――マモル……あんたさ。また一人で図書館? いい加減カビるんじゃない? せめて陽の当たる教室で読めば良いのに――
――……あそこにいても落ち着いて本が読めないし……それに僕は友達もいないから、教室にいてもしょうがないよ――
――……あっそ。で、何読んでんの――
――あっ……――
――まーたこんなオタク向けの……しかも今時二足歩行の巨大ロボが主役の漫画ってダッサ。
強化外骨格が歩き回ってる時代に良くこんなの読む気になるね――
――良いだろ……僕が何を読もうと小日向さんには関係無いじゃないか――
――大体ロボット好きならクラスのオタ共と話せばいいじゃん。あいつらだって似たような話で何時も盛り上がってるし――
――僕は……彼らと話したこと無いし……それに僕が好きなのは彼らにとって古臭いロボだから――
――あいつらバカでオタクでキモイけど、あんたよりはマシね――
――えっ……――
――少なくともマモルみたいに自分の好きな物、自分で貶そうとしないから――
――……僕は――
――そんなに……好きなら。いっそ見せびらかすくらいで行きなさいよ。ほら、これ――
そう言って彼女は僕の前に一冊のパンフレットを投げ出してきた――。
【ABAWORLD RESORTエリア行き 急行列車『白鯨』】
「うわっ! あ、あれですか!? 凄い! 本当にビーチと雪山が併設されてる!」
そこはかとない潮風と冷たい風を肌に感じ、その冷温混ざり合った強風に軍帽を飛ばされぬよう右手で抑えながら、
列車の窓から身を乗り出したミカ。
その視界に、常夏の砂浜とそれに隣接する真っ白な雪山が見えた。
蒼と純白の同居する不思議な空間。
更にその後ろには如何にも高級そうな洋風のホテルや和風の旅館、中国などにありそうな城を思わせるホテルもある。
まさに和漢洋。
その混沌さはミカをまるで"異世界"に迷い込んでしまったような気分にさせた。
「これがー! リゾートエリアなんですねー! ブルーさん!」
ミカが風の音に声をかき消されないよう、大声で呼び掛ける。
同じように窓から身を乗り出したブルーが強風の中、必死に声を張り上げながら笑っていた。
「こーして見るとホント違和感あるなーあれ! 絶対エリアを分けた方が情緒あるよなぁ、ハハハッ!」
ミカとブルーの二人は【RESORTエリア】へ向かうための移動手段、急行列車『白鯨』に搭乗していた。
前に乗った電車と違ってこの乗り物には大勢のアバたちが同乗しており、混みあっている。
二回戦の会場としてリゾートエリアが指定されたため、観戦前に一度下見へ行こうしているアバたちが多いらしい。
皆、一回戦の感想を話のタネにしていたり、次の二回戦への期待を口にしていた。
そしてそんな中、大会出場バトルアバであり、二回戦進出者のミカが呑気に観光気分へ浸っていれば当然――。
「あのー……」
「――へ?」
後ろから声を掛けられてミカは思わず後ろを振り向く。
そこには妙に青白い生気の無い肌をした少女のアバがいた。
頭に包帯を巻いて片目を隠している。
所謂ゾンビファッション……とでも言うべき姿のアバだった。
「バトルアバの……ミカ、さんですよね?」
「は、はい! そうですけど……なんでしょうか?」
ミカの返事を聞いて彼女の顔がぱぁっと明るくなった。
顔は相変わらず生気の無い色だが。
「やっぱり……! 一回戦見てました……! 初めてミカさんのバトルみたんですけど、
あたしすっごいドキドキしちゃって……! まさかこんなところで会えるなんて……!」
「あっ……こちらこそ……それはどうも……」
ミカは(多分)自分のファンとも言うべきアバと初めて会ったことで恐縮し、変な言葉使いになってしまう。
横でブルーがそのドギマギしている姿をニヤニヤしながら見ていた。
「あの……これ……! 良かったらこれに"エンブレム"をお願いします!」
「……帽子?」
そう言って彼女は野球帽のような物をミカへと手渡してくる。
特に柄などの無い白い無地の帽子。
受け取ったもののどうしたらいいか困惑しているとブルーが横から教えてきた。
「その帽子の正面のトコに掌を押し付けるんだよ」
「えっと……こうですか? ――おっ?」
ミカが帽子の正面へ右掌を押し付けると急に帽子の色が灰色に染まり、更に刺繍で"エンブレム"が縫い付けられていく。
例のちょっと不気味な犬のエンブレム。
あっと言う間にどこぞの球団の野球帽のようにバトルアバ・ミカ仕様の帽子が完成した。
(おぉ……野球の帽子みたいにマークが付くんだな……。この灰色って俺のトレードカラーって事か)
完成した帽子を持ち、再びゾンビ少女アバの方へ顔を向けると期待に目を輝かせながら待っている。
ミカは帽子を彼女へと手渡した。
「わぁっ!! ありがとう! これ……! これ被って次も応援行くから、ミカさんも頑張ってね!」
帽子を受け取ったそのアバはもう感激と言った様子で何度も何度も頭を下げてきた。
それを見て、ミカは感慨深い気持ちになる。
(……俺を応援してくれる人、本当にいるんだなぁ……こういう人たちのためにも――)
「――……応援、有難うございます! 【片岡ハム】所属、バトルアバ『ミカ』! 粉骨砕身で次のバトルも望みます!」
ミカは出来る限り、表情を引き締めてからビシッと敬礼を決めて、彼女の応援に答えた。
その軍人面した姿を見て彼女は満足げに手を振って去っていく。
ミカがその背に手を振り返しているとブルーが口を開いた。
「ああやって、バトルアバ本人にプリントしてもらうと刻印付きのお墨付きグッズが出来るってわけ。おもしれーシステムだろ?」
「確かに……。これならサインよりお手軽ですね。本物かどうかはABAWORLD側が証明してくれるから偽造も出来ませんし」
「エンブレムをプリントした日付も記録されるから良い記念品さ。あれは交換不可だからマジの一品物になるしな――
でも、お前これからが大変だぞ」
「え?」
「もう待ちが出来てる……ほれ」
ブルーが列車の通路側を指差す。
ミカはゆっくりとそちらを見た。
「――うぇっ!? こ、この人だかりは……!?」
そこにはズラッとアバたちが今か今かと待ち構えていた。
皆、一様に白い無地のTシャツや帽子を持っている。
それはつまり――。
「俺もこれにエンブレムくれよー!」「ここ! このシャツにお願い!」「私にもお願いします」
サイン待ちのアバたちに気圧されているミカの肩にブルーが手を置いた。
「ま、頑張れよ」
アバたちが一斉にミカへとシャツや帽子を押し付けて来て、思わず悲鳴を上げた――。
「ぎょわぁっ~!?」
「……ま、まさかあんなに求められるとは……」
満身創痍と言った様子のミカが列車からホームへと降り立つ。
軍服の所々がよれて、軍帽も頭から少しずれていた。
ブルーも後ろから続いて降りてくる。
「まぁ良いじゃねえか。減るもんじゃねえし」
「そりゃそうですけど……ありゃりゃ、スカートまでひっくり返っちゃって……」
ミカが両手で服装を正しているとブルーが声を上げた。
「――あ? あの犬……ゲンじゃん」
「え……? ゲンって……あの四足歩行の犬アバの方ですよね? どこにいるんですか?」
「ほれ、あそこ」
ブルーはそう言って向かい側のホームを指差す。
リゾートエリアから帰るための下り列車の発着所。
そこに可愛らしく鞄を口で咥えたアバ『ゲン』の姿があった。
あちらもブルーとミカに気が付いたのか顔を上げてワンっと軽く吠えてくる。
そのまま相変わらずぎこちない動きで二人の元へと寄ってきた。
「お久しぶりです。B.L.U.Eにミカ」
彼は丁寧にその犬ヘッドを下げてくる。
ミカも頭を下げて礼を返す。
ブルーはゲンの犬ボディをジロジロと見つつ、彼へ声を掛けた。
「よぉ。相も変わらず犬やってんな、あんた。そろそろ人間へ戻るつもりはねーのか?」
ブルーのアレな言葉を気にした様子も見せず、ゲンは変わらぬ落ち着いた口調で答える。
「これが仕事でもあるので。とは言え今日は依頼も終わりましたし、帰宅するところですが」
「依頼……?」
ミカが思わず聞き返すと彼は何故か舌を垂らして笑顔を見せてくる。
「……そう言えばミカさんは大会へ出場なさっているのでしたね。守秘義務があるので、詳しくは話せませんが……。
あなたと私の仲です。一つだけ忠告しておきましょう――今年の『獅子王』さんにはお気を付けください。
彼は遂に辿り着きましたよ」
「え……?」
あまりにも唐突で、予想していなかった人物の名がゲンの口から飛び出し、ミカは困惑した。
ブルーもその名に眉を顰め、聞き返す。
「あぁん? お気を付けくださいってどういうコトだよ。大体辿り着いたって……なんじゃそら?」
彼は何も答えず、ただ笑顔を浮かべていた。
そうこうしている内に下りの列車がホームへ入ってくる。
ゲンはそれを確認してから二人へと再び頭を下げてきた。
彼は入ってきた列車の扉が開くとそこへ向かってぴょんっと飛び乗っていった。
そして去り際に前足を上げて足を振ってくる。
「お二人とも、大会頑張って下さいね――では」
未だに困惑している二人を余所に扉が静かに閉まった。
直ぐに列車は発進し、ホームから出ていった。
狐ならぬ犬につままれたような気分になっていた二人はそれを見送ってから一緒に顔を見合わせた。
「なんでえあの犬……? 思わせぶりな態度しやがって」
「……辿り着いたって……どこへ?」
「さぁな。それよりさっさとリゾートエリアへ行こうぜ。今日はバイトあるからそんなにオレ長居出来ないし」
ブルーはそう言うと先だって歩き出す。
ミカはゲンの言葉に心残りがあったが、それを振り払ってその後を付いていった――。
【ABAWORLD RESORTエリア】
「あっちぃ……! そして寒い!」
「……そりゃビーチと雪山の境界線に立てばそうなるわ。体感温度三十℃違うんじゃねーの?」
震えているミカをブルーが腕を組みながら呆れ顔で見ている。
ミカは黄金色に輝く砂浜と白い雪原の境目に立っていた。
ちょうどそこでエリアが切り替わっており、隣では雪が降り、その隣では陽光が降り注ぐという摩訶不思議な状態になっている。
青い海だけがその二つの場所を繋げており、辛うじてここが同じ空間だと認識させてくれた。
「よっと……」
右足を動かしてブーツで隣の雪を掬い、ミカはそれを砂浜へと運んでいく。
靴から降ろした雪はあっと言う間に融けていき砂浜を湿らせた。
「良く出来てますね、これ……ちゃんと温度で融けてる。あっ、でも融けない雪もあるんだ」
砂浜の方を見ると何人かのアバが雪原から雪を運んできたのか雪だるまを作っていた。
常夏の砂浜に雪だるま。
何とも言えない風情がある。
彼らの足元には太陽と雪だるまのマークが描かれたバケツが置かれており、それから雪を掬っているようだ。
「あれは耐熱雪ってアイテム使ってんだよ。そこの売店で売ってるぞ」
ブルーの指差した先には雪だるまの看板が掲げられた南国風の売店があった。
(あれか……! 買わなきゃ……!)
完全に一観光者と化したミカは目を輝かせてそこへ向かおうとしたが、すかさずブルーが首元のスカーフを掴む。
呻き声を上げながらミカは後ろへ引っ張られ、その動きを止めた。
「ぐぇっ!」
「何やってんだおめー。遊んでる場合か。偵察に来たんだろうが、偵察に」
ブルーからの注意でミカは正気に戻る。
つい童心に帰り、本来の目的を忘れかけていた。
ミカは左手で軍帽の縁を下げて、顔を覆うと照れ隠しに口を開いた。
「……ブルーさんはどう思います? この砂と雪の合わせ地での有効な戦術……」
「――今更かっこつけてもガキみたいに走り出そうとしてた事実は消えねーぞ、ミカ」
「いっ……良いじゃないですか! 少しくらい、はしゃいでも!」
「おバカ。そういうのはバトルが終わった後にしろ、後に――まぁここは特殊地形だな」
そう言ってブルーは砂浜へ屈みこむ。
ミカも一緒になって隣で屈みこんだ。
彼は砂へ手を押し付ける。
すると押し付けたところから水が染み出しその手を濡らした。
「前にあのプロレスラーとバトった砂地と違って、ここ水気あるからな。ダイタランシーも起きてるから、
常に動き続けてりゃ足を取られることはねえ」
「ダ、ダイタ……?」
聞き慣れない言葉にミカが首を傾げているとブルーは自身の掌をベシっと砂地へ叩き付ける。
その衝撃で先程までサラッとしていた砂が固まり、地面のように硬化した。
その様子を見て合点がいった。
(あぁ、なるほど……片栗粉を水に溶かした時に起きるアレか)
※ダイタランシー 軽い衝撃では液体化、強い衝撃では固体化する性質。
ブルーはゆっくりと液状化していく地面を見つめながら解説を続けた。
「このよーに衝撃を与えると硬化する。だから一か所に留まらなきゃ意外と問題はない。後は――海か」
今度は青い海の方へブルーは視線を向ける。
サーフィンやボードなどのマリンスポーツに興じているアバたちが沢山おり、とても楽しそうだった。
彼はそれを見ながらズバッと言い切る。
「――海には入るな、以上対策終わり」
「……物凄い簡潔ですね」
「そりゃあんなとこ態々入るアホはいねえし……。幸い、海マップを得意とする『鮫子』と『烏賊丸』が今回、
一回戦敗退したから、余程のことが無い限りあそこを主戦場にするバトルアバはいねえよ」
彼はそこまで言ってから、少し離れたところにある雪原へ目を向ける。
考え込むように顎へ右手を置いていた。
「ぶっちゃけあっちの雪マップはお前が有利っぽいよなぁ。犬だし。犬いるし。
いざとなればあのデカブツのキャタピラが猛威を奮えるし……あそこへ誘い込むのは割と有りだと思うぜ」
「確かにそうですね。誘いに乗って来なかったら遠距離から砲撃を行えますし……」
ブルーの言葉に頷きつつ、ミカは雪原へ目を向けた。
さっきのビーチと違ってこちらではウィンタースポーツに興じているアバたちの姿が見える。
雪合戦をしたりして中々楽しそうだった。
(あそこを主戦場にするなら、色々と融通が利きそうだなぁ……でも相手もそれくらいは――ん?)
ミカが思案にふけっているとふと近くで声が聞こえてきた。
――衛。足場が不安定だから、大召喚する時は注意して――
――分かった。大きさを活かして逆に海側で呼び出すのも良いかもね――
――でもあんたも海じゃまともに動けないんだから、注意しなきゃ――
その声がしてきた方向へ目を向けると自分とブルーと同じように砂浜で屈みこんで何かを話し込んでいる二人組のアバがいた。
白い学生服を着た人間型の黒髪の少年のアバ。
そして薄赤色をした肌が特徴的で軽装の着物を纏った赤髪の少女のアバ。
少女のアバの方は頭部に二本の角が生えており、どことなく"鬼"を思わせる姿だった。
その姿をなんとなく見ている内にミカは少年のアバの方はバトルアバだと気が付く。
(あの子……バトルアバだ。俺たちみたいに偵察へ来ているバトルアバなのかな?
二人組って事は……あの赤鬼っぽい子はオペレーター……か?)
前にブルーが言っていたオペレーターが付いているという珍しいバトルアバ――それが彼らなのかもしれない。
真偽を確かめようと隣で屈んで砂地と睨めっこをしながらぶつぶつ何か呟いているブルーへ尋ねる。
「――あのトカゲ魔女は飛べるから、こういう時有利だし……狼野郎も……――」
「ブルーさん、ちょっと良いですか?」
「あぁん? どうした?」
彼が思案を中断して、顔を上げる。
ミカは指で少し先にいる二人組を指差した。
「あそこの……二人組って前にブルーさんが言っていたオペレーター付きのバトルアバ――だったりしますか?」
「あ?」
ブルーがミカの言葉に従ってその二人の方を見る。
すると彼の表情がまるで不味いモノでも見たかのように激変していった。
「あ……あぁ!?」
何時になく驚愕しているブルーにミカも驚いてしまった。
普段スカしている彼らしく無くワタワタと慌てている。
ミカも心配になって思わずブルーへ声を掛けた。
「……どうしたんですか?」
「ミ、ミカ! オレを隠せ! あぁもうそこで良いわ!」
「は? ――ちょっ!?」
彼はこっちのスカートに突然顔を突っ込んできた。
その行動に困惑し、ミカも言葉を失いかけていたが直ぐ激昂して叫ぶ。
「何やってんですか! 頭おかしくなったのかこの野郎!」
ミカはご乱心を始めた自らのオペレーターを叩き出すために両手で引き剝がそうとする。
彼はスカート内でモゴモゴしながら抵抗した。
「他に隠れる場所ねえんだからしょうがねえだろ! 顔だけでも隠してくれ!」
「アホか! 止めてください!! 大体、砂浜に頭でも突っ込んでれば良いだろ!!」
二人はドタバタと暫く攻防をしていたが、やがてミカが砂に足を取られてバランスを崩した。
「――あっ!」
二人一緒になってドサッと砂浜に転がる。
少々湿った砂が飛び散り、二人の身体を汚した。
直ぐに身体を起こしたミカは砂だらけになった全身を犬のように身震いする。
そのままブルーへ向かってかなり怒り気味に叫んだ。
「なにすんだこらー! 幾らブルーさんとは言え、やっていい事と悪い事あるだろ!」
彼も尻餅を付いた体勢から顔を上げて口答えしてきた。
「うるせえ! 非常事態なんだよ! ――(ピー)! こんなことしてる場合じゃ――」
「話は終わってねえぞこらー! 今までお世話になってきから! 我慢に我慢を重ねてっ! 耐えてきたけど!
今日という今日は許さねえっ! 男に対してもセクハラは適用されると教育してやるっ!」
「説教は後で聞いてやるから! 今はオレを隠せって!」
「知るかー! 大体、いつもいつもっ! 人がこけた姿を写真で撮ったりっ! 変な恰好の写真撮ったり!
こっちが気づいていないとでも思ったかこの野郎!!」
「別にそれは良いだろ! フォーラムで掲載するくらいにしか使って無いんだから!」
「それが問題なんだろがー!」
流石のミカも今回のブルーの行動には我慢ならず、彼へ掴みかからんばかりの勢いで食って掛かる。
大騒ぎを始めた二人だったが当然そんな事をしていれば近くにいた"あの"二人組もその喧噪に気が付いた。
黒髪の少年と赤髪の少女は砂をまき散らしながらバタバタしているブルーとミカを困惑しながら見つめている。
しかし少女の方が青髪の自動人形『B.L.U.E』の姿に気が付き、表情が一変する。
「あっ……あの時の(ピー)アババトルオタク!?」
「――え? ど、どうしたの『アカツキ』?」
アカツキと呼ばれた少女のアバは突然の変わり様に困惑する隣の少年を無視して、
怒鳴りながらミカとブルーの方へ向かって行った。
「この(ピー)野郎! なんであんたがここにいる!? なんでBANされてないの!」
「――へ?」
「あぁ……見つかっちまった……」
いきなりの乱入者にミカは自身の激憤を忘れ、間の抜けた声を上げてしまう。
掴み掛られていたブルーは諦観したように声を漏らした。
彼は予想外の乱入者に虚を突かれて動きを止めたミカの手を軽く振り払うと、スクッと立ち上がる。
そして明らかに激怒している少女へ向けて言った。
「デルフォは私怨通報でBANするほどアホじゃねえからな。大体、オレとの舌戦で負けたからって
通報するとか恥ずかしくないんですかぁ、鬼女さん?」
明らかな煽り口調でブルーは挑発をしていく。
何時にも増しておちょくってる感じが強い。
当然そんな言葉を投げかけられれば相手も売り言葉に買い言葉で彼女も応戦した。
「があああああ!!! どの口が言ってんだ!! あんたが先にアババトル考察のフォーラムで喧嘩売ってきた癖に!
そのせいであたしは出禁喰らったって言うのに!」
「お前のバトル理論がとんちんかんだから、オレが修正してやっただけだろ。事実、反論出来なかったから
通報なんてしょっぱい手段に出たんじゃん。負け認めてんじゃん」
「ぐっ……! だからって暴言吐いていい訳じゃない!」
「暴言って……繊細過ぎるだろ、あんた。顔真っ赤だぞ程度で怒るなよ。元から赤鬼なのに、ハハハッ!」
あまりにもヒートアップしていくブルーとその少女に自身が先程まで感じていた怒りもどこへやら。
ミカはすっかり毒気を抜かれたように呆然としていた。
「ちょっと……どうしたの、アカツキ。急に走り出して……」
いつの間にか少女の相方であろう黒髪のバトルアバもこちらへ近づいてきた。
彼はミカと同じく状況が理解出来ないらしく、表情に困惑の色が見える。
そのバトルアバとミカは顔を見合わせ、お互いに似たような状況な事を理解した。
(あっちも何でこんなに二人が言い争いしてるか分かんないみたいだ……。
ブルーさんとこの鬼っぽい子はどういう関係なんだ……?)
ミカが再び、二人の方へ目を向けると青髪の自動人形は軽く右手を上げて、突っかかってくる彼女を制した。
「――まぁ、オレも悪かった。色々言ったのは謝るわ。ちょっと言い過ぎたわな――ごめんな」
ブルーが先程までのバカにしたような口調から急にトーンダウンをして真剣な口調で彼女へと謝罪を行う。
それは明らかに心からの謝罪が込められており、相手を困惑させた。
「え……な、何……急に」
突然の謝罪に鬼娘のアバも表情に困惑の色が見える。
(あー……あれは……。ぶちキレるぞ……あの子)
ブルーと付き合いがそれなりに長いミカはそれが彼の更なる口撃への前振りであることを察していた。
恐らく十秒後くらいには彼女は烈火のごとく怒り出すだろう。
ブルーはたっぷりと間を置いてから再び口を開いた。
「――でもさ。やっぱり、オレの理論のが正しいの変わらないと思うぜ。お前ら二人は真面目過ぎだから、柔軟性に欠けるし。
あんたは『衛』に入れ込みすぎてバイアス掛かってるし……もうちょっと桃色ピンクの色眼鏡外した方が良いんじゃねえか?」
ブルーの言葉に少女が一瞬図星を突かれたような表情に変わる。
その後、顔色がどんどん変わっていき、元々赤色だった肌が更に真っ赤になり、完全に朱へ染まった。
(表情豊かな子だなぁ。茹蛸だよ、あれじゃ……)
当事者ではないミカは他人事ながらにそう思った。
一方当事者の少女はミカの予想通り、怒髪天を突いたのか全身から怒気を漏らしながら怒鳴った。
「――お! お! き! な! お! 世! 話! 大体、バトルアバでもないし、オペでも無いエアプの
あんたが幾ら言ったって説得力が無い――の、よ……」
そこまで言って少女はブルーの隣にいる"バトルアバ"に気が付く。
彼女と目が合ったミカは気まずいながらも一応、頭を軽く下げた。
「あっ……どうも」
彼女がバッとブルーの方へ振り向く。
彼はニヤニヤしながら見せつけるようにミカの肩へ馴れ馴れしく手を回した。
そして自慢げに、ミカの姿を見せびらかしながら鬼娘アバへ言う。
「こいつ、バトルアバ『ミカ』。鬼女も知ってんだろ? なぁ?」
その言葉を聞いてワナワナと全身を震わせながら彼女は後ずさっていく。
信じられない物を見るような目つき何度もミカとブルーを見比べていた。
「ま、まさか……そんな……。なんであんたみたいなイキリアババトルオタクが……。いや……あり得ない……!
何の実績も無い奴をオペで雇うなんて、そんなバトルアバ居ない筈……!」
しかし彼女の考えを否定するように、いつの間にかウィンドウを出して何かを調べていた黒髪の少年が答える。
「……アカツキ。彼は本当にバトルアバのオペレーターみたいだよ。大会参加の名簿にもちゃんと名前ある――
そもそも彼とどういう知り合いなの……?」
少年の言葉に絶句した様子で少女は固まっていた。
暫く何も答えず、プルプルと肩を震わせていたが、やがて顔を上げると力強くミカを指差し、少年へ大声で命令した。
「衛! 今すぐこのバトルアバにバトル挑んでっ! そしてぶちのめしてっ!」
彼はその突然且つ滅茶苦茶な命令に呆れ顔を見せる。
「……大会中はバトル申請出来ないよ……」
「じゃあっ! 今すぐこの場で殴って! バトルアバ同士の攻撃は当たるでしょっ!!」
「ちょっ!? 何故私が殴られる必要がっ!?」
突然の暴行宣言に流石のミカも驚愕し、一歩後ろに下がって彼らから離れようとした。
「そんな事はしないので、安心して下さい。……本当にどうしたんだよ、アカツキ。キミらしくもないよ、そんな取り乱して……」
少年はミカへ弁明しつつ、明らかに錯乱している少女を心配して声を掛ける。
しかし彼女は頭を抱えながら髪を振り乱して、喚き散らして彼の言葉が耳に入っているようには見えない。
「がああああああ!! 悪夢だああああ!! イ、イキリ野郎があたしと同じ……オペレーターなんてっ!!!」
状況が全く理解出来ず、未だ困惑しているミカと少年。
二人とも困ったように顔を見合わせた。
「ハハハッ! これでもうデカい顔出来ねえな! 鬼女! ざまあねえぜっ!」
混沌とした状況の中、非常に楽しそうな顔のブルーの高笑いだけがその場で響いていた……――。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!