”暗い 世に知られない#3”
屋敷の業者用駐車場に停めてあった移動ヴァンに乗り込むと、ジムは手早く搬送用キャリアの中から黒い塊を取り出し、注意して簡易ベッドの上に置いた。ハッキングした屋敷のセキュリティの復旧にはまだしばらくかかるだろうが、離脱時間は可能な限り短くしたい。何よりも早急にセンターへ向かいたかった。
ジムが生体皮膜、伯爵のコートを切り開くと、蒼白の美しい彫像の天使を思わせる子供が、コートの内部に染み出した液体に浸かり膝を抱えて横たわっていた。生ぬるい液体に手をつけ慎重に首輪を外すと、締め付けられていた気道が開放され深い呼吸が戻った。首に指をあて脈を確認すると、あれだけ食い込んでいた首輪の痕も、苦しさから掻き毟られた擦過傷も、すでに薄っすらと消えかかっていた。まだ腫れの残る顔に液体を静かにかけてやり、首から下を確認する。
抱えた膝をそっと伸ばすと、銃で撃ち抜かれ破壊された腹部は細胞再生の補助液と皮膜自体の組織を吸収しながら倍速の動画を見るように蠢き修復されていくのが見えた。いくら口径の小さい銃で撃ったとしても普通の人間ではこうはならない。ジムが見つめる中、次第に傷跡は小さくなっていった。
ジムが左腕に装着してあるRugietで、横たわるエリックをモニターすると休止状態一歩手前の数値が表示された。Rugietに “任務完了” と次げると、<了解> 続いて <メンテナンス> と表示が切り替わった。
このまま移動することが可能な状態に小さく息を吐き「ロン」と運転席へ声をかける。減らず口の絶えないロンだが、こういう時はいつも黙って指示を待つ。ジムが短く「出せ」と合図を送ると、車は静かに動き出した。
「ジム」
車が移動を開始してしばらくするとエリックの小さな声が聴こえた。その目は閉じられたままだったが、ジムは側へ寄ると、再びRugietでエリックの状態を確認した。低レベルではあるが <稼動可能> を表すコードとパーセンテージが表示された。
「生きてるか?」
「うん。殺されたけど」
「いつもすまないな」
「殺されるのは最後がいい」
「……いつも、すまない……痛むか?」
ジムは、我ながら詭弁だと思いながらも、毎度、口に出さずにはいられなかった。
「今は、痛覚をシャットアウトしてるみたい」
SAIによってコントロールされた体は感覚のON/OFFを可能にするが、作戦行動中は獲物が怪しむことがないよう、AZの意識が完全に途切れるまではそれがOFFにならないようプログラムされている。メンテナンスモードの今、エリックは痛みをほとんど感じていないようだった。
「そうか」
「ジムはどんなふうに痛みを感じるの?」
彫像の天使、エリックが薄っすらと目を開いて金銀が散らばったモザイクの瞳でジムを見た。その瞳は、光の反射とは無関係に鈍く光を放っていた。
ジムは、それには答えず医薬品ボックスから、追加用の輸液パックを取り出した。
瞳の中の鈍い光は、エリックの中のSAIが興奮している証拠だ。体のダメージの大きさに活発化したSAIはフル稼働で修復に動き、大量のエネルギーを必要とする。異常な回復力があるAZとは言え、情報を生かして持ち帰る為の応急処置の指示は受けていた。こうして本部やセンターへの帰還中に情報を送信することも可能だが、体力が著しく落ちている今、距離のある伝送は効率が悪い。
「少し眠ってろ」
ジムは静かに明滅する自分が映るモザイクガラスを閉じてやった。
車を専用通路からセンターの駐車場へ入れると、すでにそこにはAZ専属の医療チームが待機していた。ジムは車のドアを開くと、まわされたストレッチャーを囲むスタッフへ「眠っている」と伝え、抱きかかえたエリックを起こさないよう静かにストレッチャーの上へ移し変えた。
そのまま車を降り付き添うようにエレベーターへ乗り込もうとするジムに、タブレット片手に眼鏡のスタッフがピタリと横へ張り付いてきた。スンと小さく鼻を鳴らす。前にも嗅いだ臭いだ。空気が揺れる度に鼻にくる。ジムにとっては刺激臭、彼女にとっては香水の臭いに、顔も胸元のIDタグも確認する必要もなく、ジムは彼女が、前に1度、しつこく話しを聞いてきたスタッフだと思い至った。
記憶と臭いに辟易しながら、車中から報告した内容の “確認及び情報補足” の聞き取りに彼女と同じ方向を向いたまま事務的に付き合った。
地下に吸い込まれたエレベーターが開くと無機質な白い光のフロアが広がった。そこには更に数人のスタッフが待機し、横たわるエリックと瓜二つのフレッドの姿もあった。エリックを認めると、ホリーの手を振り切ってフレッドが走って飛びついてきた。
「エリック! エリック! 大丈夫?」
無機質な光に照らされ、殊更青く映る蒼白なエリックの顔に酸素吸入器が取り付けられる。
「ねえ見て! エリック! これ、ホリーが手に入れてくれたよ! 超レアなやつ!」
エリックの目の前に、フレッドは握り締めていたフィギュアを揺らした。
「ねえ、お願いだから目を開けて僕を見て」
兄同様のモザイクガラスから大粒の涙を落とし泣き出すフレッドの声に、エリックが眩しそうに薄く目を開いた。
「大丈夫だよ。フレッド」
「痛い? 痛いの、半分こしよう?」
額を自分のそれに近づけようとする弟をエリックは震える手を伸ばして制す。
「大丈夫だよ。同期しなくて大丈夫だから」
それでも、なお痛みを分かち合おうとするフレッドを、後ろからホリーがそっと押し留めた。
「いいのよ。フレッド。エリックは大丈夫。あなたまで同じ痛みを味わうことない」
ホリーがフレッドを引き離した脇では看護師が事務的に、だが手際よく点滴やモニタを次々とエリックに取り付けていた。エリックの傷を確認した医者が「至急! 救命室へ運べ!」と、その場と無線で指示を出すとフロアは慌しさを増した。
慌しい空気から少し離れて凪いで立つジムに、ブライアンは近付き、ジムに張り付いているスタッフをちらりと見ると「大丈夫か?」と、小動物の鳴声のような高速の隠語で声を掛けてきた。ジムはブライアンを横目で見ると、ああ、とだけ短く答え、煙草を取り出した。
ジムが「以上だ」と、報告の完了を告げてからも「再度確認致しますが……」と、何度も同じロジックを繰り返す、バグプログラムのような刺激臭は、ようやくエンドフラグにたどり着いたのか「ここは禁煙です」と言って去っていった。
「禁煙、らしいぞ」
「知っている」
そう言ってジムは、熱感知センサと監視カメラの死角で煙草に火を点けた。
エリックの内臓の損壊は、最小限に留めたジムだったが、解決出来ないとわかっている手に負えない感情に、今日もまた、慣れないでいた。
ジムが憂慮と混ぜて吐き出した煙の先で、足早にストレッチャーを運ぼうとしたスタッフたちの進路を情報部の制服を着た男が遮ったのが見えた。その後ろには、パナガリス少佐の姿もあった。
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