(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第49話『よう、ちんちくりん』

公開日時: 2022年2月2日(水) 00:00
文字数:10,721



【ABAWORLD MINICITY 居住エリア ミカのマイルーム】






「……ログイン、してないか……」

 自身のフレンドリストを眺めつつ、ミカは力無く声を漏らす。

 そこにあるガザニアの名は暗く黒くなっており、不在を知らせていた。

「おぉーすげー。フォーラム荒れまくりだわ」

 沈むミカと対照的にブルーは巨大なダイオウイカのぬいぐるみにもたれ掛かってケラケラと笑っている。

 彼の見ている先にはウィンドウがあり、そこにフォーラムなどのネットコミュニティーが表示されていた。

 今回の……紫紺龍の髭『ガザニア』と『ウルフ・ギャング』の試合結果に納得いかない者たちが多かったのか、

紛糾している場所が多い。

 ブルーはそれを眺めつつどこか他人事のように呟いた。

「魔女殿は信者多かったし、逆にウルフはアンチ多かったからなー。ハハッ。

便乗荒らしも大量発生してるし、こりゃ正常化まで時間掛かりそうだ」

「……やっぱり……。ガザニアさんが負けたって言うのは皆さんにとっても驚きだったんですね」

「そりゃなー。ぶっちぎりの優勝候補だった訳だし? 正直、オレもビックリしてるぜ」

 ウィンドウを閉じながらブルーが答える。

 未だにミカ自身も彼女の敗北を信じられなかった。

 彼女と直接戦い、そして負けた事のある故にあの魔女の実力に関しては知っている。

 確かに少々鼻高々な所がある彼女だったが、バトルの際にそれを理由に相手を見くびるような事は絶対しないタイプだ。

 どんな相手だろうが、油断せずに戦い絶対的な強さを見せる――それが竜の魔女『ガザニア』だった筈。

 そんな彼女が敗れた。

 それも……"あの"ウルフに。

 ウルフとも手合せした事がある故にミカはまだ納得する事が出来ない。

 粗暴で、乱暴で、マナーがあまり良く無くて……。

 一番最初に自分が戦ったバトルアバ。

 一番最初の印象のままだと正直、強敵な感は無い。

 こちらだって幾多の戦いを経験してあの時とは違う。

 決してあの時のように圧倒される事は無いし、逃げるつもりも無い。

 だけど……あの写真撮影の時に会った彼もそれまでとはどこか違った。

 何か言い様の無い"重さ"のような雰囲気を纏っており、それが不安を煽る。

 一つ確かなのは彼は魔女に勝ったという事実のみ。

 少なくともあの時のウルフとは別人という事だ。

 ミカが額に皺を寄せながら考え込んでいるとブルーが声を掛けてくる。

「ミカ。この大会終わるまであの魔女っ子の事……――頭から追い出せ。忘れて居ない者と思え」

「――え……?」

 彼はもたれ掛かっていた巨大イカから離れるとツカツカとこちらへ歩いて近づいてくる。

「今大事なのはよ。負けた雑魚の事より目の前の敵だろうが。優先順位間違えんじゃねーよ」

「そんな言い方……!!」

 ブルーのあんまりな物言いに流石のミカも黙っていられず彼へ食って掛かった。

 だがブルーは素早く手を伸ばし、ミカの額へ向けてデコピンを繰り出す。

「――あ、痛っ!?」

 急な事だったのでよけることが出来ず、思わず額を抑える。

「痛かねーだろ、仮想現実なんだから――大体よぉ。無様に敗北したご主人様を想ってメソメソ泣いてる

場合じゃねーんだよ、オレ"たち"はさぁ。次、戦う相手はあのガザニアをぶっ倒した相手なんだぞ。

まずやるべき事はなんだ? 言ってみろや、ミカくーん?」

 ブルーはこちらの顔を覗き込みながら煽るような口調でそう言う。

 その碧いガラス細工の瞳に見つめられ、熱していた頭が少しずつ冷えていき、ミカは段々と冷静になった。

 彼の言う通り……今ここでガザニアの事を考えていてもどうしようもない。

 ログインしていない以上、連絡のしようが無い。

 リアルの彼女を知っている訳でも無いからどんな状態かも図る事が出来ない。

 だったら自分のすべきことは――。

「……ウルフさんへの対策とか……。バトルの情報を出来る限り集める事……です」

 ミカが口籠りながらそう答えるとブルーは満足げに笑みを浮かべた。

「――はい、正解。良く出来ました。大体、今あの魔女様に連絡付けたところでどうせ逆鱗に触れるだけだぜ? 

大方『駄犬、無様に負けた私を嘲笑しに来ましたか』とか何とか言われてさ。ブロックリストにぶち込まれるだけだわ」

「それは……そうですけど」

 まだ少し未練のありそうなミカに対して切り替えるように両手を叩くブルー。

「ヨシ、この話はオシマイ! 取り合えず今はあの狼野郎の生首を持ち帰る事だけに集中! もうバトルは明日だ。グダグダ言ってる暇あったらあの野郎をぶちのめして毛皮を剥いでマフラーにする方法考えろ」

「そ……そこまでするつもりはありませんけど……」

 物騒な事を言い出す彼だったが、その物騒なジョークで少しだけ気分が晴れた。

 一応これも彼なりの思いやりという奴なのかもしれない。

「――……っよし!!」

 ミカはガザニアの事を一先ず忘れるために力強く自分の頬を両手で叩いて気合を入れた――。







【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 選手控室】






 バトル当日。

 前回と同じようにミカと例のスタッフ用衣装に着替えたブルーは控室でベンチに座りながら待機をしていた。

「ウルフの野郎……アイツいつの間にか社長になってたんだな」

「しゃ、社長!? あのウルフさんが!?」

 衝撃の事実をブルーから聞かされ、驚きの声を上げるミカ。

 ブルーは眼鏡越しにウィンドウを眺めながら説明を続ける。

「ネットニュースにゃ出てなかったが、地方の広報誌には社長交代のニュースがチラっと出てたわ。

まだ正式じゃないけど父親から【ウルフ・トライブ】を引き継いだらしい」

「よ、良く調べられましたね……私もウルフさんのお父さんの事心配だったから色々調べたのに殆ど分かりませんでしたよ」

 実際、自分がネットで調べても会社の業務情報くらいしか出なかった。

 ブルーは眼鏡を指でクイっと上げて、自慢げに話す。

「ネット初心者のおめーと違ってオレは"色々"と調べ方があんのさ。しかしぼんくら息子扱いされてたアイツが社長ねぇ……。

やっぱり"元"社長が倒れただけあってゴタゴタしたみてーだな」

「そんな……。その……ウルフさんのお父さんがどうなったのかとかは……分からないんですか?」

 ミカの問いにブルーは画面を見つつ首を傾げる。

「うーん……。そこまでは流石にわからねえな。ま、こっから先は何時も通りで良いじゃん。

聞きたいことあるなら何時もの方法でウルフに直接聞くんだなっ!」

 ブルーはニヤリと笑いウィンドウを閉じる。

 ミカもその邪悪な笑みを見て、大体彼が何を言いたいのか察した。

「……ぶっとばしてから話を聞く、ですか……。良くその野蛮な発想で人を蛮族呼ばわり出来ますね……」

「あはははっ! だってそっちのが楽じゃん? お前だってこのABAWORLD来てからそれで上手くいってたんだからさー。

そろそろ慣れたろ?」

 思えば自分は相手と会話する前に取り合えずバトルという展開は多かった。

 こっちの話を聞いて貰えない時は何時だって戦ってから対話していた。

 なんなら戦いの最中に対話した事も多い。

 最近だとそれにも慣れ、頭の中で一先ずバトルしてから考えるみたいな思考に近付いていたのも確かだ。

(……俺って相手と話し合う前に闘(ヤ)りあってばかりだな……ホント……。何かABAWORLDに来てから自分でも引くくらい

好戦的になってんのかも……。これが俺の"本性"だったりするのかなぁ。ヤダなぁ……それ)

【試合開始十分前です 選手及びオペレーターはフィールドへ入場してください】

 そんな事を自嘲気味に思っていると無情なアナウンスが控室内に流れ始める。

 二人はそのアナウンスにお互いに目配せをする。

 そして控室の出口に出現したリングへ目を向けた――。








【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 観覧席】






 スポンサー用の特別観覧席『亀の間』。

 前回と同じく片岡ハムの面子が集まっており、既に試合開始を今か今かと待っていた。

 そんな中、『m.moon』が隣で座っている『ラッキー★ボーイ』へ声を掛ける。

「ねえ、店長」

「なんじゃ、ミズキちゃん」

「何か……お相手さんのスポンサー……。超大所帯じゃない?」

 ムーンの言葉にラッキー★ボーイは正面にある『鶴の間』へ目を向ける。

 同じくスポンサー用の特別観覧席がそこにはあったが、そこは前回と少し様相が違った。

「確かに……。あれ社員全員来てるレベルやな」

 そこそこ広さが確保されている筈の特別観覧席へ明らかに定員オーバーの百人近いアバが詰め掛けている。

 全員が狼モチーフの獣人タイプアバを使用しており、さながら一つの群れのようだった。

 全てのアバたちがガラス越しに片岡ハムの面子がいるスポンサー席を威嚇しており、中々に迫力がある。

 それに【ウルフ・トライブ】がファッション系スポンサーだけあって全員が各々特徴的なファッションを見つけており、

非常に華やかだった。

 白子虎のアバ、『マキ』も椅子から身を乗り出してその"トライブ"たちを見て嬉しそうに声を上げる。

「お爺ちゃん! あれってギャングだよね?! すごーい、初めて見たー!」

「……まるで抗争前やな。また勝った時の後が怖そうなスポンサーやなー」

 はしゃぐマキと対照的に『トラさん』は不安げに正面から威圧してくる狼共を見ていた。

「しかしなぁ。まさか相手があの狼男とは思わんかったわ。あれって確かミカちゃんがいっちばん最初に戦って

ボコボコにしたヤツやろ? もしかして……今回楽勝だったりするんか……?」

 トラさんがそう口漏らすと一人情報ウィンドウを見て分析をしていたムーンがそれを否定する。

「そうも行かないと思うわよ。アイツ……ガザニア倒したし。昔とは大違いと思った方が良いでしょうね。

実際バトル見てきたけどかなり強くなってるわね」

 当事者では無いため、他のバトルアバの試合観戦が許可されているムーンは

しっかりウルフとガザニアのアババトルを自らの目で見ていた。

 客観的にその戦いを分析した結果……一筋縄では行かない、というのが彼女の感想でもある。

(……一応、口伝でミカくんとブルーには"あの技"について伝えたけど……。あれって知っててもどうにかなるもんじゃ無いわよね。

まだ全貌が明らかになった訳でも無いし……。二人はどうするつもりなのかしら……)

 件の吸血鬼と同様にウルフ・ギャングも新技を用意している。

 しかし吸血鬼のあの技と違って種を明かせばどうにか出来る類の技では無かった。

 ウルフはその技でガザニアを撃破している。

 相性的な物もあったのだろうが、それは見事な方法であり、"観客を湧かせる"エンターテイメント性があった。

(発動したらミカくんが圧倒的に不利……。それにアレって"正解"が分からないのよね……)

 二人が勝とうと考えるなら発動前にウルフを撃破するのが最適解。

(でも……そう簡単には行かない。あっちだってそれを見越してパワーリソース稼ぐから……)

 出来ればデザイナーとしてウルフの技に対するアンサーを教えてやりたかったが、どうしても自分には分からなかったのだ。

(ホント……特殊過ぎるわ、あの技……【ウルフ・メン・クラブ】は……)

 ムーンの不安を余所に眼下のバトルフィールドには二人のバトルアバが歩み進み始めていた――。







【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム バトルフィールド】






「よう、ちんちくりん」

 フィールドへ進んだミカへ声が掛けられる。

 耳障りで、威圧的で、獣染みた声。

「……ウルフさん……」

 振り返るとそこに狼男が"一匹"いた。

 こちらが小柄とは言えそれに影を落とす巨体。

 チクチクと痛そうな濃い灰色の毛皮。

 耳元まで大きく裂けた口。

 そこから垣間見える太い牙。

 獰猛そうな姿に反しておしゃれな赤い服とジーパン。

 バトルアバ『ウルフ・ギャング』。

 既に周囲からは大歓声がバトルフィールへ届いており、その轟音が二匹を包んでいた。

 ウルフはその釣り上がった黄色い瞳でミカを見据える。

 その視線には今までの粗雑さは欠片も無く、ただ静かで落ち着いていた。

 それが逆に底知れなさを醸し出しており、自然と息が詰まるような気分になってくる。

 お互いに暫く何も言わずに見つめ合っていたが先に口火を切ったのはウルフだった。

「……親父は、無事だ」

「……っ!! そうですか……!」

 突然のその告白に驚きながらも安堵の表情を浮かべるミカ。

 それを見つつ彼は続けた。

「暫く入院は必要だったけど、少なくとも今すぐどうにかなるって訳じゃねぇ。病院のベッドで割と元気にしてる……」

「良かった……。本当に良かったです……」

(そうか……心配無かったんだ……。俺みたいにならなくて済んだんだ……)

 自分のように……。

 手遅れずにならずに済んだ。

 それだけで嬉しかった。

 気が付けば周囲の大歓声は消え去り、ミカとウルフの声だけがフィールドで響く。

 自分の事のように喜ぶミカにウルフはその目を細める。

「……一応……これだけはケジメとして伝えたぜ。だからここからは――」

『投票によりバトルフィールドが選出されました 【死火山跡地】 が マップ配置されます……』

 アナウンスが流れ周囲の光景が様変わりしていく。

≪……観客も粋な計らいしてくれるじゃん≫

 それまで静かに黙っていたブルーがボソっと漏らす。

 別の惑星のように荒廃した赤茶けた大地。

 幾つもの死んだ石柱が立ち並ぶ死の大地。

 周囲の火山から漏れ出す熱気が、仮想現実だというのに肌を焦がす。

 見覚えのある光景。

 自分にとって戦いの始まりとなった場所。

 ある意味、スタート地点と言うべきマップだった。

 火山の紅い炎に照らされてながらバトルアバ『ウルフ・ギャング』は黄色い瞳から獰猛な光を放った。

「――ここからは……! 気兼ねする事なくてめーを……! ぶちのめしてやるっ!! 

さぁ来やがれぇぇぇ!! ちんちくりんー!! ガァルルルルルル!!」

 獣染みた雄たけびと共に狼は全身の筋肉をバンプアップさせていく。

 ミカもその咆哮に身構え、一気に意識を戦闘態勢へと覚醒させていった。

【EXTEND READY?】

 視界にエクステンドを促すガイドウィンドウが出現する。

 通信越しにブルーが檄を入れてきた。

≪ミカ! お話タイムは終わりだ! 前と同じように……吠え面掻かせてやろうぜ!≫

「了解! ――エクステンド!!」

「ウォォォォォン!! エクステンドォォォォ!」

【BATTLE ABA MIKA EXTEND】

【BATTLE ABA WOLFGANG EXTEND】

『タクティカルグローブ、セット――タクティカルイヤー、セット――タクティカルシッポ、セット――』

 ミカはしっかりとブーツで大地を踏み締め、右手を上げて変身を遂げていく。


 ――うわぁっ! こ、これは……!?――

 

 天に掲げた右手へ厚手の茶色い軍用グローブが装着され、左手にも同じく装備される。


 ――……えぇぇ!? なんか、何か生えてるぅ!? 何か頭に生えてる気がするぅ!!――

 

 軍帽から突き出した灰色の犬耳は元気良く、ピンと天を指す。

 

 ――え――うぇえ!? なんじゃこりゃああああ!?――


 スカート部を貫通するように灰色の尻尾が飛び出し、それが自身の高揚した精神と連動して右や左にパタパタと揺れ動く。

 初めての時と同じようにミカはその姿を変貌させた。

 だが……初めてのエクステンドと違い、自らの変身に対しても動揺することない。

 エクステンドを終えたミカは臨戦態勢へと入り、自らの眼前にいる倒すべき相手を見据えた。

 正面ではウルフが虚空から青い帽子を受け取りそれを自らの右耳へとそっと掛けている。

 お互いにエクステンドを終え、二人のバトルアバは相対した。

 黄色い瞳と黒色の瞳を合わせ、ただ静かにその時を待つ。

 そして――時は来た。



『EXTEND OK BATTLE――START!』

 両者のエクステンドを確認しアナウンスが死んだ大地に鳴り響く。

≪ミカ! 速攻行くぞっ!!≫

「――っ!! 【武装召喚】! 【三式六号歩兵銃】!!」

 ブルーの声に応じ、ミカは素早く武装を呼び出す。

 両手に光の粒子が集まり、それが武器を形作り始める。

 ミカは武器が完全に形になるのを待たずに構え、アイアンサイトを覗き込んだ。

 ――ガァンッ!!

 武器が完成するのと同時に放たれた銃弾が正面のウルフへと迫る。

「――わりぃが……まともに相手するつもりはねえぞぉ!!」

 ウルフはその巨体を翻し、素早く近場の岩場へと身を隠した。

 そのまま予想外な事にかなりの速度でミカの近くから離れていく。

 あの好戦的なウルフにしてはかなり後ろ向きな戦法にミカは銃のレバーを操作してリロードを行いながら声を上げた。

「――逃げた!?」

 通信越しにブルーの舌打ちが聞こえてくる。

≪……ちっ。あのメカ女が言ってた"例の技"狙いだな、ありゃ。パワーリソース稼ぐまで逃げ狼戦法か≫

「……だったらこっちから追うまでです! 【武装召喚】! 来い! 防御軍刀【無銘】!」

 ミカはブルーの言葉に応じながら軍刀を呼び出す。

 素早く腰のホルダーへ納め、再び銃を構えると駆け出した。

 逃亡を図ったウルフの後を猟犬のように追っていく。

≪間違いなく、トラップ仕掛けてるぜ? それでも行くか?≫

「罠上等! 今更それを恐れていて勝てるとも思いませんよ!」

 ミカは力強く答えながら赤茶けた大地を駆ける。

 警戒するように世話しなく視線を周囲へ向け、ウルフの姿を探した。

 幾つもの石柱が立ち並び、視界を遮る。

 その間を通り抜け、ミカが駆け抜けていたその時――。

 ――ジジッ。

 犬耳が至近距離から"異音"を捉えた。

「――っ!!」

 咄嗟にミカは伏せる。

 ミカの行動とほぼ同時に直ぐ横にあった石柱の裏へ貼り付けるように設置されていた"ダイナマイト"の導火線が燃え尽き、内部の火薬が炸裂した。

 ――どぉぉぉんっ!!

 激しい炸裂音と共に石柱が砕け散り、辺りに破片と煙が撒き散らされていく。

 ミカは背中を通り過ぎていく爆発の衝撃とコツコツと当たる破片に怯みながらも歩兵銃を伏せたまま構える。

(――……"居る"!!)

 爆発音の中、犬耳が微かに歩行音を捉え、敵の位置をある程度把握した。

 伏せを維持したまま身体を匍匐前進の要領でその方向へ向け、銃口を向ける。

 ――ガァンッ!!

 躊躇いなく引き金を引き、銃弾が周囲を漂う粉塵を貫き吸い込まれていく。

 そのまま暫く反応が無かったが直ぐに"返答"が来た。

 何発もの赤い光弾が銃撃を行った方向から放たれる。

「くっ!!」

 そのお返しと言わんばかりの攻撃をミカは銃を胸に抱えた状態でゴロゴロと地面を転がって避けた。

 直ぐ傍を銃弾が通り過ぎ、ヒュンヒュンと音がする。

 ミカはそのまま転がった勢いで近場の岩場へと身を隠した。

 それでも銃撃は止まず、何発もの銃弾が隠れている岩へと当たり、破片が飛んでくる。

 身体を起こして身を縮めながらその弾幕から身体を守りつつ、歩兵銃へ装填を行っているとブルーから通信が来た。

≪このままここに居ても埒が明かねえぞ。何時仕掛ける?≫

「今すぐにで――っ!!!!」

 ――コロコロ……。

 ミカの足元に細い筒状の物体が転がってくる。

 茶色の筒のような物。

 筒の先端からは細い導火線が伸び、それがゆっくりと燃え尽きようとしていた。

 それがダイナマイトと理解するのに時間は要らなかった。

(逃げ――いや間に合わない!! ――斬る!)

 逃亡の時間は無いと即座に判断し、歩兵銃を手放すとバトルアバの運動能力を全開まで発揮して腰の軍刀『無銘』の柄に手を掛ける。

 ――ザンッ!!

 抜刀術の要領で高速の一閃を行い、ダイナマイトの先端の導火線を斬り飛ばした。

 火元を失ったダイナマイトは爆発せず、地面をただ転がっていく。

(で、出来た……! 俺今、剣豪みたいだぞ……!)

 自分でも成功した事に驚いていると通信越しにでブルーが拍手してくる。

≪お見事! でも――お代わり来てるぞ≫

「……へ? げぇっ!?」

 ――ヒューンッ、ヒューンッ。

 次々にどこからかダイナマイトがこちらに向かって投げ込まれてくる。

≪こりゃ全部斬るのは無理だな≫

「んなこと分ってます!」

 ミカは足元に転がっていた歩兵銃をブーツのつま先に引っ掛けて掬い上げる。

 それを左手で掴むと素早く岩場から飛び出す。

 一瞬後にダイナマイトが連続して爆裂し、激しい衝撃と爆風がミカの背中を襲った。

「――ぐっ!?」

 直撃を避けたがそれでもノーダメージという訳には行かず、視界にヘルス減少を知らせるウィンドウが表示される。

 それでも右手に軍刀【無銘】を左手に【三式六号歩兵銃】を持ち、何とかその場から逃げ出した。

 ブーツで死んだ大地を蹴り、スカートが翻るのも気にせず全力で駆ける。

 ウルフの姿を探し、走りながら周囲を見渡していると何と彼は前方の石柱から姿を現した。

 それと同時に煽るようなウルフの声もこちらへ届く。

「ちんちくりんー!! オレ様を追い掛けるんじゃ無かったのかぁ!! こっちは逃げも隠れもしねえぞっ!! パワーリソース投入! 【孤狼の密輸業者ウルフ・スマグラー】!」

 彼の声と共に幾つもの錆びた巨大コンテナがその背後から出現した。

 コンテナの観音開きの扉が開き、そこから大量の"密輸品"が零れ出す。

 様々な銃や高そうな酒。

 それらが地面へと転がっていき、乱雑に広がる。

「ガァアルルッ!! やっぱりギャングと言えばこいつだよなぁ!!」

 ウルフはその溢れるご禁制品から一丁の銃を拾い上げた。

 木製のストックに特徴的な丸いマガジン。

 彼はその機関銃を構え、こちらへ向かって狙いを付ける。

「――っ! パワーリソース投入! 召喚――!」

 ミカは銃口が向けられるのも意に介せず、足を止めないで叫ぶ。

 自身の後ろに機械仕掛けの魔法陣が出現した。

 そこから溢れ出した白く濃い水蒸気がミカの身体を包み覆い隠す。

「それで隠れたつもりかぁ!! ちんちくりんぅぅぅぅ!!」

 ウルフは水蒸気を煙幕代わりにして突撃を敢行してくるミカに対して躊躇いなく引き金を引いた。

 ――バッバッバッバ!!

 銃口から次々に鉛弾が吐き出され、その度に排莢された空薬莢が周囲に飛び散っていく。

 地面に落ちた薬莢がカラカラと音を立てた。

 撃ち出された銃弾は展開された水蒸気の固まりへと突き刺さっていき、軽い穴を穿つ。

 ――……ザッ。

 未だ射撃を続けているウルフの横。

 近くの石柱の後ろから静かに一つの人影が迫った。

 その影は一気に飛び出すとウルフへ向かって突撃する。

 人影の正体は水蒸気に紛れ回り込んだミカだった。

「――チェェェェストォォォォォ!!」

 気合の声と共に犬耳と尻尾を躍動させ、そして軍服ワンピースのスカートが翻って色々見えているのにも構わず斬りかかる。

「――ちんちく――」

 真横からの奇襲に流石のウルフもその黄色い瞳を大きくした。

 軍刀【無銘】を上段に構え、一気にその銀色の刀身でウルフの身体ごと一刀両断しようとするミカ。

 だが――。

 ウルフは耳まで裂けた口を歪ませてニヤリと笑う。

 素早く機関銃を手放すと肉薄してきたミカに突如毛むくじゃらの左手を向けた。

 ――パァンッ!

 軽い発砲音と共にその手から発砲炎が立ち昇る。

 ――ミカの胸部を一発の"凶弾"が貫いた。

 衝撃と共に身体を仰け反らせてミカが地面に転がる。

 ウルフの左手にはその大きな手に隠れるくらい小型の金色の拳銃が握られており、その銃口から白い煙が立ち昇っていた。



 不釣り合いなほど小さいその銃を構え、ウルフは静かに佇む。

 不敵な笑みを浮かべ、してやったりと言った様子だった。

≪こいつ! サブアーム隠し持ってやがったのか!? 何時の間に!?≫

「――ぐぅ……!!」

 通信越しにブルーの驚きの声が届く。

 胸に弾丸の直撃を受け、ミカは倒れたまま呻いた。

(くそっ!! た、立てない!!)

 ダメージによって身体の動きが鈍り、起き上がる事が出来ない。

 倒れ伏したままのミカをウルフは近付かずに見据え、ゆっくりと先程地面へ落とした機関銃を拾った。

「終わりだ、ちんちくりん」

 その銃口をゆっくりとミカへと向け始める。

 ミカは顔だけ上げて叫んだ。

「――浅間ァ!」

 ――ウォォォォォン!!

 どこからか遠吠えがフィールドへ届く。

 それと同時に鋼鉄の爪が地面を抉りながら駆け抜けてくる音が聞こえた。

『バウッ!!』

 射撃体勢に入っていたウルフへ向かって機械仕掛けの軍用犬【浅間】が飛び掛かった。

 前足に備え付けられた金属の鋭い爪を繰り出し、主の敵を引き倒そうとする。

「――っちぃ!!」

 ウルフは舌打ちしながら機関銃でその爪撃を受け止めた。

 鋭い爪が機関銃の銃身へ食い込み、その機構を破壊していく。

 浅間はその橙色のカメラアイを発光させながら、アギトを開き鋼鉄の牙でウルフを食い破ろうと何度も噛みついていた。

≪ミカ! 行けるか!?≫

「……い……行けます……!!」

 軍用犬に時間を稼がせている間にミカは何とか身体を起こし、立ち上がる。

 手に持っていた筈の軍刀【無銘】は手放してしまったらしく、近くに見当たらない。

(無銘が……無い。なら……!!)

 未だ揉み合っているウルフと浅間を視界の端に納めつつ、背中にマウントしていた三式六号歩兵銃を引っ張り出す。

 既に銃弾が込められた小銃を構え、立ったままアイアンサイトを覗き込む。

 ウルフと浅間は激しい攻防を続けており、左右に激しく揺れ動いていた。

 狙いが付けにくく、照準が定まらない。

 そんな時、ふとあの老婆のバトルアバ『高森志津恵』の言葉が思い起こされた――。


 

 ――嬢ちゃん。銃を撃つ時に大事な事はなんだい?――

 ――え? ちゃんと狙って撃つ……とかですか?――

 ――それも大事だけどもっと大事な事があるさね――

 ――それは一体……?――

 ――ヒヒヒッ……。"アレ"を込めるのさ。刀を振る時と同じように……銃も同じように……――

 ――……でもアババトルはリアルと言えそこまでしなくても……これはゲームなんですよ――

 ――クククッ。老人からしたらゲームとは言え相手に銃向けるなんて正気の沙汰じゃないねぇ――

 ――……ごもっとも……―― 

 ――覚悟の無いへなちょこ弾なんて当たらんよ、本気で当てるなら……込めな――



 ミカは彼女の言葉を思い出しながら、アイアンサイトを再び覗き込む。

 刀を奮う時と同じように、相手を"殺す"という事を意識した。

(……仮想現実とは言え相手を斬るっていうのは相手を殺す事だ。それと同じに銃を撃つのもそうだ。

ゲームとは言え俺は誰かに銃口を向けているんだ……。それから目を逸らしちゃ――ダメだ)

 ――ミカはウルフへ……倒すべき"敵"へ――明確な"殺意"を銃弾へ込める。

 確実に殺すため、狙うべき場所は一つ。

 覗き込んだアイアンサイトにウルフの大きい頭部が映る。

 ウルフが丁度浅間を押し返し、機関銃を向けようとしたその瞬間。

 ミカは躊躇わず――引き金を引いた。

 ――ガァンッ!!

 発射炎と共に銃口から吐き出された銃弾は真っすぐ突き進む。

 狙い違わず銃弾はウルフの側頭部を貫いた……――。








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