(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
雲母星人
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第45話『はいはい! 皆さん、笑って!』

公開日時: 2021年12月29日(水) 00:00
文字数:14,829



【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム】





 ――ボフッ!

「へぐぅ!?」

 相も変わらず着地に失敗したミカは呻き声を漏らしながら青色の床に叩き出された。

「――痛い……訳じゃないんだけどなぁ。なんでホント毎回リンクで移動すると落下するんだ……」

 もう何度も何度も何度も落下しているので自分自身も慣れてきてしまっている。

 直ぐに身体を起こすと立ち上がった。

「……誰もいない」

 周囲を見渡しても人影は無い。

 ただ無人の観客席とバトルフィールドが広がっていた。

 メガロポリスの特設スタジアム。

 本選の会場。

 恐らく実際の大会が始まればここにトンデモ無い人数のアバが詰め掛けてくる筈だ。

 しかし……今は無人だ。

 ミカの脳裏に件の"吸血鬼"の言葉が思い起こされる。


 ――子犬。新人は準備があるから先に来るんじゃぞ――

 ――え? そうなんですか?――

 ――初めての記念撮影じゃからな。色々と装束の確認やら化粧をするんじゃ――

 ――化粧……? おぉ……! 戦化粧ですね!――


 今日は本選参加者の記念撮影や宣材写真の撮影があり、

そのためにこうして集合時間より相当早くここへ来ていたのだが……。

(……あの蝙蝠野郎……! 俺をたばかったな……!)

 何でバトルアバが化粧をする必要があるのかと少々怪しんでいたが、どうやら揶揄われたらしい。

 準備スタッフなどもまだ居らず、完全に独りぼっち待ちぼうけ状態だった。

「困ったな……。まだ集合時間まで一時間近くあるし……――ん?」

 ――パシッ……バシッ!

 何か乾いた物を叩くような音が何処からか聞こえてきた。

 音がしてきたのはフィールドの中央。

 幾つかの青い障害物が立ち並ぶ場所。

 先程までは気が付かなかったがそこに一つの影があった。

「獅子王……さん?」

 巨漢の獅子の獣人がそこに……いる。

 彼は青いフィールド上で次々に拳を空中へ向かって突き出していた。

 連続した鋭い拳撃によって空気が切り裂かれ、それが乾いた音を立てている。

 まるで見えない敵と戦うかのように獅子王は拳を繰り出し、見えない敵からの攻撃を避けていた。

 その大きな脚に見合わぬ軽やかな足取りで常に移動し、ステップを刻む。

 一流の格闘家が見せるその動き。鋭く、しかし緩やかでまるで演舞のように一連の動きが流れていく。

(すごい……)

 ミカはただただその動きに魅せられ、その場で立ったまま見惚れていた。

 やがて獅子王は見えない敵との戦いを終えたのかゆっくりと拳を降ろし、その口から短く息を吐く。

 仮想現実だというのに彼の身体からは闘気のような物が立ち昇っているように感じ、凄まじい存在感があった。

 戦いを終えた獅子王はミカに気が付いた。

 茶色のたてがみを揺らしながら声を掛けてきた。

「おぉ! 軍人娘か! こんな早く来るとは随分と気が早いな! 

それとも血が騒いでもう我慢出来ずにこの獅子王を闘(や)りに来たかっ! 

ここでおっぱじめても一向に構わんぞっ! がっはははは!」

 変わらず大きく豪快な声。ミカは慌てて両手をパタパタと振って否定した。

「そ、そう言うわけじゃなくて……。ただ単に早めに着過ぎてしまっただけなんです。

すみません、盗み見みたいな事してしまって……」

 こちらの返答を聞いて獅子王は如何にも残念そうにその大きな瞳を瞬いた。

「なんだ、つまらんな! 一人でスパーするのも飽き飽きしていたところだからるなら大歓迎だぞ! 

気が変わったら今直ぐにでも殴りかかって来いっ!」

 彼はそこまで言うと再び構え始め、拳を空へ向かって打ち出す。

 相当な速度の拳撃でバトルアバの動体視力を持ってしてもたまに拳を目で捉えられない時があり、

凄まじい威力を感じさせた。

(……あの拳、現実で喰らったら顔面陥没しそう……。それにしても……)

 獅子王は拳を打ち出しながら、バトルフィールド内を世話しなく動き回っている。

 動く度にしっかりとその足で青色の床を確かめるように踏み締めていた。

(やっぱり……事前にしっかりとフィールドを確認してるんだ……。流石と言うべきか……)

 どうやら彼は"予習復習"は欠かさないらしい。

 何度も優勝しているというのに慢心や驕りが一切感じられない真面目さだ。

 だからこそ連覇という偉業を達成出来ているのだろう。

 ミカが感心していると彼は顔だけ向けて話し掛けてくる。

「――折角だし軍人娘もスパーやっていくかぁ? どうせまだ時間あるしな!」

「へ……? スパー……?」

 彼は手を一旦止めてこちらを向くと右手を突き出して言った。

「スパーリングだ! 全力は出さずにお互いに軽く打ち合う! ルールはこれだけ! 

こっちも相手がいた方が練習になるからな! ほれ! 来い!」

「あの……ちょっと身長差が凄すぎて無理だと思います。申し出はありがたいですけど……」

 実際、彼とスパーをするというのはこっちとしてもかなり興味はあった。

 何せ相手はABAWORLD最強の獅子だ。彼と手合わせ出来る機会など早々無いだろう。

 しかし……。

「ガハハハッ! 軍人娘は小っちゃいからなぁ! ちと無理か!」

 獅子王は四メートルを優に超える巨体だ。

 対するこちらはその腰にすら届かないくらいの身長。

 流石にこの身長差で打ち合えるとはとても思えなかった。

 それにこっちは召喚タイプ。

 あちらはブルーから聞いた話では近接タイプ。

 格闘戦性能ではかなり差がある。

 召喚モンスターを使って戦うならまだしも裸単騎ではどうにもならない。

「――それでは我とるか、子犬?」

 急に背後から掛けられたその声にミカは振り向いた。

「――あっ! チルチルさん!」

 桜色の髪を靡かせながら、一人の吸血"姫"がいつの間にかそこに佇んでいた。

 吸血姫『チルチル・桜』。

 女性型のアバを使う"男性"。

 ミカは彼に騙されたことを思い出し、突っかかる。

「ちょっと! お化粧なんて嘘吐いて……私を揶揄いましたね!」

「ワハハハッ! 騙される方が悪いんじゃ! ま、化粧がしたいのなら我が施してやっても良いが……? 

完璧に"女"にしてやっても良いぞ……?」

 チルチルはミカを見ながら妖艶な笑みを浮かべる。

 相手の中身が男性だと知っていながらもその笑みを見て思わずドキっとしてしまった。

「そ、それはちょっとご遠慮願います……」

 ミカがちょっと後ずさっている間に獅子王も現れた吸血姫に気が付き大きな声で声を掛けた。

「おぉ、来たか! 吸血鬼! ガハハハッ! 相変わらず新人にちょっかい掛けてるようだなっ!」

 チルチルは足音を殆ど立てずに獅子王へと近付きながら答える。

「お主に言われとうないわ。先に子犬へ手を出したのは其方であろう? 

知っておるのじゃぞ、大会前に噛み痕を刻んだのを……」

(初めて獅子王さんと会った時の事か……。チルチルさんも知ってたんだな、あの時の事)

 彼が言っているのは予選前にガザニアと一緒に獅子王と出会った時の事だろう。

 実質的な宣戦布告を受けたあの出来事。

 獅子王という存在を初めて"生"で認識した時だ。

「がははっ! そうだったか? まぁ良いか! ――それよりもお前らならたっぱも丁度良いな! 

良い機会だからスパーリングしてみろっ! 今ならこの獅子王がトレーナーやってやるぞ! 

ほらほら! 構えた構えた!」

 獅子王はその大きな手を叩きながらミカを促す。

「こ、こうですか?」

 ミカは流されるままに拳を構えた。

 格闘技初心者故、かなり不格好で腰が引けていたが姉との喧嘩で学んだ経験からか一応形にはなっている。

 こちらと相対する位置にいつの間にか移動していたチルチルもゆったりとした構えで拳を構える。

 ミカと違って明らかに格闘技"経験"ありと言ったしっかりとした構え。

 彼はその紅い瞳を向けながら囁くように話し掛けてきた。

「最初はかるーく打って来るがよい。我らのぱわぁーならそれでも過分かもしれぬがな」

「……分かりました」

 チルチルの言葉に頷くとミカは彼のその小柄な胴体に向かって軽く、本当に軽く右ストレートを放つ。

 バトルアバで無くても受け止められそうな速度の一撃。

 吸血姫は左手の甲でそのパンチを軽く受け流した。

 お互いの拳が触れ合い乾いた音を立てる。

 その拳撃を見て、チルチルがにやりと笑って続ける。

「そうじゃそうじゃ。そうやってお互いに打ち合って行くんじゃ――次は此方から征くぞ」

 今度は彼の右手がしなやかに動き、ミカへ向かってパンチが放たれる。

(速度は早くない……。ならチルチルさんみたいに受け流し――)

 ミカも左手でその拳を受け流そうとした。

 しかし不思議な事にゆっくり向かってきた拳は突然途中で止まり、

 代わりにいつの間にか放たれた左拳がゆっくりと迫る。

 慌てて其方を防御しようとしたが間に合わずこちらのおでこへ軍帽の上からコツンとゲンコツが当たった。

「――あだっ!?」

 不意の衝撃に思わず声を上げ軍帽を押さえるミカを見てチルチルがいたずらっぽく笑った。

「おっと……我は右手で打つとは言っとらんぞ」

 そう言って彼は手癖の悪い左手をプラプラと振って見せた。

(こ、こんにゃろ~! フェイントかよ! スパーでそれってありかよ!)

「がはははっ! してやられたな、軍人娘! しかし! さっきのフェイントは落ち着けば受けられたぞ! 

拳自体はゆっくりしてるからなっ! もっとリラックスしろ、リラックス!」

 獅子王の言う通りチルチルの放った左拳はそこまでスピードは出ていなかった。

 冷静に対処すればこっちのガードが間に合っただろう。

 ミカは一度軍帽に手を掛けて位置を直す。それから再び、拳を構え、チルチルを見据えた。

「準備は良さそうじゃなぁ? ――ほれ! 行くぞ!」 

 またチルチルが右ストレートを放ってくる。

 相変わらずゆっくりとしていたが今度は最後までその動きに注視し目を離さないようにした。

 ――バシッ。

 乾いた音がフィールド内で鳴る。

 いつの間にかミカの腹部へ向かってチルチルの右足が蹴り込まれていた。

 しかしそのフェイントにも今度はしっかりと対処し、ミカも自分の左足でしっかりとその一撃を防ぐ。

 ミカは蹴り込まれた足を押し返すとチルチルへ多少の怒りを込めて言った。

「……足癖悪いですね」

「ある物は使う主義じゃ――悪いかぁ?」

「貴族気取りが聞いて呆れ――ます!」

 ミカも負けじとお返しに拳を放つ。

 放った拳はしっかりとチルチルに受けられたが、それでもミカは手を止めず攻撃を続けていく。

 やはり格闘技に関しては一日の長があちらにあり、軽く受け流され受け止められていく。

 反対にあちらは定期的にこちらの隙を突いて拳を当てて来ようとする。

 何とか最初は受けていたが……段々と防ぎ切れずに何発も攻撃を受けてしまった。

 右ストレートを受け止めれば左足が小突いてきたり、かと思えば蹴りを受け流そうと思ったら左手が迫る。

 決してスピードは速くない。しかし変幻自在且つ突拍子もない動きにミカは翻弄されていた。

「どうしたぁ、子犬ぅ? 我の動きについて行けてないぞ?」

(こいつ……やっぱり強い……!)

「軍人娘ー! 腰が引けてるぞ腰がー! 後ろに下がるから拳が当たらないんだ! 単純だろ!」

 ミカが歯がゆい思いをしているとトレーナーを自称した獅子王から色々とお小言が度々飛んでくる。

(そりゃ……そうだけど……!)

 確かにその通りではあるのだが、前へ出ようとするとチルチルの軽い打ち込みが飛んでくる。

 当然、痛みがある訳でもないから一気に前進して少しでも距離を詰めるべきなんだろうが……。

 彼の振る舞いからはそのための隙が感じられない。

「こーんなにゆっくりと打ってやってるのにのう……?」

「一々うるさ――あうっ!?」

 口答えしようとしたミカの頬に軽い平手打ちが当てられた。

 ペシっとした軽いモノ。痛みも無いし、大した衝撃も無い。

 だけど……何となく親に叱られた子供のように気恥ずかしさを感じて顔に熱が籠る――そんな気がした。

 頬を染めたミカにチルチルは意地悪そうに笑い掛けてくる。

「ほーれ。油断しとるからじゃ、ケケケッ」

 ミカは恥ずかしさを誤魔化すように今までより鋭く速い拳撃を繰り出す。

 殆ど不意打ちに近い攻撃だったがあっさりとチルチルはその掌で受け止めた。

 彼は受け止めた拳をその細い指で撫でる。

 人差し指から中指、中指から薬指へとその指は這っていった。

 妙にイヤらしいその手付きで思わず背筋にゾクっとした怖気が走る。

 ミカは力を込めて右手を降ろしてその手を振り払った。

「なんじゃ連れないのう……。もう少し触れ合わせても罰は当たらんじゃろうに」

「……結構です!」

 残念がるチルチルの表情とは対照的にミカは一気にヒートアップし、力強く拳を打ち出す。

 それに応じて彼も拳撃の速度を上げた。

 ――バシッ……! ベシッ……!

 そこからは今までのスローテンポから切り替わり、激しい打ち合いになった。

 自然と拳の当たる音も重く、痛々しいモノと変わっていく。

 二人の放つ拳は速度は常人の目で追えるモノでは無くなっていき、バトルアバ本来の力を発揮し始めた。

「がはははっ! こうしてスパーリングしているのを見ていると昔を思い出すな、吸血鬼!」

 激しく拳を交え合う二人を余所にいつの間にか腰を降ろして観戦し始めていた獅子王が

腕を組みながら楽し気に言う。

「あの頃もこうやって暇さえあればバトルアバ同士でりあっていた……! 

ただ殴り合ってるだけで楽しかったな、ガハハハッ!」

 必死に攻めるミカの拳を軽くいなしながらチルチルが獅子王に答えた。

「その頃はまだお主も可愛いらしい獅子じゃったな。ばとるが終わる度に我へ感想戦を求めてきおって……

それが今じゃこの世界で最強なんて名乗っておるとは……。

あの時、誘うべきじゃなかったのう……我のお株をすっかり奪われてしまったのじゃ」

 獅子王との会話を行う余裕のあるチルチルと対照的にミカは一切余裕が無かった。

 速度を増した彼の拳を何とか防御するのが精一杯でこちらから行う攻撃の頻度が段々と下がっていく。

 チルチルも獅子王と同じ近接タイプ。当然、召喚タイプのこちらとはステータス的な差がある。

 しかし……それを加味しても彼との技術や経験の差を感じずにはいられなかった。

「がははっ! あの時ゲームABAWORLDに誘われた時は半信半疑だったが、今では感謝しているぞっ!」

「我は後悔しているぞ……こちらより先に連覇を達成されるとは思わなんだ……」

「師匠が良かったからな! ガッハハハハッ!」

 何より吸血鬼は明らかに本気を出してはいない。

 まだまだ拳撃には余裕があり、速度も遅い。こちらは既に全力で殴っているというのに。

(これが……絶対的に覆せない"実力"ってヤツか……! クソッ、俺は……どうすれば……)

 こうして拳を交えたからこそ分かる。

 お茶らけた態度とは裏腹に長年、戦いを続け勝ち残って来た確かな実力が彼にはあった。

 自分自身に絶対的な自信を持っており、その自信を裏付けるために努力を更に重ね来た……"強い人"。

 こういう人物を身近に知っているだけにミカはその強さが良く分かる。

 そして……恐ろしい事に次の相手はこの吸血鬼だ。

(……俺、勝てるのかこの人に……?)

 バトルアバ『チルチル・桜』の実力を垣間見て、ミカは心の中で疑念を感じてしまう。

 当然、そんな余計な事を考えていれば拳も鈍り、直ぐにチルチルにそれを勘づかれてしまった。

「――……ふふん。子犬、一旦一息入れるのじゃ。我も流石にくたびれたぞ」

 そう言って彼は拳を降ろす。ミカも応じて拳を降ろし、身体の緊張を解いた。

(気を使われたか……。でも正直有難いかな……)

 このままスパーを続けていたら本選を前にして気持ちが萎えるところだった。

 チルチルは観戦気分で座り込んでいた獅子王の横まで行くとその隣で指を鳴らした。

 どこからか豪勢な作りの椅子が現れる。彼はそこへ偉そうに腰掛けた。

 ミカは獅子王に習ってその近くに座り込み、ちょこんと正座する。

 巨漢の獅子の獣人。

 小柄な軍人少女。

 これまた小柄な吸血鬼という奇妙な三人がバトルフィールドへ座り込んだ。

「――で、軍人娘よ……この吸血鬼に勝てそうかぁ?」

 獅子王がその大きな顔をミカへと近付けて尋ねてくる。

 明らかにこちらの心情を読んでの言葉。

 当然、そんな事を尋ねられればミカは答えに困る。

 獅子王のストレートな問答に椅子へ座ったチルチルもニヤニヤしながらこちらの反応を見ていた。

(……結構、獅子王さんって意地悪いよな……。これがアババトルの二大巨頭だって言うんだから呆れるよ……)

 高見の人物たちと思っていたがこうして蓋を開けてみれば、

新人を揶揄うのが好きな悪い"先輩方"という印象が強くなっていた。

 ある意味、人間らしいというか何というか……。

「……勝てない、かもしれません。でもこれは素手の戦いですから――実戦バトルならどうなるか分からないと思います」

 ムスッとしながらもあちらの実力を認めつつも一応、苦し紛れの言葉を吐く。

 これが今、ミカの出来る精一杯の強がりだった。

 その明らかに苦しい言葉を聞いて獅子王は盛大に噴き出した。

「がははははっ! やっぱりお前は負けん気だけは一丁前だな、軍人娘! それでこそ挑戦者たる資格があるぞっ!」

 一方、その言葉を聞いてチルチルはどこか嬉し気に笑みを浮かべた。

「そこまで気を吐けるなら充分じゃ――ま、子犬の言う通り実戦と組み手では違うじゃろうな。

当然……我も正々堂々などという言葉で自分の闘争を虚飾かざるつもりは無いぞ――肝に銘じておくんじゃな!」

 彼はニヤリと笑ってそう言った。

(だろうな……。ブルーさんと作戦を立てないと……)

 既にチルチルの試合の動画は何度か目にしている。

 一筋縄では行きそうにない相手なのは嫌というほど知っていたし、今回の手合せでそれが更に実感出来た。

(あれ……そう言えばさっき獅子王さん……チルチルさんの事を"師匠"って言ってなかったか……?)

 先程組み手をしている時は必死で気が付かなかったが気になる一言を獅子王は言っていた。

「あの……さっきチルチルさんの事……師匠って言ってましたけど、お二人はどういう関係なんですか?」

 ミカの問いに二人は顔を少し見合わせる。

 数秒後に獅子王が口を開いた。

「俺はこの吸血鬼に誘われてこのゲーム始めたからな! だから師匠みたいなもんだ!」

 チルチルも当時を思い出すように顎へ手を当てていた。

「師匠になったつもりは無いんじゃが……――こやつがプロレス引退後に暇そうにしていたからな。

我が誘ってやったのは事実じゃ」

「引退……」

 確か獅子王はあの武蔵丸とかも所属しているスポンサー【太田興行オオタコウギョウ】の社長だった筈。

 本業は現実のプロレスラーでもあるというのは武蔵丸から聞いていた。

 獅子王は自身の腰を右手で叩きながら言った。

「腰をやってしまってな! それでリングに立てなくなってしまい、敢え無く引退だっ! 

これでもう戦えんなぁと思っていたところに悪魔の囁きが来てしまってな! 

それで今じゃこんな姿だ! ガッハハハハッ!」

 獅子王は自身の胸を力強く叩く。

(そんな事情があったのか。意外な事実……。でも仮想現実の利点ってそういう所にもあるか……)

 現実のリングから仮想現実のリングへ場所を変えて戦い続ける。

 ある意味理想的とも言える格闘家の推移なのかもしれない。

 実際、肉体的ハンデがあっても仮想現実ならそれをカヴァーすることが出来る。

 新たに怪我をする心配も無いし、格闘家としての経験を活かすことも可能だ。

「今じゃこやつもえすぶいあーる専門の格闘家団体を立ち上げてしまったからのう――しかし!

 我は忘れておらんからな!」

 チルチルはビシッと指を獅子王へと突きつける。

「我の連覇が掛かったあの決勝! 華々しく世界へ羽ばたこうとした我を邪魔しおって!」

「がはははっ! しっかりと今までの返礼をしてやっただけだ! 

俺の勝ちという形でな! 師匠として誇らしいだろ!」

「そういう形で恩を返して欲しかった訳では無いわっ!」

 豪快に笑う獅子王にチルチルは悔しそうにしている。

 暫くそうやってお互いに笑い合ってやり取りしていたが不意にチルチルがミカの方へ振り向いて尋ねてきた。

「そう言えば子犬よ。お主……もしや板寺の令弟れいていか?」

「……はぇ?」

 突然のその言葉にミカは思わず変な声を出してしまった。

「拳筋に同じものを感じたからのう。もしや……と思ったが……その様子じゃと正解のようじゃな――

そうかぁ……お主が"姫"の言っておった愚弟か……。

あの愚姉も自らの事を棚に上げて良くそんな事が言えたものじゃ」

 獅子王もその聞き慣れない名に首を傾げている。

「おぉ? 誰だその……イタデラって?」

「ちょ、ちょっと待って下さい! チルチルさん、姉さんの事を知っているんですか!?」

 ミカは予想外過ぎる人物から口漏れたその名にかなり動揺していた。

 間違いなく彼の言っているのは自らの姉であり、行方不明の『板寺寧々香イタデラネネカ』の事だった。

「そりゃ知っておるわ。なんせアヤツは――」

 ――……ヒュゥン。

「――ぎゃぅっ!?」

「――きゃぁっ!?」

 チルチルの言葉を遮るように何かがミカの頭上へ落下してくる。

 ミカは頭頂部に激しい衝撃を感じ、軍帽ごとその"尻"に押し潰された。

 衝撃のあまりもんどりうってその何かと一緒に地面へ倒れ込む。

「どうして! こう! 毎度毎度落下しなければいけないのですか! 

運営は一体何をやっているのです!? このようなバグを放置するとは怠慢でしょう!?」

 落ちてきた人物がミカと絡まった状態で悪態を吐いて喚き散らしていた。

 如何にも柑橘系な声の少女。

 紫紺のローブに身を包んだ魔女、バトルアバ『ガザニア』だった。

 ガザニアは自身の下敷きになって伸びているミカに気が付き、いつもの調子で声を掛けてくる。

「……駄犬。あなたがクッションになってくれた事は感謝しますが――邪魔です、退きなさい」

「そ……そっちが退かなきゃ動ける訳……ないでしょ……」

「……それもそうですね」

 彼女は身を翻すと立ち上がった。

 乱れた自身の衣服を直しつつ、自分を見ている獅子王とチルチルに気が付く。

「獅子と蝙蝠ですか――大方あなた方が揃っていたということはこの駄犬をいびりでもしていたのでしょう」

「がはははっ! いびっては無いぞ! 遊んでいただけだっ!」

 獅子王が地面に腰かけたまま豪快に笑ってそう答えると同意するように

チルチルも椅子の上で不敵な笑みを浮かべた。

「この子犬を鍛えてやったのじゃ。勘違いして貰っては困るのう、魔女の弟子よ」

(良く言うよ……この人たちは……。さっきまでこっちをボコしてた癖に……)

 ミカが呆れながら身体を起こしていると周囲に次々と気配がした。

(あっ……。もう時間だったのか)

 どうやらチルチルと組み手をやっている間に集合時間を迎えていたらしい。

 続々とバトルアバたちがフィールド内へリンクしてきた。

 中空からそっと現れ、スカートをフワっと浮かせながら降り立ったのは

クラシカルな給仕服に身を包んだバトルアバ『アーマーメイド・リズ』。

 彼女は先人たちに気が付くと綺麗な動作で軽くお辞儀をした。

「――給仕のリズで御座います。皆様、本日は僭越ながらご同伴させて頂きますね」

 ――ズンッ。

 続いて何か重量感のある落下音と共に軽い振動がフィールドを揺らした。

 ミカはその音がした方向へ振り向く。

(うぉ……! 重機みたいなバトルアバだ……!)

 全身を無数のパイプとシリンダーで構成された鉄の巨人。

 どこか強化外骨格エクソスケルトンのような姿をしており、建設重機のような無骨さを感じさせる。

 重厚な胴体に埋め込まれるように頭部があり、そこの二つの細い目が先に来ていたバトルアバたちを捉え、

橙色の光を一度放った。

「おぉ! デバスか! 元気だったかー!」

 獅子王が地面から腰を上げるとその降り立った"機人"へ親し気に手を振る。

 そのデバスと呼ばれたバトルアバはその手に応じて右側のアームを上げた。

(この人が『デバス・ギーガー』か……。すげー……獅子王さん並みに大きい……)

 獅子王も相当な巨体だが、このデバスというバトルアバもそれに迫るくらいの巨体だ。

 横幅では完全に超えており、凄まじい圧を感じさせる。

 彼……多分彼(?)は二本の太い脚部を稼働させて獅子王へと近付いた。

 まるでクレーンのような足が地面に着くたびに辺りが振動し、

ミカのような小柄なバトルアバたちは地面から浮きそうになる。

 デバスはミカたちの方まで来るとその太い二本のアームを動かして

何やらジェスチャーのような事をし始める。

 チルチルがその様子を見て首を傾げながら問い掛けた。

「……お主、どうしたのじゃ? そんな変な動きをして……」

 チルチルからの問いにも答えず、代わりに一個のウィンドウが現れた。

 そこには文字が書かれ、こう書いてある。

【宴会で酒飲み過ぎた 喉をやってしまって 声が出ない】

「はぁ? 本選前に何をしとるんじゃ、お主は……。

そんなじゃから何時まで経っても本選止まりなんじゃ! 反省せい!」

 呆れ顔のチルチルに怒られ、デバスはその巨体を縮こませるようにシュンとしていた。

「がははははっ! まだまだ若いな、デバス! 大方、お偉いさんたちに勧められて断れなかったんだろう!」

 獅子王の揶揄うような言葉に周囲から笑いが起きる。

 あの"ガザニア"ですら少しだけ口元に笑みを浮かべていた。

 これから熾烈な戦いをお互いに行うというのにバトルアバたちはどこか和やかな雰囲気だった。

【今回は 女の子 多いな 去年はガザニアちゃん くらいしか 女の子いなかったのに】

 デバスが二つの瞳を光らせながらそう言うと何故かチルチルが胸を張って誇らしげにしていた。

「……やはり時代は強い女じゃ! 我のように! 美しく強い女こそあばわーるどの華であり幹じゃからのう!」

【桜さんは 女枠で 良いのか?】

 彼がウィンドウに再び文字を表示をさせるとチルチルが力強く自らの胸を右手で叩いた。

「当たり前じゃ! 我以上に女らしい女が何処におる! 心当たりあるならば言ってみるが良い! 

紅い月の昇る夜ならば何時でも我はその挑戦を受けるぞ!」

 異常なまでに自信満々な"彼"にガザニアが半ば呆れながら皮肉を言う。

「……一般的な女性の殆どは貴方より女性らしいでしょうね。なんせ態々騙る必要も無いのですから」

「おやおやぁ? 女に生まれたからって女やってる雑魚が何か言っとるのう……? 

努力もせず女になれるとは片腹痛いのじゃ!」

 謎理論で謎反論をするチルチルにリズが眼鏡をくいっと上げて注意をしてきた。

「その発言は色々と敵に回しそうですから、少し控えた方がよろしいかと……チルチル様」

「がはははっ! 今回の面子はホントやかましいな! これぞ女三人揃えばかしましいという奴か!」

 獅子王が大笑いするとそれに釣られて他のバトルアバたちも笑い出す。

 ミカはその微笑ましい光景に頬を緩ませつつも内部の性別的な"実情"を知っているだけに複雑な気持ちだった。

(これ実質的な女性は二人しかいないって中々混沌としてるな……)

 見た目的には四人ほど女性だが実質的な中身となると……。

 自分の事を男だと知っているのはチルチルしかいないので

彼らがこちらの性別を知った時にどんな反応をするのか気になる。

(でも……仲良いんだなみんな……)

 あの気難しいガザニアですら今はどこか楽し気に会話をしている。

 新人であり新顔である自分は少し疎外感があったが、そこは仕方がないだろう。

 ――シュタッ。

 談笑し始める彼らを見つつミカがそんなことを思っているとまた誰かがリンクでフィールドへと現れた。

 ミカは現れたバトルアバを見る。

「あっ……。ウルフさん……」

 赤いパーカーに青いジーンズを纏った灰色の狼男。

 三日月のように釣り上がった黄色い瞳で彼は先に集まっていたバトルアバたちを一瞥した。

 睨みつけるように向けられたその瞳は鋭くまるで本当の狼を思わせる獰猛さがある。

 明らかにミカが前に会ったウルフとは雰囲気が変わっていた。

 他のバトルアバたちもその隠す気が全くない殺気に気が付いたのか、

それまでのどこか和気藹々とした空気から張り詰めた空気へと変わる。

 ミカはすっかり別人と化したウルフに困惑していた。

(ウ、ウルフさん……一体何があったんだ……。まるで別人だ……)

「我の甘言に騙されなかったようじゃなぁ、ライカン・スロープ。

こっちの子犬はちゃんと来たというのに……全くスレたヤツじゃ」

 どうやらチルチルは自分と同じような事をウルフにも言っていたらしい。

 こっちと違って彼は来なかったようだが。

「……騙される訳ねえだろ、オカマ野郎」

 ウルフは喉奥から絞り出すように声を漏らし、その黄色い瞳でチルチルを睨みつけた。

「おぉ、怖い怖い。身体が震えてしまいそうな目つきじゃなぁ……クククッ」

 チルチルはその鋭い視線を受けても至って動じず茶化すように含み笑いをしていた。

 吸血鬼から目を離し、ウルフは不意にミカの方へ視線を向ける。

 一瞬、獰猛な瞳は鳴りを潜め、穏やかなモノになる。

 しかし直ぐに彼はミカから目を逸らした。

 そのまま、独りフィールドの障害物の方まで歩いていくとそこに背中をもたれ掛り

腕を組みながら目を瞑り出した。

 ガザニアがウルフを見て呟く。

「一匹狼気取りという訳ですか。……しかし随分と人ならぬ狼が変わったようですね。

てっきり我々を見るなり一噛みしてくると思いましたが……」

 彼女もウルフの変わり様に少々戸惑っているようだった。

 ウルフ・ギャングと言えばマナーが"アレ"な事で有名であり、ここにいるバトルアバたちもそれを皆知っていた。

 リズが掛けた眼鏡を指で上げつつ不思議そうにウルフを眺める。

「確かに……。前にウルフ様と会った時はもっとその……粗雑なご様子だったのですが……。

大分落ち着きをお持ちになったようですね」

 獅子王が一人、集団から離れて佇んでいるウルフを見て自身の顎を撫でながら言った。

「あいつも少し前はただの暴れん坊だったのに良い目をするようになったな――一皮剥けたか?」

「大方、女でも知ったんじゃろう。そうに決まっておる!」

 チルチルが非常に失礼な事を言うと獅子王がそれを笑い飛ばした。

「がははっ! 流石にそれは違うと思うぞ! ヤツは色々とあったようだな……! これは楽しみだ!」

 ミカも最後に会った時の相変わらず乱暴そうなウルフの記憶があったため

、今の彼の雰囲気には違和感を覚えずにはいられなかった。

(なんか今日のウルフさんはまた別の意味に近寄りがたい状態だな……。

彼のお父さん大丈夫だったか聞きたいんだけどなぁ……)

 ――バサッバサッ。

 彼に話し掛けようかミカが逡巡していると翼を羽ばたかせるような音と共に

また誰かがリンクでフィールドに現れた。

「皆さんー! お待たせしましたー!」

 元気の良い声と共にその人物はバトルアバたちへ声を掛けてきた。

 帽子を被った女性……だが両手が鳥の翼のようになっており足も人間の物ではなく鳥の足で非常に細い。

所謂鳥人とかそういう面持ちのアバだった。

 どうやらバトルアバではなく普通のアバであり、大きなカメラのような物を胸元に抱えている。

 その姿を見てミカは自分がここに来た理由を思い出した。

(そう言えば今日は写真撮影が目的だった……。チルチルさんたちにちょっかい掛けられて完全に忘れてたよ……)

 彼女へ向かって獅子王が親し気に声を掛けた。

「焼き鳥娘! 今日はカッコよく頼むぞ!」

「やだなー、獅子王さん。私にはちゃんと『ぼんじり』って

可愛らしい名前があるんですからそっちで呼んで下さいよ」

「おお、そうだったそうだった! そうだ、妹は元気か?

 バトルアバになったのだろう? 大会には出てなかったようだが?」

「つくねちゃんは元気ですよー。まだ試合数足りなくて出場は見送りでしたけどね! さて――」

 その鳥人のアバは改めてバトルアバたちの方へ向くと軽く頭を下げてから挨拶をしてきた。

「お初の方もそうでない方もこんにちは! 今日の撮影を担当させて頂く『ぼんじり』です。

よろしくおねがいしますね!」

 バトルアバたちも銘々に返事をする。

 そんなバトルアバたちを右から左へと眺めてからぼんじりと名乗ったアバは首を傾げた。

「あれ……? 七人しかいませんね……? 

新顔のウルフくんとミカちゃんもしっかりいるし誰がいないんですか?」

 その言葉にバトルアバたちも周りを確認する。

 ガザニアが欠けたメンバーに気が付き声を上げた。

「……あっ。駄鴉が居ないでは無いですか。あの方も今回の本選参加者の筈では?」

【そうだ 楓ちゃんが いないぞ どこだ?】

 デバスが巨体を左右に動かして周囲を見渡しながらウィンドウに文字を書き起こす。

「あの遅刻魔か! またやりおったようじゃな! 前の時も遅れて来たんじゃぞ! あやつ!」

 チルチルが憤慨して気勢を吐いている。

(楓、って前にフロッガーさんのとこで仕事した時に聞いたバトルアバだよな……? 来てないのか?)

 聞き覚えのある名前ではあるがまだ面識の無いバトルアバだった。

 ――ヒュン。

「ん……? うぉっ!?」

 突如ミカの頭上に黒い影が現れる。

 咄嗟に後ろへ飛び退いてその落下してくる物を回避した。

 ――ゴンッ!

「――痛ったぁぁぁあぁ!?」

 床と激突したその何かは悲鳴を上げながらバタバタともだえ苦しんでいた。

 ミカは突如現れたその人物に驚き、思わず後ずさる。

「わっ!? な、なんだ!? ど、どちら様!?」

「なんでや! なんで毎回落下せなあかんねん! ウチが何をしたって言うんや! 運営はん! 

バグ報告何回目やと思っとんねん!」

 どこかテンションの高い女の人の声。

 妙な関西弁で自らに起きた不条理を罵っている。

 その人物はひとしきり気勢を吐いた後、顔を上げた。

 フワッとした長く艶のある漆黒の髪。

 白と黒と赤のトリコロールで彩られたゴシック風の衣装。

 かなり小柄な体格の割りに主張すべきところは主張しており、白いYシャツを膨らませていた。

 衣装に比べて表情は明るく目もぱっちりとしている。

 それがちょっとアンバランスな感もあり、可愛らしくもある。

 彼女は既に会場へ集まっているバトルアバたちを見渡し、しまったと言う顔をしている。 

「あれ……? ウチがもしかしてトリやったりするん? カラスだけに」

「がはははっ! その通りだ! 『カエデ』! お前がラストだぞ!」

「あちゃー……やってもうたな。お風呂さん入ってから来るなんて大人な女の余裕出してたのがあかんかったわー」

 獅子王からそう聞かされ、恥ずかしそうに頭を撫でている楓と呼ばれたバトルアバ。

 今だへたり込んでいる彼女にチルチルがお説教を始めた。

「鴉の行水が聞いて呆れるのう、楓! 毎度毎度遅刻しおって! 何を考えているのじゃ! 弛んでおるぞ!」

「ごめーん、チルくん~。堪忍してぇ~」

「あの……大丈夫ですか?」

 両手を合わせてペコペコしている楓にミカは近付き右手を差し出した。

 彼女も気が付き、にっこりとこちらへ笑い掛けてくる。

「あっ! キミが新人の……ミカちゃんやったっけ? ウチ、『カエデ』ってバトルアバやねん。よろしゅうな!」

 彼女がそう言ってミカの手を取る。

「――うっ!?」

「――んなっ!?」

 お互いに手を触れ合わせた瞬間、突如胸のざわめきのような物が二人を襲う。

(こ、これは……! ガザニアさんと初対面した時の……"アレ"か……!?)

 覚えのある胸のムカつきに悶えるミカ。

 楓も胸元を押さえてえづいていた。

「うぇぇ……なんやこのげっそりとした感覚ぅ……。二日酔いの後みたいや……」

 二人とも何が起きたのか分からず顔に疑問符を貼り付けていた。

 一方そんな二人にカメラマン役のぼんじりは気が付いておらず全員揃った事を確認し、

撮影のための指示をし始めていた。

「はーい! 皆さん集まったようですしちゃっちゃと始めますよー!

 今日は個撮もやらなきゃですから忙しいですからね! ほらっ! 

おっきい人たちは後ろ行ってくださーい! 小っちゃい人たちは前列へどうぞー!」

 ぼんじりに促されバトルアバたちはゾロゾロと移動を始めた。

「……駄犬に駄鴉。何時までそこで遊んでいるのです。団体行動も出来ないのですか?」

 未だに呻いているミカと楓に気が付いたガザニアが手厳しいお言葉を掛けてくる。

「い、今行きます……。うぅ……まだ胸がムカムカしてる……」

 ミカが何とか立ち上がってフラフラと動き出すと、それに続いて楓も頭を押さえながら立ち上がった。

「ほ、ほんまさっきのなんやったんやぁ……? あー……ウチも歳やろか……」

 三人も合流し列に並ぶ。

 既に並んでいたリズとチルチルの横に三人は並んだ。

「そこー! ウルフくん、表情硬いよー! 

獅子王さんは腕組んでも良いけどリズちゃんに被さってるから少し上げてねー。ミカちゃん、もっと自然体で良いよ!」

 次々にぼんじりから飛んでくる指示に戸惑いながらもバトルアバたちは従っていく。

 そして――。

 いつの間にかカメラをその翼で器用に構えた彼女は並ぶバトルアバたちへ元気よく声を掛けた。

「はーい! 撮りますよー。これ一発撮りじゃないから皆さん気にせずリラックスー! 

あっ! チルチルさーん! 隣へちょっかい掛けない! もう! 

――それじゃいきますよー! はいはい! 皆さん、笑って! ――」

 ぼんじりがバトルアバたちをしっかりとレンズに収める。

 そして……ゆっくりとカメラのシャッターボタンを押した……――。


 ――カシャッ!














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