(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第57話『今まで、すまなかった』

公開日時: 2022年5月8日(日) 00:00
文字数:11,437




【2056年8月23日】







【ABAWORLD MINICITY HANKAGAIエリア】





【――午後17時20分――】






 ――ベシャッ!

 中空から落下してきたミカはロクに受け身も取れずに繁華街エリアの道を転がった。

「ぐっ!?」

 決して少なくない衝撃が身体に伝わってくるがそんなことを気にしている余裕は無い。

 直ぐに身体を起こして立ち上がると遮二無二走り出した。

 バトルアバの強化された脚力を発揮し、ブーツで地面を力強く蹴っていく。。

 普段はアバたちが常に一杯おり、盛況な繁華街も閉会式の途中という事も人っ子一人居ない。

 誰も客の居ない状況でもNPCたちは接客を続けており、繁華街を訪れたただ一人の客であるミカを見て

何時もの定型文で話し掛けてくる。

『いらっしゃいませ! 新作アクセサリーが入荷しました!』

『寄っていくかい! 色々売っているよ!』

 ミカはそれを無視して全力で疾走していった。

 灰色の髪の靡かせ、スカートをはためかせながら無人の繁華街を駆け抜ける。

 普段は他のアバの迷惑になるので、街中を全速力で走るなんて事は絶対しなかったが、今日だけは別だった。

 目で捉えるのも難しいくらいの速度を出し、周囲の迷惑を顧みず繁華街を走り抜ける。

 周囲の景色を次々に後ろへ流していき、目的の場所へと向かった。

 何度も仲間たちとなんちゃって飲み会に利用したスナック『みっちゃん』の前を通り過ぎ。

 ムーンと出会った鍋料理『AOBA』の置き看板に身体を擦らせ。

 ガザニアと遭遇した道を駆け抜け。

 ブルーと初めて知り合った噴水を後にしていく。

 しかしミカは周りの事を気にしている余裕が無かったため気が付かなかった。

 何時しか繁華街エリアのNPCたちが走り抜けていくミカへ視線を集中させている事に。

 その視線は明らかに"意思"を持っており、NPCの物ではない。

 定型文を喋る事すらせず、ただ静かにミカへ観察するような視線を向けていた。

 まるで何かを見極めようとしているのか、物言わぬその"何か"たちはジッとミカを見ている。

 多くの視線が一人の"人間"へと集まる。

 その異様な空気が漂う繁華街をただひたすらにミカは走った。

 現実の時間とリンクした空が段々と薄暗くなり、それと同時に繁華街エリアの建物に備え付けられた煌びやかなネオンが輝き始める。

(――っ! あそこだ……!)

 ミカの目が目的の場所を捉えた。

 繁華街エリアの建物の一つ。

 煌びやかな建物が立ち並ぶ中で少し地味目の廃ビル風の建物。

「……はぁ……はぁ……」

 仮想現実だから本当に身体を動かした訳でも無いのに息を切らせながらミカはそのビルの前で足を止める。

 コンクリートで作られた灰色の素っ気ない建物。

 ところどころ壁が罅割れ、華やかな印象がないそのビル。

 これまた素っ気ない錆の浮いた鉄製の扉が一つだけ備え付けられていた。

 ミカは息を整えてからゆっくりとそのノブへ手を掛ける。

 指を絡ませ力を入れた。

(……回る)

 ドアノブは軋みながらもゆっくりと回り始める。

 一番最初の時は回らなかったノブが今は――回った。

 ミカは意を決してその扉を開き、中へと入っていった――。









【ABAWORLD MINICITY HANKAGAIエリア 対"量子生命体"想定性能試験ルーム】









 扉を抜けた先は見覚えのある薄緑一色の室内だった。

 だだっ広く野球場くらいの大きさがある部屋。

 自分が一番最初に降り立った時と何一つ変わっていない。

 今思えば……この部屋はデザイナーであるムーンなどが使っているテストルームや

デルフォニウムでツバキと戦った時の部屋に似ている。

(……ここはやっぱり普通のスタート地点じゃなかったんだな)

 部屋の中を見渡していくと中心に一人――人影があった。

 自分と同じ厳つい軍服ワンピース。

 女軍人と言った佇まいの女性バトルアバ。

 子供のような体形の自分と違ってちゃんとした大人の身長。

 その女性が風も無い部屋なのに長い赤髪を靡かせていた。

 ゆっくりとその女性が振り向く。

「来たか、ソウゴ」

 数か月ぶりにその声を間近で聞くとは言え、忘れる筈の無い声。

 ミカ――いや板寺三河はゆっくりと姉へと近付いていった。

 何か月も探し続け、やっと再会した自らの姉である板寺寧々香。

 現実の姿とは違えど目の前にいるのが自分の姉だと本能的に理解する。

 沢山聞きたい事がある。

 沢山話すべき事がある。

 だけど……いざ目の前にすると何も言葉が出てこなかった。

 何から話して良いのか分からず、どうにも困ってしまう。

 ソウゴが戸惑っていると先に口火を切ったのはネネカの方だった。

「今まで、すまなかった」

 ぼそりとそう呟く姉。

 彼女は静かに言葉をその口から紡いでいく。

「ずっと連絡もせずにいたのは悪かったと思っている。お前にも、母上にも――心配を掛けた」

 姉からの謝罪を聞き、妙に胸が締め付けられるような気分になった。

 これでも三人しか居ない家族だ。

 それが本心からの謝罪であると分かる。

 ソウゴは何とか絞り出すようにして口を開く。

「か……母さんには……連絡した……? 凄く……心配してたよ……」

「……先程一報を入れた。後で顔も見せに行く」

「そう……なら良かった」

 そこまで話した後、二人の間にまた沈黙が流れた。

 お互いに何か喋る事もせず、ただ突っ立ったまま二人で並んで佇む。

(……本当に何から話せば良いんだろうな……)

 取り合えず姉が無事だった事を喜ぶべきなんだろうとは思う。

 ただ……幾ら自分が単純な方でもそれだけで喜べる訳ではない。

 何故、ずっと姿を消していたのか。

 一体何時からデルフォニウムの一員として活動していたのか。

 そもそも就職先と言っていた会社にはどうしているのか。

 聞きたいことだけは山ほど頭の中に湧いてきて全く整理出来ていない。

 そんな事を考えている内に……また姉の方が先に口を開く。

「取り合えず……立ち話も何だ。座れ」

 そう言ってから右手を上げて指をパチンと鳴らす。

 すると簡素な椅子がソウゴの前へと現れた。

 促されるままにそこへちょこんと座り込む。

 何故か椅子は一つしかなく姉は突っ立ったままであり、自分だけ座っているのは非常に居心地が悪い。

「ね、姉さんは座らないの?」

「私は良い。どうせ仮想現実だから立っていて疲れる訳でも無い」

「そ、そう……」

(……俺も別に疲れないんだけどなぁ……)



「……誕生日。今日だったな」

「……え?」

「……これをやる。今年の誕生日プレゼントだ」

 そう言ってネネカは座っているソウゴへ右手を差し出した。

 その掌には緑色に輝く光球が浮いており、仄かな光を放っている。

 ソウゴはその光球を両手で受け取った。

 光球の仄かな光に照らされて視界が少し緑色に染まる。

「これは……?」

「バトルアバのタイプ変更用のパワー・ノードだ。これをお前のデザイナーに渡せ。そうすればマルチタイプへとアップデート出来る」

「あ、ありがとう……」

(マルチタイプってあのイバラって人が使ってたタイプか……。これ使うとお、俺もあんな姿になるのか……!?)

 ソウゴは戸惑いながらもパワー・ノードを受け取り、自身のストレージへとしまい込んだ。

 それを仕舞いつつ姉へと尋ねる。

「でも姉さん……俺、優勝出来なかったのに……。約束守れなかったのにどうして会いに来てくれたの?」

 ネネカはそれを聞いて一度眉顰めてから如何にも存ぜぬという様子で言った。

「……何の話だ。知らんぞ、そんな約束」

「え」

 姉の反応を見てソウゴが思わずボケた声を出す。

 ネネカは少し首を傾げていた。

「私は"王座で待つ"としか書置きを残していないぞ。お前には大会参加くらいしか求めていなかったが……

ツバキにも大会へ参加を促せ程度にしか言伝をしたつもりは無い」

「えぇ……」

 困惑していると姉は少々呆れ気味に続けた。

「大体、バトルアバを始めて半年も経たない半端者に対して優勝などという不相応な目標を掲げる訳が無いだろう。

それでも準優勝という栄冠には輝いたんだ。一応、褒めてやる」

(お、俺の苦労は一体……)

 褒められるのは悪い気分では無いがそれでも脱力するように全身の力が抜けていった。

 色々とショッキングな出来事が続いたこともあり、ソウゴは思わず膝から崩れ落ちそうになってしまう。

 そんなソウゴを特に気にした素振りも無くネネカは少し改まって話始めた。

「ソウゴ。この世界――……ABAWORLDは楽しめたか?」

「……え? 楽しめたかって……」

 ソウゴが聞き返すとネネカは言葉を続けた。

「"私"が作ったこの世界……楽しめたのかと聞いている」

 こちらをその瞳で静かに見つめながら答えを待っている。

(楽しかったと言われても……)

 この異世界みたいな世界へ来て本当に色々な事があった。

 色々な人と出会い、色々な戦いを経験し……。

 時には怖い目にあったり、時には悔しい事もあったり……。

 それでも……。 

 この数か月間は充実していた。

 最初は怯えていたアババトルも回数を熟す内に怖さよりワクワクが勝り、

相手をどうやって攻略するのかをブルーや皆と考えつつ話し合うのが楽しかった。

 夜遅くまで話し込み、次の日バイトに遅れてしまうなんてこともあった。

 ABAWORLDにいるアバたちも独特な人ばっかりだったけど一緒に遊んだり、

彼らに自分の行ったアババトルの感想を聞かせてもらうのも楽しかった。

 自分のした行動が第三者に評価されるというのがこんなにも嬉しくもむずがゆい物だとは思わなかった。

 でもそれは決して嫌では無く、寧ろ気持ちの良いすがすがしい物だった。

 こんな気持ちになる事は今までの人生では多分、無かった。

 誰かと積極的に関わる事なんてあまり無かったからこそ、それは新鮮で……今までに感じたことの無い不思議な物だった。

 ソウゴは今まで見てきたこの世界で、自身が感じた事を素直に口へ出す。

「――……色んな人がいて、色々な事が出来て……。みんなこの仮想現実を自分なりに楽しんでいて……。

俺がそこに混ざっちゃって良いのかなって最初は思ってたけど……」

 自分という異物もこの世界は受け止めてくれた。

「気が付いたら俺も……馴染んでて……。自分でもビックリするくらいABAWORLDの事が生活の一部になってて……」

 バトルアバの一人として。

 アバたちを楽しませる奉仕者の一人として。

 彼らの望みを叶える者として……。

「多分、俺……楽しかったんだと思う。自分だけじゃなくて誰かの期待を背負いながら何かする事が……。

この世界に来てからそれを初めて知ったんだ。姉さんも……知っていると思うけど俺、ずっとそういう事から"逃げて"たから……」

 ソウゴの言葉を聞いて満足げな笑みを浮かべるネネカ。

「……なら良かった。この世界を……お前が気に入ってくれたのなら姉として……ABAWORLDの制作者の一人として満足だ」

 姉弟同士で久しぶりに話し合っている内にソウゴは心のわだかまりが解けていくのを感じた。

 やっぱり二人しかいない姉弟であり、通じ合う物がある。

 ソウゴはそこから堰を切ったようにこのABAWORLDで体験したことを話し始めた。

 ここへ来るなりこんな少女の恰好で驚いた事。

 この世界で初めて出来た友人の事。

 いきなり戦いへ巻き込まれ、何とか勝利した事。

 初めて負けて悔しい想いをした事。

 一方的に話す自分に対し、姉は黙ってそれに聞き入っている。

 やがてひとしきり話し終え、ソウゴは息を整えた。

 それから――今度は姉に聞き返す。

「……全て話してくれよ、姉さん。どうして今まで姿を消していたのか……。

一体何時からデルフォニウムと関わっていたのか……。それと……このアバの事も……」

 そう言ってソウゴは自らの胸に手を当てる。

 掌に静かな胸の高鳴りが伝わってきた。

 このバトルアバは明らかに普通のバトルアバではない。

 何かしら理由があって"あの"力を持たされている。

 その"理由"を……このバトルアバを使う以上……自分は絶対に知らなければいけない気がした。

 ソウゴが覚悟を持って尋ねるとネネカは一度目を閉じる。

「……当然お前には全てを話す。いや……これから先の戦いを考えれば知らなければいけないんだ。

この世界の真実と……もう一つの"世界"の事を……」

 姉はそこで一度言葉を区切り、少しだけ顔を俯かせた。

「……私からお前に一つ頼まなければいけない事がある……」

「頼み?」

「正確に言えば……"願い"に近い物だ。一方的で身勝手な……願い。だがお前にしか出来ない事なんだ」

 苦々しくそう言い放つネネカの雰囲気は重く、その"願い"とやらの重大さをソウゴも察した。

 そのため黙って姉からの次の言葉を待つ。

「……お前には、全ての"氏族"を――」

 ――イィィィィィィン……。

 二人の会話を遮るように突如室内へ耳障りな音が鳴り響いた。

「な、なんだこの音?」

 顔を上げて何事かと辺りをキョロキョロとするソウゴ。

 ネネカも警戒するように周囲を窺っている。

 耳障りな音は段々と大きくなり、更に周囲の空間自体にノイズが走り始めた。

 ――ピピッ。

 通知音が鳴り、ネネカが耳元へ右手を当てた。

 明らかに慌てている女性の声が通信越しに鳴り響く。

≪先輩……! 何者かがサーバーのファイアーウォールを突破しようとしています……!≫

 隣にいるソウゴにも聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「――ツバキか。状況報告……」

≪事案該当六です! このままだと二人のいるサーバーごとロックされかねません! 安全のため直ぐにログアウトを――≫

 ――バキッ! バキバキバキッ!!!

 ツバキの音声を遮るように何かが砕ける音が頭上から室内に響く。

 ソウゴが頭上を見上げると空間に亀裂が走っていた。

 バチバチと電流を走らせながら周囲の空間を歪ませつつ、その亀裂は肥大化していく。

 その現象にソウゴは見覚えがあった。

(あ、あれは……!? あの……変な場所で"あの人"が現れた時の……!?)

 開いた亀裂から巨大な黒い影が現れ、それが露出し始める。

 風を切る音と共に"鋼鉄"の物体が二人目掛けて落下した。

 ソウゴとネネカの二人は一緒にその場から飛び退き、その物体を回避する。

 物体の落下によって椅子が潰され、その発生した衝撃波は辺りを揺らし、二人は思わず身構えた。

 お互いに目配せし合い無事を確認する。

「ね、姉さん! 大丈夫!?」

「私は無事だ。お前も大丈夫か?」

「俺は大丈夫! でも……これは……」

 ソウゴは落ちてきた物体へと目を向けた。

 所々茶色の錆と赤黒い染みの浮いた鋼鉄の物体。

 円筒形のボディに不気味な穴が無数に開き、そこから赤い液体が滴っている。

 上部には女の顔を模した装飾が施され、それが不気味に微笑みを浮かべていた。

「アイアン……メイデン……」

 恐らく人類史においてギロチンに次ぐ知名度を誇る処刑器具。

 鋼鉄の処女アイアンメイデン

 ――ヒュンッヒュンッヒュンッ……。

 アイアンメイデンの背後から血錆の浮いた鋼鉄の鎖が何本も飛び出し、それが威嚇するように周囲の地面を削っていった。

 ネネカとソウゴはその勢いに押され、ジリジリと後退る。

 そして――アナウンスが室内に流れた。

【BATTLE ABA BLOOD・MAIDEN EXTEND】

 軋むような音を立ててアイアンメイデンの鋼鉄の扉が観音開きで開いていく。

 それと同時に扉の中から多量のどす黒い色の血液が流れ出す。

 その血液は緑色の床を穢しながら広がっていきアイアンメイデンの下へ血溜まりを形成していく。

 勢い良く飛び散った血液はソウゴとネネカの元まで届き、その軍服に血の染みを作った。

 鉄の処刑器具の中の漆黒の闇からゆっくりと手甲を身に纏った腕が伸びて、扉に手を掛ける。

 その手先にはまるで動物の爪を思わせる鋭い鋼鉄の爪が備え付けられており、指先がアイアンメイデンの扉に食い込み削り取った。

 漆黒の闇の中からその"騎士"は姿を見せる。

 全身を傷だらけで血の染みだらけの鎧で覆い隠したその姿。

 明らかに尋常ならざる空気を纏うその異形の騎士。

 右手に持った長い剣の剣先が床を削り不快な音を立てた。

 かなりの巨体ながらも異様に細身で見ている者へ奇妙な不安感を煽る。

 血溜まりへと足を踏み出し、その足をビチャビチャと赤く染めながら騎士は顔をネネカとソウゴへと向けた。

 騎士は自らの面鎧へと左手を当てその爪を食い込ませる。

 自分の手で面鎧の右半分を抉り取り、そこから燃えるように真っ赤な瞳が現れた。

 己の獣性を一切隠す気も無く、視線を合わせた者を思わず身を竦ませる鋭い瞳。

 瞳から放たれる赤い光は残光を散らし、本当に燃え上がっているようだった。

 ソウゴはその瞳で睨まれ、思わず声を上げる。

「ブ、ブラッドメイデンさん!? なんでここに!?」

 忘れもしない。

 乱暴な方法とは言え自分を助け、マキを救ってくれた謎のバトルアバ『BLOOD・MAIDEN』。

 その時とは多少姿が変わっているが見間違う訳が無い。

 そこにいるのはあの時見た血染めの騎士だった。

 ネネカは突如現れた乱入者に対し、眉を顰めて睨み付ける。

 その姿を一瞥しボソっと呟いた。 

「……ALMERIAアルメリアの亡霊か」

 その異形の騎士に対して臆することもせず、ネネカはブラッドメイデンへと威圧するように声を掛ける。

「自分が何をしているか分かっていての狼藉か。今回の不正アクセス及びクラッキング行為……

既に実刑が確定するには充分な犯罪行為だ。覚悟は良いんだろうな?」

 脅すようなネネカの言葉を一切気にした様子すら見せずブラッドメイデンは右手を持ち上げ剣の切っ先を向けてくる。

「聞く耳持たず、か。話す口があるというのに言葉も介さぬケダモノめ……」

 その行動を見てネネカはすぐさまソウゴへと顔を向け叫んだ。

「ソウゴ! デルフォニウム社長の名においてお前へ一時的にABAWORLD内での自由アクセス権限を与える!」

「へ!? な、何それ!?」

 動揺するソウゴを余所にネネカは叫ぶように宣言する。

「【ノーリミットモード 対象 バトルアバ『ミカ』】!!」

 それと同時に室内へアナウンスが鳴り響いた。

【バトルアバ『ミカ』 へ ノーリミットモードが付与されました 全武装解放 アクセス権限解放】

【BATTLE ABA MIKA EXTEND】

「わっ!? わわっ!?」

 強制的にエクステンドが行われ、ソウゴの身体から犬耳と尻尾が生えてくる。

 突然の事態に慌てるソウゴを横目にネネカは叫んだ。

「時間を稼げ! お前にはそのための力が――」

 その言葉を言い切るか言い切らないかという所で突如ネネカの足元から何本もの鎖が飛び出しその身体を拘束していく。

「ね、姉さんっ!?」

 ソウゴが驚き声を上げるが止める間も無く、姉の姿はその鎖たちへと飲み込まれ床下へと消えていった。

 ――ガシャンッ!

 鉄の扉の閉じる音。

 その音にソウゴがブラッドメイデンの方を見ると彼は何時の間にか自らの出てきた鋼鉄の処女アイアンメイデンを背中へ担いでいた。

(まさか……!?)

 明らかに中へ誰かを拘束している。

 この状況で誰が入っているかなど――明白だった。

 ブラッドメイデンが剣を振るい、空間へ一閃する。

 そこに裂け目のような物が生成された。

 彼は一度だけその紅い瞳をこちらへ向けてからその裂け目へと飛び込んでいく。

 その背には自分の姉である板寺寧々香が入った鋼鉄の処女を担いだまま――。

「ま、待て! なんで姉さんを!!」

 ソウゴが必死に問い掛けて静止しようとするもその騎士は裂け目の中へと消えていく。

 ――ピピッ。

 困惑しているソウゴの目の前に通話用のウィンドウが出現する。

「――ツバキさん!?」

 そのウィンドウにはデルフォニウムの社員であるツバキの姿が映っていた。

≪ソウゴ様! あの不届き者の後を追ってください!≫

「追う!? 追うって言ったってどうやって!? というかそっちで姉さん無理矢理ログアウトすればいいんじゃないですか!?」

≪今のソウゴ様はABAWORLDデータ内のフリーアクセス権限を持っています! こちらからも相手の軌跡をトレースしているので、

このまま追って頂ければ問題ありません! それと現在、板寺先輩のアバはSVRシンクロヴァーチャルリアリティ接続をした状態のまま

ロックされており、ログアウトが出来ない状態なんです! 他にも問題はありますがこちら側からは切断出来ません!≫

 何時になく焦った様子のツバキにソウゴは悩んでいる場合じゃないと判断し即座に決断する。

「色々事情があるって訳か――分かりました! 事情は追跡しながら――聞きます!!」

 この世界に来てから学んだ。

 考えるより行動する事が重要なんだと。

 ソウゴは頷くと右手を上げて叫んだ。

「召喚! 十九式蒸機軍用犬スチームアーミードッグ浅間アサマ】!」 

 ――ウォォォォォンッ。

 遠吠えと共に自身の背後へ機械仕掛けの魔法陣が出現し、そこから水蒸気が溢れ出す。

 直ぐに鋼鉄の機械軍用犬が飛び出して来た。

『ガウッ!』

 優秀な軍用犬は普段と異なる状況でも動じた様子を見せずソウゴの横へと駆け寄る。

 ソウゴはその背に手を掛け、一気に飛び乗った。

 そのままブラッドメイデンの消えた裂け目を見据える。

 裂け目は少しずつ小さくなって元の空間へと戻ろうとしていた。

「浅間ァ! あの裂け目へ――征けっ!」

 その命令に浅間は一度鼻を鳴らしてから頷くと鋼鉄の四脚を駆動させて躊躇わずに猛然とその裂け目へと突っ込んでいく。

 ――グジュッ。

 裂け目を通る瞬間不快な音と一瞬視界が歪むような不快な感覚がソウゴを襲う。

 そして――"二匹"の姿は裂け目の中へと消えていった……――。








【東京都 赤羽 デルフォニウム本社地下 危機対策室】







 幾つものパソコンや巨大なサーバー機器の立ち並ぶ室内。

 壁からは植物素子で構成された根が何本も伸びており、PCと繋がっている。

 そんな部屋は何人ものデルフォニウム社員が慌ただしく動き回り、怒号が飛び交っていた。

「どうやってこいつサーバーに入りやがった!? こっちのファイアーウォールを素麺みたいにすり抜けやがったぞ!?」

「分かりませんよ! こ、こんな……ウチのセキュリティをすり抜けた挙句あんな好き放題出来るなんて……」

「ダメです! 常時接続している筈なのに通信が攪乱スクランブルされていて接続先を特定出来ません……!」

 彼らが見ている画面には様々な情報が表示されており、世話しなく映像が切り替わっている。

 部屋の中央にある大スクリーンにはABAWORLD内の各エリアが表示されており、

そこへデフォルメされたブラッドメイデンの顔アイコンが一つ映っていた。

 そのアイコンは高速移動している事を知らせるように早く動き、エリアからエリアへと移動していく。

「……先輩」

 そんな大混乱の室内に大スクリーンを睨みつけながら歯がゆそうにしているツバキの姿があった。

「侵入者の正体は掴めましたか、イバラさん?」

 ツバキが横でPCと睨みあいながら作業をしているスーツ姿の女性社員へと話し掛ける。

 腕を捲って必死にキーボードを叩いてた女性社員『イバラ』は明らかに苛立った様子で答えた。

「ダメですね。今のところABAWORLD内で姿が表示された時以上の情報はありませんよ。調べようにも情報が

全部グチャグチャになってて解析出来ません――ファッキュー……。これが敵性量子生命体ってヤツでしょうか、片瀬先輩?」

「いえ……恐らくこれは――」

 ――ヴォン。

 イバラからの問いにツバキが答える代わりに、二人の側に置かれていたPCが勝手に起動する。

 PC画面が発色するとそこにオレンジ色の人型が映り、それが答えた。

『これはチガウよ。ボクたちじゃない』

「じゃあ一体何だというのです。こちらの防御が何一つ通じない相手なんてあなた方くらいしかいないではないですか!」

 イバラはその画面へと顔を向けて吐き捨てるように言う。

『あれはキミたちの一族。間違いなく"肉纏い"だよ。でもスゴイツヨイよ、あの戦士……。

あんな強者が肉纏いにいたなんて……。見てるだけで心が躍っちゃうよ』

 オレンジの人型はPC画面からスクリーンに映るブラッドメイデンを見ながら憧れるような声を出した。

「ちっ……。これだからこいつらは好きじゃないんですよ……! テクノ蛮族共が!」

 イバラはブラッドメイデンに対し、奇妙なあこがれを抱くその人型へ舌打ちしてからツバキへと顔を向ける。

「――相手が人間だろうと何だろうと敵には違いありません! これから"PLANT"で対象に高負荷を仕掛けます! 

良いですね?! 先輩!」

「……許可します」

 ツバキが頷くのを見てからイバラはPCの画面へと顔を向けるとキーボードを乱雑に叩いた。

「――認証確認! 行け! 私の可愛い『カーニバルス・プランツ』!」

 スクリーン上の映像が変化し、ブラッドメイデンのアイコンの周囲に大量の"食虫植物"たちが出現する。

 その植物たちが一気にブラッドメイデンのアイコンへと殺到していった。

 イバラはスクリーンを横目で見ながら興奮した様子で捲くし立てる。

「さぁ喰い殺せ! 相手のSVR機器ごと脳を焼き切りなさい! どうせ相手は犯罪者! 遠慮は要りませんっ! 

寧ろ良い機会だからあなたたちの優秀さを見せておやり!」

 一人息巻くイバラを他の社員たちが引きながら見ている。

 そんな中、初老の男性社員がツバキの近くへ走り寄ってきた。

「片瀬くん! 板寺くんから連絡は無いのか!? まだログアウト出来てないんだろ!?」 

 彼女は被りを振ってそれに応じた。

「小林さん……残念ながら……」

 それを聞いて男性社員は頭を抱えて絶叫する。

「があああ!! なんでアイツを任命したんだよぉ! 仁は! 就任零日でこの騒ぎだ! だから俺は嫌だったんだよ! 

絶対こうなるって分かってたからぁ!! やっぱ退職しておくべきだったわ! 俺ぇ!!」

「……残念ですけど我が社は早期退職募集していませんよ。情報保護のため終身雇用です――強制的に」

「知ってるよ! いやこんな会社だって知ってたら入社しなかったわ! 畜生っ!」

 尚も後悔するように叫ぶその初老の男性社員へ追い打ちと言わんばかりに別のポニーテールの女性社員『ヤナギ』が声を掛けた。

「小林さ~ん。さっきのイバラちゃんの攻撃で繁華街エリアの一部データが壊れちゃいましたぁ~。復旧データ下さい~」

「茨城ぃ! 誰がそのデータ直すと思ってるんだ!! 加減しろ加減!」

「加減して勝てる相手じゃないです! この糞ハッカァァァ!! 死に晒せぇぇぇ!! 先輩返せぇぇぇ!!」

「おぉ~イバラちゃん燃えてますねぇ~」

「あああああ!! これ以上データ壊すなぁ!! 今日は緊急メンテの告知出してねえんだぞ!!」

 再び怒号が飛び交い始める室内。

 ツバキはその喧噪の中、自身の電子結晶を右手に持つ。

 そこには一つの立体映像が表示されており、SVR機器に接続した状態のまま微動だにしない現実の板寺寧々香の姿が映っていた。

 側には最悪の事態に備え医療班が待機しており、既にバイタルのチェックを行っている。

「……場合によっては強制ログアウト処理を行わざるを得ません」

 苦々し気にそうツバキが口漏らすと横でイバラを応援していたヤナギが振り向いて驚いたように声を上げた。

「えぇ~! 流石にそれは不味いですよぉ~。板寺先輩のアバは獣士のレプリカだから獣素子入ってるんですよぉ? 

強制ログアウトしたら精神にどんな影響が出ちゃうか……」

「――っ! 来た! 来ましたよ! 例の弟くん!」

 別のPC画面を見ていた若い男性社員がツバキへ向けて叫ぶ。 

「今、スクリーンの情報に反映させます!」

 社員がPCを操作するとスクリーン上へ新しいアイコンが表示された。

 ブラッドメイデンと同じくデフォルメされた顔の軍人少女。

 板寺三河の操るバトルアバ『ミカ』だった。

 作業を続けていた他の社員たちもスクリーンへ目を向ける。

 食虫植物たちに足止めを喰らっているブラッドメイデンへと一気にアイコンが近付いていった。

 それと同時に室内のPC群が鈍い音と共に稼働を始め、その画面などに情報が一気に羅列され始める。

 社員の一人が次々に更新されていく情報を見て驚きの声を上げた。

「バトルアバ『ミカ』から送られてきたと思わしき、例のハッカーの情報がこちらへ出力されています! 

す、凄い……。こちら側からじゃ何もわからなかったのに……」

「"直接"見た方が早いって事ですかね……。取り合えず出された情報の解析始めます! あのハッカー野郎……! 

こうなれば丸裸にして住所晒して明日のネットニュースに載せてやる……! やりたい放題やりやがって!」

 情報が送られてきた事により室内が一気に活気づく。

 その社員たちを横目にツバキは傍の机に置かれていたインカムを手に取り、更に簡易式のVRヘッドセットを頭部へと装着する。

 周囲の機器へと繋がったケーブルから緑色の量子通信特有の発光が起こり、通信が始まった……――。

「――……聞こえますか、ソウゴ様――」








   


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