”昼 日の光#4”
チェシャネコさながらのデカイ口に、ケーキスタンドの下段に乗っていたサンドイッチは、あらかた吸い込まれた。
「お気に召さない? 美味しいよ? 勿論、薬物なんて入ってない。何なら取り替えようか?」
俺は湯気の立つカップにも手をつけず、ただそこに座っていた。
「考えてごらん? 君を殺したり、眠らせて解剖に回したりするのに僕が貴重な時間を割いて、わざわざここに招く必要がある? たとえそうしたかったとしても、このタイミングじゃないだろ? だって、僕は君にお願いがあるんだから」
知らん。殺される予定も、解剖の予定も、お願いも、初耳だ。
「食べ方を知らないって逃げはナシ。君はナイフもフォークも使えるし、マナーも仕込まれている。粗野粗暴で作法も知らない人間は、パーティに潜入出来ない」
スコーンに手を伸ばして変人ウィステリアは続ける。
「確かに黙っていれば、その精悍な顔が崩れなくていいけどさ・・・・・・。彫像かっつーの。彫像? ちょっと待って。僕は彫像相手にこんな・・・・・・」
刹那、首を落としたが、何事も無かったように帰って来た。
「君のチームはあいつが目を掛けているだけあって、美形揃いだよねえ。ハニトラ専門もびっくりじゃない? 一見ワイルドなブライアンは、柔らかな物腰と包容力があり、そのギャップで落とす。ロンは、捨てられた子猫からやんちゃな猫まで使い分けるテクニックで落とす。ホリーはもう・・・・・・語らなくてもいいよね。あのツンデレがたまらなく萌えるだろう? 落ちる。間違いなく、落ちる。そうだろう?」
「・・・・・・」
「そして、極めつけはあの双子だ。ステンドグラスをはめ込んだ瞳の天使なんて趣味としかいいようがない。君たちのこと、ハニーチームって呼んでいい? そしたら君は、ハニー隊長」
お断りだ。
「呼ぶよ?」
ウィステリアは顔を斜めにして、ずいとジムに迫る。
あんたがホリーに殺されたいのなら止めはしない。既に、ホリーのタスクリストに名前は連ねているだろうが。
しばらくジムを見つめていたウィステリアは元の場所に落ち着くと紅茶をカップに注いだ。
「だんまりを決め込むのは勝手だけど、その無言で君は君自身で、君が考える向こう側の世界との壁を築いている。君の今までを考えれば、世界を隔てたのは、選択する側の人間だと考えるのは自然かもだけど、君も、分厚い壁を作っているよ。自分から吼えなけりゃ、いつまでたっても君は、彼らのPuppy toyさ」
迷い込んだ変人の茶会。目の前には、これでもかとクロテッドクリームをスコーンに付ける化け猫。足元には、先程散らばって行った白や茶色のモフモフ。流れる音楽は鳥か妖精の歌声かと思えばパヴァロッティ(♪M#1)だ。
ファンタジーと現実が入り乱れた不思議な空間で、俺は覚悟を決めて足元のモフモフを指差した。
「そうだな。ナイフほどじゃないが、フォークも得意だ。肉を突いたり、皮を引き裂いたり、組織を抉ったりする。まさかこのサンドイッチ、中身はラパンじゃないよな?」
「違うよ。電源コードを噛んで焦げたら考えてもいいけど」
「お願い、とは何だ。あんたが、俺の質問に答えてくれるんじゃないのか」
「質問には答えるよ。僕のお願いは、人を探してほしい」
「人探しなら、特殊情報作戦本部にでも頼めばいい。あいつらご自慢の監視システムを使えばいいだろう」
「生きている人間ならね」
「・・・・・・」
「僕が探し出して欲しい人はもう死んでいるんだ。幽霊犬の君なら死人の臭いを追って黄泉の国でも地獄でも探しに行けるかと思って」
ソーサー片手にミルクをたっぷり入れた紅茶を飲み「天国には、絶対に逝ってないと思うんだけどな」そう言って変人はにっこり笑った。
「さあ、君の番だ。ジム。君の質問は?」
「俺があんたのお願いを聞くとでも?」
「聞くさ。何故なら、君自身が、彼を探したくなるからだよ」
紅茶の濃度を調整する為に、ウィステリアがジャグの湯を注ごうと蓋を開けたティーポットからクオリティシーズンの茶葉が香る。
「ほら、どうぞ。君の質問を早く聞かせてよ」
こいつは、俺が何を尋ねるかを知っているだろうに。
「AZは、SAIは、一体何なんだ? 誰が作ったんだ? あんたか?」
「前者については、後ほど。後者については、残念! 本当に残念! 創造主が僕だったらどんなに良かったか!! そう思うだろ?」
“星は光りぬ” を歌うカヴァラドッシさながらの悲痛な顔でウィステリアは声を上げた。
「ね?!」
「違うんだな」
「慰めてよ」
「断る」
俺は招かれて初めてカップを持ち、冷めた紅茶を飲んだ。
♪M#1:ルチアーノ・パヴァロッティ
イタリアのオペラ歌手。声域はテノール。20世紀後半を代表するオペラ歌手の1人。
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