【ABAWORLD MINICITY 居住エリア ミカのマイルーム 】
「――連絡が来ていないんですけど……――」
ソウゴ改めミカは目の前のウィンドウを見ながら会話をしていた。
ウィンドウには緑肌の緑髪のスーツ姿の女性、デルフォニウム社員の『ツバキ』が映っていた。
彼女は非常に申し訳なさそうな表情をしながら喋っている。
≪――申し訳ありません。ミカ様へのご連絡漏れがありました……当社の――いえ私のミスです≫
「えっと……つまり……本選出場者は夏の祭典の時のイベント参加が免除される……ってことですか?」
≪はい。本来ならばバトルアバの方々は祭典中、各種イベントへの参加及び自主的なイベントの開催が
義務となっております。しかし本選出場者には出場の"ご褒美"としてそれが免除されています≫
「……そ、そんな重大な事をこちらへ通知していなかったと……?」
≪……申し訳ありません≫
「……忘れてたんですか?」
≪……本当に、申し訳ありません≫
(本当に忘れてたのか……この人)
ウィンドウに映ったツバキは本当に申し訳なさそうに頭を下げていた。
ミカが呆れていると彼女が更に言葉を続ける。
≪ご用意して頂いた"出し物"に関してはそのまま出店して頂いて構いません。ですがミカ様は出来れば――≫
「――出来れば?」
≪予定して頂いた業務の方を差し控えて頂ければ……。
本選出場者への"ボーナス"としてこの免除がありますので……≫
(会社の体面的に休んで欲しいって事か……。中々面倒なんだな……あっちも)
「私が売り子する予定だったんですけど……」
≪……ごめんなさい♥≫
「可愛く謝っても誤魔化せてませんよ……」
≪そう言えばこれは私事ですが……ミカ様、本選出場おめでとう御座います。
本選用の諸規約の記された資料を送付致しました。一度お目通しいただければ幸いです≫
――ピコンッ。
電子音と共にミカの目の前に映像資料が送付されてくる。
それを右手で受け取りつつミカはツバキへ疑念を向けていた。
(……まさかこれも忘れてたんじゃないだろうな……)
≪夏休みを存分にお楽しみください、ミカ様――≫
――プツッ。
(切りおった……)
通話を一方的に打ち切られたミカは仕方なく、ウィンドウを閉じると後ろを振り向いた。
「――……だそうです」
そこにはすっかり夏祭りのために気合を入れていた片岡ハムの面子が呆然とした表情で立っていた。
「ちょっと! ワザワザあたしがモデリングしたこの射的屋台どうすんのよ! 折角景品、色々作ったのに!」
そう言ってムーンは後ろに用意されている射的屋台を指差した。
【片岡ハム射的場】と書かれたそこには1/12ミカドールや黒檜ぬいぐるみ、
浅間のファンキャップ、大当たりと書かれた的が設置されており、彼女が入念に準備していた事が伺えた。
「ワ、ワシ……マキちゃんに屋台やるって言ってもうたんやけど……」
スポンサーとして今回の祭りには気合を入れていたであろうトラさん。
頭に巻いた赤いハチマキと青い祭法被がどこか虚しい。
「……どないすんねん。こんな専用空気銃までABAWORLD用にモデリングして作ったんに」
そう言ってトラさんと同じく祭法被を羽織ったラッキー★ボーイは手に持った
【三式六号歩兵銃コルク弾仕様】を見せる。
ミカが普段使用している物と違って銃身が切り詰められており、通常のアバが持てるように改修がされていた。
「まぁしょうがねえよ、お上がそう言ってんだから。うーん、良い手触りだなぁ、こいつ」
黒檜のぬいぐるみを胸に抱えたブルーがご満悦な様子でそれを撫でていた。
ミカは皆へツバキから伝えられたことを話す。
「……一応、営業する分には問題無いみたいです。
ただ私が売り子として参加するのは遠慮して欲しいと言っていました」
流石のムーンも呆れ顔でその青い瞳を点滅させていた。
「はぁ~アホくさ。デルフォってたまにやらかすわねー。
まぁミカくん無しでも社長と店長が売り子やるから大丈夫かしら」
「ワシらの担当サーバーは【サザンカ】やっけ。祭り自体は参加したことあるけど店やるのは初めてやからなぁ。
どんなもんになるかさっぱりわからん。ワシら老人だけでどうにかなるもんやろか」
流石に仮想空間での接客など初めての経験らしく不安がるトラさん。
ブルーはそんな彼へ相変わらず軽い口調で声を掛ける。
「何言ってんだよ、爺さん。景品の補充とかゲームスタートとか全部自動なんだから心配いらねえだろ。
爺さんたちは屋台の横で騒いで客引きするだけさ。
メカ女とラッキーの爺さんがシステム自体は構築してくれたんだし」
ブルーの言葉にムーンが憔悴した声を漏らす。
「……そのせいであたしは徹夜だったけどね……」
「それはお前が無駄に凝るからだろうが! 企画書出した時は景品一種だけだったのに、
いざ見本来たら五種まで増えてるし」
ブルーからの突っ込みに彼女は威勢良く返す。
「あたしは絶対に妥協しない……! いや流石に今回はちょっと妥協すべきだったと反省したわ……」
疲れ切った様子のムーンへミカが感謝を述べる。
「本当に有難うございます、ムーンさん……。こんな凄い凝ったの用意して頂いて……」
「――礼は良いわ。ミカくんは本選出場っていう望外の結果出したし……あたしもデザイナーとして頑張らないと。
いやマジで本当に予想以上よ……。二回戦で黒檜が目立ちまくったから、
それを見た専門学校時代の友人たちから連絡来まくって焦ったわ……。大会出場は想像以上の効果ね」
「ありゃ凄かったからのう。隣町の奴らでさえ、飲みの席で話題に出しとった」
トラさんが頷きながらそう言う。その言葉にラッキー★ボーイも同意していた。
「年甲斐も無く興奮してもうたわ。昔見たロボアニメみたいな光景がホンマに目の前で見れるんやもんなぁ。
そらバトルが人気出るわけや」
「あの小日向ってとこのロボも良かったなぁ」
「あぁん? トラ、あんなんがええんか! 敵やぞ!」
「……まだそんなこと言っとるんか、大吉……」
言い争いを始める老人たちを余所にブルーがミカへ話し掛けてくる。
「お前も休み貰えるってんなら休んだ方が良いわ。
それに祭りに参加した経験も無いんだしさ。折角だし満喫して来ようぜ」
「で、でも本選前ですから仕事無いんなら練習した方が良いんじゃないですか?」
ミカの言葉にムーンがビシッと指をミカへ突き立てながら口を挟んでくる。
「前も言ったけど休める時は休むのがバトルアバの仕事! ま、その青髪に悪い遊びでも教えてもらいなさいな」
「わ、わかりました! 誠心誠意、遊んできます!」
ムーンの勢いに押され、ミカは頷くしかなかった。
ミカはトラさんたちの方へと振り向き、彼らにも話し掛ける。
「その……私だけ何かすみません。トラさんたち、お店の方お願いしますね」
「まかせときぃ。ミカちゃん普段頑張っとるし、今日は遊んでもええやろ」
「せやせや。サボりも人生には必要や」
「さ、サボりって言われるとちょっと躊躇いありますけど……」
トラさんたちとミカが会話している横でブルーがそっとムーンの方へ近づき、小声で話し掛けた。
「――……メカ女。ちょっと相談があんだけどよ――」
「――何よ。妙に改まって……。キモイわね」
「――ある事を頼みてえんだ。ミカに秘密でな――」
「――あんた、また悪い事考えてるわね――」
「――なぁに……ミカのためでもあるんだぜ――」
そう言ってブルーはいたずらっぽく笑った――。
【ABAWORLD MEGALOPOLIS サーバー7『サザンカ』
軌道エレベーター前広場】
「おぉ~! これは本当にお祭りって感じじゃないですかぁ!」
ミカの目の前には天高く空へ向かって聳える軌道エレベーターを囲むように幾つもの祭屋台と提灯が立ち並び、
煌々と灯りが見えた。
屋台以外にもイベントが開催されているのか舞台が幾つか設置されており、
そこでアバが踊ったり何かミニゲームをしている。
普段は没入感を重視しているためBGMなどが流れていないABAWORLDだったが今日は別らしく、
祭囃子がどこからか聞こえており、不思議な雰囲気だった。
「幾ら初めて祭り参加するからっておめーはしゃぎすぎだろ。子供かお前は」
「……そんな恰好している人にだけは言われたくは無いですね」
ミカの隣のブルーは背中に巨大なクマのぬいぐるみを背負い、
右手に綿あめ、左手に団扇を装備し、対祭り用完全武装と言った様子だった。
「オレは"正装"をしているだけだから。一緒にするんじゃねーぞ」
「……そういう事にしておきます。それにしても――」
ミカは改めて広場を見渡す。確かに盛況ではあるが、想定していたより歩いているアバの数は少なかった。
「……思ったよりアバの数少ないですね。もっと歩くのも大変なくらい人がいるかと……」
「大体みんな鯖1の【カサブランカ】から順繰りに回ってくるからな。七番目のここは後回しになるのさ」
そう言ってブルーは自身の右腕を撫でる。ウィンドウが現れ、
それを右手で操作し何か画面を出す。ウィンドウを動かしてミカの方へ見せてきた。
「ほれ。今の鯖1の状況」
「――うぇっ!? こ、こんなにアバが!?」
ブルーの見せてきたウィンドウには映像が流れており、
凄まじい人数のアバが広場でひしめいているのが映っていた。
最早どうやって歩いているのか分からないほどミッチミチにアバで埋まっている。
絶句するミカを余所にブルーが口を開いた。
「もう入場規制されてるから鯖2の【キンセンカ】へアバも流れ始めてるな。
あと二時間もすりゃこのサザンカもアバで一杯さ」
「な、なるほど……
「ここも混み出す前にてけとーに回ろうぜ。
どうせおめーはミニゲーム殆ど出来ないから買い物くらいしか出来ねえし」
「あー……そう言えば夏の祭典のミニゲームはバトルアバ非対応多いんでしたっけ……。
ムーンさんが言っていたなぁ」
バトルアバとアバは基本的なシステムが異なる。
こういうイベントの際、どちらにも対応していると用意する側にも負担が大きい。
そのため普通のアバのみが遊ぶ事を想定して準備されている事が殆ど……。
ミカはその事をムーンの説明で事前に知っていた。
「ま、ABAWORLDの主役はあくまで普通のアバだから仕方ねえさ。ほれ! 主役様に付いてこい!」
ブルーはミカの首に巻かれている赤いスカーフを引っ張り、
飼い犬を引き連れる飼い主のように先立って歩き始めた――。
「――ぐぇっ!? そ、そのスカーフを引っ張るの止めてください! ちゃんと首締まる感覚するんですよ!」
ミカとブルーは一通り、立ち並ぶ屋台を見て回り、端の方にある仮設テントの一つに入り、そこで一息吐いていた。
「……バトルアバってやっぱり特殊なんですねぇ……。
出来るミニゲームも無いですし、対応するアクセサリーも殆ど無い……」
「そりゃボーンからしてちげーからな。アバは見た目に差異あっても中身は全員共通のボーンだし」
「普段のABAWORLDのミニゲームとかは私でも出来たから結構期待してたんですけどね……残念」
「あっちはデルフォ側が用意したもんだからな。それでもバトルアバにゃ非対応のミニゲーム多いわ」
「でも色々な出し物見られて良かったですね。ホントみんな工夫凝らされてて見てるだけでも面白かったです」
このサーバーにも当然、バトルアバたちが出店している出し物があった。
かまくら体験、マイルームに飾れる驚異の実寸大ダイオウイカぬいぐるみ販売
(これは自分にも買えた。当然買った)、自分から見ても可愛らしい衣装を販売しているファッション系の出店、
バトルアバと乱闘が楽しめる特別仕様のプロレスリング――。
非常に魅力的な物が多く、かなりミカも興味を惹かれた。
しかし自分はバトルアバ。残念ながらそれで遊ぶ事は出来ない。
バトルアバがこのABAWORLDで特異な存在とは言え、
全てが特別扱いされているという訳でも無いのを今更思い知らされる。
むしろ基本的なコンテンツはアバベースに作られており、あくまでバトルアバは"おまけ"だ。
(こういう所でデメリットがちゃんとあるんだなぁ……バトルアバ。
でもそこで区別がされてるから成り立ってるとこもあるか……。
普通のアバの完全上位互換ってのも色々問題ありそうだもんなぁ)
今回の夏祭りのようにバトルアバは定期的にイベントへの参加や、チャリティー活動が義務付けられている。そう言う意味でもバトルアバは立場的に"奉仕者"へ近いのかもしれない。
(ただそれでも――ちょっとやりたかったなぁ。特にかまくら体験……)
「しっかし『雪乃』のかまくら体験は寒すぎたわ。あれ絶対リミッター切ってるだろ」
少々意気消沈気味のミカと対照的にブルーは祭りを満喫しているのがありありと窺えた。
頭に乗せたかまくら体験のお土産の雪だるま、はっきり言って似合っていない星型の眼鏡、
両手に抱えた夏の祭典限定グッズの山、背中に背負ったクマはいつの間にか
祭法被を身に纏い浮かれ気分を更に演出している。
「……ホント楽しんでますね、ブルーさん」
「流石に手に持ってるのもキツクなってきた。今年は去年と違って新規のアクセ多くて豊作だったなぁ」
どうやったのか分からないが彼はウィンドウを出すとそこへ何とか手を伸ばし、
二三操作を行う。するとブルーの持っていたグッズやクマが消えていった。
「……それは片づけないんですね。というかそれ……凄い大事そうに持ってましたけど何なんですか……?」
殆どのグッズが消えた中、何故か彼は小さな鉄の箱のようなグッズだけは後生大事に抱えていた。
確か――人形の鮫を釣る屋台でブルーが入手した物だ。
引いた時に周囲のアバたちが驚いており、彼自身も小躍りして喜んでいたから良く覚えている。
どうも相当に"希少"な物らしい。
「ふふ~ん♪ もうちょっとだけ眺めさせてくれ――これは乗り物交換用のアイテムさ」
ブルーはそう言って鉄箱をこちらへと上機嫌で見せてくる。
「乗り物……? ABAWORLDに乗れる車とかあるんですか……?」
「ああ。ただ指定された場所でしか乗れない上に、これだけじゃダメなんだわ。
ゲーム内マネーもかなり貢ぐ必要があるんだけどよ。ABAWORLDのエンドコンテンツの一つみたいなもん」
※エンドコンテンツ ゲームなどに用意されているやり込み要素。
「はぁ……?」
あまりそちらの方面に詳しくないミカは良く分からず、首を傾げていた。
ブルーは暫くその箱をうっとり眺めていたが、やがてそれを片付けると改めてミカに話し掛けてきた。
「お前が祭りコンテンツの殆どを楽しめないのは予想済みだったからな。
バトルアバでも楽しめる物を事前にリサーチしといたぜ。爺さんたちの屋台に顔出ししたらそっちへ行こう」
「おぉ……! ちゃんとバトルアバでも遊べる物があるんですね!」
流石にこのまま何もやらずに祭りを終えるのも寂しいと思っていたので友人からの提案は素直に嬉しかった。
「あぁ。たっぷり楽しめるぜ、クククッ……」
友人からの気遣いに感激しているミカは彼の口元が邪悪に歪んでいるのに気が付いていない。
ただただ喜んでいた。
(流石ブルーさんだ……! ちゃんと俺のために考えていてくれたなんて……! ――ん?)
――ペタペタッ・・・・・・。
その時、聞き覚えのあるサンダルの音がミカの耳に届く。
更に大会前にあのメイドカフェで何度も聞かされたお嬢様の声が聞こえてきた。
「――こんな所で油を売っているとは良いご身分ですね、駄犬」
「お嬢――じゃないっ……ガザニアさん! どうしてこんな所に……!?」
紫紺のとんがり帽子に紫紺のローブ。
誇り高き龍の魔女。
紫紺龍の髭『ガザニア』がそこにいた。
「その口ぶり、まるで私が祭事に参加してはいけないような物言い……。
どんな印象を私へ抱いているか察せるというものですね、駄犬」
相変わらず居丈高な彼女。その雰囲気に気圧されつつもミカは弁明した。
「い、いえ……そういう訳じゃないんですけど……」
「……そう言えば。駄犬も本選出場をしていましたか。まぁ……一応おめでとうと言っておきます」
彼女はトンガリ帽子で自分の目元を隠しつつ、ミカへそう言った。
「あ、ありがとうございます」
ミカは彼女から祝辞を送られるという珍事に少々困惑した。
「しかし……あなたが出場するとは……。野良犬魂を少々侮っていたのか……」
(あれ? もしかして俺褒められてる?)
しかしミカの考えを否定するように魔女は被りを振って肩を竦める。
「……というよりも駄犬が勝ち抜けるまで大会のレベルが落ちてきているのかもしれませんね。由々しき事態です」
(気のせいだった)
「……へぇ。ミカのご主人様じゃねえか。何してんだ?」
ミカが彼女の言動に一喜一憂している一方、我らが参報殿は一切怖気づく事も無く、魔女へと話し掛けた。
彼女はミカへ話し掛けた時と違って態度を改めて、ブルーの問い掛けにどこか堅苦しい口調で応じる。
「趣味の散歩中です、『B.L.U.E』さん。私もそこのバトルアバ・ミカと同じ本選出場者なので
デルフォニウムから祭事中のイベント参加を免除されています」
(そうか……。ガザニアさんも本選出場者だから免除されているんだな)
彼女も当然の如く、本選へと出場している。
ブルーはお客様向けの口調をしているガザニアへ向かって不敵な笑みを向けた。
「おいおい、魔女様よぉ。そんなに他人行儀に話さなくて良いぜ。
オレはアバだけどこいつのオペだからな。あんたの……"敵"さ」
ブルーはそう言ってミカの肩を軽く叩いた。
その挑発混じりの言葉にガザニアの表情が変わる。
一瞬ピクっと眉を動かし、それから一度眼を瞑り、不遜げに鼻を鳴らした。
「……ふん。駄犬の飼い主という訳ですか。ならオーディエンスとして扱う必要は無さそうですね――"青髪"」
「ハハッ! そうそう、それで良いわ。で、こんなところで一人で散歩かぁ?
ちと寂しくねえか、祭りだって言うのによぉ」
「……ここへ来たのは祭りとはどんな物かと一度くらいは拝んでおこうと思っただけです。
どうせバトルアバが利用出来るコンテンツはありませんので、物見遊山……と言ったところでしょうか」
「ふーん……――あっ。ならウチ――片岡ハムの屋台で遊んで行けよ。そこはバトルアバも遊べるし」
ブルーからのガザニアへ提案が行われた。ミカも同意し、彼女を誘う。
「あっ! それ良いですね。ガザニアさんも是非射的やってみて下さい。景品もありますよ」
「射的……?」
興味を持ったのかガザニアがその紫色の瞳を少しだけ大きくした――。
【ABAWORLD MEGALOPOLIS 片岡ハム射的場前】
「――いっらしゃいませー! バトルアバ『ミカ』の銃を使って射的が出来るでー!」
「景品もあるから楽しんでってやー! バトルアバも遊べる特別仕様、試してみんかー!」
景気の良い客引きの声が辺りに響いている。
祭法被を纏った二人のアバが屋台の前で周囲を通るアバへ声を掛けていた。
既に何人かのアバが用意された銃を持って射的遊戯を楽しんでいる。
とても空気銃とは思えない迫真の発砲音が響き渡っていた。
鳴り響いた発砲音はかなり耳に残り、それがまた周囲のアバたちを引き寄せて客寄せになっていた。
「トラさーん~お客さん連れてきましたよー」
「よぉ、爺さん。ちゃんとやってっか?」
ミカはその屋台へ向かって手を振りながら近付いた。
こちらの声に気が付きトラさんが振り返ってくる。
ミカとブルー、そして……ガザニアの姿に気が付いた。
「――お? ミカちゃんとぶるーか――って誰やその……めんこいアバ――いや……顔が良いしバトルアバかぁ?」
トラさんの声でラッキー★ボーイも接客を止めてミカの方を振り向く。
彼も同伴しているガザニアへ気が付き、声を上げた。
「おぉ!? まーた随分モデリングええヤツ連れとるな、ミカちゃん。
……何か会うたびに女とっかえひっかえしとるのう」
変な想像をしているラッキー★ボーイにミカはにこやかに笑い掛けながら冷徹に言い放った。
「変な誤解は止めて下さい。ガザニアさんは知り合いってだけです――撃ちますよ?」
「ヒェッ……――最近キツくない?」
ラッキー★ボーイが身を震わせながら、ミカの微笑みに恐怖し、一歩後ずさる。
一方、ガザニアは照明で明るく照らされた屋台を見て口漏らす。
「これが……あなたたちの出し物ですか。珍しいですね、バトルアバも遊戯出来るとは……」
「作ってくれた方がバトルアバも遊べるようにしてくれたんですよ――トラさーん、一人お願いしまーす」
ミカはガザニアの背を押してトラさんへと声を掛ける。まだやるとは言っていなかった彼女は少し狼狽えた。
「あっ……。まだやるとは――」
「おぉ、ええで。お一人様ご案内やで~」
トラさんはミカから声を掛けられるとウィンドウを出して操作し始めた。
それに合わせてガザニアの手に空気銃がポンっと現れる。
まだ乗り気ではない彼女へブルーが少し煽りを入れた。
「おやおやぁ? 元FPSプレイヤーの癖に銃の扱いに自信ねえのかぁ?
名前負けしてんなぁ、紫紺龍の髭さんよぉ」
その言葉にガザニアの眉がピクリと動く。
彼女は空気銃をしっかりと構え直し、強くしっかりとした眼差しを見せた。
「……仕方ありません。見せてあげましょう……『ドラゴン・トゥース』と呼ばれた私の腕前を……」
ブルーの口車に乗せられ、やる気を見せるガザニアにミカは少々困惑していた。
(意外と煽りに弱いなぁ……この人……。大体ドラゴン何とかって一体なんだよ……。
ブルーさんもブルーさんで良くもまぁ、あんなスラスラ煽りを思いつくな……
というか誰に対してもああいう揶揄い方するんだな)
「オレは揶揄うヤツは選んでるぞ」
「――心読まないでください……」
ブルーとミカが見守る中、ガザニアは銃を持って射的台へ近付く。
先に射的を行っていたアバたちが彼女へ気が付き、少し驚きの声を上げた。
「うぉ……ガザニアだ……」「うわっ!? い、何時の間に!?」「ガ、ガザニア様ぁ……」
流石に突然の有名バトルアバの登場で、彼らもたじろぎ、その場から退こうとした。
しかしガザニアはそれを軽く右手を上げて制する。
「皆さんが終わってからで構いませんので。ごゆっくりどうぞ」
そう言われて先に射的をしていたアバたちは一応、台へと戻った。
だがガザニアは鋭い瞳で景品たちが置かれている台を睨み、どの獲物を狙うか吟味し始める。
当然、そんな視線を後ろから受ければ前にいるアバたちは堪ったものではなく、
非常に落ち着かない様子で後ろを気にしていた。
怨怨と殺気を放つガザニアにミカとブルーは呆れていた。
「あんなやる気満々で後ろから見られてたらケツが痒くてしょうがねえよなぁ……」
「……龍の一睨みって感じですね」
やがてアバたちが遊戯を終え、台から離れていくと彼女は前へと進み出る。
そのまま台に上半身を被せるようにして身体を預けると堂に入った構えで空気銃を水平にセットした。
(おぉ……。胴体が揺れないようにしっかり身体を台に置いてる……。流石だ)
ミカは普段その歩兵銃を扱っているだけにガザニアの体勢が非常に効率的な射撃体勢であることに気が付く。
明らかに銃を扱うのが初めてでは無いのが伺えた。
紫色の瞳は少し先にある"目標"が立ち並んだ景品台を見据える。
その景品たちの中から【大当たり!】と書かれた大きな木板を紫紺龍の眼差しが捉えた。
どうやら他の景品に興味などなく大物だけが彼女の狙いらしい。
既に射撃体勢へ入った彼女に横からトラさんが尋ねてくる。
「コルク弾何発使うんや?」
「――……二発で充分です」
「――へ? それだけでええんか?」
「――余計な弾は不要です。気が散ります」
「はぁ? まぁええか。ほんじゃゲームスタートやで~」
――コトンッコトンッ。
ガザニアの横に置かれた小皿へ二つのコルクが現れ、軽い音を立てた。
彼女は慣れた手つきで銃のレバーを引いてから左手で皿の上のコルク弾を摘む。
それを空気銃の銃口へ押し込めた。
空気銃のアイアンサイトを覗き込み、狙う獲物へ銃口を向け――引き金を引いた。
――ガァンッ!
どう聞いても空気銃から放たれたとは思えない発砲音と共にコルクが撃ち出される。
コルクは目標の木板の端に当たり、大きく揺らす。
しかし落ちるまでには至らず、少し台の上からずれただけだった。
「ありゃおしいのう。次で落とせるとええな」
トラさんが慰めの言葉をガザニアへ掛ける中、ブルーとミカはその一発目の銃弾の意味に気が付き、感心していた。
「――筆を選ばずってとこか、言うだけはあるな」
(……なるほど――だから二発なのか。一発目で的の重心とかを測って二発目で確実に当てる……。
これは……落とされるだろうな……)
先程の一発目は微調整と目標の情報調査。
次弾を確実に当てるための布石。
彼女はもう一度レバーを引き、コルクを銃口へ装填する。
再び、紫色の瞳が目標を捉える。
既に全ての照準終えた龍の魔女は躊躇いなく引き金を引いた……――。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!