(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第59話後編『BATTLE ABA NENEKA EXTEND』

公開日時: 2022年5月10日(火) 00:00
文字数:9,119

「さぁ!! 今度こそ姉さんを返して貰うぞ!!」

 そう"彼女"へ告げるとミカは一気に突撃を始めた。

 それまでの移動速度を遥かに超える突進速度であり、流星のように閃緑の粒子が尾を引いていく。

 超高速で突進しながら右手を構える。

 砕けていた筈の右手の爪が粒子によって再構築されていき、緑色に輝く五本の長い鋭爪が伸びていった。

「ガァァァウ!!」

 ケモノ染みた雄たけびを上げながらその鋭爪を振り被る。

 ブラッドメイデンも輝く大剣を構え、それに応戦する。

 二つの武器がぶつかり合い、その刃と爪から激しく閃光が放たれた。

「まだまだァァァ!!」

 気が付けばミカの瞳も朱に染まり、彼女と同じ紅い残光を放つ。

 ブラッドメイデンが剣を振るえばそれをミカが鋭爪で弾き飛ばし、

ミカが爪で鎧ごとその身体を貫こうとすれば剣の切っ先でそれを制する。

 お互いに激しく刃と爪を交え、その度に激突の余波で周囲が破壊されて漆黒の闇が消えていった。

 それまでの戦いとは違いお互いに血は流れない。

 どちらも自分たちの放つ粒子に阻まれて傷を付ける事が出来なかった。

 代わりに剣と爪がぶつかり合うとそれだけで緑色の粒子が辺りへと飛び散り、それが世界を穢し壊していく。

 仄かに輝くその閃緑の明かりは見た目は幻想的だが、確実にこの異界を浸食しダメージを与えていった。

 何時しか二人の激突している空間は漆黒の無から白色の無へと代わっている。

 緑の粒子によって空間自体が消え去り、初期化されてしまったように何も無くなっていた。

 ぶつかり合う二人の"力"はこの異界の"作り"自体を間違いなく破壊している。

 それにブラッドメイデンとミカは気が付くことも無く、ただ相手を打倒しようという事にだけ集中していた。

 目の前の"敵"しかお互いの瞳に映っておらず、ある意味で二人だけの世界に没頭している。

 そのため、二人は崩壊していく世界に"変化"が生じている事にも気が付かなった。

 いつの間にか無数の視線が二人へと注がれている。

 数十……いや数百を超える"何か"がミカとブラッドメイデン――人間の戦士である二人の激闘を見つめていた。

 漆黒の闇に紛れて明らかに人の姿をしていない奇妙な異形の集団が二人を囲っている。

 ある者は値踏みするように、ある者は好奇の視線を、ある者は興奮したように叫び人語ではない言葉を叫ぶ。

 既に二人の戦いによって刺激され切ったその者たちは自らも戦いへ飛び込もうと興奮し、熱を持つ。

 しかしその者たちの中でも一際小さく、だが存在感のある小さな影が一歩前へと進み出た。

 小さな影は戦いへ混ざろうとする異形たちを制するようにその紅い"複眼"を向け、一度輝かせる。

 それを見て異形たちは異常なまでに素直に従い、少し後退った。

 自らの治める"氏族"たちが従うのを見て再びその小さな影は二人へと視線を戻す。

 昆虫特有の幾つもの瞳が集合したその複眼に死闘を続ける二人の姿が反射して映っていた。

 その小さな影も他の氏族たちと同様に熱を持った視線で二人を見つめている。

 待ち望んでいた者が現れた事に喜びを隠せず、その"翅"を震わせていた。

 そんな奇妙な観衆たちの中、二人の戦いにも動きが起こる。

 閃緑に輝く光剣を振るっていたブラッドメイデンが一瞬、横目で周囲を伺う。

 自らを囲う異形たちの存在を認識した。

 一方ミカは必死に攻撃を続けるあまりその異形たちの存在に気が付いていない。

 ブラッドメイデンは素早く向き直ると再びその寡黙な口を開き、勝負を決めに掛かった。

「――【クォンタム・サージ】……!」

 そして突如ミカへ向けて左手で何かを投げ付ける。

「――っ!?」

 突然の事だったが強化された反射能力でミカはその投げ付けれたモノを咄嗟に爪で弾き飛ばした。

 弾き飛ばしたそれが目の前でスローモーションのように舞っていく。

(――え? これは……)

 動物的な動体視力のお陰で投げ付けられた物の正体を正確に捉えたが、それを見て困惑する。

 眼前で舞っているのは白いカードだった。

 トランプのような一枚のカード。

 そこに何かイラストが描かれている。

(吊るされた……男……)

 そのカードには鎖で縛り上げられ、吊るされた男性が描かれていた。

 一瞬動きを止めたミカに対してブラッドメイデンは声を張り上げて叫ぶ。

「――【THEHANGEDMANザ・ハングドマン】!!」

 その瞬間、白いカードから幾本もの鎖が現れる。

 血錆の浮いた鋼鉄の鎖。

 それは一気にミカの身体へと向かってきた。

(ま、まずい……! これは……"技"だ!!)

 幾多のバトルを経験してきたミカは瞬時にそれがバトルアバの使うパワーリソース技のような物と理解する。

 咄嗟に後ろへ跳躍してその鎖から逃れようとしたが間に合わず、その鎖が身体へ巻きつき拘束していった。

「ぐぅっ!?」

 全身の筋肉を膨張させてその鎖を外そうとしたが鋼鉄の鎖は固く、弾き飛ばす事が出来ない。

 それどころか蛇のように絡み付き、ミカの胴体部を両腕ごと完全に拘束した。

 鎖を放った白いカードはこちらを嘲笑うようにミカの周囲を一度回るとそのまま上空へと上昇していく。

 それに合わせ拘束されたミカの身体も一緒に引っ張られていった。

「うわぁっ!?」

 突然の浮遊感にミカは思わず声を上げる。

 更に身体がひっくり返り、所謂逆さ吊りの形となった。

 鎖で完全に拘束され身動きも取れず、空中から吊り下げられたミカ。

 その姿はまさしく吊るされた男【刑死者ハングドマン】だった。

 状況の不味さを理解したミカは焦る。

(これは間違いなくあいつの必殺技だ!! 畜生……!! これを外さないと!!)

 何とか拘束を外そうと動かせる尻尾や爪を鎖へ当てるが微動だにしない。

 その鎖は意思を持ち徐々にミカの身体を締め上げた。

「ぐぅ!! こ、この程度!!」

 今まで以上に全力を出し、鎖を引きちぎろうとする。

 逆さになってひっくり返った視界の中、ブラッドメイデンがゆっくりとその左手を向けてくるのが見えた。

 その手にはこちらへ投げ付けられた白いカードが納まっている。

 彼女はそのカードを手甲ごと握り潰す。

 全身を拘束していた鎖が一気にミカの身体を締め上げた。

「がぁっ!? がぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 凄まじい圧迫感と激痛にミカは全身を悶えさせる。

 ブラッドメイデンはひたすらに左手をギリギリと握り込み、それに連動して鎖はミカの身体を確実に締め上げていく。

「――……ぁ……」

 一際強く鎖が締まるとミカは短く息を吐いてその身体を弛緩させた。

 逆さ釣りになった状態で力無く耳と尻尾を垂れさせる。

 辛うじて意識はあったが、既にそれも途切れ途切れであり、何時気絶するかの瀬戸際だった。

 身じろぎ一つしなくなったミカに対してブラッドメイデンは光剣を懐に構える。

 その紅い片目で吊るされた罪人を捉えると剣の柄を強く握り込み――罪人ミカへ処刑を告げた。

「【アルカナ・パニッシュメント】!!」

 彼女は横に大きく剣を振り被る。

 光剣に纏っていた緑色の粒子が半月状の光の刃を形作りそれが一気に放たれた。

 ――ギャリギャリギャリ!!

 放たれた光刃は凄まじい光で辺りを照らしながらミカへと迫っていく。

 直撃すればその身体を一瞬で両断する威力があるのは明らかだった。

 だが――そうはならなかった。

 迫る光刃の明かりが周囲を染め上げる中、地面に転がっていた鋼鉄の処女が不意に揺れる。

 その鉄の檻の中から声が聞こえてきた。

「――【EXTEND】」

 次の瞬間、横たわっていた鋼鉄の処女の穴という穴から赤い鮮血の代わりに灰色の粘液が零れ出す。

 零れ出した粘液の勢いに押され、固く閉じていた扉が内部からこじ開けられた。

 ――ベギィッ!!

 金属の圧し折れる音と共にその内部から一つの影が勢い良く飛び出す。

 その影は素早く宙吊りとなっているミカへと颯爽と飛び掛かり、上部の鎖の横を駆け抜けた。

 鎖は捩じ切られるように切断され、それに伴い吊るされていたミカの身体が解放されて地面へと落ちる。

 すんでのところでその上を光刃が通り抜けていった。

「うっ……」

 冷たい地面へと落下した衝撃で思わず呻き、その衝撃で消えかけていた意識が無理矢理戻ってくる。

【BATTLE ABA NENEKA EXTEND】

 聞き慣れたバトルアバのアナウンスが耳に届いた。

 そして……誰かが倒れた自分を庇うようにブラッドメイデンとの間に立つ。

 鎖からは解放されたが拘束で受けたダメージによって未だ身体を自由に動かせないが

ミカは何とか顔だけ動かしてその人物へ視線を送った。

 風も無いのに揺れ動く灰色の長髪。

 厚い毛皮に覆われた両手と鋭い銀色の爪。

 軍帽と額の隙間から覗く軽く垂れた灰色の犬耳。

 軍服ワンピースのスカートから伸びる力強い灰色の尾。

 長い前髪で隠された顔から灰色の毛皮が垣間見え、それは人間ではなく……自分と同じ獣人の姿だった。



「姉……さん?」

 完全に"変身"を遂げた姉は一度軽く振り向き、倒れた自分の弟をその青い瞳で伺う。

 軽く微笑みを浮かべた後、直ぐにブラッドメイデンへ顔を向けた。

 一気にその瞳へ獰猛な光が宿り、牙を剥き出しにする。

「……"糞"騎士気取りが。貴様、【協会】のエージェントだろう? 大方……目的は私の中のシードだな」

 吐き捨てるようにそう言ったネネカの言葉には静かな怒りが込められていた。

 自らの弟を傷付け、痛めつけた相手への怒り。

「残念だがとうの昔に"シード"は芽吹き、とっくに独り歩きしている……当てが外れたな」

 そして自分自身を散々好き放題した事に対し腸が煮えくり返る思いが言葉の端々から感じられた。

「……言っておくが――私の家族……私の弟を嬲っていた"糞"野郎に堪忍袋が大分緩んだ……。報いは受けて貰おうか」

 その言葉と共にネネカの身体から自身の髪色と同じ灰色の粒子が放出され始めた。

 更に静かなアナウンスが空間内へと響き渡る。

【QUANTUM SERGE READY……】

「大方、我々デルフォニウムの技術を剽窃してそのバトルアバに【獣素子】を仕込んだのだろう……。だが……」

 ネネカは一気に身体へ力を込めるとその耳まで裂けた口を開く。

 獰猛な獣特有の犬歯と真っ赤な歯茎が見え、その口から必殺の一撃を紡いだ。

「本当の"必殺技"というのはこういう物だ――……【山茶牙サザンカ】!!」

 ネネカの身体が一瞬その場から消え去り、消滅する。

 次の瞬間、ブラッドメイデンの周りに三つの灰色の影が出現した。

 その三つの影は一気に飛び掛かり、襲い掛かる。

 ブラッドメイデンは咄嗟に剣を浅く持ち替えると影の一つに向けて叩き付けた。

 灰色の影が刃によって砕かれ霧散し、濃桜色の花びらが散る。

 ブラッドメイデンの紅い瞳が一度大きく開かれ、次の瞬間――残り二つの影も同じように花びらを散らせながら消滅していく

 次の瞬間真上から本命のネネカが現れ、その口を開き飛び掛かった。

「――左腕……貰い受ける!」

 銀色の牙が一瞬輝き、ネネカは身体ごとブラッドメイデンの左腕を貫いていく。

 金属を噛み砕く音。

 肉が千切れる不快な音。

 その両方が辺りへ響き渡る。

 再びネネカが動けぬミカの元へと姿を現すとその口には――騎士の片腕が咥えられていた。

 騎士は震えながら喪った自らの左腕に視線を向ける。

 赤黒い切断面が見え、直ぐにそこから鮮血が溢れ出し、辺りを真っ赤に染め上げた。

 左腕から大量に出血したブラッドメイデンはがくんと膝を付く。

 横に構えていた剣が転がり、それが出来た血溜まりで跳ねた。

 ネネカはその姿を無感情に見つめながら咥えていた左腕を離す。

 地面へと落ちた腕は甲高い金属音を立てて転がり、その切断面から赤い雫を撒き散らした。

 ブーツでその腕を乱暴に蹴り飛ばしながらネネカは言葉を続ける。

「正直、この場で縊り殺してやりたいところだが……。今日は家族サービスが優先だ。"片腕"で許してやる」

 蹲るブラッドメイデンを尻目にネネカは地面で横たわっていたミカの傍へ屈み込んだ。

 ぐったりと横たわるその身体を抱え起こし、両腕でその身体を持った。

「姉……さん……」

 辛うじて意識を保っている状態のミカは焦点の定まらない瞳で姉の顔を見やる。

 ネネカはその瞳に優しい微笑みを見せて答えた。

「心配するな、ソウゴ。もう……大丈夫だ」

 それからはミカを抱えながら周囲へ向き直る。

 周りからは未だに多くの視線が向けられていた。

 ネネカはその者たちへ語り掛けるように叫んだ。

「……――聞け! 同胞たちよ!」

 両腕に抱えたミカをその者たちへ見せつけるように掲げる。

「私の手の中にいるこの戦士は貴様たちの待ち望んだ――"肉纏いの戦士"だ! 貴様たちの願いを! 宿願を! 叶える力を持っている!

 待ち兼ねているだろう。心踊っているだろう。あの日、量界クォンタムワールドの滅びを知った日から

貴様たちは新たな好敵手を求め続けていたのだから! だが――この戦士は傷付いている。

今は万全の状態ではない。傷を癒す必要があり、貴様たちを満足させるのは難しい……。だが……――」

 ネネカはそこで一度言葉を切り、足元を血溜まりにしながら蹲る騎士へと視線を向け、不敵な笑みを浮かべた。

「――その代わりそこの騎士様とやらがお相手してくれるそうだ。良かったな」

 その言葉にブラッドメイデンが顔を上げる。

 ネネカへ憎々し気な視線を向けるが姉はざまあみろと言った表情で軽くそれを受け止めた。

 ――ザワ……。

 周囲にいる者たちが明らかにざわめき、熱を持った視線を騎士へと注ぎ始める。

 ブラッドメイデンは周囲の者たちを一瞥した後、残った右腕で落ちた剣を拾い上げて構え始めた。

 もぎ取られた左腕からの流血も止まらず、周囲へ血しぶきが散っていく。

 それでも闘志だけは失っておらず、更に周囲の異形たちを焚きつけた張本人を睨む。

 ネネカは口角を上げて、血濡れの牙を見せて心底嬉しそうに嘲笑った後、切り替えたように抱えたミカへと言葉を掛けた。

「ヤツがご親切にも捨てがまりをやってくれている間に――逃げるぞ」

「え……ぁっ……」

 ミカが反応する間も無く、ネネカは抱えたその身体を背中に背負い直す。

 そして一気に踵を返すとその場から全力疾走で逃走を始めた。

 壊れかけた白色の空間から離れ、漆黒の闇へと突き進んでいく。

 一瞬、ミカがブラッドメイデンの方を見ると彼女へ次々と黒い影が飛び掛かっていくのが見えた。

 だがそれも直ぐに視界から消え、何も見えなくなる。

 背負われたミカへネネカが語り掛けた。

「お前は充分頑張った。後は私に任せろ」

 ミカはそれに答える気力も既に無い。

 ただ静かに姉の背中で黙って頷いていた。

 先程喰らった鎖による拘束によるダメージ。

 それまでの戦いで受けた傷によるダメージ。

 長時間戦い続けた事による精神の摩耗。

 精神肉体その両方が限界を迎えており、意識を保つのも難しくなっていた。

 それでも……姉弟だからか姉の異変に気が付き、ミカは辛うじて声を漏らす。

「姉さん……その……お腹……」

 ミカを背負って脱兎の如く闇の中を走るネネカの腹部には刀傷と思わしき赤い筋が走っており、

そこから滴る血が後方へと水滴のように流れていた。

 虚ろな瞳でその傷を心配するミカにネネカは走りながら説明をする。

「左腕食い千切った時、あの野郎に斬られた……。【山茶牙】を見破るとは憎たらしい程に腕が立ちやがる……。

あの糞騎士が手負いで良かったと考えるべきか……。

万全だったらこっちが両断されていたかもな――だが安心しろ、見かけほど傷は深く無い。"毛皮"一枚で済んでいる」

「でも……」

「もう喋るな。お前の方が明らかに重傷だ。人の心配をしている場合じゃないぞ」

 ミカへ話し掛けながらネネカはひたすらに闇を走り抜けていく。

 幾らミカが変身後もそこまで巨体ではないとは言え、"狗"一匹を背負っているのにかなりの速度が出ていた。

 しかし辺りの景色は幾ら走っても代り映えせず未だに漆黒のままで変わらない。

(そう言えば……。昔……子供の頃もこうやって姉さんにおんぶされていた……気がする……)

 段々と白んできた意識の中、姉の背中で揺られている内にふとミカ――板寺三河は昔の記憶を思い出していた。

(あれは……喧嘩して……ボコボコにされちゃった時……だったかなぁ……)



 ――"怪我"したく無かったら、とっとと帰れガキ共――


 ――……間に合って良かった、か。さて、と……――


 ――うぇぇぇぇん!!――


 ――全く……ほら、帰るぞ――


 ――……腕引っ張ったってしょうがないだろう……。早く帰らないと私まで母上に怒られ……――


 ――はぁ……。仕方がない……。ほらおんぶしてやる――


 ――むっ? 重くなってきたな、お前。ちょっと前までは片手で持ち上げられるくらいだったのに……

恐ろしい成長速度だな、男って奴は――


 ――全く……勝手が違うから戸惑いばかりだよ――


 ――このまま成長していったら……。背負えるのも今の内かもな……。

むぅ……私の筋力は性別的にそこまで成長しないだろうし……。少々納得いかないな――


 ――……まぁそれも良いさ。それがこの世界の……理だからな。従うべきだ――



 そうやって……ブツブツ何かボヤいている姉に背負われる内に安心したのかウトウトしており、気が付いたら寝てしまっていた。

 結局、家に帰ってから二人とも両親に怒られてしまい、説教を受けた思い出。

 それを思い出し、こんな危機的な状況だと言うのに思い出し笑いをしてしまった。

(まさかこの歳になって……また姉さんにおんぶされちゃうとはね……)

 恥ずかしいやら何やらで複雑な気持ちになる。

 ただそれとは別に心の底から安心感も覚えた。

 結局、自分はまた姉に助けられてしまったようだ。

(俺って……やっぱり姉さんには……勝てないよなぁ……)

 遂に意識は飛び飛びになっていき、ぼやけていく。

 意識を保とうとしたがそれも焼石に水であり、自身も疲れ切っていた事もあってその眠気に抗う事を辞めた。

(まぁ……今日は――もう……考えるの……やめよ…………つかれ――)

 板寺三河は――頼れる姉の背中で意識をゆっくりと手放した……――。











【2056年8月24日】









【某県 某市】

 






【――午前7時14分――】






 ――ブゥゥゥゥン……。

 稼働するPCから鈍いファンの音が響く。

 カーテンを閉めていたせいで薄暗い室内。

 それでも夏の陽光は隙間から室内を明るく照らし始める。

 その日差しは熱気となって室内に籠り、室温を急上昇させていく。

 ただでさえ設置されたPC機器から発せられる熱もあり、締め切られた部屋は一気に蒸し暑くなる。

 そんな蒸し風呂と化しつつある部屋に設置された寝そべれる椅子にはヘッドセットを付けたままの板寺三河の姿があった。

 ヘッドセットとPCを繋ぐケーブルからは青い量子通信の発光が仄かに見える。

 その光が少しずつ弱まっていき、通信が切断されたのが伺えた。

「うっ……」

 気怠く不快な熱気に中てられソウゴは呻き声を上げながら、付けていたヘッドセットを無意識に手で振り払う。

 カシャンという音と共にヘッドセットが床に落ち、ケーブルに繋がったまま転がっていった。

 ヘッドセットが外れた事で外の明るい光を瞼越しにソウゴは感じる。

 ゆっくりと目を開け、段々と意識を目覚めさせていった。

 それに従って見慣れた室内の様子が目に入ってくる。

 色々な専門書の詰まった本棚。

 高そうなPC機器の並んだ机。

 ケーブルの絡まったSVR機器。

(あたまが……いたい……)

 頭部へ鈍痛を感じ、ソウゴは右手で頭を押さえる。

「……痛っ」

 頭へ触れた瞬間チクっとした痛みが走った。

 ここは現実の筈なのに。

 まるで仮想現実で受けた傷を引き摺るように。

 思わず自分の手を見る。

 そこにあるのはちゃんと人間の――自分の手だった。

(戻って来たのか……俺)

 椅子から降りて立ち上がろうとする。

 その瞬間、視界がぐにゃっと歪む。

「あっ!」

 そのままフラッと来て椅子から転げ落ちてしまった。

 床に落ちた衝撃で周囲の物が巻き込まれ、それも続いて落下してくる。

「……うぅ……」

 倒れ込んだ自分の背中に色々な物が降り注いでくるのを感じながらソウゴは呻いた。

 身体が酷く怠い。

 今までもバトルをした後に疲れている事はあったが、それとはまた質の違う怠さだった。

 ――コンッ。

「いてっ」

 落下してきた物が後頭部にぶち当たり、ソウゴは声を上げる。

 それはバウンドしながらソウゴの眼前に落ちてくる。

 パタリと床に倒れ込んだそれは写真立てだった。

 両親と姉弟の写った写真。

 そこに写る家族の姿を見て姉の事を思い出す。

(そうだ……。姉さんは……どうなったんだ……?)

 まだとても完全とは言えない身体を何とか動かして床から立ち上がった。

 仮想現実で会えたとは言え、まだ実際に再会出来た訳では無い。

 その姿を現実で見るまではとても安心出来なかった。

「取り合えず……デルフォニウムへ――」

 ――カチャッ……。

 不意に耳へ音が聞こえる。

 本来なら人間の耳では捉えられないような微かな音。

 しかしソウゴはその音を聞き、顔をパッと上げた。

 続いてカチャカチャと玄関の鍵を開ける音が続く。

 この家。

 元は祖父母の物だった家。

 ここの鍵を持つものは今自分と――もう一人しか居ない。

 ソウゴは勢い良く部屋から飛び出ると玄関へと向かった。

 足を縺れさせながら何とかドタドタと走り、廊下を抜けていく。

 すっかり陽の昇り、明るくなった廊下の先。

 そこの玄関に――人影が見えた。

 防犯のため中からチェーンを掛けているせいで鍵を開けたのに入ってこられず、ガタガタと扉を揺らしている。

 このままだと力任せに扉をこじ開けられて破壊されない。

 ソウゴは足早に扉へ近づき、チェーンを外す。

 扉が勢い良く開かれ、そこに一人の女性の姿があった。

 少々髪型が乱れてはいるが相変わらず長く綺麗な黒髪。

 道ですれ違えば殆どの人が振り向く程度には整った顔立ちと振り向いた人たちが即座に目を逸らすであろうキツく鋭い目付き。

 明らかに不機嫌そうに片眉を上げ、腕を組みこちらを睨むその女性。

 ソウゴはその相変わらずと言った様子の自らの姉――『板寺寧々香』の姿を見て笑みを浮かべる。

 色々と聞きたいことも、色々と問い質したい事も、全て頭から一先ず除けた。

 そして――何時も通りの言葉を掛けた。

「おかえり、姉さん」

「……ただいま」

 ぶっきら棒にそう答える寧々香。

 姉は一度、気まずげに目を横へ流してから直ぐにこちらへ向き直ると偉そうに言った。

「……取り合えず、風呂だ。その後……朝飯にするか」

「分かった。お湯張ってくるね」

「お前も入れよ。汗臭いぞ」

「誰のせいだと思ってんのさ……」

 ソウゴは口答えしつつも寧々香を家の中へと招き入れていく。

 姉弟は――再会を遂げた。

 しかし――それは終わりではなく……新たなる戦いの始まりに過ぎない。

 それを二人は理解していたが、今は……今だけは家族の再会を喜ぶ事にした……――。


 







 ――第一部【(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?】完。

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