(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第44話『お主もお仲間じゃろう……?』

公開日時: 2021年12月28日(火) 00:00
文字数:11,092



【ABAWORLD MINICITY PLAYエリア】




 大勢のアバが空中に浮いた電光掲示板の前に詰めかけており、そこに表示された映像を眺めていた。

 映像には幾つかのキャラクターアイコンが並んでおり、それが今回の本選出場者たちのアイコンだと分かる。

 彼らはそのアイコンを眺めつつ、口々に誰と誰を対戦させたいかなど話し合っていた。

 そんな彼らを少し離れたところの施設の壁から顔だけひょっこり出して

コソコソと様子を窺っている一人のバトルアバがいた――。

「あれが……投票所なんですね」

 ミカはたむろしているアバたちに気が付かれないようにコッソリとその様子を見ていた。

 横には一つのウィンドウがフヨフヨと浮いており、そこに青髪の自動人形の姿も見える。

『そうそう。だからさーモゴ……本選で最初に当たる相手はあそこの一般投票で決まるってモゴ――わけ』

 簡易接続用のウィンドウからブルーがミカへ説明してくる。

 何かを口に入れながら喋っているのかモソモソと音がしていた。

「……ご飯食べるか喋るかどっちかにして下さいよ……お行儀の悪い。

めっちゃ何か食べてる音こっちに聞こえてますよ」

『しょうがねーだろ~今日は飯食う時間無かったんだからさー』

 今日のブルーは所謂簡易ログインだった。

 何でも夕飯を済ましておらずそれが済んでも"ホームワーク"があるらしい。

 さっきからパンのような物をモソモッソと食べている音がウィンドウ越しに響いてた。

「別にご飯ちゃんと食べてからログインすれば良いじゃないですか……一人でも私は大丈夫ですし……」

『おめーは目を離すと即問題行動起こすから危なっかしくて、独りに出来ねえんだよ』

「そ、それは……そうかもしれないですけど……」

 反論しようにも割りと自分でも自覚があったので、ミカは頷くしかなかった。

「……大体、何でこんなコソコソ隠れながら見る必要があるんですか。ただ投票所見に行くだけなのに」

『お前さー……自分の立場分かってねえだろ。ちょっと前の凡百バトルアバ時代と違って仮にも本選出場者なんだぞ。

あんなとこにノコノコ出て行ってみろ。

直ぐ囲まれてサインやらSS撮影やらで何にも出来なくなっちまうぞ』

「えぇ……? 私がそんなことになりますかね……?」

 ミカがウィンドウに映るブルーへ疑いの目を向けると彼は呆れた口調で言った。

『これだからアババトル素人ってのは怖えなぁ、全く……。

あーあー何でこんなヤツが本選に出ちまうんだか……あの魔女っ子じゃねえけど

バトルのレベル低下を嘆くぜオレは……』

「……悪かったですね、素人が出場して――でも本選……三回戦の相手はプレイヤーの皆さんが決めるって

何というか独特なシステムになってるんですね。てっきり予選みたいにランダムかと……」

 ブルーの言葉にミカは多少不機嫌になりつつ、再び電光掲示板の方を見やった。

 そこでは相変わらずアバたちがウィンドウを出して、何か操作を行っている。

 どうやら投票をしているようだった。

『一人一票持ってて戦わせたい組み合わせを選ぶスタイルだからな。因みに組織票とかもありだぞ。

フォーラムじゃ勝ち残らせたいバトルアバをワザと

相性の良さそうなヤツと当てるとかも談合してやったりしてるし』

「えぇ……? 良いんですかそれ……?」

 あまりにも清廉さのかけらも無いスタイルにミカは難色を示した。

 ブルーは笑いながら説明を続ける。

『ハハッ! デルフォから公式にオッケーが出てるからな。結構やりたい放題だぞ。

何ならバトルアバ本人が誰と戦いたいって表明するのも許可されてるし。

試合の時のバトルフィールド選択も直前に投票だしな!』

「そ、それって大丈夫なんですか……? 平等さの欠片も無い感じになっちゃいそうですけど……」

『例えそれでアピっても結局決まるのは多数決だからなぁ。

意外と希望通りにいかねえもんさ――因みにお前の第一候補は……』

 彼はそこで言葉を区切るとウィンドウ越しに何かキーボードを叩くような音がした。

 それに合わせてミカの方に別の小さいウィンドウが現れる。

『やっぱり因縁あるだけあって、狼野郎が第一候補だな。どっちも新人の出場者だから話題性もあるし――

次点はやっぱりガザニアか。お前らフォーラムだとセット扱いされてるからなー』

「セット扱い……」

『ご主人様とメイドじゃん、お前ら。その印象強いよ、やっぱ――

Aブロックだとあと当たる可能性があるのはチルチルだけど……

まぁソイツと面識無いしピックアップはされねえかなぁ』

 チルチルという名前はこのABAWORLDに来てから何度か耳にしている。

 確か……例の【強暴なら八人】の一人だった筈。

 前に画像でも見たが、吸血鬼っぽいデザインの可愛らしい女の子のバトルアバだった。

「最古参の人でしたっけ……まだ会ったことありませんね」

『過去には大会優勝もしてるつえーヤツだぞ。あとお前の同族』

 ブルーの同族という言葉にミカは思わず聞き返してしまう。

「同族って……どういうことですか? 吸血鬼とご親戚になった覚えはありませんけど……」

「そりゃ、似たもの同士ちゅーことじゃ。あっ、でも眷族になってくれるって言うなら我は大歓迎じゃ!」

「眷族って――……うぉっ!?」

 突如自身の真横、それも超至近距離。

 というよりもピタっと身体をくっつけるようにして一人のアバが寄り添っていた。

 真横からその吸い込まれそうなほど紅い瞳に覗き込まれ、驚いたミカは思わず角から飛び出し距離を取る。

「ど、どちら様でしょうか!?」

 そのアバは慌てふためくミカを見て不敵な笑みを浮かべながら名乗ってきた。

「おやおや? このあば・わーるどで我が名を知らぬ不幸な者がおるとは思わなかったのう……。

我の名も地に落ちたようじゃなぁ」

『ゲッ! 噂をすれば何とやら!』

 ブルーもそのアバの姿を見て驚きの声を上げる。

 ミカも改めてそのアバの姿を見た。

 紅いブラウスに白い短いスカート、桜色のショートヘアーに、まるで鮮血のように紅い二つの瞳。

 幼さを感じる顔付きながらもどこか妖艶さを併せ持つ不思議な雰囲気。

 こちら並みに小柄でまるで壊れ物みたいに華奢な体つきをしている。

 ミカもその姿には見覚えがあった。

 特徴的な蝙蝠の翼は無い物の彼女は"あの"バトルアバ『チルチル・桜』、その人だった。

 彼女はかなり芝居掛かった動きで身を翻すと良く通る声で名乗り始めた。

「我は五十三代目桜家当主『チルチル・桜』! あの甘露なるしょこらーでを

下々の者たちに提供している【香坂製菓コウサカセイカ】! 

そこに所属しているばとるあばじゃ! さぁ! 愛を込めて我が名を復唱せよ!」

「え? えぇ……チ、チルチル・桜、さん……? で……良いんでしょうか……」

 その謎の勢いに圧されミカは困惑したが一応復唱した。

 その様子を見て彼女は満足げに鼻を鳴らす。

「ふふんっ! 確かに耳に良く残る可愛らしい声色だが我ほどでは無いな! お主……ミカと言ったなぁ……?」

 妙に目を細めながらチルチルと名乗ったバトルアバはミカの方へ身を寄せてきた。

 そして小声で囁く。

「お主もお仲間じゃろう……?」

「――は? えっと……仲間って……?」

 彼女の言葉の意味が分からず困惑しているとブルーがウィンドウ越しにミカへ衝撃の事実へ伝えてきた。

『そいつ……チルチルは中身男だからな。まぁお前の同類だよ』

「は? はぁ!? お、男!?」

 ミカは衝撃のあまり彼女……いや"彼"の側から飛び退いた。

 チルチルは動揺しているミカに首を傾げている。

「なんじゃぁ? 知らなかったのか? 我はお主と違ってちゃんとぷろふにも"male男性"と記載しているぞ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 声とか完全にじょ、せい……」

 良く聞けば高い声ではあるがどこか違和感がある声だった。

 所謂裏声的な……。

 彼は楽しそうに笑いながら喋った。

「ハハハッ! 光栄であるなぁ。我が声に"ここまで騙されるとはのう"。

やはり我の溢れんばかりの魅力故……罪深いモノじゃ」

 チルチルの声が途中から完全に男性……しかも若い男の声に変わる。

 それまでの可愛らしい声から一瞬で別人に変わりミカは完全に圧倒されていた。

(ほ、本当に男なのかこの人!? 完全に女性のバトルアバだと思ってた……)

 このABAWORLDで見た目と性別が一致しないのは自分が一番良く分かっていたが、

それでもここまでがっつり女性を演じている相手に会うと驚いてしまった。

『おぉー流石に曲出すくらいなだけあって、見事な声変わりするな、あんた』

 ブルーも他人事のように感心している。

 褒められた事で気を良くしたのかチルチルは胸を張っていた。

「おうおう、夜に歩く貴族とは言え褒められるのは悪い気がせんのう。

もっと褒めても良いぞ――しかし……お主――ぷろふを詐称するのは良くないぞ!

どこから入手したのか知らないが完璧な変声までしおって! 悪辣じゃ!」

 そうチルチルはミカへ向かって言い放つ。

「……へ?」

 ミカが彼の言っている意味が分からずポカーンとしているとブルーが思い出しように言った。

『あー……ミカのプロフの事か。性別"female女性"で登録されてるもんな』

「は? 女性……って。そ、そんなの登録した覚えが無いんですけど!?」

『あぁ。オレが設定したわ』

「はぁ!? 何勝手に設定してんですか!?」

 ミカがブルーの勝手な行動へ呆気に取られているとチルチルが再び話し掛けてくる。

「話を誤魔化そうとしとるな! 我の目が"紅い"内はそのような偽装は許さん!

何よりきゃらが被る! なーのーで~」

 チルチルはそこまで言うとミカの方から目を離し、未だに掲示板を見ながら騒いでいるアバたちの方へ振り向いた。

「下々の者たちよ! 我が方へその眼を向けよ!」

 突如、チルチルから声を掛けられ掲示板へ注視していたアバたちが何事かと振り向いて来る。

 二人のバトルアバの存在に気が付き次々に声を上げた。

「あれ? チルチルちゃんじゃん。それにミカちゃんも。何かのイベント?」

「え? 何か始まるのか?」「なんだなんだ?」「相変わらずどっちも可愛い~♪」

 "吸血姫"は妙な仰々しさと共に彼らへ語りかけ始める。

「我が名は五十三代目桜家当主『チルチル・桜』! 夜に歩き、夜に飛ぶ吸血姫! 皆も耳に覚えがあるだろう!」

 ――パッ!

 その言葉と共にチルチルは頭を軽く下げた。

 すると桜吹雪が彼の周囲で舞い、更に足元からバサバサと黒い蝙蝠が次々に湧き出す。

 その蝙蝠たちは空へと上がっていき、チルチルの頭上で羽音を立てていた。

(……なんだよ、これ……)

『おー良いねぇ。派手で。やっぱりあの山羊女みたいに演出凝ってるヤツは見応えあるなー』

 呆然とするミカと対照的にブルーはウィンドウの中でパチパチと拍手をしていた。

 彼の言葉にゆーり~の事を思い出す。

 確かに登場演出は彼女も凝っていた。

「常日頃から我の闘争への声援と我が仮初の棲家【香坂製菓コウサカセイカ】の御利用感謝する!」

 チルチルが日頃の感謝をアバたちへ述べていく。彼が何か喋るために聴衆は沸き立ち盛り上がっていた。

「――だが……不届きにも我に牙を向ける者がここに現れた! 見るのじゃ、皆の衆!」

 その言葉に応じて周囲の視線がチルチルからミカへと一斉に注がれる。

「え? え!? ――あっ……どうも、ミカです……」

 一気に注目を集めてしまったミカはペコペコと頭を下げている。

 その姿にブルーも呆れ気味に溜息を吐いた。

『腰低すぎんだろ……』

「愚かにも我が柔肌へ牙を突き立てようというその若さ!

更に不遜にも我が椅子を狙う豪胆さ! さぁ、バトルアバ『ミカ』! 我が剣に誓い――」

 チルチルは右手を天へ向かって掲げる。

 すると上空で旋回していた蝙蝠たちが右手へと集まり、それが一振りの"剣"を形作った。

 細いレイピアのような剣。恐らくバトル用の物ではなく、演出などに使うためのイミテーションアイテムだった。

 彼はその剣を一度軽く振ってからミカへと切っ先を向けて告げる。

「――お主を我が好敵手ライバルと認めるのじゃ! 共にいざあの場所で決闘を!

あの紅い月昇り、血沸き肉躍るあの場所で! お互いに雌雄を決そうでは無いか!」

『わぁあああああ!!』

 チルチルの大体なライバル宣言に周囲のアバたちも熱に浮かされたように歓声を上げる。

 一方ミカは唖然としながら、棒立ちしていた。

(なんだ……これ……? ……というかこれもしかして俺パフォーマンスのダシにされてる?)

 困惑しているミカを余所にチルチルは剣を華麗に振って舞踊のような物を周囲へ披露して盛り上げていた。

 自身が彼の演出の一環にされたことに気が付き、呆然としているとブルーが簡易ウィンドウから声を掛けてくる。

『……ミカ、ご愁傷様』

「へ?」

『今のライバル宣言、配信サイトで生放送されてる。ちゃっかりしてんなーあいつ』

 突然のご報告にミカは驚いて声を上げた。

「なぬっ!? そ、それって不味いんじゃ無いですか!?」

 次の対戦相手が投票で決まるという関係上、"こんなモノ"を放送などで流されたらバカにならない影響がある。

 ウィンドウの中のブルーは再びキーボードをカチャカチャと操作する音を立てて何やら検索していた。

『――あぁ、不味いな。つーか手遅れだ。お前とチルチルの対戦票が一気にぶち上がった。こりゃ殆ど決まりだぞ』

「も、もしかしてあの人の狙いって……!」

 ミカは慌ててチルチルの方へ振り向いた。

 彼は相変わらずアバたちへパフォーマンスを続けていたが、

ミカの視線に気が付くとこちらへほんの少しだけ目線を向けてくる。そして口元に笑みを少しだけ浮かべた。

(最初から俺狙いか……! あの古蝙蝠め……!)

 どうやらミカを巻き込んだパフォーマンスは対戦票を操作するのが目的の行為だったようだ。

 戦いたい相手をアピールするのを許可されているとは言えこれは……。

『お前って弱そうだもんなー。そりゃ狙うわ』

「悪かったですね! 狙い目で!」

『しかしこりゃ困ったな――あいつ今までバトった中で……間違いなく最強のバトルアバだぞ。

遂に年貢の納め時かぁ?』

 ブルーの言葉にミカは再びチルチルへ目を向ける。

 いつの間にか彼はパフォーマンスを止めてこちらをしっかりと見据えていた。

 その顔に挑発的な表情を貼り付けつつ口を開く。

「ふふんっ。どうしたのじゃ、お主よ。これくらいの腹芸で怖気着いたのかぁ?

我はこれでも歴戦の勇……よもや正攻法のみで勝ち上がって来た清廉潔白なノスフェラトゥとでも思ったか?

クククッ……若いのう」

 口元に手を当て含み笑いをするチルチル。

 こちらを挑発するその姿、どこが貴族だと言わんばかりの下卑た振る舞いだった。

(……色んな意味で"ベテラン"って事か。それに……何かこういう人に覚えあるんだよなぁ……)

 チラっと横目で自身の隣に浮かぶウィンドウを見る。

『いやーおめーも変なのに目を付けられる才能あるよな、ハハハッ!』

 そこには相変わらず呑気な顔をして他人事のように笑っているブルーがいた。

「ワハハハハッ! 亀の甲より年の劫じゃ! 諦めて我に狩られるが良い!

それが嫌なら犬らしく尻尾を巻いて逃げるんじゃなっ!」

 景気良く高笑いを決めるチルチルのその所作はどこかブルーに似ている。

 つまり……この吸血姫も人を揶揄うのが大好きなタイプのロクデナシ二号という訳だ。

 完全にこちらが困惑しているのを楽しんでいる。

 しかし自分としてもここまでストレートに挑戦状を叩き付けられて

このまま黙っていられるほど人間は出来ていない。ミカはチルチルへ向けて威勢よく啖呵を切った。

「勝手に怖気着いた事にしてもらっちゃ困ります! ここで逃げるは士道不覚悟! 来い! 軍刀【無銘】!」

 ミカがそう叫ぶと愛刀がその手に握られる。

 チルチルのレイピアと同じようにバトルで実際使っている物と同じデザインが一緒の演出用のアイテム。

 前にムーンが用意してくれた物だ。

「――抜刀!」

 掛け声と共に素早く鞘から刀身を引き抜き、しゃなりと銀色に輝いた。

 そのまま右手に刀を構え、直ぐにその切っ先をチルチルへと向け言い放った。

「【片岡ハム】所属バトルアバ『ミカ』……! 逃げも隠れもしません! この軍刀の錆にしてあげましょう……!」

 大きく見得を切ったミカに周囲のアバたちから歓声が上がる。

 どちらも小柄且つ少女の容姿とはいえ何だかんだ二人のバトルアバがお互いに剣を構えているのは絵になっていた。

「……くくくっ! やはりこうで無くてはならんのう!

……その跳ねっ返り根性! 見事じゃ! 我も剣を返そう!」

 気合充分と言ったミカの様子を見てチルチルも嬉しそうにその切っ先に答え、

自らのレイピアの刃先を軍刀の先端に合わせてくる。

 お互いにギラギラと闘志を燃え上がらせる二人を余所にブルーは少々呆れていた――。

『お前ら時代劇の見過ぎ……。何かミカも最近、変にカッコつけるようになってきたなぁ……

受けは良いけどよぉ。ちょっとハズイわ……』







【ABAWORLD MINICITY 居住エリア B.L.U.Eのマイルーム】



 

 相変わらず常に夕陽の差し込む古アパートの一室といった佇まいのブルーのマイルーム。

 そこの中央で"四人"が炬燵を囲んでいた。

 しかめっ面をしている部屋主の青髪の自動人形『B.L.U.E』。

 腕を組み表情は分からないはずなのにどこか不満げな青色の大きなガラスの二つの瞳が特徴的なガイノイドの『m.moon』。

 非常に申し訳なさそうな顔をしながら俯いている灰色の軍帽に灰色の軍服を見に纏った軍人少女の『ミカ』。

 そして……――。 



「……すんげえ話しづらいんだけど。あんたいると……」

 ブルーが困ったような顔をしながら隣で座っている"金髪の少年"を見た。

 紅い帽子に紅いコートを見に纏ったその少年の姿をしたアバは

ブルーからのジトっとした目つきを向けられてもちっとも気にした様子を見せていない。

 寧ろ豪快に笑ってそれを受け流している。

「ワハハハッ! 我の事は気にせず結構じゃ! 我はただの通りすがりの吸血鬼ハンターじゃからな!

大いに頭を突き合わせて悩むが良い! さぁさぁ! 悩んだ悩んだ!」

 上機嫌でそう語る"少年"にムーンも呆れたように二つの大きな瞳を点滅させる。

「本選のための作戦会議って言う体で集まってんのに、最初に(多分)戦う相手が何で同席してんだか……」

 この金髪の少年の姿をしたアバは当然通りすがりの吸血鬼ハンターなどではない。

 先程、観衆たちを前に一芝居を打ったバトルアバ……『チルチル・桜』ご本人だった。

 あの後、想像以上の大騒ぎになってしまったあの場から撤収したブルーとミカ。

 デザイナーのムーンを呼び出して緊急作戦会議をしようと言う話になった。

 しかしいざリンクで移動しようとした瞬間――。


 ――おっと! 逃がさんぞ! ピタっとぉ!――

 ――は? あんた誰だよ!?――

 ――え? だ、誰です……ってその声はチ、チルチルさん!?――


 突如現れた金髪の少年がミカの背中に張り付き、そのまま一緒にリンク移動してくるという謎事態が発生していた。

 明らかに声はチルチル・桜の声だったが素知らぬ顔でそのアバは別人を名乗り、この作戦会議に参加してきた。

「しっかしサブアバ持ってるとは聞いた事あったけど、また生意気そうなデザインだなーあんた。

大体なんだよ、ヴァンパイアハンターって……」

「それはもう当然……不死者たちを狩り、夜を支配するモノから夜を取り返す、正義の徒じゃ! 

カッコいいじゃろう?」

「随分とまぁ……設定盛ってるわね。どうせ、ダンピール……ダンピーラ? 

まぁどっちでも良いわね。その設定もあるんでしょ? こういうのだと定番だし」

 ムーンが呆れつつもそう言うとチルチルは嬉しそうに声を上げた。

「おぉ! お主、中々粋のある知見をしているでは無いか! 

その通り、我は吸血鬼と人間の悲しき……落胤。

それ故に同胞でもある不死者を狩らねばならぬ定め……あぁ何と悲しい事じゃぁ……」

 チルチルはそう言って空へと手を伸ばし、物憂げな表情をする。

言っていることはともかく、見め麗しい金髪の少年だけあって様になっていた。

(……そもそも別人気取りならそれはそれでこの会合に混ざってるのもおかしいんですけど……。

一体何が目的なんだ……?)

 先程のパフォーマンスもそうだが、明らかにこちらを狙って行動を起こして来ている。

ブルーも同じことを思っていたのか彼へ突っ込んだ。

「大体よぉ。あんた……ウチのミカにちょっかい掛けてきた目的は何だよ。新人潰しかぁ? 趣味わりーな、おい」

こういう時、誰であろうと物怖じしないブルーの物言いは正直助かる。

 彼からの追求をチルチルは直ぐに否定した。

「おっと勘違いしては困るぞ! 我はそのような矮小な目的で子犬に近付いた訳では無いのじゃ!」

「じゃあ何が目的だよ」

「それは――目立つためじゃ! こやつ初出場の召喚タイプで本選出場! 

注目されまくっておるからな! そうなれば~我もそこに肖るのは至極当然! 

他者にこの好機を渡すくらいなら我がかっさらうわっ! ワッハハハハッ!」

 ドヤ顔でそう言い放つチルチルに三人は言葉を失っていた。

(つ、つまり……俺が目立っているからそこに便乗したと……。そんな浅ましい目的で……)

「……そういやあんた似たようなこと言ってガザニアとも戦ってたな。負けたけど」

 ブルーの言葉にチルチルはその時の事を思い出したのか嬉し気に語り出した。

「おぉ! あの子龍との闘争は今思い出しても心が躍ったぞ! 

あぁ……あの小生意気な小娘め……。出来れば我の手であやつの初花を散らしてやりたかったのう……無念じゃ」

「……ただの初物好きって事ね。あほらし……」

 ムーンもその変にいやらしい言い方に呆れていた。

(……本当にそれだけなのか……? 流石にもうちょっと何か裏に理由ありそうだけど……)

 ミカが内心疑念を抱いていると彼はせっつくように炬燵の上で掌をヒラヒラさせた。

「ほれほれ! 本選までは刻が無いのじゃ! 定命の者はただでさえ刻が少ないのじゃから!」

 チルチルに急かされブルーが溜息を吐いた。

「はぁ……やりづれー……。あー……取り合えず今回の本選出場者をまず確認すっか」

 ――ピピッ。

 ブルーが自身の右腕を撫でると電子音と共に炬燵の上へ画像が何枚も表示され始めた。

 それを見つつ、ブルーが解説を始める。

「まず決勝までは当たらねえBブロックの奴らをちゃちゃっと流すぞ――

取り合えず『デバス・ギーガー』、『紅鴉・楓』、『アーマーメイド・リズ』、『獅子王』

……正直今年はどいつが上がってくるかわかんねえなぁ。全員調子良いし、獅子王捲るヤツが出てもおかしくねぇ」

 ブルーの操作によってピックアップされた四人のバトルアバ。

 見知った顔も居れば知らない顔も居る。

 ただ知らない顔もABAWORLDに来てから何度か耳にしている名前のバトルアバたちだった。

 それだけ有名処であり、強者のバトルアバたちなのだろう。

 ブルーが画像を切り替えて、別の四人をピックアップする。

 見知った顔がズラっと並んだ。

「お次はAブロック――こっちは知り合いばっかだな。

紫紺龍の髭『ガザニア』に『ウルフ・ギャング』……そして――」

 ブルーが説明をしながら訝し気な視線をチルチルへと向ける。

 待ってましたと言わんばかりに彼はパッとその姿を変えた。

 炬燵の周りを桜吹雪が舞い散り、ミニサイズの蝙蝠がパタパタと飛び交う。

 非常に騒々しく、演出過多だった。

「そして我が最後の一人! 孤高なる吸血姫! 『チルチル・桜』!」

 桜色の髪に、赤と白のコントラストが眩しい衣装。

 少年から少女へ……派手な事大好き、目立ちたがり、どの口で夜に歩くと言っているのか分からない吸血鬼。

 彼女(?)が姿を現した。

(何かゆーり~さんに似てるなー……こういうテンションの高さは……。

いや寧ろこっちが先なのか? ある意味アイドルみたいな感じだし……)

「ワッハハハハッ! さぁ、子犬よ! 我をどう打倒する? 我をどう踏み躙る? 我に負けの味を教えて見せろ!」

 一人盛り上がるチルチルにミカとブルーはげんなりとしていた。

「打倒するための作戦を考えようとしていたんですけどね……」

「おめーが謎に参加してこなきゃ、作戦タイムだったんだけど……」

 ムーンはそんな三人を呆れつつ見据えていた。

「……ホントミカくんって"変なの"に好かれる才能あるわね」

 ――ピピッ。

「――お? 組み合わせ決まったみたいじゃない。通知来たわよ。青髪、画像出して上げなさいな」

「あぁ? ――あっ、ホントだ。今出すわ」

 ムーンからテレビのチャンネルを変える時のように命令され、ブルーがウィンドウをタッチして画像を切り替えた。

 そこに表示された画像を見ようと卓上にチルチルが身を乗り出してきた。

「おぉ! どれどれ~我と子犬はちゃんと当たっておるかぁ? おっ! 当たっておる当たっておる……クフフッ」

 そこに表示された結果を見て、彼は満足そうに笑い声をこぼした。

(白々しいなぁ……。でもどうなったんだろう組み合わせ……)

 ミカはそのワザとらしい行動に白い目を向けつつ、自身もその【トーナメント表】を覗き込んだ。

 投票によって決められたその本選初戦の相手が綴られたトーナメント表。

 名前だけではなく顔アイコンで組み合わせが表示されており、一見しただけで分かる親切な設計だった。

 やはりというかやっぱりというか……。

 自分の顔アイコンとチルチルの顔アイコンが並んでいる。

 これでチルチルとるのは確定になった。

(まぁ……あそこまで派手派手にパフォーマンスやられたら決まっちゃうよなぁ。そうなると……)

 ミカとチルチルが決まれば、Aブロックのもう一つの組み合わせは自然と……。

 目を滑らせていくとそこに狼の顔アイコンと魔女っ子の顔アイコンがあった。

「ガルガル野郎と魔女殿かぁ~このバトルはプレミアムチケ買って最前列で見に行くかな。かなり面白そうだしぃ~」

 ブルーが楽しみ気にニヤついているとチルチルが首を傾げた。

「おぉ? そこの人形。お主、子犬の案内人オペレーターじゃろうて。本選中は参加者の試合観戦はご法度じゃぞ」

「え? それマジ!? 知らねえぞそんなん!? だって本選終わるまで動画配信もねえじゃん! 見れねえじゃん!」

 驚愕するブルー。

 ミカもその言葉にツバキから貰った資料に記載されていた内容を思い出す。

(確か……公平性を期すためにとかで参加バトルアバの観戦は認められてないんだっけ。

一応ブルーさんにも見せてるんだけどなぁ、あの資料……)

 どうも真面目に目を通していなかったようで、ブルーは予想外と言った様子のまま呆然と頭を抱えていた。

「……オ、オレの一年で……最も楽しみな瞬間が……!?」

「この本選中に"隠し剣"を披露するばとるあばも多いからのう。

他の選手にその"タネ"が漏れんようにするための配慮じゃな。

もっとも……人の口に戸は立てられんからある程度は伝わってしまうがの」

「別にあたしは観戦制限されてないから見てきてあげても良いわよ。SSとか録画は出来ないけど」

 チルチルとムーンの言葉を俯きながら聞いていたブルーはゆっくり顔を上げる。

 そしてミカの方を改まった表情で見つめてきた。

「……ミカ」

「な、何ですか改まって……?」

「オペ辞めていい? 試合見に行って良い?」

「ダメです。ここまで来たら地獄まで一蓮托生してもらいますよ」

 ミカが即答するとブルーは頭を抱えて叫んだ。

「があぁぁぁあぁ!!! ちくしょぉぉぉぉ!! 知ってたらオレ、オペやらなかったぞおおお!!」

 卓上で悶えるブルーにムーンが呆れたように言う。

「配信解禁されてからなら幾らでも見られるじゃない。そっちで我慢しなさいな」

「それじゃダメなんだよぉぉぉぉ!! 生じゃなきゃヤダぁぁぁ!! あぁぁぁああオレのライフワークがぁぁあ!」

 一年で最も楽しみにしていた行事を奪われたブルーの慟哭はただただ室内に響き続けた……――。








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