“楽章の間を切れ間なく演奏する#6”
今も、スタッフに案内された部屋は、いつもと変わることなく真っ白な箱だった。
蓋を開ければ、双子が同時にこちらを見た。
どこかはにかんだような顔の双子が、揃って中にいることに一先ず安堵する。
双子の側にいたスタッフが二人に何か囁いた後、俺の方へと歩み寄ってきた。
見た事のある顔だ。
この前、エリックを運び込んだ時に、バレットに一人反対していた女性医師だとジムは気が付いた。
「初めまして。ウィリアムズです。」
ウィリアムズと名乗った医師は、迷わずジムに手を差し出した。
「・・・ジムだ。」
任務中でなければ、握手を求められることなど決してないジムだったが、差し出された手を握り返した。
自分のすぐ後ろでは、やはり任務中でもなければ見ることのない光景に、わかりやすく衝撃を受けている3人がいた。
「あなた、本当に、“Unwavering Jim” なのね。」
そう言って、ウィリアムズは優しく笑うと「それから・・・。」と、ブライアンを見た。
ジムがその視線に気付いて部下を紹介しようとした時、兄と遊んでいたフレッドが、走ってウィリアムズに飛びついて来た。
「ブライアンだよ! そっちがロンで、こっちはホリー! ジム! 迎えに来るの遅いよ! 待ちくたびれちゃった!
ね! エリック!! 仕方ないから Dark Side のライブ映像、全部見ちゃったもんね!!」
「全部見たいって騒いで、ジョアンナに全部持って来てもらったのフレッドだよ。
僕と、ジョアンナも一緒に観ないと嫌だって騒いだのも、フレッドだ。」
弟に呼びかけられたエリックは、落ち着いた様子でこちらへ歩いてきた。
「いいじゃん! ジョアンナも楽しかったでしょ? すっごくカッコいいよね、Dark Side!」
「そうね。カッコよかった。ヴァーチャルでも、久し振りにコンサートに出掛けられて本当に楽しかった。」
腰に抱きつくフレッドの、彼らの瞳によく似合った金とも銀とも取れるような色合いの柔らかい髪を撫でながら「誘ってくれてありがとう、フレッド。」そう言ってウィリアムズは微笑んだ。
くすぐったそうなフレッドだったが、ジムの後ろで立ちすくんでいるホリーが片手に握り締めているフィギュアを目ざとく見つけたらしい。
「あ! ホリー! それ! ライアン!!(♪M#1) しかもDig(♪M#2)のときのオニヴァージョンだ!!
エリックみてみて!! すごいよ!!」
弟の大騒ぎを、やれやれと言った笑顔で見つめると、エリックはジムを正面から見た。
「ジム。何だか久し振りな気がするけど、そんなに経ってもいないのかな。」
「そうだな・・・。」
「 ? もしかして、ジム、疲れてる?」
「・・・いや。そんなことはない。」
「相変わらず表情からは全くわからないから、なんとなくだけど。大丈夫?」
「ああ。」
「良かった。いつものジムに会えて嬉しい。ジムのその不動が僕たちを安心させるんだ。曖昧な僕らの “Unwavering Jim”」
そう言って、本当に綺麗にエリックはにっこりと笑った。
「エリックぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
感極まったのか、耐え切れずロンが飛び付こう・・・としたところを、子犬のようにじゃれ付くフレッドを抱えたホリーの足技を食らって墜落した。床に這い蹲りながら「何すんだ、このやろう!」と、ロンは声を上げ、ブライアンがおいおいお前ら・・・と、やんわりと嗜める日常が場所もわきまえずに始まった。
ウィリアムズは、やや呆気に取られながらも興味深そうに3人と双子のやり取りをみていたが、一人納得したように頷くとジムへ向き直った。
「とてもよくチームとして機能しているんですね。今回の件、ウィステリア博士が処置をなさいました。前回任務の記憶は検索キーも含め消去しましたが、その前後のデータ連結は可能な限り残してあるようです。私が処置後を担当しましたが、データ消失によるリンク切れや、残留データによる記憶障害、データ不整合は殆ど発生していません。素晴らしい腕ですよ、博士は。」
「命令では、初期化 と。」
「確かにそのオーダーが出ていましたが、ウィステリア博士曰く “僕が勝った。貸しはまだいくらでもある。” と、仰られ、一部データ消去にオーダー変更となったようです。」
「・・・・・・。」
ジムは、この真っ白な箱の四方八方に、これでもかというほどニヤけた顔の化け猫が出現したように思えた。
ジムが脳内の化け猫を追い払う作業に没頭していると、頬を紅潮させたフレッドが歓喜の声を上げ、ブライアンを指差す。
「ジム! 僕たち、次は日本に行くの?! ブライアンが言ってること本当?!」
「俺が嘘つくわけないだろうが。見ろ。」
ブライアンがタブレットから作戦資料の一部、LIVE BAND AIDの映像を宙空に投影した。
世界中から参加する超有名アーティストたちをフレッドが目を輝かせながら次から次へと展開させると、エリックも、ロンやホリーまでもが、そこに引き込まれていった。
「次はコンサートのお仕事なの?」
ジムが任務のことなど話すわけはないと分かってはいたが、双子と双子を囲む面々を見ていたウィリアムズは、髪を解きながらつい尋ねてしまっていた。
解かれた髪から柑橘系の匂いが微かに漂い、ジムは鼻でそれを音もなく吸い込んだ。
「そんなとこだ。」
「そう。」
目ざとくその動きを見ていたウィリアムズは、“子犬はきっと僕に感謝するね。間違いない。そう思うでしょ?” 博士に尋ねられた時は、てっきり双子のことかと思って、“ ? ええそうですね・・・。” と、半分濁して答えたけど、まさかね・・・。
狼犬だったとしても、とても子犬には見えない。
と、真っ直ぐに宙空投影を見つめる目の前の男を眺め、やはり一人納得していた。
ウィリアムズの視線をよそに、ジムは双子たちが騒ぐ一人のミュージシャンに、ある面影を見つけ釘付けになっていた。
あの地獄からただ1人生還したと聞いた少年に。
♪M#1:Ryan Martinie(ライアン・マルティニー)
アメリカ合衆国出身のベーシスト。1998年からMudvayne(マッドヴェイン)のベーシストとして参加。
♪M#2:Dig
2000年にリリースされた、Mudvayne(マッドヴェイン)の楽曲。
PVはMTV Video Music Awards で『 the MTV2 Award in 2001』を受賞。
この時、ライアンは黒塗りスキンヘッドに2本角の鬼で演奏している。
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