(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第50話『ルールその一……!』

公開日時: 2022年2月3日(木) 00:00
文字数:17,339


 ――……来たか、馬鹿息子――

 ――その様子じゃ、まだくたばるつもりは無いみてーだな……馬鹿親父――

 ――……お前に伝える事がある――

 ――何だよ――

 ――お前にこの会社の……社長を任せる――

 ――……はぁ!? いきなり何言ってんだ馬鹿親父!?――

 ――暫く会社には出られない……。だから……お前がやるんだ……――

 ――い、今まで厄介者扱いした癖に! 自分が困ったからって!!――

 ――頼む……。お前にしか出来ないんだ――

 ――あ……頭なんて下げるんじゃねぇ! 何時もみたいに……何時もみたいに怒鳴れよ! 怒鳴って言うこと聞かせろよ!――

 ――……すまない――

 ――そんな……弱った顔なんて見せて俺に頼むなんて辞めろよ……馬鹿親父……――

 ――……後ろへ振り向け。部族トライブたちに今日からお前が【ウルフ・トライブ】のボスだと言うことを示せ――

 


 そう言われ振り向くとそこには――大勢の社員たちがいた。

 皆、一様に親父の容体を心配し、不安そうな表情を浮かべている。

 そして……ただただ静かに待っていた――。

 この【ウルフ・トライブ】は親父が一代で築き上げたワンマン経営の企業だ。

 まだ若く、小さく、早々次の経営者を社員内で排出出来る体制にはなってない。

 だからこそ――仮とは言え【ボス】が必要なのだ。

 俺はその向けられる視線に重圧を感じ、思わず息を呑む。

 それまで親父への反抗心で目を背けてきた責任を否応が無しに感じる。

 逃げ出したい。

 責任など負いたくない。

 だが……俺を見る社員たちは皆顔見知りだ。

 家族同然と思って一緒に過ごしてきた奴らだ。

 そんな奴らを置いて逃げる事など――出来る筈も無かった。

 ――俺は覚悟を決め…………"群れ"に告げる――


「オレが――」 











【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 『死火山跡地』】





 ――ガァンッ!!

 銃弾を顔面に受けたウルフは顔面を手で押さえて蹲る。

 彼の被っていた帽子が地面へと落ちた。

 帽子には弾痕が付き、黒く焦げ付いている。

 ミカはそれを見て自らの弾丸が致命傷にはならなかった事を知った。

(……当たったけど、直撃はしなかったか。だけど……!)

 ミカの視界には今の一撃でパワーリソースがMAXまで貯まった事を知らせるウィンドウが出現していた。

「ぐぅぅぅぅぅ!! やり……やりやがったなぁ!! オレ様の顔を!!」

 ウルフは自らの傷付いた顔を左手で押さえながら毒吐く。

 ミカを憎々し気に睨み、その場で身体を震わせていた。

≪ざまぁないぜ、ガルガル野郎! 大召喚行けるぜ! これで止めだ!≫

 ブルーの煽る声が通信で届く。

 ミカはその言葉に応じ、左手に銃を持ち変えると右手を天高く掲げた。

「分ってます――パワー全部行っけぇ!!」

 呼び声と共に足元へ巨大な機械仕掛けの魔法陣が現れる。

 魔法陣に描かれた歯車が次々に駆動を始め、それが噛み合っていく。

「大!! 召喚っ!! 全て終わらせろっ! 一式重蒸気動陸上要塞【黒檜】ヘビースチームランドフォートレス・クロベ!!」

 ミカの招集によって足元から凄まじい量の水蒸気が噴き出す。

 電流混じりの高熱の水蒸気は赤茶けた地面をその熱気と電流で焼け焦がし、更に大地を死滅させていった。

 受けたダメージによって未だ身動きが出来ないウルフはその鋼鉄の大要塞をただ憎々し気に見つめる事しか出来ない。

 だが――その口元には微かに笑みを浮かべていた。

 足元から現れた甲板にミカの身体がゆっくりと競り上がっていく。

『バウッ!』

「……浅間!」

 いつの間にか浅間も黒檜の甲板に飛び乗り、主人の元へと馳せ参じた。

 その口にはミカが失くした軍刀【無銘】を咥えている。

「持ってきてくれたか。ありがとう、浅間!」

 ミカはそれを受け取りながら忠犬の喉元を軽く左手で撫でた。

 優秀な軍用犬は一度軽く鼻を鳴らしてからその橙色のカメラアイを眼下へと向け、警戒態勢を取る。

 すっかりフィールドへ全容を現した黒檜もレーダードームに備え付けられた赤色のカメラアイを倒すべき敵へ向けた。

 二機の油断するなと言いたげな動きにミカも眼下へ目を向ける。

 そこには地面に蹲るウルフがいた。

 まだ顔を手で押えており、動かない。

(ここで一気に押し切る……!)

「……黒檜! 全砲門開けっ!! 零号弾装填!」

 甲板上からミカはそう宣言し、右手を眼下にいるウルフへ差し向ける。

 黒檜の砲塔群が巨大な駆動音と共に稼働し、内部の装填機構に巨大な榴弾が装填されていった。

「目標っ! 前方【ウルフ・ギャング】っ!! 俯角二十度調整! 一番から二番、三四跳ばして五番六番! ――撃ぇっ!!!」

 ミカの命令に応じ黒檜の砲口が開き、砲弾が撃ち出されようとしたその時……地面に蹲っていたウルフが静かに口を開いた。

「――フルパワーリソース……投入」

 その言葉と共に異変が起きる。

「え!? た、弾が出ない!?」

 命令を下した筈なのに黒檜は砲弾を発射しなかった。

 ミカは驚き、後ろに控えている黒檜のカメラアイへ振り返る。

「く、黒檜が……!? き……消えてく……!?」

 赤色のカメラアイがゆっくりと半透明になっていく。

 いやそれどころか周囲の甲板、砲塔、近接防御用の機関砲。

 その全てが消滅していった。

「この瞬間を待っていたぜぇ……ちんちくりん」

 地面に蹲っていた筈のウルフがいつの間にか立ち上がり、黒檜の上で動揺しているミカを心底楽し気に見ている。

 彼は高らかに宣言をした――。

「これより……!! 【群狼たちの決闘場ウルフ・メン・クラブ】を開催するぜぇぇぇぇ!!」

≪あの野郎パワーリソースもう貯めてやがったのか!! 畜生!≫

「こ、これがガザニアさんを倒した――うわぁっ!?」

 突如、足元の甲板が消滅しミカは身体を空中へ放り出される。

『ワンっ!!』

 隣にいた浅間が咄嗟に落下するミカの身体をその背で受け止めて地面へと四本の脚で着地した。

「あ、ありがと――えっ!? あ、浅間ぁ!!」

『クゥーン……』

 ミカを地面へと降ろした浅間までもが段々と透明になって消滅していく。

 何が起きているのか理解出来ないミカを余所にウルフは突然大声で天に向かって叫んだ――。

「――運営! フィールドのサイレントを切りやがれっ!! 観客の……オレ様の"群れ"の咆哮をここへ……届けろっ!!」

 








【東京都 赤羽 デルフォニウム本社 社長室】







『――運営! フィールドのサイレントを切りやがれっ!! 観客の……オレ様の"群れ"の咆哮をここへ……届けろっ!!』



 社長室に設置された大き目のスクリーンにバトルアバ『ウルフ・ギャング』が映っている。

 その大声は社長室内にも響き、椅子に座って待機していた社員たちは皆、耳を押えた。

「うるさいですねぇ~あの狼は~」

 その大声にげんなりとした顔をしているポニーテールが特徴的なデルフォニウム女性社員『ヤナギ』。

「バトル中に要望など前代未聞ですね。かなり挑戦的です」

 ウルフの横暴な要求に眉を顰める同女性社員『イバラ』。

「……要望が来ていますが、如何致しましょう。向日田社長」

 最後の一人、『ツバキ』が少し後ろの方で社長机にいる現デルフォニウム社長『向日田理人』へ尋ねた。

 彼は一度顔を上げて一瞬悩んだ後、直ぐに右手で丸を作り笑顔で言った。

「面白そうだからオッケー! こういう試みは新しいから観客も喜ぶよ」

 社長からのゴーサインが出たことにより今度はヤナギの方へ顔を向けるツバキ。

「柳さん、大会運営にサイレントモード解除の許可を出してください」

「了解です~でも超煩くなると思いますよ~? 大丈夫ですかねぇ~?」

 ヤナギが少し心配そうにしながらも自らの電子結晶を取り出して大会運営チームへ連絡を取り出す。

 その懸念にイバラも額に指を当て不安げな表情をしていた。

「元々喧しすぎて試合にならないとバトルアバたちから要求があって付けた機能です……。

これで一方的に相手が不利になったらまたバトルアバたちからクレームが……」

「――……板寺特別顧問がここにいたならば……――」

 ツバキがそう口漏らすと全員が彼女へ視線を向けた。

「――『優先すべきは観客が楽しめるかどうか。バトルアバ共の都合など知ったことか……』と斬って捨てたでしょうね」

 その言葉にツバキ以外の全員が次々に愚痴を零す。

「板寺先輩はバトルアバへ辛口ですからねぇ~。常日頃からたかがバトルアバが! って要望来るたびに怒ってましたしぃ~」

「……大体、その後でちゃんと要望自体は考慮するんですよね……はぁ……」

「はははっ。彼女はキミたちより先に初期組強暴なる八人から色々言われてからねー。思うところがあっても不思議じゃ――」

 ――ビビィッ!!!

 向日田社長の言葉を遮るように社長室内に何かを知らせるアラームが鳴り響く。

「このアラームって何でしたっけ~?」

 首を傾げるヤナギを余所にイバラが席から勢い良く立ち上がった。

「地下へ行きます。よろしいです、社長?」

 その言葉に合点がいった様子で向日田も頷く。

「噂をすれば何とやら……"眠り姫"のお目覚めだね――白沢くん、後を頼んだよ」

 そう言って彼も席から立ち上がった。

 頷くヤナギ。

 しかしツバキも動かず、席に座ったままだった。

「あれ? 片瀬くんは良いのかい?」

「私は……このバトルを見届けないといけませんから」

 そう言ってツバキは再びスクリーンへ眼を向けた。

『ウォォォォォォォォン……!』

 事態が動き始めた時、スクリーンに映されたバトルにも動きが起こる。

 それまでシャットアウトされていた観客席から"群れ"の咆哮が轟いた――。








【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 『死火山跡地』】





≪はぁ!? 観客席からの歓声届いたらうるさすぎて試合になんねーだろ!? アホ狼、何考えてやがる!? 運営も許可出すわけ――≫

 ブルーの何言ってんだこいつと言わんばかりの声が通信越しに聞こえてくる。

 しかし彼の憤りを否定するようにアナウンスがバトルフィールドへ流れた。

【――サイレントモードが解除 大音量にご注意ください】

≪えぇ……!? それ許可しちゃう!?≫

「一体何が――っ!?」

 それまで静かだったフィールド全体を割れんばかりの大歓声が包む。

 数千――いや数万のアバたちの声はスタジアム全体を揺らし、赤茶けた大地自体をビリビリと振動させた。

(み、耳が……! 壊れる……!)

 戦闘中で感覚を研ぎ澄ましていたミカはその轟音に耐えられず、思わず軍刀と銃を手放す。

 バトルアバの強化された聴覚と犬の耳特有の広い聴覚域が仇になった。

「ぐ……うぅ……」

 呻き声を上げながら両手で軍帽の上に生えた犬耳を押える。

 少し楽になったがこの状態では両手が塞がり戦闘にならない。

 不意打ちとも言えるその音攻撃に思わぬダメージを受けるミカに気が付いたブルーが舌打ちした。

≪――ちっ! めんどくせー事を……! ミカ、犬耳畳め! 犬なんだから出来るだろ!≫

「……は……はい……」

 彼の指示に従って自身の犬耳を軍帽にくっ付けるようにしてペタっと折り畳む。

 かなりの音が遮断され、そして――両手が再び解放された。

(頭がガンガンする……。武器を……ひ、拾わなくちゃ……)

 ミカが何とか地面に落ちた武器を拾い上げている間にブルーの怒りを隠さない声が届く。

≪あの野郎……! これが狙いかよ! コスイ真似しやがって!! 運営も許可出すんじゃねーよ!! 

後でクレーム入れてやるぞっ――うぉっ!?≫

『ウォォォォォォォォン……!』

 大歓声の中、突如普通の歓声とは異なる獣染みた咆哮がフィールドへ届いた。

(こ、この声はウルフさん――いや違う! もっと"大勢"だ……!)

 最初はウルフの咆哮だと思った。

 しかし彼はニヤリと口元に笑みを浮かべたまま静かに口を閉じて佇んでいる。

 その咆哮は観客席からだった。

 何十匹……いや何百匹もの狼たちの遠吠えが観客席からフィールドへ届いてる。

「一体これは……!?」

≪ミカ! 外だ外! フィールドの外! 何匹いるんだ!? あの狼共!?≫

 恐らくオペレータールームから観客席の様子を見たブルーから声が掛けられる。

 その言葉に促されてミカがフィールドの外――観客席へ目を向けるとご親切な事に

巨大なウィンドウが幾つもバトルフィールドの外縁に出現した。

 スポンサー席の百人を超える狼獣人アバたち。

 観客席で幾つかの集団を作る狼の仮装や狼のお面を付けたアバたち。

 スタジアムに入れず、ABAWORLDの各所で観戦していたアバたち。

 その"狼"たちは全員示し合わせるように声を上げ、ある言葉を叫ぶ。

『――ボス! ボス! ボス! ボス!』

 皆、熱に浮かされたように声を合わせウルフへ向けて声援を送っていた。

 その声援は暴力的な音圧を生み出し、フィールドを震わせる。

(こ、これが全員ウルフさんのファンなのか……!? い、何時の間にこんなに!? というかそれにしたって多すぎないか!?)

 一転して四面楚歌で超アウェーな状況に陥ったミカは困惑し、一歩後ずさった。

 手に持った歩兵銃と軍刀をしっかりと握り、これから起きる事を警戒する。

 正面で不敵な笑みを浮かべているウルフへ攻撃したい所だが、あの技が発動した時点で

"決闘"が始まるまで相手にダメージを与えることが出来ない。

 所謂無敵状態になってしまう。

 だがこれはウルフも同じであちらからこっちへ攻撃を行うような事はしなかった。

 ただ周囲の群れたちからの声を受け止めていた。

≪こりゃどう見ても普段からのウルフファン以外も集まってやがるぜ。

あの野郎……応援をSNSで呼び掛けやがったな。まさかの盤外戦術かよ≫

「えぇ!? そ、そんなのアリなんですかぁ!?」

≪まぁアリだよな。楽しそうだし≫

「こっちは全然楽しくない!!」

「――聞けっ!! ちんちくりん!!」

 動揺するミカを余所にウルフが突然大声で呼び掛けてくる。

 ミカがその声に反応して顔を向けると彼はオープンチャンネルを使用して観客全員へ呼び掛けるように喋り出す。

『ウルフ・メン・クラブには五つのルールがある!!』

「ル、ルール!?」

(ムーンさんが言ってたヤツか……!?)

 事前にウルフとガザニアの試合を観戦したムーンからこの【群狼たちの決闘場ウルフ・メン・クラブ】については聞いている。

 技が発動した時点で止める手段は無い事。

 ルールが説明し終えるまで双方共に相手を攻撃出来ない事。

 この技の間はパワーリソースを使う事自体が出来ない事。

 そして――ガザニアがこの"ルール"を守れず敗北したことも……。

『ルールその一……!』

 ウルフが観客全体へ呼び掛けるように声を出す。

 巨大ウィンドウに映ったスポンサー席の大勢の狼姿のアバたちがそれに答えて叫んだ。

『――決闘は一対一でなければいけない!!』

 その巨大な歓声はフィールドにいるミカにも届く。

 ウルフは観客の声に身を震わせながら復唱するように叫ぶ。

『――決闘は一対一でなければいけない!! 余計な奴らには消えてもらうぜ!!』

(だから黒檜や浅間が消えたのか……。なんちゅう技だ……)

 自分の召喚した黒檜や浅間が先程消滅した理由が分かった。

 一対一というルールに則り、排除されてしまったようだ。

 これはムーンからも聞いていない情報だったが、ガザニアは元々一人。

 だから分からなかったルールなんだろう。

『ルールその二……!』

 ウルフの声に答え再び観客席から声が届く。

『――決闘はリングの上で行わなければいけない!!』

 ――シュボッ。

 どこからか何か燃え始めるような音が聞こえる。

 更に背中へ熱気を感じてミカは思わず振り返った。

「え――どわぁっちゃぁ!? 火ぃ!? 火が!?」

 目の前に真っ赤に燃え盛る火柱がいつの間にか出来ていた。

 突然自身の背後で巨大な炎の壁が立ち昇り、それがゆっくりとミカへと迫ってくる。

 慌てて火から逃れるために前へと足を進めた。

 炎の壁はミカだけでなくウルフの背後にも出現している。

 彼はその炎を背にゆっくりと前へと進みながら言った。

『――決闘はリングの上で行わなければいけない!! この炎のリングから出ることは許されねえ!!』

≪これが"リング"って事か。デスマッチかよ≫

 何時の間にか炎壁は輪の形になり、それが【死火山跡地】に決闘場を形作る。

 炎壁はどんどん狭まっていき、ミカとウルフをフィールドの中央へと押しやった。

 近距離まで二人は近付き、お互いの顔を直接視認出来る距離まで近づく。

 ウルフはミカの姿をその二つの黄色い獣の瞳で捉えた。

 ミカはその瞳を背一杯睨み返して次のルール説明を待つ。

『ルールその三……!』

 彼はこちらへ聞かせながらも観客たちにも説明するように声を張り上げる。

 それに合わせて観客席からも大歓声が巻き起こり、ヒートアップしていく。

 この勿体付けたルール説明も演出なのだろう。

 ミカは三番目のルールという言葉に身構えた。

 今までのルールは前座に過ぎない。

(この……三番目のルール。これが問題なんだ……)

 構えるミカを余所に観客席から一際大きな咆哮がフィールドへ届けられた。

『――決闘は平等で無くてはいけない!!』

 平等。

 等しく同じという事。

 そのルールを聞いて通信越しにブルーの少し呆れ気味な声が届く。

≪はっ。何が"平等"だ。それなら抽象的な言葉じゃなくてしっかり説明しろってんだよ。

あの狼野郎だけが正しいルール知ってんならちっとも平等じゃねえ≫

 ブルーの吐き捨てるような言葉にミカは思わず笑ってしまう。

「……ふふっ。確かにそうですね」

 彼の言う通りだ。

 それまでのルールと違って非常に抽象的な言葉。

 このルールの真の意味を知るのは今のところウルフだけだった。

 そう言う意味ではちっとも……平等ではない。

『――決闘は平等で無くてはいけない!! ガァァァルル!! そうだ、平等だ! ちんちくりん! 

平等で無くてはいけない! お前にこの意味が分かるかぁ!?』

 ウルフは犬歯を隠すこともせず獰猛に笑みを浮かべミカへ問い掛ける。

 そして――自らの持っていた銃器類を突如、放り投げた。

 隠し持っていた短銃、ダイナマイト、機関銃……その全てを手放す。

 打ち捨てられた武器は炎のリングの外へと消えていき、消滅した。

≪ミカ! 分かってんな! 魔女っ子がやったのと同じ事するんだ!≫

「えぇ! 分ってます!」

 ミカはブルーの声に威勢良く頷き、自らもウルフと同じように持っていた武器――

【三式六号歩兵銃】と軍刀【無銘】を投げ捨てた。

(ごめん……! 今までお世話になってきたのにこんな扱いして……)

 心の中で捨てた武器たちに謝るミカ。

 小銃と軍刀は炎の壁の向こうへと消えていく。

 もう取りに行くことは不可能だ。

 その行動に事情を知らない観客たちから驚きの声が漏れる。

 これが"平等"。

 お互いに"平等"に武器を持たない。

 決闘に武器など無粋……そういうルールだった。

(だけど……。これだけじゃダメなんだ……)

 ここまではガザニアも気が付いていた。

 しかし次のルールへ進むとルール違反という事でペナルティを受け、

非常に不利な状態で決闘が行われ――そして……敗けた。

 ブルーたちとも相談したがこの"平等"というルールに秘められた真の意味を見つけることがまだ出来ていない。

 ミカは必死になって考える。

(何か……必ず意味がある筈なんだ。この平等という言葉には……)

≪畜生ぉ~! バトルアバの技だし必ずどっか穴がある筈なんだがなぁ……どうすりゃ良いんだ。

ウルフも武器捨てる以外には何もしてねえしよぉ≫

 流石のブルーも困り果てた様子が通信越しに窺える。

 ウルフは逡巡しているこちらを見て口元に邪悪な笑みを浮かべていた。

 今までと違って直ぐに次のルールに進まず、敢えてこちらが悩むのを待っており、明らかに楽しんでいる。

 その二つの黄色い瞳……片方の瞳は先程自分が行った銃撃で損傷して閉じているがもう一つの瞳は怪しく光り、

獲物を捉えたまま逃がさなかった。

 その身体は浅間と取っ組み合ったり、ミカの銃撃によって傷付いてる。

 こちらよりダメージを受けているのが窺えた――。

「――……っ!!!!」

 その閉じた瞳と傷付いた姿を見て直感的にある事に思い当たる。

 ウルフと自分の違い。

 ガザニアがやらなかった平等にするための行為――。

(……ま、まさか……そこまで平等にしろって事か……!? そんな滅茶苦茶な……)

 自分の辿り着いた"答え"の恐ろしさに内心震える。

 それでも今は躊躇っている暇は無い。

 ミカは声を震わせながらブルーへ問い掛けた。

「ブ、ブルーさん……。ウルフさんのヘルスは――こちらと比べてどのくらい残っていますか……?」

≪――は? なんで今そんなこと――≫

「良いから教えてください!」

≪わ、分かった――ええと……お前より結構減ってんな。顔に狙撃成功したし、お犬もあったから――≫

 ミカはブルーからの説明を最後まで聞かず、自分を取り囲む炎の壁を見た。

「――南無参っ!!!」

 掛け声と共にその火の壁へと自身の右手を突っ込む。

「ぐっ……!!」

 燃え盛る炎は右手に付けたグローブを焼き、ミカの視界にダメージを受けた事を知らせるウィンドウが次々に現れた。

 ブルーもその突拍子もない行動に驚愕し、声を上げる。

≪お、お前!? な、何やってんだ!? 正気かよっ!?≫

 ミカは自分の手が焼けていく苦しみの中、叫んだ。

「――決闘は平等で無くてはいけない!! こうしなくちゃダメなんです!! 武器を捨てるだけじゃまだ不平等っ!! 

体力も相手と等しく同じにしなければいけないんですっ!! それが――このクラブの……ルールだっ!!」

≪ハァッ!? い、いや幾ら何でもそれは滅茶苦茶だろ!?≫

 観客席からもミカの突然の自傷行為にどよめきが起こる。

 ウルフを応援していた狼たちの群れも目の前で起きている事態に困惑し、応援も忘れて事の顛末を見守った。

≪ミ、ミカ! もういい!! ヘルスはウルフと並んだっ! 早く手ぇ引っ込めろっ! ホットドッグになっちまうっ!≫

 ブルーが動揺しながらも意図を汲み取って情報を告げる。

 ミカはそれを聞いて炎の壁から右手を引き抜いた。

 見るも無残に焼け焦げた右手は黒くなっており、力が殆ど入らない。

(……くそっ!! 自分でやった事だけど悲惨だよ、これ!! 違ってたら泣くぞ!!)

 心の中で悪態を吐きながら左手で黒焦げの右手を摩る。

 周囲の観客たちも動揺を通り越して困惑しており、ざわついていた。

 ただ一人……ミカの正面でその行動を見ていたウルフだけが――ミカの行動に微笑み、その大口を開いた。

『ルールその四……!! ルールを守らない者は制裁を受けなければいけないっ!!』

 今度は周囲からの返答を待たずにウルフが四番目のルールを告げる。

 ミカはその言葉に身構えた。

(これで……ダメだったら……!!)

 彼は更に言葉を続けた――。

『――ちんちくりん……いやバトルアバ『ミカ』はルールを守ったっ!! ここに制裁を受けるべき不届き者は存在しねえっ!! 

故に――最後のルールを適用するぜっ!!』

 ――ポウッ……。

「えっ!? これは……!?」

 ミカの足元から青い光が突然、溢れ出す。

 それは青い炎だった。

 こちらの全身を包むように青炎が地面から噴き出す。

 一瞬でそれはこちらの全身を覆い隠し、フィールドに青い火柱を形作った。

≪おわっ!? ミ、ミカ!! 大丈夫かっ!?≫

 何事かと心配してくるブルーからの声。

 青い炎に全身を包まれたミカは困惑しながらもブルーへ答える。

「だ……大丈夫です。熱く……無い……?」

 その青い炎は周りを囲む赤い炎と違って身を焦がすようは熱気は無い。

 代わりに不思議な優しい暖かさが全身を包んだ。

 ミカの視界に一つのウィンドウが現れる。

(【孤狼の気炎】が付与されました……?)

 【孤狼の気炎】と書かれたウィンドウ。

 続いて幾つかの説明文が流れる。

 説明文には攻撃力の強化や防御力の強化、速度の強化だとか色々書かれていた。

 一見してそれが悪い効果ではなく、こちらを強化する物だと理解出来る。

 更にそれが現れてから身体の奥底から何か熱のような物が込み上げて身体が軽くなったように感じた。

≪この炎……バフがあるみたいだな。すげー。今のお前近接タイプ以上の能力値になってるぞ。それに右手の火傷も治った≫

※バフ ゲームなどで自身を強化する効果。

 自身の右手を見ると焼け焦げた右手はすっかり修復され、元の分厚いグローブに戻っている。

 青い炎を身に纏ったミカを見つつ、ウルフは観客たちに、そしてミカに聞こえるように最後のルールを説明し始めた。

『ルールその五!! ――ルールを守った者を貴ばなければいけないっ!! お前は"覚悟"を見せた……!! 

よってオレたちはお前を――正式に決闘者として認める……!』

『ウォォォォォォンッ!!』

 彼の言葉に合わせ、再び観客席の狼たちが雄たけびを上げ始める。

(……これがウルフさんの技なのか。あの……一人で暴れて観客の事なんて、対戦相手の事なんて考えていなかった

ウルフさんの新しい技……)

 しっかりとルールを守った相手は尊重する。

 今までの独りよがりのウルフとは明らかに違う。

 それは――ちゃんとアババトルというエンターテイメントを考慮した技だった。

 再び、騒がしくなる周囲の中でブルーが通信を入れてきた。

≪オレたちはご入会の権利を得たみてーだな。でも……ここからが本番か。バフ貰って終わりじゃつまんねえよなぁ?≫

 彼の言葉にミカは青い炎を纏った状態のまま、拳を握り直した。

(そうだ……。ここからが本当の決闘になる)

 当然、これで終わりの筈がない。

 決闘は相手を打ちのめしてこそ決闘だ。

 正面にいるウルフがゆっくりと両手を広げた。

 ギリギリと力を込めてその大きな両の手を握り込む。

「さぁ!! ここからが本当の決闘だ!! 来やがれぇぇぇ!! ちんちくりんぅぅぅぅ!!」

 ミカはその大声を聞きつつ、ボクシングのように両手を前に出して構える。

≪しっかし……ヘルスは回復してねーな。ケチだなー≫

 ブルーの言葉にミカは握った拳を顔の前に出しながら応じた。

「……それだと平等じゃないですからね」

≪こんな茶番殴り合い仕掛ける時点で言うほど平等かぁー? たくっ……。

どうして男ってのは殴り合いが好きかね。ホント野蛮人だわ、"お前ら"≫

「これからする事考えたら反論出来ませんね……――征きますっ!!」

 茶化すブルーに答えつつ、ミカは構えた拳に顔を埋め、身体を低くする。

 そのまま一気にブーツで地面を蹴り、前方へ……ウルフへ向けて突撃した。

 強化された能力により、凄まじい速度で駆けるミカ。

 首に巻いた深紅のスカーフが揺れ、全身に纏った青い炎が尾を引き、それが周囲を青く照らした。

「――ウルフさん! 決着を付けましょう!! この因縁も……! 私たちの確執も!! 今日で終わりです!!」

 突撃しながらミカは右拳を振り被る。

「望むところだぁ!! ちんちくりんっ!! てめーに受けた屈辱も!! 全部、今日でご破算だぁっ!!」

 ウルフもその拳に対し、迎撃するように拳を繰り出す。

 ――ベギィッ!!

 お互いの拳が衝突し、凄まじい音が鳴り響く。

 その拳撃による衝撃波が周囲の炎壁を大きく揺らし、それと同時に観客席からの大歓声と雄たけびがフィールドへ届く。

 それが決闘の開始を告げるゴングとなった――。

≪ミカ! ヘビー級にライトフェザー級がまともにやっても勝てねえ! たっぱの差を活かすんだっ!≫

「言われ――なくてもっ!」

 限界まで身体を縮ませ、低く姿勢を取る。

「オラァァァアッ!!」

 雄たけびと共に放たれるウルフの左ストレートをギリギリの所で躱し、懐へと潜り込んだ。

「うぉぉぉぉぉ!!」

 ミカが気合の声と共に右フックを繰り出す。

 その拳はウルフの脇腹へと突き刺さった。

「――ぐふっ!!」

 鋭く刺さった右フックにウルフが喉元から空気を漏らし呻く。

(やった――あっ!?)

 しかし彼も負けじと素早く右足でローを放ち、それがミカの腹部へ叩き込まれる。

「がはぁっ!?」

 鈍い衝撃を受け、ミカの小柄な身体は大きく吹っ飛ばされた。

 思いっ切り後ろの方まで弾き飛ばされたせいかそのまま炎の壁へと突っ込みそうになる。

「――くっ!!」

 ギリギリの所で両足を踏ん張り、ブーツで地面を削りながら身体を止めた。

 背中を炎の熱が焼くのを感じる。

 受けたダメージに思わず体勢を崩し、ミカは膝を付いた。

(くそっ……。能力強化されてなかったら今ので間違いなく黒焦げだった……)

 炎壁に背中を焦がされる屈むミカを見てウルフが煽るように言った。

「どうしたぁ、ちんちくりんっ!! この決闘はお行儀の良い坊ちゃん嬢ちゃんのストリートファイトじゃねえんだ! 

ギャングの決闘だ! 足が出ねえとでも思ったかぁ!? あぁ!?」

 ウルフは一方的にそう言った後、天を仰ぐように叫んだ。

『これがギャング流の決闘だっ!! そうだろ! トライブ共っ!!』

 彼の呼び掛けに応じて観客席から次々に"群れ"の咆哮がフィールドへ届く。

『ウォォォォォォンッ!!』

『ボス! 我らがボス! ウルフ・トライブのボス!』

『そんな小娘、ぶっ倒せっ!! 若!!』

『ボスにはあたしたちが付いてるよっ!! アォォォォォンッ!!』

 その投げ掛けられる大歓声を一身に受け、ウルフは感極まったようにその黄色い瞳を細める。

≪こりゃマジでアウェーだな。流石にここまで来ると馬鹿にならねえぞ……≫

「……四面楚歌って感じでは、ありますね」

 ウルフへ送られる声援は明らかにサイレントモードが解除された時より、増えている。

 今やウルフの集めた観客以外もそのスタジアムに流れる熱気に乗せられ、彼への応援へ参加していた。

 その声援は間違いなく、ウルフの力となり精神を高める。

 彼は声援をその身に受けて再び拳を構えると両足の筋肉を著しく膨張させ、ミカへと飛び掛かっていった。

 ミカは咄嗟に両手を前に出してガードを固めると左へ摺り足移動して、逃げる。

 顔の真横をウルフの巨大な拳が通り抜け、その拳圧で頬に一筋の線が走った。

 ウルフは防御を取るミカに対し、連続して拳を放つ。

 そのラッシュは当然避け切れず、ミカのガードへ何発も拳が直撃した。

「……お前に敗けたあの日からっ!! オレは変わったっ!!」

 ガードされているのにも構わずウルフは喋りながら拳を放ち続ける。

「やりたくもねえバトルの練習もっ!! 下らねえと思ってたバトルへの対策もっ!!」

 激しいラッシュにミカは溜まらずガードが段々と緩んでくる。

「全部……!! 全部やってきたっ!! それでここまで来たんだっ!!」

 その状況を見てブルーが慌てたように通信を入れてきた。

≪ミカ! このままじゃヤバイ!! クリンチ! クリンチしろっ!!≫

※クリンチ 形勢不利の時に相手へ抱き着く防御法。

「――出来るかぁっ!! この身長差でぇっ!! でも――」

 彼の言葉で咄嗟にガードを軽く解く。

 大人と子供近い身長差でクリンチは自殺行為だ。

 だが――その身長差を活かす事自体は出来る。

 緩められたガードの隙間にウルフの拳が突き刺さった。

「どりゃぁっ!!」

 その瞬間一気に脇を締め、その拳を挟み込む。

 バトルアバの力、そして強化された能力によって可能となったその行動。

 鼻先を拳圧による風が通り過ぎ、それだけで顔を顰めそうになる。

「――ちっ!」

 掴まれた拳を引き抜こうとウルフが腕を力任せに引っ張る。

 ミカは一気に跳躍すると小柄な身体を活かしてウルフの長い腕へと飛び乗った。

 狼の黄色い瞳がその行動に驚き、大きく見開かれる。

「――こっちにだって足はあるんですよっ!!」

 彼の腕を踏み台にして力強くその場で側転をした。

 その回転する勢いでブーツの爪先をウルフの顎へと叩き込む。

 ――ボゴォンッ!!

 回転による威力、ブーツの重さ、それらが合わさり凄まじい威力を生み出す。

 ウルフは顔をぶち抜かれ、大きく仰け反った。

 その一撃を見て観客席から一気に驚きの声を漏れる。

 ミカは側転の勢いそのままに後方へと着地してウルフと距離を取る。

≪ひゅー! 良いのが入ったぜっ! マジで今、カンフー映画みたいだったぞ! 

その代わり色々モロ見えだったけどな! でも御釣りが来るくらいの良い一発だったぜ!≫

「はぁ……はぁ……」

 ブルーの嬉しそうな声を聞きながらミカは荒く息を吐いた。

(ギリギリだった……。あのまま殴られ続けてたら両手が使い物にならなくなってた……)

 既にラッシュを受け続けた両手は痺れを感じ始め、力が上手く入らない。

 もう先程のような防御重視のスタイルを行う事は難しいだろう。

(撃てて一発か……)

 限界が近い拳。

 それでもそれに頼るざるを得ない。

 足癖の悪さを活かしたいところだったが、もうそれが通じるとも思えない。

(足を潰されたら本当に終わりだ。もう移動以外で足は使えない、な……)

 ミカが両足に力を入れるとそれに連動してスカートから伸びる尻尾がブンブンと左右に揺れた。

 内心、自身の限界が近い事を悟るミカ。

 重い一撃を喰らったウルフは左手で顔を押えている。

 押えた手で顔を隠しながら彼は身体を震わせながら呟いた。

「――い……今のは重かったぜぇ……。あのトカゲ並みに良いキックだった……」

(……っ! ガザニアさんの事か……!?)

「……あのトカゲも強かった……。ペナルティを受けても……諦めねぇで……向かってくる。今までの孤狼オレだったら間違いなく――

負けてただろうさ……だが、なっ!!」

 ウルフは顔から一気に手を離し、力強く己の"群れ"へと呼び掛けた

『今は違う! 守るべき群れが出来た今! 群狼オレたちはもう負けねえ!! オレは独りじゃねえっ!! ガァァァァルルルルゥゥ!!!』

 彼の言葉に合わせ、観客席から何度目か分からない咆哮が上げる。

 フィールドの外周部には巨大なウィンドウが未だ存在し、そこには大勢の観客たちが映っていた。

(俺の……味方はいない、か。本当に今回は周囲全部が敵って感じだな……)

 観客たちは皆、ウルフのパフォーマンスへ魅せられており、彼へ声援を送っている。

 アババトルがショーコンテンツである以上、客を楽しませながら戦う今のウルフのスタイルは賞賛に値する物だった。

 だからそれは仕方ない。

(それでも――ちょっとだけ……。寂しいな)

 自分への声援が無い事に一抹の寂しさを覚える。

 その寂しさで渋い顔をしているとそれに気が付いたブルーが声を掛けてきた。

≪なーにロンリー"ドッグ"気取ってんだ、ミカちゃん。負けそうになって泣いちゃいそうかぁ?≫

「……別にそう言う訳じゃないです。ウルフさんと違ってこっちは応援無いのが少し……寂しいなって……」

 ミカがそう語り掛けると通信越しにブルーが笑う声が聞こえてきた。

≪お前ってさぁ……。こんなバトルの最中に良くもまぁ、そんなアホみたいな事を気に出来るわ――ちょっと畳んだ犬耳戻してみ?≫

「……え?」

 彼の言っている事が良く分からず思わずボケた顔をしてしまう。

 大歓声を抑えるために耳を閉じていたがそれを戻して一体何が起きるというのか。

≪良いから、良いから。オペレーターの言うことは聞いとけって≫

「は、はぁ……?」

 ブルーの言うことに従って軍帽の上から生える耳に力を込める。

 ゆっくりと灰色の耳が起立し、それと同時にそれまで遮断されていた音が一気に聞こえてきた。

 ――ォォォォォオオオオオ!!!

「――っ!!」

 数千単位の人の声。

 一瞬、その音の大きさに顔を顰める。

 それでも最初の時の爆音と違って耳がある程度慣れたのか、頭がガンガンする事は無かった。

 その代わり……今まで聞こえていなかった音が耳に届く。

『ミカ姉ちゃぁんっ!! 頑張れー!』

『何やってんよ! さっさとそんな狼男ぶちのめしなさいっ!! あんたはあたしの処女作みたいなもんなのよ! 

ここで負けたら許さないわよ!!』

『ミカちゃーん! さっきの一発は良かったでぇ!! 顎に来てる来てる!』

『イキっとるけど相手もフラフラやで! 後は気合や! 気合ぃ!』

 片岡ハムのみんなの声。

『折角ここまで来たんだから勝つモフよ~! 終わったらオフデートしてあげるモフッ!』

『バトルアバ・ミカ。私の教え子を――頂点まで連れて行って下さい』

 今まで戦ってきたバトルアバたちの声。

『ミカちゃーん! 見えてるー? 応援しに来たよ~! そんな狼ちゃんに負けないで~!』

『……ガザニア様の……仇……討ってください……』

『ミカさん! 勝ってください! あたし、ちゃんと応援来ましたっ! だから……だからぁっ!! 諦めないでください!!』

『イヤァッホー! やっぱりミカちゃんに目を付けてたボクは間違ってなかったよ!』

 このABAWORLDで知り合った人たちの声。

 耳を閉ざしていて、ウルフを応援する大きい声にかき消されて、聞こえなかった自分への声援。

≪ほれ。言うほどロンリーじゃ……ねえだろ?≫


 ――あぁ……。そうだ。俺も独りじゃ無かったんだ―― 


 ブルーからそう言われミカは思わず目元を抑える。

 彼の言う通りだ。

 自分は……独りじゃない。

 


 ――俺だってウルフさんのように……色々な人に支えてもらってここまで来たんだ――

 

≪あいつらの応援に答えるためにさぁ……お前がやること、決まってるよなぁ?≫


 ――そうだ……――




(そうだ……!! 振り絞れ!! 自分のためじゃなく"みんな"のために!!)

「――……おぉぉぉぉぉっ!!!!」

 ミカは雄たけびと共に自身の首元のスカーフを外し、更に軍帽を手で弾き飛ばした。

 灰色の髪が揺れ、軍帽に隠れていた長髪が露わになる。

 最後の一撃に全てを賭けるために既に幾度も拳撃でボロボロのグローブに再び力を込めた。

 自身の気合に連動して全身に纏った青い炎が拳へと集まっていく。

 明らかに先程までとは纏う闘志の違うミカを見てウルフが叫ぶ。

「はっ!! 叫べば強くなるってかぁっ! ちんちくりんっ!! そんな都合よく――行くかよォォォ!!!」

 彼も今までに無く力強く踏み込んでくる。

 右腕を大きく引き、ミカへ向かって飛び掛かった。

 当たれば間違いなくフィニッシュブローとなる一撃。

≪やべぇ! ジョルトか!? 当たったら終わり――≫

 ブルーから通信を最後まで聞かず、ミカも一気に飛び込んでくるウルフの巨体へ自ら踏み込む。

 そして殆ど倒れ込むようにして前転した。

 空を切るウルフの拳。

 身長差と小柄な身体を活かしてウルフの巨体の下を潜り抜け背後へと回る。

「――なっ!?」

 驚愕するウルフ。

 ミカは背後に回ると身体を起こし、両足に限界まで力を込める。

 茶色のブーツが地面にめり込む程、力が込められ、破片が飛び散った。

「――ウルフさんっ!!」

 背後から声を掛けられたウルフが咄嗟に振り向こうとする。

 ミカはそれに合わせて全力で地面を蹴って跳躍した。

 身体ごと上へと飛び上がり、そのジャンプで自身とウルフの身長差を埋める。

 右腕を限界まで振り被り、ウルフの下顎へ向けて狙いを定めた――。

「チェェェェストォォォォ!」

 必殺の雄たけびと共に空へと掲げるような右ストレートがその毛むくじゃらの下顎へ直撃する。

 綺麗に入った右拳はそのまま天へと撃ち抜かれ、ウルフの顔を大きく仰け反らせた。

 空へと上がったミカはウルフを殴り飛ばした勢いのまま、自由落下する。

 疲れ切った身体では受け身も取れず、地面へと身体を投げ出され声も上げられずにゴロゴロと転がった。

 一方、顎に強烈な一撃を喰らったウルフはその巨体を揺らしてフラフラしていたが、

やがて――力尽きたようにドサッと仰向けに地面へ倒れ込む。

 二人のバトルアバは赤茶けた大地に横たわり、どちらも微動だにしなかった。

 それまで騒いでいた観客たちも動かぬ二人に押し黙る。

 ただリング代わりの炎壁が燃え盛る音だけが暫く響いていたが、やがてその炎も燃え尽きたように消えていき無音となった。

 一気に静寂を取り戻したスタジアム内。

 ――そんな中、先に動いたのはウルフだった。

 閉じていた目をゆっくりと開き、横たわった状態からゴロンと地面を寝転がって大の字になる。

 その黄色い瞳を空へ向けた。

 瞳の獰猛さはすっかり鳴りを潜め、どこか憑き物が落ちたように澄んだ瞳をしている。

 彼は未だ動かないミカへ向けて声を掛けた。

「……ちんちくりん」

 ミカは暫く反応しなかったがやがて絞り出すように答える。

「……はい……」

 その声を聞いてウルフは鼻を一度鳴らしてから言った。

「……勝てよ」

「…………言われなくても」








【ABABATTLE WIN MIKA CONGRATULATION】

















【東京都 赤羽 デルフォニウム本社 地下】





 

 円筒状の巨大なガラス容器が立ち並ぶ薄暗い部屋。

 殆ど中身は入っておらず、空だったがその内の一つ。

 ピンク色の粘性のある液体が満ちた容器。

 そこに一人の全裸の若い女性が入っていた。

 フヨフヨと液体の中で膝を抱えて漂っていたが突如その目を見開く。

 その見るからに凶暴そうな黒く鋭い瞳を世話しなく動かし、周囲の状況を探る。

 周囲に人影が見えないのを確認すると女性は躊躇いなく右足を動かした。

 ――ドンッ!

 力強く容器のガラスに蹴りを入れる。

 薄暗い室内に鈍い音が響き渡った。

 女性はそのまま何度も蹴りをガラスへ叩き込んでいく。

 鈍い音が連続して響き、それまで静かだった室内が急に騒がしくなる。

 そんな明らかに寝起きで不機嫌な女性に容器の外から声が掛けられた。

「――回復ポッドを壊そうとしないで下さい、先輩。それ高いんですから」

 ウェーブヘアーの女性社員『茨城茜』が呆れ顔でそう言う。

 ガラス容器の中の女性はイバラの姿をその二つの鋭い瞳で捉えると一度目を大きく見開いてから蹴るのを辞めて大人しくなった。

「今、ポッドから出します。もう少し我慢して下さいね」

 イバラは暴れる子供を宥めるように優しく声を掛けながらガラス容器の横にある装置へと近付いた。

 その装置に自らの電子結晶を翳す。

 六角形の水晶体から量子通信特有の青い光が放たれ、認証が行われていく。

 ――ゴボッ……。

 それに合わせてガラス容器からピンク色の粘液が少しずつ排出されていった。

 粘液が排出されるのに合わせて女性は容器の底に足を着ける。

 暫くして全ての粘液が排出され、完全に空となったガラス容器の中で女性は膝を抱えて蹲っていた。

 空気の抜ける音と共にガラス容器の女性を閉じ込めていたガラスがゆっくりと下方に降りる。

 完全にガラスが消失し、その女性が解放された。

 女性は右手を伸ばすがその動きは弱々しい。

 先程のパワーのある蹴りを放っていた時と違って重力の影響をモロに受け、動きが鈍っているようだった。

「先輩。何か月も寝ていたんですよ――まだ筋力が完全には戻っていません。無理しないで……」

 イバラはそんな女性へ近付くと労わるように右手を差し出してその身体を支えた。

 女性は粘液塗れの手でイバラの腕を掴む。

 粘液でイバラの着ているスーツが汚れるが彼女は気にせず、ただ嬉し気に微笑んだ。

 自らを献身的に支えるイバラに女性は少し顔を上げる。

 粘液塗れの長い髪が顔を覆っていたが、その隙間から黒い鋭い瞳でイバラを見つめ、言った。

「……お前……。また胸デカくなったな……」

 透き通るような声でそんな事を言う女性にイバラは思わず眉を顰める。

「……快復一発目の第一声がそれですか。相変わらずみたいですね……」

 ――カラカラッ。

「おーい。車椅子持ってきたよー」

 少し離れたところから相変わらず社長とは思えない軽い調子で向日田社長が現れた。

 車椅子を押しており、更にその後ろでは何機かの医療用のドローンが浮遊している。

 女性はイバラに支えられながらその現れた社長を見て、口を開いた。

「――……惰眠を貪り、申し訳ありません……向日田社長。――世界は……この世界はまだ無事ですか……?」

 向日田は車椅子を女性の横へ付けながら彼女――『板寺寧々香イタデラネネカ』へ答える。

「ああ。キミの守った世界は無事だよ――今のところはね」

 それを聞いて寧々香は口元に不敵な笑みを浮かべた……――。








 


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