雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

06.16:vicenda #16

公開日時: 2021年9月28日(火) 08:10
文字数:7,703

“変化 動揺#16”


 会場搬入路の入口付近では機材搬入車に混じりフルスモークの車が数台、お目当ての入り待ちをしているファンの前を通過して騒ぎを大きくしていた。エリックは、ファンの歓声が起こるたびにソワソワと落ち着かないフレッドをなかば引きずるようにメイン・エリアへと向かっていた。

正面ゲートの近くでタクシーからTシャツにジーンズ姿のどこにでもいるような二人の男が降りた。あとから車を降りたひょろりと背が高い方を見て、あ。とエリックは思った。さっきファンの前をこれみよがしに通過したのはデコイなんだ。


 “The Dark Side of the Moon” 彼らは彼らの創り上げた世界を現実の世に投影している。現実リアル仮想現実ヴァーチャルはざま、2.5次元バンドなどとも称される彼らは、その世界観と設定で構成されたキャラクターを完璧に演じることで現実世界を巻き込む影響力を持った月の裏側の存在。地球にいる限り彼らの真の姿は見えず、ステージやカメラを通さずには地球こちら側の姿が決して見えないよう彼らは素の姿をひた隠しにしている。こうやってスタッフか一般人としてやってきても誰も気に留めないほど彼らは完璧に月世界の彼らを創り上げ、現実世界の姿をいるのに見えない存在へとフィルターをかけて不可視化してしまった。エリックはしばらくそのメンバー二人の後姿を眺めていたが、長躯の男は眩しそうに空を見上げ緩く右手を広げて降り注ぐ光でも掴んだように握るとそのまま拳を額にあてた。隣でその動きを見ていた男は、おもむろに振り返るとなぜだか行き交う人々の中からエリックに目を留めたように思えた。エリックは思わずキャップのつばを引き下げてその視線から逃れた。相手はもしかしたら笑っていたかもしれない。なんで僕が……無意識に見られたと感じて取ってしまった行動に悔恨に似た気持ちが沸き起こったが、その隣で飛び跳ねる思考の波を感じ、今にもサインをねだりに駆け出しそうな弟に『ダメ』と先手を打ってその手をぎゅっと握った。


「エリック。まだ何もしてないよ、僕」

「サインもらいに行こうとしてるでしょ」

「だって欲しいもん。イリヤのサイン。それに隣にいるのって」

「ベースのカンダ」

「やっぱり!! じゃ、2人のサインもらおうよ!」

「ダメ。顔を覚えられたら困るでしょ」

「なんで? 僕、顔覚えて欲しいな」

「フレッド。僕たち幽霊なんだよ。見えちゃいけない存在」

「わかってるもん。だけどイリヤたちだって裏側の存在じゃん。それに幽霊だって顔ぐらい覚えておいてほしいな。どうせ、いないんだから。このお仕事終わったら全部消えちゃうんだもん。だったら好きな人間の記憶にぐらい残りたくないの? エリックは」

「僕はお前の中にいられればそれでいい」


きっぱりと言い切ったエリックの顔を見たフレッドは、思いがけず見てしまったその瞳の強さに言葉を続けることが出来ず口をつぐんでしまった。

「フレッド。命令オーダーが来たからには、獲物に絶対気付かれるわけにいかないでしょ」


エリックが見る先にはタクシーを降りた二人が数人の人間たちと合流し挨拶を交わしている。その中にタケシ・ヤングの姿もあった。

 

「おはようございます」

「おはよ~」

「入谷さん、神田さん、無防備過ぎませんか? タクシーで正面玄関からって。どう思います? タケシさん」

「バレなきゃ関係ないだろ」

「そうそう。俺ら全然気付かれないから。普通にスーパーでもコンビ二でも買い物できちゃうから。神田なんて練習中にフラッと電車乗って楽器屋まで遊びに行っちゃっても大丈夫だし」

「遊びには行ってないよ~」


入谷にからかわれたことなど涼しい顔で神田は続ける。


「でも、気付かれることあるかもね~ 入谷さんの~ 身長や動作や態度や素行や絡まれ体質のせいで~」

「身長はわかる。他4点はなんだ。せいってなんだ、せいって」

「知らないのはご本人だけってなんだよね~」

「どういう意味だ」


入谷と神田はタケシたちスタッフたちと連れ立ってメイン・ステージへと向かって行った。

 

 

 リハーサル前の会場ではすでに多くの人間が忙しく作業に取り掛かっていた。万遍無く「おはようございます」と挨拶しながら入谷はステージを眺める小柄な金髪を見つけその隣まで行くと同じくステージを見ながら声をかけた。

「葉山、早いな」

「おお。入谷さん、おはようございます。なんだか興奮して早くに起きてしまった」

童顔のボーカリストは高揚した顔で入谷を見上げる。

「おいおい。ちゃんと寝たのか? 遠足前の子どもじゃあるまいし」

「いやもう。このステージで演れるんだって思ったら興奮して。ようやくここまでこれた感慨と言うかなんと言うか」

感動なのか武者震いなのかその両方か、震えるボーカルを見て入谷は遠足に出かけるこどもと変わらんな、と思いながら「リハ終わったら仮眠しとけよ」と身震いしている頭に手を置いた。

「ウヲ! また頭に手を置いたな! 私は子どもではないぞ! 身長が高いからって! 足が長いからって!!」

「ハイハイ。葉山ぼっちゃん。皇帝陛下。足の長さは関係ないかと存じますよ」

ますます早口言葉のごとくマシンガンクレームを撃ち始めた葉山だったが、当の入谷はハイハイとあしらって煙草を取り出した。

「ウヲイッ! ここ禁煙!! 何考えてんだ、あんた!!」

「冗談よ、冗談」

葉山が生真面目に騒ぐのが面白くてついついいつものやり取りルーチンを始めてしまい葉山がゼーゼーと肩で息をし始めた頃、神田が遠海を連れてやってきた。

「おはよ~ 葉山く~ん。あれ~? 藤くんは~?」

「あいつが時間通りに来たためしあるか?! 誰か連絡してるんだろうな?!」

半分八つ当たりの葉山は近くを通りかかったスタッフに声を荒らげたが、機材搬入出を請け負う会社の男は無言で “知らん” と葉山よりだいぶ高いところにある視線で応えてきた。童顔に似合わず喧嘩っ早い葉山が、その視線にお門違いの闘志を燃やす行動に移す前に、危機回避能力の高い遠海が素早く間に入り「すみません。ちょっとこの方こじらせ気味で」と謝罪すると男は何事もなかったように去って行った。

「葉山さん、落ち着きましょう。クロさんが連絡してるはずですよ」

「そのクロはどこだ?」

「ん~ 食事中かな~ じゃなかったら~精神統一中だよ~」

ベースの神田はモバイルを取り出すとリズム隊の相方、ドラムのクロイツァーこと “クロ” に電話をかけた。

「僕だよ~ あそう。うん。は~い」

手短に通話を終えると「控えで食事終わったとこだって~ クロくん通常運転~」とモバイルをポケットにしまった。

「通常運転は神田、お前だ。きっと世界滅亡の瞬間まで通常運転だ。だいたいな。こういうことになるから、あいつにだけ1時間早めに入り時間伝えとけって言ったろ。なんなら2時間巻きでもいいぞ」

「入谷先輩、さすがに2時間は早すぎじゃないでしょうか」

「待たせときゃいいんだ。あの遅刻魔は」

「そうだ! 今どこだ遅刻魔藤!」

「葉山。遠海の言うとおりだぞ。少し落ち着け」

「落ち着いていられるか!!!」

振り上げた拳のやりどころがないまま怒りの熱を増す葉山の肩を入谷は捕まえると「葉山君」にっこりと「落ち着きましょうね」と笑った。その笑顔に葉山の熱は瞬時に消し飛んだ。

『すごいよね~ 入谷スマイル~』『恐ろしいです……』ヒソヒソと囁きあう神田と遠海に「なにか?」と入谷が笑顔のまま振り向くと、遠海はもげそうなほど左右に激しく首を振った。

静かになった葉山のところへ舞台監督が小走りにリハーサル開始を知らせにやってきたところに

「みんなーー!! ごめーーーんーーー!!! ま、待った?! ここ、自転車置いていい???」

スピーカから馬鹿でかい音量の謝罪を響かせながら愛車を肩に担ぎあげたギタリストがようやく駆けつけた。誰に借りたか知らないテスト中のマイクで叫びながら。

 

「藤クン、それはエリマキトカゲのパフォーマンス?」

藤はマイクを「ありがと」と言って近くのスタッフに返すと、スーツが良く似合う顔見知りのマネージャが自分と肩に担いだ自転車を冷めた目で見ているのに気が付いた。

「あれ? 荒井さんお久し振り。なにリハ見に来てくれたの? って言うかエリマキトカゲってなに?」

顔が良くて力持ち、を通り越して、かなりの美形しかし引くほど怪力と呼ばれる藤にはエリマキトカゲが通じないとわかると荒井は「気にしないで。それより自転車降ろしたら?」と言った。

「そうね」

藤は担ぎ上げていた自転車をひょいと肩からおろした。

藤と連れ立ってステージ近くに集まっているメンバーたちのところへ向かう荒井は、作業指示を出しているタケシの姿を見つけると「タケシさん、お疲れ様です」と挨拶した。タケシは顔を向けることなく片手を挙げて無言の返事を返した。

「忙しそうね」

「荒井さんとこもフレイムテック?」

「そうよ。タケシさんにはお世話になりっぱなし。タケシさんの火も煙もすごいきれいでしょ。本当に素敵」

強気で姐さん気質の敏腕マネージャーが意外にも素直に言葉を口にしたので『あらま。ふーん』と恋話コイバナ好きのどこかのおばさんスイッチが藤の中で点火された。

「荒井さん、タケシさん気になるの?」

「あのね。私は火煙の話をしてるのよ」

「まんざらでもないでショー」

「バカね」

荒井は笑い飛ばしたが、藤の火のついたおばさん心は燃えていた。が、より燃えている、正確には一度掻き消されたものの再燃した人間、葉山を前にした瞬間その火は消し飛んだ。

「藤ぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「ご、ごめん。遅れるつもりはなかったよ。うん。ほんと」

怒りの形相に背後に隠した愛車を今にもスクラップにされそうな気配が漂う。

「藤、貴様と言うやつはこの大事の日にまで遅れやがっ……」

「葉山、葉山、落ち着いて……興奮すると心臓が」

「私はミスギでもベンでもない!」

金髪童顔のオタクが吼えた。



「まさか……あるんですか? 葉山さん心疾患」

「あるわけないだろ。あるとすればアレだ」

「アレ?」

「毛が生えてる~」

「そうそう。間違いなくふっさふさ。あいつの心臓は」

「一度開胸してみたいね~」

「お前が言うと洒落に聞こえん」

「あんたたちって本当はおバカの集団なのかしら」

葉山と藤のやり取りを遠巻きに見ているメンバーの横で荒井があきれ返った声を上げた。

「荒井さん今日はわざわざ見に来てくれたんですか?」

「ついでよついで。うちのバンドのリハがさっきサブで終わったところだから。メインはどんな感じなのかなってね。ま、陣中見舞いみたいなもの。まさかあんたたちがこんなイベントのメインステージで演るまでになるとは思わなかったし。私の見る目もまだまだってことね」

「荒井さんとこのコたちみんな可愛いよね。今夜、お互い本番終わりで飲みに行きましょうよ」

「あんた私の話聞く気ある? 絶対お断り。うちのに手を出さないで」

入谷の誘いを荒井は徹頭徹尾完全拒否した。


葉山から無事愛車を守った藤は自転車を安全な場所に置かせてもらうと、先に向かったメンバーを追いかけるように楽屋へと向かった。その途中、すれ違ったタケシに耳打ちした。

「ねぇねぇタケシさん、荒井さんのこと気になるんですか」

「藤、お前頭大丈夫か?」

天パの黒髪が寝癖とヘルメットでとんでもないことになっていることを言っているのか、その中身なのか、仕事の邪魔をするなとでも言いたげに呆れてタケシは行ってしまった。

楽屋にたどりついた藤は毛髪としばらく格闘したあと衣装とメイクの傍らでさっそく話しの火種を撒き始めた。

「荒井さんタケシさん気になるみたいよ。タケシさんもまんざらでもない感じだったけど」

「荒井さんにさあ、飲み断わられちゃったよ」

「何? 振られたの? て言うか、せめて付き合う人数、人間に付随する指で足りるぐらいにしといたら。相変わらず人外の数で付き合ってるんでショ」

「藤クン。君は僕のことを何か勘違いしているんじゃないかね」

「荒井女史は花火が好きらしいぞ。なんでも子どもの頃見た花火が忘れられないとか。フム。今度東京湾にステージを浮かべて上空を花火で覆いつくすと言うのはどうだ?」

「やめろ。東京湾が火の海になる」

「なりそ~ ゴジラとか出てきそ~」

「また色々言われちゃうね」

「クロ、またってなんだ。またって」

「僕は奇をてらわなくても十二分にDarksideはカッコいいと思いますよ。安全第一」

「遠海、暗殺部隊の長としての矜持はないのか?!」

「葉山さん、その設定、時々なんだかとても苦しいです……」

 


 リハーサルも終盤に入り束の間の休憩中、入谷は思い出したようにギターを弾き始めた。

「次の曲のソロさ、今回こんなのどうかな」

「おー! 良いではないか!」

葉山はさっそくギターソロに入る手前の自分のパートを口ずさむ。

「先輩、今思いついたんですか?」

「いや。ここ来るタクシー降りたときに思いついたって言うか音が降りて来たって言うか」

「あ~ あの時~ やっぱりそうだった?」

「やっぱりってなんだよ」

「入谷さんが『曲が降りて来た』っていうときって宙で何かを掴むような動作するから~」

「しますか?」

興味津々に遠海は入谷に尋ねる。

「……するかも。無意識なんだけど」

「神田さん、良く見てますね」

「ま~ね~」

「見えないだろ。お前。目、開いてないだろ」

「開いてるよ~ ほら~ これが閉じてる状態。で、今開眼しました~」

「「「……」」」

「どっちも同じ線だな。サージカルルーペ必要か」

「私も以下同文だ」

「神田先輩! 僕、信じてますよ。開いてるって」

「遠海くん。信じるとかじゃなくて、開・い・て・る・の」

「……ハイ。開いてます」

遠海が頷くと神田は満足そうな足取りでドラムのところへ向かっていった。

「入谷先輩、カッコいいリフやメロディが突然降りて来るなんて天才ですね」

「ウウム。確かに」

「まあな。もっと言っていいぞ」

おだてられてドヤ顔の入谷と二人の前に、スポーツドリンクのボトルを持った藤がやってきた。

「はいはい。ソレを言うなら変態よ。変態。音が聴こえるとか、世の中全ての物音が音楽に聴こえるとかないわー」

「藤、お前はミュージシャンとしての自覚はあるのか?」

「ミュージシャンだからって、世界の全てが音楽ってわけじゃないでしょ?」

「ううむ。一理あるな。Darkside、闇世界の皇帝、ボーカルとしての私、だがエンターテナーでありアクターそして時折おちゃめなコメディアン。ミュージシャンの枠におさまらないこの全てが私であり、枠にはまらないバンドがDarksideと言うわけだ」

「でたわね。皇帝陛下の主張」

「それ、葉山さん意外無理です」

「葉山、お前はミュージシャンだ。そしてDarksideは音楽のバンドだ。俺のアイデンティティを根底から覆すんじゃないよ」

にこりと微笑む入谷に葉山は背中に冷たいものを感じながらコクコクと何度も頷いた。


「…ケシさん。タケシさん?」

「ああ。すまない。ここの火柱は……」

指示を出していたタケシが急にその動きを止めたので同僚が声をかけるとタケシは我に返った。遠くではメンバーたちが集まり、ギターを抱えた入谷が好評だったソロをもう一度弾き始めた。その旋律に呼応するようにタケシ・ヤングから恐怖と憎悪と殺意の音が響いたがその音はここにいる誰にも聴こえはしなかった。ただ一人。その音にのって静かに匂い立つ殺気を嗅ぎ取ったジムをのぞいて。



■■■

 


 リハーサルを終えた入谷は、藤に嫌味を言われ、神田に皮肉られ、何か言おうとした葉山を眼力でねじ伏せて、クロと遠海に心配されながらも、高額納税者憩いのスペースへと向かっていた。喫煙者は相当の高額納税者であり取り締まりも厳しく限られた場所でしか喫煙できない。その対価とでも言うのか登録された喫煙エリアは、定められた基準をクリアした超高性能な空気清浄機と灰皿が備えられたクリーンな空間で昔ながらのヤニの匂いもせず空気のべたつきもなく清潔で快適。場所によってはパイプや葉巻シガー愛好家が立ち寄るようなちょっとしたサロンのようでもあった。

「入谷君」

入谷が待ち合わせに指定した会場近くの喫煙エリアの中で、見るからに重役と言った風体の相手と喋っていた男が手を挙げた。トレードマークのサングラスこそかけていないが、いい声だと感じるその最上質な響きは一声一音聞けば入谷には誰であるかすぐにわかった。

「お久し振りです」

「いよいよ今日だね。頑張ってよ。俺、君のギター好きなんだ」

「有難うございます」

「誰かと待ち合わせ?」

「ええ」

「そうか。そうだ。今度、飲まない? 僕、君と飲んでみたいってずっと思ってるんだよ」

「ええ是非」

男は自分の前に座る相手と入谷をそれぞれ紹介し二人が握手をすると「連絡するよ」と言った。入谷は二人に丁寧に礼を述べ頭を下げるとその場を後にした。前では待ち合わせの相手がカウンターから細く長い体を器用にひねってこちらを伺っている姿が見えた。

「待たせたか?」

「誰? さっきの?」

「なんだ。お前気が付かなかったのか? コンフィデンスの桜沢さんだよ。一緒にいるのはユニバーサルのお偉いさん。前に一度見たことがある」

「え! 仙人集団の? 気付かなかった……」

「仙人……お前ね。いい加減少し礼儀ってものを身に着けたら?」

「うるさい」

「ハイハイ。なんか食う? ここでもいいし、この上階うえでもいいし。なんなら一服したら場所変えてもいいよ。さすがに本番前だから飲めないけど」

さっそく入谷は煙草を取り出した。

「うわばみのくせに」

「匂いでばれるからダメだ」

「そういう問題?」

「そういう問題」

うまそうに煙を吐き出す入谷を見てから正面を向いて月光はポツリと呟く。

「……メイン・ステージ、でかいよな」

「ああ。でかい。目の前に広がる観客席もすごいぜ。海みたいでさ」

「俺だって、俺たちだって、百舌あいつがいれば……絶対俺たちがあのステージに立ってたんだ。絶対あんたたちに負けなかった」

片眉をわずかに上げた入谷は首を右側に少し傾けて、カウンターに置いてあった月光の煙草の箱を持ち主の目の前まで引き寄せてやった。

「俺たちだって負けないよ? 百舌がいたとしても」

月光が何かをかみ締めるように黙って煙草を取り出すと入谷はそれに火を点けてやった。そして自分の隣に座った男がライターをノックするが火が点かない様子に、そのまま自分のライターをその男の前に差し出した。

「どうぞ」

またフリントが小気味良い音を立て火が浮かぶ。

「どうも」

ジムは短く礼を言うと煙草に火をもらった。

「またそんな、いい人ぶって」

「俺はいい人なの。頭の先から足の先までいい人なの」

 

匂いを追ってここまできてみたが。この優男のどこにあの男に殺意を抱かせるような何かがあるというのか。


スタッフに紛れ込んで獲物ターゲットを見ていたジムは、あのときタケシから突然あふれ出した殺意の匂いを嗅いだ。すぐにその殺気は治められたがジムはそのままタケシを追った。タケシはこの建物の手前まで入谷のあとをつけていたが、ふと脇道にそれた。気付かれぬようにジムが覗くと、若い欧米人らしき人間と2、3言葉を交わし二人で連れ立って通りの方へと去って行った。

ジムは命令オーダーのための最善の猟場、そしてえさについて消えていく煙を見ながら考えていた。







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