(実質)異世界みたいなメタバースで行方不明の姉を探しちゃダメですか!?

雲母星人
雲母星人
雲母星人

第54話前編『こんなにも辛くて――こんなにも悔しくて――』

公開日時: 2022年5月5日(木) 00:00
文字数:10,307



【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 『王の御前』】




 

 オペレータールームのブルーは緑色の粒子に包まれていくミカの姿に目を奪われていた。

 閃緑の光は辺りを緑色に染め上げ、どこか幻想的な光景を作り上げている。

 粒子はミカの身体を覆いつくし、その姿を隠す。

 まるで繭のようにその粒子は身体を包んだ。

 緑色の奇妙な繭に包まれ、その中でミカが変異を遂げていく。

 ボコボコと中身が蠢き、縮小と膨張を繰り返す。

 幻想的な光景から一転して生物的不快感に溢れる悍ましい変化が始まる。

 幼虫から成虫へと変化するように。

 幼体から成体へと変化するように。

 仔犬から成犬へと変化するように……。

 繭はゆっくりとその大きさを膨らませていく。

 やがて……そこから"ソレ"は産まれた――。

 ――ゴポッ……。

 繭に亀裂が入り、裂けめから灰色の粘液が零れ出す。

 その粘液は地面に落ちてグチャグチャと不快な音を立てた。

 ――グチャッ!!

 その亀裂が一気に広がり、繭が二つに裂ける。

 零れ落ちた粘液が地面へと広がっていった。

 繭を引き裂き、変異を遂げたその"ケモノ"が姿を露わにする。

 ブルーはその姿を見て、思わず呟いた。

「……ミカ、なのか……?」

 灰色の髪。

 灰色の軍服ワンピース。

 深く被り表情を隠している軍帽。

 首に巻いた深紅のマフラー。

 厚手のブーツ。

 灰色の犬耳に灰色の尻尾も変わらない。

 だが他は大きく変異していた。

「……デカくなってる……」

 子供のような体格から一気に成長し、大人のような体格になっている。

 更に目に留まるのはその"手"だった。

 グローブを付けていた筈のその手は灰色の毛に覆われており、完全に動物的な物となっている。

 そして――その毛に覆われた指先からは獅子王のように鋭い白い爪が伸びていた。

 "ミカ"がゆっくりと顔を上げる。



 深紅に染まり、猛獣のように鋭い二つの瞳。

 人間の顔付きではなく完全に動物……それも犬を思わせる高い鼻と灰色の毛に覆われたその顔。

 ある意味、獅子王の獣人態に近い姿だった。

 だがライオンの姿に変身した獅子王と違い、その表情に人間的理性は全く感じられない。

 本物の動物のように。

 本物の犬のように。

 牙を剥き出しにして歯茎を露出しダラダラと涎を垂らしている。

 真っ赤な瞳は凶暴な輝きを見せ、狂気さえ感じさせた。

「これが……例の奴か。全くバケモンだな、こりゃ……。おっとちゃんと見届けないと……」

 異常な変化を遂げたミカに対しブルーは妙な冷静さを見せて再びフィールドへ目を向ける。

 フィールドではミカが遂に動き出そうとしていた。

「グルルルルルルッ……!」

 唸りを上げながらそのケモノは獲物の姿を捉える。

 燃え盛る百獣の王に対して一切怯む事なく、睨み付けた。

 自らの群れを喰い散らかした敵への怒りでその灰色の毛が逆立つ。

 両手にギチギチと力が入っていき、毛皮に覆われた手に隠されていた白く鋭い爪が露わになった。

 ミカは身体を低く、異常なほど低く沈める。

 両手を地面に着き、奇妙な四足歩行の体勢を取った。

 明らかに人間が行うには歪すぎる格好をしながら全身の筋肉に力を込めていく。

「――ゴァァァァァッ!!」

 人間と思えぬ咆哮と共にそのケモノは自らの敵へと飛び掛かっていった――。








(……バカな事をしたものだ)

 獅子王はすっかり冷めきっていた。

 目の前の仔犬たちを圧倒的な暴力で噛み砕きながらもその心は冷え切り、萎える。

(やはりこの状態は――ルール外だ)

 バトルアバの身体能力を遥かに凌駕する事が出来るこの獣態。

 本当はこの形態を使うつもりは無かった。

 あまりにも――常識外れの力が出せてしまうからだ。

 バトルアバに設定された身体能力を越え、動物本来のパワーやスピードを使える【王獣変化ビースト・チェンジ】。

 小娘の犬たちは明らかにこちらのパワーや動きに付いていけてない。

 当然だ。

 奴らに設定されている能力はデルフォニウムの定めたバトルアバの基本的能力に基づいて設定されている。

 今、俺が使っているこの四足歩行の"化け物"に対応している訳が無い。

 ルールを守っている者をルール外から嬲っているだけだ。

(デルフォニウムから……認可は降りているとはいえ……。この力は……良くない物だ。フェアじゃない)

 許可が出たからと言って――使っていいかは別の問題なのだ。

 確かにこの形態を使いこなすまでには相当な努力をした。

 態々大学で動物学を専攻している『ゲン』にも協力してもらって辿り着いた。

 そう言う意味では努力の結晶とも言える。

 だからこそ――使うべきでは無かった。

 誰よりも強くなりたい。

 他のヤツを圧倒したい。

 そういう身勝手な"願い"を抱いていたからこの技を考案した。

 しかし……その結果はあまりにも惨めだ。

 ただ枠外の力を使って、ただ無意味に相手を蹴散らす。

 これのどこが俺の好きなバトルだったんだ。

 このバトルのどこに俺が今まで戦い続けた意味があったんだ……。

(こんな……正当な戦いの場で使った俺は――バカだ。小娘には……悪い事をした)

 激情に身を任せてこの技を使った事を後悔する。

 申し訳ないと思っているならば勝ちを譲るべきなのだろうが、自分の負けず嫌いの部分がそれを拒否した。

 戦いを止める事が出来ず、小娘の犬を叩き潰し噛み砕き破壊し続ける。

 小娘は必死だ。

 圧倒的に不利な状況ながらも刀を振るい、諦めずに俺を打倒しようとしている。

 リーダーである犬を俺が真っ先に破壊したのを見て、すぐさま自分が前線に出て群れのリーダーへと切り替えた。

 惚れ惚れするくらいの思い切りの良さだ。

 この思い切りの良さでここまで来たのだと察せられる。

(この戦い……実質的にはお前の勝ちだ……軍人娘)

 戦術を練り、観客と……俺さえも驚かせたバトルアバ『ミカ』。

 こいつはここで俺に負けたとしてもまだまだ先を目指せるだろう。

 輝かしい戦いの日々がこのバトルアバには待っている。

 そして――自分が今日この日失ってしまった物を抱き続ける筈。

 またそれが俺を……惨めな気持ちにさせた。

(あぁ……俺はお前が羨ましいぞ、ミカ……。お前はきっと俺より先へ進んでしまうのだろうな……)

 些細な感情でこのバトルを汚した自分自身が堪らなく嫌になる。

 そうこうしている内に俺は小娘を騎乗していた犬から叩き落としていた。

 地面を転がり倒れ伏す主人を守ろうと機械の犬の最後の一匹が俺へと立ち向かってくる。

 その犬を一気に前足で叩き潰した。

 歯車や装甲が辺りを飛び散り、カラカラと音を立てる。

 機能を停止した犬から目を離し、改めて小娘へ目を向けた。

 小娘は満身創痍の状態ながらも刀を杖に立ち上がっている。

 既にボロボロの状態だったがそれでもなお闘志は失っておらず、刀を振り上げていた。

 その構えは俺の目から見ても堂に入っており、迂闊に攻めればこちらの脳天を二つにかち割る気迫が感じられる。

(そうだな……お前は最期まで諦めるようなタマではないよう、か……)

 萎えた心と対照的に身体は自然と身構えていく。

 小娘の小柄な身体を噛み砕くために。

 この剛爪でその身体を引き裂くために。

 全身の筋肉が膨張し、力が入る。

(……もう終わりにしよう。俺は心で……この小娘に負け――)

 ――イィィィィィンッ……。

 突如、フィールド内に耳鳴りのような音が鳴り響いた。

(な、なんだ?)

 あまりに突然の事だったので俺はバトル中だというのに周囲を窺ってしまう。

 異変は続き、フィールドの空や壁や床、それらにノイズのような物が走り始めた。

 更に緑色の粒子がフィールド内へ溢れかえる。

 こんな事、長い間アババトルをやってきて始めてだった。

 ただのバグとは明らかに違う。

 "何か"が間違いなく起きている。

(一体何が起きているというんだ!? 一体これ……は……――っ!?)

「ガァァァァァァァァァ!!!」

 まるで本物の動物のような雄たけびを耳にして俺はその声がした方へ思わず振り向く。

 俺はそこで起きている事を目撃し、目を見開いてしまった。

 "誰が"異変を起こしている元凶なのか分かってしまったからだ。

 周囲を漂う緑色の粒子が一点へ向かい、それは小娘の身体を覆い包み隠す。

 俺が目の前で起きている事に呆然としている間に小娘はその姿を変えていった。

 そして……小娘――いやその"女"は姿を現す。

(こ、小娘……。お前、なのか……?)

 服装や顔付きは似ているがそれが同一人物とはとても思えなかった。

 何より纏う雰囲気が違う。

 まるでこいつは……野犬だ。

 昔、プロレスの余興で檻越しに猛犬と睨みあった事があったが――その時の事を思い出した。

 こちらへ噛み付いてやろう。

 喉元を食い破ってやろう。

 そう考えている事を隠さない獰猛な赤い瞳。

 今の小娘は形だけは人型だが完全に動物と化していた。

 俺はそのヒトの形をしているだけの"獣"を見て確信する。

 これは今の俺と同じ――"枠外"の力だ。

(そうか……。小娘……お前は俺に付き合ってくれるんだな……)

 思わず笑みが零れる。

 今までは俺の一方的な"願い"だった物をこのミカというバトルアバは叶えてくれるらしい。

 俺の惨めな心を、俺の独りよがりな戦いを、ちゃんとした"闘争"へと昇華し導いてくれる。

(あぁ……あの日、お前に目を付けたのは間違いでは無かった。恐らくこの瞬間のために俺は――今まで戦ってきたのかもしれない)

 その"猛犬"が姿勢を低くし、攻撃へ移ろうとしていた。

 俺もそれに呼応して全身の筋肉をこわばらせる。

 これから行われる事は恐らくアババトルとはとても言えない醜悪な物になる筈だ。

 観客たちにもロクな評価をされないだろう――そもそも見えているのかさえ分からないが。

 それでも俺の胸中は期待と高揚感で高鳴った。

 現実では絶対に出来ない戦い。

 この仮想世界だからこそ出来る戦い。

 それをずっと――求めていたんだ。

 俺は小娘へと飛び掛かっていった。

 大口を開け、太い牙を突き立てようとする。

 小娘も恐ろしい速度で俺へ向かって跳躍するとその口を開き、"牙"を見せた――。










【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 観覧席】






 

「なによこれ……」

 『m.moon』は目の前で起きている光景が信じられず呆然としていた。

 フィールドではとてもアババトルと言えない光景が繰り広げられている。

(あ、あれが……ミカ、くんなの……?)

 とてもそこにいるモノがあのミカだと信じられなかった。

 姿かたちは似ている。

 だが自分の知っているあのバトルアバは獅子王の巨体へ突進をして遥か先まで吹き飛ばすなんて事は出来なかった筈。

 自分の知っているバトルアバはあんな鋭利な爪を持っていなかった筈。

(あたしの知っているミカくんは……あんな表情はしない……)

 吹き飛ばした獅子王を見てそれは歓喜の雄たけびを上げる。

 明らかに敵を嬲る事に喜びを見出している邪悪な笑みをその口元に浮かべ、それは狂喜していた。

 観客席まで震わせるような動物的な咆哮。

 その咆哮を聞くと何故か身体が震えてくる。

 まるで本物の猛獣の雄たけびを聞いたときのように。

 本能的な恐怖を刺激させられた。

 ミカの姿をした猛獣は毛むくじゃらの右手に力を込め、鋭い爪を引き出す。

 再び、異常な速度で獅子王へと飛び掛かりその爪を身体へと突き立てようとした。

 獅子王も黙ってやられておらず応戦するようにその前足を叩き付ける。

 ミカは召喚タイプとしてはあり得ない反応速度で回避し、今度は口を開くと獅子王の前足へ牙を突き立て喰らい付く。

 二匹の猛獣はお互いに喰い合い、縺れ合っていく。

 その光景はとても人間同士の戦いに思えない。

 ミカと獅子王の激戦で盛り上がっていた観客たちも今は水を打ったように静まり返っていた。

 横を見れば社長たちも絶句した様子で二匹のケダモノから目を離さずにいる。

 仕方がない事だ。

 自分たちが今まで見ていたのはあくまで野球の試合やボクシングのように最低限の"ルール"に則ったアババトル。

 今……目の前で行われている"それ"は明らかに限度を超えている。

 それは普段絶対に目にする事が無い野生そのもの。

 自分たち人間には規制によってカットされていて早々見る事の無い動物同士の"殺し合い"だった。

 血さえ出ていないがお互いに相手を殺すつもりで戦っているのは明らかだ。

(こ、こんなのバトルじゃないわよ……)

 獣。

 そうとしか言い様が無い。

 二匹の規格外の力によってフィールドは粉砕されていき、砕かれた石柱の破片が辺りへ飛び散る。

 勢いへ乗り出した二匹は自分たちの目で捉えるのが困難な速度でフィールド内を動き回り始めた。

 いつの間にかミカも両手両足を地面へと着き、歪な四足歩行を取っている。

 灰色の尻尾を逆立たせ、地面と張り付くくらい身体を低くした奇妙な体勢。

 動く度に赤い瞳から不気味な残光が尾を引き、それが軌跡を見せた。

 時折、静止した瞬間に見せるその姿は一瞬だけだと本物の"犬"がいると錯覚してしまいそうになる。

 これが人間同士の戦いだとはとても信じられなかった。

 今のミカは完全に人間的な物が欠落している。

 極めて暴力的に。

 本能のままに。

 全身を凶器と化して牙や爪で獅子王を襲っている。

 明らかにミカの方が体格で負けている筈なのに獅子王のが力負けしている事が多い。

 獅子王が叩き付けようとした前足を片手で軽く押し返し、弾き飛ばす。

 一応獅子王の方はまだ人間的な物が残っているのか時折理知的な表情を見せている。

 凄まじいパワーとスピードで攻撃を行っているが、それはどこか経験に基づいた動きなのが分かった。

 多分獅子王が未だに喰い殺されずに済んでいるのは長年の経験による物だろう。

 それでも少しずつ圧倒されているのか獅子王が徐々にフィールドの端へと追い詰められていた。

 それほど……今のミカは異常なのだ。

 ――ピピッ。

 自分の身体から通知が鳴り響いた。

 その音で現実に引き戻され、右腕を慌てて撫でる。

 ウィンドウが現れ声が聞こえてきた。

≪――ミズキ。用件が少々あります≫

 その声から直ぐにあの忌々しい自分の元教師である『倉本倫太郎』だと分かった。

 あいつも自分と同じようにこのバトルを見ていたのだろう。

 普段なら即切るところだが今は状況が違い過ぎる。

「……先に言っておくけど、あたしが用意したもんじゃないわよ。アレは……」

≪――見ればわかります。あんなものを作れるとは私も考えていません≫

「……前にあんた……。言ってたわよね。例の変な型番の事……。あれが……何かわかるの?」

 倫太郎からの電話で前に言われた事を思い出した。

 【TYPE BEAST-Ⅳ】

 通常のバトルアバとは違う型番。

 今思い起こせばミカが"変身"を遂げる前にもその言葉がアナウンスされていた気がする。

≪確かに言及しましたが……。私はバトルアバ・ミカの正体をデルフォニウム社のプロトタイプバトルアバ程度に考えていました。

ですが……これはあまりにも……想像を超えています≫

 倫太郎の言葉は歯切れが悪い。

(……まぁこんなのはあの糞教師でも予想出来ないわよね)

 ムーンはウィンドウから目を離し、横に表示しておいた試合中のバトルアバのステータスが閲覧出来る画面へと目を向けた。

 本来ならばそこに二人のヘルスや状態が映るのだが、画面は狂ったようにノイズが走り文字化けが表示されており機能していない。

≪もしかしたら……我々は大きな勘違いをしていたのかもしれません≫

「勘違い?」

≪あれは恐らく……アババトル用に作られたモノでは無いのでしょう≫

「それじゃ一体何のために作られたって言うの……」

 何となく自分でも答えが分かっていた。

 目の前で行われている光景を目にしていれば薄々気が付く。

 普通のアババトル用だったら観客の目に止まらない速さで動く必要は無い。

 ショーは見えなければ意味が無い。

 普通のアババトルだったらあんなパワーは要らない。

 お互いに設定された能力で戦わなければフェアでは無いからだ。

 なら……あの力が必要な理由は……。

≪相手を倒すのではなく――破壊するために設計された……そのような設計思想を感じさせます≫

 あれは……何かを壊すために作られたモノ。

≪――あのバトルアバは……【兵器】です。何かを破壊するために設計された兵器なのでしょう≫

 倫太郎の言葉を反芻する。

 一体何を壊すというのか。

 この仮想世界で。

 現実と違い例え思いっ切り殴りつけても斬っても痛みも傷も付かないこの世界。

 人間?

 それとも……。

 ムーンは三度フィールドへと目を向ける。

 その何かを壊すために作られた【兵器】はフィールド内を我が物顔で暴れまわり続けていた。

 巨獣と化した獅子王さえも圧倒する凄まじい力。

 明らかに過剰な力だし、アババトルには不要な力だ。

 あんな力が必要な相手がこの"世界"に存在しているのか――。










 

【東京都 赤羽 デルフォニウム本社 社長室】







「や、や、や、や! ヤバいですよぉ~!! 完全に"変身トランスフォーム"しちゃってるじゃないですかぁ~!?」

 社長室のスクリーンに映る獣と化したミカの姿を見て白沢柳が悲鳴を上げていた。

 他の面々も映像内で派手に暴れまわるその姿を見て口々に驚きと困惑の声を漏らす。

「獅子との激闘で自分を抑えきれなかったようじゃな……。やはり青々しいのう……あの仔犬は……。

戦士としては甘いが、ヒトとしては好感触じゃな」

 目を細めながら香坂桜花は笑みを浮かべている。

「こりゃ凄いタイミングで来たねぇ! ホント寧々香くんの弟くんなんだね、彼。盛り上がりを分かってるよ、ハハッ!」

 獅子王を殴り飛ばし盛大に吹き飛ばしているミカの姿を見て他人事のように向日田理人が笑う。

「わ、笑っている場合じゃありません! 社長! こ……こんなタイミングで……!! しかも明らかに暴走している……!?」

 他人事のように笑っている向日田社長を嗜めつつイ茨城茜は狼狽えていた。

 その横で片瀬椿が社長へ振り向き、忠言した。

「今すぐ、バトルの中断を具申します。バトルアバ『獅子王』様の安全を確保しなければ――」

「――止めるな」

「――っ!?」

 ツバキを制するように声が室内に響く。

 車椅子に座ってスクリーンの"弟"を見つめていた板寺寧々香の声だった。

 彼女はゆっくりと車椅子から立ち上がり、社長へ顔を向ける。

「このままバトルの続行をお願いします、向日田社長。あの二人の戦いを……最後までやらせてやって下さい」

「大丈夫かい? 幾らあのバトルアバが"対人"用に作られていないとは言え"Q.M.Pクォンタム・パルス"まで使いだしたら

普通のバトルアバは耐えられないよ。量子通信自体にダメージ与えるモノだし」

「……あの武装は意思の無い状態で扱えるモノではありません。それに――ソウゴは必ずあれを制御出来る筈です。

……――それに……"皆"も見たがっています」

 ネネカがそう言うと室内へ急に緑色の粒子が漂い始める。

 その緑色の淡い光を見て何かを察したツバキが自身の電子結晶をポケットから取り出し操作した。

 室内に幾つかのホログラフスクリーンが表示される。

 ――ブブッ。

 少しの駆動音と共にそのホログラフへ映像が映った。

 そこには幾つもの影が表示されている。

 部屋内へ現れたホログラフを見てオウカが顔を上げた。

「なんじゃ同胞(ハラカラ)たちも見ておったのか。今日は仮初の姿では無かったから気が付かなかったのじゃ」

 その内の一つ、一際大きい影が画面越しにネネカへと話し掛けた。

『あれが我々を"滅ぼす"力を持つ者……そうなンだな、姫』

「そうだ、『ダ・オ』。お前たち【アヴァター】と対等以上に戦い、そして滅びと救いを与える"可能性"を持った人間……。

我々が"対話"のために生み出した最強のケモノ……」

 彼女の言葉を静かに聞いていたその『ダ・オ』と呼ばれた影。

 影はどこか不安げに、だが希望に満ちた声色で言った――。

『見極めさせて貰うンだ。あの"肉纏い"が真に戦士たる資格があるのか……』









 

【ABAWORLD MEGALOPOLIS 特設スタジアム 『王の御前』】









 フィールドで行われている暴風のような戦い。

 二匹の野獣の戦いはいよいよ激しさを増し、砕け散ったフィールド内の石柱の破片が

オペレータールーム内にも飛来しパチパチと音を立てる。

 幾つかの破片がブルーの身体にも当たり、思わず腕で顔を覆って防ぐ。

「いてっ――って痛くはねえか」

 本来ならばシールドされているのでこういった物はシャットダウンされている筈だが

目の前で行われている異常な戦いはそう言ったくびきを完全に無視しているようだった。

 本来ならば周囲に表示されている筈のステータス画面も機能しておらず、通信用のパネルも画面が乱れて使えない。

 高速で動き回る二匹を目で捉えるのはかなり困難だが、オペレータールームがフィールドに近いお陰で少しだけ状況が把握出来る。

 最初は拮抗していた二匹の戦いだが段々と獅子王が追い詰められていた。

 何時しか攻めていた筈の獅子王は攻められる側となり、防戦一方になっている。

 その野獣は愉悦に塗れ、相手を嬲る喜びに溢れ、獰猛な笑顔を浮かべながら獅子王の身体を引き裂き、傷付けていく。

 そこには今まで、姉を必死に探し、戦いへ赴き、ABAWORLDと現実リアルを駆けずり回って来た苦労と努力が全く感じられない。

 ただ暴れまわり力任せに暴力を振るう――怪物としか言えなかった。

 もうアババトルとはとても言えない戦いを見てブルーは少しだけ手を口元へ持っていき逡巡した。

「……一応、あいつの導き手オペレーターなんて仕事引き受けちまったんだ。ちゃんとオペレートかねえとな……。

最期まで付き合うって約束もしてるしな」

 そして――決心したように通信用のパネルへ手を伸ばす。

 パネルに掌を当てて通信を始めた。

「あー……。聞こえてるかわかんねえから一方的に話すわ」

 ノイズが混じり機能しているかさえわからない通信パネル。

「お前って色々溜めこみそうなタイプだからさ。今、はっちゃけてるのも致し方無しってとこもあるよな。

たまに弾けたくなる気持ちってのもオレは分かるぜ」

 返答は無い。

「別にこの後、お前に対して責めるつもりも一切無いし? 爺さんたちだってお前を貶したりすることはねーだろうさ」

 相変わらずパネルからはノイズしか聞こえてこない。

「でもさ。やっぱりお前ってバカ正直にフィールド内で転がりまわって――バカ真面目に頭抱えて

悩みながら戦ってるのが魅力だと思うんだよな。オレもそういうとこ気に入ったからここまで付き合ったとこあるし」

 そのパネルへ向けてブルーは淡々と話し掛け続ける。

「あの骨も、あのお前のファンとか言ってたゾンビ女も、今まで戦ってきたバトルアバ共も――

それに観客たちだってそういうお前だから今まで応援してきたんだと思うぜ」

 フィールドでは"狂犬"が獅子王の身体を両手で掴み上げ持ち上げていた。

 そのまま信じられない力でフィールドの端へと投げ飛ばす。

 見えない壁に獅子王の巨体が叩き付けられ彼は呻き声と共に五体を地に倒れ込ませた。

「今さ。お前と獅子王のバトル見てるヤツらは何を見たいと思う?」

 その狂犬は倒れ伏す自らの獲物に歓喜の雄たけびを上げる。

「少なくともこんなバトルではねえよな。見てるだけでウゲーってなるようなバトルはさ。

玄人気取りのヤツは評価しそうだけどやっぱりオレみたいなニワカオタクとか一般ピーポーには受けわりぃって」

 その咆哮はフィールド内を轟き、ビリビリと揺らした。

「バトルアバって色々と面倒だよな。ただ戦ってるだけじゃダメでさ。たまには悪役ヒール演じたり、パフォーマンス凝ったり……。

でも手を抜いて戦うって訳にもいかねえ。観客は手を抜いているヤツいたら直ぐ気が付いちまう」

 これから獲物に止めを刺せる事に喜び。

「ショーって建前とガチの戦闘バトルって建前両立しなきゃいけないのが、これまた面倒でしょうがねえな」

 自らの血肉とすべく貪る。

「結局……バトルアバって観客の見たい物を提供しなきゃダメなんだよな。観客の見たい姿になって、観客の見たい行動をして……」

 ケモノはゆっくりと、前へと進み始める。

「ある意味、観客の望む物を与える――"願望"を叶えるのが、仕事なわけ」

 両手の鋭利な爪を剥き出しにして。

「でもさー。誰かの願いを叶える事が出来るのってさ。色々醜悪な生き物な人間様に唯一残された美徳みたいなモンだよな」

 獲物の皮を裂き、肉を抉るために。

「相手の事考えてさ。自己犠牲……とまではいかねえけど、それなりに犠牲にして……相手の願いを叶えてやるって」

 姿勢を低くし、右手に力を込める。

「ま、お節介だとかそういう事言われる時もあるけど。

それでもやっぱり"お願い"されたらちょっと頑張ってみるかって思っちゃうのが人間様よな」

 筋肉が膨張し、異常なまでに躍動する。

「お前も色々さ。爺さんにお願いしたり、オレにお願いしたり、メカ女にお願いしたり……覚えがあるよな」

 深紅の瞳は煌々と輝き怪しく光る。

「結果としてオレはこんなとこまで来ちまうし、爺さんは税務署からちょっかい喰らってるし、

メカ女は(ピー)生意気になってるけどさ。まぁなんだかんだ良い方向には進んでるよな」

 スカートから伸びる灰色の尻尾は内側に丸まり、警戒をする。

「それもこれもお前の"願い"を聞いてきたから……前に進むことが出来た。

ちょっとここまで来るとちょっと言いすぎかもしれねえけどな、ハハッ」

 地面に張り付くようにブーツの底を食い込ませ、地面へと埋め込ませる。

「気取った言い方になるけどさー。人間って多分ここまで発展出来たのって……"誰かの願いを叶えてきた"からなんじゃねーかな。

ハハッ! これ自分で言ったけどハズイな! お前が聞いてない事祈るぜ」

 ブルーは少々気恥ずかしそうに頭を掻く。

「それでもさー。お前がまだ"人間"でいるつもりなら、その事を――忘れないでくれ。

誰かの願いを――叶え続けてやってくれ。まだ前に進みたいのなら……」









 ――後編へ続く……――。




読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート