一瞬の間ののち。
仮面を着けた十体のうちの誰かが、無感情な声で短く告げました。
「では、班員の引き渡しを要求する」
セイカ先生が応答してくれました。
「体育館で眠ってるわ。手当ては済んでいるから」
青十字の面々は整然とした足並みで開放病棟の出入り口から去ってしまいました。
深夜の明るいコモンスペースに残されたのは、二人のヒトと、二体の看護人形だけ。
立っているのに疲れたのか、バンシュー先生は「よっこいしょ」とひとりごちながら長椅子に腰を下ろしました。
「なんだか……やけにあっさりでしたね」
セイカ先生は額に手をやって嘆息。
バンシュー先生はふふんと鼻で笑います。
わたし、変なこと言いましたかね。
「分からないかな。彼らはもう次の行動に移ったのさ。あの五体を引き取って本隊に戻り、攻勢を整えるつもりなんだよ。本隊っていうのは南太平洋方面隊のことだね」
「狸親父。あたしはレーシュン先生とリットー先生に事の次第を報告するから」
言って、セイカ先生はなぜかナースステーションを一瞬だけ見やりました。
「じゃ、後は任せたわよ」
長い黒髪と白衣をひるがえし、セイカ先生もコモンスペースから立ち去りました。残ったのはバンシュー先生とわたしとメラニーだけ。
どう切り出したものか。バンシュー先生から何か指示を出してはくれないか。
などとと悩んでいたところ、メラニーがバンシュー先生に尋ねました。
「あいつら、ここで無力化したらだめでしたか」
やけに好戦的ですね。
「それはだめだ。彼らは使者だからね。彼らを帰さないと、もっと大変なことになる」
メラニーが首をかしげました。
「大変なこと、ですか」
「もし彼らを帰さなかったとしよう。青十字の視点では、数えて十五体もの人形が帰ってこなかったことになる。それ以外のことは、何も分からない。青十字は当院の危険性を最大限に見積もるだろう。さて、最もシンプルで確実な対処法は何だと思う?」
ガラティアさんの旦那さんの末路が、シティ・プロヴィデンスの末路が、脳裏をよぎりました。彼らならやりかねません。
「……当院を、丸ごと沈めます」
南太平洋に浮かぶちっぽけな人工浮島を沈めることなど、彼らにとってはたやすいでしょう。
「その通り。ある程度は情報を持ち帰らせた方がいいのさ。彼らにとって、当院の設備にはまだ利用価値がある。だから首のすげ替えを狙う。幸い、僕たち一等人形造型技師も君たち看護人形も替えがきく」
わたしたち看護人形はともかく、一等人形造型技師の替えがきくとは思えませんが。青十字にとってはそうなのでしょう。
「それで、その……わたしたちはどうすればいいんですか?」
決断を下したはいいものの、その後のことなど考えてはいませんでした。何を考えるべきかも分かりません。問題設定は人間様のお仕事ですから。
「簡単なことさ。喧嘩に勝って言うことを聞かせる」
「そんな無茶な」
「当院には喧嘩のプロフェッショナルがいると言っただろう? ここは一つ、意見を聞いてみようじゃないか」
長椅子に座ったままのバンシュー先生が、無人のナースステーションに向かってぽんぽんと手を打ち鳴らしました。
ナースステーションを囲う窓の下から、筋骨隆々とした巨体がのっそりと立ち上がりました。アッシュブロンドの髪をぽりぽりと掻いていました。頬には深く大きな創傷の痕。要素だけ見れば怖い出で立ちのはずなのに、常に穏やかな表情と立ち居振る舞いで威圧感をまるで感じさせない、シティ・キアヤの優しい巨人。
「ラヴァさん……?」
「やあ、ハーロウちゃんにメラニーちゃん。こんばんは」
「あ、はい。こんばんは」
「こんばんは。あいつらに気づかれなかったんですか」
「あの仮面の人形たちのことかい? うん、連中が来る前からあそこに隠れるよう言われていたからね」
言いつつ、ラヴァさんはバンシュー先生を見やりました。
患者さんになんてことを。そりゃまあ、なぜ当院に入所なさっているのか分からないくらい常識的で、情緒も安定していて、当院のお仕事を積極的に手伝ってくださる人形ですけれども。患者さんなんですよ。
「で、先生。言われたので来ましたが……何ですかあの連中は」
長椅子に座ったバンシュー先生は長机に背をもたれ、両手の指を組んでお腹の上に置きました。お肉が長机のへりに食い込んでいます。
「あれは青十字といってね。僕たちが提携していた、人形だけで構成される組織だよ。普段は世界中に網を張って、ヒトと人形のトラブルを、武力を含めたあらゆる手段で処理している」
「聞いたことがありませんね」
「トラブルの解決さえ人形にアウトソーシングする時代だ。あなたが一番よく知っているだろう? 知っているのはシティの為政者と、僕たちみたいな変人くらいのもの。煩わしい雑事は人形に任せてしまえ、というわけ」
ラヴァさんが一番よく知っている?
ぼんやりとした表情で立っているラヴァさんを見やりましたが、いまいちピンときません。
「先生、わたしからも質問です。どうしてラヴァさんを?」
バンシュー先生が珍しく眉根を寄せました。目が「君は患者を知らないのか?」とでも言いたげでした。
「君も変なことを言うね。彼は代理兵士じゃないか」
「あ……」
そうでした。ヒトの代わりに兵士として戦争をする人形。それが代理兵士です。普段のラヴァさんからはとても想像がつかないので失念していました。
ええと、たしかデーモンの綴りは悪魔ではなく精霊。語源はギリシャ神話において、神々の煩わしい雑事をこなす小間使いの精霊。だったはずです。
「さて、サクラバさん」
「ラヴァでいいです」
「じゃあラヴァさん。聞いての通り、当院はあの連中と喧嘩をすることになったんだ。困ったことに、当院には喧嘩に長けている者がいなくてね。あなたの経験を活かして僕たちを助けてほしい」
「はあ、俺の経験ですか」
ラヴァさんはコモンスペースの床にあぐらをかき、太い腕を固く組みました。あまり気乗りしない様子です。
「でも俺は指無しですよ」
「安心してくれたまえ。あなたは経験と知恵を貸してくれるだけでいい。当院は銃器なんて保有していないからね」
「あー……向こうは持ってるってことですか」
「民間軍事企業ほどではないにせよ、特殊部隊並みの保安人形くらいは想定した方がいいだろうね」
ラヴァさんは太い腕を組み、うーんと唸りました。
「話し合いでどうにかなりませんか」
「残念ながら、方向性の違いで決裂してしまってね。あちらはやる気満々なんだよ」
ラヴァさんはあぐらをかいたまま固く目をつぶり、天井を仰ぎました。首をぐるん、ぐるん、と回したのち、大きく息を吐きました。
「あの連中……青十字でしたっけ。相手の勝利条件は何ですか」
「当院に務める四人の一等人形造型技師の排除、および看護人形ハーロウ、看護人形メラニーの排除だね」
「こちらの勝利条件は何ですか」
「当院の患者を守ること。ハーロウとメラニーの誓いを、ひいては当院の理念を守り通すことだね」
「曖昧ですね。具体的には?」
「武力行使が割に合わないと判断させること、かな」
あれ?
「あの、すみません。こちらの勝利条件って、襲ってくる青十字を撃退することじゃないんですか?」
これにはラヴァさんが答えてくれました。
「あっちとこっちで勝利条件は違うことは、よくあるんだ。例えば……そうだな。水源地を巡って争いが起きたとしよう。ある勢力は既に水源地を確保している。別の勢力は水源地を奪いたい。このとき、双方の勝利条件は何だか分かるかい?」
メラニーが小さく手を上げました。
「水源地を確保している側の勝利条件は、敵に諦めさせること。水源地を奪いたい勢力の勝利条件は、水源地を得ること」
「正解。双方の勝利条件は微妙に違う。だから双方の戦い方も変わる」
となると、争う以外の道もあるはずです。
「ええと……じゃあ、新たな水源地を見つけて、水源地が欲しい勢力が獲得する、というのは、双方の勝利になりますか?」
「なるね。まあ、見つかるなら争いなんて起きないんだけど」
勉強になります。一生使いたくない知識ですが。
バンシュー先生が付け加えます。
「僕たちは青十字を潰したいわけじゃないだろう? こちらのやり方を青十字に認めさせればいいんだ」
「それは……そうです」
けれど、認めさせるためには喧嘩に勝つ必要がある。人命を奪うことさえためらわず、百万都市一つを葬ることさえできる組織を相手に。
今更ながら、わたしたちが下した決断の無謀さを思い知りました。
ラヴァさんは座ったまま、次々と状況を確認していきます。
「勝利条件の次は戦力の把握です。青十字の武装と戦力はどんなもんですか」
「歩兵がメインなんじゃないかな。彼らの拠点は主に潜水艦、つまり海中だからね。戦車や爆撃機なんてことはないだろう。彼らのやり方はいわゆる暗殺だから、重火器も想定しづらいかな」
潜水艦? 拠点が、海中ですって?
「待ってください、バンシュー先生。海中を拠点にって、どういうことですか?」
「言葉通りの意味だよ。陸地はヒトの住まう場所。秘密裏に行動する青十字は、主な活動の拠点を海中に定めたのさ」
途方もない話です。けれど、エーセブンさんを迎えに来た仮面の人形たちは、確かに潜水艦に乗って当院へ来所しました。
「話が逸れたね。さて、先ほども言ったように、特殊部隊並みの保安人形を想定していいと思うよ。規模は分からないけれど、僕たち四人のヒトを確実に殺害できて、そこの看護人形二体も確実に廃棄処分できる程度の部隊は投入するんじゃないかな」
ご自身の命が狙われているというのに、しれっと言うものです。
「一個中隊……最低でも二百体程度は見込んでおきますか。こちらの武装と戦力は?」
「看護人形が十体。武装は……刺股と滅菌メスくらいのものかな」
「看護人形は十三体いるはずです。三体足りませんが、理由は?」
現在、当院に務める看護人形は十三体。四つの班に班員が三体ずつと、看護長のジュリア先輩。ラヴァさんの言うとおり、三体足りない計算になります。
「新しい看護A班の看護人形は、三体とも青十字から直接派遣してもらったからね。青十字側の立場を取るだろう」
「なるほど。こちらの看護人形は戦闘訓練を受けてますか?」
「いいや。せいぜい逮捕術程度だよ。一応、D班のレフは衛生兵としての従軍経験があるけれど。任地は南アメリカだったかな」
レフ先輩、昔は衛生兵だったんですね。道理で看護人形にしてはやけにいかついわけです。
「他に戦力になりうるのは……メスキューですか」
「そうだね。当院が保有しているメスキューは全部で百二十八機だよ。兵站補給ユニット向けのオペレーションシステムを入れ直すことくらいはできるかな。もちろん武装は無いけれど」
「投入できるメスキューの数は?」
「全機、計算に入れてくれて構わない。メスキューを失うのは大きな痛手だけど、うちに最低限必要なのは、患者と、医師と、看護人形だ。この決定については僕、医師バンシューが責任を持つ」
「分かりました、が……ううん……」
戦力の洗い出しが終わっても、ラヴァさんの表情は苦いままでした。
「どうだいラヴァさん。僕たちに勝ち目はあるかな」
ラヴァさんは口に手を当て、眉間に深いしわを寄せてコモンスペースの床を睨みました。
「……厳しいですね。敵は夜明けに来るでしょう。俺ならそうします。こちらは防衛する側ですから、準備が重要です。けれど残り三時間弱でできることは、あまりに少ない。逃げを打つ方が賢明だと思いますよ。病院は再建すればいいでしょう」
「事情があってね。ハーロウとメラニーはここ、止まり木の療養所から出られない体質なんだよ。この子たちを失うと半分は負けたようなものだ」
ラヴァさんは太い腕を組んだまま再び目を固くつむり、明るい天井を仰ぎました。
「参ったな。こちらの勝利条件を満たせる要素はゼロです。向こうは銃器、こっちは徒手です。練度も違うでしょう。武力行使が割に合う。どうしようもない」
ラヴァさんは雰囲気こそ柔和な患者さんですが、決して不真面目ではありません。そのラヴァさんがお手上げだと言うのなら、本当にお手上げなのでしょう。
重い空気が垂れ込める中、空気を読まないバンシュー先生が長机から背を離し、太った示指をぴっと立てました。
「隠し玉があるとしたらどうだろう」
「はあ。隠し玉ですか」
まるで期待していない声音でした。
「ハーロウとメラニーの介入共感機関については知っているね?」
「ええ。心を読み取る機能ですよね」
「うん、本来はそうなんだけど。仕様の関係でね。使い方をちょっと工夫すると、この子たちは複数の人形を支配できるんだ」
ずっと閉じられていたラヴァさんの目が、急に大きく見開かれました。
「……そいつは本当ですか」
「青十字との話は聞いていたね? 五体の人形を無力化したのは本当にハーロウなんだよ。この子も逮捕術しか修めていない。五体の、それも訓練された人形の無力化なんてできっこない。介入共感機関で支配して、気を失わせたのさ」
ラヴァさんが丸く開いた目をわたしへ向けました。
表情が硬くなるのを自覚しながら、わたしはしっかりと頷きました。
「青十字も、看護A班の三体も、まだこの子たちをただの看護人形だと思っている。介入共感機関の本来の仕様を知っているのは、本人たちと技師、そしてラヴァさん、あなただけだ」
と、ここで報告しそこねていたことがあることに気づきました。
「言い忘れていたことがあります。わたしたちの介入共感機関で、その……支配、できる人形の数ですけど、数体が限度です」
あの五体の仮面人形をわたしが制圧した時、感じたことです。数十、数百もの人形を支配下に置くことは、おそらくできません。わたしの模倣脳が焼き切れてしまいます。
バンシュー先生が頷きました。
「直接支配しようとするなら、そうだろうね。君は一体きりしかいないわけだから」
「あと、一律に命令を下すことはできますが、複数の人形に対して個別に指示を下すことは不可能です」
ヒトの脳と同様に、人形の模倣脳は基本的にシングルタスクです。
「いや、一体だけでいいんだ。効果半径は人形同士で直接通信可能な距離、数十メートル程度かい?」
「はい、そうですけれど……」
「同じことがメラニーちゃんにもできるんだね?」
「そりゃあ、できます。わたしにできたんですから」
太く長い指で、ラヴァさんはトントンとこめかみを叩きました。
「どうだろう。これでも勝利条件を満たせる可能性は無いかな」
ラヴァさんはざっと立ち上がり、コモンスペースの長机に両手を突きました。
「ここに療養所の三次元地図を。あとは二時間以内に使用可能な全ての物資リストを」
メラニーが鋭く応じました。
「メスキュー!」
「ほいさっさあ」
常にナースステーションに詰めているメスキューくんが一体、トコトコと歩み出てコモンスペースへやってきました。
「照明落としますネ」
いいですよ、と応じる前にコモンスペースの照明を切ってしまいました。日頃から雑事を任せきりにしているとこういうことが起きます。
何をするのかと思いきや、彼は筐体を自ら開き、小型の立体映像投影装置を取り出して長机の上へと置きました。
「こちら、ご所望の三次元地図と物資リストですよん」
暗くなった長机の上に投映されたのは、当院の表層から第五層までを再現した模型。エアリアルディスプレイには当院に保管されている物資のリストがずらりと並んでいます。
「あの、勝ち目があるんですか?」
ラヴァさんは物資リストと模型の間で忙しく視線を行き来させながら、端的に答えてくれました。
「ゼロではなくなったからね」
ラヴァさんから、先ほどまでの気だるげな渋面が消え去っていました。目はしっかりと見開かれ、顔つきはきりりと引き締まっていました。険しい目つきで物資と模型を頻繁にチェックするさまは、まるでかつてのアンナ看護長のよう。
わたしたちの介入共感機関があるから、でしょうか。理由にはまったく見当がつきませんが。
しばらく物資リストと模型を確認したのち。
ラヴァさんは模型のど真ん中、第三層の中央をスッと指差して、バンシュー先生へ尋ねました。
「患者を第三層の中央、地下の化学工場周辺に移送できますか」
「開放病棟の患者はすぐに移送できるね。閉鎖病棟の患者はちょっと時間がかかるかな。看護人形を付ける必要がある。少なくとも五体は患者にかかりきりになるね」
A班からC班の患者さんにそれぞれ一体ずつ、D班はレフ先輩とリディア先輩、といったところでしょうか。
「先生方も患者に合流してください」
ラヴァさんが両手の示指で模型の二点を示しました。
「いいのかい? あなたが言うのだから、根拠はあるのだろうけど」
「係争地は二つ。ここの隣にある閉鎖病棟と、中央の生産棟に定めます。残り五体の看護人形を借ります。メスキューも四十機ずつ。岸壁からの上陸の他に、想定しうる侵入経路は?」
バンシュー先生が示指を模型の下の方、中央部分に潜りこませました。
「第五層、ここ。ここに潜水艦のドックがある。ざとう級が入る程度の大きさだね。閉鎖しておこう。他に侵入経路は無いよ。当院の設備をむやみに破壊することはないと思うけれど」
「水密区画ですから、一部を破壊して侵入することはありえるでしょう。万が一に備えてメスキューを四十八機、第三層に配備します。うち二十機を中央に。残りの二十四機に半径二キロメートルを巡回させましょう」
ラヴァさんは次々と人員の配置を決めていきます。
「あとは……そうだ、戦術指揮官が必要です。人形の俺は戦術指揮を執れません」
「ああそうか。そうだったね」
「どういうことですか? ラヴァさんは代理兵士なんですよね」
ラヴァさんが即座に答えてくれました。
「指揮官の仕事は、刻々と変化する戦況を読んで最適な指示を出すことだ。戦術指揮ってのは絶え間ない問題設定なんだよ」
確かに、それはヒトのお仕事です。
「俺たち代理兵士は指揮官が設定した問題を解くために行動する人形なんだ。だから、部隊には必ずヒトの指揮官が存在する。先生、指揮官は誰にしますか」
「んー、そうだねえ」
バンシュー先生は顎をさすりながら、わたしとメラニーへ視線を転じました。
「じゃあハーロウとメラニー、君たちのどちらかが指揮権を持ちなさいよ」
またもやバンシュー先生が突拍子もことを言い出しました。
「無理ですよ。わたしたちだって人形です。問題設定はできません。戦争のことなんて何も知らないんですから」
「うん。どこか知らない土地の戦争なら、君たちは間違いなく役立たずだろうね」
はっきりと言うものです。事実ですけれど。
「けれど、この止まり木の療養所においては、君たちこそが指揮官にふさわしい。これは止まり木の療養所を守り、君たちの誓いを守るための戦いだ。問題は既に存在するのさ」
根拠あっての物言い、のようです。
人形は、与えられた問題を解くことは大抵のヒトよりも得意です。
止まり木の療養所を守り、わたしたちの誓いを守る。ただそれだけでいいのなら、バンシュー先生の言うとおり、わたしとメラニーが適任なのかもしれません。
一等人形造形技師である先生方の方が適任だとは思いますが。
「……分かりました。ラヴァさん、わたしとメラニー、どちらが指揮を担当すればいいですか?」
適性を考えるなら冷静沈着なメラニー、筋を通すなら事の発端であるわたしが、指揮を執るべきでしょう。
「いや。どちらかじゃない。ハーロウちゃんとメラニーちゃん、それぞれに指揮官を担当して貰う」
メラニーが眉をひそめました。
「いいんですか、それ」
「もちろん、指揮系統は一本化するのが常識だよ。けれど君たちは、性格こそ違うけど、同じことを考えてる。同じ状況で同じ判断を下せる。だったら担当するリソースを分けた方が効果的だ」
さすが、わたしたちが目覚める前から当院に入所なさっているだけあって、わたしたちのことも良くご存知のようです。
「八十機のメスキューをいくつかに分けて、侵入地点に配置する。ここ。ここ、ここ――」
ラヴァさんが模型の外周を指で叩き、次々に目印を立てていきます。
「これを東西に分けて指揮してもらう。ハーロウちゃんは閉鎖病棟で西側を。メラニーちゃんは生産棟で東側を。それぞれ四十機ずつ指揮してくれ」
「どこから上陸するのかって、分かるものなんですか?」
ラヴァさんはきっぱりと言い切りました。
「分かるさ。上陸しやすいポイントというものがある。十中八九、奴らは上陸したのち、即座に散開してリング状の包囲網を敷くだろう。俺ならそうする。包囲殲滅は基本中の基本だ。だから、まずは出鼻をくじいて目論見を潰す」
ラヴァさんの自信ありげな口調につられて、わたしたちの口調も自然と断定調になりました。
「分かりました」
「やります」
ラヴァさんは頷き、続けます。
「じゃあ作戦の説明に入ろう。鍵は、もちろん君たちだ。君たちを使って、敵の軍勢を一気に無力化する」
わたしたちを使って?
「さっきも言いましたけど、わたしたちが支配できるのはせいぜい数体きりです。数十体とか数百体の支配なんてとても無理ですよ」
「大丈夫。俺も一体だけでいいって言ったじゃないか」
それは、そうですけれど。
「何百体、何千体であろうと、条件を満たせば無力化できる。けれど、条件を満たした瞬間の一発勝負になる。一発勝負なんて下策もいいところだけど、他に手が無いなら賭けるしかない。理解して、頭に叩き込んでくれ」
彼はいったい、わたしたちをどう運用するつもりなのでしょう。
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