雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
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lamentazione #2

公開日時: 2022年3月3日(木) 08:10
文字数:1,812

嘆きの歌 #2

 再開発地区とは名ばかりの、行政にとっては忘れてしまいたい、貧困層が密集して生活するこの地区は解体にするにも金がかかりすぎるし、それに見合うだけの歳入も見込めず、増加の一途を辿る社会保障の歳出が国の財源を危機的に脅かすようになってからというもの、その対策にあえいでいる国からの補助金は当然見込めない。そもそもこの区域は100年近く前からの負の遺産、軍需工場の跡地で土壌汚染が進んでいるのを承知で労働力確保のために低所得者向けの公営住宅、集合共同住居を作ったのが始まりだった。行政の上の方では暗黙の了解、知れ渡った話で、当然、有力な出資者となるようなスポンサーがそのわかりやすい裏話を知らないはずもない。買い上げた後、普通に利用できるまでのコストと時間を考えれば誰も手を出そうとはしなかった。結果、それでは自然に任せてしまえとばかりに放置された。

行政の怠慢だとほんのいっとき世間の話題にはなったが、社会の底辺と言われる人間たちの集まりでは行政に強く訴える力はなく、派手な抗議もデモもない地味な絵づらばかりでは早々にマスコミたちは早々去っていった。それでも彼らに協力するわずかばかりの人間はいたが、その手をとって協力し現状打開を目指すより大きく立ちはだかる壁に何を言っても時間の無駄、その時間を生きるために費やさなければと、訴えの中心である住人たちがそうそうに諦めたために霧散した。

たいした時間をかけずに行政の非能動的追い出しは功を奏し、腐食の進んだ鉄筋がむき出しになって崩れ朽ちた住居や、経年劣化著しく役立たないくインフラを前に、命あっての物種と住民たちは自主的に去っていき、今ここにいるのは、朽ちる住居と運命をともにすると決めた者と、世界のどこにも居場所のないようなホームレス、そしてグレンが時折顔を出すギャングの末端組織の弱小グループぐらいなものだった。

その一角で、派手な色でペイントされた廃車寸前の車のエンジンをかけた運転席の男はパワーゲージを見た瞬間、苛立たし紛れにステアリングに両手を打ち付けたあと、窓越しに外にいたグレンに怒鳴り声をあげた。

「オイ!グレン!充電できてねぇじゃねぇか!」

怒鳴られたグレンは身を竦めると、おそるおそる車に近寄った。窓越しにフロントパネルをのぞきこむグレンの顎を力任せに掴み上げる。

「このバッテリー残量じゃボスを送って行けねぇじゃねえか。このクソ寒いなか歩けってのか?!どうすんだ、オマエ!」

「すいません!でも、オレ、ちゃんと言われた通りに地下まわって……」

「でもじゃねぇよ。そのバカ頭でも見りゃわかんだろ?!充電できてねぇのが!」

 確かにグレンは地下にあるいくつかの違法配線のポイントをまわってバッテリーを何本も充電してきたはずだった。しかし、パワーゲージは無情にもエンプティを点滅示している。理由がわからず口ごもっていると、いきなり顔を殴られ地面にしりもちをついた。痛みにうめくグレンの横腹に車からおりてきた男が蹴りをいれる。

「ホント、電気もまともに盗んでこれないとか、マジ、つかえねぇ。オマエみたいなやつ、生きてても意味ねぇよな」

 虫けらのようにのたうち起き上がることもできないグレンに薄く笑い声をあげた男は鬱憤晴らしとばかりに立て続けに蹴りを入れたが、野太い声が最後の一撃の手前で制した。

「もうそれぐらいにしとけ!」

 振り向き声の主を確認すると自分を睨みつけるブロンディに、足先で小突くのはやめにしてグレンを指差しながら叫んだ。

「ボス、こいつのせいで車動かせねえんすよ?」

「だからってグレンをボコったって動かないもんは動かないんだろうが。だったらさっさとリッキーにでも連絡入れて迎えにこさせろ」

 男は転がったままのグレンを蔑んだ目で見下ろし舌打をすると、モバイル片手に廃墟になったビルへと向かった。

「起こしてやれ」

 ブロンディの命令に後ろに付いていた一人がグレンに腕を貸し立ち上がらせた。

「大丈夫か?」

「ハ、イ……」

 冷たく刺すような風がグレンの鼻血や鼻水、涙でぬれた顔を容赦なくうつ。だが寒さより腫れた顔と腹の痛みで不自然に体は熱く感じられた。

「グレン、車ん中入れ。話がある。動かない車でも、外よりマシだろ」

 グレンを起こした男が車のリアシートのドアをあけ、先に中に入ったブロンディが顎先で運転席のドアを示すと、無言でドアを開き、自分はボスの横に乗り込むためリアをまわって反対側から乗り込んだ。

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