【群馬県 木の芽町 『川下PCショップ』】
――時は少々遡り……ミカVSチルチル・桜戦が始まる少し前――。
店長であるラッキー★ボーイこと『川下大吉』の経営するPCショップ兼自宅
その建物の一室を(無理矢理)借り付けた畳み張りのその部屋。
大吉から(無理矢理)接収した高性能パーツで構成されたハイエンドマシンとマルチモニターが設置され、
企業のPCルームもかくやという状態の部屋。
そこはPCから発せられる熱を可能な限り軽減するためにエアコンが全開で稼働し、騒音が鳴り響いている。
既に時刻は深夜に突入し、本来の家主も老齢から熟睡している中、一人の女性……『島本瑞樹』が胡坐を掻いて畳に座り込み、
モニターに表示されている情報や動画と睨みあっていた。
メインモニターにはバトルアバ『ミカ』の3Dモデルやその召喚物である地を走る巨大要塞や機械の犬、
更に赤い文字で『無理! 間に合わない!』と書かれた機械の鳥や空中に浮かぶ巨大要塞が映っている。
そして……サブモニターには今回の仮想敵である獅子の獣人……バトルアバ『獅子王』の今までのバトル動画が幾つも表示されていた。
前大会の決勝戦の動画、海外で行われた世界大会の動画、果ては平時に行われているアババトルの動画――。
研究と対策のため、可能な限り全ての情報を集めている。
「……どうすりゃ良いのよ、こんなの……」
瑞樹はその集まった情報を前に頭を抱えて項垂れた。
情報を精査すればするほど絶望的な状況が見えてくる。
(……あのライオン丸……。強すぎるわ……。それにあたしのデザインしたモンスターたちの相性も悪い……)
そもそもこんなに悩む羽目になった原因はあの青髪の自動人形の言葉が原因だった。
それはミカの本選が本格的に始まる前――。
――……メカ女。ちょっと相談があんだけどよ――
――何よ。妙に改まって……。キモイわね――
――ある事を頼みてえんだ。ミカに秘密でな――
――あんた、また悪い事考えてるわね――
――なぁに……ミカのためでもあるんだぜ――
――一体、何? 勿体ぶってないで早く言いなさいよ――
――仮にさ。仮にだけどよ。ミカが決勝まで進んだら多分当たるのは獅子王だと思うんだ。何だかんだ、な――
――……まぁ、仮に進んだとしたらその確率は高いでしょうね。あのライオン丸は油のってるし――
――そうなってくるとさ。対獅子王を想定して何か隠し芸が必要になる……そうオレは思うね――
――……奇襲用には黒檜の特殊砲弾シリーズがあるじゃない――
――あれもまぁ嫌いじゃないけどさ。もっと観客と獅子王ちゃんの度肝を抜く……そう言うのが欲しいぜ、オレは……――
――……新しい召喚モンスターって事? 黒檜とは別の……大召喚枠かしら――
――ケケケッ……話が早くて助かるわ。そう……決勝戦でお初お披露目する……サプライズが必要さ――
――簡単に言ってるけど、そんな直ぐに用意出来ないわよ。デルフォへの申請もあるんだから――
――だからこそ、今の内に手を打っておこうと思ったのさ。今から準備すりゃギリ本選へ間に合うだろ?――
――大体、なんでミカくんには教えないのよ。召喚モンスターにバリエあるの知ってた方が本選で戦術広がるでしょ――
――完全な奇襲にしたいんだよ、オレは……。アイツ、知ってたら絶対使っちまうからな。ただでさえ余裕ないだろうし――
――そりゃそうだろうけど……――
――頼んだぜ? "天才"デザイナーさぁん?――
――……一応、やってみるわ――
あの時、ニヤけ面であたしを誘惑したあの悪魔の言葉に応じてしまった。
瑞樹は画面から目を離すと力尽きたように後ろへ倒れ込む。
そして畳の上で悶え苦しみながら頭を抱えてのた打ち回った。
そして……(深夜なので)声も出せずに心の中で叫ぶ。
(あぁぁぁ!! 安請け合いなんてしなきゃ良かったぁぁぁ!! 無理に決まってるじゃないぃぃぃぃ!!
あたしの用意出来る召喚モンスターは大体獅子王と相性最悪だしそもそも用意自体してないのよぉぉぉぉ!!!
まさかこんなところまで来るなんて思わないじゃないぃぃぃぃ!!)
バトルアバ『ミカ』へ未実装な召喚モンスターは確かに存在する。
だが、それは飽くまで"未実装"を建前にしているだけでまだ未完成……調整も終わっていない。
当然、そんな召喚モンスターを付け焼刃で実戦投入した所で何の役にも立たない。
(ホント……憎たらしい敵だわ……あのライオン)
バトルアバ『獅子王』。
あの獅子の戦闘スタイルは恐ろしくシンプルだ。
相手からの攻撃を受け、それを返す。
ただそれだけ。
但し……その受けと返しは完璧だった。
銃弾を受けようが、剣で斬りつけられようが、必ず受け、必ず返す。
あまりにもその受け返しは完璧すぎるのだ。
本来、カウンター技はタイミングや微妙な調整の関係で連続して使用出来る技ではない。
しかし――獅子王はそのカウンター技を完璧に使いこなしていた。
相手からの攻撃を受け……その威力を数倍にして拳でお返しする。
威力の低い攻撃では楽に受けられ、大威力の攻撃では手痛いお返しが飛んでくる。
幾つもの対戦動画を見てもそれを突破出来た例は皆無。
獅子王自体は無敗のバトルアバという訳では無いが、負けた記録は大体バトルアバのお披露目会などでのプロレス。
参考にはならない。
公式記録では唯一……去年の準優勝者である紫紺龍の髭『ガザニア』がある方法を用いて突破している。
(でも……あれはとてもじゃないけどミカくんが試せる攻撃じゃないわ……。そんな装備は用意してないし……)
それにガザニアもカウンター戦法自体は突破したとは言え、有効打を与えられた訳ではない。
結局はジリ貧になり、それで最終的には敗北してしまった。
(今のあたしの持ってるリソースじゃどう頑張っても……手詰まりか)
「ファッキン……」
瑞樹は苛立ちを隠さずに放送禁止用語を口漏らしながら上半身を起こした。
再びPCのモニターへ目を向ける。
暫く操作をしていなかったので画面が暗転して暗くなっていた。
そこには深夜まで頭を悩ませていたせいで疲れ切った自分の顔が映っている。
(ひっどい顔……。シャツも汗染みだらけだし……)
八月という真夏の真っ盛りとあってエアコンを利かせても誤魔化しきれない熱気が部屋に籠っている。
そのせいで汗を掻き、それがシャツに薄汚い水玉を作っていた。
(……我ながら女捨てた姿だわ。こんな姿見られたらまたあの糞教師に何か言われそうね……。
一度、シャワーくらい浴びてくるかしら――)
「――あっ……」
そんなことを思っていてある事に思い当たる。
糞教師。
自分の中退した専門学校の担任であり、滅ぼすべきデザイナー兼バトルアバ『倉本倫太郎』。
今でも顔を思い出すだけで腸が煮えくり返る相手。
だけど――。
「……もう……これしか無い、か……」
緩慢な動きでPCに接続していた自分の電子結晶へ右手を伸ばし、それを取り外した。
接続が解除された事により、量子通信特有の発光が結晶から放たれる。
表面を親指で撫で、直接電話用の立体ウィンドウを表示する。
(……マジで焼きまわったわね、あたし……。自分からアイツを頼るなんて……)
自嘲的にそんな事を思いながら結晶を操作する。
倉本倫太郎の連絡先は連絡帳に登録されていない。
自分が専門学校を辞めた日に削除したからだ。
(……番号覚えてるのがホントに嫌になるわぁ……)
それでも記憶の中の電話番号を頼りに入力を行う。
全てを入力し終えるとウィンドウに電話機のアイコンが現れ、それが電子音を立てて相手を呼び出し始めた。
暫く呼び出し音だけが室内に響いていたが、やがてその音が途絶える。
そしてウィンドウからあの憎たらしい男の声が聞こえてきた。
≪……ミズキですか≫
「……そうよ」
瑞樹はぶっきらぼうにウィンドウへ向けて応じる。
≪あなたから私に連絡をしてくるとは中々珍しい事もあるものですね。こんな夜更けに連絡をしてくるなんて
常識があなたにあるとは思いもしませんでした。アメリカで中々真面目に学んできたようで、私は元担任として嬉しい限りです。
誇らしくもあります。私以外の教師だったら黙ってC判定を贈っていたでしょう――≫
相変わらずと言った調子の倫太郎。
瑞樹はその小言の連続にも答えずただ黙りこくっていた。
暫くして瑞樹の反応の無さに何かを察したのか倫太郎が口調を少し優し気に変えて語り掛けてくる。
≪……余程思い詰めているようですね。私も一応教職に就くものです。元生徒とは言え、多少の相談は受けますよ≫
(何時まで経っても教師面……ホント腹が立つ糞教師だわ……)
心の中で力弱く毒づくも、今は彼しか頼れる者がいない事も自覚している。
瑞樹は答えを自ら見つけられない自分に嫌気さえ感じつつ、重々しく口を開く――。
「……あんたから助言が欲しいの。あたしじゃどうにもならなくて……」
≪……助言ですか≫
「そう……。助けて欲しい……」
瑞樹はウィンドウ越しに倫太郎へ向けて事情を説明し始めた――。
≪――なるほど。事情は分かりました――≫
全てを話し終えると倫太郎はそう言って暫く黙っていた。
少しして彼は再び電話口から喋り出す。
≪まず結論から言ってしまえば私はあなたの求めるアンサーを持っています。あなたのリソースと時間を考慮した物をね。
それを実現するための手伝いもしてあげましょう。獅子王に挑むなど楽しそうですし≫
「――……っ!! なら……!!」
≪――ですか≫
思わずウィンドウへ食って掛かる瑞樹を電話口の声が制した。
≪私に手伝いと助言を頼むということは……あなたの作品であるバトルアバ『ミカ』に
不純物が混ざる――その事を理解していますよね?≫
「そ、それは……」
彼の言葉に思わずたじろぐ。
≪ここまでならあなたの独立した作品でしたが、もし協力する場合……そこにデザイナー『倉本倫太郎』の名前も刻まれる。
学生の作品ではなく、商品であるバトルアバでそれは避けられぬ事です。この意味が分かっていますか……?≫
倫太郎の言っている事は分かる。
バトルアバ『ミカ』が自分だけの作品で無くなる……事。
世界にたった一つ、一度しかない自分のデビュー作に他者の名前が入る。
それはデザイナーにとって……胸を抉られるような苦しみだ。
場合によってはまだ無名に近い自分より実績あるデザイナーの『倉本倫太郎』の名が先に映り、
自分の作品を実質的に盗られてしまうかもしれない。
それがどれほど辛いか……。
中々自分の作品が認められず、苦しんできた瑞樹に取ってそれは……想像するだけで息が苦しくなってくる。
(それでも……)
自分の作成した使い難い武器を使いこなし、癖のある兵器を扱いきってくれた彼。
必死に奮闘して大会を勝ち抜こうとする彼。
デザイナー『島本瑞樹』という名をABAWORLDに刻んでくれた彼。
彼が挑もうとしている頂きを取るためならば――この苦しみも些細な事なのかもしれない。
「……バ、バトルアバ『ミカ』が……。獅子王を倒せば……あたしの名も売れる……わ。
あんたみたいな糞教師の名前が入っても御釣りが来るくらいの名声が得られるのよ……! そ……それくらい必要経費よ!!」
自分でも強がっているなと思いながらも声を震わせつつ、電話口の"あん畜生"へ向けて言い放つ。
暫く電話口は無言だったがやがて呆れたように溜息が聞こえてきた。
≪…………相変わらず素直に人へお願いは出来ないようですね。
ただあなたが人を頼るという成長を見せたのは素直に嬉しいですよ、ミズキ――では今からそちらへ向かいます≫
「へ? い、今何時だと思って……」
≪時間が無いのでしょう? 何せ敵はあのABAWORLD最強の雄の獅子王です。これはもう入念に調整をしなければいけません。
いやはやこんな形で彼に挑むチャンスが回ってくるとは……。あなたの担任であった事をここまで誇らしく思ったことはありませんね≫
「……一応、言っておくけどあの子が勝ち抜いたらの話よ、これ」
≪それでも構いませんよ。いやぁ楽しみです。残念ながら私のデザインした方々は私も含めて全滅してしまいましたからねぇ。
獅子王に倒された方もいますしそのリベンジとしても――≫
重大な決断をした自分と対照的に倫太郎の口調は明るい。
まるでオモチャを買い与えられた子供のようにウキウキとしている。
(……そう言えばこいつってこういうヤツだったわ……。あたしの苦悩はなんだったのかしらね……)
「……大体、獅子王が上がってくるかもわかんないから捕らぬ狸の皮算用になるかもしれないわよ。水差すようで悪いけど」
≪……残念ながらそれは杞憂です。彼……オペレーター『B.L.U.E』の予想は正しい。間違いなく、"来ます"よ≫
倫太郎はそれまでの楽し気な様子から一変して電話口から冷え切った言葉を返す。
その言葉に瑞樹はウィンドウから目を離し、PCのサブモニターへ改めて目を向けた。
獅子の獣人が灼熱の炎を纏いながら敵を打ち砕く姿がそこにあった――。
【ABAWORLD デザイナーズテストルーム】
――時は今へと戻る。
決勝戦が明日に迫った早朝。
白一色の広い部屋。
デザイナーが3Dモデルのチェックやバトルアバの武装の調整を行うために用意されたその部屋。
そこの中心には軍隊のようなキャンプが設営されている。
カーキー色のタープ。
作戦会議を行うための黒板。
大量に置かれた緑色の弾薬箱。
何故か置かれている糧食の山。
野戦基地もかくやという雰囲気の中、タープの下に設置されたテーブルを囲んで数人のアバたちがそこにいた。
デザイナーの『m.moon』とバトルアバ兼デザイナーの『リンダ・ガンナーズ』。
スポンサーであり、片岡ハムの社長である『トラさん』とその友人『ラッキー★ボーイ』。
自分が戦うわけでも無いのに緊張した面持ちの白子虎『マキ』。
そして――軍刀『無銘』を杖にしながらただ静かに眼を瞑っているミカが黒板の横でパイプ椅子に座っていた。
「野郎共! これより作戦会議を始める!」
オペレーター用の衣装に身を包んだ参報気取りのブルーが景気よく声を出す。
――オー。
彼の声に応じて他の面子から少々やる気の無い声が上がる。
ムーンとリンダは徹夜明けのため疲労困憊しており、老人二人組は先日行った必勝祈願の酒盛りの酒が抜けておらず
まだ夢心地を彷徨っていた。
唯一マキだけが一人右手を力強く掲げて声を張り上げる。
「おー!」
彼らの微妙なテンションの低さを気にも留めずブルーは黒板を手で叩き、言った。
「遂に! 不遜な事に! 我らが司令官様が傲慢にも、ABAWORLD最強のバトルアバに挑む日が来た!」
黒板には満面の笑顔でダブルピースを決めている獅子王の顔写真が貼られていた。
ブルーはその顔写真を手でバンバン叩く。
「この日のために! 色々と布石を打ってきたのはお前らも周知の事実! ロビー活動! 草の根活動! フォーラムにバトルのSS掲載! 序にネット工作! 完璧な作戦だ!」
「……真っ当な布石では無いんですね」
一瞬ミカが目を瞑ったまま眉を顰めてそうぼやく。
「――そして今! それらの努力が実を結ぶ時が来た! オレの予想通り、Bブロックは獅子王が勝ち抜いてきた!
想定外にもミカはAブロックを勝ち抜いた!」
ミカの突っ込みを無視して一人盛り上がるブルー。
「だからこそ我々スタッフ一同としては出来る限りの事は全て済ませた……そうだろ、メカ女?」
そう彼が不敵な笑みを浮かべて問い掛けるとムーンは伏せていた顔を上げた。
本来ならば表情の分かりづらい機械の顔だったが、その青い目を大きく一度光らせ自信たっぷりな様子を見せる。
「……ふふふっ。あんたからの無茶ぶり叶えてやったわよ。ギリギリだったけど間に合ったわね……コココ」
愉悦と疲労で少々気持ち悪い笑い声を上げるムーン。
ミカは彼女へ向けて感謝を示した。
「本当にありがとうございます、ムーンさん。まさか……あんな隠し玉を用意していたなんて……」
そう言ってミカは懐から銀色の"笛"を取り出す。
細長い金属質の片手に収まるくらいの小さな笛。
彼女から受け取った秘中の"武装"。
言わば隠し剣というべき大事な武器だった。
それを大事そうに握るミカを見て、ムーンが景気よく高笑う。
「ワーハッハッハッハ! それで存分にあのライオン丸をいたぶってやりなさい!
このあたしが(ピー)教師に頭を下げてまで間に合わせたんだからねぇ! 結果残さなきゃ怒るわよ!」
そう言ってムーンは隣にいるリンダを肩を力強く叩く。
一応彼女にとって恩師であるその機械人は既に疲労が限界に達していたのか反応が無く、代わりに微かな寝息が聞こえていた。
「今回ばかりはオレもお前に賞賛の言葉を贈らざるを得ないね。まさかメカ教師にまで協力頼むとは思ってなかったぜ。
オーダー通り……いやそれ以上の物を用意してくれた訳だ――」
彼はそこで言葉を止めるとミカの方へ向き、素っ気なく言った。
「――ということで司令官殿。後は獅子王をぶっ倒すだけでーす。頑張って下さい」
流石のミカもそのぶん投げっぷりには黙っていられず、ブルーへ聞き返す。
「そ、そこまで色々並べて後はこっちに丸投げなんですか……?」
「そりゃなぁ。実際に戦うのはお前だし? オレがオペやるって言ったってあくまでサポート。
お前自身があの獅子の首を討ち取らなきゃ話にならねえだろうさ」
その他人事も良いとこな口調。
何時もの事なので怒るということも無かったが、その時は何となく意趣返し……と思って少し皮肉っぽく返してしまった。
「……ブルーさんもたまには戦ったらどうでしょう? 結構、楽しいですよ。切られたり殴られたり血を吸われたり……ね」
下らない意趣返しのつもりだった。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
丁度直ぐ近くにいたから分かったが――。
彼は明確にその表情に――冷たい物を見せた。
今まで見せた事の無いような表情。
碧いガラス細工の瞳を細めた鋭く刺すような目付き。
(え……)
それを見てミカは戸惑う。
まるで……敵を見るような――その視線。
これまでそれなりに一緒に過ごしてきて初めて見せた顔だった。
だが……本当にそれは一瞬だけで、直ぐに何時ものどこか軽い感じの表情へと戻る。
「無理。召喚タイプのお前と違って軍師タイプだから。後ろであれこれ言ってイキるのが精一杯」
普段通りの口調。
相変わらずアレな発言をしているブルーは何時も通りと言った様子で先程までの不穏な雰囲気は何処にもない。
(……さっきのは一体……。気のせい、か……?)
「――社長たち寝落ちしちゃってるじゃない。しょうがないご老人たちねぇ」
彼の妙な視線に首を傾げているとムーンがすっかり眠りこけているトラさんたちに気が付いていた。
ブルーがそちらへ振り向き、ミカも思考を中断して同じ方を見る。
既に二人とも目を瞑っており、両手に【睡眠中じゃ!】と書かれたプレートを持っていた。
「なんだよ。爺さんの癖に朝が弱いのか、こいつら――おーい! 爺さん! ヘッドセット付けたまま寝ると風邪引くぞ!」
ブルーが呆れた顔をしながら二人に近付き、その身体に手で触れ揺らす。
かなり強くユサユサと揺らしていたが二人は微動だにせず眠ったままだった。
「お爺ちゃんたち、ミカ姉ちゃんがあのオオカミ男さんに勝ってから毎晩お酒飲んでたから……。
大丈夫かなぁ……? マキ、今日はおウチにいるから様子見に行けない……」
何時の間にか側へ来ていたマキも心配そうに老人たちの顔を覗き込んでいる。
「どうしようもねえ、不良老人共だな。マキに心配掛けさせやがって――このこの!」
彼は遂に二人の老人へ向けてローキックを始めた。
ムーンがそんなブルーを見つつ口を開く。
「確かにこのまま寝落ちしてると年寄りの冷や水で風邪引きそうね。あたしもそろそろ一眠りしたいし、
現実に戻ってお爺ちゃんたちを叩き起こしてあげる――あんたたちは明日の決勝前だし適当に過ごしてなさい」
「……休むのも仕事の内、ですね」
ミカがそう答えるとムーンは一際嬉しそうに青い大きな目を光らせた。
「ふふっ。あんたも分かってきたじゃない」
ブルーが頭の上で腕を組みながら会話に混ざってくる。
「折角だし賭博でもしてくるかぁ?」
悪友系悪友らしく悪い遊びに誘ってきた彼の言葉にミカは思わず身を引いてしまった。
「と、賭博ぅ!? こんな時に賭け事ですかぁ!?」
「カジノエリアでイベント中なんだよ。うへへぇ~。ここで金稼いで一気に行くぜぇ~」
「い、いや私は姉さんにギャンブルだけはするなとキツク言われてて……」
「あぁん? 良いじゃん、良いじゃん~。どうせ姉貴も見てないんだからさぁ~。たっぷり楽しもうぜ、げへへ~」
下品な笑い声を上げているブルーを余所にムーンがマキへと話し掛けた。
「――虎児ちゃんはどうするかしら? お爺さんたちはあたしが見てきてあげるから心配しなくて良いわよ」
ムーンのその言葉にマキはパァっと表情を明るくしてその猫髭を揺れ動かした。
「ならもうちょっとABAWORLDやっていくー! ミカ姉ちゃんは見てないと心配だし!」
「えっ……」
元気良くそう答えるマキのその言葉にミカは思わず口元を引くつかせた。
「そうだなー。こいつ放っておくと何するかわかんねえーからなー」
ブルーまで彼女の言葉に同意してうんうんと頷いている。
自分的にはそこまで気にしていなかったがまだ子供のマキにすら色々と心配されているらしい。
確かに彼女を巻き込んで訳の分からない事態へ遭遇したこともあったが……ここまで察せられてしまうのはちょっと辛い。
「マ、マキちゃんに心配されるほど私ってアレですかね……?」
自身の言葉にその場にいた全員が黙って頷いた――。
【ABAWORLD CASINOエリア ギャンブル横丁】
様々なギャンブルが行えるCASINOエリア。
煌びやかな建物。
様々な賭博施設。
現実の豪勢なカジノを再現したその区画。
大会中……と言えど寧ろ大会中だからこそ多くのアバたちがそこにいた。
大会中には賭け金の上限が引き上げられたり、ジャックポッド率の引き上げが行われる。
更に大会出場のバトルアバの対戦結果による公式がブックメイカーとなった賭けも行われていた。
今回は大方の予想を裏切ってとある一人のバトルアバが決勝に進んだため、オッズも凄まじい事になっている。
そのため大量のゲーム内マネーが飛び交い、普段より凄まじい勢いでマネーが乱舞していた。
大金を手にする者、資産を失い道端で蹲る者、様々な人間模様ならぬアバ模様が繰り広げられ、中々に彩色鮮やかである。
そんな中――。
「すげー。あのバトルアバ幾ら稼いでんだよ……」
「……なんであの額を躊躇いも無くツッパ出来るの……」
「つーかアレ、今回の決勝に出るバトルアバじゃん。何故こんなところに……」
「あ、あいつのせいで無一文だ……! チルチル倒しやがって!」
「そりゃキミが悪いよ。全財産賭けるなんてさぁ」
大勢のアバたちが一か所に集まり、あるギャンブラーのゲームに視線を集めていた。
テーブルゲーム系のギャンブルが行える区画。
その内の一つ。
ルーレット式のゲームが開催されており、ボールが盤上の数字の上を転がっている。
そして――その卓に二人のアバと一人のバトルアバの姿があった。
「――赤に全額ベット」
灰色の軍帽と軍服に身を包んだ少女『ミカ』が自分の前にあるコインを手でテーブルの赤色のパネルへ押し出していく。
その背には勝ち金であるコインの山が山脈のように積み上がっており、それが金色に光り輝いていた。
「お、お前……! またそんなに賭けて……! もう良いだろ、これだけ稼いだなら!」
ミカの隣に座っているブルーが賭けられたコインの山を見て顔を青くする。
その金額は普通のアバにとって決して少なくないどころか多すぎる金額だった。
「……やっと楽しくなってきたんですよ。ブルーさんも一緒にどうぞ」
「なっ……!? 本気かよ……」
ミカは絶句するブルーを余所に回り始めたルーレットを静かな目付きで睨む。
「ミカ姉ちゃん、そんなにお金賭けて大丈夫なの……?」
年齢制限故に参加はしていないが隣で荒稼ぎを見ていたマキも不安げにミカへ視線を向けていた。
ミカはそんなマキへにっこりと笑い掛ける。
軍帽の鍔の下から覗き見えるその黒い瞳はギャンブル狂いの物とはまた違い、別な意味で狂気を孕ませていた。
「大丈夫ですよ。負けたら死ぬだけですから」
「……お前マジでどうしちゃったんだよ……」
ブルーは何故か明らかに普段と違う空気を纏わせているミカに困惑しつつもちゃっかり赤へと自分のコインを押し出していた。
ルーレットの上を回る金色のボールの動きがゆっくりと遅くなっていく。
そして――。
ボールが止まった瞬間、周囲のアバたちから歓声と驚嘆の声が上がった。
数字の描かれた赤いパネルの上でボールはしっかりと停止している。
――チャリチャリチャリーン!!
気持ちの良い音と共にミカの背後へ金色のコインが積み上がっていった。
山のようなコインは黄金色に輝き、周囲を明るく照らしている。
「凄いー! お金がじゃんじゃん積み上がってくよー! 兄ちゃん! これ幾らなの!?」
凄まじい量のコインを見てマキが興奮した様子で尻尾を左右に振り回す。
一方、ブルーもちゃっかり勝利のおこぼれを得てその背にコインの山を築いていた。
流石にこれ以上稼いでもしょうがないと判断したのかブルーが卓から離れつつ、ミカへ声を掛ける。
「おい、ミカ。これ以上お前のギャンブル見てると心臓が持たねえ。そろそろ止めようぜ」
ブルーがそう言うとミカは一度テーブルの方を見た。
その黒い瞳を怪しく光らせた後、あっさりと彼の言葉に同意する。
「……それもそうですね。充分楽しめましたし――マキちゃんも行きましょうか」
「うん!」
マキが頷くのを見てミカも席から立ち上がる。
「――うぉ!?」
それに合わせて背後へ山と積まれたコインが突如自分の身体に吸い込まれていく。
突然の事だったので、驚きミカは思わず身体をビクッと動かした。
横では同じようにブルーのコインも身体へ吸い込まれて回収されている。
「こ、こんな感じで回収されるんですね……ビックリした……」
「なんかすげーオーディエンス増えてんなー。人気者じゃんお前」
背後で出来ていた人だかりを見てブルーが口漏らす。
ミカも釣られてそちらへ目を向けた。
凄まじく稼いだミカを見て幾つもの羨望の目がこちらを見ている。
彼らへ向けてミカはそっと――言った。
「……この席、まだツキが残ってますよ。後、どうぞ」
『……っ!!』
その言葉を聞いて堰を切ったようにアバたちが我先にと卓へ入っていく。
そんな彼らを背にしつつ三人は卓から離れていった。
「なぁ、ミカ」
再び狂乱の始まってる卓の横でブルーが小声で話し掛けてくる。
「なんですか?」
「ツキが残ってるって……嘘だろ?」
「えぇ。あの席はもう駄目だと思います。流石に稼ぎ過ぎました」
悪びれもせずそう言い放つミカにブルーは目を細めた。
「……お前の姉貴が言っていたことは正しかったな。……もうギャンブルは止めとけ。普通のゲームにしよう」
「え? 楽しかったじゃないですか? こんなにギャンブルが楽しいなんて知らなかったですよ」
満面の笑みでそう言うミカの表情は明るくもどこか淀んでいた。
「……今後、一切ギャンブル禁止な。オレの目が光るとこでは絶対やらせねえから――恐ろしいわ、死神が見えてて……」
「はぁ……?」
ブルーの言葉に要領を得られず首を傾げるミカ。
しかしブルーの碧いガラス細工の瞳は確かにミカの首へ鎌を突き付ける黒い死神が見えていた――。
「よっし! マキは三人目の子供だよ! みんなごしゅくぎちょーだい!」
「……子沢山過ぎるぞ、マキ。爺さんは喜ぶかもしれねえけどさぁ」
「さっきからお祝いの徴収が激しすぎて全くお金が溜まりませんね……。流石にそろそろこっちもお金集めたいな」
年齢制限の無い遊戯卓で人生ゲームを三人は楽しんでいた。
PLAYエリアなどにあるゲームと似たようなスタイルであり、お金を賭けたりはせず飽くまで遊ぶだけの物。
至って平和的なゲームだった。
自分の番が来たのでサイコロを振るミカ。
投げたサイコロは卓上を転がっていく。
「そう言えば……ブルーさんってご兄弟とかいたりするんですか?」
転がるサイコロを眺めつつ、ふと横のブルーへ尋ねる。
「あぁ? いねーよ。代わりにママが三人とパパが二人いるぜ。羨ましいだろ?」
彼は盤面を見つつ、そう答えた。
「……随分と複雑そうなご家庭なんですね」
「絶賛、姉ちゃんが行方不明のお前がそれ言っちゃう?」
「――……ごもっとも――ん?」
――プルルゥ。
不意に自身の身体から通知音がしてミカはテーブルから目を離した。
自身の右腕を撫でてそこに表示されている物を見る。
メールが一通来ており、差出人を確かめようとした。
(あっ……)
「ブルーさん。ちょっと席離れていいですか?」
「あぁん? どうした? 逃げるのかぁこんにゃろー」
「ちょっとメール来てて……。プライベートな物なんです」
「ふーん。ならしょうがねえわ。でもさっさと戻って来いよ。このままじゃオレ、マキに素寒貧にされちまう」
「すみません。直ぐ戻ってきますから……」
ミカは軽く頭を下げながら卓から離れた。
そのまま周囲の騒がしい喧噪を離れ、ギャンブル区画の端っこの方へ行く。
そこは比較的静かで人影も無く、どこか寂しささえあった。
その端っこで壁の方を向く。
こうすれば文面を閲覧している時に文面をのぞき見されることも無い。
そこで改めて自身の右腕を撫でてメールウィンドウを表示した。
(母さん……)
差出人は……自分の母親からだった。
仕送りとしてまた食料品を送った旨やトラさんから貰い、それを母へ送った片岡ハムの製品の感想が書かれている。
(……良かった。美味しかったんだ……流石にあの量は食べきれなかったからなぁ……)
母親とは姉を探してこちらに来てから定期的に連絡をしている。
流石に……こんな姿になっている事は伝えていないが一応逐一姉の事で得た情報は伝えていた。
ABAWORLDというゲームをやっていた事。
そこで何かをしていたという事。
"変な"吸血鬼の友人も居たらしい事。
少しでも情報を伝えて母を安心させたかったので、出来る限りを報告はしている。
自分の娘が行方が分からないなんてゾッとしないだろう。
母の心労は相当な物だ。
(姉さんも母さんに心配掛けるなんて酷いよな……。あっ……)
そこまで考えて……自分も母には相当"負担"を掛けていた事を思い出す。
(……親不幸な姉弟だな、俺たちって……)
苦い顔をしながら母へ返信を行っていたその時――。
「――……駄犬」
背後から掛けられたその声。
思わずメールへの返信も中断して振り向く。
「ガ……ガザニア……さん?」
そこには……紫紺の魔女がいた。
トレードマークのウィッチハットをとても深く被り、自らの表情を見せないようにしている。
連絡をしてみようと思ってもずっとログアウト状態で
彼女は喧噪を背にしながら口を開いた。
「……ごめんなさい」
「え……?」
「約束……守れなかったから。一言……謝罪したかった……。あんなに大言を吐いたのに……」
絞り出すように声を震わせてガザニアはそう言った。
その言葉でミカは思い出す。
「あっ……。それは……」
準決勝で待つ。
そうメールで伝えてきていた。
しかし……それは叶わなかった。
彼女はウルフに敗れてしまったからだ。
そして……自分はそのウルフを下して決勝へと……進んだ。
ミカ自身もガザニアとの再戦を望んでいた節があったし、再び挑んでみたいと真剣に思っていた。
それは彼女も同じだったらしい。
自分との再戦を楽しみしていてくれたのだ。
その事はとても嬉しかった。
だけど……だからこそ――彼女へ掛ける言葉が……思いつかなかった。
お互いに相対したまま、重い沈黙が流れる。
自分がもっと気の利いた事を言えたら。
慰めの言葉を言えたら。
そう思っても頭の中で思考がループするだけで考えが纏まらない。
それでも今、彼女がどんな気持ちでいるかくらいは察しが付く。
多分、下手な言葉は彼女を傷付けてしまうだけだ。
ミカが逡巡しているとガザニアが先に動く。
「……すみません。敗者が勝者に声を掛けるおこがましかったですね――これで……失礼します」
彼女はそう言ってこちらへ背を向けようとした。
「あ、あの!」
慌ててその背に声を掛け、呼び止める。
「俺……! ガザニアさんに勝ったとは思ってませんから! 自分の方が上だなんて思っていませんから……!」
「……っ!」
その言葉に彼女は背を向けたまま足を止める。
「だから……! 俺が優勝したら! 獅子王さんを倒したら! 今度はそっちが挑戦者として挑んできてください!」
一方的に、彼女の反応など気にせずミカはまくし立てる。
「日本チャンピオンになった俺に! 紫紺龍の髭『ガザニア』として! 戦ってください!」
それは自分自身へ言い聞かせるように、自分自身の決意表明をするように。
「その時こそ……決着を付けよう! ……ガザニア!!」
息を荒くしながらそこまで言い切る。
彼女はこちらの一方的な言葉をただ黙って聞いていたが、その肩が少しだけ震えていた。
ガザニアはそのウィッチハットへ手を当て少しだけ鍔を上げる。
そのまま――前を向いて力強くサンダルの音をペタペタと響かせながら……立ち去って行った。
(必ず……もう一度戦いましょうね……。ガザニアさん……!)
ミカはその背を見送りつつ、心へ固く再戦を誓った……――。
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