(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第14話『さぁ! ショーの時間です!』

公開日時: 2021年8月10日(火) 00:04
更新日時: 2021年12月25日(土) 17:17
文字数:9,276




【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア アバレジャーランド】




「トラの爺さんが呼び出してきたぁ?」

「はい。何でも緊急事態とかで……」

「……あの爺さんが呼び出し掛けてくるのは何時もの事だけどよぉ。一体どんな用なんだか……

まぁ多分ろくな事じゃねーぞ」

 ブルーとミカはアバレジャーランドの入口の壁に寄り掛かり、手持無沙汰に待っていた。

 前に来た時は施設内に入って、遊んでいたが今日は入口から中の様子を眺めるだけだった。

 相も変わらず人気の施設らしく、室内では大勢のアバたちが遊技に勤しんでいる。

 あの時は知らなかったがどうやらここでゲームをプレイするとゲーム内で使えるお金が入手出来る。

 だから皆ここで定期的に遊ぶそうだ。

 それに派手な照明で彩られたその入口は待ち合わせに適しているのか、他にも何人かのアバたちが立っている。

 幸いそこら中から音が響いたり、光ったりしているのでバトルアバであるミカが紛れていても目立たなかった。

 ミカは次々に友人と合流して、一緒にレジャーランド内へ入っていくアバたちを眺めながらブルーへ応じる。

「前の時は即席野球チームでしたからね。しかもその後はウルフさんに襲撃されましたし……」

 こうして振り返るとトラさんが関わるイコール高確率でロクでもない事態が発生している気がする。

 一度目は何故か町内対抗野球チームのピンチヒッターに呼ばれ、その次は待ち合わせ場所でウルフ・ギャングに出待ちされた。

 ミカはふとウルフとの戦いを頭の中で思い出した。

 初めて降り立つフィールド。

 飛び交う銃弾。

 爆発に衝撃。

 ウルフの雄叫び。

 そして大召喚。

 黒檜の鋼鉄の巨体から派生した爆炎と砲撃。

 今、思い出しても勝てたのが奇跡みたいな戦いだった。

 仮想現実なのに地獄のような戦場を体験する羽目になったあの戦い。

 結局アレが切っ掛けになってどんどんアババトルの世界へと飛び込んでしまった。

(ロクな思い出じゃないな~――今、何やってんだろあの人。ファッション系の会社の御子息だって言うのは覚えているけど……

あの後調べたら結構大きい会社だったんだよなぁ、ウルフさんの会社)

 【ウルフ・トライブ】。

 それが彼のスポンサー。

 どうも最近売り出し中の会社らしく、テレビを見ている時にCMが流れていてた。

 しかもウルフ・ギャングもCMに登場しており、危うく飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった。

 そこで彼は大勢の狼頭の仲間たちを連れて、ストリートを練り歩いており、まさに群れの長という感じだった。

 何故かそのまま敵対する組織みたいのと一緒に踊り出すという良くわからないCMだったけど、

あれで本当に宣伝出来ているのか不思議だ。

(――あと確かウルフさんはガザニアさんみたいに大会目指してるって言ってたっけ……)

「大会、か……」

 バトルアバ同士で最強を決めるという大会。

 最強という単語に男としては惹かれる物が無いわけではない。

 色々話を聞いたせいか、興味が少し出てきた。

 556の話を聞いて実は自分でも過去の大会の動画を見てみた。

 沢山のバトルアバたちが死力を尽くして戦っており、その迫力と大歓声に思わず息を呑んでしまった。

 そして――自分がそこに立つという夢想、というより妄想も少し、してしまった。

 大歓声に包まれながら、敵と対峙し、黒檜を指揮する自分の姿。

 このような大舞台に立った経験など今までの人生では無いし、これから先もあり得ないと思うから

本当に妄想の域を出ないけど……。

(大会始まったら応援しに行ってみようかな……ガザニアさんのバトル気になるし)

 出場は……流石に厳しいだろう。

 まず姉探しも終わっていないし、バイトなどもある。

 それにデルフォニウムの社員の椿から貰った冊子には色々出場条件について記載されていたような気がする。

 条件に付いて確かめようと考えたが、あれは現実で貰った物なので当たり前な話だけど今、手元に無い。

 細かい内容は覚えていないけど、もしかしたらブルーなら知っているかもしれない。

 アババトルの事なら本当に詳しい人だし。そう思ってブルーへ声を掛けた。

「あの、ブルーさん」

「あぁん? なんだよ」

「その……大会ってどうやって出場するんですか?」

 ミカの言葉でブルーが少し驚いたような表情をする。

「何? お前まさか大会出ちゃうつもりなん? この間の骨の話で闘争本能が刺激されちゃった?」

「い、いえ……そういうわけじゃないんですけど……ちょっと気になって……」

「……ふーん。まぁ申請だけなら三秒で終わるぞ」

「え? そんな簡単なんですか?」

「前に出したバトルアバ検索用のウィンドウ出してみろ」

 ミカは促されるままにウィンドウを出した。

 ブルーはミカのウィンドウを覗き込んで左上を指差す。

「ほれ。そこの大会申請ボタン。それ押せば申請出来るぞ。押してみろよ」

「え!? いや押したら申請されちゃうじゃないですか! ま、前のゆーり~さんみたいに強制開始されたら困りますよ!?」

「大丈夫だ。今のお前じゃ絶対申請出来ねーから。ほら!」

「あっ!?」

 ブルーが勝手に申請ボタンを指で押す。

 直ぐにブーッ! という電子音が鳴り、赤い注意書きがミカの目の前に表示された。

【必要な参加条件を満たしておりません。不足:スポンサー】

 どうやら条件を満たしていないと申請自体が出来ないようになっているらしい。

 自分はスポンサーの居ない無所属。

 だから弾かれたのだろう。

「もう……こういう仕様なら先に言ってくださいよ。肝が冷えました――あれ?」

 ブルーがミカのウィンドウを見つめながら何か思案顔をしている。

 何か思うところがあるようだ。

「どうしたんですか?」

「いや……不足がスポンサーだけってどういう事だ、と思ってさ。オレの予想ではもう一個不足がある筈だったんだけど……」

「それって一体――」

「大変じゃぁぁぁああ!!」

 聞き慣れた声にミカとブルーが顔を見合わせる。

 振り向けば星型のアバ、ラッキー☆ボーイがこちらへ向かってドタドタと走ってきていた。

 その顔には焦りが見え明らかに動揺している。

「あれ? トラの爺さんじゃなくて、ラッキーの爺さんじゃん」

「本当ですね。連絡を頂いたのはトラさんだったんですか……」

 ラッキー☆ボーイは二人の前へ止まると息を切らせながら言った。

「た、大変じゃ! 隣町の奴らが挑戦状叩き付けてきよった!!」

『は?』

 ミカとブルーの気の抜けた声が重なった――。






【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア フリースペース】



 PLAYエリアにあるプレイヤーが自由に使用出来るフリースペース。

 本来ならばプレイヤーたちが自主的にイベントを開催したり、ミニゲームを行ったりするためのスペースであり、

花金の夜などには大勢のアバで溢れている場所だった。

 しかしそんな本来なら平和的用途で使用される場所に今。

 様々なデザインのアバたちが相対するように睨み合っている。

 どいつもこいつも明らかに血気立ち、一瞬即発と言った状況だった。


 ヒューーーン……ドスンっ!

「ぶべっ!?」

 そしてその怒れるアバたちの目の前。

 そこに間抜けにも落下してくる者がいた。

 相も変わらずミカは着地に失敗し、挙句座標ズレによって鉄火場のど真ん中へ落下してしまった。

「なんで毎回落ちるんだ――げぇっ!?」

 頭を摩りながら愚痴っていたミカだが周りを見て驚愕する。

 今にも合戦でも始めようかと言わんばかりにアバたちが睨み合っていた。

「な、な、な、なんですかこれ!?」

「おい! ミカちゃん! こっちじゃ!」

 睨み合うアバたちの片側から聞き慣れた声が掛かる。

 声の方を見ると虎のぬいぐるみみたいなアバがいた。

「トラさん! あのこれどういう事なんですか!?」

「ええからこっち来るんじゃ! はよう!」

 ミカは促されるままに殆ど這うようにして、トラさんたちのいる場所まで進んだ。

 トラさんの丸っこい手を借りて立ち上がると改めて状況を理解するために彼へ尋ねた。

「一体どうなってるんですか? あのアバたちって……隣町の人たちなんですよね?」

「そうじゃ! あいつら前回の試合結果に納得出来ん言うて、また挑戦状を叩き付けてきたんじゃ! 

しかも今回はワシらの町の代表のミカちゃんを名指しで!」

「そんな事情が――って町の代表ってなんですか。私そんなものなった覚え無いんですが……」

 ミカの疑問の言葉にトラさんは目を逸らす。

 まるで後ろめたい事でもあるかのように。

「――それはね、ミカくん。社長たちが、自分の孫でも自慢するみたいに、隣町の人たちへ

『ワシらにはバトルアバのミカちゃんがおるぞ! 羨ましいだろ!』って吹聴しまくったからよ」

 落ち着いた女性の声が背後から聞こえる。

 振り返るとそこに機械で構成された身体の女性がいた。

「――あっ! ムーンさん」

 M.moon。

 黒檜を作成した人であり、バトルアバのデザイナーをやっている人だった。

 彼女は大きな青い目を発光させながらトラさんの方を見る。

「社長。そうですよね? 自慢しまくっちゃったから完全に隣――花の芽町の人たちにミカくんが

代表扱いされちゃったんですよねぇ?」

「うっ……いやワシはそんなつもりじゃ……」

 トラさんは申し訳なさそうにその身体を縮こませる。

 どうやら大元の原因は彼にあるようだ。

「何やってんですか……」

「おーい! トラの爺さーん――っておいおいどうなってんだよこれ?」

 いつの間にかブルーとラッキー☆ボーイも到着していた。

 流石のブルーもこの大勢のアバの睨み合いには驚いているようでキョロキョロと辺りへ視線を泳がせている。

 いよいよもってざわついてきたその中。

 隣町の軍団の中から一人のアバがミカたちの前に進み出てきた。

 エビの着ぐるみのようなそのアバはミカたちへ――いや主にトラさんへ向けて怒鳴り出した。

「片岡ー! 今まで散々虚仮にされた恨み今日こそ晴らしたるわ! 覚悟せえ!」

 そのエビ着ぐるみの言葉に反応して他のアバたちも「そうじゃー! バトルアバいるなんてズルいぞ!」

「羨ま――卑怯モンめー!」「お前の自慢は聞き飽きたんじゃい! 何が孫じゃ! ワイにも孫くらいおるわ!」と

何だかよくわからない罵倒を並べていく。

 その様子を見てブルーが呆れていた。

「爺さん恨み買ってんなー普段どんな事してんだよ」

「はぁ……花の芽町と社長たちの住んでる木の芽町は本当に近いから……直ぐに話が伝わっちゃうのよ。

おらが町の飲み屋街も場所的に被ってるから、何時も町民同士で遭遇するし」

 ムーンが溜息を交えながらそう説明する。

 一方完全に巻き込まれる形になったミカは堪った物ではない。

 げんなりとしながら愚痴るように漏らした。

「……私、帰って良いですか?」

「無理よ、ミカくん。もう手遅れね、諦めなさい」

「そんなー……はぁ……」

 ムーンの言葉にミカは嫌そうに溜息を吐いた。

 ログアウトすれば逃げられるとは思うけど、流石にここまで盛り上がってしまっている状況で

この場から脱走する勇気は流石に無い。

(一体今回は何をやらされるんだか……)

 気落ちするミカを余所に隣町のアバは気を吐いている。

「今回はワシらも助っ人呼んできたからな! お前らだけにデカイ顔させんぞ! 頼むぞ、コウちゃん!」

 エビのアバがそう叫ぶと花の芽町のアバたちの群れを掻きわけて一人のアバが現れる。

「やれやれ……リアルネームを呼ぶのは止めてくださいとあれだけ事前に言ったのに……。困った人たちだ」

 ミカたちの前へそのアバは進み出てくる。

 その姿を見てブルーとムーンが驚愕し、叫んだ。

Mr.36ミスター・サーティーンシックス!? マジかよ!?」

「ちょ、ちょっと!? 嘘でしょ!? 本物!?」

 艶のある黒いシルクハット。

 キラリと光るサングラス。

 電飾でも入れているかのように発光し、煌びやかな装飾の施されたタキシード。

 そして……大きな鹿の顔。

 如何にもショーマンと言った出で立ちの獣人アバ。

 彼(?)……多分だと思うが、そのアバはミカへと紳士的な態度で話し掛けてきた。

「こんにちは、お嬢さん」

「こ、こんにちは……?」

「私は『Mr.36ミスター・サーティーンシックス』と申します。【沢渡サワタリエージェンシー】に所属しております。どうぞ、お見知りおきを――」

 そう言ってMr.36と名乗ったアバは深々と頭を下げてくる。

「あっ……どうも」

 釣られてミカも頭を下げてしまった。

 悲しい日本人の性である。

 頭を上げる36の横にエビのアバが顔を出してきて誇らしげに語る。

「ワハハハッ! コウちゃんは花の芽町出身のバトルアバなんじゃ! ちょうど帰省して町に戻ってきてたから

来てもらったんじゃい! どうだ、片岡ぁ!」

 どうやらこの鹿頭の獣人アバもバトルアバらしい。

 見た目は明らかに戦闘系では無いけど……。

 トラさんはその言葉を悔し気に歯を食いしばりながら呻いた。

「ぐぬぬっ……」

 睨み合いの続くアバたちを余所にミカはブルーへそっと近付くと小声で尋ねた。

「あの……この人ってそんな有名なアバなんですか……?」

「有名なんてもんじゃねーよ。クイズイベントとかで引っ張りだこのバトルアバだぞ。普段は海外のサーバーでやってんだけどさ。

オレも生で見るのは初めてだわ。まさか花の芽町出身だったとは……」

「あたし何時も彼のネット配信番組見てたわ……【リ・バディ】ってクイズ番組」

 いつの間にかムーンも側に寄って来てヒソヒソ話に加わる。

「どんな番組なんですか?」

「一度離婚した夫婦限定のクイズ番組。離婚カップル同士のギクシャクがコメディとして人気なのよ。

アバを使ってやるから顔もバレないし、気軽に参加出来るの」

(なんだその悪趣味な番組!?)

「なにやらお話し中のようですが……あまり観客を待たせるのは良く無いでしょう。それでは――」

 36がウィンドウを出現させ、操作を行う。

 それと同時に聞き慣れたアナウンスがミカの耳へ届いた。

『アバ・バトルが申請されました。バトル終了までログアウトが出来ません。ご了承を――』

「うぇっ!? 結局戦うのは私なんですか……」

 無情に鳴り響くアナウンスに顔を引きつらせるミカ。

 横にいたトラさんが激励するように声を掛けてくる。

「ミカちゃん頼んだぞ! ワシらの町の誇りは――ってどうしたんじゃ?」

 ミカは顔を曇らせながら俯いている。

 どことなく覇気が無い。

「いえその……あの……負けたらすみません……」

「ハァ?」

 トラさんがミカの態度に困惑の声を漏らす。

 まだミカはガザニア戦のトラウマを引き摺っていた。

 初めての敗北で、しかもあそこまで容赦無くやられている。

 ショックを受けるのも致し方ないだろう。

 ブルーがそれに気が付き、思いっきりミカの尻をパシっと叩いた。

「ぎゃんっ!?」

「まーだグチグチ負け引き摺ってんのか。そういうのは今時受けねえからさっさと切り替えろ!」

「な、何すんですか! ――あっ!?」

 ブルーへ抗議をする間も無くミカの身体はうっすらと消えていき、バトルフィールドへと消えていった。

「ふんっ。全く……トカゲ魔女に負けた程度で落ち込みおってからに」

「あぁ。あの子この間初めて負けたんだっけ……しかもランカーのガザニアに」

 ブルーが鼻を鳴らしながらミカを見送っているとムーンが話し掛けてくる。

「そうだ。完膚なきまでにボコボコにされてたぞ」

「……大丈夫なの? ランカー相手に負けたなら心折れててもおかしくないわよ。ましてや事情が事情だし、あの子。

流石にこれでバトルアバ辞めるって言い出されると辛いんだけど、あたし。仮にも初作品提供しているのに」

 その言葉にブルーは妙に含みのある笑みを浮かべる。

「バトルのトラウマはバトルで晴らすのが一番だぜ? これ乗り越えれば更にあいつは強くなれるさ、ケケケ。

それにMr.36はアミューズメントタイプだからなーリハビリにゃ丁度良いだろ」

 ブルーの言葉にムーンはその大きな目を少しだけ明滅させる。

「……あんたってホント何が目的なの? 妙にアババトルについて詳しいし……」

「オレはただのアババトルオタだって。それに何も目的なんてねぇよ。あいつが強くなった方が色々と面白いだろ? 

見てて楽しいしな」

「――……まぁそう言うことにしておくわ」

 まだ少し疑っているムーンにブルーは水晶玉のような碧い瞳を一度だけ煌めかせた……――。






「あ、れ……? 何時ものスタンバイルームじゃない……?」

 バトルフィールドへ転送されたミカは普段と違う周囲の様子に辺りを見回していた。普段ならあの近未来的なスタンバイルームに転送されるのだが、今日は違った。

 フィールドへ直接転送されたらしく、だだっ広い真っ白な空間が周囲に広がっている。

「ここはアミューズメントタイプ専用のフィールドですよ、お嬢さん」

 正面から声を掛けられそちらを見ると36がいた。

「アミューズ……メント? あ、あのそれと私は一応男なんで……そのお嬢さんというのはちょっと……」

「あらそうなんですか? 声まで変わるなんて珍しいバトルアバですね。でも見た目がフロイラインならば

この呼び名のままでよろしいと思いますよ?」

「そ、そうですか……」

「私、アミューズメントタイプは少々特殊なバトルアバなのです。フィールドごと変化させる特性を持っています。

そしてバトルも通常とは異なり、直接的な攻撃が行えないようになっているんです。それと公式バトルにカウントされないため

勝ち数にも負け数にも記録されません。ご安心を」

「え? じゃぁどうやって勝敗を決めるんですか?」

「ふふっ……それを今から説明いたしましょう。今日のメインはお嬢さん、あなたです。存分に観客たち……

花の芽町と木の芽町の皆さんを楽しませ……そして貴女自身もお楽しみを――それでは! フィールド・エクステンド!」

【BATTLE ABA 36 FIELD EXTEND】

 アナウンスが流れ、36の声と共に彼の姿……いやフィールド全体が一気に変身を遂げていく。

 それまで無地だったフィールドが一気に煌びやかな装飾に包まれ、観客席や様々な装置のような物が構成されていった。

「え!? わっ!? な、なんですかこれっ!? あっ!? 耳が勝手に!?」

【BATTLE ABA MIKA EXTEND】

 エクステンドを宣言してもいないのにミカの姿は光に包まれ戦闘状態へと移行していく。

 何時ものように灰色の耳と尻尾が生え、ミカの動揺と連動するようにワサワサと躍動した。

(な、なんか今日のバトルは違うぞ!? なんだこれ!?)

 フィールドは完全に様変わりしている。

 ミカと36を囲むように左右へ設置された観客席。

 36の背後に設置された巨大なパネル。

 そしてミカの目の前へ机のような物が迫り出してきた。

 机の上には四つのボタンが置かれ1,2,3,4の数字が記されている。

(これってまさか……)

 この様式。

 見覚えのある四つのボタン。

 明らかに何か表示されますよと言った様相の巨大パネル。

 物凄い見覚えがあった。

「ク、クイズショー……?」

 そうクイズ番組で良く見るアレ。

 立ち位置的には36は出題者で自分は明らかに――挑戦者だった。

「さぁ! ショーの時間です!」

 いつの間にかステッキを持っている36。

 彼はそれを左側の観客席へ向けた。

「まずは愛すべき我が故郷! 花の芽町からお越しいただいた皆さんです! どうぞ!」

 観客席に先程トラさんたちと睨み合っていたアバたちが現れる。

 彼らは大声を上げ、36へ大歓声を送った。

「よぉー! 伊達男!」「コウちゃーん! イケとるでー!」「この日を待ってたんだからねー! 沢山楽しませてー!」

 36は深々とお辞儀をして歓声に答える。

 そして今度は右側の観客席へステッキを向けた。

 先程と同じように観客席へアバたちが現れる。

 今度はトラさんたちの町内のアバたちだった。

「そして隣町、木の芽町からお越しの皆さんです! 町内、それと片岡ハムの皆さーん~! 何時も美味しい惣菜をありがとうー!」

 彼の呼び掛けに木の芽町のアバたちも大歓声で答えた。

「ありがとうー!」「やっぱコウちゃんはまともじゃな!」「またメンチカツ買いに来てね~!」

 どうやら36は別に町内間の確執はあまり気にしてはいないようだ。

 あまりに異様な状況なせいでむしろ冷静になってきたミカはそう考察する。

 どうもこの二つの町は仲が悪いのは一部の数人だけで、殆どの人は真っ当な交流があるみたいだ。

(この人たちホントは仲良いんじゃ……)

「お~い!」

 その時、どこからかブルーの声がミカのいる場所まで届いた。

 声のした方向を見ると何時ものオペレータールームの豪華版のような物がありそこにブルーがいた。

「――あっ! ブルーさん! それに……皆さんも!」

 ブルーの他にムーンやラッキー☆ボーイ、そしてトラさんの姿があった。

 ミカがそこへ駆け寄るとブルーが身を乗り出してくる。

「36が協力者枠でみんなここに入れてくれたんだよ。流石ショーを分かってるヤツだぜ」

「今回はワシらとミカちゃんはチームじゃ! 協力して絶対三千六百万円取るぞい!」

 ラッキー☆ボーイが興奮した様子で短い手をブンブン振り回す。

 突如突拍子も無い金額を提示されミカは驚愕した。

「さ、三千六百万!? ど、どういうことですか!?」

「Mr.36のクイズバトルは勝つと褒賞で三千六百万円プレゼントされるのよ。ま、リアルマネーじゃなくて

ABAWORLD内で使うゲーム内マネーだけどね。それでも使えきれないほどの額よ。家具とかファッションアイテム買い放題」

「そんな大金が……!」

 聞いた事も無い金額に思わず目を白黒させるミカ。

 しかしミカへ聞こえないようにブルーがそっと呟く。

「――バトルのファイトマネーでもうお前はそれくらい貰ってるけどな。言わぬが花か――」

 バトルアバのファイトマネーは月末に振り込まれるため、ミカはその存在を知らない。

 もっともバトルアバは一般アバと違ってそもそもゲーム内マネーの使い道が無いのだが

(スポンサーの関係上服飾を勝手に弄れないため)。

 それを知るブルーは優しい目線をはしゃぐミカへと向けていた。

「凄いですよ、ブルーさん大金ですよ! 絶対勝つしかないですよ、これ!」

「あぁ。使いたい放題だなー良かったなー……――お、始まるみたいだぞ、ミカ」

「あっ。は、はい。行ってきます!」

 ミカはブルーの言葉に慌てて自分用に用意された挑戦者エリアに入った。

 それと同時にスポットライトが頭上から降り注ぐ。

「さぁ! 挑戦者が戦いの場に立ちました! これよりMr.36主催! 花の芽・木の芽町合同大クイズ大会のスタートです! 

今回の挑戦者はバトルアバ『ミカ』さん! 無事に勝利し、マネーを手にすることが出来るでしょうか!?」

 36の言葉に盛り上がる観客席のアバたち。

 花の芽町のアバも木の芽町のアバも関係なく、盛大にはしゃいでおり、まるでお祭り騒ぎのようだ。

(……これって一応町内同士の戦いって体じゃなかったのか? 何か趣旨変わってる気がするぞ……)

 二つの町内の人たちの様子を見る限り、完全にこちらと36を山車にして自分たちが楽しんでいるだけのような気がする。

 彼らにとって今回の戦いは本当にショーとして見ているだけなのかもしれない――何だかアホらしくなってきた。

 一方、いよいよもって盛り上がってきたフィールドの中央で36が高らかに宣言する。

「さぁ! 愛を込めて始めましょう! ショォォォォォ! タァァァイム!」







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