“変化 動揺#1”
警察の監視装置の網を抜けるルートを、ジムの前世紀の遺物と揶揄されるGT500が走り抜ける。
煙草への飢えも、不穏な予感も消えることはない。
その予感がこれ以上膨れ上がることのないように、ジムは車も思考も加速させた。
車内ラジオでは、DJが「歴史に名を残す名曲の次は、新時代のビックネームへの階段を上っているバンドの曲を紹介だ! 階段の先は天国だと祈っているよ!」と話題を変えた。
「まずは The Dark Side of the Moon(♪M#1)から CN X。この前日本で開催された LIVE AIDで世界的に知名度を上げたニホンのダーク・ホース! 来年には世界ツアーなんて話も出ているらしい。目が離せないぞ」とノリの良い口調で捲くし立てると、「実は俺もこのバンド、それにこの曲、気に入ってるんだが、タイトルは絶妙に微妙だよな!」と笑いながらコメントを付け加えていた。
曲が流れ始めると、同じ顔が二つ、日の光の下で笑っている姿がジムの脳裏に浮かんだ。
ああ。そうだ。お前たちのお気に入りのバンドだったな。
嬉しそうに笑う双子は、揃いのファンキャップをかぶり、キャップには月をイメージしたバンドロゴがデザインされていた。
TheDarkSideoftheMoon
表からは見えない世界。そう。俺たちのいる世界のように。
俺たちに潜む闇なんて無い。
俺たちの現実は全てが闇だ。
闇。闇の王。リチャード・ダーク。
存在のない闇の中の闇の王を引きずり出そうとした今回の作戦。
パナガリスの部屋で作戦を語り、数分前にはブライアンの後ろで騒いでいた気色の悪い声に呼応するように、嫌な感覚が脳を這い回る。
不快音の白兎はいったいどこに王を引きずり出そうと言うのだ。
実体として存在している相手の情報は光の世界にあると言うのに。
ジムの中で、双子が笑う白い光の世界にリチャード・ダークが現れた。
違和感なく、当然のように。双子の背後に立つ。
だがその背中からは、夥しい血液の流動にも見える溶けた闇が四方八方に流れ出し、光を侵食しはじめた。
その光景は、リチャード・ダークの姿をまるで巨大な漆黒の翼を持つ何かのように映し、その翼で親鳥のように双子を包むその顔は、双子以上に目を奪われる笑みを浮かべていた。
そして最後には、一筋残された光のようなその笑みも消え、ジムの目の前には闇だけがあった。
あの時も。
厚い雲に覆われた暗黒の空に、幾筋かの鈍く光る亀裂を見た。
それが何を意味するか脳が判断する前に、耳をつんざく爆音と光りが夜の闇から溢れ出した。
鬱蒼としたジャングルの漆黒をあらん限りの速度をもって逃げ走っていた車だが、目が眩むほどの光は容易くそれを包み、行く手を阻んだ。
爆撃。遅かったか。
車。爆風に煽られただろう。横転したか。
損傷はどうだ。この先の行動は可能か。
デイヴィ。無事か。
デイヴィ。あの子の声は聴こえるか。
あの子はまだ歌えるか。
着陸準備に入った飛行機は徐々に高度を落とし始めていた。
眠っていたジムは気圧の変化で目を覚まし、薄らと開けた目で窓の外を見た。薄い雲の下に光の大地が広がる。ところどころ、ぽっかりと穴が開いたような場所を除けば、そこは天上よりも遥かに輝き、光りは様々な色合いを見せていた。
赤い河に見えるのは幹線道路だろう。目算でその長さを測ると、やれやれ相変わらず東京ってところは・・・。
ジムは覚め切らない頭で思った。
♪M#1:The Dark Side of the Moon(ザ・ダークサイド・オブ・ザ・ムーン)
日本出身のバンド。バンド名が長いため、正式名称で呼ばれることは少なく「ダークサイド」と略称されることが多い。
ファンの間では、バンド名を日本語で月の裏側、転じて月の闇、また病み付きになると掛けて、闇月(ヤミツキ)と呼ばれている。
公式で、メンバーは月の裏側から来た人間(?)、生命体ということらしい。
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