嘆きの歌 #3
グレンは痛む身体を引きずるようにして開かれた運転席になんとかおさまったが、壊れ掛けの重たいドアをしっかりと閉めるだけの力が出せず隙間が空いた。後ろではブロンディが煙草に火をつける音がする。今では珍しい紙巻の煙草は、葉と紙、フィルターをチャイナタウンまで使いに出され自分が買ってきて、そこに見える崩れかけた部屋で一本ずつ手で巻いたものだった。自分がまともに任せてもらえる仕事はこの煙草の使いと、バッテリーの違法充電ぐらいのものだ。
「グレン、オマエが巻く煙草はうまいぜ。手先が器用なんだな」
ブロンディは大きく肺から煙を吐き出すとそれを後ろからグレンに向けて差し出した。痛みに震える腕でその煙草を指にはさみ、鉄の味しかしない口内から肺に煙を招けば、幾分か気持ちが落ち着いた。手巻きとは言えブロンディが好む葉はそこそこ値段のするもので、こんないい煙草はブロンディが機嫌のいいときに何本か駄賃代わりにもらえるぐらいで、普段自分が吸っているクズ葉を集めた粗悪なものとは煙の質も気持ちの落ち着き方さえも全然違うように思えた。
「オマエ、仕事したくねぇか?」
グレンが一度大きく息を吐いてから、ブロンディは静かに話しを始めた。
「し、仕事ってどんなんですか。俺にできることならしたいです」
「オマエにしかできない仕事だ。デニスにもリッキーにもできねぇ、オマエになら任せられる」
自分を殴りつけ笑いながら蹴り続けた男の顔が浮かぶ。
「それってどんな……」
「廃教会にいって様子を探ってこい。教祖がなにやってるか見てくるんだ。表向きはその辺の教会みたいなことしてるっていうからな、今のオマエの顔なら温かく迎えてくれるだろう。酷い目にあって悩んでいるとでも言ってやれ」
ブロンディはバックミラーごしにグレンの腫れあがった顔に視線を寄越し、ジョーク混じりに笑った。つられてグレンも小さく笑う。
「でもボス。見てくるって何を見てくるんですか」
「お前、裏のボロ部屋で干からびた雑巾みたいなジーサンがいたの知ってるだろ。まあ雑巾にしたのはリッキーたちだがな。あいつらが言うには悲鳴も上げられないほどボコったあと放置したそうだ。ところがそいつの姿が消えたそうだ。死んだにしてもここらじゃ死体を片付けるような奇特なやつがいるわけねぇし、衛生局が回収するはずもねぇ」
キトク……グレンは自分の知らない単語を頭の中で反芻してみた。
「ところがな、最近そいつを街で見かけたって言うんだよ。で、笑えることに働いてるんだとさ、マーケットのゴミ掃除かなんかで。あのクズが、働くのが嫌でこんなとこに流れ着いた根っからのクズが真面目に働いて生きてくわきゃねぇよ。人間なんてのは変わるわけがねぇ、よっぽどの理由がなきゃな。生まれつきなんだよ。頭ん中に入ってる脳ってやつの作りが違うんだ。遺伝ってやつよ。チビの親からデカイガキは生まれないだろ?頭のデキも同じなんだよ。バカからはバカしか生まれねぇ。クズな人間はクズから生まれる、責任は親にあるんだ。生まれつきクズはクズでバカはバカだ。そんでそのまま死ぬんだよ。バカはバカのままな」
「でも、じゃあ、どうして……」
「グレン、お前はバカじゃないからわかるだろう?だからな、よっぽどの理由ってのがあるんだよ。それはな、だいたいクスリか金かってとこだ」
「でもあいつそんなもん持ってませんでしたよ」
一度、リッキーに言われて様子を見に行ったことがある。何もない、外とたいして変わらない温度、朽ちた部屋だった。何かを隠すような場所も家具もなかった。
「そりゃそうだろう。そんなもん持ってりゃ死にぞこないになるほどリッキーたちに殴られねぇ。ひとつわかってるのはあのジーサンは廃教会に出入りしていた。今でも時々顔出してるって話だ。何もねえあの野郎に何かあったとすれば、そこしかねぇだろ?それに最近じゃあの教会に行くと奇跡が起こるとか、サルより頭の悪い息子が字が読めるようになったとか、ババァたちが喋ってるのをコイツが聞いたんだとさ」
ブロンディは隣に座るボディガード、ブロンディよりも上背も横幅もある屈強な右腕を指差した。
「グレン、オマエなら怪しまれずに教会に入れる。そこで神父だか牧師だか知らねぇが、教祖サマが何やってるか調べて来い」
肩に手をおきミラー越しとは言えしっかりと自分と目を合わせて仕事を頼んでくれるボスに、グレンは高揚した気分に身体の痛みまでも和らいだ気がして「イエス、ボス」と大きく返事をした。
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