“変化 動揺#11”
LIVE BAND AIDのフェスティバル・エリアはいくつかの会場にわかれていた。超大型ステージが3台設置されたメイン・エリアは明日からのオープンを控えエリアにいるのは関係者ばかりで一般客の出入りはかったが、それ以外のエリアでは、オープン・エアなステージから、小劇場、テントなど大小さまざまな規模で各イベントがスタートしていた。
平日とはいえ休暇目前のここにはすでに多くの観客が集まり、まぶしく緑を輝かせる木々がつめかける人間たちに休息を与える木陰を提供していた。開催時期がもう少し早い季節であれば、この国の美しい桜が乱舞する光景がここで見られるらしい。
ジムは目の前に投影された会場解説の桜吹雪から一歩踏み出すと白く淡く朱に色づいた無数の雪片を消しさり、目に眩しい鮮やかな緑光の現実へと戻った。
桜は人を攫うときいたことがある。なんとも物騒な植物だ。
入場者に配布される手首につけたリングパスから投影したマップを確認しながら双子とジムはイベントに興じるこどもと付き添いの父親として会場の偵察に出かけていた。フレッドの収穫、お膝元サンドとコーヒーを並べたミーティングのあと、ブライアンとロンとホリーはイベントスタッフとしての仕事に出かけていった。
行き交う人々の世界を覗きながら、エリックは各所にあるフードエリアや物販ブースに誘われ、案内や警備に勤しむ民間警備や警視庁のロボットたち、ガードドックやぴぽまるくんと気付けば戯れはじめるフレッドの手を離さないように歩き、ジムは双子の後ろについて目の前に広がる現実世界を取り込み自身の頭の中で展開している情報を更新して歩いた。時折現れるゲリラ的に演奏を行うウォーキング・アクトには3人で足を留めた。
一通りこのエリアを見て回った3人は親子連れやこどもで賑わう一角の小劇場の前で立ち止まった。エリックやフレッドと同じくらいの背格好のこどもたちがすでに列をなして入場を待っている。
「お前たち。くれぐれも仕事を忘れるんじゃないぞ」
ジムは膝を付いて4つの瞳の中にいる4人の自分に確認するように諭す。
「うん! 大丈夫!」
満面の笑顔でフレッドが即答する。
「二人で一緒にいるから大丈夫」
エリックが繋いだ手を見せる。
「ならいい」
ジムは立ち上がり二人の頭を撫でた。
「イベントが終わったらここで待ち合わせだ。いいな。勝手にどっかへ行くなよ。フレッド?」
「なんで僕だけ言うの」
「父さんは心配してるんだよ」
ちょっとふくれたフレッドにエリックはやさしく言い聞かせる。
「全然心配してる顔に見えないもん」
「それはいつものこと。ね、僕らのUnwavering Jim(揺るがないジム)」
兄らしい生意気な顔に、ジムは立ち上がりもう一度二人の頭を撫でると「行ってこい」と言った。動き始めた列に走って向かった双子が問題なく劇場へと入場するのを見届け、ジムは次の会場の偵察へと向かった。
エリックとフレッドは入場受付を済ませると現れる、リングパスに示された指定席へと向かった。無料の子供向けイベントとあって、すでに劇場内には多くの子供たちが座りそこかしこから話し声が聴こえてきた。二人が席へと向かう途中に座っていた二人の少年二人がドリンクボトルをリングパスにかざしながら「外れた!」「俺も」と声を上げていた。
「エリック。喉、かわなかない? ドリンクほしくない?」
席につくなりフレッドがエリックに提案する。エリックはちらりと通過してきた先を振り返りながら溜息をつく。
「欲しいのはドリンクじゃなくて、あのボトルでしょ。福引き付きってやつ。当たるわけないよ、あんなの」
「でも僕あのドリンクボトルほしい。当たらなくてもほしい。メインステージに出る出演者のメッセージ付きで、それもボトルによって違うんだ。それに、jackpotが出たらメインステージのバックパスがもらえるんだよ!」
「どこでそんな情報を……」
『そこらじゅうだろ』
瞬間、エリックの脳内に今日フレッドが見てきたフードエリアに所狭しと出店する飲食店、物販ブース、イベント案内からインフォマーシャルといった映像が展開され、その中に件の福引付きドリンクボトルが今回のチャリティイベントや寄付金に対する説明、スローガン、プロパガンダがが出演者たちの有名な楽曲とともに流れていった。
『なるほどな。rip-off ってほどじゃないが、観光地価格なのは寄付金込みってか。さすがチャリティ。さすがニホン。儲けるのがうまい』
からかうような口調に、エリックはにらんだつもりの意識を向ける。
『怒るなよ。悪かった。で、お兄ちゃん。どうするんだ?』
たいして悪びれたようすもない頭に響く声に促されてみてみれば、フレッドのにじりよってくるような懇願の眼差しとぶつかった。時計を見れば開演時間まであと少ししかない。
「……僕が買って来るからフレッドはここにいて。座ってて。動かないで」
頭の中では、なにがそんなに面白かったのか堪えきれなかったらしいふきだした笑いに『良かったなあフレッド』と声が混じる。
「うん! エリック大好き! ここにいる! 座ってる! 動かない!」
「絶対だよ」
「うん。絶対」
すとん、とすぐさまフレッドは席に座りにこにこと笑みを浮かべた。くるりと背中を向けたエリックは人間だったら目尻に涙でも溜めていそうな笑いの主に「笑わないで。どうせ僕は甘いです」と軽い腹立たしさの意識をむけるとともに口にしてはみたが、相手は一向に気にしていないようだった。
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