(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
雲母星人
雲母星人

第52話『何時だって挑戦者だ!』

公開日時: 2022年5月3日(火) 00:00
文字数:10,130



【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 選手控室】






「いやはやトンデモねーとこまで来ちまったなぁ……」

 控室のベンチに座って腕を組みながら『B.L.U.E』がそう口漏らす。

 彼は天井を見上げ、呟く。

「ただのオタクが来て良い場所じゃねぇよなぁ……ここ。あーあー……どうすんだよホント」

 その口調はどこか自身無さげな様子で浮き足立っていた。

「……珍しいですね。ブルーさんがそんな事言うなんて……」

 既にこの部屋へ来るのも三度目となったミカは珍しく弱気な事を言っているブルーと対照的に落ち着いていた。

「この分じゃ――明日は槍の雨でしょうか」

 戦いの前の緊張解しも兼ねて愛刀の手入れを行い、軍刀『無銘』の銀色の刀身へ白い綿をポンポンと当てている。

 仮想現実で刀の手入れをする必要は無いが、そのルーチンを行う事自体に意味がある……筈。

「よし……。今日も頼むぞ、無銘」

 人斬りを思わせる危険な目付きをしながら据わった目で鈍く輝く愛刀を見つめるミカ。

 その皮肉にブルーは天井から目を離し、少々怒り気味に言った。

「あのなぁ。オレだってこういう大一番じゃブルーになることはあんの。ったく……人を何だと思ってんだ」

 本当に彼らしく無いその言葉に思わず笑ってしまう。

「ふふっ……」

「何笑ってんだおめー」

「だってブルーさんってどんな状況でもおちゃらけた態度を崩さないのが売りじゃないですか。急にしおらしくならないで下さいよ」

 ミカの言葉に流石の彼もムッと来たのか、目を細める。

「……全く……。お前も生意気になっちゃってさー。出会った時の初々しいミカちゃんはどこ行っちゃったかね」

 そう言ってブルーは大げさに肩を竦めた。

「私も……少し生意気にならざるを得ないかもしれませんね。何せこれから戦う相手が相手ですから」

 ミカは壁に設置されたモニターへ目を向ける。

 そこには今まさに決勝戦前。

 デルフォニウム社長『向日田理人』による様々な挨拶が行われている。

『――今回も幾多の激闘を乗り越え――』

 既に社長のお話は佳境に入り始めており、もう直ぐ自分と……もう一人の"決勝出場者"の出番だった。

「まさか今年始めたばっかりのポンコツバトルアバがあの……史上最強のバトルアバと名高い『獅子王』に挑む日が来ちまうなんてなぁ」

 ブルーも画面に視線を移しながらそう呟く。

(俺も……まさかここまで来れるなんて思ってなかった)

 恐らく数か月前の自分だったらこんな世界で、こんな場所で、戦うなんて考えもしなかっただろう。

 姉を探しにこのABAWORLDを始めて……気が付けばこんな事になっていた。


 ――王座で待つ――


 その言葉が本当ならこの先で姉は待っている筈だ。

 ……正直なところそこに姉が居なくても今はあまりショックを受けないかもしれない。

 今は――この世界で間違いなく最強の相手と戦える。

 その事実がただ嬉しかった。

 この世界に来てから自覚し始めたが、自分は……意外と戦うことが好きらしい。

 強い相手が待ち構えていると思うと尻込みするより、ワクワクしてくる。

 このリアルすぎる仮想現実で、あまりにもリアルな傷付け合いをしているというのに。

 はあろうことかそれを――楽しんでいた。

(……俺って実は野蛮だったんだなぁ……)

 画面の中の映像をぼんやりと見つめながらそう一人想う。

「しっかしオレも見る目が無かったかねぇ」

「え? 見る目……?」

 ブルーの言葉に思わず振り向いて聞き返してしまった。

「いやさ。お前に最初出会った時はこんなに"やる"奴だと思ってなかったからさ。オレの観察眼も大分曇ったみたいだなって……」

「……一応それって褒めてるんですか?」

「褒めてる褒めてる。あー……あの時は面白そうなヤツだからウォッチングがてら話し掛けただけだったのになー。

全く……オレもお前のおバカに付き合ってこんなとこまで来ちゃうしよぉ。どう責任取ってくれるんだ? あぁ? 

何かご褒美くらい貰えるんだろうなぁ?」

 彼はそう言って何時も通りの人を茶化すような笑みを口元に張り付かせていた。

 ミカもニヤリと笑ってそれに答える。

「……日本で一番強いバトルアバのオペレーターって肩書じゃ不満ですか?」

「――世界で一番強いバトルアバのオペレーターって肩書にしてくれ。そっちのがイキレるから」

 そこまで言って『B.L.U.E』は今まで見たことないような満面の笑みを浮かべた――。







【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 観覧席】







 ――ゴンッ!

「――ぎゃんっ!!」

 例の如く逆さまに中空から落下してきたミカは何時ものように頭から床へ突っ込み、しこたま頭頂部を打ち付けた。

 衝撃のダメージで力なく身体を床へと伸びさせる。

 頭から外れた軍帽が横へ転がりポトッと動きを止め、その中に納まっていた灰色の髪が地面へ垂れた。

 既に席へ付いて待機していた片岡ハムの面々はそのあまりにも何時も通り過ぎる行為に思わず皆溜息を吐く。

「……ミカくんってホント落下芸が得意よね。実はわざとやってたりする?」

「す、好きでやってる訳じゃ……無いとだけは言っておきます、ムーンさん……」

 青い大きな目を光らせて呆れている『m.moon』にミカは倒れたまま答える。

「雲の上行ってもうたって思ってもこういうとこ変わらんから安心するわな――ほれ起こしたるわ」

「あ、ありがとう御座います……トラさん」

 ミカは差し出された『トラさん』のぬいぐるみのようなモフモフの手を取り、立ち上がる。

 トラさんは髭をピクっと少し動かしてからその丸っこい瞳でミカを見据えた。

「最初に会った時はまさかこんな関係になると思ってなかったわ。ワシもとんでも無いヤツを知り合いにしてしまったみたいやなぁ」

「……後悔してますか?」

 トラさんはミカの言葉に静かに目を瞑る。

「まぁ……老人には刺激の多すぎる感はある――」

「後悔してるわけないやろ! なぁ虎!」

 横から急に黄色い星形のアバ『ラッキー★ボーイ』が出てきて、トラさんの肩へ手を回した。

「宣伝効果で工場も上々! こいつ、儲けた金でちゃっかり新社屋建てようとしてるんやぞ! ホンマあやかりたいわぁ」

「そ、その事は言わん約束やぞ! 大吉ぃ!」

 不味い事を言われたといった様子で狼狽えるトラさん。

 その姿にミカは思わず吹き出してしまった。

「ふふっ……。トラさんには色々お世話になりましたからね。少しでも工場の利益になってくれたなら嬉しいです……本当に。

それにラッキー★ボーイさんも……。あっ。でもあんまり人を賭け事の道具にしないで下さいね」

「え」

 ミカがそう言い放つとラッキー★ボーイはぎょっとした様子で身を固まらせた。

「ど、どうしてその事を……!?」

 明らかに目を泳がせて動揺しながらミカへ尋ねるラッキー★ボーイ。

 ミカは笑顔で、でも目は完全に笑っていない目付きで答えた。

Mr36ミスターサーティーンシックスさんから教えて貰ったんですよ。ラッキー★ボーイさんが胴元になって町内の人たち相手に

私の試合結果で賭け事しているって……」

 その暴露にトラさんとムーンも驚き、呆れる。

「お、お前! そんな事しとったんか!? ワシも知らんぞそれ!」

「店長……凝りもせずまたアホな事を……。ホントいつか刺されるわよ! 大体、前に書類送検されて懲りたんじゃ無かったの!?」

「い、いや! ちゃんと海外のブックメイカーを経由しとるから合法や! ワシはその代理でやっとるだけやから!!」

 二人に問い詰められるラッキー★ボーイを見ていると不意に後ろから声が掛けられる。

「ミカ姉ちゃん……これ」

 振り返るとそこに白子虎のアバ『マキ』がいた。

 その手には先程落とした自分の軍帽が大事そうに握られている。

 彼女はその軍帽を黙って差し出してきた。

「ありがとう、マキちゃん」

 その軍帽を受け取り、しっかりと頭へ被る。

 少し重量のあるその帽子。

 すっかり慣れ親しんだそれの鍔へ右手を掛け、位置を微調整した。

 乱れた服装を直し、襟を正す。

 濃灰色の軍服ワンピース。

 かっちりとした軍帽。

 燃えるように染め上がった深紅のスカーフ。

 茶色の分厚い革のブーツ。

 そして凛として引き締まった表情。

 もうそこにいるのはただの軍人少女ではなく、戦う心構えの出来た"軍人"だった。

「うわぁ……! 今日のミカ姉ちゃんなんかカッコいい……!」

 マキが感嘆の声を上げる。

 同じようにムーンもその姿を見てご満悦と言った様子だった。

「パリッと決まってるじゃない。やっと戦う"女"の顔になった感じがするわね」

「……その褒め文句はあまり嬉しく無いですけどね――ムーンさんも本当に今までありがとうございます」

 ミカが今まで世話になった礼を述べると彼女はそれを否定するように青い目を点滅させる。

「――なーに言ってんのよ、あんたは。これから長い事付き合っていくつもりなんだから礼にはまだ早いわよ。

取り合えずあたしの名声を上げるために……ちゃちゃっとあのライオン丸をぶちのめしていきなさい! 

そしてデザイナー『m.moon』の名前を世界に売り出すのよ!」

「……はいっ!」

 ミカはその言葉に力強く頷くと片岡ハムの面々へ背を向ける。

 ――ガチャンッ。

 それと同時に金属同士がぶつかる音が室内へ響いた。

 いつの間にか閲覧席と眼下のスタジアムを遮っていた半透明のスクリーンが消滅し、そこに下方へと向かっていく階段が出現している。

 その長い階段は遥か下……バトルフィールドへと直通していた。

 ミカはそこを真っすぐ見据えると気合の声と共に身体を翻して駆け出す。

「――征ってきますっ!!」

 深紅のスカーフを風にたなびかせ、スカートをはためかせながらミカは躊躇わずに階段を駆け下りていく。

 その背を見送りながらマキが羨ましそうに呟いた。

「……マキもバトルアバやってみたいなぁ……」

 威風堂々と言った様子で戦場へと赴くミカへ羨望の瞳を向けているマキにムーンがそっと近付き小声で耳打ちする。

「……実はね。虎児ちゃん用のバトルアバ――作ってるわよ」

「――っ!?」

 驚き、目を輝かせるマキ。

 ムーンは小声で更に続けた。

「虎児ちゃんがバトルに出るなんて知ったら社長が心配するからこの事はまだ秘密よ? 

でも完全にあたしのオリジナル作にする予定だから、期待して待っていなさいな」

「……うん!! マキ待ってるっ!!」

「まー。資金的問題もあるから社長口説き落せたらの話だけどねー。それに今は――」

 彼女は大歓声の中を駆け抜けていく自分の処女作を見つめる。

「――あの子の戦い……見届けなきゃね」

 





 その時、片岡ハムの面子も。

 これから始まる激戦へ胸躍らせる観客たちも。

 既にフィールドのオペレータールームで相棒の登場を待っているブルーも。

 ましてや強敵へ闘争心を燃え上がらせるミカ自身も。

 同じように相手の観覧席の階段をマイクパフォーマンスしながら降りてくる獅子王も。

 これから起きる事を予想していなかった。

 たった一人を除いては……――。









【東京都 赤羽 デルフォニウム本社 社長室】






「いやぁ……。ホントにここまで来ちゃったねぇ」

 デルフォニウム現社長『向日田理人』はスクリーンに表示されているミカの姿を見て思わず嘆息する。

「流石はキミの弟くんって事かなぁ?」

 そう言って向日田は横へ顔を向ける。

 そこには車椅子に乗った白衣姿の女性が一人いた。

 長い黒髪。

 街を歩けば二人に一人は振り向くほど整った顔立ち。

 そしてその顔立ちと反比例して睨み付けた者を皆、竦ませる鋭い黒い瞳。

 板寺三河の実姉、『板寺寧々香』。

 傍らにはスーツ姿の女性社員を三人ほど侍らせている。

 彼女はその瞳の奥に潜む"獣性"を隠そうともせず、スクリーンに映る自分の"弟"を見つめた。

「……別に私の弟かどうかは関係無いでしょう。ここまで来れたのならそれはアイツの実力です――椿」

 素っ気なくそう答えた寧々香は傍らにいた長髪の女性社員の一人へ声を掛けた。

「――腹が減った。何か無いのか?」

 名を呼ばれたデルフォニウム実働部隊の一人『片瀬椿』は静かにパックの飲み物を差し出す。

 銀色の包装され、ストローが刺さったそれのラベルには【経口栄養液】と書かれていた。

 それを見て寧々香は明らかに顔しかめる。

「……"これ"以外にしてくれ」

「ダメです。まだ胃腸の機能が完全に戻っていませんので」

 にべもなく断られ渋々とそのパックを受け取りストローを口に付けて中身を吸う寧々香。

 そのパックから吸い出した液体が舌を楽しませている内にその顔付きがどんどん険しくなっていく。

「……とても不快な味だ。この糞な飲み物をどうにかしろと私はお前たちに言っておいただろうが」

「無理ですってぇ~先輩~。栄養価を考えてその味になっちゃってるんですからぁ~。観念して飲んでくださいよぉ~」

 横からポニーテールの女性社員が顔を出してくる。

「味をどうにかしなければ一般向けに売り出せないと言っておいた筈。今まで何をしていたんだ、柳」

 寧々香は同実働部隊『白沢柳』へ向けて空になったパックを押し付けながら睨み付ける。

「味と栄養でトレードオフですよぉ~」

 柳はその視線に動じた様子も無く、寧ろ嬉しそうに寧々香へ絡んでいった。

「いやぁ~でも良かったです~。先輩がちゃんと起きてくれてぇ~。

ホント……あのまま目覚めなかったらあたし……どうしようかと……うぅ……」

 涙声で縋りついてくる柳へ寧々香は静かに手を伸ばし、その背中を軽く摩る。

「……悪かった。あんな無茶はもうしない」

「嘘ですね」

 優しい声色で柳へ声を掛けていた寧々香へ最後の一人……ウェーブヘアーの女性社員が冷徹に言い放つ。

「そう言って約束を守らずに無茶するの何回目だと思っているんですか。もう愛想が尽きましたよ」 

「……そんなに冷たい事を言うな、茜。あの時は仕方が無かったんだ。手が……無かった」

 同実働部隊最後の一人『茨城茜』はその言葉に眉を一度顰めてから俯きながら言った。

「……私たちだって貴女が居ない間に少しは"戦い"への備えをしてきたんです。もう……置いていかないで下さい」

「分かっている。それに……どちらにせよ、私は暫く戦えない……。無茶をしようにも出来ないさ」

 寧々香は再びスクリーンへ目を向ける。

 そこに映る仮想現実での姿を身に纏った自分の弟を改めて見た。

 周囲の観客にしっかりと笑顔を向け、手を振り、バトルアバとしての仕事をきっちりとこなしている。

 この世界ABAWORLDを楽しんでいるのがありありと窺えた。

「すまない……ソウゴ」

 その姿を見て懺悔するように寧々香は謝罪を呟く。

 ――キキィ……。

 軋むような音が響き、その懺悔が中断される。

 室内の皆がそちらへ視線を向けるとそこに金髪の見目麗しい青年が居た。

 寧々香は横目で忌々し気に舌打ちをしてその青年を睨み付ける。

「ちっ……。どこから嗅ぎ付けた、古蝙蝠」

 白いスーツに身を包んだその青年『香坂桜花』はまるで自分の居宅のように遠慮なく室内へと足を踏み入れてきた。

ケダモノの匂いは嗅ぎたくなくても勝手に臭ってくるわ。しかしそれにしてもまぁ……」

 桜花は車椅子に座っている寧々香の姿をジロジロと上から下へと眺め、口元に手を当てて嘲笑う。

「無様な姿じゃのう……! これが量界クォンタムワールドを震わせ、血で染め上げた姫の姿とは……嘆かわしい事この上無しじゃな! 

ワハハッ! 愉快愉快!」

 煽られた寧々香は今にも桜花へ喰らい付きそうな顔付きをしていたが横にいる椿たちに身体を押さえつけられそれは叶わなかった。

「あれぇ? 香坂くんじゃないか。どうやってここ入ってきたの?」

 向日田社長も突然の乱入者に少し驚いている。

 桜花は寧々香への対応と打って変わって丁寧に頭を下げながらそちらへ応対した。

「しっかりと正面玄関から入らせて頂きましたのじゃ、若社長殿」

「あー……。通しちゃったのか、受付の子……。面食いだからなぁ、あの子たち――それで用件は?」

「特に御座いませんのじゃ。強いて言えば……この石頭の野良犬を揶揄いに来たのと――我も

この特等席で子犬の闘争を見たかった、それだけ……」

 そう言って桜花もスクリーンへと一度目を向ける。

 ミカの姿を見て少し口元に笑みを浮かべてから再び寧々香へと振り向いた。

「大体……。何が『すまない』じゃ。自分の不手際を弟に押し付けといて良く言うわ。白々しい事この上ないのじゃ、全く……」

 桜花は勝手に社長室内のソファーまで足を進めるとそこへドサっと座り込んだ。

「散々お主から愚弟だの何だの聞かされていたが、やれ蓋を開けてみれば素直で良い弟では無いか。

お主なんぞよりよっぽど可愛げもあるし、まともな頭をしておるのじゃ。愚姉を探してこんな所まで辿り着く……。

早々出来る事ではないぞ。それに対し愚かな姉の方はロクに連絡も入れずにこんな所でグダグダと管を巻いている――

我は呆れて物が言えんな」

 まるで説教でもするかのように捲くし立てる桜花に寧々香は苦虫を嚙み潰したような表情になっていく。

「……好きで連絡をしなかった訳では無い。下手に情報を与えると【協会】から接触されて危険だと判断したからだ」

 寧々香の口から出た【協会】という名を聞いて桜花はあからさまに眉を顰めた。

「ふんっ……【協会】か。奴らも隙あらば味方になろうとしてくる曲者じゃからな……。

子犬が懐柔されると痛手になるのはまぁ理解してやろう……」

 桜花は不快そうに鼻を鳴らしつつ、まるで家主のような態度で偉そうに背筋を伸ばしていたが、

やがて前のめりになって手を前で組みながら口を開く。

「……あの子犬には……。姫と同じケダモノの力が宿っている……のか?」

 打って変わって真剣な表情でスクリーンを見つめている桜花に寧々香がただ黙って頷く。

「はぁ……。ならば我も他人事と言う訳にもいかないだろう。

愚姉から面倒事を押し付けられた子犬の顛末、見届けなければなるまいな……。――果たしてどうなる事やら……」

 その反応を見て、ただ深く溜息を吸血鬼は吐きながらスクリーンへ注視した――。









【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 『王の御前』】




 ミカが大歓声へ手を振って答えながらフィールドへ降り立つとそこには石造りの闘技場が広がっていた。

 今までの投票でバトルフィールドが決定される方式と違い既に戦うための決戦場が用意されている。

 ローマ時代の拳闘士グラップラーたちが戦ったコロッセウム。

 それを思わせる作りとなっており、幾つもの石柱が石畳のフィールドの上に立ち並んでいた。

 そして……フィールドの横には煌びやかな装飾の施された石造りの【王座】が設置されている。

(あそこが……姉さんの待っていると言っていた【王座】……。この大会であそこに座れるのは……ただ一人)

 王座と幾つかの障害物がある以外は至ってシンプルなフィールド。

 ギミックらしいギミックも無く、非常に簡素なバトルフィールドだった。

 決勝においてこのバトルフィールドが使用されることは両者に伝えられている。

 そこに有利不利は無い。

 寧ろ障害物が多いこのフィールドは近接格闘タイプのバトルアバに取って不利とも言えるフィールドだった。

 しかし……その不利を既に二度覆して王座へ座った者がいる。

 ミカは自身の正面へと目を向けた。

 数十メートル離れたところ。

 そこに獅子の獣人がいる。

 静かに目を瞑り、腕を組んで佇んでいる"百獣の王"。

 バトルアバ『獅子王』。

 この大一番でも自然体であり、落ち着いている。

 だが……その身体から溢れんばかりに放たれる闘気は隠しようが無い。

 仮想現実だというのに。

 ここが現実の世界では無いというのに。

 目の前の獅子から熱気が伝わってくる。

 獅子王はフィールドへ進み出てきたミカに気が付くと片目を空けた。

 彼はその緑色の瞳でミカの姿を捉えながら口を開く。

「軍人娘……お前がここに来ることは何となくわかっていた」

 閉じていたもう一つの目をゆっくりと開き、更に続ける。

「お前と出会ったあの日、一目見て……こいつが今回の"敵"になる。そう直感したのだ」

 いつの間にか大歓声が消え去り、フィールドの中で音を出しているのはミカと獅子王だけになっていた。

「クククッ……。本当に肌で感じている訳でも無いのにな」

 彼は自分で言っている事がおかしいのか口元に手を当てて笑う。

「……この獅子王が何故ここまで勝ち続けてこれたのか……。何故か分かるか?」

「え……?」

 獅子王はそれまで一人で語っていたのを中断して、突然こちらへ向かって問い掛けてくる。

(何故……勝ち続けてこれたのか……?)

 いきなりの事だったので少々面を喰らったが、直ぐに気を取り直してミカはその問いに応じた。

「……どんな相手にも油断せず……全力を尽くしてきた――からですか?」

 ミカの答えに獅子王は再びクククッと喉を鳴らして笑う。

「惜しいが違うぞ。誰が相手であろうが全力で戦うのは当然の事だからな――俺は現役プロレスラー時代から防衛戦ってヤツと縁が無かった……」

 彼は組んでいた両腕を解き、その手にゆっくりと力を籠め始める。

「常に相手へ挑戦状を叩き付け……! 挑んでいった……! 敵が自分より強かろうが弱かろうがそんなものどうでも良い!」

 獅子王のテンションに呼応して彼の纏う熱気が更に増していく。

「常に敵のリングで戦い! 常に敵へ挑む! それこそがこの獅子王勝利の秘訣……!!」

 まるで燃え上がる炎のように彼の言葉へ熱が入り、それと同時にフィールド内の温度も上がっていった。

≪おーおー。暑苦しいこった。こっちにまで熱気が来てるわ≫

 それまで黙っていたブルーもその熱気に溜まらず通信越しに声を漏らす。

「軍人娘! お前が獅子王へ挑むのでは無いっ!! この俺が! お前に挑むのだっ!! 俺は……!! 

何時だって挑戦者チャレンジャーだっ!! 挑み続けたからこそ……! 勝ち続けたんだ……!!」

【EXTEND READY?】

 獅子王の熱気に呼応するように二人の正面へエクステンドを促すウィンドウが現れる。

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!! エクステンドォォォォォォ!!!」

 雄たけびと共に獅子王はウィンドウへ拳を叩き付けた。

【BATTLE ABA "獅子王" EXTEND】



 アナウンスが流れるのと同時に彼の全身が真っ赤な炎に包まれ、それが全身へ纏わり付いていく。

 炎の中に二つの獅子の瞳が輝く。

 その瞳は真っすぐミカを見据えた。

 纏った炎がたてがみを赤く染め上げ、身体の各所へ炎が宿った。

 その燃え盛る焔はバトルフィールド内を赤く彩っていく。

 烈火の如く燃え上がるその獅子の姿は威風堂々としており、そこにいる存在の強大さを否応が無しに自覚させられる。

(これが……彼の戦うための姿……)

「ハァッ!!」

 獅子王は気合の声と共にその太い脚でしっかりと地面を踏み締めた。

 それまでの獅子から焔と化した獅子王はゆっくりとミカへと視線を向けていく。

 まるでこれから遊びに行く子供のような無邪気な笑みを浮かべ、"恐ろしく"楽しそうにファイティングポーズを取る。

 その表情と裏腹に全身から立ち昇る闘気は勢いを増し、こちらの肌をひりつかせた。

 ミカは自分の視界さえも赤く染めるその姿に思わず見惚れている。

 全てを焼き尽くす筈のその焔が美しいとさえ思った。

 今まで可愛いと思ったバトルアバやカッコいいバトルアバはいたが"美しい"と思ったのは……これが初めてだ。

(綺麗だ……)

≪ミカ! 見とれてる場合か! ボケっとしてんなよ!≫

 ブルーから通信が来て思わず現実に帰ってくる。

「――っ!! エクステンド!」

【BATTLE ABA MIKA EXTEND】

 殆ど殴るようにしてウィンドウへ手を叩き付け自らも変身を遂げていく。

『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』

 ミカの全身が光に包まれ、その光が赤い炎に照らされたフィールドを中和していく。

 灰色の犬耳が軍帽を勢い良く突き破り、モフっとしたそれが敵の一挙手一投足を捉えるために揺れ動いた。

 スカートから灰色の尻尾がポンと突き出し、これまで出会った中で間違いなく最強の相手への警戒でピンと天へ立つ。

 これから始まる激戦への備えをするかのように力強く握った両手には茶色のグローブを纏った。

≪ここが正念場だぜ! 勝ったらなんでも一つ言う事聞いてやるから頑張れよっ!≫

「え!? い、いきなりなんですか!?」

 急に訳の分からないことを言い出すブルーに困惑し思わず、居もしない彼の方を向いてしまう。

 恐らく緊張を解すために言ったのだろうが、それにしたって唐突だ。

 ブルーは笑いながら続けた。

≪ハハッ! お前はそう言うご褒美合った方がやる気出るだろ?≫ 

「それにしたって唐突過ぎません!? でも……人参ぶら下げてくるの……――嫌いじゃないですよ! 約束ですからね! 

"男"に二言は無しですよ!」

 ミカはそう言って眼前の獅子王へ目を向ける。

「さぁ来い! 軍人娘! ここからは逃げ場無し! 邪魔も無し! 後は試合終了のゴングが鳴るまで……! 

どちらかがKOされるまで終わらないっ!」

 ――スパァンッ!

 獅子王は焔を纏った右拳で空を殴り乾いた音をフィールドへ響かせる。

「この場所が二人だけの――リングだっ!!」

「望むところ! ブック無しのバトル……! 受けて立ちます!」

 既にお互い臨戦態勢を取っており、後はアナウンスを待つだけだった。

『EXTEND OK BATTLE――START!』

 一際盛大にバトル開始を告げるアナウンスが鳴り響き、試合開始が告げられた……――。











読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート