“楽章の間を切れ間なく演奏する#5”
ジムは、ホリーの頭から手を離すと、待合室の奥にある “STAFF ONLY” と書かれた扉へと向かった。
扉の前でジムが生体認証を済ませると、静かにドアはスライドして開き、ジムとそれに続いてブライアン、ロンとホリーがその先へと進んだ。
扉の向こうは、たった1枚のドアを隔てただけなのに、ありふれた病院のシーンが流れる表の世界とはがらりと表情を変え、自然光の入る隙もない、人工光の白い光に満たされていた。
“STAFF ONLY” とは言え、表で働くスタッフは殆どと言って良いほど、この一角に立ち入ることはなく、例え入ったとしても、このフロアかその上の階で、今、こうして、自分たちが下りている階段を使うことはない。
この階段を下りるのは何度目だろう。
特段代わり映えのしない、どこにでもある階段だが、監視されていると感じる視線は、つい先程までいた待合室の比ではない。
俺たちは、何度でも命令されるがまま任務を実行し、そしてこの階段を下りた。
何度も、何度も。
何度だって、迎えに行く。
目的の階へたどり着くと、今度はジムだけでなく、残りの3人もそれぞれ生体認証を行い、扉を開いた。
開かれた白い空間には、白衣のスタッフが待機していて、ジムの後ろに続いていたブライアンが持っていたタブレットを渡すと、スタッフは「こちらです。」と事務的に案内を始めた。
AZに対して定期的に行われるクリーンアップは、俺たちが繰り返す時間、時間が内包する記憶や経験を、
いとも容易くなかったことにする。
上にとって必要と判断した記憶だけを残し、不要と判断された記憶を消去する。
俺たちとの関係性が残っているなら、まだいい。
AZである双子にとって忘れた方がいいことだってある。
ただ今回、双子への命令は、初期化だった。
それは、俺たちの時間を、全てなかったことにする。
スタッフが案内する部屋は、いつだって床も壁も天井も、一面が白く、以前食べた、菓子職人が趣向を凝らしたと言うアートなケーキが入っていた箱そっくりで、箱の中身を知っているから、もう衝撃と言う程のダメージを受けることもない。
蓋を開ければ、相変わらずの恐ろしく綺麗な瓜二つのの顔が、笑顔で俺にこう言う。
何度見ても、この二人以外では見たこともないような笑顔で。
「初めまして、ジム。僕は、エリック。こっちは弟のフレッド。」
そして、俺はこう返す。いつでも。
「俺は、ジムだ。こいつは、副官のブライアン。それから、ロンとホリーだ。」
俺たちは何度だって初対面から始めるんだ。
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