“変化 動揺#10”
遮光カーテンのすきまから室内に滑り込んだ光がしだいに白く強さをまし双子は同時に目を開いた。顔を見合わせて「明るくなった!」「見に行こう!」そろいのいたずら顔で笑うとベッドから跳ね起きて活動を開始する。まずはジムを起こしにかかったが、布団で築かれた防壁、がんとしてベッドから出ようとしないいつもの状態に見切りをつけ「カーテンだけは開けてくれるな……」という要望は叶えることにして手早く着替えをすませ部屋を飛び出るとベビーシッターの元へ走っていった。――30分後。双子に起こされたホリーと、ホリーに起こされたロンの4人は地下街を流れるいく筋ものmoving walkway(動く歩道)のひとつに乗って運ばれていた。ロンは頭を手すりにのせ半分眠った状態で器用にバランスを取っていた。
「すごくない? これ! 巨大なチョコレート工場のなかみたい。僕、チャーリーになった気分だよ!」
地下とは言え閉塞感を感じさせない設計、人工光と意外にも澄んだ空気に満たされた空間で興奮を抑えきれず流れる道の上で飛び跳ねるフレッドの肩をホリーがやんわりとおさえる。エリックは支流のあちこちから合流しては、また枝のように分岐していく人々がもくもくと運ばれ、それぞれのオフィスへと向かうようすを眺めていた。フレッドの言うチョコレート工場の中は動く歩道も多層構造となっていて、時には3次元的に交差する交差点は本当にお菓子やおもちゃの工場のようだと見ていて飽きなかった。
「同じような顔して同じような場所に同じようなタイミングで向かうって。ほんとにおもちゃ工場を流れるおもちゃみたいだよなー」
ロンは手すりに頭をのせたまま眠そうな目で横になった視界に広がる景色をエリックにつぶやく。
「じゃあぼくたちは?」
「バグ(虫)じゃね? コントロールされたシステムの中にいるバグ」
猫のように目を細めてロンが笑う。
「見つかったらまずいじゃん」
「だぁから見つかんねーよーにするんですー」
今度はあくびをする猫のようだった。
いくつかの分岐点で道を乗り換えオフィスの中心街とは逆方向に向かう道の上で、響く水音に反応したフレッドがまた声を上げた。
「エリック! 見て! 滝! あ、川があるよ!」
地下にはところどころ歩道から降りて休憩がとれるエリアが用意されていた。そこはどこも自然光を広く取り込むつくりとなった地下街に現れた光のオアシスといったより開放的な空間で、各エリアごとに番号が振られた “くつろぎの空間” と表示されていた。見上げると地上近くから流れ落ちる水が人工の川へと注がれていた。
「大昔の東京は川の街だったそうよ。いまではほとんどが暗渠化されているけど、ただ埋めて地上を整備するっていうだけじゃなく、発電やその他にも水の流れを活用するためにこうして長らく失われていた川を復活させてる。魚も泳いでるって」
ホリーがモバイルで地域情報を検索し宙空に展開すると ”Kanikawa(蟹川)”と文字が浮かんだ。フレッドが宙で手を振り夢中で地下マップを広げていく。
「この近くの地上には渋谷川が流れ出す場所があるんだぜ。地上や地下の川に絶滅したタナゴやメダカ、ドジョウなんかを復活させて泳がせているんだと。俺としてはオオサンショウウオにいてほしい。なんなら抱っこしたい」
両手を空中でもみもみと動かし何かの感触をたしかめたらしいロンは妄想のオオサンショウウオ、自分の肩を抱きしめ恍惚とした幸せな表情を浮かべた。
「ロン。川には入れなさそうだよ」
エリックが指さした先には川を覆うように薄く光が跳ねるように反射していた。透明のシールドが張られているらしく、その近くには休憩所勤務のロボット、道案内のほかにいざとなれば警備もするだろうロボットが巡回していた。
「エリックぅ……おまえジムに似てきたんじゃねーの? フレッドみたいにワクワクドキドキっ子のままでいいんだぞー。冷静なつっこみで俺の夢を瞬殺すんなよぅ」
横でフレッドは投影された川の生物に目を輝かせながら、その向こう、せせらぎの近くで犬をつれて休んでいる老夫婦に大きく手を振っていた。フレッドに小さく手を振り返す老夫婦とこちらを見る犬、ゆるやかに遠ざかっていく休憩エリアを眺めながら、エリックが独り言を呟く。
「効率と環境と人間を共存させるとこうなるの? すごいねエドって」
「エド? エリック、おまえ良く知ってるな。東京って数百年前エドって呼ばれてたんだよな」
エリックの小さな声を、自分の肩を抱いたままのロンの耳が聞きつけた。
「東京が江戸(エド)って呼ばれていた頃、江戸は世界最多の人口、100万人を超えたこともあった大都市で、しかもエコでリサイクルな歴史上でも驚くべき都市だったんだと。そっか原点回帰ってやつかぁ?」
「エド……そうか。もともと街の名前だったんだ」
「なになに? ひとの名前だと思ったとか? 知り合いか? きれいなおねえさんか??」
「ううん。僕の知り合いじゃないよ」
「なんだよーエリックぅぅぅ。オオサンショウウオの次はおねえさんも瞬殺ってかー!」
肩の次は頭を抱えたロンがわめくと、周りから奇異の目で見られる前にホリーが足を払って道の上へ倒しその姿を周囲の視界から消した。
地上の公園に出た双子はひらけた場所まで一目散に走ると、昨夜のタクシー運転手がサプライズだといった風景を確かめるべくビル郡を探した。
「あれ、なに? あの緑のとんがりみたいなの。山?」
フレッドが指をさす。
「山っていうか……巨大な森みたい。なんかモサモサしてる。昨夜、タクシーからみたビルも同じなんだ……山じゃない。高層ビルが並んでるんだ」
双子は巨大な都市の中心街に突如として現れた仮想世界の構造物のようなそびえる緑に目を奪われた。
「驚いたか? あれな。モサモサの中身は東京都庁。ハイブリッドなツタでビルを覆ってるんだってよ」
「都庁? ツタ?」
「そ。Hayama特製のスーパーアイヴィ。登録商標は……なんだっけな? ま、とにかくスーパーでスペシャルなマシンープラント(機械植物)、ハイブリッドなツタなんだと。太陽光発電と光合成でエネルギーを作り出し、二酸化炭素を減らして酸素を供給。ツタの葉でビルへの直射日光の照りつけ、反射による光と熱を緩和。道管を流れる水が断熱材として熱移動を防ぎ冷暖房エネルギーの効率を高め、冷暖房設備の削減と利用頻度の軽減を実現。頑丈なネットみたいなもんだから耐震にもばっちり。都市部の3Rエネルギー、大気浄化、気温降下に多大に貢献」
「ロン! すごーい! 良く知ってる!」
キラキラと目を輝かすフレッドに、えっへんとロンは胸をはった。
「だろぉ? 俺ってすごいだろ? 物知りだろ? それに、マシンープラントなんてハイブリッド生物、ウロコフネタマガイみたいでロマンだよな!」
「うん! すごいね! ロン、いろいろ知っててすごい!」
「受け売りよ。パンフレットに書いてあっただけ」
「なんだ。ほめて損した」
「損てなんだ。損て」
「東京ってもっと機械っぽい無機質な都市かと思ってたから、実際にあれを見るとびっくりするね……」
誰ともなしにエリックは呟くと、ぐるりと辺りを見渡した。公園の茂った木々の向こうにそびえる巨大な木に時計の文字盤をつけた深い緑に覆われたビルのその周りを一群の鳥が大きく羽ばたいていった。
開けた場所から公園内の林道を歩くと鳥や小動物の声や姿にロンとフレッドは嬉々として、わざわざ二人は木陰に潜みながら移動していた。ロンがフレッドに言うにはニンジャトレーニングらしい。
「よくきけ。フレッド」
「うん」
「ここにはな、イヌワシやクマタカも来るんだぞ。コウノトリもくるらしい。すごいだろ?! 感動だろ! お前ならわかるよな!」
「うん! すごいね! イヌとワシとクマとタカ! それからコウノトリ!」
「ちげぇ……けど、お前の日本語変換なんかおかしいけど、って言うかいつもどっか飛んでっけど、可愛いから許す!!」
木漏れ日の下、地上の動かない道を歩くエリックとホリーのわきを涼しい自然の風が通り抜けエリックの前髪を撫でた。思わず心地よさに目を閉じる。リアルな風も植物も、鳥も動物も何もかもが新鮮でそして平和なひと時に感じられた。
森林浴がてらの散歩をすませホテルへ戻ろうとする4人の前に公園内のカフェがあらわれた。エリックが「待って」と言う前に、フレッドが店の前で給仕していたロボットに目を奪われて吸い込まれるように店に入ってしまった。
仕方なくフレッドに続いて店に入った3人は、子供用のココアと大人分のコーヒーそれから「この近所の野菜を使っております」とロボットが紹介する “地産地消お膝元サンド” をフレッドが有無を言わさず人数分注文し、手土産いっぱいに4人はホテルへと戻った。
「ねぇロン。このサンドイッチ、お膝って誰のひざ?」
「そりゃおまえ、ショーグンとかテンノーとか。いやまてよ。ダイブツか? たしかにあいつの膝はでかい」
「ダイブツ? ダイフク?」
「そんなもんだ」
フロントでポーターロボットを見つけたフレッドは、買ってきたばかりの朝食を部屋まで運んでくれるようロボットに頼み、ついでに自分も乗せてもらってご満悦でブライアンの待つロンたちの部屋へと向かった。
ポーターロボットに「アリガト」と言ってハグして立ち去るのを見送り、勢いよくフレッドが開けたドアの向こうでは、ブライアンが双子の乱入とホリーとロンのひと暴れ(?)のあとを掃除しており、テーブルでは友軍の救援要請にしぶしぶでも応じたのか柔らかな塹壕から抜け出したジムが部屋を移動して煙草をくゆらせながら宙に浮かべたニュースを眺めていた。
「ただいま!」
「……おかえり」
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