雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

03.01:ombra #1

公開日時: 2021年8月16日(月) 08:10
文字数:3,158

”影 暗闇 亡霊 不吉 #1”


 俺たちはもともと組織の中で公に出来ない暗部、その末端で働く使い捨ての犬、それも黒犬だった。死体漁りだの、骨拾いだのと蔑まれ、俺たちが現れるのは不吉の象徴として、バーゲストだの、ブラックドックだのと呼ばれていた。


 それが、近年の統合軍新設及び改編、つまり 上層部(雲の上)がドタバタと騒いでいる真っ只中、突然本部へ呼び出された。


「レスター大佐はお前たちを新設部隊、それも情報部の正式な猟犬として拾い上げて下さると言っておられるのだ。有難く拝命しろ」


 空調が完璧にコントロールされた施設内にも関わらず、うっすらと顔に汗を滲ませる上官が俺に言った。俺は、説明能力を欠いた男のその汗が、軍人らしからぬ緩みきった脂肪まみれの体のせいか、それとも、デスクから少し離れた場所で佇むピンバッジのせいかと考えていた。

 俺たちとは顔も合わせようともしない、今までの将校たちとは比較にならないほど、じゃらじゃらと光るピンバッジを胸にした男は、生粋の情報組織の軍人らしい雰囲気を携えて俺を見ているようだった。

 ピンバッジどころか、たとえ命令に従い死んだとしても栄典とは無縁な俺たち。そもそも俺たちは戦果の評価対象ですらなく、結果を出したとしても、それは光の当たる正式部隊の功績として記録されていた。何せ俺たちは、戦死者の数にも入らない、NSN (備品管理番号)が振られた備品みたいなものだからな。

 最期を迎えるその時も、天からの御使いは期待できず、乾いた喉を潤す aqua vitae(命の水)が湧くはずもない黒犬に、突然の甘い話。経験上、キナ臭い、いや、嗅覚を狂わせる甘ったるい臭いが鼻をついたが、首輪と家のある猟犬になれるチャンスだった。犬は野良で犬死にするだけだが、猟犬は埋葬の上、さらに名前付きのデカイ石まで乗っけて頂ける。名も無く、家も無く、生まれも育ちも真っ当どころか記録すら怪しい俺たちには、首輪(組織) と 墓(名前)と家(福利厚生)は随分と魅力的に思えた。少なくとも、俺には。


「返事はどうした? “拝命致しました” と、今すぐ答えんか」


 無言の俺にしびれを切らしたのか、汗をハンカチで押さえた男はちらりと横を窺い、有りもしない威厳を見せるふりをした。俺が口を開こうとしたその時、待て、と大佐が制した。初めて聴いたその声は、機械音でも出てくると思ったが、驚くほど深みのあるいい音だった。


「“911117”、いやジム。君は、優秀だな。ヤード出身という事をのぞけば、犬ではなく、軍人になれただろう。君なら、あの時失ったポイントを巻き返して、この先ヤードを抜けることも奇跡ではないかもしれん」


 あの時

 大佐の頭の中には、俺の全てがデータ化されて入っているような口ぶりだった。きっと入っているんだろう。タブレットがなけりゃ、説明すら出来ない隣のお粗末な頭とは比べ物にならない程、膨大な情報がその頭の中に。


「君のチームの残りの3名も今のところ順調にポイントを稼いでいるようだが、ヤード出身の君ほどではないにしろ、“選択の日” までには、まだかかりそうだ。そして君たちは、いともたやすく、次の任務、明日にでも、その日が永遠に閉ざされることは百も承知だろう」


 一分の隙もなく最上質な軍服を着た男が、俺に向かって歩み寄ってきた。


「君たちを、いつ消えてもおかしくない黒犬にしておくのは惜しいが、私の話は、君にその気があれば、だ。首輪のついた犬にも、それなりの覚悟が必要だと言うことだよ」


「自分に選択など……」


「いいや。君と彼らに、選択の機会をやろう」


 それは、選択する側の口ぶりだ。

 俺たちは、選択される側であって、選択する側になることはない。


 レスター大佐は俺を正面から見据えて言った。俺を映す瞳は良く出来た造り物にすら見え、その瞳孔の奥ではこの建物のそこかしこにあるような、カメラやセンサーといった機械が精巧に仕組まれているんじゃないかと思った。それを司るご立派な脳みそは、作戦立案にも使われるスーパーコンピューターの親戚かもしれない。


「良く考えるといい。そう言えば君は、誰が好きなんだ。スティーブ・ロジャース? トニー・スターク? それとも、ブルース・ウェイン? いずれにしても、ヒーローを夢見ているなら、私の話を断り、黒犬のままでいる方がいい。君に与える首輪は、ヒーローの称号とは無縁だ」


 全くろくでもない脳みそ様だ。



■■■



 あいつらは、この話をどう思うだろうか。

 

 俺は、何本目かの煙草に火をつけていた。

 メンバーを誘ったホンキー・トンクへの道のり、俺はどこか自分を納得させるような落しどころを、ビルの上空や、大通りの上で踊る宙空投影されたサンタや妖精、キラキラとクリスマスの装飾に彩られた街中、目の前に広がる向こう側の世界の中に探しながら歩いていた。


 咥えた煙草の煙を肺に招いて、レスター大佐の選択肢を思い起こす。


 話を断る事を選んでも、わざわざ殺しはしないだろう。労力の無駄だ。そんな事をしなくても、どうせそんなに長くはもたない消耗品、死ぬまでの間、使えればいいと考えるはずだ。


 あいつらの、ここから抜けられる可能性は0じゃない。

 うまく命を繋げば、日の当たる人生をいつかは歩めるかもしれない。

 だが、甘ったるい臭いが拭えない首輪のついた猟犬はどうだ。何せ、主人は、あの大佐だ。



“首輪のついた犬にも、それなりの覚悟が必要だと言うことだよ”



 吐き出した煙の中に、大佐の台詞が蘇る。

 使い捨ての中じゃ珍しい長さで、あいつらとはチームを組んできた。チームの解散に、情のようなものが無いといえば嘘になる。だが、それぞれが生きる道を選択して、解散するなら悪くない。


 店に着き、席に向かう前に寄ったトイレの鏡に映る姿は、自分で言うのも何だが、神妙な顔つきにすら思えた。結局、眺めた世界のどこにも、当たり前に着地点は見つけられず、俺は新しい煙草に火をつけると3人が待つテーブルに向かった。

 紫煙を吐きだした俺の顔を見るなり、口の減らないロンが「隊長。いつものハシビロコウがイエアメガエルみたいな顔になっていますよ」と、大笑いしやがった。どんな例えだよ。相変わらず意味がわからん。

 つられて笑っているお前たちは、そのカエルの顔知ってんのか。

 そのまま動物オタクのカエルネタを披露するロンの口めがけ、ホリーがナッツを何粒が放り込むと見事命中したらしくカエル話に終止符とどめを打った。


 俺は、むせ返るロンを尻目に降って湧いた猟犬の話を始めた。


 一息に喋った俺は一旦口を閉じ、ボイラーを喉へ流し込んだ。空になったグラスを見ながら、デザートとさながら最後に甘い話を続け、ゆっくりと3人を見渡した。

 俺の目を見たブライアンは、同じように無言でグラスを空にしたあと「ジム、俺たちはチームで、お前は隊長。俺たちは、お前に一任するよ」解散など考えもしない、当然だとでも言いたげな台詞で話に区切りをつけ、グラスを持ち上げた。ロンとホリーもそれに倣い、4つの空のグラスがぶつかり安い音を立てた。

 俺たちを拾い上げるきっかけとなった雲の上のゴタゴタに、あらためて注文した酒で一応の乾杯はしたが、この騒動は宇宙軍だの、サイバー軍だの、SF世界の軍隊を現実世界に出現させ、次はロボット軍(このネーミングはどうなんだ? 別にATOMが飛び回るわけじゃないだろう?)が、新設されると言う噂が、俺たちがいる底辺にまで漏水した水のように広がっていた。この先出てくるのは、サイボーグかエスパーかって話を、安酒を重ねるチープなツマミとして、結局いつものように馬鹿笑いしながら酒を浴びた。




 ところがだ。




 まさかその酒の肴を、リアルに、そして真剣に考えているお偉い方々がいることを、その後1ヶ月もしないうちに知ることになるとは、酒の力を借りていくらハイになろうとも夢にも思わなかった。





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