雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

05.06.06:jour #6

公開日時: 2021年9月2日(木) 08:10
文字数:1,980

”昼 日の光#6”


「でもたった一人。その火からSAIをこの世に生み出した人間がいた。そして、その創造には宿主となるAZが必要だった」


 ウィステリアは最上階のケーキを自分の皿に取り、頼みもしないのに俺の分も取り分け、俺が視線を寄せたナイフをその横に並べた。


 「SAIがナノマシンてことは知ってる? それぐらいは、あの薄っぺらいカードのバレットから聞いているかな。簡単に言えば、SAIは人工のウィルス。彼は新たなウィルスを創り、その宿主である新たな人間を創った。そしてそのコードを、人類が新たなステージへと向かう知恵の実りんごとして世界に贈ったんだよ。し、か、も。ご丁寧にその知恵りんご理解しやすく食べやすくする為に、焼きリンゴにして。わかる? 彼は、たった一人で、人類を甘いお菓子の虜にしちゃった。瞬く間に、広まったろ? ああああ!! 何で、僕じゃなかったんだろう?! 育児休業してたから?」


 ウィステリアは、皿に載せたタルト・タタンを銀のフォークで突き刺した。


「SAIと、そしてそのSAIの為のAZを創り出した技術がGATERSの始まりで、世界の新たな門(GATE)は博士の副産物として開かれたんだ」


 焦げたリンゴはデカイ口に消えた。


 世界を変えたGATERSを生み出しだのは、SAIと、その宿主AZを創る為の技術?

 それを可能にしたのが、天から降ったか、地から湧いたかの出所不明な論文と、それを唯一理解した、たった一人の人間?

 不思議な部屋ここで聞くにしたって、御伽噺にもほどがあるんじゃないか。


 にわかには信じ難い話だと思うのに「・・・・・・何の為に、創り出した」俺は自分でも気付かず声に出していた。


「さあね。創りたかったから、じゃない? きっと退屈ヒマしてたんだよ。だってあの時『なかなか優秀じゃないか。予想より僅かだが早く基礎理論これが出て来たお陰で、もうしばらく退屈しなさそうだ。さて、君は何が聞きたい?』って、そう僕に言って、彼独特の笑みを浮かべながら煙草に火をつけたんだ」


 ウィステリアは誰かの声を真似たあと、フォークとナイフを皿に置き、自分の口の両端を人差し指でぐいと持ち上げて笑って見せた。


「誰なんだ。そんな天才なら、さぞかし有名人だろう?」

「ただの天才じゃない。人とは一線を画する者の名が必ずしも知れ渡っているとは限らないだろ? 君らしくもない。光は光の中に、闇は闇の中に。紛れてしまえば、姿は見えない。見えないってことは何をしようが誰も気付かない。世界が彼を認識していないようにね」


 荒唐無稽な御伽噺の主人公は存在すら認識出来ない人間、人間(?)とは、やはりこの大口ならではのほら話か。だがこの変人が俺をここまでからかう理由も見当たらない。


「うーーーーーん。このお茶会での、互いの歩み寄りによって、君とは、少し距離を縮められたと思ったけれど、やっぱりその顔からは、わからない。信用出来ない、とか思ってるわけ?」


俺は、1Å(0.1nm)も歩み寄ってない。

そしてお前を信用していないのは確かだ。


jabberwockyナンセンス な、話じゃないんだから。どうして、新興のNeoGeane社この会社が、短期間で大きくなれたと思う? あのレスターが、博士の研究施設おもちゃ工場として強力なスポンサーを募り、莫大な資金を導入したからだよ。ヤーコンクスのベンヌ、知ってるよね? あそこに対抗する組織が必要だったのもあるだろうし、何より世界のトップに君臨したい国のために。何もこの不思議な世界に開いている穴は一つとは限らない。世界はね、意外に穴だらけだよ?」


「あんたは何でそんなことを知っている?そして何で俺にこんな話をするんだ」

「僕は博士がSAIを創る前から一緒だった。ずっと見てたんだ。何で話をするかって? ちょっとぉ、人の話聞いてる? 探してほしいって言ったでしょ。もうここにはいない、どこにもいなくなってしまった人を」

「どうして死んだんだ」

「それ、食べないの?」


 ウィステリアは、俺の前に置かれたタルト・タタンを指差した。


「遠慮する」


「じゃ、僕が食べよう。美味しいのにねぇ。はい、あーん」


 ・・・・・・銀のナイフはそこだ。

 そして俺の目の前には焼きリンゴが刺さったフォークも差し出されている。

 料理してやれ。


 俺の中で何かが語りかけようとしてきた瞬間、変人はさも美味そうにパクリと菓子を食べた。


「食べず嫌いは、いけないなぁ。いつか、ちゃんと君に餌付けしないとね。餌付けに成功しておかないと、自分が食べられちゃうかもしれないもんね。あいつらみたいにさ。頭のデキは不味そうな連中だったけど、美味しかったのかなぁ」


 くるくるとフォークを回す変人はとても楽しそうにウフフと笑った。

 俺はもう、煙草のことしか考えないことにした。煙草への飢餓感気を確かにを持つ事が、唯一ここからの帰還経路の道しるべであるかのように。

 今ならキノコの上のイモムシが抱えている水煙草でも構わない。

 誰でもいい。

 俺に煙草を寄越せ。




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