(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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ペイン・キラー

第21話『BATTLE ABA BLOOD・MAIDEN EXTEND』

公開日時: 2021年9月17日(金) 00:00
更新日時: 2021年12月26日(日) 02:53
文字数:9,202



【驥丞ュ千阜 閧臥阜蜑 繧カ縺ョ豌乗酪縺ョ鬆伜沺】



 ――ドシュッ!!

「ミカ姉ちゃんッ!!」

 マキの悲鳴とも叫びとも分からない声が耳に入る。

 しかしミカはそれを気にする余裕は一切無かった。

 白いヒョロヒョロとしたアバは刃を一旦退き、跳躍するように後ろへ下がる。

 ミカはダラりと力なく下がった左腕を右腕で庇う。

 その左腕には切り裂かれた服とそこから見える赤い筋があり、そこから鮮血がゆっくりと地面へ滴り落ちた。

 向けられた刃を咄嗟に左腕で庇ったミカ。

 しかし攻撃されたことよりも別の事に驚愕していた。

(――……痛い……!! 斬られた場所がまるで現実で斬られたみたいに……!? そんな馬鹿な……!? 

ABAWORLDに痛みを感じる機能なんて無い筈なのに……!)

 斬られた左腕からジワジワと針で刺すような痛みが拡がっていくのが分かる。

 それは現実で怪我をした時と何ら変わらない。

 それに斬られた部分からゆっくりと流れ出す血液もまるで現実のようだった。

 ABAWORLDに無い筈の機能、痛覚。

 それを今、ミカは、はっきりと感じる。

(こいつらは一体何なんだ……!? 本当に人間なのか……!?)

 目の前の異形のアバたち。

 会話も行えず、コミュニケーションを取ることすら出来ない。

 無い筈の痛みを与えてくる彼らは人間性というモノを欠片も感じられなかった。

 だがNPCとも違う。

 間違いなく自分自身の意思を持っており、明確な殺意を向けてきている。

 別種の生命体……そう感じさせた。

「繧ャ縺ョ謌ヲ螢ォ縺ォ縺励※縺ッ蜍輔″縺梧が縺?↑?√??谺。縺ッ繧ェ繝ャ縺瑚。後¥縺橸シ!!」

「くっ……!」

 今度は機械蜘蛛のようなアバが動き出しその背部が発光し始める。

 ミカはその動きに危険を感じ、半ば飛び込むようにして身体ごと右方向へ跳躍した。

 機械蜘蛛型アバの背部から次々に細いピアノ線のような糸が射出されていく。

 それはミカがいた地面へ連続して突き刺さり、銀色に輝いた。

 必死に転がるようにしてその糸を避けるミカ。

 だが回避し切れずその内の一本がミカの右足のブーツを貫いた。

「グァッ!!?」

 足から刺すような痛みを感じ、ミカは叫び声を上げる。

 その激痛で動きが止まり、転がることすら出来なくなった。

 糸に貫通されたブーツには赤い染みが出来ており、継続した痛みが襲ってくる。

 そこを機械蜘蛛型のアバが再び狙った。

 下腹部から今度は白い糸がフシュッと射出され、今度はミカの身体全体へと絡みついてくる。

 粘性を持ったそれは軍服や軍帽に張り付き、手足へ絡みつく。

 地面にもくっつき、どんどん動きが制限されていった。

「い、糸がっ!? くっ! 取れない!!」

 足から感じる痛みに呻いていたミカは急いで脱出しようとしたが、痛みと混乱する頭では上手く糸を解けず、

ただただその場でじたばたと悶えるだけだった。

「謐峨∴縺溘◇?√??繧?l!」

 蜘蛛型のアバが叫ぶ。

 それに応じて白色の球体のアバが中空へと浮き上がり、ミカの方を向く。

 その表面に付いた無数の穴が一斉に発光した。

 キョアキョアキョアキョアキョアキョアキョア!!

 奇妙な音と共にその穴から無数の白い光線がミカへと放たれた。

(……ッ!! ダメだ、逃げ切れない……!)

 眼前に迫る光線へ対処するため咄嗟に身体を丸めてミカは被弾面積を減らす。

 それでも回避し切れず幾つかの光線が軍服を貫通し、肉体を貫いた。

 ミカの取った行動は今までのアババトルで得た経験から、導き出された最適とも言える行動だった。

 だがそれは飽くまでまともなバトルでの上。

 今、この異常な事態の中では、その行動に対する代償は凄まじい物となり、自らの肉体でそれを支払う事になった。

「がぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!」

(痛い! 痛い! イタイイタイイタイイタイィィィィィィ!!!!)

 身体を次々に針で貫かれるような激痛によって、ミカは悲鳴を上げながらのたうち回る。

 視界が明滅し、まともな思考が出来なくなっていく。

 少しでも痛みから逃れようとして動き回り、そのせいで更に糸が全身に絡まり、身動ぎする事すら困難になっていく。

「繧ャ縺ョ謌ヲ螢ォ縺ォ縺励※縺ッ謇九#縺溘∴縺檎┌縺?↑」

「螂エ繧峨?蜍?」ォ縺?縲?謌代i縺ョ豐ケ譁ュ繧定ェ倥▲縺ヲ縺?k縺ョ縺九b縺励l縺ェ縺???豐ケ譁ュ縺吶k縺ェ」

 攻撃を受けて悶えるミカを見ながら異形のアバたちは何か会話をしている。

(に、逃げなきゃ……殺される! い、嫌だ!! 死にたくない……!!)

 ミカはそのあまりにも現実的過ぎる痛みに恐怖した。

 間違いなくこの痛みは実際に感じている。

 そして……この痛みを受け続けた先にあるのは――間違いなく、死だ。

(死にたくない、死にたくない……! なんで俺がこんなとこで死ななきゃいけないんだ!! ふざけるなっ!! 嫌だ!! 嫌だぁぁ!! 誰か助けてくれ!! 誰か!!) 

 半狂乱になりながら糸の中藻掻く。

 しかし糸による拘束は強く、動かせる右手だけではどうにもならなかった。

 全身から感じる痛みは鈍い鈍痛へと変わっていき、傷付いた部分からジワジワと流血していく感覚もある。

 それは確かに自分の生命が削られていく感覚。

 死へと近付いていく感覚。

 現実でもここまでの重傷など経験の無いミカはその現実的過ぎる死への恐怖に震え、耐えきれず、涙さえ流した。

 嗚咽を漏らし、現実逃避でここにはいない家族へ助けを求める。

(た、たすけ……母さん、姉さ――)

 その時、誰かが迫りくる死への恐怖に打ち震えるミカの前に立った。

「マ、マキちゃん……!?」

 マキが全身を震わせながら、倒れているミカの前に立ち、両手を広げていた。

 倒れているミカを守るように彼女は異形のアバたちへ向かい合い、立ち塞がる。

「縺サ縺??ヲ窶ヲ豬∫浹閧臥コ上>縲?蟄蝉セ帙〒繧ょ酔譌上r螳医m縺?→縺吶k縺」

「邏?譎エ繧峨@縺?姶螢ォ縺?縲?謌代i繧よ噴諢上r謇輔>謌ヲ縺?∋縺阪□」

 マキの姿を見て異形のアバたちが何か会話をする。

 そして彼らは再び闘気を放ち始めた。

(こ、こいつらマキちゃんを攻撃するつもりか……!? 子供なんだぞ!! 何考えてやがるっ!! そんな事俺が――)

 自分の痛みも構わず、何とか身を起こしてマキを守ろうとするミカ。

 しかしその時、身体の奥、そこにある心臓が、仮想現実で存在し無い筈の心臓が、大きく跳ね上がった。

 ――ドクンッ……――

(――俺が……なんだ……? オレ、ガ……)

 湧き上がる奇妙な思考と共に全身から伝わる痛みが徐々に強くなっていく。

 本来ならそれだけで気絶しそうな痛み。

 しかしそれが何故か――心地良い。

 傷を受けて動かなかった筈の左腕がピクピクと動き出し、勝手に拳を握りこむ。

 自然と右腕が動き出し、今までに無い力が生み出され、身体を拘束していた糸をぶちぶちと引き千切り始めた。

 恐怖も消えず、痛みも消えず、傷も消えていない。

 だけどミカの心にあるものが生じていた。

 それは敵意。

 今までしてきたアババトルでミカが持っていなかったモノ。

 感じていなかったモノ。

 戦ってきたバトルアバたちに敬意や畏敬を抱くことはあっても明確な敵意は今まで持っていなかった。

 当然だ。彼らは"敵"などでは無かったのだから。

 初めて――目の前にいる"敵"に初めて、群れの"仲間"であるマキを害そうとする者へミカは敵意を抱き、憎悪した。

 その敵意に呼応するように、今まで無反応だった筈のシステムUIが再起動する。

 ミカの視界に【EXTEND READY?】の文字が表示された。

 普段の文字と違ってノイズが混じり擦れた明らかに異常な文字。

 しかも表示後、ゆっくりと文字が書き換えられていき、その表示は【TRANSFORM READY?】へと変貌する。

 その文字を見てミカは獣のようにを剥き出しにして笑った。

 必死にミカを守ろうとしているマキが前を向いていて、その変化に気が付かなかったのは幸運だったかもしれない。

 もしミカの表情を見ていたら目の前の異形のアバたち以上に恐怖することになっただろう。

 その表情は明らかに、ヒトのするべき表情ではなく、獲物を前にした醜悪なケモノのモノだった。

 ――群れのために、狩れ――

 ミカの脳内の何かが囁くようにこれからすべきことを教えてくる。

 口に出すべき言葉を教えてくる。

 それに促され、遂にミカは"あの言葉"を口に出そうとした。

「――……トランスフォ――……っ!?」

 バキッ! バキバキバキッ!!!

 しかしミカの言葉を中断し、突如何かを引き裂くような音が空間全体へ響いた。

「ひゃっ!?」

 マキが悲鳴を上げて頭上を見る。

 ミカも釣られて音のした方を見た。

 先程まで闇しかなかった空間に大きな亀裂が出来ている。

 そして――そこから大きな"何か"が落下してきた。

  風を切りながらそれは降下し、異形のアバたちとミカたちの間に降り立った。

「きゃぁっ!?」

「――……あっ! マキちゃん!!」

 マキがその落下によって生じた衝撃波で吹き飛ばされる。

 その悲鳴で正気に戻ったミカはハッとし、痛む全身を無理矢理動かして、その身体を両腕で何とか受け止めた。

 マキを受け止めた衝撃で全身が軋む。

「ぐっ……! 一体何が――」

 ミカは全身から感じる痛みに歯を食いしばって耐えつつ、マキの身体を抱き寄せながら、

落ちてきた物の正体を確かめようとすした。

「……これは……」

 そこにあったのは円筒形をした灰色の鋼鉄の物体だった。

 表面には大量のリベットが打ち込まれ、更に幾つもの穴が存在し、その穴から赤黒い染みが見える。

 鋼鉄の表面には一本の筋が通っており、そこが観音開きになることが伺えた。

 異様な物体。

 だがその異様さを際立たせるのは上部に備え付けられた鋼鉄のだった。

 表面に造形された女の顔。

 泣いているかのようにその片目からは赤い血の筋が走っている。

 ミカはその異形の物体に見覚えがあった。

 中世の時代に存在したという拷問器具。

 悪辣にも処女おとめの名が付けられた処刑器具。

鉄の処女アイアン・メイデン……」

 鋼鉄の処刑器具、鉄の処女アイアン・メイデン

 それがミカと敵たちの間に立ち塞がっていた。

「うっ……!?」

 その鉄の処女を見ていたミカの胸が突如としてざわつき始める。

 胸がムカムカとするような感覚に襲われ、思わずミカは俯いた。

(これは……ガザニアさんと初めて会った時の……!?)

「迢ゥ莠コ窶ヲ窶ヲ」

「鮟偵?繧カ縺ョ迢ゥ莠コ窶ヲ窶ヲ!!」

 突如、現れたその鉄の処女を見て、敵たちが明らかに動揺、興奮しているのがミカにも伝わる。

(一体……これは何なんだ……?)

 ――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ。

 まるで鞭を振るうような音が聞こえ始めた。

 それは鉄の処女の背部から飛び出した三本の鎖。

 錆び付き、血に染まったそれは鞭のようにしなりながら、敵を威嚇するように地面を削り、空を削る。

 その勢いに圧され、敵たちは警戒するように後ずさった。

(俺たちを……守っている……?)

 その鉄の処女はミカたちから敵を遠ざけているようにも思えた。

 ――ヒュンッ……カチッ。

 鎖が鉄の処女の内部へと収納されていく。

 そして――ミカに取ってアババトルで聞き慣れたあのアナウンスが鳴り響いた。

【BATTLE ABA BLOOD・MAIDEN EXTEND】

「なっ……!?」

(今……なんて言った……!? ブ、ブラッド……メイデン!? 前にブルーさんたちが言っていた……初代大会優勝者の――)

 聞き覚えのある名前に驚愕するミカを余所に、鉄の処女の観音開きの扉が軋みを上げながらゆっくりと開き始めた。

 ――ゴポッ……。

 それと同時に内部から大量の赤黒い血液が吹き出すように零れ、溢れ出す。

 それは黒い地面を汚し、穢し、拡がっていく。

「ひっ!」

 飛び散った血液がマキとミカの方まで降り懸かり、マキが身体をビクッと振るわせて悲鳴を上げ、ミカの身体を強く掴む。

 鉄の処女の中の暗闇から灰色の鋭利な手甲を纏った一本の腕が現れる。

 血濡れの装甲を纏った腕。

 その尖った装甲を纏った手が扉へギリギリと爪を喰い込ませた。

 ゆっくりと、非常にゆっくりと鉄の処女の中からそれは現れた。



 傷だらけの西洋鎧を身に纏うフルプレートの長身の騎士。

 右手には抜き身の巨大な剣を携え、ダラりと力なく下げている。

 一歩進む度にガシャッと足甲から金属音が鳴り響き、踏みしめた血溜まりから血が飛散した。

 飛び散った血はその纏ったフルプレートに付着し、弾かれ、再び、地面へと落ち新たな血溜まりを作る。

 顔は完全にフェイスプレートに覆われて、表情も性別も分からない。

 騎士は敵の方へその身体ごと向き直る。

 そのまま左手を上げ、自らの顔面へとその爪を突き立てる。

 金属を引き裂く不快な音と共に顔面の右半分を自分の手で抉り取った。

 その異様な行動にマキが声も出せずに恐怖し、ミカの手の中でガタガタと震えた。

 ミカも同じように目の前の光景が理解出来ずに動揺し、震える。

 騎士が自ら抉った顔面から真っ赤な目が露出する。

 殺意と敵意しか感じられないその瞳。

 その狂気混じりの瞳を騎士は眼前の"獲物"たちへ向けた。

「ラ、ランク1……破瓜の処女はかのおとめ『BLOOD・MAIDEN』……」

 ミカはブルーたちとの会話を思い出し、声を震わせながらその名を思わず呟いた。

 第一回チャンピオンアバ決定戦、優勝者。

 優勝後、その姿を消したという伝説のバトルアバ。

 今、ミカたちの前にいるそのバトルアバはあの映像で見せてもらったブラッドメイデンの姿、そのままだった。

「讒九∴繧搾シ√??繝、繝?′蜍輔¥縺橸シ!」

 機械蜘蛛型のアバが何かを叫びながらその騎士へ攻撃を開始する。

 背中から再びピアノ線のような糸が発射されブラッドメイデンの身体を貫こうとした。

 ブラッドメイデンは躊躇いなくその糸を左手で掴む。

 当然無事では済まず手甲を切り裂いて掴んだ部分から赤い鮮血が迸った。

 しかしそんなことを気にも止めず、そのまま糸を手繰り寄せ一気に自分の元へと引き寄せる。

「縺励∪縺」窶ヲ窶ヲ!?」

 機械蜘蛛型アバはまだ身体と繋がったままの糸に引っ張られ、引き摺られ様にしてブラッドメイデンの近くに移動させられた。

 六本の足を地面に突き立てて必死に抵抗しているが、その力が相当な物らしくその抵抗も空しい。

「迢ゥ莠コ繧?シ√??!!」

 球体型のアバが仲間を助けようとしたのかブラッドメイデンへ向かって、攻撃を始める。

 全身の穴を発光させ、光線を連続発射した。

 だがブラッドメイデンはそれを見越していたのか、引き寄せていた蜘蛛型のアバの大きな瞳へ

左手を躊躇いなく突き立て鷲掴みにする。

「縺弱c縺√=縺√=縺√≠!!」

 理解出来ない言葉で悲鳴を上げる蜘蛛型のアバ。

 しかしブラッドメイデンは意に介さず、その身体を片腕で持ち上げ、向かってくる光線への盾とした。

 放たれた光線は次々に着弾し、蜘蛛型アバの身体を貫き、破壊していく。

「讒九o縺ェ縺?°繧画?縺斐→迢ゥ莠コ繧呈カ域サ?&縺帙m縺翫♀縺翫♀!!」

 蜘蛛型アバが全身を光線で破壊されながら何かを叫ぶ。

 それに応じて球体型のアバから放たれる光線が更に数を増やした。

 ブラッドメイデンは蜘蛛型アバを盾にしたまま、剣先を持ち上げ、水平に構える。

 そして両足をすり合わせてから、一気に前方へ踏み込んだ。

 その長身からは想像も出来ないような高速の踏み込みで、球体型アバへと突撃する。

「騾溘>縺!?」

 その素早さに驚きつつも、球体型のアバは回避をしようとその翼をはためかせた。

 それを制するかのようにブラッドメイデンは一気に懐まで接近すると盾にしていた蜘蛛型アバを乱雑に球体型アバへと投げつけた。

 凄まじい衝撃音と共に二体のアバがぶつかる。

 ――ドシュッ。

 間髪入れずにブラッドメイデンは両腕で剣を構えなおすと凄まじい力でその剣を突き立て、抉り、二体纏めて串刺しにする。

 蜘蛛型アバの瞳を貫き、球体型アバの口部を貫いた。

「マ、マキちゃんっ!! 見ちゃダメだ!!」

「ひゃんッ!?」

 ミカはこれから起こる凄惨な光景を予想し、慌ててマキの視界を右手で覆った。

 二体のアバが声にならなら悲鳴を上げる。

 言葉は分からないがミカにはそれが痛みに悶える悲鳴だと理解できた。

 ブラッドメイデンはそのまま技術も何も無い力任せの動きで剣を上へ、上へと持ち上げていく。

 刃先によって強引に傷口が開かれ、切断されていった。

 刺し貫かれ、両断されていく二体のアバ。

 その傷口からは白い体液のような物が迸り、地面を汚し、ブラッドメイデンの鎧を穢していく。

 最後の一撃と言わんばかりに彼が剣を上方へと思いっ切り振り抜く。

 一気に二体のアバは両断され、激しく白い体液が周囲へ飛び散った。

 両断されたアバは金属音を立てながら地面へと落下し、転がる。

 暫くぴくぴくと動いていたがやがて動きを止めた。

「あっ……!?」

 驚くべきことに二体のアバは白い光の粒子となって消滅していく。

 それを見たミカは背筋へ冷たい物が流れるのを感じた。

(し、死んだ……? いや、殺し……た……? ブラッドメイデンさんが……この人たちを……殺した!?)

 何故かミカにはそのアバたちが"死んだ"と感じ取れた。

 そんな事、この仮想現実であり得ない筈なのに、何故かそのアバたちが本当に死んだと確信することが出来た。

 ーーガキンッ!!

「……っ!?」

 金属と金属のぶつかる音。

 ミカが消えていく二体のアバたちに注意を惹かれている内にブラッドメイデンは

最後に残った白いひょろひょろとした人型のアバと戦いを始めていた。

 白い人型のアバは両手の刃を次々と繰り出し、ブラッドメイデンの身体を切り裂こうとしていた。

 しかし彼はそれを剣を使うことすらせず、左手の手甲で弾き全ていなしていく。

 既にボロボロとなっている左手が更に傷付き、赤い血が飛び散った。

 ブラッドメイデンは相手の刃を手甲で大きく弾く。

 その勢いに圧され体勢を崩す白い人型アバ。

 次の瞬間、その穴の開いた顔へブラッドメイデンの左手が伸びた。

 そのまま首根っこを鷲掴みにする。

 ギリギリと首を締め上げながら、片腕で持ち上げていった。

「髮「縺帙▲!!縲?髮「窶補?!!」

 白い人型のアバは何か叫びながら、悶え、抵抗するように両手の刃でブラッドメイデンの腕を何度も斬りつける。

 しかし腕甲に弾かれ、刃先が滑るばかりだった。

 ブラッドメイデンが右腕に携えた剣を自らの頭上へと掲げる。

 そして一気に白い人型アバの左腕へ向けて振り下ろした。

 ――ザンッ!!

「繧「繧ャ繧ャ繧ャ繧ャ繧。繧「繧「繧「繧「??シ!!!」

 切断された白い人型アバの左腕が空を舞う。

 切断面から白い体液が吹き出し、理解出来ない言葉の絶叫が響いた。

 悶え苦しむ相手をその赤い瞳で見据えるブラッドメイデン。

 躊躇いなく振り下ろした刃を返した。

 ――ザンッ!!

 断ち切られた右腕がぼとりと地面に落ちる。

 そして切断部から零れた白い体液が地面を汚した。

 両腕を切断され、最早悲鳴を上げることも出来ずただ痙攣するだけになる白い人型アバ。

 ブラッドメイデンは抵抗が無くなったと見るや、首根っこを掴んだままその無抵抗なその身体を地面へと叩き付けた。

 何かが砕ける音が鳴り響く。

 彼はそのまま再び、腕を持ち上げ、返り血を浴びるのも構わず何度も、何度も、何度も……叩き付けた。

 砕ける音。

 引き千切れる音。

 弾ける音。

 それが何度も鳴り響く。

「うっ……」

 ミカはそのあまりの残虐さに思わず口元を裾で押さえて呻く。

 先程まで自分の命を奪おうとしていた相手とは言え、その光景はあまりにも……あまりも、酷い。

 ブラッドメイデンの行為は目を背けたくなるほど凄惨だった。

(マキちゃんに見せなくて良かった……)

 ミカが目隠しをしているせいか状況が分からず、不安そうにもぞもぞしているマキ。

 とてもじゃないがまだ解放出来そうに無かった。

 遂に動く事すらしなくなったアバ

 。ブラッドメイデンはそれを確認してからゴミのようにそれを打ち捨てた。

 それは地面へ投げ捨てられ白い体液を撒き散らしながら転がる。

 暫くして先程の二体のアバと同じように光の粒子となって消えた。

(また死んだ……本当に死んだんだ……)

 ミカにはやっぱりそれが死んだ事が何故か分かった。

 目の前で本物の死を経験し、そのおぞましさと現実感に打ち震えるミカ。

 そしてその行為を躊躇いなく行ったブラッドメイデンに……恐怖した。

(……っ痛……! 痛い……やっぱりこの痛みも本物だ……。さっきまで興奮していたから何とか誤魔化せていたけど……くっ……)

 異常な状況を見てかえって落ち着いたことでじくじくとした痛みがぶり返してくる。

 痛み以外にも本当に血液を失ったかのように頭がフラフラとしてきた。

 身体に力が入らなくなり、マキを抱き寄せていた手を離してしまう。

(ダ、ダメだ……意識が……もう……)

 ミカはそのまま崩れるようにして、バタリと地面へ倒れ込んだ。

「ミ、ミカ姉ちゃん!?」

 マキが倒れたミカへ縋りつき、心配しながらその身体を揺らした。

「うっ……うぅ……」

 既に肉体、精神共に限界を迎えつつあるミカはマキの声に答えることが出来ず、ただ呻くだけだった。

 ――ザッ。

「――ヒッ!!」

 そんな二人を覆い隠すように影が差す。

 近付いてくる者に気が付き、マキが短く悲鳴を上げた。

 ブラッドメイデンがいつの間にかマキとミカの傍まで来ている。

 彼は無言でその場に屈みこむと右手に携えた剣をミカたちの隣の地面へと突き立て、そのまま抉った。

 ――バキッ。

 何かを引き裂くような音と共に地面の闇が抉れ、二メートルくらいの亀裂が出来る。

 そこから紫色の光が漏れ出した。

 ブラッドメイデンは自らの作った亀裂を一瞥してから、立ち上がり、倒れているミカの方へ視線を向ける。

 その真紅の瞳とミカは目を合わせた。

 燃えるように真っ赤な瞳。

 何を考えているのか全く分からないその瞳。

 彼はその視線を向けながら突如ミカの身体を縋りついていたマキごと右足で蹴り飛ばした。

「ぐっ……!!」

「きゃぁっ!?」

 ミカはその衝撃で呻き声を上げ、マキは悲鳴を上げる。

 蹴り飛ばされた方向には先程、ブラッドメイデンの作った亀裂があり、二人は吸い込まれるようにそこへ落ちていった。

「――きゃぁぁぁぁあぁ!!!」

 下方へ落下していく感覚があり、マキの悲鳴がミカの耳に届く。

 しかし既に意識が朦朧としていたミカはどうする事も出来ず、落ちるに任せようとした。

 だが一緒に落下するマキの姿が微かに視界へ映る。

(ダ、ダメだまだ耐えろ――マ……マキちゃんだけでも……助けないと――)

 必死に消え入りそうな意識を覚醒させて、最後の力を振り絞り、右手を伸ばした。

 辛うじて落下しているマキの尻尾を掴み、彼女が驚き悲鳴を上げるのにも構わず、自分の方へ無理矢理引き寄せる。

 そのまま抱きかかえた。

 周囲は相変わらず闇ばかりで何も見えず、ただ落下しているという感覚だけを感じる。

(ごめん……トラさん、ブルーさん……マキちゃんに怖い目合わせて――やくそ、く……守れませんでした……)

 二人への謝罪を心の中で告げながら、マキを抱きかかえたまま、ミカの意識は今度こそ闇の中へ消えていった……――。








 






 


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