”昼 日の光#8”
ジムの脳裏には紙で築かれた山のいくつかからはみ出した紙片と、その文字が鮮明に映し出されていた。
引き裂かれた死体、怪物、叩き潰された死体、悪魔、食い荒らされた死体、獣、証拠、死体以外なし、姿が見えない。
突入、小隊全滅、生存者0、現場情報なし、付近調査情報なし。
馬鹿な。パナガリスが「荒唐無稽」と言っていたのは的を射ている。
武装した小隊を含む数十人の人間を潰しておきながら、証拠が結果としての死体しかないなんてことは、有り得ない。
何かがあったはずだ。その何かが見えないだけだ。隠されたのか。
誰が。何のために。
消えたAZは。
「AZが消えるはずはない」
「そう。この地球の法則に則っている以上、人間を構成している要素が霧散するわけない。ほんっと、バレットのヤツは薄っぺらい。鬱陶しいぐらい喋るくせに、兎に角内容が薄っぺらい! そのくせ僕より自分が優秀だと信じてやまないところが、お粗末!」
何を思い出したのか、これでもか、と言うほどウィステリアは嫌な顔をした。
「だが、消えた」
「そう。跡形も無く、消えちゃった。ほんの少しスタッフが目を離した時間に。誰も、辛うじて動ける状態のAZがまさか消えるなんて思ってなかっただろうけどね」
猫の目のように、ウィステリアは瞬時に表情を変えて、ジムに向き直った。
「監視カメラやセンサーの情報は?」
「無い。消えた瞬間も無いけど、消えていく経過、逃亡したり、誰かが連れ出した情報もない。ちなみに、ここの一部が、超高セキュリティエリアになったのは、その件があったから」
「レスターは、違うんだな」
「残念! レスターは隠し事をしているけど、首謀者じゃない。君も簡単に行き着いたように、あいつにとって、あの事件は、意味も筋も無い。むしろ、博士とAを一度に失って大打撃を受けたのはあいつの方だよ。だって、AZ、いや、SAIの開発が6番目で止まっちゃったんだから」
「どういうことだ」
「SAIはウィルスって言ったけど、地球に許容され根付いて闊歩しているインフルエンザウィルスみたいに、自然界で楽々と繁殖出来る力はない。SAIはね、ある特定の場所でしか発生しないんだ」
ウィステリアは自分が飾りつけをした部屋の隅で身を寄せ合っている白と茶色のモフモフを見た。その上には、庇のようにせり出した大きな葉と、喋り出しそうな花が咲いている。
「ほら、花にも特定地域でしか生息できないもの、あるでしょ? SAIもね、同じようにある特定の場所でだけ発芽する。簡単に新規作成、コピーが出来ないのが何よりの難点! それにSAIは想像以上に選り好みが激しい。用意された脳が、何でもいいってわけじゃない。これも、量産化の妨げ。僕はね、こういった障害は博士の意志なんじゃないかと思ってる。僕がいまだに超えられない強固な意志。ひどいよねぇ、ほんと、ひどい。僕を置き去りにして、更にこんな・・・・・・ひどい・・・・・・」
ウィステリアは、ひどいひどいと、ブツブツと唱えていた。そんな変人は放っておいて、ジムはジムでまだ見たことの無いエリックとフレッド以外のAZ、そしてSAIのことを考えていた。
量産化はもっと進んでいるものだと思っていた。自分たちが実験部隊と言うからには、少なくとも近い将来に、正式部隊の用意があるものだと。量産出来ない兵器など無意味だ。
「量産はとっくに目処が立っているかと」
「なに? 僕に対しての嫌味?」
「いや」
「そお? ほんとに?」
次は顔をはたかれないように気を付けながらジムの顔をウィステリアは覗き込んだ。だが相変わらず全く代わり映えのしない彫像顔だったので、早々に観察を切り上げた。
「そりゃ目処はあったよ。ある程度でも量産出来なくちゃ、軍として、国として意味ないもん。でも、目処は、SAIの量産じゃなく、廉価版のね。スポンサーからせっつかれた博士は、奴らにも理解しやすい、廉価版を提案したんだ。あの事件が起きたのはその研究施設。施設は潰滅、資料も焼失、博士は消失。廉価版の研究も一気に失速したけど、まあ、何とか? こうして美味しいお茶会が出来るくらいの資金は、今も僕のところにも回ってくるってわけ」
「消えたA以外にも、AZはいるんだな」
「いるよ。開発に成功したのはフレッドまでの6人。Aが消えたから、今は5人のこどもたちだ」
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