雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

04:abbacchiato

公開日時: 2021年8月18日(水) 08:10
文字数:3,972

”打ちのめされて 元気なく”

 これだけの肴を並べたのだから、酒を持って来いと言いたくなった。冗談やからかいでないのなら、素面しらふで聞けるような話ではないのだから。だが目の前の将校は、冗談やユーモアとは無縁に見える。実際、真面目な顔を崩すことなく説明を続けている。では、夢か。犬も夢を見るというから、俺も夢を見ているのか。俺はしょうもないことを考えながら、ただただ煙草が吸いたいと思った。この煙草への飢えは決して夢じゃないことを知りながら。

 だが、概要を説明し終えた大佐はあっさりと宙空投影を消し去った。空になった机を見たままの俺をどう思ったのか、微塵も心配した気配など見せずに言う。


「心配するな。質問があるか、とは、尋ねるつもりもない。今の話を信じようが信じまいが、君の心境はどうでもいい。どうであれ、君は命令された通り、備品と共に任務に当たり、私が期待する成果を持ち帰ればいい」


 席についた時と同じく、先に立ち上がった大佐は、上からさっそく命令を落としてきた。


「備品の受領と説明は現地で受けてもらう。私の話は、そこで理解を完了しろ。退室後、アレクサンドラからファイルを受け取り、部下を連れて向かえ」


 立ち上がった俺が、了解しました、と返すと同時に、大佐は部屋の奥へと引き上げていった。


釈然としないまま俺が部屋を後にして向かうと、秘書アレクサンドラは既に用意を済ませてあったようで、俺を見ると「こちらです」と言って、タブレットと4人分のタグを寄越してきた。


「何か質問でも?」

「ここには喫煙室はないのか。俺が入れる場所で」

「全て禁煙になっています。これから向かわれる場所も、喫煙場所は期待しない方が宜しいですよ」


 ニコリともしない整った顔に、本部の秘書にアンドロイドが配備されたなんて聞いたこともないが、何せ雲の上の話だから、もしかしたら……。

 俺は俺の想像に賛同しながら、大佐直々の命令を遂行すべく、ブライアンたちを拾いに向かった。


 俺はブライアンたちに合流すると「これから備品の受領と説明を受けに行く。その備品と今後作戦を共にするから、説明はよく聞け。ミーティングの状況は、どうせモニタリングされるだろうから、眠っていると気付かれるなよ」と、簡潔に伝えた。

 俺の指示に、妙な擬音を伴った「?」「??」「???」が次々と浮かんでいそうな、3人の顔を見て、俺は有無を言わさず「出発」と号令をかけた。

 今の俺に何か質問されても、お前たちのその頭の上に咲きまくった「?」を刈り取ってやることは出来ない。



■■■



 移動する車の中、俺は一番後ろの席を陣取り、アンドロイドの有難い助言を踏まえ煙草を吸いながら、大佐の説明を思い起こしていた。全く冗談に聞こえない話しぶりと、冗談にしか思えない内容を。

 俺の無言をどう理解したのか、3人は俺に話し掛けることはなく、いつものようにロンが喋り続け、時折、ホリーの打撃を食らって、静かになり、また喋り始める、を繰り返していた。

 タブレットから車に転送された行く先が、郊外にある医療センターだとわかってからは、専らロンとホリーはゾンビ兵士だの超人兵士をネタにじゃれ合い続け、ブライアンは半自動運転のハンドルに手を掛けながら、ネットラジオから流れるOne(♪M#1)を口ずさんでいた。

 俺は煙の向こうの3人を見ながら、“E” と “F” と表示された、良く出来たフィギュアのような宙空投影を頭の中で回転させては晴れることのない悶々とした思いを煙と混ぜては吐き出し続けた。



 車を駐車場に入れ、警備に案内された地下にあるミーティングルームは、開放的なリハビリ施設もある上階の様子とはだいぶ趣きが異なり、内外の信号をシャットアウトしている閉鎖された空間だった。余程、外に聞かれたくない話らしい。

 俺たちが入室して暫くすると、スーツを着た男に案内された情報部の将校、そしてその部下が入って来た。彼らは席に着くと挨拶もなく「バレット博士、説明をお願いします」と、下士官が1人壇上に立つスーツの男に言った。



「このデバイスはAZアズと呼ばれています」


 幾つかの映像を展開しながら説明を始めたのは、軍の研究員じゃない。どこか外部の研究機関だろう。俺たち相手に、丁寧な言葉を選んで説明するあたりが、それを物語っている。


「AZの構成要素は、おおむね人間と変わりはありません。特殊な技術で……その特殊性は、今は割愛しますが、生み出された生命体です。彼らが我々と大きく異なる点は、SYMBIOTIC共生 AI、通称 “SAIサイ” と共生していることです。このAIとの共生関係により、AZの能力は飛躍的に向上し、兵器と成り得るわけです」


 人間と比較したデータが次々と展開され、博士は満足げに頷くと、説明を続けた。


「今回皆さんに配備される “E” 及び “F” は情報収集能力に長けたAZです。AZに個性があるわけではなく、彼らに搭載されたSAIに特性があります。“E” と “F” の場合、彼らが持つ人間と同様、いえ同様以上の感覚情報は全てデータとして取得可能であり、またSAIが効率良く蓄積し、それを人間のように忘却することはありません」


 ……ちょっと待て。

 何だ。何の話をしている?


「情報収集任務において、任務完了後にデータを取り出す事が可能なのは無論のこと、遂行中においても特殊な方式での送信が可能、且つ傍受される恐れはありません。万が一、ストレージが破壊された場合は、その最後の瞬間を送信してくることでしょう。しかしSAIは自己防衛機能を有しており、万が一の際は、アポトーシスを繰り返しながら、およそ48時間生き続けます。“E” と “F” をセットにしているのは、ミラーリングを可能にする為でもあります。また、彼らに蓄積されたデータを、部分的、或いは全てを消去、初期化することも可能です。余計なメタデータを貯めない為には、定期的なクリーンアップを推奨致します」


 聞いてないぞ。

 データ送信が可能? 人為的エスパーか? いや、サイボーグか?

 大佐あの男。今の俺の内情を想定して、鉄面皮の下で笑いながら概要だけに留めたのか?


「SAIは生身の体を有したAIと言え、人間の感覚器デバイスを通し学習します。それは一見、人間が成長するように見えますが、あくまでプログラムであり、したがってリストア、リコンパイル、初期化が可能です」


 生身、と言うからATOMではないな。ジェットで空を飛ぶわけではなさそうだ。

 そうか。残念だ。

 ちがう。

 そうじゃない。そういうことじゃない。

 頼む。悪酔いの夢なら覚めてくれ。酷い二日酔いはごめんだ。


 俺たちは文字通り、ポカンと聞いていた。開いた口が塞がらないとは言うが、ご丁寧なレクチャーの最中、真っ正直に大口を開けるわけにはいかない。が、頭の中では最大に開口中だ。その俺たちの姿を最大限に履き違えた博士は、自身の技術力の説明に俺たちが陶酔しているとでも思ったのだろうか。更に専門用語を捲くし立てて語り、時折、悦にすら入っているスピーチだった。中身が透けて見えれば、さぞかし滑稽なシーンだったことだろう。

 全く営業に不向き、極大に研究者偏りなプレゼンが、いよいよDNAストレージ云々とまで波及を始めた頃、さすがにこちらも堪り兼ねたのか、俺たちを監視に来た将校が小さく下士官に耳打ちした。下士官は頷くとにべもなく、饒舌な博士の御高説を寸断した。


「バレット博士。彼らに複雑な説明は不要です。理解出来るはずもない。ただ彼らは与えられた兵器を正しく使用し、任務を遂行することさえ出来ればいいのです」


 正式登用されても俺たちを蔑視する変わりのない態度に、今回ばかりは賛同しそうになった。見ろ。ロンとホリーは辛うじて黒目を保ってはいるが今にも泡を吹きそうだし、ブライアンはいかにも得心した風を装ってはいるが、目を開けて眠っているだけだ。俺はと言えば、やはり酒を浴びるか今すぐにでも喫煙室、は、案内される途中に目に入った施設マップのどこにも存在していなかったから、車に飛び込んで、肺を煙で満たしたかった。車の中で吸ったニコチンの量じゃとても足りない。

 渾身のスピーチを途絶された博士は、実に残念そうに「では、説明はこの辺で」と、呟くと宙空投影を閉じ「実際にお目にかけましょう」と、いそいそと壇上を下りるとドアを開けた。



 プレゼンを後にして案内された部屋は床も壁も天井も一面が白く、ついこの前、生まれて初めて食べた菓子職人が趣向を凝らしたと言うアートなケーキが入っていた箱を思い出した。

 だが今、開かれた箱の中身を覗いた衝撃は、そう、この俺でも軽い眩暈を覚えた程だった。何も白さに目が眩んだ訳じゃない。

 大佐の部屋で、ここへ来る前のミーティングルームで、宙空に映し出されたその姿をみるたびに、夢ならさっさと覚めろと願う自分の前に蓋を開けた現実は、紛れもなく砂糖菓子の子供を二人、立たせていた。


二人を見つめるホリーが “この博士、さっきから私たちを馬鹿にしているんでしょうか。してますよね。殴ってもいいですか” と俺たちだけに通じる高速の隠語でお伺いを立ててきた。

“落ち着け” と返答したものの、彼女の横で笑いをこらえるロンを殴ることは止めなかった。

 呆気にとられた俺たちを一瞥した菓子職人ならぬバレット博士に呼ばれた子供たちは、手を繋いでこちらへやってきた。二人は静かに俺の前に立つと、恐ろしく綺麗な瓜二つの顔で、俺を見上げてこう言った。全てを魅了するような極上の笑顔とともに。


「初めまして、ジム。僕は、エリック。こっちは弟のフレッド」

 俺はプレゼンの内容を頭の中でリプレイする。その共生AI、SAIは、脳の神経細胞ニューロンが著しく増加する時期でしか定着しない。つまり大人の脳は使用できず、未成熟の脳に投入する必要があるのだと。その為にこの子供デバイスたちは作られたのだと。




 俺は、神を信じていなくて本当に良かったと、その時心底思った。





♪M#1:One

メタリカの楽曲。1988年、初の全米アルバム・チャートTop10入り(6位)を果たした

4thアルバム『メタル・ジャスティス』に収録。

第32回グラミー賞最優秀メタル・パフォーマンスを受賞。


https://youtu.be/WM8bTdBs-cw

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