雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

05.02:stringendo #2

公開日時: 2021年8月20日(金) 08:10
文字数:3,767


 ジムが部屋に戻ると甘い匂いが漂い、ミーティング机の上にはクラッカーにはさまれたマシュマロとチョコが山と積んであった。


「お疲れさん。お前はブラックだよな」


 ブライアンが、コーヒーサーバの前から声を掛けてきた。自分のカップにはドサドサと砂糖を入れ、ジムのカップにはなみなみと黒い液体を注ぐ。


「美味そうだろ、それ」


 甘党のブライアンは、スモアの山を指差した。


「……」


 ジムは、爆破された建物の中で圧死したマシュマロが、夥しいチョコの血を浴びている事に関しては黙っておくことにして、礼を言ってコーヒーを受け取り、自席に山と積んである禁煙タブレットに手を伸ばした。今度からは、胸焼けがするほど、タブレットを胃に納めてから、呼び出しには応じようと心に決めたからだ。


「隊長。そんなタブレットにブラックコーヒーの “禁煙中セット” ばかりじゃなくて、たまには糖分取った方がいいっすよ」


 クラッカーの粉を口から吹き出しながら、ロンが椅子に跨り器用に滑りながらやって来た。


「元来ハシビロコウは、ハイギョやナマズ以外にも、トカゲやワニの子だって口に入るものだったら何だって食うんですよ。ね?」


 何が、ね、なのか問いただす前に、ロンはジムに一つ、クラッカーにはさみ潰されたマシュマロを手渡した。


「次の作戦どんなですかね?」


 ジムの手にあるタブレットを見やりながら、ロンは新しいスモアに食いついた。


「ああ。説明する。ホリーはどこだ?」


「今日あいつらお迎えピックアップだから、準備してるみたいっすよ。まあ、これもその一環みたいなんすけど。ほら、冷蔵庫に貯まりに貯まったチョコ殻があったじゃないっすか。ホリーがそいつでスモアを作るって言うから俺が食堂からクラッカーをね。情報部の施設のわりに、食堂からクラッカーを頂くなんてチョロイっすね」


 ロンは、スモアをジムの目の前に突き出し、ボフボフと更に盛大に口から粉を噴出させながら喋り続けようとして、ピタリと動きを止めた。ちらりと目の前にある机を見やり、そのまま静かに別室へ通じるドアに視線を移すその行動は猫科の何かを彷彿とさせ、ロンの異常に良い耳が何かを聞きつけた事をジムに伝えた。

 そう言えば、猫は犬より耳が良いとロンが熱弁を振るっていた時に妙に納得した覚えがある。そして、ロンは機敏な動きで椅子を滑らせ去って行った。

 なかなか機動力のある備品の椅子だ。

 そそくさとロンが消えた理由はすぐにわかった。大きな荷物を二つ、軽々と抱え別室にいたホリーがドアを開けてジムが寄り掛かかる自席へと戻って来た。


「隊長。戻ってたんですか。めずらしい。それ、甘いですよ」


 ズシリと重たそうな荷物を静かに下ろし、ホリーはジムの手にあるスモアを指差した。


「これはロンに渡されたんだ。何でスモアなんだ?」

「この前あの子たちが、食べてみたいって。今日、戻りますよね。まあ、食べたいって騒いだ事も、忘れてるかもしれませんが。」


 ホリーは、彼女自身気付いていないだろうが、双子を話題にする時、いつもの強気、と言えば聞こえはいいが、ロンに向ける時には物騒とさえなる眼差しを、ほんの少し和らげていた。あの双子とチームを組むようになってから俺たちには少なからず変化があるように思う。

 だがそんな些細な変化を気にするのも束の間、ホリーの机の上に出来上がった舞台に配置されたチョコ卵から出てくるミュージシャンたちが、クラッカーの粉にまみれているのを見るや、彼女は指のあちこちの関節から音を立て、目つきは獲物ターゲットを追うハウンドそのもの、いや、“追う” と言うより、対象を “消去” として指示された時のそれに変わっていった。


「あー……ホリー。ついでにロンを連れて来てくれ。痛めつけすぎないようにな。ミーティングが出来る程度にしておいてくれ」

「了解」


 静かな怒気を、まるでロウフォグマシンから吐き出されたステージを滑り降りるスモークのごとく噴出しながら去って行く。


 なかなか罪なミュージシャンたちだな。


 ジムは、所狭しと並べられた、そうそうたる机上の面子を眺めた。

 これは、双子たちが集めていたのを、ホリーが引き継いだものだ。チョコの卵を割ると出てくるミュージシャンたちに一喜一憂、無邪気に薀蓄を語る双子に、今まで見たことのなかった笑顔というやつをホリーはその顔に浮かべていた。そういえば、ベースギターは元々ラインナップが少ないとかで、その中でもレアな、ライアン・マルティニー、イシカワ、ケンケン、あとは何だと言っていたかな。確か日本の樹木の名を持つベーシストが出たとか何だかんだと仕事の合間に騒いでいたのを思い出す。

 

 仕事の合間にだ。全く。


 超レア3種セットの謳い文句にネットオークションにまで手を出し、H.J.Freaksのクロスドレス3種セット(レアには違いないだろうが)が届いた時は、爆笑するロンを仮死状態にしたあと、ホリーは背負えるだけの重火器を背負い込み、出品者の身元を割り出して散歩に出掛けようとしたところをブライアンに押し留められた。


 ジムは記憶の反芻が、ため息を量産させていることに気付いていなかった。

 眉間を指で揉みながら、また一つため息を零したところで、一際高いところに設えられた一組のバンドが目に入った。

 シリーズを重ねて行く食玩に、双子が大ファンだと言っていた日本のバンドが卵入りを決定した時の騒ぎようといったら無かった。その間も、仕事はいくつもこなしたが、幸運にもクリーンアップの命令を受けることがなかった。熱心に集め続けていた三人だったが、さすがにバンドをコンプリートするのは難しかったんだろう。バンドは机の上のデビュー一歩手前でしばらくケースの中に納まっていた。


 そしてこの前の仕事だ。

 

 データ処理を施すタイミングが上にとって都合が良かったのか、何でも無いようにクリーンアップの命令が入り、双子はセンターに送られた。

 双子を見送った翌日、ホリーはまたいつものように卵を丁寧に割って精巧なフィギュアを取り出していた。そしてたった一人で静かにガッツポーズをした後、随分と大事そうにケースから他のメンバーを取り出し、特設ステージへ並べていた。


 そうか。この潰されたマシュマロを覆うチョコは、冷蔵庫に山と貯まっていたそれか。毎日のように三人に混じってブライアンも嬉々としてチョコ殻を齧っていたが、あの二人がセンターに行ってから食べている姿を見なかった。


 何だ。そろいもそろって、あの双子に絆されているじゃないか。


「大丈夫か、ロンのやつ」


 ブライアンが何個目かのスモアを完食した。


「まあ、殺したって死なないだろ。それがあいつの取り柄だ」

「取り柄は他にもあるだろう。銃の腕とかクラッキングとか」

「それもある」

「そっちがオマケかよ。で、今回の任務しごとは」

「俺とお前は休暇だとさ」

「はぁ?」

「エリックとフレッド、それからロンとホリーだけ使うと言ってきた」

「どういうことだ」


「つまり、俺やお前、それからチームとしてのポイントを稼がせたくないと、そう言うことだそうだ」

「パナガリス少佐が言ったのか?」

「いや。すこぶる音痴の中佐だ」

「? 誰だ?」

「白兎」

「なるほど。そういうことか」


 ジムはコーヒーを啜りながら頷いた。


「それにしても、引き篭もりの白兎中佐が、わざわざ出張って来るってのはよっぽどの作戦なのか? それともただ俺たちに嫌がらせがしたいだけか」

「両方だろうな」

「暇なやつだな。人間てのは暇だとロクなことしない」

「確かに、ロクでもない作戦だ。よっぽど暇だったんだろう」


 タブレットを見せながらぼやくジムにブライアンは苦笑する。


「お前、どうせピクリとも動かない顔で淡々と話を聞いていたんだろう。たまには何か言ってやれよ。相手は “Unwavering Jim”(何事にも揺るがないお前)の、その不動が気に食わないんだ」


「そうだな……」


軽口を叩くものの、ジムに異を唱えることなど出来ないことを、ブライアンは良くわかっていた。コーヒーのお代わりをジムのカップへ注ぐブライアンに向かって、ジムが突然「ワン!」と吼えた。


「おい! 何だ突然!」

「吼えてやるさ。そのうちな」

「おまえなぁ……コーヒー零しちまっただろうが」

「驚きすぎだ。そこ、汚したままにしてるとホリーがうるさいぞ」

「あのな。俺はお前と違って何事にも動じないってわけにはいかねぇんだよ。」

「俺は、“無感動のジム(Unwavering Jim)” だからな。」

「褒めてるんだぜ?」


 ブライアンはコーヒーを安全な位置に避難させると、ジムが放って寄越したタオルは使わず、自分の服の袖で机を拭いてしまった。


「それで拭けばいいだろう」

「まぁ大丈夫だろ。このタオル気に入ってるんだよ」

「そこ」


 ジムがそこ、と示した床には数的茶色い水玉が散ばっていた。タオルを首に掛けたブライアンは、何か代わりを探そうとしたが、別室のドアが開くのを見て、断念。靴の裏で証拠隠滅を図ることにした。


「隊長。ミーティングいつでもOKです」


 ドアを開けたホリーは、片手で軽々とロンを引きずりながら、そのままミーティングテーブルに向かうと極端的に要点をジムに伝えた。


「……おう」


 引きずられるロンと言えば、まるで、母猫に首を銜えられた子猫のように身動き一つしない。


「生きてるか、アレ……」


 ブライアンの囁く問いかけに、ジムは「多分」とだけ答えた。




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