(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第38話『荒ぶる軍神、顕現せよ! 軍神鬼【暁】! 僕に力を!』

公開日時: 2021年11月27日(土) 00:00
更新日時: 2021年12月27日(月) 23:59
文字数:11,504

 

――マ、マモルくん。ちょっと良いかな?――

 ――え……? どうしたの……? みんな揃って……――

 ――キミが"あの"バトルアバの――『衛』って……マジ?――

 ――……うん。一応、そうだよ……【小日向製作所】の……『衛』――

 ――マジか……マジかよ……――

 ――あ、あのさ! 今度俺たちもアレに……乗せてくれ!――

 ――……か、構わないけど……あんまりお勧め出来ないよ。小日向さんも乗って酷い事になってたし……――

 ――やったー! うひょー! ロボのパイロット体験出来るとか最高かよ! マモルくん! ホントありがとー! ――

 ――……大丈夫かなぁ……――

 ――そうと決まれば早速! 行こう! マモルくん! 駅前にVRカフェあるしそこでやろうぜ!――

 ――あっ……――


 その日を境に僕は図書室へ戻ることは無かった。

 落ち着いて本を読む時間は減ってしまったけれど……。

 本は何時だって読めることを思い出した……――。







【ABAWORLD RESORTエリア】




「調子に……乗るなぁぁぁ!!」

「……っ!?」

 衛からのラッシュを受け続けていたミカは完全に頭へ血を昇らせると雄たけびと共に膝蹴りを繰り出した。

 接近しているが故に回避が間に合わないと判断したのか、衛は両腕を上げてガードを行う。

 ミカの放った蹴りはその防御に阻まれた。

「まだまだっ!」

 ミカは素早く屈みこむとそのままスカートを翻しながら左足で足払いを放つ。

 上段へ意識を奪われていた衛は脚部へ足払いを受け、面白いようにバランスを崩してしまった。

 ――ベシャッ!

 湿った砂地へ仰向けに倒れ込む衛。

 アカツキがウィンドウ越しに悲鳴のような声を上げた。

≪衛!!≫

「くっ……!!」

 流石の衛もここまでの反撃は予想していなかったのか、焦りが見える。

 一方、ミカは笑みさえ浮かべながら倒れた相手へ飛び掛かって行った。

 右手のグローブを握り込み、衛の頭部を狙って打ち下ろすようにしてパンチを叩き込もうとする。

≪逃げて! 衛!≫

 悲痛なアカツキの声。

 衛は咄嗟に砂浜を身体ごと転がる。

 ミカの拳は空を切り、砂浜へ叩き込まれた。

 衝撃で泥が飛び散り、二人のバトルアバの衣服を汚していく。

 ミカ自身も空振りした拳ごと砂浜へ倒れたが、直ぐに横へ逃げた衛の衣服を左手で掴み、引き寄せようとした。

「逃げようったってそうは――ぷべっ!?」

 衛が足で砂浜を掘り、掻き揚げた砂をミカの顔面へ向けてぶっかけてくる。

 ミカは顔にモロに砂を受け、たじろいだ。

≪衛! 充分パワーリソースは稼げたわ! 距離を取って……!≫

「分かったよ! ――まさかあんなに対応してくるとは……」

 困惑しながらも衛はアカツキの言葉に頷き、素早く立ち上がると少し足を縺れさせながらも

砂を顔から払っているミカから離れていった。

「――うぺぺっ……。ハハァッ! こちとら! 姉さんとの喧嘩で慣れてんですよ! こういう取っ組み合いは! 

見た目が細腕と思って舐めないで頂きたいですね!」

≪お前ら姉弟は普段どんな喧嘩してたんだよ……やっぱり野蛮人だな≫

 距離を取った衛へご満悦な様子で、そう言い放つミカ。

 それを聞いてブルーが通信越しに呆れていた。

 その一連の攻防を見ていた観客のアバたちにも最早アババトルと言い難い、【喧嘩】を目撃し困惑の色が見えた。

 当然、チーム片岡ハムの面子も戸惑っている。

「……いやなんやねんこれ。何でいきなり素手ゴロのガチ喧嘩になっとんねん」

「ミカ姉ちゃん乱暴……」

「こいつら自分たちが召喚タイプって事、完全に忘れてるわよね」

「……輩同士の喧嘩にしか見えん」

 流石の小日向製作所側も困惑していたのか、距離を取ってお互いに警戒している両者のバトルアバを何度も見比べている。

「……衛くんもいきなり殴りかかるし、あっちの女の子のバトルアバも普通に応戦してくるしどうなっているんだ……」

 一応、衛とミカの攻防には高度な駆け引きがあったのだが、それは第三者から見て理解出来るような物ではなかった。

 ただ当事者である二人のバトルアバと二人のオペレーターはそれを理解している。

≪しかしあのロボオタ。こっちが召喚タイプって事を利用して格闘戦仕掛けてくるとはな。

鬼女の入れ知恵だろうが恐ろしい事考えるぜ≫

「かなり……ヤバかったですね。あのまま攻め続けられたら大召喚まで持っていかれる所でした」

 ミカも頭に昇った血が落ち着き、先程仕掛けられた攻撃の恐ろしさを自覚し始める。

 二、三発良いのを貰ってしまったがヘルス的なダメージは実際の所少ない。

 所詮近接攻撃に特化していない召喚タイプの攻撃。

 だが問題はそこでは無かった。

(……あっちの本当の目的はパワーリソースの貯蓄だ……。恐らく召喚を出来るくらいには貯められてしまった筈……)

 召喚タイプ同士の戦いの場合、先に召喚モンスターを呼んだ方が圧倒的に有利。

 それを見越してあちらはパワーリソース貯蓄狙いの格闘戦を仕掛けてきたのだろう。

 そしてそれは――成功してしまった。

≪衛! 行けるよ!≫

「オッケー! アカツキ! ――パワーリソース投入……召喚!」

 アカツキの言葉に頷き、衛の頭上へ燃え上がる炎が描かれた魔法陣が現れる。

 ミカはそれを見て警戒を強めた。

(来る……!)

≪ミカ! こっちはまだ犬を呼べねえ! 御一人様で対処するしかねえぞ! 武装しろ!≫

「言われなくても! 武装召喚――【三式六号歩兵銃】!」

 ミカもブルーの声に応じ、歩兵銃を呼び出す。

 しかし構えるより先に相手の召喚が完了してしまった。

「――パワード・トルーパー! 【ボルカノ】降下フォール!」

 ――ヒュッォォォォォォ……。

 魔法陣からアババトル開始時の降下ポッドに似た鉄のコンテナが打ち出される。

 それはミカと衛の間に着地し、衝撃で砂と泥が盛大に舞った。

「くっ……!」

≪あぶねえ、ミカ! 下がれ! こいつは召喚防御持ちだ! 巻き込まれるぞ!≫

 発生した衝撃破に圧倒されミカは思わず、顔を庇う。

 ブルーの声を聞いて咄嗟に後方へ跳躍した。

 落下したコンテナの周辺から帯電したバリアのような物が展開され、近場にいたミカは危うくそれに巻き込まれる所だった。

(黒檜の水蒸気みたいな召喚防御か……! なら触れるとヤバい……!)

 ミカは警戒しながら何度か後方へと跳躍し、距離を取った。

 バリアは以前として広がり、周辺の砂地を焦がし、煙が立ち上った。

 落下したコンテナの前部の蓋が前へと開く。

 そこから一機の二足歩行の機械が現れる。

 一見人型のロボットに見えたがそのフォルムは独特だった。

 首や頭は無く、胴体に長い手と短い足が生えた歪なスタイル。

 現実の強化外骨格の意匠に近いモノを感じさせ、工作機械のような無骨さがある。

 前面は半透明の板張りになっており、視界が広く確保されているのが窺えた。

『パイロットを確認。収容します』

 そのロボは人工音声のアナウンスと共に衛の前へと跪く。

 それと同時に半透明の板張りが開き、コックピットが現れた。

 彼は殆ど飛び乗る勢いでそのコックピットへ搭乗した。

自動操縦オートパイロットから手動操縦マニュアルへ移行。お帰りなさい、パイロット』

 ――ブゥゥゥゥン……。

 アナウンスが流れ、駆動音と共にそのロボが立ち上がる。

 コンテナから出てきたそれは三メートルほどの体躯があり、巨大ロボ……という風体では無かったが、

それでもミカにとっては巨人としか形容出来ない威容があった。

「うぉーロボだ!」「同じ召喚タイプって珍しいね」「マモルくんー! 俺たちも応援来てやったぞー!」

「頑張って下さい! マモルっちー!」

 ミカと衛のアババトルが始まったのに気が付いたアバたちが周囲を遠巻きに囲み始めていた。

 大勢に囲まれながらミカとブルーはその巨人を見つめ、分析を行う。

≪……生で見るとホント、マニアックだなーこれは≫

「確かに趣味の世界、入ってますね。あれは……」

≪それお前が言っちゃう?≫

 ミカはブルーの言葉に自身の姿を顧みる。

 小柄な軍人少女の姿に灰色の犬耳と尻尾。

 あまり人の事を言える姿ではない。

(あぁ……そう言えば俺も大概だったか……。このデザインってやっぱり姉さんの趣味なのかな……)

 そんなどうでも良い事を考えつつミカはブルーへ頷く。

「ごもっとも……」

≪――だろ? さぁてそろそろ仕掛けてやれ。このまま放置すると何するかわかんねえぞ≫

「はい……! ――撃ちます!」

(二足歩行なら……強化外骨格と同じ脆弱性がある筈! なら狙うのは――)

 自身の記憶の中で強化外骨格の弱点を思い起こし、そこを狙う。

 ブルーの茶化しに応じながらもミカはアイアンサイトを覗き込んで歩兵銃を構え、引き金を引いた

 ――ガァンッ!

≪衛! あの銃は無駄に威力あるよ! 弾いて!≫

「オッケー……! 【エナジーフィールド】起動!」

 パイロットの操作に応じて機体の周りの空間が歪む。

 放たれた弾丸は狙い違わず、真っすぐに『ボルカノ』の脚部へと吸い込まれ――見えない壁のような物に弾かれた。

 それを見てミカが驚愕の声を上げる。

「――偏向フィールド!?」

(ゆーり~さんが使ってたのと同じヤツか!?)

 ゆーり~が使っていた一定値までのダメージを無効化するバリア。

 彼女の場合は発動するとその場から動けないという弱点があったがどうやらあのロボットが作り出している場合は動けるらしい。

 ミカの射撃を受け止めた衛は機体を操作し、ガションガションと脚部を可動させた。

≪正確には【エナジーフィールド】だけどな。ま、カッコつけただけで効果一緒だけどよ≫

「なら攻略法も一緒ですよね……!」

(あれをぶち抜くのには……許容値を超えるダメージを一気に与えれば良いだけだ……!)

 ミカは背中に銃をマウントすると踵を返して、一気に駆け出した。

 脇目も振らずに全力ダッシュし、ある"場所"へと向かう。

≪衛! 逃がさないで!≫

「――【プラズマガン】! 発射!」

 操縦席の衛が操作を行うと『ボルカノ』の両手が駆動し、大口径の銃口がミカの背中へと向けられる。

 銃口が発光し、大きめの青白い光弾が次々に放たれた。

≪狙われてるぞ! ジグザグ移動だ、ミカ!≫

「――分かってます!」

 ミカは必死に走りながらも無作為に横ステップを行う。

 その度に、砂地から泥が跳ね、ブーツを汚した。

 目指す先は観衆のアバたちがいる場所。

 そこへ向かって回避行動を取りながらミカは全力で走る。

 前回の『ヨシサダくん』戦で学習した事だが、アバに紛れ、更に盾にするというのはかなり優秀な戦法だった。

 巻き込まれるアバたちの心情と倫理的な問題はともかくとして。

 突如、向かって来たミカに悲鳴だか、歓声だか良く分からない声が聞こえてくる。

 多分こちらを狙った光弾が飛来しているから悲鳴の方が多い。

 殆ど飛び込むようにしてミカはアバたちの中へ紛れ込む。

 すぐさま利用出来そうな"哀れな犠牲者"を探した。

(おっ! ――グッドサイズ!) 

 そして――今回の場合はちょうど良くエナジーフィールド破りのための投擲武器が目に止まった――。







「あー……もう始まってるかぁ……。最初から見たかったんだけどなぁ」

 私の名前……正確に言えばハンドルネームだけど、名前は『フー』。

 この気の抜けた緑色の恐竜みたいなアバは友達が選んでくれたヤツ。

 因みにその友達はとっくの昔にABAWORLDへ飽きてログインしていない……なんだかなぁ。

 気が付いたら私だけになっていたけど、惰性……多分惰性で私はABAWORLDへログインし続けている。

 何をするわけでも無く、適当に毎日過ごして……こっちで出来た友達と遊んだりしている。

 そんな私でも夏祭りの時くらいはコンテンツの一つに熱中する。

 それが――【アババトル】。

 バトルを初めて見たときの衝撃は今でも覚えている。

 飛び交う銃弾、弾ける魔法、本物みたいな爆発。

 この仮想空間メタバース独自のコンテンツだけあって、それはとても刺激的で……興奮した。

 普段はバトルのリプレイくらいしか見る時間が無いけど……大会だけは別。

 最近私が推しているバトルアバの『ウルフ・ギャング』様も今回は初参加するから絶対見ようと思っていた。

 今日は何とか上司に色々言い訳して半休を貰えたところまでは良かったと思う。

 でも……帰り道のリニアレールが混雑していて……仕方なく近場のVRカフェの簡易式でログインした。

 この妙に挙動の重たい(物理演算がどうとか……良く分からない)アバで必死に移動し

て会場のリゾートエリアへ来てみたけど……。

 既に安全エリアの店舗はどのサーバーも埋まっているらしく入店が出来なかった。

 そこは臨場感たっぷりの前列(本当に弾とか飛んでくるからちょっと怖いけど……)で観戦出来るからとポジティブに考えてる。

 それでも人だかり(人ってよりアバか)が一杯で良く見えない。

 爆発音や殴打音が聞こえるから何組目かのバトルが始まっているのは確実だ。

「よっと……」

 こういう時に無駄に大きいこのアバはちょっと便利で嬉しい(そこだけは友人に感謝)。

 少し背伸びするだけで人だかりの向こう……砂浜で行われているバトルの様子が窺えた。

 黒髪の少年のバトルアバ――確か『衛』だったっけ……ともう一人――小柄な女の子が戦っていた。

 軍服を身に纏った犬耳の生えた少女。

 最近、アババトルに参加したばっかりのバトルアバだったと思う。

 前にウルフ様に勝った子だったから、顔を覚えていた。

 その子は相手の召喚したロボットへ銃で攻撃を仕掛けている。

 でもシールドみたいのに弾かれて困っていた。

 どうするんだろと思っていたら……その子は急にこっちへ向かって走り出してきた。

 当然、あの子を狙っていた攻撃が観戦しているアバの方にも向けられる。

 何発も光る弾が飛んできて周りからも悲鳴が上がる。私も思わず悲鳴を上げた。

「きゃっ!?」

 怖い。

 最前列だから流れ弾は来るのはしょうがないけど突然の事でビックリした。

 軍服を着たバトルアバはそのまま私たちの方へ飛び込んでくる。

 こんなに近くでバトルアバをマジマジと見たのは初めてだった。

 流石にバトルアバだけあって、服とかも高そうな物を身に着けている(泥だらけだけど……)。

 その少女は何かを探すように左右を見渡しており、そのクリクリとした丸い瞳を世話しなく動かしていた。

 そして――少女は突然、私の方へ振り向く。そして言った。

「すいません! 御身体、"お借り"します!」

 見た目に合った可愛らしい声。

 でも言ってる事の意味がさっぱり私には分からない。

「え……えぇ? ――えぇ!?」

「どりゃあぁああああ!!!」

 前言撤回。

 その子は見た目に全くそぐわない男らしい掛け声と共に混乱している私の身体を両手で担ぎ上げた。

 そのまま樽でも持つみたいに頭上まで持ち上げる。

「わああああ!? 何!? 何!? 何するの!?」

 私は完全にパニックになり手足と尾をバタつかせる。

「せいやぁぁぁぁ!!」

 少女の雄たけびと共に私の身体を浮遊感が襲った――。






「せいやぁぁぁぁ!!」

 大きめの緑色の恐竜アバを頭上まで持ち上げたミカは渾身の力でその巨体を放り投げる。

 当然目標は衛の操る【ボルカノ】だった。

「きゃあぁぁあ!!!?」

 投げ付けられたアバは空中で悲鳴を上げながら飛んでいく。

 かなりの剛速球だった。

 コックピットのキャノピー越しにその巨体が映る。咄嗟にアカツキが回避を促した。

≪……っ!? 衛!! 回避を!!≫

「ダメだ……! 間に合わない! 防御する!」

 ミカを追って機体を走らせていた衛は回避が間に合わないと判断し、【ボルカノ】を停止させると

素早くエナジーフィールドを展開していく。

 放り投げられたアバの身体がその空間の歪みへ触れ、衝撃と共に強烈な光を放った。

「きゃああああ!!! 光ってる!!! 私光ってる!!」

 受け止めた衝撃とフィールドが干渉し、激しい光が砂浜を照らす。

 そのままアバはアメンボのようにフィールドへ張り付いてしまった。

 ミカの非人道的な戦法にアカツキが苦言を呈す。

≪あの犬! シビリアンを投げるなんて! やっぱり屑の仲間だ!≫

「怒るのは後で良いよ! 今はこのアバを引き剥がさないと……! フィールドが減衰し続けると不味い!!」

 衛は機体の両腕を使ってフィールドへ張り付くアバを剥がそうとする。

 手首代わりの銃口を使って無理矢理押し出した。

 ずるりと滑るようにしてアバが砂浜へと落下していく。

 その恐竜の姿をしたアバはすっかり目を回し、ぐったりとしていた。

「そこだぁ!! パワーリソース投入! 小銃擲弾ライフルグレネード! 発射ぁっ!!」

 ミカは相手の動きが止まった隙を逃さず、歩兵銃を構えると緑色の擲弾を装着した。

 そして間髪入れずに発射する。

 歩兵銃から撃ち出された擲弾が煙の尾を靡かせながら飛翔し、【ボルカノ】へと直撃した。

 激しい爆風が巻き起こり、敵の発生させていた空間の歪みが消滅する。

 先程ぶつけられた衝撃でかなりエナジーを減らしていたらしく、フィールドを貫通した爆風が機体表面を焼き焦がし、

キャノピーへ亀裂を作った。

≪行けるぜ! ミカ! お犬の出番だ!≫

「――はい! パワーリソース投入! 召喚――」

 ブルーからの報告を聞き、ミカは素早く左手を天へ掲げる。

 それと同時に真横へ機械仕掛けの魔法陣が出現し、電流混じりの水蒸気が噴き出した。

≪衛! 召喚モンスターを呼ばせないで!!≫

 衛はアカツキの言葉に応じることさえせず、【ボルカノ】を操作した。

 機体ごと俯せになり、背部をミカの方へと向ける。

 そこにはロケット弾の発射口が幾つも備え付けられいた。

「――マルチロケット、発射ぁ!!」

 ボルカノの背部から次々に赤い炎が瞬き、そこから小型の無誘導ロケット弾が連続発射されていく。

 それは真っすぐミカへと向かって行った。

「――十九式蒸機軍用犬スチームアーミードッグ浅間アサマ】!」

 ――ウォォォォン……。

 遠吠えがどこからか聞こえ、黒い影が魔法陣から飛び出す。

 その影はミカの身体を覆い隠した。

 その一瞬後に、ロケット弾がミカのいた場所へと次々と着弾する。

 巻き起こる爆発の連鎖反応で真っ赤に周囲が染め上がった。

 衛は機体を起こしつつ、コックピットからミカの様子を窺う。

 着弾地点にはミカの姿は見当たらない。

「どこへ行った……?」

≪衛! 上ー!≫

「――っ!?」

 アカツキの声で衛は頭上を見上げる。

 そこに大きな影が見えた。

 鋼鉄のボディの軍用犬【浅間】、そしてその背に跨ったミカが一気にボルカノへと飛び掛かる。

「うわぁっ!?」

 浅間の突進をモロに受けたせいか、機体のバランスを崩し、そのまま砂地へと引き倒された。

 鋭い爪の付いた浅間の前足がボルカノの両腕へと叩き付けられ、装甲を貫いて食い込む。

 地面へ押さえつけるようにして拘束した。

 ミカの目にコックピット越しの衛の姿とアカツキの顔の映ったウィンドウが見える。

 必死に操作を行い浅間を振り払おうとしているのが見え、止めを刺すために更なる命令を"猟犬"へと下した。

「浅間ぁ!! コックピットを食い破れ!!」

『ガウッ!!』

 ミカの命令に応じて、浅間が鋼鉄の牙をコックピットのキャノピーへ突き立てる。

 少し亀裂の入っていた事もあり、一気に牙がキャノピーを貫通した。

 内部にいる衛に砕けたキャノピーの破片が降り注ぐ。

銃剣バヨネット装着! これで――終わりだぁぁぁ!!!」

 ミカは右手に構えた歩兵銃を両手で携え、下方へ突き立てようと構える。

 狙うは衛本体。歩兵銃の先端に装着された銀色の刀身が輝いた。

 だが――衛は突き立てられる銃剣を見て――口元に笑みを浮かべた。

≪衛ぅ!!! 今!!!≫

 アカツキの殆ど怒鳴り声と共に衛が叫ぶ。

「――パワーリソース全投入!!! 大召喚!!!!」

 浅間とミカ、そしてボルカノと衛の足元へ巨大な魔法陣が出現する。

 巨大な炎が描かれたそれは真っ赤な閃光を放ち、辺りを照らした。

(まさか最初から召喚カウンター狙――)

≪ミカっ!! 逃げろっ!!≫

 ――ゴウッ!!!

 ブルーの絶叫のような声と共に魔法陣から一気に火柱が立ち昇る。

 その業火は衛の乗った機体を飲み込み、それを組み敷いていたミカと浅間さえも飲み込んだ。

「ぐわぁぁぁああ!?」

『――バウッ!!』

 全身へ一気に襲い掛かるその熱気にミカが思わず悲鳴を上げた。

 主人を守るために咄嗟の判断で浅間が背に乗ったミカを振り払い、遥か後方へと吹っ飛ばす。

 ミカの身体は吹っ飛ばされた勢いそのままに砂浜を離れ、雪原へ投げ出された。

 軽く吹雪始めた雪原エリアは新雪が積もり始めており、幸運な事に柔らかい雪がミカの身体を受け止める。

 ――ボフッ……ゴロゴロ。

 身体全体に冷えた雪の感触があり、ダメージで身体が上手く動かない。

 それでもミカは何とか両手を付いて上半身を起こすとすぐさま顔を上げた。

「くっ……! どうなって――」

 視界の先に、舞い散る雪の向こうに巨大な火柱が見えた。

 まるで火山の噴火のように炎を吹き出している。

 そしてその中心に――衛の姿があった。

 炎を背に彼は半壊したボルカノを操縦し、ゆっくりと機体を起こす。

 魔法陣から更に炎が吹き出し、それが静かに巨大な人型を形作り始めた。

「荒ぶる軍神、顕現せよ! 軍神鬼【暁】! 僕に力を!」

 衛の呼び声と共にその人型は一気に実体化した。

 まるで神の怒りをその身に宿しているかの如く、全身を真っ赤に染め上げた山よりも大きい巨大鬼。

 まるで昔話から飛び出してきたような巨躯。

 頭部からは二本の角が生え、その目からは見るものを竦ませる威容を放っている。

 更に鎧を思わせる装甲板で全身を防護し、堅守さをアピールしていた。

 【暁】は足元にいた衛の乗ったボルガノへと手を伸ばし、拾い上げ、それを自身の胸元へと押し付ける。

 その巨大な手を放すとそこに暁のパイロットシートへ収まった衛の姿があった。

 観客のアバたちもその巨体に目を奪われ、言葉を失っている。

 あまりにも巨大すぎてリゾートエリアへ影さえ落としていた。

「あれが……彼の大召喚……」

 ――バウッ……。

 呆然とその巨大な鬼を見ていたミカの直ぐ近くで弱々しいながらも浅間の鳴き声が聞こえてくる。

 嬉々としてミカはその音の方を見た。

「浅間!! 無事だっ、た――あぁ……そんな」 

『……クゥゥーン』

 やっとの事で主の元へ帰参した忠犬。

 しかし力なく鼻を鳴らす浅間の姿はとても無事とは言い難かった。

 装甲は所々融け落ち、損傷している。

 前足も損失しており、三本足で何とか自立している状態だった。

 橙色のカメラアイから放つ光も既に消えかけ、明らかに限界を迎えている。

「浅間……ごめん。俺を守るために……」

 ミカが声を掛けると浅間は役目を終えたように伏せ、身体を雪原へ沈みこませる。

 しかし何時の間にか側へ寄って来ていたブルーがウィンドウ越しに非情な作戦を告げた。

≪――ミカ。作戦Oオスカーで行くぞ≫

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!! 浅間はもう限界ですよ!? これ以上は……」

≪おバカ。冷静になれ。雪にでも顔突っ込んで頭冷やすか? ……勝ちに行くならそれしかねえんだよ。

お犬に最後の仕事――任せてやれ≫

「……っ。わかりました……」

 ミカはブルーの言葉に顔を伏せる。

 やがて頷き、声を震わせながら浅間へ命令を下した――。







 様々な情報が適宜表示されているパイロットシート。

 そこへ座り込みながら衛は遥か眼下の"敵"を見据えた。

 砂浜を越えた先、そこの雪原。吹雪始めたその場所におぼろげながら倒すべき敵の姿を見つける。

 召喚防御の炎に巻き込んだ筈だったが、あの機械の犬を利用してギリギリのところで回避されてしまったらしい。

(完璧に焼いたと思ったのに。やっぱり……一回戦突破してくるだけあってしぶとい……。

でもそれでこそ……こっちだって全力で戦える……!)

 彼女は降雪の中、雪原をちょこちょこと動き回り、"何か"しているのが見えた。

 どうやらこちらを迎え撃つ準備をしているようだ。

 攻撃を仕掛けるために操縦桿を握り込むとオペレーターのアカツキの声が衛の耳に届く。

≪あの犬女……まだ何か小細工弄してるみたい。注意しないと……。それにあそこは雪原……暁には不利……分かってるよね?≫

 二足歩行の高身長のロボットである以上、足場の影響はモロに受ける。

 重量が二本の脚に集中する故に巨体は沈み、そして不安定になり、機体の操作難易度は格段に上がる……。

 それはロマンとリアルのせめぎ合いの中では避けられない命題だった。

 だがそれも理解して衛はアカツキの言葉に頷く。

「勿論……でも行くよ」

≪……ホント、オタクって夢ばかり見てる。多脚とかあっちのデカブツみたいにキャタピラにすれば

こんな苦労しなくて済んだのに≫

「それじゃ……僕のロボの好みとちょっと異なるから。嫌いじゃないけどね」

≪バカ――ここからが本番になるよ、衛。準備は良い? 後、もしもの場合は――"アレ"使って≫

「――うん。そう言えばさ……キミに言い忘れてた事があったよ」

≪え? 何よ、改まっちゃって……≫

「ありがとうって……言ってなかった」

≪は?≫

「それだけ。さぁ行くよ、アカツキ!」

≪ちょ、ちょっと待ってどういう事よ! 衛! 答えなさいよ!≫

 アカツキの言葉を無視し、衛は操縦桿を操作する。それと連動して【暁】の巨体が動き始めた。

 一歩前に進むごとに地響きが起こり、リゾートエリア全体を揺らす。

 ふと横目で側面監視用モニターを見るとそこに下方の観客たちが見えた。

 この軍神鬼【暁】へ声援を送っているアバたち。そこに見知った姿のアバが何人かいた。

 学校で初めて出来た友人たち。

 彼らが応援に来てくれている。

 こんな自分のために――。

(アカツキ……大鬼さん……! それに応援してくれるみんなの為にも――僕は勝つ!!)

「暁!! キミの怒りを……! 見せてやれ!!」

 衛は力強く操縦桿を動かし、敵の元へと前進を開始する。

 しかしそれを見越していたかのように雪原から巨大な水蒸気が立ち昇った――。





 ――ズシンズシンズシン……!!

≪ハハッ! 流石あっちも召喚タイプだけあって派手なこっちゃ! 

観客共も待ちくたびれてるだろうし、こっちも主役の出番だ、ミカ!≫

 ブルーのどこか他人事な声。

 既に巨人は雪原へと足を踏み入れ始め、こちらを打倒しようと向かってきていた。

「全く……! 勝手に盛り上がっちゃって! こっちはこんな土壇場で野良仕事やってるというのに!」

 最早地震と見間違うような地響きの中、全ての作業を終えたミカは顔を上げ、

悪態を吐きながら真っすぐにその巨大鬼を見据える。

 両手のグローブは雪を掘ったせいで水を吸い、すっかり湿っていた。

 距離感がおかしくなりそうな程巨大な相手。

 今までなら見ているだけで身体が竦んでしまいそうな恐怖を感じていただろう。

 だけど今は――こっちにも【大要塞】がいる。

 ミカの視界にパワーリソースが限界まで貯蓄されたことを知らせるウィンドウが出現する。

 両手を高く頭上へ掲げ、【要塞フォートレス】を招集した。

「パワーリソース全投入!! 大!! 召喚!!!」

 ミカの足元へ巨大な機械仕掛けの魔法陣が出現し、そこから一気に水蒸気が噴き出す。

 高熱の水蒸気は周囲の雪を融かし、一気にそこを池のように変えていった。

「来い! 一式重蒸気動陸上要塞【黒檜】ヘビースチームランドフォートレス・クロベ!」

 その呼び声と共に今、出来た池を割るようにして黒鉄の巨大移動要塞がせり上がって来る。

 一瞬池へ沈みかけたミカの身体を押し上げるようにして黒檜の甲板が現れ、その身体を持ち上げた。

 やりすぎなくらいに施された重装甲。

 空へ掲げられた砲塔群。

 雪原を抉り取らんばかりに鋭利な二対の巨大履帯。

 主に敵対するモノ全てを打倒し、主を打倒しようとするモノ全てから、主を守護する鋼鉄と暴力の権化。

 相対する【暁】とはまた違ったロマンで構成された製作者の誇大妄想と夢想の詰まった産物。

 現実的に考えればキャタピラの付いた要塞などあり得ない。

 要塞が移動するなどあり得ない。

 あちらの大型二足歩行ロボットと一緒で馬鹿げたモノ。

 仮想の中だけのモノ――しかしそれがどうしたと言わんばかりに黒檜は各部のパイプから水蒸気を吹き出し、

暴力的なまでの馬力を生み出すエンジンを駆動させた。

 その馬鹿げた発動機の出力は獣の雄たけびのように観客席のアバたちの元へと届き、

その身体を振動させ、否応無しにこれから起こる超ド級の戦いを想起させる。

 今、このバトルを見ている者たちと取って、目の前で起きている事はリアルだった。

 仮想現実だとかそんな事は既にどうでも良くなり、ただ刺激的で、熱狂的な、麻薬にも似た興奮に身を任せる。

 それは古来から続く、【観戦】という単純かつ明解な娯楽だった。

 自らの存在を誇示するかのように黒檜のレーダードームに備え付けられた赤色のカメラアイが世話しなく動き、周囲を警戒する。

 その瞳が正面にいる自身と同じ仮想の存在を捉えた。



 己と同じ仮想現実でしか存在し得ぬモノ。

 そして己と同じく主命に従い、"敵"を穿とうとするモノ。

 黒檜のカメラアイと暁の二つの眼が通じ合う。

 彼らはお互いに相手を認識し、ただ想った……――。


 ――俺たちはここに存在る――





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