”楽章の間を切れ間なく演奏する#1”
不思議の部屋から出た現実は、見慣れているはずなのに、やけに白く無機質に見えた。
ひらけたエレベーターホールの窓から見える地上は、豊かな緑に囲まれた広々とした敷地。そして公園のような庭には、ちらほらと人の頭が見える。大人しく伏せている犬らしき動物の背中も見えるが、果たしてあれは、生物犬か、機械犬か。この高さからでは、全く見分けがつかない。
ジムはエレベーターに乗るのをやめて、裏側の階段を下りることにした。
階段への各入り口には、スライドドアがあるが緊急時以外はいつも開いている。ただそこを通過する時センサーが自分を確認する気配をジムは感じた。どこにいたって、誰がどこをウロついているか、全て各種センサーとカメラで追われ、セキュリティ管理センターで把握出来るようになっている。管理センターの人間をサポートするAIは優秀だ。眠りこけたり、話に夢中になって余所見する、或いは、生理的欲求によって、任務を放棄せざるを得ない人間よりもるかに。
この仕掛けは、全てAが消えた事件のあと、慌てて導入したんだろうか。超高セキュリティになったのは、事件があってから、と変人は言っていたが、その前はどの程度のものだったのか。
ジムは、階段を下りながら思いを巡らせていた。
消えたA。
人間は煙のように空気へ溶け込んで消えたりはしない。
消すには物理的な作用が必要だ。
それに、何ものかの精神的作用も。
誰の、何の為の意思だ。
A、いや、それをコントロールしているSAI、“1”そのものの意思か。 空っぽと、言われたAと“1”は、自発的に何かを思考していたのだろうか。
SAIは、AIは確かにプログラムだが、自発性に関してはどうだ。人間の脳に寄生し、人間の身体をコントロールし、人間世界を動き回る、そのAIに自発性が生まれても、何も不思議じゃないだろう。
それを、あいつらは、コントロールしている、出来ているつもりなのか?
エリックやフレッドに対し、周期的にクリーンアップをかけるのは、自発性の抑制か?
双子がミュージシャンの卵を割って嬉々と話す姿も、学習したプログラムか?
許容される範囲の自由意志なのか。
自由意志? そんなもの、俺たちだって曖昧だ。
だが、Aはどこに行った。
この世のどこかには、いるのか。
ジムは機械的に足を動かし、速度を保って階段を下りていく。誰も通らない、静かなこの空間には緩やかな空気の流れと、囁くような階下の音が流れていくだけだった。
どこにもいないと言う死んだ天才はどうだ。
寸分の隙も狂いもない、どこからどうみても完璧な死体だったと言う。
だが同時に、どこかにいる、生きている、その魂が、と言う。
魂が?
魂。非物質的でありながら、精神的実体として人間を人間たらしめるもの。
それは見えず、だがそこにあり、人間を動かし、思考させるもの。
何とも曖昧でありながら、絶対的な存在を主張する存在だな。
そんなものに、俺たちは動かされているって言うのか?
もし、人間を動かすものが魂なら、AZたちの魂は、SAIと言うことになるじゃないか。
AZたちは、目に見える魂を持つ。
俺たちよりも、遥かに明確な存在と言うことか。
ジムは、ほとんど考えたことのなかった程遠い存在としての “魂” について、哲学を語っていられるほど暇じゃない。と、早々に結論を出すと、“死体か否か” と言うわかりやすく身近な話題に切り替えた。
死体がダミーなら話は早い。
探し人は生きているのだから。
特殊情報作戦本部のところの、巨大な力を持つ監視システムで探せば、出てきそうなものだ。
『生きている人間ならね』
しろうさぎの結果を知ってのことだろうか。それとも、殺された博士が本人だったと言う紛れもない確証があるのか。その証拠の信憑性は。
“見つからなかった” と言う結果に対し、“死んでいる” との判断は、監視システムがどんなに優秀なAIだったとしても出来ないだろう。例え地球全体をネットでカバーしていたとしても、生きている人間を監視している限り、死んでいることの証明は出来ないんじゃないのか。
AIだからこそ、生死の境は越えられないということか。
だが、そもそもAIに、生死の境などあるのだろうか。
ジムは気付かず、ウィステリアの謎々に絡め取られていった。
『光は光の中に、闇は闇の中に。そこにあるのに何も見えない。それは何?』
胴体をどこかにやったチェシャネコがにんまり笑う。
落とす首がなくても、俺は構わない。
頭が見えればその脳に、フォークとナイフを突き立ててやる。
ニヤニヤしながら、ネコはハニー隊長と鳴いた。
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