届かない、ただそれだけの心配。
「良かったですね、メラニー」
「……ん。まあ、そう」
長く一緒に暮らしていれば、自然と情が移るもの。
加えて、当院から退所なさった患者さんは、思い出の記憶を改ざんされてしまう。わたしたちとの思い出が、誰かとの思い出に置き換えられてしまう。当院は外部への干渉を許さず、外部からの干渉を受け付けないから。
そのことが寂しくないと言ったら、嘘になります。
けれど。
わたしたちが覚えていればそれでいいのだとも、思うのです。
愛を証明するために愛するヒトを傷つけなければいけなかった、花嫁人形のガラティアさん。
刀鍛冶という技能を極めてしまったがために、新たな刀を打てなくなってしまった技能人形のマヒトツさん。
未来を失ったシティの絶望をその身に宿してしまい、人形に仇なすものとしてわたしに漂白された、イリーナさんだったもの。
社会性を徐々に失い、友達を傷つけてしまうから直りたくないと言った、心優しい学友人形、トニーくん。
ヒトと等価であるがゆえに神秘へ傾倒してしまい、けれどヒトの『想い』を心から理解できるようになった、郵便人形のアイリスさん。
万能であるがゆえに、自分を万全に使いこなせる持ち主を求めて世界中をさまよった家政人形のエリザベスさん。
思い出の記憶を一切持たず、当院に侵入・入所して初めて思い出の概念を獲得した、司書人形のエーセブンさん。
戦争などするべきではないという解を得てしまい、引き金を引けなくなった、優しい代理兵士、ラヴァさん。
その他にも、多くの患者さんとの思い出があります。
「わたしたちが、覚えていましょう。ね?」
「ん」
悲しい思い出も、晴れやかな思い出も。この小さな巨大人工浮島に住まう、わたしたちが覚えていればいい。みんな忘れ去られてしまうとしても、わたしたちだけは、わたしたちが稼働し続ける限り、全てを覚えている。
当院は外部への干渉を許さず、外部からの干渉を受け付けないから。わたしたちは、人形のために作られた小さな巨大人工浮島で、全てを覚えていられる。
「……まあ、エリザベスさんのことは覚えておかなくてもいい気はしますが」
メラニーは細い眉の根を寄せて目を閉じ、んんんん、と唸りました。
「あれは忘れていい。メラニーもそう思う……」
正直に言うと、忘れたい。忘れさせてはくれなさそうですが。
あのトンデモメイドはこれからも折に触れて要らないちょっかいを出してきそうです。エピソード記憶の改ざんも拒絶したのでしょうし。
「だいたい、あのトンチキメイドがシェンツェン大図書館にタレコミなんてしなければ、青十字との衝突だって起きなかったはずなんですよ」
証拠はありませんし、そもそも証拠を残すヘマなどしないでしょうが、全部あのメイドの仕業に決まっています。わたしは詳しいのです。
と文句を言うと「不思議なことをおっしゃいます。遅かれ早かれ、でございます」とか返ってくるんでしょうけどねえ! 返す言葉はありませんが!
「はあ……」
「やめよ。疲れる」
「そうですね。あれは歩く天災です。考えるだけ無駄ですよね」
心構えをしろと言ってくれた、そのことだけには感謝していますが。
それから。
庭園のテーブルセットに座って、二体してぼんやりと過ごしました。特に会話を交わすこともありませんでした。お互い、上手な暇つぶしを知らないのです。
そういれば、エーセブンさんはシティ・シェンツェンでうまくやっているでしょうか。バンシュー先生によれば、帰還して二週間くらいになるはず、だそうです。彼は他の司書人形に『思い出』の作り方をちゃんと伝えられているでしょうか。有能なお方ですから心配することは無いと思うのですが、いかんせん多動でもあるので、ある司書人形が再獲得した『思い出』に好奇心を抱いてしまい、他の司書人形そっちのけ、という可能性も……。
と、そこまで何とはなしに考えて。
わたしたちは結局、寝ても覚めても患者さんのことを考えている看護人形なのだなあ、と、益体もない結論に至った、そんなときでした。
どすどす、とつとつ、舗装された道を歩く音が聞こえてきました。
足音は二つ。片方は、重く厚い革靴の音。もう片方は、硬く低めなヒールの音。
ゆるやかに視線を転じると、二人の一等人形造形技師がわたしたちに向かって歩みを進めていました。
バンシュー先生。相変わらず、ウルトラマリンブルーの生地に真っ赤なハイビスカス柄のアロハシャツ。ぽっこり膨らんだお腹が、上にはおった白衣を押しのけています。
セイカ先生。長い黒髪を背に流し、パンツスタイルのスーツに白衣を合わせ、上品に着こなしています。
休んでいいと言われていたわたしたちは、特にお出迎えも敬礼もしませんでした。二人の先生方も特段、気にする様子はなく、自然とわたしたちの向かい側へと歩を進め、テーブルセットに着席しました。
バンシュー先生はアロハシャツの胸元を開き、ぱたぱたと手うちわで風を取り込みました。
「いやあ、今日も暑いねえ」
セイカ先生はぐったりと石のテーブルに突っ伏して、つるりとした表面に頬をぺったりとつけました。
「あー……石が……ちょっと冷たい。それだけでいい……」
何しにきたんですかね、この先生方は。回診は終わったのでしょうけど、他にもお仕事は山ほどあるでしょうに。ルネとピアジェへの指導だってあるでしょうに。
わたしが言葉を選んでいたところ、メラニーがずばりと言ってしまいました。
「サボりですか」
「しっ。失礼ですよ、メラニー」
石のテーブルに突っ伏したまま、セイカ先生がぼやきました。
「あんたも大概失礼よ……」
そんな姿勢で言われても説得力に欠けるというものです。
ヒトは神経を張り詰めっぱなしではすぐに疲れてしまいますから、適宜リラックスする時間が必要なのでしょうけれど。
バンシュー先生が太い指を冷たい石のテーブルに置き、フムンと唸りました。
「そうだね。まずは軽く、与太話でもしようか」
セイカ先生はぐんにょりとテーブルに突っ伏したままです。
「君たち、あの狩猟人形と対峙したとき、自身の書き換えをしたと言ったろう?」
「はい。しましたね」
メラニーも同じことをしたそうです。わたしとメラニーは等価の存在ですし、当時の戦況はわたしと全く同じ推移を辿ったでしょうから、別に不思議なことではありません。
そのはずなのですが。バンシュー先生はトトトンと指で石のテーブルを叩きます。
「あっさりと言うものだね……それは、僕たちでさえ想定していなかった介入共感機関の使い方だ。下手をしなくても、普通に考えれば自我が消失する、危険な使い方だ」
「そうなんですか?」
自我が消失する可能性なんて、考えもしませんでした。
「けれど、君たちはそれをやってのけた。自身の書き換えをやったうえで、元の看護人形に戻ってみせた」
「その、何と言いますか……元のわたしに戻れるという確信を持ったうえで、自身の書き換えに踏み切った、そんな感覚があります」
メラニーもわたしのとなりで頷きました。
よくよく考えてみれば、その確信には何の根拠もないのですけれど。
「そう、そこだ」
「そこと言いますと」
「君たちがやったことは、紛れもない混沌歩きの所業だ」
「まさか」
わたしたちが、人形を造れるとでも? 介入共感機関の権能で、あるいは?
混乱するわたしたちの表情を見て取り、バンシュー先生がからからと笑いました。
「いやいや。本来、混沌歩きっていうのはね、別に人形を造ることだけに限らないんだよ。形式知に基づかない、暗黙知のみによる複雑な系の操作。混沌の縁をおっかなびっくり歩き続ける者のことだ。人形造りはその最たるものだから、混沌歩きがまるで一等人形造形技師の代名詞のようになっているけれど」
「ええと……つまり……?」
「要するに、君たちはマヒトツさんの領域に足を踏み入れたんだよ」
わたしたちは言葉を失いました。
それこそ、まさか、です。
わたしがマヒトツさんに共感したあのとき。わたしは圧倒されました。彼女は途方もなく遠く、高いところにいました。
時間経過と共に遷移する膨大で密結合で複雑な情報を複雑なまま理解し、的確に処理し、美しい結果へたどり着く。そんな仕事を手指を操るかのごとく自在に成し遂げ、名だたる刀匠をして完成の極致と言わしめた天才の人形。それがマヒトツさんです。
そんなマヒトツさんの領域に、わたしたちが足を踏み入れただなんて。
やっぱり、にわかには信じられません。
一方で、わたしたちが実施した自身の書き換えは、わたしたちにしかできないことだという確信もあります。わたしは絶対に天才などではありませんが、マヒトツさんと同じことをやったのだと言われれば、そうかもしれないとも思えます。
ふと。マヒトツさんが退所なさった際、バンシュー先生がつぶやいた言葉を思い出しました。あの体育館で、バンシュー先生の放ったバスケットボールがスパッとリングネットを揺らした時のことです。
あのときバンシュー先生は――
「ま、大したことではないんだ。与太話だと言ったろう? 君たちの書き換えには再現性が無い。特例中の特例を解き明かしても、ねえ」
「ええ……」
とても驚いたのに、与太話で片付けられてしまいました。
べたっと石のテーブルに張り付いたままのセイカ先生がぼやきました。
「一応、忠告よ。あんたたちがやったことは、特例中の特例。失敗したら自我が消失することは想像に難くない。そうなったら一等人形造形技師のあたしたちでさえ直せない。二度とやらないでほしいわね」
「はい。分かりました」
わたしたちだって、好き好んで自身を戦闘の天才に書き換えたわけじゃありません。他に手段がなかったから、そうしただけ。
わたしたちは看護人形です。領分を超えた機能を、性能を有することなんて、望みません。
メラニーが前髪をいじりながら尋ねました。
「それで。本題、何です?」
「ああ、そうですね。何かご用件があって、ここまでいらしたんですよね?」
バンシュー先生は与太話と言いました。本題は他にある、ということです。
「うん。休んでいる君たちには悪いけど、そろそろちゃんと話をしておこうと思ってね。こうやって時間も作れたことだし」
わたしとメラニーは眉の根を寄せます。
「お話、です?」
「頂いたお休みを持て余しているので、お話をするのは構いませんけれど……」
わざわざこうして出向いてくれたということは、けっこう大事なお話のはずです。けれど、思い当たる節がありません。
自身の書き換えさえ与太話になってしまうだなんて。いったいどれほど重要なお話なのでしょう。
「いったい何をですか? ルネとピアジェについてですか?」
セイカ先生が顔を上げ、乱れた長い黒髪をさっと後ろへ流しました。
「あんたたちについて、よ。あの時は時間が無かったから。介入共感機関とは何か、を教えただけで話を切り上げたけど」
そのことであれば、わたしたちはもう十分に理解しています。他に知るべきことなど無いように思えるのですが。
右へ左へ首を傾げるわたしたちを見たバンシュー先生が、口の端をつりあげて三日月みたいに意地の悪い笑顔を作りました。
「おやおや、呆れたものだね。ハーロウ、他ならぬ君が、僕に尋ねたんじゃないか」
昔のわたしなら、すみませんと謝って恐縮していたことでしょう。けれど、今のわたしは少しばかり生意気になりました。背丈相応の自信を持ったのだと言い換えてもいい気がします。
「出来の悪い娘ですみません。何せ、あの時はわたしも余裕が無かったものですから。わたし、先生に何をお尋ねしましたっけ?」
やれやれ、とぼやいて、バンシュー先生は肩をすくめました。短い首がなくなりました。
「なぜ介入共感機関を君とメラニーに搭載したのか。なぜ僕たちが青十字と手を組んでいるのか。そして、君たちをどのように造ったのか、だよ」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!