【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 『聳え立つ摩天楼たちの夜』】
≪こっからはこっちが追い詰める番だぜ! 絶対に逃がすんじゃねえぞ!≫
「言われなくてもっ! 浅間ァ! 征くぞ!」
ブルーが通信で檄を入れてくる。
その言葉に頷きながらミカは浅間へ呼び掛けた。
掛け声に応じて浅間は全身から蒸気を噴出しながら、四本の鋼鉄の脚部を躍動させる。
『ウォォォォン!!』
浅間は高らかに咆哮すると主の命令に従い、空へ向かって跳躍した。
摩天楼と摩天楼の間の闇を飛び越え、傲慢にも上空でこちらを見下ろしている獲物へと迫る。
浅間に騎乗したまま歩兵銃構えるミカ。
揺れる背の上でもしっかりと狙いを未だに滞空しているチルチルへ定め、引き金を引いた。
――ガァンッ!
放たれた銃弾は狙い違わず、チルチルの腹部へと迫る。
「――おっと甘いぞぉ! 【みすと・おぶ・ヴぁんぱいあ】!」
だが直撃の瞬間、彼の身体はまるで霧にでもなったかのように霧散した。
そのままチルチルの身体は闇とへと混ざり完全に消滅する。
文字通り闇へと融けていった。
≪ひゅー! 生で見ると派手だぜ、ありゃ! ホントに消えたな!≫
「褒めてる場合ですかっ! あれが【霧化】ってヤツですよね!?」
事前にチルチルの技をブルーと二人で調べ上げていたミカはその技を知っていた。
あの巨大な月が出ている間にだけ使えるチルチルの攻撃回避技。
あらゆる攻撃を霧となって回避してしまう恐るべき技だった。
≪おうよ。対策……覚えてんだろうなぁ?≫
「当然! 浅間! あっちのビルへ着地してくれ!」
ミカは次弾を歩兵銃へ装填しながら、命令を下す。
主からの命令に従い、浅間は指示されたビルの屋上へと着地し、しっかりと鋼鉄の爪を食い込ませて身体を固定した。
(あの霧化にも弱点はある……! そこを突く……!)
あの技には確かな弱点が存在している。
一度消えた後、再び出現する際に"痕跡"を出すという物だ。
目を皿のようにしてその"痕跡"を探す。
向かいのビルの屋上、摩天楼の窓、設置された貯水タンク……必死に視線を動かし――そしてその痕跡を見つけた。
細かい白い靄のような物が二つほど先のビルの屋上の手すりに纏わりついているのが見えた。
「――っ!! そこかぁ! 吸血鬼!」
ミカは素早く歩兵銃を構えるとアイアンサイトを覗き込み、狙いを定め発砲した。
――ガァンッ!
再び放たれた弾丸は真っすぐ目標へと向かっていく。
やがて弾丸は人型を形作り始めていた白い靄に吸い込まれた。
「――ぎにゃぁんっ!?」
変な悲鳴と共に靄が一気に実体化する。
それはチルチルの姿を形作った。
左腕に銃撃を受けた彼は攻撃を受けた部位を右手で押さえ、痛そうな表情をしている。
「浅間ァ! 突貫だ! 目標【チルチル・桜】!」
浅間が主命に従い、食い込ませた爪を地面から引き剥がす。
再び、跳躍し次々に摩天楼の間を飛び越え目標へ迫った。
「――銃剣着剣!」
浅間が高速でチルチルへと迫る中、ミカは叫ぶ。
その声に応じて歩兵銃の先端に銀色の刀身が現れた。
それを前へと槍のように突き出し、騎乗突撃の体勢を取る。
更に浅間の横っ腹へ手を伸ばし、【腹部格納式超硬化ブレード】のスイッチを押す。
カチっという音と共にブレードの展開準備が整った。
霧化の隙を突かれてダメージを受け、左腕を摩っていたチルチルも突撃してくるミカと浅間の姿に気が付く。
「――おっとぉ……! そんな情熱的に迫られたら我も熱を持ってしまいそうじゃ! だが――甘いのう!」
彼はレイピアをまだダメージを引き摺っている左手に持ち替えると右手をミカたちへと突き出した。
「さぁ我のモノとなれぇ、犬! 【ヴぁんぱいあ・てんぷてーしょん】!」
チルチルが右手の指を奇妙にワキワキワサワサとどこかイヤらしく動かす。
すると手から怪しいピンク色の光線が放たれ、それがこちらへと向かってきた。
≪ヤバい! エロ光線だぞ! ミカ! 目を閉じろ!≫
「そんな名前でしたっけ!?」
その光線は相手に魅了の状態異常を与える技。
この状況で喰らえば行動の自由を奪われ敗北は必至だった。
しかし対策は至って簡単でその光線を見ないようにすれば良い。
「くっ……! 頼むぞ、浅間!」
それを知っていたミカはブルーの言葉に応じ、目を閉じる。
この状況で視界が無くなるのは危険だが今は浅間を信じるしかない。
「このまま――ぶち抜けぇっ!!」
目を瞑ったまま突撃を続けるミカ。
だがチルチルはその姿を見て不敵な笑みを浮かべ、新たなる"下僕"に命令を下した。
「だからお主は甘いのじゃ……! さぁ! 我の命に従え、浅間! その不届き者など捨ててしまえい!」
「え――どわぁっ!?」
突如、ミカは強い衝撃を感じて浅間の背から振り落とされた。
驚く間も無く、身体は宙を舞い、空中へ放り出される。
そこはフィールドであるビルの屋上から外れ、ビルとビルの間。
遥か下まで続く奈落だった。
(やば――落ち――)
≪ミカぁぁぁ! 壁に銃剣ぶっさせ!!!≫
ブルーの絶叫のような声が通信から聞こえてくる。
重力に従って落下を始める身体を襲う浮遊感の中、彼の言葉で咄嗟に歩兵銃の銃剣をビルの壁に向かって突き立てた。
切っ先がコンクリートの壁を貫き、壁面を抉る。
しかしそれでも落下する身体の勢いを殺し切れない。
必死に両足のブーツを壁に擦り付け、踏ん張る。
幸運な事にビルの壁へ備え付けられた窓の一つに右足のブーツのつま先が引っ掛かった。
「ぐぬぬっ!!!」
歯を食い縛ってミカは殆ど蹴り飛ばすように窓へ向かって左足のブーツを突っ込ませる。
ガラスの砕ける音と共に左足が窓へ差し込まれる。
確かな引っ掛かりを得た事で落下の勢いは弱まった。
そして……スカートから伸びる尻尾まで窓縁に無理矢理巻き付け――やがて落下していた身体は停止する。
「はぁ……はぁ……た、助かった……」
≪あー……良かった。あのまま落ちるかと思ったわ。無事で何より≫
荒い息を吐きながら安堵するミカ。
ブルーも通信越しに安堵の声を漏らしていた。
「い、一体何が起こったんだ……?」
突然、浅間の背中から振り落とされたせいでこんな状態になってしまった。
「――ひぃぃっ。た、高い……」
足元には未だ奈落が広がっており、一切安心出来ない状況だった。
一刻も早く元の場所へ戻った方が良いのは間違いない。
ミカは壁へ刺さっていた銃を慎重に壁から引き抜くと背中へマウントした。
そのままロッククライミングの要領で壁を昇っていく。
幸いバトルアバの運動能力のお陰で苦もせず壁を昇り切り、屋上へひょっこり顔を出すことが出来た。
「――あ!?」
そこにはショッキングな光景が広がっていた――。
自分の愛犬(重要)である蒸機軍用犬『浅間』。
ムーンから作成して貰い、この大会でも共に戦場を駆け抜けてきた相棒……。
ミカにとっても頼りになる忠犬として信頼しており、バトル中以外でも時折呼び出して交流していた。
ミカ改め板寺三河が現実では望んでも飼う機会に恵まれなかった犬。
仮想現実でそれが叶い、存分に触れ合い一緒に遊んだ一人と一匹……。
それがチルチルの側に座り込みながら寄り添い、新しい"主人"へ傅いている。
橙色のカメラアイは桜色に染まり、魅了状態にある事を告げていた。
「ふふふっ。愛いヤツじゃなぁ、この犬は……」
吸血姫はそんな浅間を愛でるように喉元を右手で撫でつつ、(元)主人であるミカへ挑発的な視線を向けていた。
「お、俺の浅間がぁっ!!」
ミカがショックのあまり両手で頭を抱えて悲痛な声で叫ぶ。ブルーも流石に驚いたのか声を上げていた。
≪や、やられた! お犬を寝取られた!! あの技、召喚モンスにも効くのかよ!? 聞いてねえぞっ!≫
「くくくっ……! 大会前に技のあっぷでーとを行っておくのは貴族たるモノの嗜みじゃ!
さぁ! 征くぞ、浅間ァ! ヤツを捕えるのじゃ!」
"主人"の言葉に応じて浅間が全身から蒸気を吹き出し、戦闘態勢へと移行する。
大きく裂けた口を開き、鋼鉄の牙を剥き出しにしてミカの姿をその桜色に染まった瞳で捉えた。
≪ヤ、ヤバい! これはヤバいぞ! 逃げろ、ミカ!≫
「チックショー!! 俺の愛犬があぁぁあぁ……!!」
ミカは浅間を奪われたことによるショックで狼狽えつつも何とか気を取り直して慌ててその場から逃げ出す。
『ガァウゥゥ!!』
浅間はそんなミカの背に向かって猟犬のように飛び掛かった。
必死に逃亡したが間に合わず、二本の鋼鉄の脚部でミカを地面へと引き倒した。
「ぎゃぁぁぁあ!? あ……浅間ぁ! 俺の顔を忘れたのか! 飼い主だよ、俺はぁぁぁ!!」
悲鳴を上げながらもミカは浅間を正気に戻そうと呼び掛ける。
しかし裏切りの忠犬はそんな言葉など意に介さず、ミカの襟首に嚙みつくとその身体ごと持ち上げた。
「離せっ! 浅間ぁ! お前はそんな事をするヤツじゃないっ! 一緒に戦ってきたあの日々を! 共に育ってきたあの年月を! 一緒に戦場を駆け抜けたあの記憶を忘れたんですか!?」
≪……割とその思い出も捏造入ってんな≫
手足をバタつかせてその拘束から逃れようとするも、両足が宙に浮き踏ん張ることも出来ずに浅間の口から身体を吊るされる。
バトルアバの腕力で振り払おうにも浅間も対バトルアバ用に作成された召喚モンスター。
当然、並みの攻撃程度では全く意に介さない。
何発か拳が当たったが浅間の鋼鉄の装甲に弾かれた。
まるで犬が遊ぶ時のボールのようにぞんざいな扱いで咥えられたミカを見てチルチルはさぞ楽しそうに高笑いをした。
「ワーハハハハッ! 愉快愉快じゃ! さぁその獲物をこっちに持ってくるが良い!
仕事を熟した猟犬はしっかりと褒めてやらんとなぁ?」
彼が浅間を手招きする。
その言葉に応じて浅間は誇らしささえ感じる動きで歩き出すと、直ぐに咥えた獲物を主の元へと届けた。
「――ぐへぇ!?」
浅間が咥えたミカを乱暴に放す。
床へ叩き付けられたミカは衝撃で声を上げた。
有能なる忠犬は獲物が逃げ出さないように床へ転がったミカの身体をその前足で押さえつける。
"元"主人が相手というのにそこに一切容赦が無く、桜色のカメラアイにミカは"敵"としか映っていなかった。
(なんか普段より容赦が無いんだけど!?)
≪やっぱり飼い主の性格でペットも性格変わるなー≫
「い……言ってる場合かー!!」
ブルーの他人事過ぎる言葉に怒っているとチルチルがミカの元へと屈み込んでくる。
意地悪気な笑みを浮かべながら右手をミカの眼前へと近付けた。
(しまっ――)
「やっと我のモノになる時が来たようじゃなぁ……子犬ぅ? ――【ヴぁんぱいあ・てんぷてーしょん】……!」
「――がっ!?」
殆ど零距離からその魅了を喰らうミカ。
呻き声と共に身体の自由が奪われ、視界に【魅了状態】の状態異常が表示される。
「クククッ……! "元"の主人へ止めを刺させるのは少々興が醒めるのう……!
下がれ! 浅間! やはり! 我、自らが! 手を下そうぞっ! 来るのじゃ! 【バトルアバ『ミカ』】!」
命令に従い浅間が押さえつけていた前足を離す。
ミカは自身の意思に逆らって立ち上がるとゆっくりとチルチルの元へと進み始めた。
(か、身体が勝手にぃ!!)
魅了のせいで声も出せず、ただただチルチルの紅い瞳へ吸い込まれるように引き寄せられていく。
「ほぉれ……。我の元へ来い……。そして――"鮮血"を捧げるのじゃぁ!」
吸血鬼に魅入られた哀れな犠牲者。
その末路など決まっている。
「さぁ……! 我にその首筋を差し出せぇ……その細い乙女の首筋をなぁ……!」
(ぢ、ぢくじょおお!! 見た目はともかく男に噛まれるなんて嫌だぁぁぁ!!)
心の中で悪態を吐いても状況は好転せず、ミカは命ぜられるがままにチルチルへ
背を向けると自ら首巻いた赤いスカーフを外し、軍服の襟元を開けた。
チルチルは妙に静かな手付きでミカを優しく抱き寄せる。
開かれた襟元をスルッと少し下げ、白い肌を露出させた。
その所作は戦いの中だというのに厳かでどこか神聖さを感じさせ、どこか耽美な光景だった。
≪オオウ・・・・・・ちょっとエロチックだなこれ。SS撮れねえのが残念だ≫
(ひぃぃぃぃぃ!! すげえ手付きがイヤらしい!! 背筋がゾクゾクするぅ―!!)
チルチルの手付きによって与えられる悪寒に身を捩ろうとするミカ。
しかし魅了の効果でそれさえも出来ず、無抵抗でその身を捧げた。
彼はそんなミカにニヤリと笑みを浮かべる。その口元には白く輝く二本の長い牙があった。
大きく口を開けたチルチル。
そして――一気にミカの首筋へと齧り付いた。
「ガブゥッ!!」
首元に痛み代わりの熱を感じ、更に何か吸い出されているような感覚に襲われる。
(ぎゃああああああ!!! す、吸われてるぅ! なんか吸われてるぅー!)
ミカの声にならない悲鳴は誰にも届かず、フィールド内にチルチルが静かに鮮血を綴る音だけが響いた――。
【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 特別観覧席『鶴の間』】
「ミカちゃんなんかメッチャ血ぃ吸われとるんやけど!? 大丈夫なんあれ!?」
トラさんは思わず身を乗り出し、眼下で行われている光景を見た。
心配そうに叫ぶトラさんに隣で座っているムーンが至って冷静な口調で分析を述べる。
「大丈夫では……無いわね。あの吸血、相手のヘルスを自分のパワーリソースへ変換する技よ。
最も――このまま吸われ続ければミカくんが先に干物でしょうけど……」
ムーンの冷徹とも言えるご無体な言葉にトラさんが悲鳴のような声で嘆いた。
「そ、そんなぁ! あかんやんけ!」
「あの蚊……腹立つけど本当に実力者ね。敵ながら天晴……あぁ……あたしの初デザインバトルアバもここまでかしら……」
さりげなくダウナーモードになりつつあるムーン。
ラッキー★ボーイも拡大したウィンドウの中で絶賛チルチルへの"献血中"なミカの姿を見ていた。
「あれ貧血になりそうやなぁ……。しかしホンマどうすればええんかさっぱりわからん……」
厭戦ムードの中、一人だけ……マキだけが力強く椅子から飛び降りて皆へ声を掛けた。
「みんな! ダメだよ、諦めちゃ! ミカ姉ちゃんとブルー兄ちゃんはまだ諦めて無いよ! ほら!」
興奮したように耳と尻尾を世話しなく動かしながら、フィールドを指差した。
全員の視線がフィールドへ再び集まる。
そこでは局面に動きが起きようとしていた――。
「ジュル――やっぱり吸血するなら――ジュル――若い者に限るのう……」
(俺の血を味わうな―!!)
未だチルチルに拘束され吸血攻撃を受けているミカ。
視界にはヘルスがかなりの勢いで減っていくのが映り、否応無しに焦る。
そんな時、ブルーから通信が届いた。
≪ミカ! 解除までカウントファイブ! フォー……スリー……――≫
(カ、カウント……? そ……そうか……!!)
ミカの視界に浅間が映る。
その桜色だったカメラアイは徐々に元の橙色へと戻っていき、魅了状態が解除されたのが窺えた。
≪トゥー……ワン……――ゼロ! 魅了解除だ! 行け、ミカ!≫
(……あ……浅間ァ……! ブレー……ド! てん、かい!!)
何とか口パクで浅間へ命令を伝える。
賭けだったが、忠犬は賢くその命令を理解した。
それと同時に完全に正気を取り戻した浅間は橙色のカメラアイを明滅させる。
全身から白い蒸気を噴出し、一気に前方へ……本当の"主"を拘束している吸血鬼へと突進を始めた。
腹部の側面から半月状の銀色の刃が飛び出し、【腹部格納式超硬化ブレード】が展開される。
ご満悦な様子でミカの血を綴っていたチルチルも浅間が動き出したことに気が付き、目を大きく開いた。
吸血を中断し、ミカの身体へ回していた手を離すとチルチルはその場から離脱しようとする。
「ちぃ! 真なる主人への忠義を忘れていなかったか、犬ぅ!」
ミカの身体も解放され、更に魅了の状態異常を知らせるウィンドウが視界から消えた。
(――はっ!? 魅了が解けた……!)
「に……逃がすかぁ!!」
咄嗟に外していたスカーフをチルチルへ向かって投げ付けた。
スカーフはシュルリと彼の首へと巻きつき、その動きを止める。
「――っ!?」
弱い拘束であり、チルチルも素早くレイピアでそのスカーフを斬り払った。
だが一瞬あれば――充分だった。
猛然と突進した浅間はその隙を逃さず、超硬化ブレードをチルチルの腹部目掛けて叩き付ける。
チルチルも尋常ならざる反応速度でレイピアを奮い、その刃を受け止めた。
金属と金属のぶつかる激しい激突音と共にチルチルと浅間は一塊になってビルの屋上から弾き飛ばされていく。
落下する瞬間、浅間の橙色のカメラアイがミカを捉え、自分の不手際を主人へ謝罪するように一度だけ明滅した。
そのまま浅間はチルチルを道連れに奈落へと身を投げていく。
「あっ……浅間ァ!?」
慌ててミカは屋上の手すりに走り寄り、下を覗き込んだ。
そこに浅間の姿も、チルチルの姿も無くただ闇だけが広がっていた――。
(浅間……)
チルチルを巻き込んで奈落へと消えていった自らの愛犬を想い、ミカは悲しみの表情を浮かべる。
だがそれに水を差すブルーからの通信が耳元で聞こえた。
≪……ミカ。感傷に浸ってるとこわりぃけどよぉ……――まだ終わっちゃねえぜ≫
ブルーの冷徹な言葉を証明するように突如自身の真下……自らの影から声が聞こえてきた。
「……【しゃどう・おぶ・ヴぁんぱいあ】……」
「――っ!?」
咄嗟に腰の軍刀【無銘】を抜刀し、握り込む。それを下方へ向かって叩き付けた。
ミカの……自分の影の中から銀色のレイピアの切っ先が飛び出してくる。
レイピアの切っ先と軍刀の刃がぶつかり、激しい火花が散る。
火花の灯りに照らされて自分の影の中に、こちらを見上げる紅い瞳が映った。
吸血姫『チルチル・桜』が上半身だけを影の中から出し、レイピアをこちらへと向けている。
下半身は粘性のある黒い影に包まれ、闇と同一化していた。
「……良い勘じゃ。これを凌いだのは――お主が三人目じゃなぁ……」
ミカは一度刀を引き、素早く二撃目を自分の影へ向かって無銘を叩き込む。
「……おっと。怖い怖い……」
――ドプンッ。
水に沈み込むような音と共にチルチルが再び影の中へと消えていった。
軍刀は空を切り、刃が屋上にぶつかり火花を散らす。
ミカは刀を構え直し、周囲を警戒するように見渡した。
すると囁くような声がそこら中の影から聞こえてくる。
「……さぁ子犬よ。お主がこれからは挑むのは"影"じゃ……」
上空で未だ輝く満月。そこからは月光が降り注ぎ続け、周囲に影を作り続ける。
「光あるところに影があり……そして我々不死者もそこへ……"潜む"」
声は手すりの影、貯水タンクの影、ビルの影……その全てから声がミカの犬耳に届き惑わせる。
「自らの足元さえ信用出来ぬ恐怖……ゆるりと味わうが良い……クククッ……!」
不気味な笑い声が全方向から聞こえてくる。
次の攻撃がどこから来るのか全く分からない状況であり、こちらの圧倒的な不利だった。
だが――ミカとブルーも無策でバトルに挑んだわけでは無かった。
≪ミカ。この技はオレらだけじゃどうにもならねえぞ。"アイツ"の出番だぜ……!≫
「分かってます……!」
力強く応じるミカ。その視界にパワーリソースがMAXまで貯まったことを知らせるウィンドウが見えた。
「――フルパワーリソース投入! 大! 召! 喚!」
ミカの求めに応じ、上空へ巨大な機械仕掛けの魔法陣が現れる。
魔法陣から凄まじい勢いで水蒸気が吹き出し、夜空を白く染め上げていく。
「――来い! 黒檜ぇぇぇぇ!!」
絶叫と共に魔法陣から巨大な二対のキャタピラが迫り出した。
やがて黒鉄の巨体がゆっくりと全容を現し、下方のビルの屋上へ向けて落下していく。
あわやミカごと踏みつぶしそうな勢いだった。
だがミカは軍刀を天へと……落下してくる巨大移動要塞【黒檜】へ掲げて叫ぶ。
「――転送!」
ミカの姿がパッと消え、次の瞬間屋上にあった物を全て踏み潰しながら黒檜が降り立つ。
周囲には瓦礫と粉塵が飛び散り、視界が一気に悪くなった。
そんな中、黒檜のレーダードームに備え付けられた赤いカメラアイだけが煌々と輝き、自らの甲板へ迎え入れた主を出迎える。
ミカは司令官らしく、軍刀を杖に威風堂々と言った姿で甲板上で立っていた。
自身の周囲には次々と情報ウィンドウが出現し、周囲の状況を事細やかに伝えてくる。
「さぁ……征くぞ、黒檜!」
軍刀【無銘】の切っ先を真っすぐ前に出す。
それに応じて黒檜の全武装が稼働を始め、周囲に鋼鉄の咆哮を轟かせた。
≪周りのビル群は全部破壊可能オブジェクト! あいつの移動出来る影を潰すんだ!
吸血鬼が隠れるとこなんて棺くらいしか無いって思い知らせてやれ!≫
「了解! 【目視照準】!」
ブルーからの景気の良い破壊指示を受け、ミカは右目に赤色のレンズを装備する。
素早く周囲の摩天楼たちを視界に収めた。
緑色の四角い枠に建物の中心部を捉え、ロックオンを完了させていく。
「――背部誘導噴進弾、全弾発射ァ!」
黒檜の後部に備え付けれた二基の小型誘導噴進弾発射機のカバーが開き、そこから次々に噴進弾が打ち出されていった。
推進剤に点火した噴進弾は白い軌跡と共に周囲のビル群へと突っ込んでいく。
壁面を貫いて次々に着弾し、ビルの内部で破滅的な爆発が何度も起こった。
「我の止まり木を落とすつもりだな……!」
二つほど離れたビルの物陰からそれを見ていたチルチルが全身を再び、影の中へと沈み込ませた。
「黒檜! そのままどんどん叩き込めっ! 全部破壊するん――っ!?」
だがその激しい爆発音が響く中、ミカの影の中から再び紅い瞳が怪しく光る。
ミカもその気配を感じ素早く軍刀で自分の影へ向けて突きを放った。
――チィンッ!
軍刀の切っ先とレイピアが当たり火花が散り合う。
「黙ってやらせると思うたかっ! 子犬ぅ! 我が剣で串刺しにしてくれようぞっ!」
「ご遠慮願います! 大体、串刺しが十八番は吸血鬼のそっちでしょう!?」
チルチルもレイピアをミカの影の中から繰り出し、攻撃を行った。
ミカは必死にその攻撃を無銘で防ぐ。
何度も甲板上に剣と剣のぶつかり合う金属音が響き、ミカとチルチルが剣を交え合う。
二人の攻防中でも誘導噴進弾はビルへの着弾を止めず、爆発音が鳴り響いた。
「ワハハッ! 自らの影と戦うのは不得意かぁ、子犬ぅ!! 太刀筋が鈍っているのじゃ!」
「くっ……! 一々うるさいんですよ! 黙って戦えないんですか!! この古蝙蝠!」
「闘争の最中、敵と語り合うのもまた一興じゃ!! 嫌なら我を打倒して見せよっ!」
――それでも技量で勝るチルチルの剣はミカの防御を越えてその身体を傷付け、ダメージを少しずつ与えた。
噴進弾を撃ち切った黒檜は甲板上で攻防を続ける二人の姿をカメラアイで捉えた。
自らの甲板上へ土足で踏み入れた不届き者に対し黒檜の自動防御機構が機能し、近接防御兵器群が稼働し始める。
ミカは軍刀を奮いながらも、殆ど怒鳴るような口調でそれを制した。
「黒檜ぇ! 俺に構うな! 周りの建物をぶっ壊すのを優先しろっ!」
一瞬黒檜の赤いカメラアイが驚いたように縮小する。
しかし直ぐに主命に従い黒鉄の大要塞は白い円筒状の近接防御兵器群の銃口を外部へと向けた。
自動的に目標を補足し、先程の噴進弾攻撃で崩壊寸前のビル群へ全ての銃口を向ける。
ガトリング機構が回転を始め、即刻銃弾の暴風雨がビルへと叩き込まれ始めた。
――ブゥゥゥゥゥンッ!
分間二千発の発射レートを誇る暴力的な弾幕。
二十ミリメートルタングステン弾はビルの損傷した外壁を越え、その内部の鉄骨さえも削り取る。
やがて――周囲のビル群は耳を劈くような轟音と共に倒壊を始めた。
黒檜の乗っているビル以外の全ての建物が崩壊していき、あれほどあった摩天楼は消え去る。
後には瓦礫の山と夜空に浮かぶ満月だけが残された――。
≪ミカ! 今だ! 作戦【X】!≫
「――っ!! 探照灯全灯!! 目標【ミカ】!」
ブルーからの声にミカは殆ど叫ぶように命令を下す。
黒檜の各部に備え付けられた探照灯が稼働を始め、その全てが甲板上へ……戦う二人へと向けられた。
「――な、なんじゃ!?」
流石のチルチルも強烈な閃光に照らされて、怯む。
全方向から向けられた光線は同じ光量、同じ波長であり、それがミカを照らした。
各方向から照らされた事により光の加減によってミカの影が少しずつ消失していく。
ミカの目的に気付き、チルチルも動揺の色を見せた。
「――"影消し"か!? 小賢しい真似を――ぐぁっ!?」
チルチルの身体が消えていくミカの影から弾き飛ばされ、甲板上でその細い身体を転がせた。
「これで――終わりだ、吸血鬼ぃ!!」
ミカは軍刀を鞘へと納め、背中にマウントしていた歩兵銃を取って構えると素早く狙いを定める。
身体を震わせながら身を起こそうとするチルチルへ躊躇いなく引き金を引いた。
弾丸は彼の上半身を貫き、再びチルチルの身体が衝撃で吹っ飛ぶ。
確実な致命傷の筈だった。
「――なっ!?」
だが――彼はダメージを受けつつも立ち上がる。
(右腕を犠牲にして……直撃を避けるなんて……!)
チルチルの右腕には弾痕がはっきりと残っており、力無く下へと腕を垂らしていた。
ブルーが通信越しにその執念深さに思わず舌打ちをする。
≪ちぃっ! しぶとい吸血鬼様だぜ! 貴族らしく有終の美を飾る気はねえのか!!≫
「我は誇り高き……桜家当主……この程度で諦観する程……! 短く生きてはおらんのじゃ!!」
既にレイピアを握る力さえも殆ど残っていないのか、指に持ち手を引っ掛けるようにして何とか剣を保持していた。
彼は真っすぐにミカを見据え、その紅い瞳を力強く燃え上がらせる。
「さぁ……! 夜明けは近いぞ……子犬! 朝焼けが我が身体を燃やし尽くすか!
それともお主が先に闇へ呑まれるか! 闘争の行方はまだ……分からぬのじゃ!」
チルチルは最期の力を振り絞るように右手へ携えたレイピアの切っ先を頭上へと掲げる。
そこにはこの戦いを見守り続けた満月が未だに鎮座しており、月光を降り注ぎ続けていた。
「――ぱわーりそーす全投入! 昇れ……紅き月よ! 【皆既月食】……!!」
――キィィィィィン……。
「――うっ!? な、なんだ!?」
突如周囲に鳴り響くハウリング音にミカは思わず犬耳を押さえた。
更に周囲にも明らかに異変が生じ始め、空間全体が歪み始める。
(こ、この技は一体……!?)
≪こいつは……今まで見たことねえ技だぞ。あの蝙蝠野郎……新技温存してやがったな――あっ!? お、お月様が!?≫
ブルーの動揺した声にミカは頭上の月へ視線を向ける。
「つ、月が……! 紅く染まっていく……!?」
頭上に鎮座していた巨大な満月が変貌を遂げていた。
それまでの黄色い月から血染めのように真っ赤な月へと様変わりしている。
周囲にも赤黒い月光を撒き散らし、怪しくフィールドを染め上げていった。
「同じ紅き月を見る眷属たちに幸いを! 夢枕に紅き月を見る幼子たちに祝福を!
月影から目を逸らそうとする者に――後悔を!! 【ないと・おぶ・ヴぁんぱいあ】!!」
チルチルの詠唱と共に彼の身体が闇へと呑まれていく。
いや彼だけでは無い。
黒檜の探照灯が次々に破壊され、レンズの砕ける音が辺りから鳴り響く。
それまで夜と言っても視界が確保されている程度の暗さだった。
今は違う。
本当の意味での暗黒がミカの周囲を包み、全ての光を……光源を奪っていく。
まるで墨汁でも垂らしたかのように黒一色で空間自体が染まり上がり、ミカの【目】を奪っていった。
(あ……辺りが真っ暗に……!?)
≪(ピー)っ! こっちからもお前が見えねえ! 気を付けろ、ミカ! ヤツは――か――仕掛けてくるぞ――!≫
「ブ、ブルーさん!? こ……声が!?」
≪あ――ヤロー――音まで――≫
ブルーからの通信が段々と不明瞭になっていく。
いやそれどころかそれまでうるさいくらいに鳴り響いていた黒檜のエンジン音や駆動音まで消え去り始めた。
まるで闇に全てが吸い込まれるように周囲から全ての音が消失していく。
通信越しにブルーが張り裂けんばかりに叫んでいるのが聞こえる。
≪ミカ! バトルアバの技には必ず弱点がある! 完全無敵な技なんてねえ!
それが――アババトルの【ルール】だ――そ――突―――……≫
「ブルーさん……!?」
最後の言葉と共に完全にブルーからの通信も途絶えた。
周囲は完全に暗闇へ隠され、直ぐ真後ろにある筈の黒檜の姿さえ見えない。
完全なる闇、そして完全なる無音。
闇に取り残されたミカは完全な孤独だった。
そんな中、頭上の紅い月だけが煌々と輝き異彩を放っている。
まるで今までいた世界とは隔絶されてしまったような……そんな雰囲気だった。
(くそっ! 手元すら見えない!? チルチルさんは一体どこへ――っ!?)
突如闇の中から何かが襲い掛かってくる。
「がぁっ!?」
背中を何かに切り裂かれ、ミカは思わず歩兵銃を手放してしまった。
(しまった!?)
自らの手元から離れた銃は闇へと消え、甲板に落ちた音すらしない。
一瞬探すことを考えたがこの漆黒の闇の中でそれは自殺行為だ。
下手に動けば黒檜の上から落下し、奈落の底へと転落しかねない。
ミカは腰の軍刀を再び抜刀し、離さないようにその柄をしっかりと握る。
(……大丈夫だ。世界が消えた訳じゃない。俺の手にしっかり無銘は……存る)
グローブ越しに愛刀の感触が伝わってくる。
見えないがそこに確かに存在した。
刀を構え、攻撃に備える。
犬耳の世話しなく動かし、尻尾を左右に振ってレーダーのように気配を探った。
だが――。
「――くっ!?」
何者かが音も無く迫り寄り、再び攻撃が行われる。
腹部へ衝撃が走った。
ダメージ自体は大きく無く軽い。
しかし完全なる奇襲であり、意識を集中しても攻撃が行われた方向さえも掴めない。
(い、一体どこから攻撃されているんだ!? これじゃなぶり殺しだ……)
周囲の闇に対し徐々に恐れる心が生まれ始める。
何が行われているのかすら分からず、攻撃の正体も掴めない。
(攻撃自体は軽いのに――その正体が分からない……)
頼りになる相棒も、自分を守るための要塞も、その全てを失う。
"孤独"という社会性生物である人間に取って最も根源的な恐怖がミカを襲った。
「……闇が怖いか、子犬」
「――チルチルさん!?」
自らの頭上から声が響く。
まるで天から聞こえてくるような声。
思わず顔を上げて頭上を見たが、やはりそこには闇と紅い月しかなく彼の姿は見えない。
語り掛けるような口調でチルチルの声は続く。
「定命の者は夜が来れば必ず陽が沈み、朝が来れば必ず陽が昇ると……傲慢にも思っておる。そんな保障はどこにも無いのになぁ!」
「――ぐぅっ」
再び全く感知出来ない方向から攻撃が行われる。
切られた感触からチルチルが使っていたあのレイピアでの攻撃なのは理解出来た。
だが――それが分かってもどうする事も出来ない。
天からは煽るようなチルチルの声が未だに聞こえてくる。
「これが我ら不死者の生きる"闇"じゃ! 不死と引き換えに! 陽へ当たる権利を捨てた者の力なのじゃ!」
「一々――台詞が芝居掛かり過ぎなんですよっ! 吸血鬼ィ!!」
ミカは傷を受けた感触から闇雲ながらにその方向に刀を奮う。
当然、当たらずただ闇を切った。
「クククッ! どこを切っておるのだ! "そこ"に我はいないぞ……!」
こちらを嘲笑するようなチルチルの声。
「うっ……身体が……」
流石に何度も切られた事により身体へダメージが蓄積している。
ミカは思わず膝を突き、姿勢を崩した。
(――ここまでか……)
既にヘルスは残り少なく、打開策も思いつかない。
脱力したように左手を下へ降ろした――。
――ゴゥン。
「――っ!?」
甲板へくっ付けた掌に振動が伝わってくる。
それは黒檜の……エンジンの駆動する振動。
黒鉄の巨大要塞の鼓動。
音が消えようとも確かに動き続ける鋼の心臓。
その鼓動は自らの存在を確かに主へと伝えていた。
「そうか……お前もそこに存在たんだな……黒檜」
全ての音が消え去っても黒檜の存在が"振動"となって伝わってくる。
「まだ俺は……"独り"じゃない――あっ!?」
その時、ミカの脳内で電撃のように場面が繋がっていった。
――あっ! こ、蝙蝠が剣を!?――
――月影から目を逸らそうとする者に――
――ミカ! バトルアバの技には必ず弱点がある――
――攻撃自体は軽いのに――
――"そこ"に我はいないぞ……!――
全ての物事が繋がり、ミカはある事を思いつく。
咄嗟に甲板へ身を投げるようにして完全に伏せた。
「ハハハッ! 五体投地で服従の構えかぁ? 遂に諦めたようじゃなぁ!」
当然ミカが伏せようとお構いなしにチルチルの攻撃は続く。
だがミカは切られようとお構いなしに犬耳をペタっと甲板へくっつけた。
黒檜の鼓動が振動となって伝わってくる。
しかし――もう一つあるべき"振動"は伝わってこなかった。
(やっぱり……! あの古蝙蝠は……! ここには"存在"していない!!)
幾ら音を消したとしても剣を奮えばその踏み込みにより振動が伝わる。
だがその伝わるべき振動は無く、攻撃だけが飛んでくる。
そもそも相手はこんな暗闇の中、一方的に攻撃出来る状況だ。
細かく攻撃せず、確実に止めを刺せば良い。
それをしない……いや"出来ない"理由がある。
(さっきから攻撃が軽い原因も……! 全部分かった……! ならばぁ!!)
ミカは飛び跳ねるようにして起き上がるとそこにいる筈の黒檜へ命令を下した。
「黒檜! 五番六番砲塔に【三号弾】装填!」
その言葉に応じて暗闇の中、黒檜の前部三連14サンチ砲二門が稼働する振動が足元から確かに伝わってくる。
主の言葉はしっかりと届き、主命を果たそうとしていた。
「仰角七十度!! 目標――【月】!!」
ミカは軍刀の切っ先を漆黒の闇の中、燦然と輝く頭上の紅い月へと向ける。
甲板上で砲身がゆっくりと上へと狙いを定めその振動がミカにも届く。
「――撃ぇっ!!」
絶叫。
そして無音の中、衝撃波だけが甲板上のミカを襲う。
闇の中、月へと向かった六発の砲弾は内部の炸裂機構により、途中で爆裂した。
砲弾内部にみっちりと詰まっていた無数の鋼鉄の球体が運動エネルギーに従って弾き出される。
それは散弾のように飛び散り、紅い月へと襲い掛かった。
数千発を超える鉄球は紅い月の貫き、その"色"を歪める。
「ぎゃんっ!?」
その散弾たちは月の裏側に隠れていた者へ確かに命中した――。
「――闇が……!」
散弾が月を撃ち抜くのと同時に周囲を覆っていた闇が一気に晴れた。
遥か上空の月へと向けられた黒檜の副砲塔も、星が広がる夜空も、その全てが戻ってくる。
ミカは視界が戻るのと同時に急いで周囲を見渡し、ある物を探した。
「――いた!」
ミカの少し後ろ。こそこそと隠れるようにチルチルの下僕である"蝙蝠たち"が羽をバタつかせていた。
その牙でレイピアを重そうに抱え、どこかへ逃げようとしている。
そう……この蝙蝠たちがチルチルの命令に従って必死にレイピアを動かして攻撃を行っていたのだ。
だから攻撃は軽く精彩を欠いていた……遠隔操作ならば当然と言えるだろう。
蝙蝠たちは鬼の形相で睨み付けるミカに気が付き、しまったと言わんばかりに目を丸くしていた。
「この蝙蝠共ぉ!! 散々人を嬲りおってからにぃ!! ――チェストォォォォォ!」
ミカは一気に詰め寄ると軍刀を蝙蝠たちへ袈裟懸けに一閃する。
怒りの籠った斬撃は蝙蝠たちを一刀両断し、更にレイピアを弾き飛ばした。
弾き飛ばされたレイピアは宙を舞い、黒檜の甲板から離れ……ゆっくりとビルの外の奈落の闇へと消えていく。
≪――ミカ! 無事だったか!!≫
闇が晴れた事により音も戻り、ブルーからの通信がミカの耳に届いた。
「ブルーさん!」
≪あの野郎、落ちてくるぜ! ざまあねえや! 地に堕ちやがれっ!≫
彼の言葉で先程攻撃を加えた月を見る。
紅い月は消え去りそこに"本当"の月である黄色い満月が輝いていた。
更に空から一つの人影が地上へと落下してきている。
「はにゃぁ~……」
散弾の直撃を受けてすっかり目を回しているチルチルの姿がそこにあった。
全身の衣装は傷だらけで所々破れており、中々酷い状態である。
そのまま吸血鬼は重力に従い、地に堕ちようとしていた。
「安全なところから攻撃するなんて、何が貴族だこんにゃろめー!」
ミカの罵倒すらも聞こえずチルチルはただただ落下していく。
このまま放っておいても奈落へと消えていきそうだったが、それでこの戦いが終わるとはミカとブルーも思っていなかった。
≪きっちりカタに嵌めるぞ、ミカ! ドデカい"杭"――ぶち込んでやれ!!≫
「言われなくても! 一番二番砲塔に【二号弾】装填!!」
ミカの言葉に従い黒檜の45口径36サンチ単装砲が稼働を始める。
内部の装填機構に脳みそのマークが描かれた巨大砲弾が装填されていき、それが砲身へと込められた。
「黒檜! 落下点計算を出せ!」
そう叫ぶと同時にミカの周囲に幾つもの情報ウィンドウが現れる。
並ぶウィンドウに素早く目を通し、チルチルの落下ポイントを計算した。
その計算に基づき、素早く黒檜へ次の指示を行う。
「俯角十五度! 目標【チルチル・桜】!」
軍刀の切っ先を落下してくるチルチルのかなり下……落下点を考慮した場所へと向ける。
黒檜の主砲がそれに合わせて角度を調整し、狙いを定めた。
「――撃ぇっ!!」
ミカの号令と共に黒鉄の巨砲から二発の巨大砲弾が吐き出される。
轟音と共に甲板上のミカを衝撃波が襲う。
しかしミカはしっかりと立ったままその衝撃波を受け止め、砲弾の行く末を見守った。
砲弾は計算通りチルチルの落下コースと重なりこのままいけば直撃は間違い無い。
だがそれまで沈黙を保っていたチルチルは突如目を見開いて覚醒した。
「――【ヴぁんぱいあ・うぃんぐ】!」
その声に応じてチルチルの背中に巨大な蝙蝠の被膜翼が生えてくる。
彼は翼を翻すと空へ向かって飛翔した。
「はははっ! 甘いぞ! 甘すぎるぞ、子犬ぅ! しょこらーでより詰めが甘いのじゃ!」
落下速度を調整することによって落下コースをズラし、砲弾を回避しようとするチルチル。
そんな彼へミカは不敵な笑みを送った。
「悪いですけどね、チルチルさん! その砲弾はちょっとばかし……"お利巧"ですよ!」
「――……なっ!?」
最早放物線を描いて落ちるだけの筈だった二発の巨大砲弾。
だがその二発の砲弾の先端部に備え付けられた黒檜と同じ赤い瞳のカメラが飛翔するチルチルの姿を捉える。
砲弾の側面に付けられた稼働翼が細かく動き、自動的に目標への照準を修正した。
内部のAIにより誘導され、二発の"誘導砲弾"は飛翔するチルチルへ猟犬のように追い縋る。
彼は必死に翼をバタつかせ回避しようとしたが音速を超えた砲弾相手には分が悪かった。
「弾着――今っ!」
――ゴンッ!!
「――ごはぁっ!?」
チルチルの上半身ほどもある砲弾が彼の身体へと直撃する。
その小柄な身体をへし折らんばかりに暴力的な運動エネルギーが襲った。
――ゴンッ!!
更に二発目の砲弾も直撃する。
二つの砲弾に挟まれ、チルチルの身体は双方向からの衝撃でひしゃげた。
「――ぎゃはぁんっ!?」
間髪入れずに誘導砲弾の接触信管が作動し、砲弾が炸裂した。
対人に使うには過剰過ぎる爆薬が炸裂し、吸血鬼『チルチル・桜』の身体を焼き尽くし浄化していく。
「わ、我は滅びぬっ! 人の業ある限り! 何度でも蘇――ぐあああああああ!!!」
チルチルは訳の分からない捨て台詞を吐きながら閃光に包まれていった。
凄まじい大爆発が空中で巻き起こり、まるで花火のように閃光が激しく瞬き夜空を真っ赤に染め上げた。
上空で起きた衝撃波には流石のミカも体勢を低くして防御姿勢を取らざるを得ない。
ゆっくりと屈み込み、その衝撃波に耐える。
ビリビリと衝撃波で揺れる黒檜の甲板。
一拍遅れて爆発音が届く。
――ドォォォォォンッ……。
それまで暗かったフィールドは大爆発の灯に照らされ、まるで真昼のように明るくなっていた。
≪夜明けって言うには……ちと明るすぎるなこりゃ≫
周囲を明るく照らす大爆発の中、ブルーがぼそっとそう呟いた……――。
【ABABATTLE WIN MIKA CONGRATULATION】
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