雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

05.07.01:attacca #1

公開日時: 2021年9月7日(火) 08:10
文字数:1,848

”楽章の間を切れ間なく演奏する#1”


 不思議の部屋から出た現実は、見慣れているはずなのに、やけに白く無機質に見えた。

 ひらけたエレベーターホールの窓から見える地上は、豊かな緑に囲まれた広々とした敷地。そして公園のような庭には、ちらほらと人の頭が見える。大人しく伏せている犬らしき動物の背中も見えるが、果たしてあれは、生物なまもの犬か、機械ロボット犬か。この高さからでは、全く見分けがつかない。

 ジムはエレベーターに乗るのをやめて、裏側の階段を下りることにした。

 階段への各入り口には、スライドドアがあるが緊急時以外はいつも開いている。ただそこを通過する時センサーが自分を確認する気配をジムは感じた。どこにいたって、誰がどこをウロついているか、全て各種センサーとカメラで追われ、セキュリティ管理センターで把握出来るようになっている。管理センターの人間をサポートするAIは優秀だ。眠りこけたり、話に夢中になって余所見よそみする、或いは、生理的欲求によって、任務を放棄せざるを得ない人間よりもるかに。

 この仕掛けは、全てAが消えた事件のあと、慌てて導入したんだろうか。超高セキュリティになったのは、事件があってから、と変人は言っていたが、その前はどの程度のものだったのか。


 ジムは、階段を下りながら思いを巡らせていた。


 消えたA。

 人間は煙のように空気へ溶け込んで消えたりはしない。

 消すには物理的な作用が必要だ。

 それに、何ものかの精神的作用も。

 誰の、何の為の意思だ。


 A、いや、それをコントロールしているSAI、“1”そのものの意思か。 空っぽと、言われたAと“1”は、自発的に何かを思考していたのだろうか。

 SAIは、AIは確かにプログラムだが、自発性に関してはどうだ。人間の脳に寄生し、人間の身体をコントロールし、人間世界を動き回る、そのAIに自発性が生まれても、何も不思議じゃないだろう。


 それを、あいつらは、コントロールしている、出来ているつもりなのか?

 エリックやフレッドに対し、周期的にクリーンアップをかけるのは、自発性の抑制か?

 双子がミュージシャンの卵を割って嬉々と話す姿も、学習したプログラムか?

 許容される範囲の自由意志なのか。

 自由意志? そんなもの、俺たちだって曖昧だ。


 だが、Aはどこに行った。

 この世のどこかには、いるのか。


 ジムは機械的に足を動かし、速度を保って階段を下りていく。誰も通らない、静かなこの空間には緩やかな空気の流れと、囁くような階下の音が流れていくだけだった。


 どこにもいないと言う死んだ天才はどうだ。

 寸分の隙も狂いもない、どこからどうみても完璧な死体だったと言う。

 だが同時に、どこかにいる、生きている、その魂が、と言う。

 魂が?


 魂。非物質的でありながら、精神的実体として人間を人間たらしめるもの。

 それは見えず、だがそこにあり、人間を動かし、思考させるもの。


 何とも曖昧でありながら、絶対的な存在を主張する存在だな。

 そんなものに、俺たちは動かされているって言うのか?

 もし、人間を動かすものが魂なら、AZたちの魂は、SAIと言うことになるじゃないか。

 AZたちは、目に見える魂を持つ。

 俺たちよりも、遥かに明確な存在と言うことか。


 ジムは、ほとんど考えたことのなかった程遠い存在としての “魂” について、哲学を語っていられるほど暇じゃない。と、早々に結論を出すと、“死体か否か” と言うわかりやすく身近な話題に切り替えた。


 死体がダミーなら話は早い。

 探し人は生きているのだから。

 特殊情報作戦本部しろうさぎのところの、巨大な力を持つ監視システムで探せば、出てきそうなものだ。


『生きている人間ならね』


 しろうさぎの結果を知ってのことだろうか。それとも、殺された博士が本人だったと言う紛れもない確証があるのか。その証拠の信憑性は。


“見つからなかった” と言う結果に対し、“死んでいる” との判断は、監視システムがどんなに優秀なAIだったとしても出来ないだろう。例え地球全体をネットでカバーしていたとしても、生きている人間を監視し見てている限り、死んでいることの証明は出来ないんじゃないのか。


 AIだからこそ、生死の境は越えられないということか。

 だが、そもそもAIに、生死の境などあるのだろうか。



 ジムは気付かず、ウィステリアの謎々に絡め取られていった。


『光は光の中に、闇は闇の中に。そこにあるのに何も見えない。それは何?』


 胴体をどこかにやったチェシャネコウィステリアがにんまり笑う。


 落とす首がなくても、俺は構わない。

 頭が見えればその脳に、フォークとナイフを突き立ててやる。



 ニヤニヤしながら、ネコはハニー隊長キャプテンハニーと鳴いた。



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