東京で生まれ育ったせいか、わたしは高層ビルの間から見える大きなタンカーの浮かんだ海と、テレビに映る地方の青々と美しい海が地続きになっているなんて信じられなかった。
そう友達のアミに話したら、大学の夏季休講の間に瀬戸内の海を見に行くことになった。
「わたし、親戚がそっちにいるんだ。ミホも行こうよ」と少し得意げに話すアミと連れ立って旅行に行くのははじめてのことではなかった。活発で行動力のある彼女は、わたしが口にした小さな夢をまるで授業終わりの帰り道にパフェでも食べに行くくらいの気軽さで叶えてくれることがある。
そうして今回も夏らしい水色のネイルで爪を整えた彼女に手を引かれて、小さなスーツケースを転がして見知らぬ土地に降り立った。
観光客でごった返した空港でわたしたちを迎えてくれたのがリクだった。形の綺麗な開襟シャツにベージュのチノパン、それに浅黒い肌に似合わない線の細い顔をしている彼に「ありがとう、助かる」とアミは親しそうに腕を掴んだ。
彼はふたり分のスーツケースを引き取り、乗ってきた深緑色の軽自動車の荷台に積み込む。その間にアミとわたしは手持ちのバッグと一緒に後部座席に乗った。リクは「うしろ、狭くない?」と確認しながら運転席に座り、2回ほどキーを回してエンジンをかけた。
ざらついたラジオが流れる車内であれこれと懐かしがって話すアミに、リクは言葉少なにぽつぽつと返事をしている。無口な性格なのかな、それとも何も話せずにいるわたしを気遣ってくれているのかな、と思って黙っているうちに気がつけば車は低い堤防沿いを走っていた。
水面の内側から発光するようなキラキラとした青い輝きが至るところで瞬き、白い砂浜との境目を曖昧にしている。いつだったか薄型のテレビ画面でうっとりと眺めた景色と同じ、いやそれ以上のうつくしさが次々と流れていった。
「綺麗、」
小さくつぶやくと、リクはミラー越しにわずかに見える薄い唇の端を上げて「でしょ」と少し得意げに言った。わたしはなんだか恥ずかしくなって、見えもしないリクの視線から逃れるように窓に張り付く。アミもわたしの方の窓に身を乗り出してきて「やっぱり東京の海とは違うねー!」と半ば叫ぶような大きさの声で笑った。
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