(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
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第40話『無事アルメリアは倒産してしまいました』

公開日時: 2021年11月29日(月) 00:00
更新日時: 2021年12月28日(火) 01:15
文字数:12,883



【埼玉県 大宮 『焼肉牛牛詰 大宮店』】





 所々から談笑が聞こえてくる店内。

 中の様子が見えないようになっている個室が立ち並び、他の席の様子を窺う事は出来ない。

 その内の個室の一つ。

 奥まった場所にある個室に二人の男性の姿があった。

 一人はミカ改め板寺三河イタデラソウゴ

 家族間で長年焼肉奉行として鍛えた手腕を発揮し、網の上に乗った肉をトングでひっくり返しながら、

焼けた肉を相手の皿へと置いていく。

「いやはや……お恥ずかしい限り。新人のソウゴ君だけが本選出場と情けない結果になってしまいました」

 そう言って面目なさそうにしながらビールの入ったジョッキを呷る落ち着いた雰囲気の男性。

 彼は倉本倫太郎クラモトリンタロウ

 バトルアバ『リンダ・ガンナーズ』の使用者であり、デザイナーでもある。

 今日は彼に誘われてこうしてお食事会へと招かれていた。

 何でも毎年、大会中にこうやってバトルアバの知り合いと集まって飲み会をするのが定例になっているらしい。

 まさかの現実リアルでのお食事会だったため、当初は躊躇いもあった。

 ただ誘って貰った好意を無下にするのも良くないと思い、了承した……。

 倉本倫太郎への第一印象は――何というか予想通りだった。

 本当に教師をしているだけあって柔らかい物腰。

 落ち着いた口調。

 ABAWORLDでの特異な見た目と違って優し気な男性。

 それが彼への印象だった。

 ソウゴは肉を焼く手を一旦止める。

「倉本さん、負けちゃったんですか……残念でしたね」

「はい。バトルアバ『カエデ』に負けてしまいました。彼女は本当にお強いです、ハハハッ」

 負けたとは言えそこまでショックを受けた様子を見せずに軽く倫太郎は笑う。

 一方ソウゴは少々伏し目がちに彼から目を逸らしていた。

(……ムーン――いやミズキさんからの直接電話で、知っていたとは言えない……)


 ――あのクソ教師! 負けたわ! ざまあみろ! アッハッハッハ! あたしが上であいつが下だぁ!!――


「これでは瑞樹から笑われてしまいますね。私としても本選まで足を運びたかったのですがねぇ」

(大爆笑してたよ……)

 ソウゴが内心俯いてると彼は少し調子を変えて口を開いた。

「それにしても――今年は豊作な年ですね」

「え?」

 ソウゴが聞き返すと倫太郎は言葉を続けた。

二人も初参加の新人が本選へ出場しましたから。去年はバトルアバ・ガザニアのみ、

一昨年に至っては新人の予選突破者はゼロ人でした」

(二人……)

 一人は自分。

 そしてもう一人は……。

「バトルアバ・ミカにバトルアバ・ウルフギャング……どちらも前評判を覆しての本選出場ですからね。

界隈も盛り上がっているようです」

 ソウゴもウルフが本選へ進出したことは知っていた。

 二回戦終わった後に、ブルーが教えてくれたからだ。

 何でもかなり下馬評を覆した結果だったらしく、軽い騒ぎになっていたらしい。

 フォーラムの事に詳しくない自分にはどうにも騒ぎの実情が分からないので後で調べようとは思っていたのだが……。

「やっぱり初参加だと予選突破は難しいんでしょうか?」

 ソウゴが尋ねると彼は持っていたジョッキを置き、右手の指をピンと立てる。

 その動きはどことなく講義をする時の先生のようだった。

「難しいですねぇ。ソウゴ君の場合は私との経験がありましたが、普通は大会が初めてのゲリラバトルとなることが殆どです。

大体、戸惑っている内に狩られます」

「なるほど……」 

「ですが……」

 そこで倫太郎は一度言葉を区切る。

 妙に遠くを見るような、何か懐かしむような表情をした。

「あなた方のように本選へ出場する新人が増えているという事はバトルアバも血の入れ替わりが起きている……。

そういう事でしょうね」

 彼は箸で自分の皿の肉を幾つか掴むとタレを軽く付けて、口に運ぶ。

 しっかりと噛んでから飲み込むと話を続けた。

「所謂【強暴なる八人】が一人を除いて大会へ出場してた頃は新人の予選突破は本当に絶望的でしたから」

 【強暴なる八人】

 このABAWORLDで時折耳にする過去の強者たち。

 ソウゴもブルーや556ゴゴローから話を聞いて知っている。

「凄い強いバトルアバさんたち……ですよね」

「はい。彼らはあまりにも強すぎた――かく言う私も大会初参加の時、バトルアバ・高森志津恵タカモリシヅエに完膚なきまでに敗北しました。

あぁ恐ろしい……」

 当時を思い出したのか大げさな身振りで身体を震わせる倫太郎。

 冗談めかして言っているが志津恵に鍛えられたソウゴとしてはあながち冗談とは思えなかった。

(……お婆ちゃん容赦ないもんなぁ……)

「ただ……彼らの殆どは引退済み……。"八人"で残るはバトルアバ・チルチル・桜のみとなってしまいました。

時の流れを感じずにはいられませんね」

 しみじみとそう語る倫太郎。

 彼の語りには少し寂し気な物がある。

 ソウゴ自身は飽くまで今のABAWORLDしか知らないが彼にとっては変化を感じざるを得ないのだろう。

(オレの知らないABAWORLDか……どんな人たちだったんだろうな、お婆ちゃん以外の七人って……――あっ)

 そう言えば――ソウゴはもう一人、その八人の内の一人と会っている事を思い出した。

 あの血に塗れた騎士。

 破瓜の処女はかのおとめ『BLOOD・MAIDEN』……。

 自分とマキをあの不思議な空間で、不思議な者たちから助けてくれたバトルアバ。

(確か……彼は第一回の大会にしか参加していないんだっけ……。

あれからツバキさんから続報も無いし――倫太郎さん彼について何か知っていたりしないかな?)

「あの……倉本さん。第一回の大会優勝者――」

 ――キィ・・・・・。

 ソウゴは彼へあの"騎士"について尋ねようとした。

 しかしそれを遮るように個室の扉を開き、大柄な若い男性が入ってきた。

「――倉さん~混ぜて~」

「おや、信二君もお仕事終わりましたか。私の隣へどうぞ」

 彼を見て倫太郎が嬉しそうな表情を見せる。

 少し座席を移動して彼のスペースを開け始めた。

 大柄な若い男性はその巨体を頑張って縮こませながらそこへ座り込む。

 彼は真壁信二マカベシンジ

 この【焼肉牛牛詰ヤキニクギュウギュウヅメ】の店長であり、バトルアバ『牛戦鬼ギュウセンキ』の使用者だった。

 牛戦鬼はどこか年を感じさせる喋り方だったが、現実リアルの彼は見た目通りと言った軽いモノを感じさせる。

「今日は暇だと思ってたんですけどねー。思ったよりお客さん来ちゃって……困った困った――

あっ! ソウゴ君も待たせて悪かったね」

 信二はソウゴの方を向くと軽く頭を下げてくる。

 彼の謝罪にソウゴも遠慮しながら答えた。

「構いませんよ。今日は時間一杯ありますから」

「その代わり今日は一杯食べて飲んでいいからさー。あっ! 未成年だから飲みは不味いか!

 ソフトドリンクで我慢してくれよ! これで頼めるからさ!」

 彼はそう言ってソウゴの方へタッチパッドを手渡してきた。

 それをソウゴが受け取るのを見つつ、倫太郎が揶揄うように口漏らす。

「信二君も情けなく一回戦負けしてしまいましたからね。きっと皆、慰めに来てくれたのでしょう」

「たはー。それ言われちゃうとキツイっすね――って! 倉さんも二回戦で負けてるじゃないですか!

 人の事あんま言えんでしょ!」

「あぁそうでした。なら私もお仲間ですね、ハハハッ!」

 かなり気の知れた仲らしく二人は軽い冗談を言って笑い合っている。

 ソウゴはそんな彼らを横目で見つつ、タッチパッドを使って飲み物を頼んだ。

『ゴチュウモンノシナオモチシマシタゼー』

 直ぐにドローンが扉を開けて入ってきた。

 トレーに赤紫色のドリンクが入っており、ソウゴはそれを受け取り軽く礼を言う。

「ありがとう」

『ゴユックリー』

「ソウゴ君、その……不気味な色の飲み物は何ですか?」

 倫太郎が少々訝し気な表情でソウゴが手に取った飲み物を見ている。

「え? ドクダミジュースですよ。好きなんです。家でも良く飲んでて……」

 そう言ってソウゴは一口、ドリンクを飲んだ。

 粘性のある液体が口の中に広がった。

 ハーブを思わせる独特な風味と程よい甘味、更に舌を焦がすような辛味と苦味があり、味に不思議なハーモニーが生まれる。

(美味しい……)

 ご満悦な表情を浮かべているソウゴを余所に二人は眉を顰めていた。

 信二が変な物を見るような目をしつつ口を開く。

「それ……頼んでるお客さん、初めて見たよ――しかし"あの"バトルアバ『ミカ』がソウゴ君みたいな青年とはなー」

「そ、そんなに意外でしたか……?」

 ソウゴの言葉に信二は右手を上げてパタパタと振った。

「いや意外どころか倉さんから聞いてぶったまげたよ。だってABAWORLDだと完全に女の子の声だったし」

 同意するように倫太郎も軽く中空を眺めて呟く。

「バトルアバ・ミカは完璧な変声機能が搭載されていますからね。

私もミズキから話を聞いた時は半信半疑でしたが……こうして使用者を見せられると――」

 信二と倫太郎の二人はソウゴの方を一緒に見つめてくる。

 ソウゴは少々その視線に狼狽えた。

 ブルーと最初に出会った時も聞かされたがあの声が変わる機能。

 どうも相当珍しい物らしい。

「……声変わるのって、そんなに凄いんですか……? ボイスチェンジャーとかでどうにでもなるんじゃ……?」

 ソウゴの言葉を倫太郎は首を横に振って否定する。

「確かにそういう機器を使えば元の声から変調するだけならば可能です。

ですが……"完璧に"別人の声になることは今の技術では難しいのですよ」

「ABAWORLDっていうか今のネット関係ってネカマネナベやりづらいっすからねー。

ガワだけ変えて声は開き直ってそのままってのが主流だから」

※ネカマネナベ ネット上で性別を偽る者たちの総称。

 網にトングで肉を乗せながら信二が言った。

「昔と違ってテキストだけの交流ではなく、VCボイスチャットが基本ですからね。更に量子通信のお陰で音質が格段に上がったせいで

どうしても"アラ"が分かりやすくなってしまいます……その肉を私にサーブしていただけると嬉しいですね信二君」

※VC ボイスチャット ネット上でリアルタイムで音声を使って会話する機能。

 倫太郎がそう言って指で指し示した肉を見て、信二が少しだけ戸惑う。

「え……ちょっと焦げてますよ、これ? 良いんすか?」

「ホルモンはこれくらい焼いた方が美味しいんです」

「はぁ……? まぁ生焼けよりは確かに良いっすね。肉はちゃんと焼かねえとやっぱりダメっすよ」

 そんなやり取りをしている二人を余所に、ソウゴは次々飛び出す聞き覚えの無い単語に少々脳みそをショートさせていた。

(ネカマとかネナベって一体なんだ……? ご飯の事か……?)

 多少、ネットに詳しくなったとは言えまだまだソウゴのネット知識は浅い。まさかそこまでネット音痴だという事を知らない二人だったが、流石に?マークを浮かべているソウゴの表情に気が付いたのか倫太郎が教師らしく話を纏める。

「纏めると――ソウゴ君が本気で女の子のフリをしていたら、判別が不可能ってことですよ。

だからあんまりいたいけな少年少女を誘惑しないで下さいね」

「全然纏まっていないんですけど……。大体誘惑ってなんですか誘惑って……」

 倫太郎の訳のわからない纏め方に流石のソウゴも苦笑いを浮かべた。

 それを見て信二が楽しそうに笑う。

「あのバトルアバ出来良いもんな! あれで迫られたら中身男と分かっててもドキっとするって! ハハハッ!」

 ――トントンッ。

 その時、誰かが個室の扉をノックした。

 倫太郎がその音を聞いて微笑む。

「どうやら最後の一人が来たようですね――どうぞ、小瑠真さん」

 扉を開けて一人の女性が入室してきた。

 白衣を纏った眼鏡を掛けた長髪の女性。

 一見すると何かの研究者みたいにも見えるその女性。

 彼女の瞳が順繰りに倫太郎、信二へと移り、そしてソウゴへと向いた。

 彼女は急にビシッと右手の指をソウゴへ向け、はっきりと言った。

「【ファンタジリズム】所属……! 勇気ある者『フリン』……! どう? 正解ですね!?」

「――へ?」

 突然、指差された挙句、全く身に覚えの無い名前を告げられてソウゴは唖然とした。

 彼女の言葉に倫太郎が少々呆れ気味に答える。

「……申し訳ないですが全く違います。折角、新しい面子を加えることですし誰を呼んだか秘密にしていましたが……――

何をどうしたらバトルアバ・フリンと間違えるんですか。大体、スポンサーは食品系と教えたでしょうに……」

「相変わらず、どっか抜けてるっすね……杏奈さんは……。ソウゴ君、隣開けてくれるっすか?」

 信二も呆れ顔をしながら彼女のための席を開けてくれるように頼んでくる。

 ソウゴは困惑しながらも横に動いて、場所を空けた。

 彼女は首を傾げながらソウゴの隣へ座り込む。

 そしてその顔を覗き込んできた。

「ど、どうも……板寺三河イタデラソウゴです」

 突然、顔を近付けられた事により、ソウゴは多少なりとも萎縮しつつ一応挨拶をする。

 彼女はその声を聞いてピクっと眉を動かした。

「……キミ、ちょっと敬礼してみて下さい」

「へ? こ、こうですか?」

 ソウゴは言われるがままに右手で敬礼を行う。

 その所作を見て合点が言ったように彼女は手をポンと叩く

「あぁー……ミカちゃんだったのか、キミは……。こんなの分かる訳無いでしょ、倫くん」

「むしろそれでソウゴ君の正体を看破出来るあなたの方が理解出来ませんね、私には……」

「そうかな? 今のモーションとか完全にミカちゃんと一緒だったよ――こんばんは、ソウゴ君。私は小瑠真杏奈コルマアンナです。よろしくね」

 そう言って小瑠真と名乗った女性はソウゴへ右手を差し出した。

 その手を取りつつ、ソウゴも彼女へ躊躇いながらも問い掛ける。

「えっと――ネバ子、さん……で良いんでしょうか?」

「はい。【小瑠真製薬コルマセイヤク】所属、緑黄色ネバ子です。あっちとキャラ違うから驚いたかな?」

 緑黄色ネバ子。

 あの独特な粘性のボディのバトルアバ。

 倫太郎から事前に聞いていたが彼女がそうらしい。

(ABAWORLDの時と雰囲気全然違うなー……。あっちだと子供っぽい感じだったのに現実リアルだとしっかりした大人の女性だ……。

こうも違うのか)

 あまりに違う印象に戸惑うソウゴ。

 それを見て訳知り顔で信二が口を開いた。

「杏奈さんはあっちだとスポンサーのマスコットキャラ演じてるっすからねー。ABAWORLDとは別人だし、

初見だとビックリするよなぁ」

「……流石にマスコットキャラって歳でも無くなっちゃったけどね……私。そろそろ引退考えてるし……」

 大げさに肩を落としながら杏奈はげんなりしている。

 そんな彼女へ冗談めかして倫太郎が言った。

「またまた。あのバトルアバ・ネバ子を扱えるのは今のところあなただけなんですから。

バトルアバ・高森のように米寿を迎えるまで頑張って下さい」

「……いやー流石におばあさんになってまでネバってるのはちょっと……」

『ハハハッ!』

(……仲良いんだなーみんな……)

 気心の知れた仲らしく三人は和やかに笑い合っていた。

 少々の阻害感はあったが、家族以外とこういう席に座るのは自分にとっても新鮮だったのでそこまで気にならなかった。

「皆さんは……どうやって知り合ったんですか?」

 ソウゴが三人へ尋ねると倫太郎が代表して話し始めた。

「彼らと知り合ったのは第四回大会の時でした――ちょうど私が初めて本選へ出場出来た時ですね」

「倫くんと私が戦った時だね。いやーあれは激戦だったなぁ」

「バトルは負けてしまいましたが、そこで感銘を受けた私は彼女をお食事に誘ったんです。ただ悲しい事に――」

 倫太郎の言葉に杏奈が左手を上げて薬指を見せる。

 そこには銀色のリングが嵌っていた。

(け、結婚していたのか……杏奈さん。意外だ……)

 内心、驚くソウゴ。

 信二がニヤつきながら話す。

「杏奈さんってこれでも社長夫人っすからねー。俺もABAWORLDの印象あったっすから、ビックリしたっすよ」

「最初から社長夫人だったわけじゃないけどね……うん。私も焼きが回ったというか……あの人、しつこいから……」

 少々恥ずかし気にそう言う杏奈を余所に続ける。

「流石に既婚者と二人だけというのも相手側へ不義となってしまいます。そこで――」

「――俺も誘われたって事っす。他にも何人かいたんすけどね。今日は用事とかで来てねえっすけど――

因みに俺はその時、初出場でしかも倉さんにボコられた後だったよ。ホント容赦ねえ……」

「バトルアバ・牛戦鬼はあまりに弱かったので顔を見てみたいと思いましてね。それで彼も誘ったんです」

「ホント倉さん性格わりぃっす……」

『ハハハッ!』

 個室内に笑い声が響く。

 ソウゴは網から幾つか肉を取り、口に収めながら三人の様子を見ていた。

 今まで自分と全く接点が無かった人たちだが、バトルアバという共通項によってこうして知り合うことになった。

 思えばここ最近一気に交友関係が広がった感がある。

 少し前の自分には想像出来ない状況だった。

(――昔の俺だったら……断ってただろうな。ここへ来るのも……。そもそもこういう場に誘われてないか――)

 あの時……あのまま部屋に籠っていたら――。

 一瞬、自分の脳裏にあの狭い部屋の映像が浮かんだ。

 何もする気になれず、ただ何もせず時間を浪費するだけの日々……。

 あの日、姉さんが連れ出してくれなければ――。

「――ソウゴ君? どうしたの? 何か顔暗いけど……生肉でも食べた?」

「へっ? あ、あぁ何でも無いです。ちょっ……ちょっと本選の事考えたら不安になってて……」

 どうやら思考が自然と顔に出てしまっていたらしく杏奈に心配されてしまった。

 慌てて誤魔化すソウゴ。

 信二が焼いた肉へたっぷりタレを付けながら、ソウゴの言葉に反応した。

「あーやっぱり本選出るってなると不安だよなぁ。でもすげーよ、ソウゴくんはさ……マジで予選突破しちゃうんだもん。

しかも召喚タイプで」

 倫太郎もビールを呷りながら思い出すように口を開く。

「確かに召喚タイプの初参加者で本選出場はかなりの快挙ですね。私の記憶が正しければ今まで居なかった筈……。

例のお婆さんは初期組ですからまた毛色が違いますし」

「え? そうなんですか?」

 正直驚いた。

 八年近く大会開催をしていると聞いていたのでもっと居るものだと思っていた。

 召喚タイプ自体が扱いが難しく、勝つのに難儀するとムーンも言っていたが、まさかそこまでとは……。

 アルコールを頼むためにタッチパッドを操作していた杏奈が少し笑いながら喋った。

「ソウゴ君のバトルはリプレイ見たけど笑っちゃった。いきなり殴り合い始めるんだもの。何事かと思ったよ」

「そ、それは無我夢中でしたから……」

 実際、あの時は何か思考する暇もなく、咄嗟の対応だった。

 衛の奇襲を何とか凌ごうとした結果。

 バトル終わった後にトラさんたちからも色々と乱暴とか、ヤンキーとか突っ込まれている。

 ブルーからも野蛮人扱いされた――それは何時もか……。

「一回戦のヨシくんの時もそうだったけど、意外と近接戦得意だよね、キミ。タイプ適正的には近接タイプだったりするかも?」

「どうなんでしょう……俺は召喚タイプしか使った事無いんで他はちょっと……分からないですね」

 杏奈からの問いかけに他のタイプの経験など無いソウゴは答えようが無かった。

 なんせ召喚タイプになったのは偶然に近い。

 ラッキー★ボーイの持ってきたパワー・ノードを使ったら召喚タイプになっていた……そこに自分の意思は介在していない。

(そう言えば……このバトルアバは姉さんが使っていたんだよな……その時は何タイプだったんだろう?)

 ABAWORLDへ初めて来た時は所謂"すっぴん"状態で何のタイプでも無かった。

 その前……姉が使って居る時の状態のバトルアバ『ネネカ』。

 前にツバキから姉のABAWORLDでの姿を見せてもらったが自分と似たような服装という事くらいしか分からなかった。

(そもそも姉さんってあそこで何をしてたんだ……? バトルもしてた訳じゃないし……)

 最初と違ってバトルアバがどんな存在か理解した今では姉の行動は相当"変"だと気が付いている。

 バトルをするわけでも無く、スポンサーも付けずにABAWORLDで何かをしていた。

 それはかなり異常と言える。

(……あの双子みたいにプロトタイプバトルアバだったのかなぁ。向日田社長とも知り合いのようだったし……)

 結局、考えてもその答えが見つかる訳でもない。

 今分かってるのはあの『王座で待つ』とかいう時代がかった言伝のみ。

(相変わらず言葉足らずだよな……姉さんは……。せめてもうちょっと分かりやすい言伝を残して欲しいんだけどなぁ……)

 姉の"奇行"は今に始まった事ではないとは言え、流石に今回の失踪は度を越している。

 それでも……あの妙な言伝を残す辺り、何かしら目的あっての行動なのは分かるが……。

 ソウゴがまた考え込んでいると倫太郎が唐突に口を開いた。

「しかし……是非ともソウゴ君には召喚タイプとして初めての優勝者になって頂きたいですね。

ABAWORLDの歴史に名が残る事になったら知り合いの私としても嬉しいです。

教え子のデザインしたバトルアバが歴史に残るという事でもありますし」

「……今まで居ないんですか……召喚タイプで優勝したって人……?」

 彼の言葉に物凄い不安を抱きつつ、ソウゴは問い返す。

 倫太郎は残酷な答えを返してきた。

「いません。因みに海外組にも存在しません」

(うぇー……マジか……)

 倫太郎の断言を聞いてソウゴは今更ながらに自分の目指している目標がいばらの道だと思い知らされる。

 やはり優勝は……簡単ではないようだ。

(姉さんも……とんでもない目標を掲げてきたなぁ……)

 大きなジョッキに入ったチューハイを気持ちよく呷り、美味し気に三分の一ほど飲んだ信二が景気良くテーブルにジョッキを置く。

「プハッー! やっぱり仕事上がりはこれっすね! ――確かに召喚タイプっていなかったっすね。

最近は近接タイプばっかり……つーか獅子王が二連覇してるけど」

 信二の言葉を付け足すように杏奈が思い出しながらしゃべり始める。

「えっとー……日本の優勝者は――去年はライオン君で、その前の年もライオン君、そのまた前の年はレイブン君――

あっ! 信二くんそのお肉頂戴」

「了解っす。今、骨外しますからちょっと待って下さいね」

「骨付きカルビは手間掛かるけど美味しいよねー」

 肉へ集中し始めた杏奈を引継ぎ、倫太郎がソウゴへと語りを続けた。

「――第四回はチルチル・桜、第三回は斉天大聖、第二回はガザニア――あっ、初代の方です。

そして栄えある第一回……破瓜の処女『BLOOD・MAIDEN』……。こうして振り返ると何だかんだタイプはばらけていますね。

海外勢はほぼ近接タイプという偏り様ですし……そこはお国柄でしょうか」

 知っている名と知らない名。

 流石に七回も大会をやっているだけあって色々なバトルアバたちが優勝しているようだ。

 その中でも二回名が上がっている獅子王は相当異例なのが窺える。

 最後に上がった名で自分が倫太郎へ質問しようとしていた事を思い出し、面子が揃ったこともあってみんなに尋ねてみる事にした。

「あの……ブラッドメイデンさんって……どんなバトルアバだったんですか? 凄い強い人だったってのは知ってるんですけど……」

 ソウゴの言葉に三人は同時に顔を見合わせた。

 手を止め、沈黙が場を支配する。

 予想外の反応にソウゴは戸惑った。

(あれ……? 俺なんか不味い事聞いちゃった、か……?)

 暫く、網の上で肉が焼ける音だけが個室内に響いていたが、やがて倫太郎がその静寂を破って口を開いた。

「……正直なところ私もあまり良く知らないんです。私がABAWORLDを始めた時には既に引退済みでしたし……」

「うーん。俺も知らないっすねー。名前は流石に知ってるけど、ホントに名前だけって感じ――

この中だと一番古株は杏奈さんっすよね? そのブラッドメイデンご本人――見たこと無いんすか?」

 信二の言葉に杏奈は黙って首を横に振った。

「私が始めた時――二年目くらいの時にはもういなかったと思うよ、彼。あっ、因みにその時、私は普通のアバだったよ。

そもそもバトルアバってシステム自体無かったんだけどね――

あの時ってABAWORLDの運営がALMERIAアルメリアからDelphoniumデルフォニウムへ移管された時期だから色々ごたごたしてたしねぇ。

何があってもおかしくないよ」

「アル、メリア……? 」

「何すか? その……アルメ何とかって?」

 聞き覚えの無い名前だった。

 信二も聞いた事の無い名前らしく首を傾げている。

 二人へ倫太郎が説明し始めた。

「ABAWORLDも最初からデルフォが運営していた――という訳では無いんです。

デルフォニウムも元はALMERIAアルメリアという海外企業の子会社の一つでした。画像だしましょうか、その方が説明しやすいですし――」

 そう言って倫太郎は自らの電子結晶を取り出す。

 少し操作すると結晶からテーブル上に画像が投影された。

 そこに如何にも海外の企業っぽい一輪の花を持った手のイラストの【ALMERIA】のロゴが表示される。



「当時……十年ほど前ですが、米国企業の一つがSVRシンクロヴァーチャルリアリティを利用した画期的な仮想空間メタバースの運営を日本で開始しました。

それが――【ABAWORLD】……」

「珍しいっすね。外国企業がワザワザ日本でこういうの運営するの。あっちアメリカからこっち日本ってならまだ分からなくもないっすけど」

「彼らとしては試験的に日本で仮運営を行い、それから米国で本運営という予定だったんだと思います。

――ですがここで問題が起きました――」

 肉を齧っていた杏奈が一旦中断し、そこで倫太郎の語りに口を挟む。

「――受けなかったんだよねぇ、当時のABAWORLD。話題性はあったけど、

やっぱりアメリカ製だからあんまり日本人受けしなかったの」

 驚くソウゴと信二。

「え!? そ、そうなんですか……?」

「杏奈さん、それマジなんすか? だって今は海外鯖増設の話出てるくらい盛況じゃないすか」

「マジもマジ。過疎っ過疎だったんだよ。冗談抜きに年内サ終かって言われてたし……正直私もそうなるかなと思ってたから、

良く覚えてるよ。友達と移住先のネトゲ話し合ってたもん」

 意外過ぎる真実。

 今の海外でも人気という状況とは真逆の状況だった。

 驚く二人を余所に倫太郎が話を続ける。

「色々と不振の原因はあると思いますが……そこは今は重要ではないので取り合えず置いておきましょう。

とにかく当時の運営状況はアルメリアにとっても満足のいく物ではなかった――

SVRを利用した初の仮想空間だけあって尋常じゃない開発費、バカにならないサーバー維持費、

と費用だけが膨れ上がりのっぴきならない状況でした」

「あの第一回チャンピオンアバ決定戦もテコ入れの一環だったんだよ。そう言う意味だと大成功したんだけどね」

「……そんな事情があったんですね。でも……話の流れ的に……ダメ、だったでしょうか」

 ソウゴの言葉に倫太郎は頷きつつ、電子結晶を操作して画像を切り替える。

 当時のニュース映像のような物が流れ始めた。

 ALMERIAと書かれた看板が作業員たちによって取り外されている。

「あの大会のお陰でユーザー数は上昇傾向を見せました。しかし残念ながら時既に遅く――

無事アルメリアは倒産してしまいました。まぁ企業では良くある事です」

 倫太郎が再び画像を切り替える。

 すると今度は見覚えのあるデルフォニウムの葉っぱを模したロゴが表示された。

「――本来ならここで終わる筈でしたが、デルフォの登場により状況が変わりました。

当時、この会社は画期的な新技術の開発によって急成長、伸びに伸びており、

それこそ親会社であるALMERIAを越える段階にまで……」

「あの時のデルフォは飛ぶ鳥を落とす勢いだったなぁ。量子通信技術だと第一線だったし……あの時、

株買っておけば今頃億万長者だったのにぃ……」

 口惜しそうにしている杏奈を余所に倫太郎が話を続けた。

「当時のデルフォはABAWORLDの基幹システムを担当していましたが……

アルメリアの倒産に伴ってABAWORLDの権利を買い取ったんです。開発スタッフの多くも一緒に吸収しました。

親会社との関係は良好だったとも聞きますし、これはデルフォなりの救済の側面もあったんでしょうね」

「あの時はどうなる事かと思ったなぁ。でも今じゃ私がバトルアバになっちゃってるんだから分からないものだよね、アハハ」

 そう言って彼女は両手を前に出してプラプラと揺らした。

 その動きに信二が笑いながら嬉しそうな様子を見せる。

「でもそこで潰れなくて良かったっすねぇ。サ終してたらこうして倉さんとかと知り合うことも無かったっすから!」

 倫太郎が彼の言葉に微笑む。

「ふふっ……。後は皆さんも知っている通り……ここからABAWORLDはデルフォの運営の元、再生を開始し……

今や国内どころか世界でも有数の仮想空間メタバースへと発展しています。世の中、何が起きるか分からないものですね、本当に……」

「そ、そんな複雑な事情があったんですか……」

 今のABAWORLDしか知らないソウゴは色々な新事実を聞かされ、驚きっぱなしだった。

 単純にデルフォニウムが運営しているとばかりだと思ったが、内部は相当に複雑な事情があったようだ。

 倫太郎はそこまで言って自らのジョッキを再び手に取る。

 すっかり気の抜けてしまったビールの残りを一気に呷り飲み込んだ。

「これは私見ですが……恐らくブラッドメイデンはアルメリア側が色々と権利を持つバトルアバだったんでしょう。

だからその倒産と共に所在は不明となってしまった――こういう企業間のごたごたの時は良くある事です。

それに――意外と使用者とかは未だにABAWORLDやっているかもしれませんね。バトルアバとかアバとして……」

「中の人どんな人だったんだろうね。八年前だから当時二十歳だとしても信くんくらいの年齢になっちゃってるし、

もうおじさんかな?」

「あっ! 酷いっすよ! 杏奈さん! 人をおっさん扱いしてぇ! この中じゃ俺が最年少じゃないすか!」

「あははっ! ソウゴ君が加わったからキミは若者枠から脱落でーす。残念でしたー」

「これで信二くんも私と同じ中年枠入りですね。頑張って下さい……お・じ・さ・ん」

「ひでぇ!」

 冗談を言い合う三人を尻目にソウゴはブラッドメイデンの事を考えていた。

 三人は知らない。

 あの"騎士"が本当にABAWORLDへ存在している事を……。

 あの時、見たのが本当にブラッドメイデンなのかは分からない。

 それでも……何かしら関係のある人物なのは間違いないだろう。

(……彼は……一体、何者なんだ……?)

 考え込んでいるソウゴに信二が唐突に話しかけてくる。

「そういやソウゴくんは祭り何するの? やっぱり食品系スポンサーだから屋台とかすか?」

 その言葉にソウゴは夏祭りの事を思い出す。

 ABAWORLDでは本選の前に一般アバたちの為にイベントが開催される。

 それが【夏の祭典】。

 バトルアバはこの期間中、様々な方法(バトル以外の)を用いてユーザーたちを楽しませるのが運営側から義務付けれている。

 バトルアバのスポンサーたちは基本的に何かしらの商売をしている企業が殆どであり、

その宣伝も兼ねて凝りに凝った出し物やイベントを行うのが通例となっていた。

 当然、ソウゴの所属する【片岡ハム】でもデザイナー・M.moonの指導の下、色々と準備をしている。

「俺――片岡ハムは射的の屋台をする予定です。普段使ってる武器とかをアバの人たちも使えるアクセサリーとして景品に……」

 当日はソウゴも店番に立つ予定であり、売り子のような事をするために練習もしていた。

「おー良いね、祭りらしくて。ウチは焼けた鉄板の上でブロック肉解体する謎ショーすよぉ。

何で仮想現実でまで肉切らなきゃいけないんだか……」

 げんなりしている信二に続き杏奈も話に乗ってくる。

「私は去年と同じくスライムプール体験会だね。ネバ子のお肌と同じテクスチャで作ったヤツ」

「おや……? ソウゴ君は夏休み期間では無いのですか?」

「――へ?」

 倫太郎の言葉にソウゴは変な声を上げてしまった。

 彼は不思議そうな顔をしながら続ける。

「本選出場者は夏の祭典のイベント参加を免除されている筈ですが……デルフォから連絡は来ていないのですか?」

「……は? え? えぇ!?」

 個室内にソウゴの驚きの声が響いた……――。








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