(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第53話後編『……"トランスフォーム"……!!』

公開日時: 2022年5月4日(水) 00:00
文字数:9,719


(俺は……。負けるのか……?)

 獅子王は必死に拳を打ち込みながらふとそう思う。

 この機械の犬たちの動きは恐ろしく統率されていた。

 必ず複数で攻撃を行い、俺のカウンターを潰す。

 俺が拳を叩き込もうとすればまるで潮が引くようにあっさり退いていく。

 召喚タイプと戦った経験は勿論ある。

 だが――これほど……集団戦を活かして来た相手は初めてだった。

 まるで本物の軍用犬のように、こいつらは俺を狩ろうとしている。

 視界に映る無数の銀色の牙と銀色の刃は俺の身体を傷付け、俺の精神を削っていく。

(……獲物なのか俺は……)

 自分が狩られる側なのを自覚し始め、底冷えする物を感じた。

 それも……全てはあの遠くから見据える小娘の指示あっての物だ。

 クリクリとした目を鋭く光らせ、俺の一挙手一投足を見逃すまいと睨みつけている。

 俺が飛び掛かってくるこの糞犬共を殴り飛ばそうとすれば、それに先んじてあの小娘の檄が飛び、全く予想していない方向からちょっかいが入る。

 足元へ纏わりつく糞子犬共を蹴り飛ばそうとすればそれを待っていたかのように他の糞犬共が背中から飛び掛かってくる。

 一対多の恐ろしさは知っているつもりだった。

 実際、そんな戦法をしてくる召喚タイプもいた。

 そんな奴らも全員ぶちのめしてここまで来た。

 しかし……この糞犬共は明らかにそれらとは異なる。

 完全にこの俺を狩るために作られた……それを感じさせる恐ろしさがある。

 唯一残された突破への道は指示を出している小娘を直接叩く事だが、それを許す相手とも思えなかった。

 油断なく俺を睨み、何時でも逃亡と妨害を行えるように備えているのが分かる。

 近付く前にこの糞犬たちが俺を地面へと引き倒し、身体を貪るだろう。

 俺が小娘を研究して対策を練ってきたように。

 あの小娘も俺を研究し尽くして来たようだ。

 何年もこのバトルをやってきたんだ。

 自分の戦いが研究され尽くして来た事なんて知っている。

 あの小生意気な師匠面の吸血姫も。

 鋭い目をした魔女の小娘も。

 アメリカで戦ったカボチャ頭も。

 巨大な斧を振り回す青肌の女戦士も。

 俺を倒そうと手を尽くしてきた。

 そんな奴らを越えて……勝利をいつも掴んできた。

 決して楽な道では無かったし、ゲームだというのに血を吐くような思いでトレーニングも積んできた。

 それでも――来るべき時は来る。

(遂に来たか……)

 右腕に噛み付いてくる機械の犬を頭突きで引き剥がしながら淡々と思う。

 俺だって何時かはこういう日が来るのを覚悟していた。

 永遠に勝ち続けるなんてあり得ない事だ。

 思えば今までも良く勝ち続けてきたと思う。

 もう怪我でリングに立てず、後は悲しく老いさらばえて行くだけだった自分が。

 こうしてもう一度戦いの場に立てた。

 それだけでも悪くはない。

 ここらが潮時。

 それが――俺の……。

(――違う……。俺は――)

 何が潮時だ。

 自分を飾るな。

 俺は何故態々こんなゲームまで始めて戦い続けたのか忘れたのか……!

 獅子王の胸中に自分勝手で傲慢な考えが電流のように突き抜けていく。

(そうだ……! 俺は……! "勝ち"を……! 勝つという快楽を忘れられなかったからこんな戦いをまだ続けているんだ!)

 あんな小娘に負ける?

 冗談じゃない。

 この負けず嫌いの俺が……!

 何故勝ちという最高の快楽を譲ってやらなければいけないんだ。

 チャンピオンや下らない肩書なんぞに執着など無い!

 バトルを楽しみたいなんて言葉で自分を飾る事もやめだ!

 俺はただ――。










「うぉぉぉぉぉぉ!!! 俺は! 俺はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 浅間たちに喰らい付かれた状態のまま突如、獅子王は叫び始めた。

 その声は明らかに常軌を逸した気迫の籠った声であり、その迫力にミカとブルーは驚いてしまった。

「――え!?」

≪うぉっ!? な、何だ!?≫

 動揺する二人を余所に獅子王は身体へ突き立てられる牙を物ともせず咆哮する。

「――俺は!!!! 負けたくないんだっ!!! 何時だってそうだ!! 誰にも! どんなヤツにも!」

 ――ゴウッ!!

 獅子王の足元から突如真っ赤な火炎が噴き出す。

『キャンッ!?』

 その炎の勢いに押され、噛み付いていた浅間たちは一斉に弾き飛ばされた。

「チャンピオンだ!? そんな物に何の意味がある!! 俺はぁぁぁぁぁ!! 勝利だけが欲しいんだぁぁぁ!!」

 軍用犬たちを弾き飛ばしたその炎は尚も燃え盛り、獅子王の身体を飲み込んでいく。

≪ミ、ミカ! なんかヤバい! 一旦お犬共を退かせろ!≫

「は、はい!」

 獅子王の異常な状態から事態の急変を察したブルーがミカへ指示を送る。

 ミカもそれに従い、犬笛を口に当てた。

(全機! 一時撤収!)

 その指示に従い九機の鋼鉄の機械犬たちは巨大な火柱となった獅子王の周囲から一気に離れていく。

 浅間たちはあっと言う間にミカの周囲へと戻り、主を守るように周りを固め始めた。

 軍用犬たちは警戒するように鼻を鳴らし、燃え盛る炎を見据える。

 ミカも状況を少しでも理解しようとその火柱へ視線を向けた。

(一体……。何が起きてるんだ……?)

 巨大な火柱は炎の勢いを増していき、フィールド全体を赤く染め上げ始める。

 そして――炎の中から"声"が聞こえてきた。

「――パワー……リソース……」

 炎の中に巨大な黒い影が現れる。

 獅子王の背丈を越え、明らかに巨大化したその物体は炎の中から一歩、"前足"を踏み出した。

 ――ズンッ。

 フィールド内に地響きが轟く。

 火柱の中からゆっくりとそれは姿を現し、その巨体を見せていく。

 全身を覆う茶色の分厚い毛皮。

 四本の巨大で太い前足と後足。

 その足から生える獣特有の鋭く尖った黒い巨大な爪。

 動物特有の筋肉質で尚且つ巨大な胴体。

 完全に猛獣そのものと化し、人間性のカケラも感じられない獣の顔。

 辛うじて緑色の瞳だけが"それ"を獅子王と教えてくれる。

 自然界において最強を誇る百獣の王。

 そこには……巨大な獅子がいた。



「――【王獣変化ビースト・チェンジ】」

 炎を全身へ身に纏い、巨体を唸らせ、ゆっくりと前へと進み出てくる。

 重量のあまり一歩前へ進むたびにその爪が地面へ食い込み、石床を砕く。

 ミカは突如現れたその巨大な猛獣を見て絶句し固まっていた。

(ラ……ライオン……!?)

 獅子王だったそのライオンは四つ足を地面へと力強く食い込ませると頭を上げて咆哮する。

「ガオォォォォォォォォォンッ!!!」

 フィールド全体をその王者の咆哮がビリビリと震わせた。

≪そ、そんな馬鹿な!? 四足歩行だとぉ!? 人間にゃまともに扱えない筈!?≫

 ブルーの驚く声が通信越しに聞こえてくる。

「――はっ!?」

 その声で我に返ったミカは慌てて浅間たちへ指示を送り攻撃を再開した。

「目標、さ……再設定! あのライオンへ攻撃開始!」

 主の指示に従い九機の軍用犬たちは自分たちを遥かに超えるその巨体の猛獣へ向かって恐れず突撃していく。

「全機、ブレード格納! 火炎放射器フレームスロワー用意! 全方向包囲!」

 文字通りの獅子と化した獅子王を円陣で囲み、全機が一斉に口部を開く。

「――焼き尽くせっ!!」

 ミカの合図と共に九機から九本の火線が放たれた。

 全ての炎は狙い違わず獅子王へと注ぎ込まれていく。

 全身に火炎を受け、獅子王の姿が再び真っ赤に染め上がる。

 だが……巨大な獅子はその炎を物ともせず、ゆっくりと進み始めた。

 まるで微風でも受けているかのように。

 炎の中を四本の脚で静かにミカへと迫る。

 その二つの瞳は鋭く遠方にいるミカの姿を捉え、離さない。

 緑色の深い眼差しを向け、こちらを噛み砕こうとそのアギトを開く。

 浅間たちは必死に火炎放射を浴びせかけるがそれがダメージを与えられているとはとても思えなかった。

 ブルーが通信越しに怒鳴る。

≪ミカ! 一匹戻せ! あの獅子王がわざわざ四足歩行なんて七面倒な姿を取ったんだ! 

ヤバい攻撃が来るぞ! お前だけじゃ逃げられねえ!≫

「はいっ! 氷妻ァ! バック!」

 ミカの声に従い、青色のカメラアイの蒸機犬が反応する。

 火炎放射を一匹だけ中断し、爪を地面へと突き立てながら主の元へと戻っていった。

(浅間を戻したいところだけど、今リーダーの浅間を戻したら部隊が混乱する……! 動きを考えるなら氷妻だ!)

 自分の元へと馳せ参じた氷妻の背に手を掛け、一気にその背に乗っかる。

 犬笛を一旦片付け、左手の軍刀を右手へと持ち替えた。

 氷妻の背の上から火炎を浴びせ続ける部隊へと目を向け、状況を確認しようとした。

 だがその瞬間、それまで沈黙を保っていた獅子王が動き出す。

「この姿が伊達や酔狂だと……侮るなよ! 小娘ぇ!」

 全身の筋肉を躍動させ、獣の王は火炎放射を続けていた浅間たちへ飛び掛かっていった。

「――っ!? 全機かい――」

 咄嗟にミカは部隊へ回避を命じようとする。

「遅いわぁっ!!」

 獅子王は本物の動物並みの速度で加速すると部隊の長――リーダーである橙色のカメラアイの浅間へと突っ込んでいった。

 その巨大な口を開き、二本の太い牙を剥き出しにする。

『ワウッ!?』

 浅間は飛び退いて獅子王の牙から逃れようとしたが、獅子王の突撃速度は浅間に搭載されたAIに対応出来る速度を遥かに超えている。

 それどころか今までの獣人態の速度すら凌駕しており、尋常ならざる速度だった。

 そこにいるのは既に"人"ではない。

 本物の"猛獣"。

 一匹の獅子だった。

 ――バギィッ!

『ギャァンッ!!』

 獅子王がその前足で浅間の胴体を捉え地面へと押さえつけた。

 前足の爪を浅間の鋼鉄の身体へと突き立て、少しずつ埋めていく。

≪あの野郎……。獣の振りして頭は冷静だぜ。リーダーから潰しやがった≫ 

 ブルーが忌々し気に通信越しにそう呟く。

 浅間は倒された状態のまま、逃れようと必死に前足の爪を振るっていたがどうにもならなかった。

「ま、不味い!! 全機! 浅間を助けろっ!!」

 危機的状況にミカが殆ど叫びながら命令を下すと他の軍用犬たちは火炎放射を中断し、次々に獅子王へと飛び掛かっていった。

 牙や爪を獅子王の身体へと突き立て何とかその動きを止めようとする。

「小うるさいわぁっ!! ハイエナ共!!」

『キャインッ!?』

 獅子王は一度大きく身体を身震いして、軍用犬たちを弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた犬たちが石の床を転がっていく。

 ミカは氷妻の背でその異常なまでの力に驚愕していた。

(な、なんだあのパワーはっ!? 今までの比じゃないぞっ!?)

 元々近接タイプの獅子王は腕力というかパワーがあった。

 しかし今の獣と化した獅子王の力は明らかに今までとレベルが違う。

 幾らバトルアバが能力を強化されているとは言え、これは異常だった。

 軍用犬たちは自分たちのリーダーである浅間を救おうと必死に獅子王の巨体へとぶち当たっていく。

 獅子王はそんな犬たちを歯牙にも掛けず、その大きな口を開いた。

 迫り来る二本の牙が浅間のカメラアイへと映る。

 浅間は一度だけ主の方へその橙色の瞳を向けた。

「あ、浅間ぁっ!!」

 ミカの悲痛な声がフィールド内へ響く。

 そこからは――獅子王による暴虐が……始まった――。









「とんでもねえ隠し玉だな……こりゃ」

 オペレータールームから戦いを見守っていたブルーはフィールドで行われている凄惨な光景を見て一人そう呟く。

 フィールドでは獅子王とミカの部隊たちが死力を尽くして戦っていた。

 リーダーである浅間は地面に横たわり、微動しない。

 砕けてひび割れの入ったカメラアイは光を失っていた。

「……あいつは頑張ってる、けど……」

 ミカは氷妻の背に乗って必死の形相で指示と攻撃を行っている。

 本来の作戦を反故にして自分自身も前線へと加わり、刀を振るっていた。

 前線で統率するリーダーを失った部隊を混乱させないために自らが前に出るしかなかったのだ。

 巨大なライオンへと変身した獅子王は完全に規格外の力と発揮し台風のように暴れまわっていた。

 ミカとお犬たちの必死の攻撃を時に力づくで、時に冷静に躱しその牙と爪を振るう。

「本当に動物系のアバを使いこなしてやがる……。ありえねー……」

 本来ならば骨格の関係で人間には操る事の難しい四足歩行の動物型のアバ。

 それを獅子王は完璧に操っている。

「あの動き……。AIの補助、入れてねーな。動きに無駄が無さすぎる」

 過去に動物型のアバを使った者が居なかった訳では無い。

 だがそれを使った者たちは皆、動きの補助にAIを使用していた。

 当然、AIを使用する以上ラグの無い動きは難しい。

 だからこそ単純な突撃とかのシンプルな動きしか出来なかった。

 しかし……獅子王の動きは明らかにそれらとは違う。

 完全にあの獅子の身体を自分の物として操っている。

「おっそろしいヤツ……。何がカウンター主体だあのヤロー……。あんなもん隠してやがって……大人げねー」

 バトルアバは普通の人間より身体能力などが強化されている。

 それはあくまで人間基準の強化だ。

 動物の基準でバトルアバの能力強化が発揮されれば――。

「桁違いの身体能力を得られるって訳、ね。思いついてもやるかね……」

 当然、一朝一夕であの獣態を扱える筈も無い。

 獅子王自身が秘密裡に、ひっそりと、あの獣の姿を使いこなせるようにトレーニングを積んできたのだろう。

 恐らく血の滲むような特訓をしてきた筈だ。

 一匹、また一匹とミカの操る部隊たちは数を減らしてく。

 噛み砕かれ、引き裂かれ、その命を散らした。

 地面には既に息絶えた軍用犬たちが何匹も横たわる。

 その度にオペレータールームから見えるミカの表情は苦々しい物となっていった。

(……こっちが先に鬼札ジョーカー切って返された以上……。次に打てる手は――無いか)

 既にブルーはミカへ何か伝える事をやめていた。

 励ましの言葉も、何か秘策も今の自分にはもう伝える事が出来ないからだ。

 自身がアババトルに人並以上に詳しいだけあって今の状況の絶望さが分かる。

 これがただのバトルアバ相手だったらまだ可能性はあっただろう。

 だが相手はこのABAWORLDで名実と共に最強の相手。

 半端な奇策は通じる訳が無いし、今のミカに小細工をする余裕は一切ない。

 付け入る隙は残念ながら――無い。

 残酷なまでに、それが理解出来てしまって……ブルーは顔を俯かせた。

「ただのオタクの限界点って事かね。ここらが……」

 逆転の一手さえも伝える事の出来ない自分に対し自嘲的にそうぼやきつつ顔を上げる。

 フィールドで鬼気迫る表情で戦いを続ける"相棒"を再び見た。

 お人好しで、割と抜けてて、流されやすくて、騙されやすいその相棒。

 死力を尽くしているせいか犬耳の片方は力なく垂れ下がり、スカートから伸びる尻尾もどこか元気は無い。

 それでも目だけは鋭く光り、獅子王を睨みつけている。

 行方不明とかいう姉の訳の分からない無茶振りに答えてしまって、こんな所まで来てしまった変なヤツ。

 全身を傷だらけにして服もボロボロになりながら今だ戦い続ける諦めの悪いヤツ。

「……ここで負けたってお前責めるヤツはいねーってのに……。よくやるよ」

 初参加で、召喚タイプで、ここまで辿り着き、獅子王へと喰らい付いたその事実だけでミカは賞賛されるに値する実績を残していた。

 褒める者はいても貶す者は間違いなく居ない。

 そういうレベルまで昇りつめてしまったことは確かだ。

 そんな事を考えている内、遂にフィールドではミカが騎乗していた氷妻の背から叩き落されていた。

 石床の上を転がり、力なく横たわる。

 ケ-九號ケーナイン部隊最期の生き残りとなった氷妻は半身を抉り取られながらも、主を守ろうと倒れたミカの前へ立ち塞がった。

 獅子王はそんな忠犬へ躊躇なく前足を叩き付け、その身体ごと圧壊させる。

 短い悲鳴と共に氷妻の青色のカメラアイは光を失っていき、やがて機能を完全に停止して沈黙した。

 オペレータールームに表示されている部隊の情報ウィンドウには暗転した各犬たちの状態が映っている。

 ミカが呼び出した全ての犬は全滅し、後は――"本体"のみ。

「ここまで、か……」

 激戦の末に――全てが終わる時が来た。

 倒れ込んでいたミカは身体を震わせながらも離さず握っていた軍刀を杖に立ち上がる。

 激しい戦いによって限界を迎えつつあるその身体。

 手を震わせながらもしっかりと両手で刀の柄を握り、上段へ構える。

 今だその瞳に闘志を燃やして、最期まで立ち向かおうとそのグローブに力を込めた。

「……ホント負けず嫌いだわ、あいつも……」

 獅子王もそんなミカに対し、手を抜く気は一切無く全身の筋肉を膨張させ最後の一撃の瞬間を探る。

 王者たる者どんな相手にも容赦をしないそんな気構えが見える。

 お互いにじりじりと睨みあい、ピリピリと張り詰めた空気が間で流れた。

 ブルーはミカへ通信を入れようとする。

 この一撃に全てを込めるために。

 お互いに悔いが残らないようにするために。

 相棒へ最後の激励を伝えようとする。

 ウィンドウの通信ボタンを右手で押そうとした。

 ――ザザッ・・・・・・。

「……え?」

 ウィンドウに触れようとしたその瞬間、突然ノイズのような物が画面に走る。

 驚き思わず手を引っ込める。

「な、なんだ?」

 ――ィィィィィィィィイイイン。

 ノイズは耳鳴りのような不快な音へと変わっていき、

オペレータールーム内に表示されている情報ウィンドウの画面も次々に乱れ始めた。

 明らかな異常事態にブルーはキョロキョロと周囲を窺う。

 最初は運営の不手際か何かだと思ったがどうも様子がおかしい。

 そのノイズはフィールド内にも広がり始め、表示されている石床や石柱のテクスチャにも乱れが生じ始めた。

 空中や地面に亀裂のような物が走り、そこから突如緑色の細かい粒子が湧き出す。

 それはフィールド全体から溢れ出し、辺りを緑色に染め上げ始めた。

「こ、これ量子通信のアレか?」

 ブルーはその輝きに見覚えがあった。

 量子通信が行われる時の特有の発光現象。

 見慣れたその輝きに思わず目を奪われる。

 普段は自分の電子結晶などを使った時くらいしか見えないその輝き。

 それがフィールドを包み、幻想的な光景を作り出していた。

 流石の獅子王もその異常な光景には動揺しているらしく、世話しなく周囲を見渡している。

 やがて……溢れ出したその粒子は一点を目指し渦巻いていく。

「ミ……ミカ……?」

 閃緑の光の奔流は獅子王の前にいるミカの周囲へと集っていった――。








 ミカは無銘の切っ先を地面に突き立て、何とか身体を起こした。

(ごめん……みんな……)

 目の前で散っていた"群れ"の仲間たちへ心の中で謝罪する。

 既に自分を守る軍用犬たちの姿は無く、残るは司令官である自分だけだった。

 身体は細かく受け続けたダメージで震え、視界に映るヘルスのメーターも数ミリしか残っていない。

(やっぱり……この人……。強いよ……とんでもなく……)

 氷妻を叩き潰した獅子王はゆっくりとこちらへ向かってその顔を向ける。

 深い緑色をしたその二つの瞳は凶暴なその形相に反してどこか穏やかさ、さえ感じさせた。

 ここまで死力を尽くして来たミカも流石に自分の敗北を意識し始める。

(多分……俺はこの人に負ける……)

 震える身体を鼓舞してミカは両足のブーツでしっかりと地面を踏み締めた。

 力を込め、地面に根を張るように踏ん張る。

(……どうやら俺には姉さんからの"課題"はちょっと難しすぎたみたいだ……)

 愛刀である防御軍刀【無銘】を少しずつ上段へと構えていく。

(……それにガザニアさんとの約束も……。守れそうにない……)

 切っ先を天へと掲げ、大げさなくらい高く掲げ、頭上に持つ。

(片岡ハムのみんなもごめん……。こんな素性も分からない俺を助けてくれたのに……)

 防御を捨て、初太刀に全てを賭ける攻撃一辺倒の構え。

(ブルーさん……。俺の力じゃここまでが……限界です。"世界"ってやっぱりそう簡単には踏み出せないな……)

 自分が生まれた地で誕生した自分の一番好きな技。

 最後はそれで行こうそう思った。

 握った柄へ力を込める。

 獅子王もこちらの決死の構えを見て、全身の筋肉を膨張させ力んだ。

(獅子王さんも……。やっぱり凄い人でした……貴方は……。)

 お互いの間に緊張が流れる。

 そんな中、ミカはふと思った――。

(でも……俺の"群れ"をこんなにしたのは、ちょっと許せな――)

 ほんの少しだけ感じた"怒り"。

 些細な感情。

 悔しさ混じりの負け惜しみ。

 それで済む筈だった。

 だが……その些細な怒りの感情が呼び水となり、ミカの中――ミカの使うバトルアバに秘められた"ケダモノ"を目覚めさせてしまった。

 ――イィィィィンッ!!

「――えっ!?」

 突如耳元で鳴り響いた耳鳴りの音にミカは思わず声を上げてしまう。

 更に自分の周りから突然、緑色の粒子が溢れ出す。

 周囲の景色も突然歪み始め、明らかに異常な状態だった。

 目の前にいる獅子王も何事かと首を左右に向けて周囲を窺っている。

 その緑色の粒子は何故かミカの周りへと集まり始めた。

 ――ブゥオン!

 聞き覚えの無い音と共に視界へ見覚えの無いウィンドウが出現した。

【TRANSFORM READY?】

 その突如現れたウィンドウに表示される文字を見て心臓が大きく一度ドクンッと跳ねる。

 動揺のあまり激戦の最中だというのに思わず軍刀【無銘】を手放して一歩後退ってしまった。

 金属音と共に落とした無銘が石床の上で跳ねる。

≪ミカ!? 一体何が起きてんだ!? 何かお前のステータス画面バグって滅茶苦茶だぞ!?≫

 オペレータールームのブルーも何が起きてるのか理解出来ず、困惑しているのが窺える。

 しかしミカには……何故かこの文字がどういうものか分かってしまった。

 そして――告げるべき"忌み言葉"も……。

 この言葉を口に出してしまえば……。

 今までの全てが、自分の生きてきた人生が――壊れてしまう、それだけは確かだ。

 そう確信出来た。

 躊躇い、迷う。

(だ、ダメだ。これだけはダメなんだ!! 言っては……ダメだ)

 心の中で逡巡する。

 最後の一歩をギリギリのところで踏み止まり必死に喉元まで出掛かった言葉を押し込める。

 それはミカ――いや板寺三河が引いた線引きであり、獅子王への敬意だった。

 例えこのバトルに負ける事になってもこの"力"を使うべきではない。

 この戦いを汚すべきではない。

 板寺三河はそう思っていた。

 だからこそ躊躇った。

 だからこそ何とかその誘惑に抗った――筈だった。

 だが……貴ぶべきその行為こそがこの身体に潜むモノに取って最も好物であり、

ケダモノへと堕ちる資格だとソウゴに分かる筈も無かった。

 ――繧??繧翫♀縺セ縺医%縺昴′縺オ縺輔o縺励>――

 どこからか意味の分からない声が頭の中に響く。

 それが何者かの声なのかそれとも自分自身の声なのかそれはわからない。

 ただその声と共に全身に感じた高揚で頭が真っ白に染まっていく。

 自身の意思を無視し、その自分の中に潜むモノが自身を塗り替える。

 全ての思考が塗りつぶされ、葛藤も恐怖も消え去った。

 自分を支えてくれた仲間たちの事も、この世界で出会った人たちの事も、

様子がおかしくなった自分を心配して必死に声を掛けているブルーの事も。

 そして……自らの姉の事も。

 全てが消えていき、たった一つの真っ黒な感情のみが自分を支配していく。

 目の前で自らの"群れ"を喰い散らかし、遂にはこちらを嚙み砕こうと構える獅子へ。

 その真っ黒な感情――"殺意"を向ける。

 その殺意が全てを飲み込み、ミカは――一匹のケモノに堕ちた。

 黒色の瞳が鮮血を思わせる深紅へと染め上がっていき、凶暴な光を放ち始める。

 全身から異常なまでの高揚感が溢れ、胸が高鳴り、解放感が心を沸き立たせた。



 ――あぁ……どうして俺は今まで……。押さえつけていたんだ……――

 ――こんな……簡単な事だったじゃないか……――




 別人のように上擦った声で……ミカは知らない筈のその"言葉"を唱えた。

「――……"トランスフォーム"……!!」

 ――パァッン!!

 空気が弾けるような音が鳴り響き、周囲で漂っていた緑色の粒子がミカの身体へ一気に吸い込まれていった。

「ガァァァァァァァァァ!!!」

 その粒子に包まれなが人間とは思えない声でミカが大口を開けて吠える。

 その声はフィールド内にいた獅子王も。

 オペレータールームのブルーも。

 観戦していた観客たちも。

 その全ての身体を震えさせた。

 まるで"本物"の猛獣の咆哮を聞いた時のように。

 本能的に震えあがる。




【TYPE BEAST-Ⅳ MODEL "YAMAINU" TRANSFORM】


 ノイズ混じりのアナウンスと共にミカの身体は禍々しく悍ましく変身トランスフォームを始めた……――。






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