【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア 『フィッシングゾーン』】
【――午前8時20分――】
普段は常に人が多く騒がしいプレイエリア。
それを考慮しても今日は何時にも増して人出が多かった。
夏祭りイベント期間が最終日とあってみな最後の一稼ぎや限定アイテムを狙いに来ている。
そんな中――プレイエリアの端。
少々喧噪から離れた静かな区画。
巨大なマグロの看板が掲げられ、少々地味目のホログラム文字で『フィッシングゾーン』表示されたその場所。
多種多様、気楽に楽しめる遊びの釣りから極めて現実に則した高難易度の釣りまで
千差万別に用意されている釣り用のアクティビティゾーン。
ここでも夏祭り中のイベント自体は行われており、
埠頭を模した釣り場や船に乗って沖釣りを楽しめるクルーズフィッシングには人影が多くあった。
だが――当然、そんな中にも例外はある。
釣り場が立ち並ぶ中の最奥。
そこに岩場に囲まれ、どこか秘境のような雰囲気を漂わせている最高難易度の釣り場『ヌシの潜む聖泉』があった。
滝から流れ込む透明な水が泉に流れ、水音が静かにささめく。
明らかに通常の釣り場とは違う厳かな空気があり、釣りに興じている人影も全く無い。
そもそも水音すらせず、その泉に魚が存在しているのかすら分からない。
そのあまりにも静寂過ぎる釣り場――その中の岩場の一つに胡坐を掻いて腰掛けている一人のバトルアバの姿があった。
軍服姿の少女。
どことなく覇気を感じられずどこか魂の抜けたような表情で釣り糸を泉に垂らしているミカだった。
「……はぁ」
ミカは水面に浮かぶウキを見ながら思わず溜息を吐く。
脇に置かれたビクには一匹の魚の姿も無く、空っぽだった。
別に釣果が零だから溜息を吐いた訳じゃない。
ただ……溜息が勝手に漏れた、それだけだった。
そもそもここへ来た理由も単に時間潰しという投げやりな物。
今日は閉会式が開催されるという事もあり、大会に参加したバトルアバたちはABAWORLD内で朝から待機することが通達されている。
ミカもそれに習って朝からログインしていた。
この時間帯は何時もの面子も流石にログインしていない。
それでも閉会式まで時間があり手持無沙汰だった。
そこで自分と同じように大会出場して待機中のバトルアバの知り合いたちと一緒に過ごそうと連絡を取ったのだが……。
『モフっ!? きょ、今日はちょっと用事ありますモフ! また後で!』
『申し訳ありません。所用がありまして……』
『すみません。臨時店舗の閉店で立て込んでいます。またの機会に』
『ごめんなさい……。僕も今日は準備があって……』
『わりぃっすけどちと用事があるっス』
『ごめんねぇ~。火急的な用があるんだ~プルルン~』
こんな感じでにリンダもゆーり~もリズ給仕長も牛戦鬼もネバ子も衛にも――にべも無く断られてしまった。
そして特にすることも無くアバたちの多いところを避けて彷徨っていたら偶然ここを見つけた。
そこで釣り竿を適当に買って、適当な場所を選び、適当に座って、適当に釣り糸を垂らしていた訳だが……。
あの獅子王との激戦から既に数日経っている。
熱がすっかり冷めきり、平静さを取り戻したのは良いがそれと同時に色々と困った事へ向き合う必要が出てきた。
「姉さんとの目標……守れなかったなぁ……」
王座で待つという目標。
それを達成することは叶わなかった。
相当滅茶苦茶且つ無理難題ではあったが、
残念ながら自分の姉が掲げた目標を達成出来なかった場合に手心を加えてくれるほど甘い人間では無い事を良く知っている。
こういう時は絶対に"来ない"。
ただある意味で振り出しに戻った――という程でも無い。
そう思って下方の水面を覗き込んだ。
そこには反射した自分の姿が鏡のように映っている。
あどけない顔付き。
灰色の髪。
重そうな軍帽。
スカートと上着が一体化した軍服のようなワンピ―ス。
今は耳と尻尾が生えていないので普通の少女のように見えるその自分の姿。
今まではエクステンドした時の犬耳軍服少女姿をそういうコスプレがコンセプトくらいに思っていた。
だが今は違う。
あれは間違いなく本当の姿から影響を受けた物だと確信していた。
脳裏に浮かぶ完全に獣と化した自分。
いくら自分が鈍い方でもあれがまともなバトルアバの姿で無い事くらいは分かる。
そして――このバトルアバの出所であるデルフォニウムがあの姿の事を知らない訳が無い。
(そろそろ……デルフォニウムと本格的に決着を付ける時が来たのかもしれない)
ABAWORLDの開発会社である『Delphonium』。
多分……彼らは自分の姉『板寺寧々香』の現在の所在を知っている。
理由は不明だがあの会社は何故か姉の行方を隠している。
大体こういう場合は後ろめたい事――つまりは犯罪行為などを隠している事が殆どだが……。
「正直、椿さんとか向日田社長さんが悪い事してるような人たちには思えないんだよなぁ……」
自分の人を見る目がポンコツなのかもしれないが、それを差し引いてもあの人たちが犯罪行為をしているようには見えなかった。
「結局……直接聞いてみるしか無い、か……」
閉会式が終わったら再びデルフォニウムを尋ねる必要があるかもしれない。
ただそれでも話してもらえるかどうか……。
「――よぉ。釣れてるかい」
不意に背後から声を掛けられる。
振り向くとそこには――。
「あれ……556、さん?」
純白の骨格。
黄色い麦わらのソンブレロ。
歩く骸骨のアバ『556』。
彼が自分の後ろに立っていた。
「こんな朝早くからどうし――って。何ですかその……恰好?」
556の恰好の異様さに思わずミカは尋ねてしまった。
彼は真っ白の骨の上にしっかりとしたオレンジ色のライフジャケットを羽織り、
更に明らかにこちらの釣り具とはお値段が三段階くらい上そうな装備をしている。
仮想現実でするにはあまりにも本格的過ぎる服装であり、ミカは目を丸くしてしまった。
「何って釣り人の正装だよ! 準備は大事だからね!」
556はそう言って自分の姿をこちらへ見せてくる。
「いやー。それにしてもミカちゃん惜しかったね! ボクも決勝見てたけどすっごい興奮したよ!
騒ぎすぎてお隣さんに怒られちゃったくらいさ! 今回はダメだったけどミカちゃんの初ファンとしては
これでへこたれずに次も頑張ってほしいね、にゃはっ! 今日もちゃんと"行く"からね!」
そのまま彼は椅子やらビクやらをミカの隣に設置し始めた。
適当に釣りをしていたこっちと違って本気で目的の獲物を狙っているらしく何時になく真剣な様子を見せている。
その気合の入りっぷりに驚いたミカは一旦竿を岩の上に置き、流石に彼へ話し掛けずにはいられなかった。
「あ、あの……一体何を釣ろうとしているんですか……?」
「それは当然――この泉のヌシ『セイレイリュウオウ』さ!」
556は全身の骨をカラカラと鳴らしながら力強く宣言する。
そのまま彼は泉へと目を向け、語り始めた。
「ヤツはこのフィッシングゾーンの言わばラスボス……! 超高難易度のターゲット!
ABAWORLDの釣り人たちにとって憧れの存在なのだ!」
「そ、そんな存在がこの泉にいたんですね……。私、何も知らずに適当に釣り糸垂らしてましたよ……」
人気が無いからなどという適当な理由でこの釣り場を選んだミカにとってそんな話は初耳だった。
(もしかして人がいないのもそのせいなのか? さっきから何も釣れないし……)
ミカが困惑気味に話を聞いている間も彼は力強く話を続けていく。
「ふふふ……知らないのも仕方ないさ! なんせヤツは八年ほど誰にも釣り上げられていないからね!
存在自体を忘れ去れていたようなヤツだよ! 『セイレイリュウオウ』は!」
「は?」
まさかの八年というあり得ない数字を出されミカは思わずボケた声を上げてしまう。
これが現実の釣りだったらまだあるかもしれない数字だが、これは一応釣りゲームに分類されるアクテビティだ。
流石に年単位で釣れていないというのは何かがおかしいのでは無いかと思った。
それに八年だ。
確かABAWORLDは今年で丁度八年目。
つまり――これが実装されてから……誰も釣れていないのだ、そのヌシとやらは。
「あの……それって実装されてないとか何かしらのバグの可能性……あるんじゃないですか?
だってこれ一応釣りゲームですよね……? そこまで釣れない魚って本当にいるんですか……?」
寧ろ現実の釣りと違って何時でもプレイ出来る関係上、そのヌシとやらに挑戦しているプレイヤーは決して少なくない筈。
それなのに釣れていないというのは……。
存在自体を疑い始めているミカに556は真っ白な指の骨を見せて左右に振る。
「チッチッチ……。皆そう言うのさ。でもボクはその存在を確信しているよ。何せ一度はこの竿に掛ったからね」
「え!? それって釣れたって事ですか!?」
ミカが驚いて聞き返すと彼はその時の事を思い出すように水面を見つめる。
「大体四年前くらいかな……嫁さん――あっ! 実はボクの嫁さんバトルアバやってんだよね!
ただ海外勢ってヤツだからあんまり日本に居ない――あっ。ABAWORLDじゃなくて現実のね。
その嫁さんとABAWORLDで久しぶりに会った時にここへ来てね」
彼は話しながら自身の釣り竿を準備し始める。
こちらの竹製の簡素な物と違い本格的な釣り竿だった。
「そこで他のフレンドたちも呼んで一緒に世間話しながら釣りしていたら――な、な、なんと! ヤツはボクの釣り針に喰い付いた!」
556は身振り手振りを大げさにしながらその時の激闘を語っていく。
「ヤツの巨大な魚影が見えた瞬間、ボクは心臓が跳ね上がった! 噂では『セイレイリュウオウ』を知っていたからね!
そこからは嫁さんもフレンドたちも協力して何十分もヤツと死闘を繰り広げたのさ!
ただ……死闘の果てにボクの釣り竿は圧し折られ、ヤツには逃げられてしまった……」
残念そうに顎の骨を揺らす556。
相当悔しかったのか空洞でしかない筈の目の穴から悲し気な光が見える。
「逃がした魚は大きかった……。ABAWORLDの伝説になる瞬間をボクは逃してしまった訳さ……。
それでも未練はある……! だからこそボクは定期的にこの泉へ来てヤツへ挑戦してるぜい!」
「なるほど……そんな理由があったんですね。因みにそれから針に掛る事はあったんですか?」
ミカの言葉に556は腕を組んで唸る。
「うーん……。ダメなんだよねぇ。魚影すら見えなくてさー。凄い身も蓋も無い情報になっちゃうけど
解析とかでこの泉から釣れる釣果の欄に『セイレイリュウオウ』って魚のデータが存在してるのは発覚してるんだよね。
だから確実にいるにはいるんだけど……」
「あっ。そ、そんな方法で存在自体は確定してるんですね……」
非常に身も蓋も無いゲームらしい存在証明だった。
ただ、現実のヌシのように存在が不確かじゃない分マシかもしれない。
(でも……八年釣れないんじゃマシでも何でも無いか……。というか設定ミスなんじゃないのか、やっぱり)
「どうも出現条件みたいのがあるらしくてそれだけは完全に秘匿されててリークでも分かってないんだ。
最近は挑戦自体する人も少なくなっちゃってね……。でもボクは諦めないよ! 諦めなければ必ずまた会える! そう信じてる!」
556はそう言って意気込みを込めるように腕の骨をカラーンと鳴らした。
彼の非常にポジティブな姿勢を見てミカはふとその言葉を反芻する。
(諦めなければ……必ずまた会える、か……。俺も諦めなければ――また姉さんに会えるかなぁ?)
556とヌシの関係に何となく自分の姉の事を重ねた。
謎の魚と重ねられた事を知ったら間違いなく姉は眉を顰めるだろうが……。
それでも――出来るだけポジティブに考えていこうと思った。
(……それまで出来る限り誰かの願いを叶えていこう。そうする事によって俺も多分、前に進め続けるだろうし……)
――カタッ。
不意に岩場へ置きっぱなしだったミカの釣り竿が音を立てた。
「おっ。ミカちゃん、掛ってるぜぇ」
「あっ! ホントだ……」
556にそう言われミカは慌てて釣り竿に手を伸ばした。
竿を持ち直して水面の方へ目を向ければ確かにウキがプカプカと上下している。
「ここって普通の魚もちゃんと釣れるんですね」
「ニャハハッ! そりゃそうだよ! それでも最高難易度の釣り場だから難しいけどね。ほら! ボクの言う通りにやってみな!」
556に指図されるがままにミカは釣り竿を操っていく。
何年もここでヌシと戦っているだけあって556の指示は的確だった。
それを素直に聞いていたお陰で素人であるミカでも何とか魚と渡り合え、やがておぼろげながら水中に魚影が見え始める。
「おっ! これはイワナだねぇ! 初釣果としては上々だよ!」
水中の魚影を見て慣れた手つきでタモを構える556。
ミカも初めてまともに釣れたこともあり、興奮を隠せなかった。
焦りながらも556に指示を仰ぐ。
「だ、大丈夫ですよね!? 逃げられませんよね!? このまま引っ張って良いんですよね!?」
「ははっ! ここまで来れば大丈夫さ。焦らずそのまま――」
ミカが釣り竿を大きく上げ、岩魚が水面に顔を出したその瞬間――突如水の底から超巨大な魚影が現れた。
「え!?」
「おぉ!?」
二人がその突如現れたその存在に驚愕し声を上げて固まる。
――ざばぁっ!!!
巨大な魚影は空中へと浮き上がっていた岩魚へと水中から一気に飛び掛かった。
空中を跳ねたその超巨大魚。
金色の鱗に竜のような長い二つの髭。
明らかに肉食魚類なのが分かるギザギザの歯。
透き通るような青い瞳。
紛れも無くそれは――ヌシの姿だった。
哀れな岩魚はその大口に一飲みされ、胃の中へ消えていく。
天へと高く跳ねたそのヌシとミカは一瞬だけだったが目が合った。
まるで意思があるかのようにその青い瞳を細める。
――ドッパァァァァンッ!
ミカの初釣果という獲物をしっかりと掠め盗り、序に釣り竿ごと泉へと引き摺りこんで
ご満悦な様子のヌシが空中から水面へと再び帰る。
その大質量によって生まれた衝撃は泉から凄まじい量の水を弾き飛ばし、それが556とミカへ豪雨のように降り注いだ。
それまでの静寂を打ち破ってどしゃ降りの雨中のようになる泉。
やがてそれも収まり、静けさを取り戻していく。
すっかり濡れに濡れた岩場の上で同じくビチョビチョの状態になった二人はヌシの消えた水面を見つめながらただ呆然と呟いた――。
「あれ、が……ヌシ……ですか」
「『セイレイリュウオウ』……ご健勝なご様子で……」
【ABAWORLD 居住エリア 『ミカ』のマイルーム】
【――午前10時12分――】
――ヒュウ。
「そう何度も何度も……!」
自分のマイルームへリンクで移動し、何時ものように中空から落下してきたミカは今度こそ綺麗に着地しようと顔を下に向けた。
しっかりと足元を見て着地体勢を取ろうとする。
「――えっ!?」
何故か落下地点にはテーブルがあり、更にその上には巨大なケーキが設置されており、着地どころの騒ぎでは無かった。
「ど、どうしてそこにケーキがぁぁ――」
――べちゃっ。
盛大に顔面からケーキが突っ込み、辺りへ白いクリームが飛び散る。
突如空中から現れ、何故か自分からケーキへダイブするミカを見て周囲で色々と準備をしていた仲間たちがピシリと固まった。
全員が困惑しながら顔を見合わせケーキの中で藻掻くミカに視線を集める。
暫くどうしたら良いか困っていたが少しして代表として『B.L.U.E』が前へと進み出た。
彼はケーキから伸びるミカのブーツを両手で掴み、引っ張り出す。
ズボっという音と共にクリーム塗れになったミカが引き摺り出された。
視界をフワッとしたクリームで覆われたミカはその隙間からブルーの碧いガラス玉の瞳と目が合う。
「……何か色々とすみません」
「お前って滑り知らずだよな、ホント。サプライズが台無しだぜ」
ブルーは呆れた表情を見せる。
「サプライズ? ――ってあれ? この飾り付けは一体……?」
ミカがケーキから抜け出て自分の脚でしっかりと立ち、改めて周囲を見ると自分のマイルーム内は何やら色々と飾り付けがされていた。
紅白の帯が何本も天井に釣り下げられ、カラフルな風船が何個も浮かんでおりまるで……何かをお祝いするような雰囲気となっている。
更にそんなに広くない部屋だというのに見知った顔たちが詰め掛けており、かなり狭くなっていた。
片岡ハムの面子。
それにABAWORLDで知り合ったアバたちとバトルアバたち。
今日は用事があると言っていたリンダやゆーり~、それにリズや衛とアカツキたちまでもいる。
皆、にっこりと笑顔を見せており(アカツキはちょっと顔を横へ向けて不満げにしているが)、こちらへ笑い掛けていた。
「え? あの……一体これは……?」
ミカが状況を全く分からずに困惑しながらキョロキョロと右へ左へ視線を動かしていると
横にいたブルーが一度咳払いしてから妙に仰々しく喋り始めた。
「えー。今日、この日バトルアバ『ミカ』殿を祝うために集まって頂いた片岡ハムの関係者及びファンの皆様……
そしてライバルやウチの司令官殿に敗北した負け犬のバトルアバ共……」
「誰が負け犬よ!! 衛に一回くらい勝ったくらいで調子乗るな! (ピー)オタク野郎!!」
「まぁまぁ……落ち着いてアカツキ……」
「負け犬とは散々言い方モフねー! ゆーり~は何時でも再戦出来るモフよ! 掛ってこんかい! モフ!」
「……私は一応ライバル枠という事でよろしいのでしょうか。まだミカお嬢様とは戦った経験がございませんが……」
「ハハハッ。負け犬呼ばわりとは憤慨ですねぇ」
「俺はライバル枠だぞ! 一回戦敗北したとは言え負け犬じゃないからな!」
「にゃはっ! 挑戦的だねぇ~。ネバ子は何時でも受けて立つよぉ」
そのブルーの失礼且つ荒い言い方に"一部"のバトルアバとその関係者から少々文句が漏れるが
それを気にせずブルーは口上を続けていく。
「この度、八月二十三日を迎え……バトルアバ『ミカ』殿は一つ大人となりました」
(あっ……。そうか今日は……)
流石のミカもそこまで聞けばこのお祝いが何を主題としているのか気が付いた。
今日は八月二十三日。
自分が産まれた日――誕生日だった。
正式に二十歳を迎える誕生日。
最近色々とあり過ぎて自分自身もすっかり忘れていた日。
「それでは主賓のミカへオペレーターであるオレ『B.L.U.E(ビーピリオド、エルピリオド、ユーピリオド、イーピリオド)』が皆様を代表してお祝いのお言葉をお贈りしたいと思います!」
ブルーはミカの方へと振り向く。
青髪を揺らし、満面の笑みを浮かべ、碧い瞳をキラキラとさせて彼は言った。
「誕生日、おめでとう……ミカ!」
それに合わせて他のみんなも一斉にミカへと祝いの言葉を贈る。
『誕生日、おめでとうー!』
「あっ、えっと、あの……」
こんな大勢に囲まれて自らの誕生日を祝われた経験など無いミカはどう対応して良いかわからず言葉に詰まってしまう。
「なーに主役がしけた面してんだよ! ほれ! 素直に祝われろ!」
まだ困惑しているミカの背をブルーが力強く乱暴に叩いた。
その勢いに押され、ミカはみんなの前へと出てしまう。
「わっ!?」
それと同時に皆がミカへとお祝いの言葉を投げ掛けてきた。
「おめでとー! ミカちゃん! 決勝見てたけど何か凄すぎてあたし訳分かんなくなっちゃった! とにかく凄かった!」
「……惜しかった……ですね……。次は……頑張って下さい……」
着物を着た獣人のアバ『樫木』と修道女のアバ『リリー・リリス』。
「にゃははっ! 誕生日おめでとさん! まさか釣り場にミカちゃんいると思ってなかったから
内心ドキドキしてたよ。このサプライズがバレなくて良かったね!」
頭のソンブレロを揺らして笑う骨格標本のアバ『556』。
「ミカ姉ちゃんハタチおめでとー! プレゼントも用意してるから後で受け取ってね! あっ! 現実の方だよ!」
自分の事のように喜んでいる白子虎のアバ『マキ』。
「みんな……。わ、私なんかのために……こんな盛大なお祝いして頂いて……」
「ハハハッ! 知ってるか、ミカ。こういうので祝われる度にネット依存性になるんだぜ」
「アホ言って水差すんじゃないわよ、青髪」
「おめでとうございます、ミカさん。大会惜しかったですね……」
「ふんっ……。泥棒犬も獅子王相手じゃきつかったみたいね。一応、社交辞令でおめでとうと言っておくけど。あっ!
こっちも顔出したんだから衛の誕生日の時も顔くらい出しなさいよね!」
ミカは皆からの暖かい言葉に思わず感極まってしまう。
どうも最近、涙腺が緩い。
何とか泣き出しそうになるのを押さえていると横からブルーが口を挟んできた。
「まー。本来、この後ケーキへ灯した蝋燭を一気に吹き消してもらおうと思ってたんだけど……これじゃあなぁ」
ブルーはそう言って困った様子ですっかり潰れ、崩壊したケーキへ目をやる。
故意では無いとは言えそれを破壊した張本人のミカは涙も引っ込み、申し訳なそうに顔を俯かせた。
「……申し訳ありません。折角用意して頂いたのに……」
会場設置担当のムーンがミカへ気にするなと言わんばかりに目を光らせて声を掛ける。
「気にしなくて良いわよ。これが現実だったらおじゃんだけど仮想現実だから再設置すれば良いだけだし」
ムーンが指をパチッと鳴らす。
するとあっと言う間に崩壊したケーキは消失し、ミカの身体を汚していたクリームも消えた。
「折角だしもうちょっと豪華なの設置しようかしら――あら?」
室内に誰かがリンクで現れる。
「いやはやすっかり遅れました。皆様、申し訳ありません」
鹿頭のショーマン『Mr.36』だった。
「36さん!」
「お久しぶりです、ミカくん。この度は誕生日おめでとう」
ブルーがその姿を見て少々口を尖らせつつ口漏らす。
「なんでぇ鹿頭。連絡入れたのに返事無いから相撲レスラーみたいに用事あって来ないと思ったぜ。どこで遊んでたんだ?」
「海外の方の大会にコメンテーターとしてお呼ばれしていまして……。
来られるか分からなかったのですよ。ですが……! こうして来たならば盛大にミカくんのバースデイを祝わせて頂きます!」
大きな角を降ろして一度を頭を下げた後、ステッキを取り出して空へと向ける。
ステッキの先から一気に様々な色のシャボン玉が放出され、それが辺りへ漂っていく。
シャボン玉の一つ一つの表面に何か映像が映し出されており、その一つがミカの方へプカプカと近付いていった。
「あっ……。これ……36さんとバトルやった時の……」
そこには自分が36とクイズバトルをしている時の映像が流れている。
丁度あの謎の化け物に喰われるシーンであり、あまり良い映像とは言えないが……。
「へー。こっちは最初にウルフとやった時の映像じゃん。すげーな、こんな事も出来んのか」
ブルーの見ているシャボン玉には一番最初にウルフと戦った時の映像が流れていた。
シャボン玉は周りにいる人たちの前にも漂い、皆それを眺め口々に感想を漏らす。
「やだ。あたしが(ピー)教師とやりあった時のバトルもあるじゃない……。
しかもカフェでバトル見てるあたしもしっかり映ってるし……」
「懐かしき光景です。流石アミューズメントタイプ……多芸ですね」
『m.moon』と『リンダ・ガンナーズ』が自分たちの前へ来たシャボン玉を見てお互いに目を光らす。
「おぉ! これワシらも映ってるやん! ほれ! 大吉も出てる!」
「なんでワイがちょうどミカちゃんに進言してやらかした時やねん……。コウちゃんチョイス酷いわ」
シャボン玉の映像を見て喜ぶ『トラさん』に渋い顔をする『ラッキー★ボーイ』。
「ミカくんとの"初めて"ちゃんとあるモフ! あの時は激戦だったモフ~」
「その言い方はアイドルアバが使って良いもんじゃねえなぁ……ゆーり~さん」
自分とミカの戦いを見る相変わらずモフっとしている『ゆーり~♥♥モフキュート♥』と
問題発言に顔を顰める巨漢の牛獣人『牛戦鬼』。
「なるほど。アミューズメントタイプはこういった趣向も出来るのですね。お客様の誕生日会の時に今度依頼してみましょうか……」
「プルル~ン♪ こうして見ると短期間に戦いまくってるねぇ~。流石"狂犬のミカ"とフォーラムで呼ばれてるだけはある……」
給仕服姿の『アーマーメイド・リズ』とピンク色の人型スライムの『緑黄色ネバ子』。
「本来は結婚式などにお呼ばれした際に使う演出ですが、こういった使い方もあるのです!
このMr.36が厳選し編集したミカくんバトルコレクションと言った映像たち!
どうぞ! ミカくんの激闘の日々を皆様ご観覧下さい!」
皆が映像を見て盛り上がる中、ミカはそのアバたちの中からある人を探す。
暫く見回してもその姿を見つけられずミカは内心落胆した。
(やっぱり……来てないか……)
「ブルーさん、あの……」
ミカが隣のブルーへ声を掛けると彼はこちらの聞きたい事を察したのか頭の上で腕を組んで少々気まずげに応えた。
「残念ながら連絡取れなかったぜ、魔女殿とはな……。そもそもログインもしてねえし何やってんだあいつ?
大会参加者だから今日はずっとログインしっぱなしの筈なんだがなぁ」
「そう、ですか……」
ミカは残念そうに俯く。
あの日、カジノエリアで最後に見た時のガザニアの姿。
肩を震わせながら立ち去る彼女の姿。
(多分……泣いてた。俺が負けた時みたいに……。悔しくて……辛くて……)
彼女はまだウルフとの闘いから――立ち直れていないのかもしれない。
(でも……ガザニアさんならきっと立ち直る。誇り高い竜の魔女だ。きっと……いや絶対……!)
ミカが一人そう確信していると横のブルーが何かに気が付いて部屋の端の方へ視線を送っていた。
誰かがリンクでこの部屋に移動しようとして来ている。
「あぁん? 誰だ? もう来てないヤツはあの相撲レスラーくらいしか居ねえ筈だ……ぞぉっ!?」
そのリンクで現れた人影を見てブルーが素っ頓狂な声を上げた。
その声に他の皆も気が付きそちらを見る。
現れたのは一人ではなく数人の集団だった。
どこかで見たようなスーツ姿のアバたち。
その集団の正体にバトルアバたちは直ぐに気が付いた。
「モフッ!?」
「これは……。驚きましたね」
「げぇっ!? ど、どしてここにいるんスか!?」
「ぶふぉぁっ!? えぇ!? なんでいるの!?」
何しろ現れたのは自分たちの"上"にいる者たちだ。
慌てたようにバトルアバたちが姿勢を正していく。
現れたスーツ姿のアバの一人が右手を上げて元気よく困惑している皆へ声を掛けた。
「やぁ! プレイヤーのみんな! 今日もABAWORLD――楽しんで頂けてるぅ?」
顔のヒマワリを回転させながら大企業の社長とは思えぬフランクさで喋るその人。
そこにいたのはデルフォニウム現社長『向日田理人』だった。
『しゃ、社長ぉ!?』
流石に他のアバたちも向日田の顔というかそのヒマワリ顔を知っている。
その突然の訪問者に色めきたつアバたち。
「ちょ、この人デルフォのシャチョーさんだよね!? なんでいるの!?」
「……見た事は……あったけど……。本物に会うのは初めて……」
「おぉぉ! ボクもデルフォの社長さんと直接会うのって初めてだよ! 嫁さんに自慢しなきゃ!」
「うぉっ!? こ、これワシもちゃんと挨拶せなあかんのかっ!? 名刺今無いで!?」
「へぇ……。確かに声、親父に似とるな」
困惑する一同。
ミカもその突然の来訪者に驚き、戸惑っていた。
(向日田さんがなんでここに……!?)
向日田の背後には他にも見覚えのあるスーツ姿のアバたちがいる。
三人の緑髪のアバ。
今まで色々世話になってきたツバキ。
自分を冤罪で拷問したヤナギ。
それに……開会式で双子たちと死闘を繰り広げたイバラとかいうバトルアバだった。
向日田は急に現れた自分たちの雇い主に畏まっているバトルアバたちへも声を掛ける。
「ハハッ。バトルアバ諸君もそんな畏まんなくって良いよー。別に注意とかしに来た訳じゃないからさぁ。
それにちゃんとファンサしてるみたいだし寧ろ褒めてあげたいくらいだからね! さて――ミカくん」
「え? あっ、はい! なんでございましょうか!?」
突然、話し掛けられ哀れなくらい動揺するミカ。
その姿を見ても向日田は気にした様子をカケラも感じさせず、言葉を続ける。
「誕生日、おめでとう! これで大人の仲間入りだね!」
「あっ……は、はい。あ……ありがとう、ございます……?」
他意を感じないストレートなお祝いの言葉だった。
少し前まで自分がデルフォニウムへの疑念を持っていただけにミカはどう反応して良いか分からず言葉に詰まる。
「細やかだけど僕からスペシャルなプレゼントを用意させて貰ったよ! みんなで"食べて"ね!」
その言葉と同時に後ろで待機していた三人の社員が前へと出てくる。
彼女たちが両手を上へと掲げるとそこに巨大な銀色の皿が突如出現した。
銀色の皿を頭の上で支える三人。
更に空中から何かが現れその皿へと落下し始めた。
――ドンッ!
衝撃音と共にその皿の上に巨大な……とても巨大な"ケーキ"が乗っかる。
色取り取りの菓子製の花があしらわれた超巨大なフラワーケーキ。
ミカの身長を越える山のようなケーキ。
尋常ではない大きさのバースデーケーキを目にして、皆完全に固まっていた。
女性社員三人は少々重そうにのそのそとその銀色の皿をミカの前へ運んでいく。
「どうぞ、ミカ様」
「どうぞ~ミカ様」
「……どうぞ、ミカ様」
「――へ? うぉっ!?」
その社員たちが容赦なく皿ごとケーキをミカへと押し付けてきた。
いきなり皿を押し付けられたミカは咄嗟にその皿を両手で支える。
しかしバトルアバの強化された筋力を持ってしても、持つのが困難なほど凄まじい質量をケーキは持っていた。
「ぐぬぬっ!!? ぬぅ!?」
(おもっ! 重いぃ!! なんじゃぁぁぁぁこりゃぁぁぁぁ!?)
顔を真っ赤にしながらケーキを落とさぬように必死に踏ん張るミカ。
だがケーキは相当な重量が設定されているらしく、耐え切れず徐々に腕が下がって皿が斜めになってくる。
「く、倉さん! ヤバい!」
「――分かっています」
「私も手伝いましょう!」
「衛! ボーっしてないであんたも行くの!」
「え!? あっ! うん!」
状況を察したリンダと牛戦鬼とMr.36、そしてアカツキに小突かれた衛が颯爽とミカの元へと駆け寄る。
急いで皿の下へと手を差し入れ、それを支えた。
だが――。
「うぉっ!? なんすかこれ!? めっちゃおもっ! 重すぎるぅ!」
「くっ……! これはかなり中身詰まってますね……!」
「おぉ!? ヘビーですよ! コレ!」
「――す、凄い重い……!?」
その予想外の重量に四人の顔もあっと言う間に苦悶の表情に染まる。
「おっと! 男の子が五人も揃って情けねーモフ! しょうがないからゆーり~も手伝うモフ!」
「凄いのが来たね……。ネバっと!」
「私もお手伝いを……」
事態を重く、ケーキを予想以上に重く見た他のバトルアバたちも一斉に皿へと駆け寄っていった。
直ぐに皿へ手を伸ばし支えようとする。
「モフッ!? こ、これ重いってぇっ!? なんでこんなに重いの!?」
「えぇ!? 何これぇ!? う、腕がぁ!」
「バ、バトルアバの筋力でもこれだけ重く感じるとは……」
一瞬でそのバトルアバたちの表情も歪み、必死になって皿を支える。
その姿を見て向日田社長は上機嫌な様子で笑い声を上げた。
「アハハッ! 特別製だからね! ちょっと重いかもね! なんせスペシャルだから!」
それから苦しむバトルアバたちを見て呆然としている普通のアバたちへと振り向き声を掛ける。
「それではユーザーのみんな! 常日頃からABAWORLDをプレイしてくれてありがとう!
この後も閉会式あるから是非参加してねっ! 今回は重大発表もあるから是非来てくれると嬉しいよ! それではまた会おう諸君!」
さりげないプレイヤーへの感謝を見せつつ向日田は手を振ってその場からパッと消えた。
続くように三人の女性社員の姿も消える。
後に残されたのは唸りながら必死に皿を支えるバトルアバたちとどうして
良いかわからず口を開けたまま呆けているアバたちだけだった。
「バトルアバ八人掛かりで持つのが精いっぱいってどんな重さだよ……。つーかそれを三人で持ってたあの社員たちは何者だよ……」
ブルーが目の前に鎮座する小山のようなケーキを見て呆然と呟く。
「と……取り合えず床に降ろしましょう……! 下手に移動すると耐えられません……!」
紫色の瞳を苦しそうにチカチカと点滅させてリンダが他のバトルアバたちにそう促した。
「わ、私が合図します! そしたらゆっくりと降ろしましょう!」
ミカがバトルアバたちに声を掛けて指示する。
皆はそれに従ってお互いに声を掛け合ってタイミングを待った。
「指挟まないようにするっス!」
「ネバ子なら潰れても大丈夫だから最後まで支えるよー!」
「リズさん! スカート引っ掛かってますよ!」
「あら。ご親切にどうも、衛様」
「――行きますよ! せーのっ!」
ミカが大きな声でそれに合わせてゆっくりと皿が下へと降ろされていった。
――ズゥゥゥゥン……。
ケーキと思えぬ地響きと共に皿が地面へと着地する。
それと同時にバトルアバたちは一斉に皿からパッと離れた。
ちょっと遅れて皿が落下する際の衝撃を吸収するために潜り込んでいたネバ子が皿の下からスライム状になって染み出してくる。
その超質量から解放されたバトルアバたちは皆荒い息を吐いていた。
やっと落ち着いてきた場の空気を感じてそれまで遠巻きに見ていた他のアバたちもケーキへと近付いてくる。
改めて間近でその巨大さを目撃し皆、目を奪われていた。
高さ五メートル。
横幅十メートル。
ケーキというよりは小麦粉の暴力というべきその御姿。
しっかりと上には花をあしらった砂糖菓子が置かれており、
色鮮やかではあるのだがそれをまともに見ることが出来るのは身長が高い牛戦鬼くらいだった。
トラさんが恐る恐るケーキへと近付き、そのクリームが塗られた表面をしげしげと見つめる。
少し黄色味が掛り、生クリームより少々硬度のあるそれを見てポンと手を叩いた。
「おぉ。これバタークリームケーキやん。今時バタークリームなんて中々渋いチョイスやな」
「バタークリーム?」
ミカが聞き慣れない言葉に首を傾げるとリズが横から補足するように説明してきた。
「生クリームでは無く、バターにメレンゲや全卵を混ぜてクリームにした物ですね。
濃厚な味わいと舌の上で溶ける触感が特徴です。もっとも……この仮想現実でそれらを味わうのは残念ながら無理ですが」
そう言って眼鏡を光らせながらケーキを見つめるリズ。
ミカも釣られてケーキへ視線を送る。
相変わらず凄まじい存在感を放っており、本来感じない筈の甘っとろい匂いさえ漂ってくるように錯覚した。
流石に困り、皆に対処法を尋ねる。
「こ、これどうしたら良いんでしょうか? 部屋に飾っておくにはちょっと巨大すぎますよ」
「取り合えずさー。お前がこれをパクつく姿をSSに撮ろうぜ。フォーラムに誕生日の写真も上げなきゃだし。
片付けるのはそれからで良いじゃねえか。やっぱ女がケーキ頬張る姿はウケ良いぜ、ハハハッ!」
ブルーが笑いながらそう言うと一部の"映え"重視の方々が自分も混ざると言わんばかりにミカの方へ寄っていった。
「マキもミカ姉ちゃんが食べたら一緒に写真撮りたいー! 学校の友達に見せるー!」
「あー! あたしも撮る! というか映らせて! こんなおっきいケーキ現実じゃ絶対見れないし!」
「モフっ! ゆーり~も撮りたいモフ! これは今日のSNSで"映え"まくるモフよ!」
「お前らは後だ後! 取り合えず主役殿が喰ってから! ほれ、フォーク」
ブルーは前へ出てくる彼女たちを制してからミカへとこれまた巨大なフォークを手渡してきた。
その人を軽く叩き殺せそうな凶器同然のフォークを両手で受け取り渋い顔をするミカ。
「……スコップみたいなフォークですね。これで"掘る"んですか?」
「おバカ。"食べる"んだよ。ほれ、さっさと削岩しろ」
「……結局掘り進むんじゃないですか」
ミカは両手でフォークを構え、ケーキの側面へと向ける。
そのままゆっくりと先端を差し込んでいった。
固めのクリームを貫いて内部の柔らかいスポンジへと辿り着く。
(何かホント掘ってるって感じだなぁ……)
抉るようにフォークを引き抜き、クリームの付いた拳大のスポンジを引っ張り出した。
巨大さに圧倒されて分からなかったがどうやら本当にしっかりと"ケーキ"のようで
フォークに刺さったスポンジにはクッキーやチョコチップが混ざっており、食べた時の触感なども大事にしているようだった。
ミカはフォークに刺さったスポンジを自分の口元へと持っていく。
周りでは皆がちゃっかりSSを撮る準備を終えており、ウィンドウを出して今か今かと待っていた。
「えーと……じゃあ頂きまーす」
自分の身体が少女の姿になっているだけあってあまり大きく口を開けず、
かなり小口になってしまう事に違和感を覚えつつも切り出したケーキの一部へ齧り付く。
――パクリッ。
軽い音と共に柔らかい部分とサクッとした部分の相反する二つの食感が口の中に伝わってくる。
そして――。
「――ん!?」
予想だにしない物を"舌の上"に感じ思わずミカの瞳が大きく開く。
舌を喜ばせる仄かな甘さ。
鼻孔をくすぐる香ばしい香り。
コクのある濃厚なバタークリームの味わい。
時折、甘さの中からそっと顔を出すチョコレートの渋い甘み。
本来ならばこの世界に存在しない物。
それを今、ミカは味わっていた。
(こ、これは……!? まさか……!?)
直ぐにスポンジへ齧り付いて二口目を口に運ぶ。
やはり仄かな甘さが口の中に広がり、更に今度はチョコクランチと思わしきカリカリとした食感と
チョコ特有の苦みを伴う甘みが舌を楽しませた。
やはり勘違いでは無い。
このケーキには――"味"がある。
「ブ、ブルーさん! これ! 味! 味ぃ!!」
衝撃のあまり語弊が著しく少なくなったミカは隣でSSを撮っていたブルーへ喰い付くように話し掛ける。
「あぁん? 鯵がどうした?」
「鯵じゃないですって! 良いですからこれちょっと食べてみてください! ぶったまげますよ!」
「はぁ?」
興奮しながらケーキの刺さったフォークをブルーへ差し出すミカ。
ブルーは明らかに懐疑的な視線を向けながらも躊躇いがちに指でケーキのクリーム部分を掬い取りそれを口に運んだ。
「――っ!?」
一瞬後にブルーの顔色がさっと変わる。
碧い目を見開き、驚愕したようにフォークに刺さったケーキを二度見した。
今度は躊躇わずにケーキへと齧り付く。
暫くモゴモゴと咀嚼してから目を見開いて彼は叫んだ。
「おぉぉぉ!? こ、これ味があるじゃん!? しかもウマっ!」
「ね!? そうでしょ!? これ味ありますよね!?」
「ど、どういうこっちゃ!? つーかどうなってんだ!?」
ブルーとミカは最早口元にクリームが付くのも気にせずケーキをバクバクと貪り始める。
ただ味がするだけじゃなく、このケーキはちゃんとケーキとしてもレベルの高い物だった。
コンビニで売っている安ケーキでは到底味わえないような深いコクのある味わい。
現実で買えばかなり高級なケーキに属するタイプのケーキだと確信出来る逸品だった。
周囲も流石にそんな二人の異常な様子に気が付き、顔を見合わせながらケーキの方へと近付いてくる。
ミカはケーキを貪りながら集まってきた皆へ声を掛けた。
「み、皆さんモゴ! 食べてみてくだモゴモゴ! そうすれば分かりますから!!」
その言葉を皮切りに皆が恐る恐るケーキへ指を近付けようとした。
その少々マナー違反な行為を有能なメイドは見逃さず、異様な速度で移動するとケーキの前へ立ち塞がる。
「――どうぞ、皆様……こちらをお使い下さい。素手はお行儀が良くありません」
リズの手にはいつの間にかフォークやスプーンが並べられた盆があった。
皆、一瞬戸惑ったが直ぐにそのフォークなどを手に取って再びケーキへと向かう。
表面のクリームを少し取り、恐る恐る口へと運んでいった。
直ぐに全員の表情が驚きの色に染まる。
即、フォークやスプーンをケーキへと突っ込み思いっ切りスポンジごと取り出し口に運んでいった。
その場が驚きと動揺に包まれる。
何しろABAWORLDではこれまで食べ物に味は付いていなかったのだ。
食品系アイテムは食べると言ってもただ消費するだけ。
本当に味わえる訳では無い。
その常識が崩れた瞬間だった――。
「やぁん! 何これ~! ホントに味するぅ! しかもメッチャ美味しいじゃん!?」
「……どう……なってるのこれ……。確かにおいしいけど……。何だか凄い不思議な……感じ」
感動した様子でケーキを頬張る樫木とケーキを食べながらもどこか違和感を覚えているリリー。
「向日田社長の言う通り……確かにスペシャルな贈り物のようですね。いやはやとんだ隠し玉だ……」
「ヤバいわね……これ。マジでちゃんとケーキの味してるじゃない……。どんな技術よ」
どこに口があるのか分からないがしっかりとケーキを味わうリンダとムーン。
「お! お! おぉ! これ本当にどうなってんだぁ~!? ちゃんとケーキだよ!?
いやぁ~こんな新鮮な刺激を味わえるなんて驚いたねぇ!」
どう見てもケーキが収まるところがあるように見えないが口元をクリームだらけにして喜んでいる556。
「……ちゃんと味あるなんて……。海外企業のメタバースでもまだ味覚を再現出来たとこ無いのに……。恐るべしデルフォ……」
「凄い! 凄いよ、アカツキ! 本当に甘い! こ、これ幾らでも食べられちゃうよ!」
渋い顔をしながら一口ずつケーキを味わっているアカツキ。
その横でスプーンで猛然とケーキを食べまくる衛。
「いやこれマジでケーキやん。幾ら食っても胸焼けせんのは老人からしたら嬉しいけど……何か頭おかしくなりそうやなぁ。
食っても食っても腹は満たされんし」
「……実際に食ってる訳でも無いのに脳味噌は勘違いしそうやな、これ。不健康や」
微妙な顔をしながらもフォークでケーキを口に運ぶのは止めないトラさんとラッキー★ボーイ。
「美味しい~♥ 山盛りのケーキ一杯食べれてマキ幸せ……」
「うぉぉぉぉぉ! これならいくら食べても体重気にする必要無いモフ! 最高モフ!
あぁ……クリームの甘さがゆーり~のフワフワブレインに染み渡る……」
「美味しいよぉ……。このクッキー部分もサクサクだし、ホントどうなってるのぉ……?」
幸せそうな表情を浮かべながらケーキを頬張るゆーり~、マキ、ネバ子の三人。
「何か味に覚えが――これって結構高級なケーキが元になってますよね、ミス・リズ?」
「はい。恐らく……香坂製菓のブーケケーキかと……」
「やっぱり……。あそことデルフォは懇ろですもんねぇ」
ケーキを豪快に口へ放り込みながらリズへ尋ねる36。
リズはお上品にケーキを口に運びながら冷静に分析を行ってそれに答えた。
「うめえええええ!! 俺こんな美味いケーキ食べたの初めてっス! このバラの形したヤツとかもめちゃうま――ん?」
巨体を活かして一人、ケーキの上部へ手を出していた牛戦鬼が何かを発見して手を止める。
花の形をした砂糖菓子に花園へ埋もれるようにそれはあった。
牛戦鬼は"それ"を蹄で優しく掴み取るとブルーと一緒にケーキを頬張っているミカの元へと運んだ。
「ミカくん……これ」
口どころか灰色の髪にまでクリームを飛ばしてケーキを満喫しているミカに牛戦鬼はそのプレートを差し出す。
「へ? あっ……」
ミカはそのプレートを見て一瞬頬を引くつかせた。
濃い茶色のビターチョコレートで成形されたそのプレートには文字と見覚えのある人物のイラストが描かれている。
『我が愛しき仔犬へ♥ 愛を込めて生誕祭を祝おう♥ "お主"の親愛なる者、チルチル・桜より』
プレートにはハートマーク混じりのお祝いのお言葉と共に妙なセクシーポーズを取っている『チルチル・桜』の姿がチョコペンで描かれていた。
(チ、チルチルさんも一枚絡んでたのか……。そう言えばお菓子の会社だもんなぁ……スポンサー。納得というか何というか……)
「おい、裏面見てみろよ。まだなんか書いてあるぜ」
ブルーがそう言ってプレートの裏面を指差す。
ミカがプレートをひっくり返して裏面を見ると紅色のチョコペンで
『追記。このプレートはお主専用に拵えた物なので、他の者へ分けぬように♥ "お主"の愛しの吸血姫より♥』と書かれていた。
牛戦鬼もそのお主の部分がご丁寧に強調されている文字を見てミカと一緒に複雑そうな表情を浮かべる。
「これ……やっぱり私が食べた方が良いんでしょうか」
「……まぁ名指しされてるっスからねぇ……」
「……一応、私へのお祝いですもんね。無下にする訳にもいきませんよね……」
「これ食ったら何か変なモンとか入ってそうだな、ハハハッ! 次の日、牙生えてそうだわ」
「笑えないからやめてください……」
色々と観念した気分でミカはチョコプレートを口元へ運ぶ。
その表面に歯を当てて恐る恐る端っこをパキっと齧り取った。
一口食べて直ぐに舌へ苦味が広がる。
(苦い……な。かなりビター系だ……これ。でも――美味しいや)
不快にならない程度で、寧ろ仄かな甘さと合わさって美味しいと感じる絶妙な苦味。
プレートに書かれた甘っとろい文面に反してそのチョコレートは苦味が強くかなり大人の味だった……――。
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