(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第37話『……僕"たち"は負けませんから』

公開日時: 2021年11月26日(金) 00:00
更新日時: 2021年12月27日(月) 23:46
文字数:11,488



 ――マモル。あんた弱すぎ。敗北最短記録更新したんじゃないの――

 ――バ、バトルがあんなに怖いなんて知らなかったんだよ! 無理だよ、無理! 僕にはバトルアバなんて! ――

 ――はぁ……。幾ら相手がベテランのデバス・ギーガーだからってビビッてたら勝てる物も勝てなくなるに決まってるじゃん――

 ――あの場に居なかったキミには分からないだろうけど、あそこは……あそこは戦場なんだ! 

幾ら仮想現実だからって弾が飛んでくれば怖いよ! 当たったら死ぬかもしれない怖さが分かるかっ!? ――

 ――……確かに。あの場に居ないあたしにはあんたの気持ちは分からない――

 ――そうだろっ!? あんなとこに一人で立たされて! 一人ぼっちで戦う気持ちがキミに分かる訳ないもんな!

 もう沢山だ! ――

 ――……分かった。次からあたしもバトルに参加する。様は一人でバトルフィールドにいるのが嫌なんでしょ、あんた――

 ――え……? でもキミは普通のアバ――

 ――あんたのオペレーターに……なってやるって言ってんの――


 僕はその日から、バトルで独りでは無くなった……――。

 




【ABAWORLD RESORTエリア 温泉茶屋『狸寝入り』】






 ビーチと雪原から少し離れ、豪勢な建物の立ち並ぶ区画。

 リゾートの名にふさわしく観光地にありがちな施設が数多く設置されている。

 その区画の一つ、日本の温泉街を模したその場所。

 そこは中心部に並べられた湯畑からもうもうと立ち上る湯気で、どこか霞んで見えた。

 湯畑を囲むように営業している店舗には皆、温泉や足湯が常設されており、

仮想現実とは言え現実の温泉街を可能な限り再現しているのが窺えた。

 但し、温泉や足湯を利用しているアバたちは着の身着のまま湯に浸かっており、着衣入浴状態だった。

 幾らABAWORLDがリアルさを売りにしているとは言え【裸体】のモデリングデータまでは用意していないアバたちが殆ど。

 少々の違和感に苦しみながらも服を着たまま入浴を楽しんでいた。

 しかし一部のアバは入浴用にアクセサリーセットを用意しているのか、ちゃんと水着を着用している。

 流石に裸を披露している猛者は存在しなかった。



「……要約すると――」

 その中の一店舗、足湯に入りながらお茶を楽しめる茶屋『狸寝入り』。

 木製の底の浅い湯舟が幾つか設置されており、その上に木桶が幾つか浮いていた。

「――ブルーさんがフォーラムで『アカツキ』さんに議論という名の喧嘩を売って……。

大論争の果てに二人ともフォーラムから出入り禁止を受けたと……そういう事で良いんでしょうか」

 ブーツごと湯舟に両足を突っ込んで、足先に不思議な温かさを感じていたミカが呆れた表情をしつつ、

正面に座っている証言者へ問い質した。

「……簡潔に言えばそう。この(ピー)オタクのせいであたしまでフォーラムから追い出されたってわけ」

 そう言って憎々し気な視線を"被告人"へと送る赤鬼娘のアバ『アカツキ』。

 その視線を何処吹く風と言った様子で受け止め、饅頭でお手玉をしている青髪の自動人形のアバ『B.L.U.E』。

 ミカは色々とげんなりとしながらも"一応"、"友人"として最後の希望を抱きつつ、

彼女の証言が違っていることを願いながらブルーへ尋ねる。

「被告人……彼女の証言に間違いはありませんか?」

 ブルーは空中で弄んでいた饅頭を両手で素早くキャッチするとそれを持ったまま右手を上げて宣誓した。

「私、『B.L.U.E』はこの不遜且つ傲慢な鬼女の発言が全て真実の物であると天地神明に誓います」

 悪びれもせず非常に厳かな態度でそう宣うブルーにミカは思わず、眉を顰める。

 アカツキもまた顔を真っ赤にして今にもブルーへ殴りかかりそうな空気を醸し出していたが、

隣に座っているバトルアバ『マモル』に宥められていた。

(……誓うなよ。こいつ……一回本気で殴られた方が良いんじゃないか?)

「おっ! その表情新鮮で良いぞ、ミカ。お前、そういうゴミを見るような視線あんまりしないからな。マゾに受けが良いぞ」

 ――カシャッ。

 そう言ってブルーはミカの姿をSSで撮った。

 ミカは内心、この場で軍刀を使って無礼討ちにしてやりたい気分だったが、何とか我慢する。

 現実では額に青筋でも浮いてそうなほどの怒りを己の内に秘めつつ言葉を続けた。

「……出来れば、否定して欲しかったですけどね。友人がフォーラム荒らしているとか聞きたくなかったです」

 彼はその言葉に少しだけ俯き、真面目な表情を見せた。

「オレ、お前には嘘吐きたくねえんだ――相棒だからな」

(――よし。殴ろう……!)

 ミカが遂に決心し、拳を固めていると先にアカツキが動いて仕掛けた。

 ――バシャッ!

 彼女は足湯に突っ込んだ足で湯を掬い、ブルーへとぶっかける。

 熱湯が彼の身体へと降りかかった。

「――あちぃっ!! な、何しやがんだ! 鬼女!」

「さっきからこっちが下手に出てれば調子に乗って! フォーラムで話してる時も屑だと思ったけど

生で会ったらもっと屑だと理解出来たわ! 滅びろ! イキリ野郎!」

「て、てめー! 不意打ちとは卑怯な奴だ! このぉ!!」

 ブルーも足元の湯舟からお湯を手で掬い、アカツキへ向けて勢い良く掛け始めた。

 お互いに激しく罵声を浴びせながら、お湯を掛け合う二人。

 困惑しているバトルアバ、ミカと衛の方にもアツアツのお湯が飛来してきた

 ミカはバトルアバに備え付けられた運動能力を発揮し、素早く湯舟から木桶を二つ拾い上げる。

 一つを衛の方へと放り投げた。

 ――パシッ。

 かなり高速で投げ付けられたが、衛もバトルアバの一人。

 右手でしっかりとそれを受け止める。

 二人はその木桶を使って飛来してくるお湯から身を守った。

 バシャバシャと水音が鳴り響き、"オペレーター"二人が口汚く相手を罵る中、衛がミカへと話し掛けてきた。

「ミカさんは――同じAブロックですから、二回戦で当たる可能性があるんですね」

「あっ……。そうですね、衛くんとは当たる、かも……しれません」

 色々な悶着のせいで忘れていたが彼も大会出場のバトルアバ。

 しかも同じAブロック。

 充分に当たる可能性はある。

(……呑気に足湯一緒に浸かってるけど、明日は彼とバトってるかもしれないんだよな……)

 何となく現実感が無い。

 目の前にいる少年の姿をしたバトルアバと自分が明日には斬り合い、撃ち合い、殺し合い……にも近い行為をする可能性がある。

 今、こうしてまっこと"平和的"に会話しているというのに……。

 同じような気持ちを衛も感じているのか、彼もこちらを静かに見据えていた。

 その表情に敵意は無い。

 二人の間で奇妙だが穏やかな空気が流れていく。

 お互いに言葉も無く暫く見つめ合っていたが、先に衛が口火を切った。

「――ミカさんは……どうしてあの――青髪の方にオペを頼んだんですか?」

「え……」

 唐突な衛の言葉。

 どうしてと言われてミカは戸惑ってしまった。

「ミカさんの事、実は結構フォーラムとかで調べてたんですよ。

同じ召喚タイプのバトルアバでしかもオペレーター付きだったから気になって――」

「あー……オペレーターと一緒にやってるバトルアバって珍しいんでしたっけ……」

 前にブルーも言っていたが確かにオペレーターを雇っているバトルアバは珍しい。

 今まで何人ものバトルアバたちと戦い、知り合ってきたが自分と同じようにオペレーターがいるのは衛が初めてだった。

「だから……一度話を聞いてみたかったんです」

 衛の言葉にミカは少し、考え込む。

 ブルーと出会い、ウルフと戦いになり……その時からずっと一緒に戦っている。

 その流れのまま彼に大会でのオペレーターも頼み、了承して貰い、そして――今があった。

 ミカは答えに困りつつも、隠すような事でも無いし、有りのままを話すことにした。

「……私がバトル始めた切っ掛けがブルーさんでしたから。それでブルーさんがオペレーターとして

右も左も分からない私に色々と教えてくれて……」

 良く考えればバトル以外の事も、この【ABAWORLD】での様々な事も、彼から教えてもらった。

 こんな不思議な仮想空間メタバースで何とかやってこれたのも……――。

 そこまで考えてブルーと知り合った事で明らかに無駄っぽいイザコザが増えた事にも思い当たる。

 トラさんたちと知り合いウルフと戦い、彼の勧めで姉のバトル履歴を調べ武蔵丸に襲撃され、

ゲンへ会いに行こうとしてゆーり~とバトルをすることになり――。

(いや……待て……ブルーさんのせいで余計な戦いに巻き込まれ――そ、その事を考えるのは止そう……)

 一瞬邪な考えが浮かんだが被りを振ってそれを振り払う。

 確かに巻き込まれ事故は多かったかもしれないがそれでも――。

「それから今まで二人で戦ってきたんです。気が付いたら大会出場なんてところまで来ちゃいましたけどね……」

 ――それでもブルーが居なかったらここまで来ることは出来なかったとミカは思った。

 色々と問題の多すぎる友人だが……悪い人では無い、筈……。

 横目で彼の方へと目を向ける。

 アカツキとブルーの罵り合いは未だ続き、飽きもせず喧嘩をしていた。

 ミカの語りを聞いて衛が嬉しそうな表情を浮かべた。

「……僕と一緒なんですね」

「一緒?」

 彼は頷きながら口を開く。

 遂に掴み合いを始めそうになっている自身のオペレーターを指差した。

「僕も……オペレーターのアカツキに誘われて、バトルアバになったんです。最初はオペじゃなかったですけどね」

「それって……その――キミが使っているそのバトルアバをあの子が用意したって事ですか?」

 ミカの言葉に衛は静かに頷いた。

 彼は自身の胸に手を置き、再び口を開く。

「元々この『衛』は……【小日向製作所コヒュウガセイサクジョ】のプロモーションとして作られたバトルアバなんです」

(大吉さんが言っていた所か。確か同じパソコンパーツショップなんだっけ……)

「アカツキが大鬼ダイキさんに頼んで……あぁ、大鬼ってアカツキのお父さんなんですけど――

その人が僕のためにデザインを起こしてくれて……それでバトルアバを始めたんですよ」

「なるほど……」

(家族経営って感じか……でもバトルアバって結構そういう人多いよな。ウルフさんもスポンサーは父親だったし――)

 衛はそこまで言って何かを思い出したのか少しだけ自嘲気味にふふっと笑う。

「でも僕、初バトルで負けちゃったんですよ。それも物凄いボッコボコに――

それでアカツキが見てられないからってオペレーターをやってくれるようになったんです」

「おぉ……。それからは勝ちまくり……?」

 衛は苦笑しながら首を横に振る。

「ふふっ……全然ダメ。負けてばっかりでした。そう都合良く直ぐに強くなれる訳も無くて――

暫くは毎回バトルの後に反省会ばっかりしてました。アカツキにここがダメ! 

なんでそこでこうするの!? って怒られまくって……辛い毎日でしたよ」

 負けて怒られてと語る割に衛の口調はどこか楽し気だった。

 それに彼自身も気が付いているのか、気が付いていないのか、表情からは分からない。

 ミカは静かに彼の言葉に耳を傾けた。

「でも少しずつ……少しずつ勝てるようになっていったら。段々とバトルするのが楽しくなっていって……。

アカツキと一緒に戦うのがこんなに楽しいんだって、思うようになって――」

 そこまで言って衛はハッとしたような表情を浮かべた。

 少し顔を赤くしつつ、ミカへ謝ってくる。

「す、すいません。こんなことまで話す必要は無かったですよね。と、とにかく僕がバトルアバになった経緯はそういう感じです!」

 ミカは慌てて誤魔化す衛の慌てっぷりに内心笑っていた。

(ははっ……青春だなー)

 幾ら自分がそういう事に疎いとは言え、衛の言葉の端々からアカツキを慕っている事くらいは察することが出来た。

 何とも甘酸っぱいというか……若さというか。

 ミカが自身に取って数年前に過ぎ去ってしまった青いモノに少々の羨ましさを感じていると怒声が聞こえてきた。

「衛っ! 帰るよ!! この屑と過ごした時間が無駄過ぎる!!」

 角まで真っ赤にしながらアカツキがそう吐き捨てる。

 一方、先程まで彼女とやり合っていたであろうブルーは手をヒラヒラと振っていた。

「おうおう帰れ帰れ。でもはオレは結構楽しめたぞー。あんたがやっぱり煽りがいのある奴だと分かったからなー」

「がああああ!! あんたたち大会で当たったら、ぜっ! ったいに! ぶち転がしてやる!! 覚悟しろ!! 

衛!! 作戦会議するからログアウトしたら直ぐにウチに来てっ!!」

 ブルーへ向かって捨て台詞を吐きながらアカツキは湯舟から足を上げて、衛へと命令する。

 彼も少しだけ困惑しつつも頷き立ち上がった。

「あっ……うん。分かったよ――あっ……ミカさん」

「はい……?」

 プンスカ怒りながらその場から去ろうとするアカツキの後ろを追いすがりながら衛はミカへと振り返った。

 彼はミカを見据える。

 その瞳には積み上げてきた絆。

 そして確かな信頼と意思が秘められている。

 ぞっとしない目だ。

 そうミカは感じた。

「……僕"たち"は負けませんから」

 そうはっきりと言って彼はミカへ背を向ける。

 やがてログアウトしたのかその姿は消えた。

「――ミカ。あのお二人さん見て、どう思った?」

 いつの間に隣へ戻ってきていたのか、ブルーが横にいた。

 そして相変わらず意地の悪そうな表情を浮かべながらこちらへ訪ねてきた。

 ミカは彼らへ感じたことを有りのまま伝える。

「……あの二人は、きっと強いです」

 彼はその言葉を聞いてククッと笑った。

「お前もやっと見る目が育ってきたな。あいつらは"ガチ"だよ。間違いなく」

「……でしょうね」

 ミカが肯定するとブルーは再び口を開く。

「『衛』は操縦するタイプの召喚モンス使う――お前の使ってるデカブツとか犬と違ってAIの補助少な目だから、

バカみたいに操作の手間が掛かる……その分、自分の手足みたいに操縦出来るから動きの精巧が段違いさ」

 ブルーは足でお湯をパシャパシャと弄びながら続けた。

「そして……『アカツキ』。あいつは衛をサポートするために相手への徹底したリサーチを行う事で有名……。

二回戦でリサーチ対象の相手も減っただろうから、まず間違いなくお前のパンツの色まできっちり調べ上げてるな」

 ふざけた物言いだったがブルーの語る内容からはあの二人が容易ならざる相手である事が伝わってくる。

 彼は腕を頭の上で組ながら軽い口調で言った。

「ま、ダイアグラム的に言えば8:2くらいじゃないか、衛とお前は」

 一切手心無しの非情な数字。

 ミカは思わず不満を口に出した。

「ぼろ負けじゃないですか……せめてもう少し配慮してくださいよ。二回戦であの二人に当たるかもしれないんですから。

結構精神的ダメージありますよ、それ」

「おめーがその程度で気落ちするタマか――それに安心しろって、そういう有利不利をカヴァーするためにオレがいるんだし」

 どこからその自信が出てくるのか不思議だったが、彼は右手で自身の胸を軽く叩く。

「……自信満々ですね。でも勝てるんですか……? ただのオタクが……プロに……?」

 ミカが皮肉っぽくそう茶化すと彼は今までに無いくらい無邪気に、悪戯を思いついた子供のように笑った。

「あいつらは真面目過ぎるからな。誠実は貴ばれるべきだが……こと戦いにおいては――その限りじゃねーさ。

性格の悪いことも良きかな……ってね」

 彼がどんな悪だくみを考えているのか、想像も付かない。

 きっとロクでもないことだろう。

 しかし確かにこと戦いにおいてははそれが頼りになることをミカは知っていた。

 だから何となく安心感を覚える。

「でも……あんまり酷すぎる作戦は止めてくださいね。マキちゃんとかも見に来るんですから……」

 彼はその言葉に頷かず、代わりに邪悪な笑みを浮かべた――。

 






【ABAWORLD RESORTエリア ハワイアンレストラン『マヒマヒ』】





 ハワイのレストランを模したその店舗。

 店内には少々生暖かい空気が漂い、何となく熱気が籠っているような感触さえある。

 但しその熱気はハワイの温暖な気候が再現された――というだけではなく、

客たちから伝わる興奮の熱……その影響も少なくない。

 二回戦当日ということもあり、この安全エリア――バトルアバの攻撃や流れ弾を受けない

このレストランには大勢のアバたちが詰めかけている。

 レストランの正面にある戦場では既に何組かのバトルアバたちが死闘を演じており、閃光が次々に瞬いていた。

 放たれた強烈な熱線が雪原に穴を穿ち、川を作り、砂浜をガラス化させる。

 凄まじい連続発射音と共に無数の銃弾が撃ち出され、有りとあらゆる物が破砕される。

 呼び出された腐った死体の群れが主命に従って哀れな獲物を食い散らかそうと進軍していく……。

 現実ではあり得ない光景が繰り広げられ、仮想現実で無かったならば大災害とも言える破壊がそこら中で巻き起こっていた。

 そんな中、バトルフィールドと化したリゾートエリアの最前線のちょっと奥。

 そこの海が見えるテーブルを囲んで、【チーム片岡ハム】の面子が居並んでいた――。

「お爺ちゃん! ゾンビ! ゾンビ! 凄い一杯歩いてるよ! 映画みたいー!」

 興奮しながら子白虎のアバ『マキ』は隣で顔を引き攣らせている黄色い虎のアバ『トラさん』の身体を揺らした。

「二日酔いした時に見る悪夢みたいやな……グロテスク過ぎるわ……」

 トラさんは進軍していく歩く死体たちが攻撃を受けて弾け飛んでいく、

地獄もかくやというその光景に気分を悪くしたのか顔がそこはかとなく青い。

「ハハハッ! あれでも規制版らしいけどなぁ。グロ鯖じゃノーリミットだからもっとグロいらしいぜ」

 アババトルオタクらしく目の前で様々なバトルを見られてご満悦の様子の『B.L.U.E』。

 彼は笑いながらそう言っていた。

 しかし……そんな彼に対して少し離れた場所にあるテーブルから物凄い熱視線が送られているのには気が付いていない。

 いや――敢えて無視しているのかもしれない。

(凄い睨まれてるぞ……俺たち)

 一方『ミカ』はその視線に気が付いており、とても居心地の悪い思いをしていた。

「……ちょっと。何であちらさんはこっちへ敵意剥き出しなのよ。バトル開始のアナウンスあるたびに睨んでくるし。

どういう関係よ、あんたたち。あっちの"コレ"でもミカくんが寝取ったの?」

 同じくその視線に気が付いている『M.moon』がミカの耳元へ小声で囁く。

 彼女が横目で見ているその先には――。

『ぐぬぬっ~』

 こちらと同じように備え付けられたテーブル席。

 そこから二匹の赤鬼が憎々し気な視線をこちらへ向けていた。

 熱い視線を送ってきている内の一匹は着物を纏った赤鬼娘の『アカツキ』。

 彼女はミカの隣で楽し気に目の前で繰り広げられるバトルを観戦している『B.L.U.E』を物凄い形相で睨んでいる。

 視線だけで人が殺せるならば今にも彼を八つ裂きにしそうだった。

「昼ドラじゃないんですから、そういう下世話な想像は止めてください。

……その……ブルーさん絡みで二悶着くらい前日にあって……。でも何でラッキー★ボーイさんも睨まれてるんでしょうね」

 もう一匹の鬼――紺色のビジネススーツを纏った巨体の赤鬼。

 彼はこちらのテーブルの下でコソコソと隠れているラッキー★ボーイを睨みつけていた。

 まるで長年探していた親の仇を見つけたかのような形相をしており、並々ならぬ怒りが窺える。

 そしてそんな二人の横で『衛』が苦笑いを浮かべていた。

 状況を重く見たムーンがテーブルの下を覗き込み、ラッキー★ボーイへと声を掛ける。

「店長……【小日向製作所】と知り合いなのは知っていたけど、あんな睨まれるって何したのよ。白状しなさい」

 彼はテーブルの下で身を縮こませながら口を開いた。

「ま、まだあっちが規模小さかった時にワイが色々と機材を売ってあげたんや。それをダイキの奴は何故か逆恨みして……!」

「――嘘を吐けー!」

 怒声と共に隣のテーブルから茶色い揚げパン『マラサダ』が投げ付けられてくる。

 どうやら巨体の赤鬼が投げ付けてきたようだ。

 剛速球ながら的確にテーブル下のラッキー★ボーイへと迫り、彼が悲鳴を上げる。

「ほぁっ!?」

 ――パシッ。

「――おっと」

 ミカは咄嗟に彼の眼前へ手を伸ばし、バトルアバ特有の反射能力でそのマラサダをキャッチした。

 当たる寸前だったがギリギリ間に合ったようだ。

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとな、ミカちゃん」

 ラッキー★ボーイはペコペコと頭を下げてこちらへ感謝してくる。

 しかし……相手の激怒っぷりを見るにどうも怪しいと感じ、ミカは鋭い目つきを向けて少々ドスの聞いた声で問い詰めた。 

「……理由如何によっては私がもう一回ぶつけるかもしれませんよ。ちゃんと正確に話してください――嘘偽り無く」

「へぇっ!? あっ……まぁ、ちょっ……ちょっとだけ割高で売りつけたんや……。

輸入料という名目で草鞋を二、三枚履かせてもうた……ワハ、ワハハ……」

(そりゃ怒るわ……)

 ラッキー★ボーイの言葉が聞こえていたのか隣のテーブルで巨体の赤鬼が勢い良く、立ち上がる。

 怒りが籠った声で怒鳴り散らしてきた。

「あの時の事! 忘れたとは言わせないぞ、大吉! こっちが新規で始めたから知識が浅いのを良い事にぼったくるなんて……! 

友人だと信頼していたのに……! 裏切りやがって……! ――ウォォォォン……」

 感情が色々と昂ぶり過ぎたのかその赤鬼は巨体を震わせながら咽び泣き始める。

 流石のアカツキと衛も驚いて彼を宥めようとしていた。

「ちょ、ちょっとパパ……! こんなとこで泣き出さないでよ……」

「だ、大鬼ダイキさん。他のアバの方々も見てますから……落ち着いてください」

「ちくしょうぅぅ……友人だと思ってたんだぞ! 俺はぁ……ウォォォン」

 完全に泣いた赤鬼と化しているあちらのテーブルを軽く横目で見やりつつ、

ミカとムーンは厳しい目線をラッキー★ボーイへと向けた。

「店長さぁ……マジで一回痛い目見た方が良いわよ。老衰する前に刺されても知らないから」

「ラッキー★ボーイさんは少し反省してください。流石に幻滅しました」

 呆れ果てた様子でムーンが大きい青い瞳を発光させる。

 ミカも厳しい言葉を彼へ投げかけた。

「ラッキーの爺さんも悪いやっちゃなぁ、ハハハッ!」

 自分もあちらの怒りの原因の五割くらいを負担しているというのにブルーは明らかに他人事と言った様子で朗らかに笑っていた。

 ミカは眉を顰め、彼も嗜める。

「……ブルーさんも少しは反省して頂きたいですけどね。他人事じゃないですよ」

「オレは刺される時はお前に刺されるって決めてるから、安心しろって――お?」

 ――ピピッ。

 ――ガシャンッガシャンッ。

 両方のテーブルでアラームが鳴り響く。

 二人のバトルアバへそこにいる面子の視線が集まった。

 ミカと衛は自身の身体から聞こえてくるアラームに耳を傾け、お互いに目を合わせる。

 彼の黒い瞳と視線を合わせながらミカは思った。

(何となく……彼とは戦うことになるんじゃないかとは思ってた……。目を合わせたあの時から……)

 運命か。

 定めか。

 それは二人にとってはあまり意味の無い考察。

 ただ二回戦の対戦相手として……偶然選ばれた。

 それだけの事だった。

「ブルーさん! お願いします!」

 ミカは直ぐに隣のオペレーターへと声を掛ける。

 彼はいつも通りの軽い感じを崩さず、応じた。

「あいよ。じゃ、行ってくるぜ、爺さんたち」

 ブルーはテーブルに残る皆へも声を掛ける。

 それに応じて一斉に応援組は湧いた。

「ミカ姉ちゃんを頼んだよ! ブルー兄ちゃん!」

「怪我だけはせんようにな……仮想現実やからそれは心配要らんか」

「軽ーくぶっ飛ばして来ちゃいなさいよ! ここで勝てばいよいよ本選なんだから!」

「しっかしまさかダイキとこのと戦うことになるとは……恐ろしいもんやな、因縁ってヤツは……」

 やんややんやと応援が二人へと投げかけられる。

 騒がしい片岡ハムチームを余所に小日向製作所チームは静かに準備を始めていた。

 やっと落ち着いた様子の大鬼がアカツキと衛へ激励の言葉を送る。

「アカツキ……お前は衛くんをしっかりサポートしてやるんだぞ」

「パパに言われなくても、分かってるって――あいつらへの作戦は万全よ」

 "大鬼"の言葉に"赤小鬼"は確かな自信を込めて頷く。

 それを見て、今度は衛へと彼は声を掛けた。

「衛くん……"軍神鬼"の力、あいつらに見せてあげなさい」

「……はい! 任せてください、大鬼さん……! あなたが僕に作ってくれた軍神鬼……彼女たちに……! 見せてやります!」

 力強く衛は頷く。

 そしてアカツキの方へ目配せした。

「行こう……アカツキ」

「オッケー……――」

 ――ポンッ。

 その言葉と共にアカツキの姿がその場から消え去る。

 そして代わりにオペレーター用のウィンドウが出現し、そこに顔が映った。

 オペレーターの準備が終わったことを確認し、衛がレストランから飛び出していく。

 ミカがその背を見ていると既にブルーもオペレートの支度を終えてウィンドウ化しており、そこから通信が届いてきた。

≪ミカ。やっこさんやる気満々だぜ。時代遅れのアオハルやってる奴らにゃ、お灸据えてやらねえとな! 

青年期の終わりってヤツを味合わせてやれ!≫

「……あっちが光のコンビならこっちはホント闇のコンビですね。

青春出遅れ組というか何というか――まぁ……それも結構ですけど!」

 ミカも一気にレストランから砂浜へと飛び出した。

 着地しながらブーツでしっかりと砂地を踏みしめると、少しだけ水が染み出して辺りに泥が散る。

 前にブルーが言っていた通り止まっていると少しずつ足先が沈んでいく感覚があった。

『二回戦 第四試合 【片岡ハム】所属『ミカ』VS【小日向製作所コヒュウガセイサクジョ】所属『軍神鬼操グンシンキソウマモル】』のアババトルが開始されます。

ご観覧のお客様は安全エリアにて――』

 リゾートエリア全体にアナウンスが流れ始め、バトル開始の告知が始まる。

 砂浜にて衛と相対したミカは叫んだ。

「――エクステンド!」

【BATTLE ABA MIKA EXTEND】

『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』

 ミカの全身が光に包まれ、灰色の犬耳と尻尾が力強く服を突き破って飛び出る。

 その二つの部位はミカ自身の高揚と連動するようにパタパタバタバタと世話しなく動いた。

 エクステンドするその姿に衛のオペレーターであるアカツキが反応する。

≪あれが噂のABAWORLDの狂犬か……! 衛! こっちも行くよ!≫

「分かった! エクステンド……!」

【BATTLE ABA MAMORU EXTEND】

「――ゴーグルセットオン! バトルモードスタンバイ!」

 掛け声と共に彼は決めポーズのように右手を高く掲げ、それで変身していく。

 白い学生服のような姿からカーキー色のパイロットスーツを身に纏う。

 空からバイザー付きのヘルメットがゆっくりと下降してきて彼の頭部へと装着された。

 半透明の赤いバイザーから少しだけ彼の瞳が見えていたが、光の加減で直ぐに見えなくなり、表情は窺えなくなった。

(本当にロボットのパイロットみたいなスタイルなんだ……ちょっとレトロ、か……?)

 ミカが衛の姿に懐かしさとも言える不思議な感想を抱く。

 両者のエクステンドが確認されたことによってバトルの開始が宣言された。

『EXTEND OK BATTLE――START!』

 開始の宣言と同時にミカは距離を取るために足先へ力を入れ、後ろへ跳躍しようとした。

 相手が何かしらの武装を呼び出して攻撃を加えてくると予想しての行動。

 しかし――。

(相手はこっちと同じ召喚タイプ……パワーリソースを稼ぐために武器を――え?)

≪衛! 今っ! ぶち込んで!≫

 アカツキの指示と共に衛がダッシュをして来る。

 そのまま、まさかの徒手空拳でこちらへ殴りかかってきた。

 その予想外の行動にミカは反応が遅れてしまう。

 迫る右拳。

 咄嗟に左腕を上げて防御しようとするも間に合わず、その右ストレートが右頬へ叩き込まれた。

「――ごふっ!?」

 殴られたことで明滅する視界。

 痛みは無いがそれでも衝撃で頭が揺れる。

 ガクンと身体がバランスを崩し、姿勢が崩れた。

「ミ、ミカ姉ちゃん!?」

 レストランの方からマキの驚く声が犬耳へと届いた。

 しかし無常にもアカツキは追撃を衛へと指示する。

≪そのままラッシュ! 左もぶち込む!≫

 衛は指示通り、左拳を振り被り、今度はミカの横っ腹へ左フックを叩き込んだ。

 軍服越しに腹部へ鈍い衝撃を感じ、ミカは声も出せずに口から空気を漏らす。

 相手は更に拳を次々に打ち出し、ミカの身体へと叩き込んでいく。

≪――なるほ――先――する――≫

 連続して受けた打撃の中、微かにブルーの声が聞こえた気がする

 。こんな大ピンチでもどこか他人事の彼の声。

 その声を聞いてミカは……――。





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