”影 暗闇 亡霊 不吉 #2”
俺たちが正式な猟犬として登用され、あの話は夢ではなかったのだと現実を噛み締める暇も無く、その登録作業から種々雑多なまさに膨大な雑務に忙殺されて過ごした半月後、俺は、新しい主人、レスター大佐に呼び出された。
秘書が、このフロアに入る前に警備兼案内ロボットがスキャンした俺のデータと、手元にあるファイルのデータを照合し「こちらへ」と、立ち上がった。
「大佐は現在、別の方と映話中ですが、入室してお待ち下さい」
ピタリと立ち止まった部屋の前でそう告げると、スタイルの良い後姿は小気味良い足音を立てて去っていった。残された俺をセンサーがスキャンすると、扉は開かれた。
入室した部屋は、機能とデザインが高いレベルで融合しているような部屋で、俺たちにあてがわれた部屋とは大いに隔たりがあった。もっとも、部屋が与えられただけでも感極まるものがあったが。特に、机に頬ずりしたり、使い古され辛うじて液体が出てくるようなコーヒーサーバーにも喜びのあまり声を失った二名を見て。
奥では、確かに大佐は誰かと通話中らしく、長い腕だけ伸ばし、デスクの辺りを指差してきた。俺は、指示された場所まで進むと、そこで腕を後ろ手に組み、待つことにした。
部屋にあるカメラやセンサーの視線を感じながら待つこと数分、通話を終えた大佐がやってきた。
「何故、突っ立っている。座ればいいだろう」
「座れと命令されませんでしたので」
「座れ」
大佐は先に座るとテーブルの上で手を振り、いくつものファイルを宙空投影で展開させ、説明を始めた。明晰かつ端的に、声音と同じく一切の淀みのない喋りは、耳には良かったが、内容はお世辞にも良いとは言えない。
新設予定部隊の為の情報及びデータ収集を主目的とし、実作戦を展開してのデモンストレーションを行う不可視化された実験部隊。黒犬(ブラックドック)から猟犬(グレイハウンド)に成りすました俺たちにうってつけの、存在は不透明、境界は不明瞭、まさに灰色(グレー)な立場と任務。
唯一明確な至上命題。
任務においては、情報とデータが絶対的優先となり、俺たちはそれを身命を賭して狩り、主人に持ち帰るまで死守する。
「質問はあるか」
「いえ」
何も疑問は無かった。俺たちの命が物品や、或いは形のない英数字の羅列より安いのはいつものことだ。だから、余計に鼻先にこすり付けられた臭いが気になり始めた。これだけのことで甘い話を持ち出したりしないだろう。身構えている俺に気付いているのかいないのか、唐突に大佐は質問を寄越してきた。
「君は、子守は得意か?」
「……」
「君は本当に “Unwavering Jim(揺るがないジミー)” のようだ。顔の筋肉一つ動かない。驚いたり、笑うことはできるのか?」
「……」
「まあいい。君のチームには、特別な備品を支給する。君たちはこれから、この備品とともに任務をこなすことになる」
備品とともに?
言い間違いとは無縁の大佐から、おかしな言い回しが発せられた。真意を測りかねてる俺の前に、大佐はまた一つファイルを展開させ、聞き心地の良い音で、滑らかに、説明を開始した。目の前に並べた安酒の肴の説明を。
宙に浮かぶ、名称に “E” と “F” と表示された肴を見ながら聞く説明の中で、俺は、自分の嗅覚能力を疑った。
甘い臭いの正体は、俺の嗅覚では、嗅ぎ分けられない程の甘露に仕込まれた劇薬。
まんまと俺は、毒に気付かずその安酒を重ねたあの日のチープなツマミを食ったというわけだ。
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