(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第5話『来い! 一式重蒸気動陸上要塞【黒檜】!』

公開日時: 2021年8月1日(日) 00:02
更新日時: 2021年12月25日(土) 00:51
文字数:10,968



【ABAWORLD MINICITY SPORTSエリア サブスタジアム前】

 


「おいっ、大吉! ミカちゃんのバトルの席取れたんか?」

「何とかなったぞい。ただ端の席やがの。あと、何度言ったら分かるんじゃ。ここでは本名で呼ぶなって!」

「お、おう……すまんの」

 不良老人二人組、トラさんとラッキー★ボーイはスタジアム前で表示させたウィンドウと睨めっこしていた。

 既にスタジアム前には大勢のアバたちが集まっており、大変混雑している。

 皆、入場を待っているのだ。

「……何やっとるんじゃお前」

 ラッキー★ボーイがアババトル観戦用のウィンドウとは別に何やら

小さいウィンドウを操作しているのに気が付きトラさんが覗き込む。

 そこにあったのはアババトルの勝敗予想シート用のウィンドウだった。

「お、お前まさかまだ賭けを……! またBANされるぞ……」

 ※BAN 規約違反などを行い、アカウントを停止されること。

「安心せい。これは公式の開催してるゲーム内マネーオンリーのヤツやから」

「本当にギャンブル中毒じゃな……で、どっちに賭けたんじゃ? まさかあの狼男に賭けたわけじゃないだろうな……」

「ツキが落ちるからおしえん」

 その時、スタジアム周辺にピンポーンという音が鳴り響いた。

 そしてアナウンスが流れ始める。

『これより入場を開始致します。お手元へ配布しましたチケットのリンクよりご入場下さい』

 周囲で屯っていたアバたちが一斉に転送を始め、次々に消えていった。

「ほれ! ワシらも行くぞ!」

「わぁっとるわい」

 トラさんとラッキー★ボーイの姿が光に包まれ消えていく。

 そして一瞬で観客席のような場所へ転移した。

 既に観客席はアバたちで一杯であり、ざわついている。

 トラさんはその喧騒に圧倒されながら隣のラッキー★ボーイへ話し掛けた。

「こ、こんなに見に来る奴らがいるもんなんじゃなぁ。ワシこんな真面目にアババトル見に来た事無いからたまげたぞ」

「こっちもスクリーンでは見た事あるけど、生観戦は初めてだわ。

もうフィールドにミカちゃんおるんか――あっ! おったぞ、おった!」

「え? どこじゃ?」

「ほれっ! あの尖った岩のところじゃ!」

「……おぉっ!」

 そこには周囲を見回して探りながら、ビクビクと歩くミカの姿があった――。




 ミカは荒れ果てた大地に立っていた。

 前へ進むと一歩ごとにブーツ越しにゴツゴツとした岩の間隔が伝わってくる。

 肌(?)に感じる風もどことなく熱気を纏っているかのように生温い。

 まるで本当に火山帯へ来てしまったようだった。

(本当にこんなところで戦うのか……?)

 ≪――ミカ。聞こえるか≫

「……ブルーさん!」

 不安を感じていたせいか聞き慣れたブルーの声が聞こえてきて安心感から思わず声を上げてしまった。

 ≪お前の状態と状況はこっちでモニターしてるから安心しろ。ビビりながら歩いてるのが丸見えだ≫

「そちらから見えてるんですか?」

 ≪あぁ。オペレータールームは上の方にあるからな。あと、こっちからは観客席も見えてる。あの爺さん共も応援しに来てるぞ≫

 ミカは周囲を見回してトラさんたちを探そうとした。

 しかし視界に広がるのは岩、岩、岩だらけで何も見えない。

 ≪フィールドからは観客席は見えないようになってるぞ。音も聞こえないし、野次とか気にせず集中して戦えて良かったな。

まぁ応援も届かねえけど≫

「それは良いのか悪いのか……」

 その時、突然フィールド内にどこからか馬鹿デカイ音でウルフの声が響いた。

『オラアアアアアア!! 早く始めようぜぇぇぇぇぇ!! ちんちくりんー! 

こっちは何時でもテメーを嬲る準備は出来てんだぞぉぉぉ!!!』

「うわっ!?」

 そのあまりにデカイ音声にミカは思わず驚き耳を押さえてしまった。

 ブルーも通信越しに煩そうにぼやく。

 ≪あーうるせー……わざわざオープンで流すんじゃねえよガルガル野郎め。

あっ、オープンは相手とかに言葉伝える時に使う機能だ。フィールド全域に届く。

因みにオレらが使ってるのはプライベートだ。オレとお前しか聞こえん≫

「なるほど……」

『両バトルアバのフィールドへの降下が確認されました。両アバの【EXTEND】後、自動的にバトルが開始されます。

参加バトルアバは【EXTEND】を開始してください』

 アナウンスがフィールド内へ流れた。

 それと同時にミカの眼前にウィンドウが現れる。

 そこには【EXTEND READY?】と表示されていた

「えくすてんど……?」

 ≪バトルアバを戦闘形態へ移行させるための、呪文みたいなもんだ。デカイ声でエクステンドって叫べ。

但し! それを言ったら戦闘開始だからな。ウルフが一気に襲ってくるぞ。覚悟は良いか?≫

「だ、大丈夫です! ここまで来たら覚悟は出来てます!」

 ≪……よし。とびっきりデカイ声で叫べよ。そうしないと認識されないからさ≫

「は、はい!」

 ミカは改めて覚悟を決める。

 そして一呼吸入れ、叫んだ。

「エクステンドッ!!!」

【BATTLE ABA MIKA EXTEND】

 ウィンドウに表示された文字が変わる。

 そして同時にミカの身体を光の粒子が包み込んだ。

「うわぁっ! こ、これは……!?」

『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』

 アナウンスと共に両の手に厚手の厳ついグローブのような物が装着されていく。

 更に頭上とお尻の部分がむず痒くなるような感覚の後、ポンッという軽快な音がした。

「――……えぇぇ!? なんか、何か生えてるぅ!? 何か頭に生えてる気がするぅ!!」

 今まで感じた事の無い奇妙な感覚に慌ててミカは自分の頭に触れる。

 頭の部分を触ると軍帽の上に何か突き出ている。

 それはモフモフとした感触があり、しかもそれ自体にも触覚があった

「み、耳!? これ何の動物の耳!? うわっ気持ち悪っ! こ、これ自分の耳じゃないけど自分の耳(?)だぁっ!!」

 ≪――……おいおい、犬耳かよ。あっ。尻の方に犬の尻尾みてえのも生えてる≫

「え――うぇえ!? なんじゃこりゃああああ!?」

 お尻の方を首を回して見る。

 スカート部から飛び出すようにして、これまたモフモフとした灰色の尻尾が生えている。

 その尻尾はブンブンとこちらの動揺と同期するように左右へ揺れていた。

 ミカの姿を見てブルーが呆れたように呟く。

≪軍服ワンピにケモ耳と尻尾とは……随分とまぁ……素晴らしき趣味嗜好で……≫

「ぎゃあああああ!! 尻尾にも感覚があるー! 風を感じるー!」

 ≪……このバトルアバ設計したヤツは相当な好き者と見た――あっ。おいっ! 

遊んでる場合じゃねえや! バトルがスタートするぞ!≫

「えぇ!? こんな状態で――」

『EXTEND OK BATTLE――START!』

「ウォオオオオオオオオオンッ!!」

 バトル開始を告げるアナウンスと共に大きくブザーが鳴り響く。

 それと同時にウルフの遠吠えのような声がミカの方まで聞こえてきた。

 ≪ちっ! 速攻が来るっ! 右に身体ごと跳べ、ミカっ!!≫

「み、右!」

 ブルーからの切羽詰まった指示にミカは右方向へ殆ど身体を投げ出すようにして地面に飛び込んだ。

 転げまわるようにしてそのまま地面を暫く転がる。

 生えたばかりの犬耳にヒュンヒュンという何かが通り過ぎていく音が届いた。

「へぷっ!? ――……ヒィッ!?」

 うつ伏せの状態から顔を上げて自分の元いた場所を見る。

 そこには無数の銃撃の痕が穿たれ、土煙を上げていた。

「グルルル……良く避けたじゃねえかよ、ちんちくりん……」

 少し離れた位置の岩場の影からウルフ・ギャングがゆっくりと現れる。

 両手に二丁の拳銃を携えており、鋭い牙を剝き出しにして笑みを浮かべながら、その二つの銃口をミカへと向け始めていた。

 ≪もう来やがった! 死ぬ気で走れっ!≫ 

「次は避けられるかぁ?! オラオラオラオラぁっ!!」

 ブルーの声とほぼ同時にウルフが引き金を引き発砲を開始する。

 太鼓を叩くような発砲音と共に、構えた二丁の拳銃から次々に赤い光弾が発射され始めた。

 ミカは急いで立ち上がると脇目も降らずに全速力でその場から走り出す。

 背後から次々に銃弾が飛来してきた。

 必死に走るミカの背後から凶弾が追いすがる。

 その様相はまるで本当に戦場へでも放り込まれてしまったようだった。

「ぎゃぁぁあああああ!! 死ぬっ! 当たったら死にます! あれは死にます! 討ち死しますよ! あれは!」

 ≪落ち着けっ! 仮想現実だから死にはしないし痛みも無い。取り合えず岩場の密集してるとこに逃げ込め! 前方九時の方向!≫

「九時の方向って……あっ!」

 確かにその方向に直立した岩が立ち並んでいる。

 ミカは前のめりになって体勢を崩しながらも何とかそこに滑り込み、隠れた。

 背にした岩へ次々と銃弾が着弾し、飛び散った岩片が隠れているミカの方まで飛んでくる。

 それでも岩場が遮蔽物となり銃弾を防げたようだ。

 ≪十二、十三、十四、十五……よし! 今だミカ! 岩場から出てもっと遠くへ逃げろっ!≫

「え!? 今ですかぁ!? まだ鉛弾飛んできてますよ!?」

 ≪今なら大丈夫なんだよ! 良いから走れっ!≫

「は、はいっ!」

 ブルーからの叱咤でミカは岩場から飛び出し、全力でまた走り出した。

「はっ! ビビッて出てきやがったな!」

 岩場から飛び出すミカを見つけたウルフが再び狙いを付け、引き金を引く。

 カチっと言う音がして弾は……拳銃から放たれなかった。

「……あっ? ちぃっ! 弾切れかよ! ……リロード!」

 ウルフがそう叫ぶと拳銃から自動的に空の弾倉が排出され、地面を転がる。

 そしてウルフの眼前に二個の新しい弾倉が現れた。ウルフはそれに拳銃を近付ける。

 スルッと弾倉が拳銃の底部に引き寄せられ装填されていく。

 しかしそのリロードの間隙を突くようにミカは岩場を縫うように走ってウルフの視界から消えていった。

「あのちんちくりんが……運の良い奴め。弾切れじゃなければあそこで仕留めてたんによぉ」

 悪態を吐くウルフ。

 一方、ミカの方は全力疾走でウルフから遠ざかり、また手頃な岩場を見つけてそこに屈みこんで身を潜めていた。

「はぁ……はぁ……な、何とか逃げ切れましたかね……?」

 肩で息をしながらミカはそっと岩陰から様子を伺う。少なくとも近くにウルフはいないようだった。

「はぁー……」

 安堵感から息を大きく吐いてしまう。

 逃亡の連続ですっかり消耗し切っており、連動するように頭から生えた耳も項垂れていた。

 ≪これでかなり距離は離せたな。時間も稼げたろう≫

「今……何分経ちましたか?」

 ≪五分だな。半分ってとこだ≫

「ま、まだ五分……? もう三十分くらい逃げ続けてるような気分でしたよ……そう言えば、

さっきはどうして相手が撃ってこないって知ってたんですか?」

 さっき岩場から飛び出した時、明らかにウルフはこちらの姿を捉えていた。

 でも撃ってこなかった。

 一体何故だったんだろう。

] 間違いなく最高の射撃チャンスだった筈なのに。

 ≪ヤツの発砲した弾数を数えてたんだよ。アイツの拳銃は弾十五発しか入ってねえからな。

リロードするタイミングだったってわけ≫

 あの鉄火場な状況でブルーは冷静にウルフの残弾を数えていたらしい。

 ミカは素直に感心し、驚いた。

「凄いですね……ブルーさん。私はそんなとこまで気にする余裕は全く無かったのに」

 ≪ま、次撃ってくる時は弾数わかんねえけどな。パワーリソース使って武器強化してくるだろうし≫

「強化? それって――どわあぁっちゃああああ!?」

 ミカの言葉を遮るように、爆音がフィールドに鳴り響く。

 そして直ぐ近くの岩が吹き飛んだ。

 無数の岩片が飛散し、身を竦めていたミカの方にも飛んでくる。

 あまりの事に身動き出来ずにいるとウルフの声が聞こえてきた。

「やっぱりギャングと言えばよ~マイトと……こいつだよなぁ!」

 そう言ってウルフはサブマシンガンのような銃を構える。

 特徴的な丸い弾倉に木製のストック、どこかレトロなそれは……。

「ゲッ! 映画でよく見るヤツ!!」

 ≪トンプソンか! 味な銃使いやがって! 逃げろ、ミカ! さっきのチャカとは発射レートが違い過ぎて、

こんな岩じゃ直ぐぶっ壊されるぞ!≫

「鉛弾を喰らいやがれぇ!! ウォォォォオオン!!」

 ウルフは雄たけびを上げながら、引き金を引き始めた。

 先程の拳銃とは比べ物にならない速さで、無数の弾丸が銃口から連続して放たれていく。

 ミカは銃弾を避けるために四つん這いの姿勢になり、必死に這うようにして岩場から出ようとした。

 そうこうしている間にも岩は無数の銃弾を受け、破砕されていく。

 降り注ぐ岩片に狼狽えながらそれでも何とか、銃弾の雨が降り注ぐエリアから少しずつ這いずって離れることが出来た。

「こ、これからどうします!?」

 ≪この分じゃ十分稼ぐ前にお前が粗びきミカ団子にされるな。パワーリソースを少しでも稼ぐために、リスクが高すぎるけど……

攻撃仕掛けるしかねえ≫

「攻撃!? でも武器とか無いですよ!」

 ≪……武器ならある――≫




「ミ、ミカちゃん逃げてばっかりだぞ!? 大丈夫なのか!?」

「ワシに聞かれてもわからんって……!」

 観客席のトラさんとラッキー★ボーイの二人は気が気ではなかった。

 どうみてもミカが一方的に攻められているようにしか見えず、ウルフ・ギャングになすすべも無くやられているようにしか

見えない。

「お前が持ってきたパワー・ノードを入れてるんだろ!? 何か分からんのかいな!」

「いや中身までは確かめなかったわ……急いでたからのう」

 そう言ってバツの悪そうな顔をするラッキー★ボーイ。トラさんは絶望したように観客席で伸びると後悔混じりに口を開いた。

「そんな……あぁ~……見るんじゃなかったわ。いつもはバトルの勝敗なんて何とも思わんが、

流石に知り合いがズタボロにされてるのを見るのはキツイぞ……」

 トラさんは周囲で同じように観戦しているアバたちの様子を伺う。

 フィールド上で一方的に攻撃されているミカを見て何人かのアバが観客席から退席し始めていた。

 仕方がない事だろう。

 見ていて楽しいバトルとはとても言えない。

「……ワシらも一旦抜けるかのぉ。はぁ……あとでミカちゃんには謝らんといかんなぁ」

 退席しようとウィンドウを出現させるトラさん。

 しかしそれをフィールドで起きている何かに気が付いたラッキー★ボーイが止めた。

「待て! ミカちゃん何かやるつもりみたいやぞ!」

「どういうことじゃ?」

「ほれ。あそこ!」

 そう言ってラッキー★ボーイが指差した先にはコソコソと岩に隠れながらでウルフへと近付いて行くミカの姿があった……。




「ガァルルルルルル!!」

 ウルフはマシンガンを乱射しながら手当たり次第に辺りの岩を破壊している。

 ミカを炙り出そうとしているのだろう。

 銃撃音が絶え間なく鳴り響き、更に破壊された岩の破片が塵として辺りを舞っていた。

 ≪あの野郎完全にトリガーハッピーと化してんな≫

「はい……でもそのお陰でこっちにはまだ気が付いてません」

 ミカはウルフの注意が逸れている間に、匍匐前進でかなり近くまで接近することに成功していた。

 これから行う作戦を考えたら出来る限り接近する必要があるためだ。

 取り合えず作戦の第一段階は上手くいっている。

 しかし問題は次だ。

「絶対あの人激怒すると思うんですけど、本当にやるんですか……?」

 ≪ここまで来たんだ。やるしかねえよ。一発重いのぶち込んでやれ≫

「……あーもうどうにでもして下さい! ――ウルフさん!」

 ミカは背後からウルフへ大声で呼び掛けた。

 銃撃を止めたウルフが振り返る。

 何故か堂々と仁王立ちしているミカを見据え一瞬困惑したような表情を浮かべた。

「――あぁ? テメーそんなとこで――」

「チェェェェストォォォォ!」

 ミカは気合の声と共に精一杯拳を振りかぶり、ウルフの顔面へ向けて渾身の右ストレートを放つ。

 だがミカとウルフの身長差は大人と子供くらいあり、振りかぶった拳も当然完全には届かない。

 ポコンという軽い音と共にミカの拳がウルフの頬を撫でた。

 殴られたウルフも、殴ったミカも、そのどちらも困惑した表情を浮かべる。

 それはとても奇妙でシュールな光景。そして二人の間に永遠とも思える時間が流れた。

「…………おちょくってんじゃねぇええええええ!!」

 ワンテンポ遅れて激昂したウルフがマシンガンの銃床を使ってミカを思いっきり振り払う。

 小柄なミカの身体は振り払われた勢いで軽々と空中を浮遊し、そのまま近くの岩に叩き付けられた。

「グッ……」

 岩に叩き付けられたミカは呻き声を上げてそのまま地面に蹲る。

 仮想現実だから痛みは無い。

 しかしそれでも叩き付けられた事によるダメージでアバ自体の行動に制限が掛かった。

「舐めやがって……」

 身動きの取れないミカにウルフが静かに迫ってくる。

 そしてマシンガンの銃口をミカへ向けた。

「終わりだ。ちんちくりん」

 躊躇いなく引き金が引かれ、タッタッタッタッという連続した銃声が響き、ミカの身体に銃弾が次々に突き刺さる。

 まるで壊れた人形のようにミカの身体が跳ねた。

「……ちっ。まだヘルス残ってやがるか。意外と耐久あるな」

 そう言ってウルフはトミーガンの弾倉を替え始める。

 完全に機能停止寸前のミカはそれを見ながら笑みを浮かべた。

 ミカの視界の端には小さなウィンドウが映っている。

 そのウィンドウはパワーリソースが目標値に達したことを告げていた。

「ま……間に合いましたね……」

 ≪あぁ。オレたちは賭けに勝ったな≫

 ブルーからの通信にミカは静かに頷く。

 そして――叫んだ。

「パワーリソース全投入! 大召喚!!」

「あ? ――何!?」

 突如としてウルフとミカの周囲の地面に模様が刻まれていく。

 それは幾つもの歯車が重なったような紋様であり、まるで機械仕掛けの魔法陣のようだった。

「な、何だ!? てめー何をしやがっ――ぶわっ!?」

 魔法陣から突如として大量の白い煙のような物が吹き出す。

 それはウルフとミカを一気に包み周囲を白に染め上げた。

「あちっ! な、なんだこりゃ!? す、水蒸気か!?」

 噴き出した白煙は全て水蒸気だった。

 ウルフはその熱気に押され思わず後ろに飛びずさった。

 ミカは辺りを包む水蒸気を物ともせず力強く立ち上がり、魔法陣の中心に立つ。

 先程まで虫の息だったその姿は嘘のように回復し、耳もピンと立ち、尻尾もピンッと張っている。

 そしてミカは天へ向けて声高に【要塞フォートレス】を招集した。

「来い! 一式重蒸気動陸上要塞ヘビースチームランドフォートレス黒檜くろべ】!」

 フィールド全体が大きく振動する。

 まるで空間ごと揺らされるかのように。

 そして振動と共にミカの足元から何かが現れ始めた。

 それはミカの身体ごとゆっくりとフィールドへせり上がって行き、その姿を現出させた。

 観客席のトラさんたちも他のアバも、そこにいる全員が目の前の光景に言葉を失っている。

 唯一オペレータールームのブルーのみがフィールドを見ながら呆れ気味に呟いた。

「……こりゃちょっと、制作者の趣味出過ぎてるな」



 見上げるような灰色の巨体。

 各部を覆う強固な鋼鉄の装甲。

 空へ向かって大きく聳える二門の巨砲塔。

 それと副次して前部に立ち並ぶ三連装の二門副砲塔。

 ハリネズミのように空を威嚇する対空銃座の群れ。

 もうもうと白い水蒸気を吐き続け、無尽蔵の馬力を産みだす煙突。

 戦場の全てを見透かすような、赤色のメカニカルな単眼が備え付けられたレーダードーム。

 前進を妨げるモノ全てを踏み躙る二対の巨大履帯。

 それは主に敵対するモノ全てを打倒し、主を打倒しようとするモノ全てから、主を守護する鋼鉄と暴力の権化。

 黒鉄の移動要塞だった。

「な、なんだよこいつは!? 戦車!? 戦艦!? き、聞いてねえぞこんなの!!」

 その威容に圧倒され狼狽えるウルフ・ギャング。

 慌ててマシンガンのリロードを済ませ、発砲する。

 だがそんな豆鉄砲が鋼鉄の塊に通用する筈も無く、無情に【黒檜くろべ】の装甲板に弾かれ、軽い金属音を鳴らした。

(これが黒檜くろべ……)

 ミカは黒檜の甲板上に乗っていた。

 そこはまるで自分のために用意されたような空間があり、黒檜の兵器群もそこにいる者を守るように配置されているのが分かる。

(そうだ……俺の指揮で、これは、いや【黒檜くろべ】は動くんだ)

 不思議なことにミカにはこの巨大な要塞の名前も、この巨大な兵器への指示方法も理解出来ていた。

 まるで頭の中に自然と入ってくるように全てを理解出来る。

 自分の身体のように、最初からあるモノのように分かった

 ミカが頭上を見る。

 そこには黒檜の眼とも言えるレーダードームがある。

 その赤い単眼がミカの姿を捉えると指示を待つように拡大と縮小を繰り返した。

 ミカはその瞳を見て静かに頷く。

「……うん。さぁ! 征くぞ……【黒檜くろべ】!」

 ミカが右手を真っすぐに突き出す。

 それと連動して黒檜の巨体が駆動し、煙突から更に蒸気を吹き上げ、巨大砲塔がゆっくりと動き始めた。

 ミカは黒檜の前方下にいるウルフ・ギャングの姿を視界に捉え、右手をそちらへ向ける。

 そして殆ど叫ぶように口を開き、黒檜へ命令した。

「目標っ! 前方【ウルフ・ギャング】っ!! 俯角二十度調整! 一番から二番、三四跳ばして五番六番! 

砲門開け! 総員、防御姿勢!」

「……ほい。防御姿勢っと」

 ブルーがそっとオペレータールーム内で屈みこむ。

 観客席でその異常な光景を見ている観客たちは何事か把握出来ず、困惑していた。

「な、何が起きるんじゃ大吉!?」

「馬鹿! はよう伏せい!」

 状況を理解し切れないトラさんが既に伏せ姿勢をしているラッキー★ボーイに無理矢理観客席から引きずり降ろされた。

 それと同時に黒檜の砲塔群が一斉に稼働し、ウルフへと照準を定める。

 ウルフが慌ててその場から避難しようとしているのがミカの目に入った。

 だがそれは意味の無い事だ。

 何故ならこのフィールド全体が【黒檜】の有効射程なのだから。

「――っ撃ぇ!!!」

 半ば絶叫するようにミカが命令を下す。

 それと同時に黒檜の巨砲が火を噴く。

 発射の衝撃波でミカも身体が吹き飛ばされそうになり、地面に手を着いて防御姿勢を取った。

 甲板上は爆音と衝撃波に包まれさながら嵐のように荒れ狂う。

 何とか軍帽が飛ばされないように手で必死に押さえた。

 そして45口径36サンチ単装砲二門から、ほぼ同時に放たれた二つの砲弾は音を置き去りにしながら、

ウルフの元へと無事に届けられた。

「弾着……今っ!」

「なっ――」

 ミカの着弾確認の声と共に砲弾はウルフの背後へと着弾した。

 それと同時にウルフの身体を激しい衝撃波が襲い、ほんの少し遅れて爆炎と爆風と爆音がウルフの身体を包む。

 更に続けて黒檜の副砲三連装50口径14サンチ砲二門から追撃と言わんばかりに、砲弾が次々に斉射されウルフを襲った。

 着弾地点で発生した大爆発とそれに続く小爆発により、バトルフィールド全体を爆風が覆う。

 そして着弾の余波で破壊された岩盤や岩の破片が周囲を飛び交った。

 着弾によって発生した爆風は観客席をも襲う。

 防御姿勢が間に合わなかったアバの何人かが爆風をまともに受け、仮想現実上の演出とは言え

観客席から吹き飛ばされ空中を舞った。

「あー……頭ガンガンする……アレここまで衝撃届くのかよ」

 オペレータルーム内で屈みこんでいたブルーが少々揺れる頭を押さえつつ、立ち上がる。

 多少軽減されているとは言えここまで爆発の衝撃が届いていた。

 状況を確認するためにフィールドへ視線を送る。

 そこは散々たる有様だった。

「……ありゃー地形変わっちまってるよ……ウルフ生きてんのかぁ?」

 既に爆風が収まり、静寂を取り戻しつつあるバトルフィールド。

 そのフィールドの中央、爆心地だった場所は大きなクレーターが出来ていた。

「……あっ、いた」

 クレーターの端っこ。そこに仰向けに倒れたウルフ・ギャングの姿があった。

 長い舌を口から垂れさせ、白目をむいて伸びている。

 完全にノックダウンされていた。

「……おっ?」

 その時、オペレータールームのロックされていた扉がプシュッという音と共に開いた。

 開いた扉の向こうには先程まで激しい戦場になっていたバトルフィールが広がっている。

 これが開くということは――。




「うぅ……か、身体がバラバラになるかと思った……仮想現実なのに……」

 まだ身体全体が痺れているような感覚を覚えつつも、ミカは何とか黒檜の甲板上で立ち上がった。

 手で触って自分の状態を確かめる。

 身体も、耳も、尻尾も無事。

 一先ず怪我(?)は無いようだ。

「あぁ……服とか破片だらけだ」

 すっかり細かい岩片まみれになっている服を手で払い、整える。

 そして改めて周囲を確かめた。

「……ば、爆撃の後みたいになってる……」

 黒檜の砲撃が行われた場所は岩盤が抉れ幾つもの穴が出来ている。

 先程行われた攻撃の激しさが伺えた。

「……あっ」

 その時、フィールド内にブザーが鳴り響き、ミカの前にウィンドウが出現した。

【ABABATTLE WIN MIKA CONGRATULATION】

 そこに書かれた文字。

 それはミカの勝利を告げていた。

 続いてアナウンスも流れ始める。

『【無所属】ミカ がアバ・バトルに勝利しました。なお当バトルのリプレイは【デルフォニウム】ホームページ及び、

配信サイトにて配信が行われております。御視聴の際は――』

 流れるアナウンスも耳に入らず、ミカは緊張の糸が切れたように甲板上でへたり込んだ。

「か、勝ったのか……?」

「……お~い」

 どこからか聞き慣れた声がする。

 声のした方を探るとそこにこちらへ向かって駆け寄ってくるブルーの姿があった。

「ブルーさん!? ここ入って来れたんですか?」

「バトル終わったからなー。そっから降りて来いよー」

「今、行きま――へぷしっ!?」

 ミカはブルーの元へ行こうと黒檜の甲板上から飛び降りた。

 しかしいつもの如く着地に失敗し岩場に叩き付けられてしまう。

 ひっくり返っているミカの傍に呆れた様子のブルーが寄って来た。

「なんでお前はそう着地関係弱いんだよ、ほれ」

「す、すみません……」

 ブルーの手を取って立ち上がるミカ。

 そんなミカを見ながらブルーは感服したように言った。

「しっかしお前ホントに勝っちまうとはなぁ。大したもんだわ」

「本当にか、勝てたんですかね……私。まだ実感がありません……」

「まぁ九割くらいお前じゃなくて、こいつのお陰だしな」

 そう言ってブルーは黒檜を見上げる。

 黒檜は今なおそこに鎮座し、その巨体から威圧感を放っていた。

「本当にそうですね……」

「ま、それでもミカ。お前も頑張ったと思うぜ。ほれ手を上げろ」

「手?」

「勝った時やることあんだろ、ほれ」

 ブルーが右手を上げてミカに見せてきた。

「あっ、はい!」

 ミカはブルーが何をしたいのか察して自身も右手を上げる。

 そしてブルーの掌を叩こうとした。

「ほい。ハイタッチキャンセル」

「ハイタッチ――ぷぺぇ!?」

 手が触れる寸前でブルーがその手を引っ込める。

 ハイタッチを躱されたミカはその勢いのままにずっこけた。

 ブルーが堪え切れずに声を抑えて笑っている。

「ホンっト直ぐずっこけるヤツだよなぁお前! コケたせいでまたパンツ丸見えになってるぞ。はしたないやっちゃなぁ」

「……知りませんよ! もう! 減るものでも無いんでしょう!? 大体ですね!! こっちは男なんだからスカートとか? 

そう言う物の扱いが分かるわけないでしょう! ただでさえ戦ってる時も何かスースーして落ち着かないのに、どうしてそう――」

 流石に我慢の限界と言った様子でブルーへ喰って掛かるミカ。

 始まった二人の喧騒は静寂を取り戻した筈のフィールド内で何時までも反響していた――。

 









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