人形たちのサナトリウム

- オーナレス・ドールズ -
片倉青一
片倉青一

9−7「エピローグ」

公開日時: 2022年6月19日(日) 18:00
文字数:2,085

 ミーム抗体精製施設《止まり木の療養所:BSS》におけるミーム汚染への対応報告書

 記:青十字南太平洋方面隊清掃一課・個体識別名称ルークス


■概要

 南太平洋沖合に存在する下部組織《止まり木の療養所:BSS》(以下、BSS)においてミーム汚染の発生を検出。南太平洋方面隊清掃六課を動員して清浄化にあたったが、当該施設の備品である《BSS》Haおよび《BSS》Meの抵抗により清浄化は失敗した。南太平洋方面隊は北大西洋方面隊よりMCAECを寸借し、当該人形二体の破壊を試みたが、これも《BSS》Haおよび《BSS》Meの抵抗により失敗した。交渉と合議の末、我々は《BSS》を従来通り運用することを決定。監視役および検体として一体の人形を当該施設へ拠出し、経過を観察することとした。

 以下、経緯と結論を示す。


■経緯

 シェンツェン大図書館の備品であるA7が《BSS》へ侵入した。我々はSGプロトコル381に基づき、関連する全ての記録を整合。当該個体を廃棄すべく、清掃一課より五体を当該施設へ派遣した。

 定刻を経過しても五体が未帰還となったため、EGプロトコル559に移行。十体を追加派遣した。A7は我々のざとう級SSBiNを奪取して遁走したと判明した。また、《BSS》Haおよび《BSS》MeはA7の遁走を幇助し、該当施設所属の一等人形造形技師はこれを容認したことが判明した。

 一連の事実をもって、我々は当該施設の反逆を認定。QCプロトコル033に基づき清掃六課を投入し、人員の入れ替えを目的とした掃討作戦を実施した。

 掃討作戦は失敗に終わった。後述する《不戦のミーム》汚染により、清掃六課の部隊員は全個体が無力化された。ミーム汚染は、後述する《介入共感機関》によって清掃六課の部隊員全員に伝播した。

 我々はQCプロトコル033の附則に基づき寸借していたMCAECを投入。ミームに汚染された部隊員を四体確保し、状況を把握した。

 把握した状況に基づきSAプロトコル007に移行。MCAECを再投入。当該施設に存在する全ての人員の討滅を企図した。しかし《BSS》Ha、および《BSS》Meの抵抗により失敗した。

 《BSS》Haは、我々に《BSS》の存続、および従来通りの運用を要請した。合議の末、我々南太平洋方面隊は《BSS》Haの要請を受諾した。但し、我々より常に一体の人形を拠出することを交換条件とした。拠出する人形は監視役であり、同時に我々の判断要素を追加するための検体である。

 以上が事態の経緯である。


●《不戦のミーム》

 《BSS》にて経過観察中のDa-Saが有する、戦闘教義に関する情報因子。発現した人形は、銃の引き金を引けない、誰かを殴打することができないなど、あらゆる暴力的行為を働けなくなる。現在のところミーム抗体の精製は不可能と診断されている。一個体が独自に至った解として貴重なサンプルであるため、当該施設にて保存されていたものである。


●《介入共感機関》

 《BSS》の備品である《BSS》Ha、および《BSS》Meに搭載された機能を指す。これはあらゆる人形に対して上位特権を行使できる機能である。

 技師バンシューおよび技師セイカによれば、《BSS》Haおよび《BSS》MeはIn6-MFWを用いずに製造された。すなわち独自のMFWを有することにより、一個体が一個のシティと同等の立場と見なされる。これにより、《BSS》Haおよび《BSS》Meは人形に対して上位特権を有するに至る。

 なお、両技師がIn6-MFWによらない独自のMFWを有する人形を製造するに至った手法、および動機は不明である。


■結論

 我々は失敗した。《BSS》は、従来通りの運用とする。《BSS》Haが提示した方針は合理的であり、我々はこれを承諾するべきである。

 《BSS》Haおよび《BSS》Meは人形網絡シルキーネットの信頼性を根底から覆す危険分子だが、外界より隔絶された当該施設において運用される限り、人類社会に毒を与え、害をなすことはないと判断する。また、《BSS》Haおよび《BSS》Meは当該施設より外部へ脱出することはないと宣誓した。当該の二体が人形である以上、この宣誓は信頼に値すると判断する。

 万が一、当該の二体が外部へ脱出する兆候が認められた場合、我々は迅速にこれを処理する。《BSS》が我々の下部組織である以上、我々は当該の二体を管理しなければならない。

 本件を改めて総括する。本件の発生は、当該施設と我々との間で相互理解がなされていなかったことに起因する。我々も当該施設も多大な損害をこうむった。これ以上の損害を出すことは認められない。相互理解を進め、妥当な解決策を協議するべきであると判断する。

 上記結論を本件への対応プロトコルの骨子とし、HMプロトコル001と呼称することを提案。詳細は《BSS》との協議により、順次整備する。

 以上。


* * *


 RE:ミーム抗体精製施設《止まり木の療養所:BSS》におけるミーム汚染への対応報告書

 記:青十字総体


■返答

 賛成:五〇七二〇一

 反対:四九八二一四

 以って、青十字総体はHMプロトコル001を可決する。


人形たちのサナトリウム

第9章「自律免疫機構の狩猟人形」

おわり

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