「これは……一体何なのか説明しなさい、駄犬」
渋い表情で自分の手に持った『刀』を眺めるガザニア。
ミカはその刀を見て上機嫌で説明し始めた。
「【DX軍刀無銘】ですよ! 私がいつも使ってるヤツと一緒ですよ、一緒!」
軍刀無銘を元にリデザインされたそれはわざと子供の持つ玩具のようにチープな作りになっており、
本物と比べ二回りほど小さくなっていた。
「大当たり用の特別な景品だからなぁ。スペシャルな仕様だぞ、それ。軽く振ってみろ」
ブルーに言われてガザニアが黙ってDX軍刀無銘を軽く振る。
『クロベ! ダイショウカン!』
ミカの妙に明るい音声が刀から流れ、更に七色の光が刀身から放たれた。
彼女は完全に無表情となりながら刀を何度か上下左右に振る。
『アサマ! アタック!』『ウテー! クロベ-!』『イチバンニバン! ヒラケー!』
その度に設定された音声がランダムで流れ、喧しくミカの声が辺りに鳴り響いた。
「どうですか!? 凄いですよね、これ! 音声とかも新しく収録して作ったんですよ」
「……まぁ、出来が良いのは認めましょう」
ガザニアは少々表情を固くしながら刀を自身のストレージへ仕舞いこんだ。
それを眺めていたブルーがふと思い出したように彼女へ尋ねる。
「あっ。そういやお前のとこは何か出し物やったりしねえのか? 折角だし覗きに行きたいんだけど」
「【龍大老】はEスポーツ体験コーナーがあります。
ただ……混雑中のため体験を考えているなら後日をお勧めしますね。
日付が変わるまで並ぶ根気があるなら別ですが」
「あー……大御所だもんなぁ、あそこ。またの機会にしとくか――ただそうすると
目的のとこ行くまでにちと時間が余ってるな……」
腕を組んで思案し始めるブルーにミカが自分の思いつきを話した。
「それならリズ給仕長のところへ行きませんか?
出張メイドカフェをやっているとメールで教えて頂いたので……」
ガザニアもリズという言葉に反応し、口を挟んできた。
「リズの出し物ですか。ですが……あの方も本選出場者の筈。居るのですか?」
大会前にミカがメイドとして(不本意ながら)仕事をしていたカフェ【守護者たちのおもてなし】。
その店長のバトルアバ『リズ』。
彼女も予選を勝ち抜き、本選へと足を進めていた。
「なんか……仕事はしていないけど、"居る"らしいです。何でも給仕たちを見守っているとか……」
ミカの言葉にブルーが呆れていた。
「あのメイド、ホント職業病入ってんな……。まぁそれならいいか。
カフェならお前らも入店出来ないってこた無いだろうし――鯖はどこだ、ミカ?」
「さ、ば? ――あぁサーバーですか。五番目の【ホウセンカ】ってとこだった筈です」
「そこか。そんじゃ飛ぶぞー」
ブルーがウィンドウを出して操作を行う。次の瞬間、三人の姿がその場からパッと消えた――。
【ABAWORLD MEGALOPOLIS サーバー5『ホウセンカ』出張版『守護者たちのおもてなし』前】
――ドサッ!
「――ぐべぇっ!?」
――ボスッ!
「――きゃぁっ!?」
「……ごふっ!?」
ミカとガザニアは中空からお互いに絡まりながら落下してくる。
先に地面へ到達したミカが悲鳴を上げ、更にガザニアがその上へと落下し、
犬のように伸びていたその身体を下敷きにする。
自らの上に落ちてきた彼女の尻に潰されてミカは呻き声と共に悶えた。
「駄犬! 邪魔です! 退きなさい!」
「ガ、ガザニアさんが上に乗ってるんじゃないですか! そっちが退いてくれないと動けないんですよ!」
ギャーギャー騒いでいる二人を余所にブルーが静かに地面へと降り立つ。
言い争っている二人を見て冷めた目つきをしつつ、きっちりその両者の姿をSSを撮ってから声を掛けた。
「……お前ら仲良いなー。そんなとこでイチャついてるとまたフォーラムに色々書かれちまうぞ。はよ立てよ」
その言葉を聞いてお互いに一度顔を見合わせてからミカとガザニアはバッっと離れ、立ち上がった。
既に時遅く目的地だった『守護者たちのおもてなし』のお客たちからSSを撮られまくっている。
出張版だけあって今日の店は幾つかのテーブルと椅子が並べられているだけの簡素な作りだった。
「……い、いらっしゃいませ……皆さま」
店長であるバトルアバ『リズ』が困惑しながらも三人へ頭を下げてくる。
相変わらずその立ち振る舞いからは気品さえ感じられ、流石のメイド長――いや給仕長と言った様子だった。
ガザニアは乱れたローブとトンガリ帽子を正すと彼女へ話し掛けた。
「……まずは初の本選出場、おめでとうと言っておきます、リズ」
「勿体なきお言葉……感謝の至りです、ガザニアお嬢様」
「――それはそれとして何故あなたは……その……ここで仕事を……?
本選出場者にはイベントへの参加は免除されている筈ですが?」
その疑問に答えるように店の方から大声が飛んでくる。巨体の牛メイド『ビーフィー』だった。
「リズ給仕長~、あたしらいるんですからいい加減帰って休んでくださいよ~。
大体、突っ立ってるだけなんだし、いなくて良いじゃないですか~」
「……そういう訳にはいきません。給仕たちが主人へ粗相をしないように監視するのは私の役目です。
それは仕事ではなく義務なのです」
「いやホント帰って下さいよぉ~。デルフォの社員さんも困ってましたよ」
ビーフィーもかなり呆れた果てた様子でリズを諭している。
しかし彼女は一向に聞く耳を持たず、不動の体勢で瀟洒な給仕を演じていた。
他の給仕に席へと案内されていた三人もその姿に呆れ顔だった。
「メイドフォビア入ってんだろ、あいつ」
「リズの徹底したその姿勢は評価しますが……物事にはやはり限度がありますね」
(うーん……本当に病気だ、この人……)
三人が席に着くなり、リズは音を立てない無音移動でミカたちの方へ近付いてくる。
そのまま厳かな動きでティーセットをテーブルへ並べ始めた。
ミカも流石にその行動には突っ込まずにはいられなかった。
「……仕事はしないんじゃなかったんですか、リズ給仕長」
「これは仕事ではなく友人たちへのささやかなおもてなしです、ミカお嬢様」
手慣れた手付きでカップをその姿は最早狂気すら感じる。
ミカはそこはかとなく恐ろしさを感じつつ、諦観した。
(ダメだこの人……脳みそまでおもてなしに浸食されてる……)
ガザニアはリズが静かにテーブルから離れていくのを眺めつつ、カップを手に取って口を開く。
「……はっきり言わせて貰えば――あなたが『衛』を撃破したのは私としても驚きました」
「――へ? 衛くんを……ですか?」
「軍神鬼操『衛』は召喚タイプとしてかなりの実力者です。"あの"高森志津恵の後釜と噂されている程――
どうやって倒す算段を付けたのか気になっていましたが……どうやら――ブレインが優秀なようですね」
そう言ってガザニアは横目でブルーへ視線を送る。
彼はその視線を真向から受け止めて、いつも通り軽い調子で笑った。
「ハハッ! ランク3の魔女様にそこまで評価して貰えるとは嬉しいな!
でもオレはただのアババトルオタクだから、ブレインって程じゃねえけどなぁ。
オタ知識生かしてこいつにアドバイスしてるだけだぜ?」
「……まぁそういう事にしておきましょう。
しかしそれでもあの召喚モンスターへの対処は素晴らしいと思いました。
衛の"弱点"をしっかりと把握していても、判断力が良く無ければ出来ない対処法でしょう」
「弱点……?」
ミカが首を傾げるとブルーが得意げに説明を始めた。
「バトルアバは基本的にどいつも何かしら弱点が必ずあるんだよ。
技とか召喚モンスにさ。例えば衛の場合は召喚物の足回りだな。
あいつはバランスが悪いだけじゃなくて足元の視界も悪いだろ? あれがあいつの"ウィークポイント"」
「あぁ……確かにそうですね」
思い出せばあのコックピットのスタイルだと下方の視界はすこぶる悪い。
それにやはり巨大な物体が二本足だとバランス的にちょっと怖いモノがある。
事実、自分も落とし穴を掘ってそこに足を踏み込ませるという方法で攻略した。
「……当然、駄犬。あなたにもあります。覚えがあるのでは無いですか?」
ガザニアからそう言われ、ミカは自身の戦いを思い起こす。
弱点と言えば……やはりガザニアにも突かれた召喚中の無防備。
それに黒檜のキャタピラから来る小回りの悪さ……。
特に小回りの悪さはかなりの弱点と言える。
バトルアバたちにもそこはかなり狙われている。
思い起こせば確かに明確な弱点だ。。
「因みに私にも弱点は設定されています――防御のための技が少ないという物です」
「おぉ? おいおい、言っちゃって良いのかぁ? オレたちは敵だって言うのによぉ。
随分余裕じゃねーか、龍魔女さんさぁ」
「別に隠すような物でもありません。少しネットで調べればバトルアバ考察などで出てくる情報です。
当然、あなたも知っていたでしょう?」
ブルーは答えず、ただニヤっと笑った。その様子から彼もその事を知っていたようだ。
「そんな弱点がどうして設定されているんですか……? 無くした方が強いんじゃ……?」
「そりゃ無い方が強いさ。でもあくまでアババトルってショーだからな。
お前、攻撃力も防御力も最強の完璧超人の戦い見て楽しいと思うか?」
「それは……」
楽しくは……無いだろうなと思った。
片方だけ完璧ならばそれはただの虐殺であり、両方完璧ならば今度は決着が付かない。
「お互いに弱点合った方がそこを攻略する楽しみも生まれるし、弱点をカヴァーする戦略も生まれる……。
そこがアババトルの良いところだわ。それにどっか弱いとこ合った方が可愛げもあるしな、ニヒヒッ」
ブルーはそう言ってはにかんだ。
何となくその語った内容には彼がアババトルを好きな理由が込められている気がする。
(ホント、ブルーさんってアババトル好きなんだなぁ……。
知識量も凄いし……これで煽り癖と揶揄い癖無ければ完璧なんだけどなぁ……)
「……もっとも、作ろうと思っても真に完璧な物は作れないでしょうね。神ですら間違うのですから……」
ガザニアはどこか含みのある言葉でそう漏らす。
普段の口調とはまた少し違う、どこか悲し気な口調だった。
ミカは妙に神妙な言葉に何か引っ掛かる。まるでその……"間違い"を見てきたような……。
「あー! ミカちゃんじゃん!」
テーブルの三人へどこからか声が掛けられる。
その聞き覚えのある声にミカは振り向いた。
メイド服を着たウサギの獣人少女のアバと目元を金髪で隠した人間少女のアバ。
ミカは一瞬彼女らが誰か分からなかったが直ぐに思い当たり声を上げた。
「――……あっ! 樫木さんにリリーさん!」
前に知り合った『樫木』と『リリー・リリス』。
二人は普段と違い、この『守護者たちのおもてなし』の制服である給仕服を身に纏っていたせいで
直ぐに分からなかった。
ブルーも二人の姿に気が付き、カップを置いて顔を上げる。
「なんでぇウサギ女とメカクレ女もここの店員だったのか?」
樫木の横にいたリリーがその言葉を否定した。
「……ん……違うよ……。この服はお祭り中限定で試着出来るから……樫ちゃんと……試してたの――え!?
ガ、ガザニア様……?!」
リリーはミカたちと一緒にテーブルへ居るガザニアの姿に気が付き、面食らっていた。
「ど、どうして……ミカちゃんたちと一緒に――ってバトルアバだから……おかしくない、の……?」
明らかに動揺しているリリーにミカは彼女がガザニアのファンなのを思い出した。
(そう言えばリリーさんはガザニアさんのファンって言ってたな。そりゃいきなり目の前にいたらビックリするか)
「あ、あの……私、リリー・リリスって言います。あなたのファンです……!」
彼女はかなり遠慮しながらも、自らがファンである事をはっきりと告げた。
その反応に対してガザニアは如何にも慣れていると言った様子で、丁寧に応じる。
「私のファンの方ですか。何時も応援ありがとうございます」
「こ、これに……サインして頂いてもよろしいですか……?」
おずおずとリリーがガザニアへ何かを差し出す。それは無地の白いマフラーだった。
「……刻印ですか。構いませんよ」
「あ、ありがとう……!!」
歓喜するリリー。ガザニアはマフラーへ右手を押し付ける。
一瞬で白から薄い紫色にそれが染まった。
一方、樫木の方は嬉しそうな顔をしながらテーブルの方へ寄ってきて、自身の姿をブルーとミカへ見せつける。
「どうこの姿~? ここの制服は一度着てみたかったんだよねぇ~。
ほら! スカートの手触りとかすっごい気持ち良いんだよ! 見て見てぇ~!」
樫木が自身の纏う給仕服のスカートを手でバサバサと翻す。
当然、そんな事をすればスカートの奥が周りに見えてしまう。
そのあられもない姿を見せつけれたブルーとミカは苦笑していた。
「お前さぁ。流石に恥じらいを持て、恥じらいを。そそらんぞ、それじゃ」
(……あーあー……あれじゃ丸見えだよ。そんなことしてたら……――怒るぞ……給仕長が)
ミカの予想通り、少し離れたところから見ていたリズが眼鏡から光を放ち、音も無く動く。
無駄にバトルアバの運動能力を発揮して高速で樫木の背後に回る。
「――その給仕服を身に纏った以上、この敷地内では例えお客様であろうと立ち振る舞いには注意して頂きます」
リズは樫木の小脇に両手を差し込む。
いきなりの事で樫木は驚き、うさ耳をバタバタと動かした。
「――え? ひゃぁっん!?」
「脇は軽く締め、両手は前へ……顎は軽く引き……――」
樫木の身体へリズは次々に触れていき、その姿勢と立ち振る舞いを正していった。
「ひゃあああああ!?」
「立ち振る舞いは心を作り――奉仕の心が生まれる――」
奇妙な呪言と共に、リズが眼鏡から怪しい光を放って作業を行う。
突然、全身を隈なくベタベタと触られた樫木は抵抗も出来ずに悲鳴を上げる事しか出来ない。
ブルーがテーブルへ行儀悪く両肘をついて両手で頬杖を突きながら、ミカへ尋ねる。
「――あれ、お前もやられたの?」
「……はい。それはもう念入りに……」
「そりゃご愁傷様……」
全ての"処置"を終え、リズが樫木からスッと離れる。
そこにはすっかり完成した"給仕"が一人いた。リズがその給仕へと命ずる。
「さぁ……ご主人様たちへ挨拶をしなさい」
「……はい。リズ給仕長」
先程までの明るさはどこへやら、樫木はすっかり様変わりしており、口調も落ち着いている。
背筋もしっかりと伸ばしながらもどこかゆったりとした雰囲気を纏わせていた。
どこか気品さえ振る舞うその姿にリリーも困惑していた。
「か、樫ちゃん……べっ……別人に……」
樫木はスカートの端を持ち両手で軽く持ち上げると浅くお辞儀をした。
「よろしくお願いします、皆様。樫木で御座います。まだまだ粗忽な給仕ですが」
ブルーがその姿を見て最早手遅れと言った様子でミカへ話し掛ける。
「……ありゃー心までメイドに堕ちたか。もう人の心は捨てちまったんだな……。ミカ、介錯してやれ」
「エイリアンに浸食された人を"救済"する時みたいな事言われても困るんですけど……」
「あのまま放っておくと他にも"感染"するぞ」
「樫ちゃん……変わり果てた姿に……」
困惑している皆を余所にガザニアがカップを口に付けながら、
独り微笑えみながら周りに聞こえないくらいの小声で呟いた――。
「……たまには良いですかね、こういうのも……」
【ABAWORLD MEGALOPOLIS サーバー1『カサブランカ』】
「VRでお化け屋敷って絶対怖いじゃないですか……」
ミカは不安げな表情をしながらそう口漏らす。
「安心しろって! お前だってホラー映画くらい見るだろ?
映画好きなんだし。なら耐性あるし大丈夫だって、ニヒヒ」
ブルーはミカをそう言って励ましながらも、いたずらっぽく笑う。
(……絶対、超怖い奴だな……これは……)
色々と察してミカは眉を顰める。内心恐怖に震えていた。
メガロポリスのサーバー1【カサブランカ】。
映像ではあれほど大混雑していた第一サーバーだったが、今はそれほど混雑していない。
ここに居たアバたちも他のサーバーへ移動したらしく、アバの姿もまばらだった。
そんなカサブランカサーバーを"五人"はある場所へ向かって歩いている。
「……バカバカしい。ただの出し物でしょう。何をそんなに恐れているのか……」
怖がるミカへ呆れた視線を向けるガザニア。
「でも…………すごいこわいんですよ……ホラーアトラクションで有名な人が……
監修してるから……大丈夫ですか……ガザニア様……?」
そんなガザニアへ説明するリリー。
それを聞いても魔女は鼻息荒く、恐れる物など何もないと言った様子でふんぞり返っていた。
「大方、刺激に慣れていない者が大げさに表現しているだけでしょう……。
我々バトルアバは普段から銃弾や爆発の飛び交う苛烈な刺激を体験しています。
そちらの方が余程恐ろしいですよ。だから心配は無用です」
「そうですか……なら……平気ですね……」
リリーはその言葉に安心したように頷く。
「しかしおめーも両手に花どころか、花束両脇に抱えてる状態で羨ましいヤツだなぁ、あははっ!
リアルでこんな女引き連れてたら刺されるぞ」
ブルーが笑いながらミカを茶化してくる。
「……外から見たらブルーさんがハーレム状態ですからそっちが刺されますよね」
ミカの言葉にブルーが改めて自分の状態を顧みる。
連れ立って歩いている面子は女、女、女、女(男)、そしてブルー。
彼はその状態見て、暫く黙っていたが直ぐに切り替えてこちらへ自慢げに言った。
「羨ましいだろ?」
「……そーですね」
素っ気なくミカが頷いていると二人に声が掛けられた。
「ご主人様方、見えてまいりました。あれが【七草邸洋館通り】です」
未だにリズの"教育"から抜け出せていない樫木が前方を指差す。
その方向を見てミカは思わず呻き声を漏らした。
「うっ……。これは……」
その区画全体が専用のエリアに整備されているのか、どこか異質な雰囲気を漂わせている。
妙に古ぼけた道に沿って四つの建物が敷設されていた。
何れも不気味な雰囲気の建物で、お化け屋敷としての自己主張が強い。
各施設の前で順番待ちのアバたちがたむろしており、かなり混雑もしていた。
「この【七草邸洋館通り】はデルフォニウム社が主催している物のため
バトルアバのミカ様とガザニア様にもしっかり対応しているので、存分にお楽しみ頂けますね」
何故か訳知り顔で解説している樫木にミカが不思議そうに尋ねる。
「樫木さんが説明してくれるんですか……? 何か詳しそうですけど……」
「ここへ来るまでにご主人様たちのために事前調査を済ませておきましたので。ご安心ください」
「そ、それはどうも……」
(何時の間に……)
戸惑うミカを他所に樫木が右手を建物へと向けて順繰りに説明を始めた。
「まずは……"小辛"【あば・やしき】。こちらはホラーが苦手なお客様にも楽しめる安心安全仕様となっております」
江戸時代の建物を思わせる作りのお化け屋敷。
ちょっと可愛らしいデザインの幽霊のキャラ看板が入口に設置されており、一見してもそこまで怖そうに見えない。
入口には如何にも幽霊と言った服装のNPCがおり、
中に入っていくアバたちへぼんやりと怪しい光を放つ弓張り提灯を渡していた。
「次が……"中辛"【漆黒緊縛病棟】。こちらはライド型お化け屋敷となっており、
車椅子に拘束されて病院内を移動し、逃れられない恐怖を味わう事が出来ます」
廃病院風の建物。ここはアバが一番多く並んでおり、人気なのが伺えた。
ナース風のNPCが並んでいるアバにおんぼろの車椅子を見せて説明を行っている。
「三番目が……"大辛"【旧猪籠草トンネル】。
このお化け屋敷は自らが自動車を運転してトンネルを進んでいく特殊な物です。
六人まで乗車できるので団体様でもお楽しみ頂けますね」
壁に沿ってトンネルのような物が掘られており、その隣に駐車場が設置されている。
何台かの車が並び、如何にも肝試しへ行って襲われる哀れな犠牲者たちのように
嬉々とした表情のアバたちが乗り込んでいた。
ちょうど一台の車がトンネルから出てくる。
その車が駐車場に戻るなり、車両の中からアバたちが飛び出し、
口々に「こえー!」とか「ひぃ~これはあかん!」とか恐怖の声を上げていた。
どうやら相当怖いらしく、皆顔が青ざめている。
一体、トンネル内で何を見たというのか……。
「おっ! オレたち三人はこれ行こうぜ! 確か前回無かったし、やりたい!」
ブルーはその解説を聞いて嬉し気に声を上げる。
ミカはその三人という聞き捨てならない言葉に思わず聞き返した。
「三人って……樫木さんが六人まで乗車出来るって言っていたじゃないですか。わざわざ二両に分けるんですか?」
「あ? おバカ。お前と魔女様は"あっち"だよ」
そう言ってブルーは一番端にある建物を指差した。
殆ど廃墟同然の洋館がそこにあり、このお化け屋敷の群れの中でも一際異彩を放っていた。
今までのお化け屋敷と違い、何故か誰も並んでおらず、何かが明らかにおかしい。
物凄い不安に襲われるミカの横で樫木が絶望的な解説を始めた。
「最後……"激辛"【七草邸洋館】。ABAWORLDでも最恐と名高いホラーアトラクションです。
こちらは自らの足で洋館内を探索し脱出するスタイルとなっております。
興味本位で足を踏み入れると本当に後悔する"恐ろしさ"が味わえるとの事……。
今回のお化け屋敷アクティビティでは最長の三十分が遊戯想定時間となっております――たっぷり楽しめますね」
樫木の解説を聞きながらミカは徐々に血の気が引いていく感覚に襲われていた。
仮想現実なのに。
(ヤバい……絶対にこれはヤバい……!! 入っちゃいけないと俺の野生の勘が告げている……!!!)
戦々恐々としているミカを尻目にガザニアは勝手に二人組を組まされた事に不満を漏らす。
「何故私と駄犬が一緒に入らないといけないのですか。勝手に一纏めに扱うのは些か納得いきませんね。
大体、私はこんな下らない建物へ入るとは一言も言っていませんが」
その反応を予測していたのか、ブルーは口元に少しだけ笑みを浮かべる。
そして妙に潔く引き下がった。
「――なんでぇ。それなら仕方ねえか……おーい! ウサギ女とメカクレ女!
六人でトンネルの方行くぞー。ガザニアちゃんはあっちの洋館が怖い"チキン"みたいだしなー!」
ブルーは明らかにワザと大きな声でリリーと樫木へ呼び掛けた。
その言葉にガザニアの眉がピクリと動く。
その顔が見る見る内に龍の怒りを纏った物へと変わっていった。
フルフルと全身を震わせながら彼女は怒りを滲ませる。
「――チキンですか……良いでしょう。虚仮脅しの恐怖など怒れる龍の前では無意味だと教えてあげます……!」
直ぐにミカの方へ勢い良く振り向き、命令をしてきた。
「駄犬! 付いてきなさい! あんな洋館など踏み躙ってくれます!!」
「ちょっ!? 私は行くといってなぁぁぁあ――ぐえぇぇぇ!!」
ガザニアはミカの言葉など耳に貸さず、首元から伸びる赤いスカーフを乱暴に掴むと
そのまま洋館の方へとズンズン歩き出した。
「い、嫌だあああああ!! あんなの怖いに決まってるだろぉぉぉ!!」
ミカは必死に抵抗するも虚しく、バトルアバの腕力を発揮されて帰宅を嫌がる飼い犬のように引き摺られていく。
「所詮、人が作った物です……! 何を恐れる必要があるのですか……!」
ガザニアは殆ど蹴破るような勢いで洋館の扉を開き、その中へと入っていった。
「人が本気で作ったから、本気で怖いんだろぉぉぉ!!! ブルーぅぅぅ!!! この野郎!!!
根に持つからなぁ! この事はぁぁぁ……――――」
ミカの最期の恨み節も扉の中へと消えていった。
洋館は魔女と軍人少女を飲み込んでその扉を再び閉じる。
そんな二人をブルーは心底楽し気に手を振って見送っていた。
「洋館デートを楽しんで来いよ~。それにこの時間の洋館は"一味"違うからな~」
リリーがブルーへ長い前髪の中から訝し気な視線を向ける。
「……キミ、知ってて二人を……送り込んだんだね……この時間帯は……"あの人"居るの……」
ブルーは彼女の言葉に意地の悪い笑みを浮かべた。
「ケケケッ……そりゃぁ事前にしっかりリサーチしたかな!
ただガザニアって同伴者がいるのは予想外だったけどよぉ。ホントはオレが付いて行くつもりだったけど。
あの魔女と一緒の方が面白そうだったからな!」
「だから洋館の方……アバが並んでなかったんだね……みんな去年の時にあの……恐ろしさ知ってるもん……」
「ま、御守が居ればミカの恐怖に震える様子もあの魔女っ子から聞けるから丁度いいわ~♪」
「……趣味悪い……大丈夫かなぁ……ミカちゃん」
リリーはそう言って洋館の方へ目を向ける。
この時間の洋館は一味違う。その意味をリリーとブルーは知っていた。
事情を知らない樫木はウィンドウを出現させると【七草邸洋館】についての情報を再び、眺める。
そこには特定の時間帯にはあるアバが洋館内を徘徊するという情報が記されていた。
「……『怪物』が洋館内を徘徊するサプライズがあります……? 『怪物』とは一体……なんでしょう、ご主人様?」
樫木が首を傾げ、二人へ尋ねる。
それを聞いてブルーはいたずらっぽく笑うだけで答えず、リリーは顔を背けながら答えた……――。
「強暴なる八人の一人……バトルアバ『EGG』だよ……」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!